【反乱から三週間後】
『ワープゲート』で玄関に帰還した私はふう、と息を吐いた。
外を振り返って、特に騒がしくもなければ人の気配もないことを確認して頷く。まあ、ここ、マンションの最上階だったりするので、そうそう煩くても困るんだけど。
さて。
「ただい──」
「「永遠ちゃーん!!」」
「わ」
声を上げ終わる前に透ちゃんとトガちゃんに抱き着くように出迎えられた。
ほとんど音もなく帰って来たはずなんだけど!?
「永遠ちゃん永遠ちゃん。今日のノルマは終わったんですか?」
「うん、終わったよ」
トガちゃんは髪を下ろして薄く化粧をし、黒いワンピースに白のエプロンを着ている。頭にはフリル付きのカチューシャ。要するにメイドさんの格好だ。どうしてそんな格好なのかというと「趣味」だということだけど、可愛いからいいかなと思う。
「じゃあのんびりしようよ。悪の組織にもリフレッシュの時間は必要だよ!」
透ちゃんは着物をベースにした動きやすい和服。女中さんの格好って言えばいいだろうか。これはトガちゃんに対抗した結果らしい。ちなみに顔の部分には能面を付けているので、その、こわかわいい。
「ん。そうだね。そうしよっか」
ここは、私率いる悪の組織が構えた暫定の本拠地。
どうやって用意したのかといえば、どうということはなく、透ちゃんの実家──葉隠の本家を頼ったのだ。
私とお姉ちゃんがあっさり勘当されたのに対し、葉隠家は透ちゃんを一族から追放しなかった。
『葉隠透を一族失格と見做すつもりはない。さりとてかの一党を支持する気もない。我らは我らのやり方を貫くのみ』
それが葉隠家当主が表明した見解だった。
表向きは権力者でもなんでもない古いだけの家だというのも、こういう態度を取ることができた理由。
八百万家はバリバリの名家なので、不始末をしでかした私と百ちゃんを切り捨てなければ家自体が終わりかねない。でも葉隠家なら「いやいや個人の問題でしょ? なんで家全体でどうこうしないといけないのよ?」で片づけられる。
また、葉隠家の裏の顔を知っている者からすれば、これは当然の見解だった。
主に仕える忍者の家系。ただし、家全体で一つの主に仕えるのではなく個人で主を選ぶ。だから、透ちゃんが主である私に仕えている限り、一族としては失格どころか「いいぞもっとやれ」という態度を取る。
葉隠家にとっては私が有名ヒーローでも世紀の大犯罪者でも構わない。わざわざ仕えるに足る、大きいことをやる人物であることには変わりないからだ。
というわけで。
「葉隠家には本当に感謝しています。こんないい隠れ家を用意していただけて」
「「とんでもございません」」
この部屋の管理をしている姉妹は声を揃えて答えた。
若い女性で、一応は葉隠の傍系にあたるらしい。透ちゃんと違って『透明』じゃないし忍者修業もしてないものの、家事全般+α、つまり「人に奉仕する訓練」を受けてきた人達らしく、その立ち居振る舞いは完璧だった。
料理も美味しいし、年下の私にさえ礼を尽くしてくれる。
帰宅の挨拶と一緒に二人へお礼を言った後、私とトガちゃん、透ちゃんは移動を続けた。
この最上階の部屋はワンフロアまるごとを使用する豪華な造りで、いわばオーナールームのような場所らしい。つまりあの姉妹は若くしてマンションの管理人なのだ。羨ましい。って、それはともかく。
表向きは葉隠家と関係ない物件なので足がつく心配もほぼない。
至れり尽くせり。これで私達を支援する気がないって無理があるんじゃない? って話だけど、そこはそれ、葉隠家的には透ちゃんの要請で彼女に便宜を図ったのであって、私を匿う意図とかはない、という理屈である。
方向性がアレではあるものの、私は今、世界に最も影響を与えている人物であり、うまいこと取り入った透ちゃんはヒーロー志望だった頃よりずっと優等生扱いを受けているのだ。
「みんなは?」
「適当にごろごろしたり、バタバタしたりしてると思いますよ?」
トガちゃんの言った通りだった。
轟君は防音防水防火、その他考えられる耐久力向上処理を施された簡易訓練場で特訓の真っ最中。白雲君が組み手に付き合っていた。
一緒におやつでも食べない? と誘ったら「俺はいい」「女子だけで楽しんでください」とのこと。代わりに怪我の治療を求められた。まあそれくらいならお安い御用なのでぱぱっと実行。
私が患部に手を当てるとみるみるうちに怪我が治る。『巻き戻し』じゃなくて治療用の“個性”を使ってるので、特訓した成果まで消えてなくなることはない。
「それは何の個性だ、永遠?」
「『効果転送』+『自己修復』。っていうか、轟君に名前で呼ばれるのまだ慣れないなあ」
「八百万じゃないんだから仕方ないだろ。それに、百の妹なら俺にとっても妹みたいなものだ」
へー、ほー、ふーん?
轟君ってば、自由な時間が増えたのと、家を飛び出したつり橋効果でお姉ちゃんと更に仲良くなってるみたい。考えてみると結婚可能年齢も近い。
轟君がお義兄ちゃんかあ、変な感じ。
「というか所長。服着ないっスか?」
「へ? ……あ」
白雲君に言われて下を見ると、私は全裸のままだった。
……いや、違うんだってば。
外で活動してる時って見つかっちゃいけないわけじゃない? だから透ちゃんからコピーした(正確には透ちゃんのコピーから奪った)『透明』を使ってるんだけど、そうすると全裸にならないといけないのだ。
で、毎日全裸もとい『透明』で外を歩いてるうちにだんだん慣れてきて、服を着てるか着てないかわからなくなってきてて、
「っていうか二人とも教えてよ」
「永遠ちゃんは裸族だからそれが普通なのかと思って!」
「透ちゃんにだけは言われたくない」
「なにおう!?」
とりあえずトガちゃんのエプロンをもらって羽織った。
センスライさん──もとい扇頼子さんは、呼び寄せた旦那さんと宮下さんの三人で情報収集やら何やらにあたっていた。
下手にハッキングしたりとかは危険だからできないけど、逆に言えばネットでエゴサーチするくらいなら全然問題ない。なにせ日本中が私の動向に注目してるので、検索してる人なんて腐るほどいるのだ。
それに三人ともラブラバからセキュリティ関係のレクチャーを受けたりしてたから、専門外にしてはそこそこその辺に詳しい。
「あ、永遠ちゃん。どうしたの?」
「あ、はい。ちょっと休憩でもしませんか?」
「あー、私達はいいわ」
目隠れ美女改め目隠れ美少女は傍らに置いた『飲み物』に視線を向けて笑った。
「今も遊んでるようなものだし」
「ははは、事務所で仕事に追われていた頃に比べれば、この状態が息抜きですね」
「なるほど」
頼子さんと旦那さんが飲んでいるのは透明の液体。液体を収めているのは保冷機能のあるタンブラーで、中には氷がいっぱい。
柿ピーが一緒にあることを考えても日本酒か焼酎で確定。
なお、旦那さんも頼子さんと同じ年代に『巻き戻し』済み。若い頃に戻ったせいで気持ちまで若返って夫婦仲も良くなったとか。
「頼子さん。その格好で飲みに行ったら捕まりますから気を付けてくださいね」
「……しまった。盲点だったわ。ねえ永遠ちゃん、二年くらい老けさせてくれない?」
「無理です」
「じゃあ、しばらく居酒屋はおあずけなのね……」
ぐぬぬ、とか言ってる頼子さんを置いて部屋を出た。
お姉ちゃんはラフな格好で山盛りの唐揚げを食べながら便利アイテムの創造をしていた。
「………」
「………」
「………」
そっ閉じ。
「と、永遠!? 皆さん!?」
ドアを閉め、見なかったことにしようとアイコンタクトをしてその場を離れようとしたら、お姉ちゃんが慌てて部屋から飛び出してきた。
「べ、別にやましいことをしていたわけじゃありませんわ! ただ、物資の確保と“個性”の訓練をエネルギー補給と並行していただけで──」
「うん、大丈夫、わかってるから」
「女の子がしちゃいけない格好だったとか思ってないよ!」
「絶対思ってるじゃありませんか!」
ちなみにトガちゃんはお腹を抱えて笑っていた。
たぶんトガちゃんが一番酷いと思う。
お姉ちゃんはこほん、と咳ばらいをして、
「そ、それで。どうしたんですの?」
「うん。お菓子でも食べながらのんびりしないかなー、って」
「でも唐揚げ食べてる時に甘いものとかいらないですよね」
「是非ご一緒させていただきます。ですから唐揚げのことはお忘れいただければ──」
むしろ私は唐揚げが食べたくなったので、唐揚げ&お菓子による女子会、というカオスな催しが開催されることになった。
「まあ、私達は食べもの控えめにしておこうね、トガちゃん!」
「そうですね。晩御飯に響きます」
「ツッコミませんわ。ツッコミませんからね?」
私は食いだめできる体質、お姉ちゃんは“個性”に脂質が必要なので必然的に大食らい。なんだけど、変人みたいに言われると若干胸が痛い。
お菓子の方は市販のチョコやクッキーといったものから、透ちゃんおススメのお店の羊羹まで。
唐揚げと甘いお菓子を交互に行けば無限に食べられるのでは、と呟いたら、頷いてくれたのはお姉ちゃんだけだった。おかしい。
「……あー、幸せ」
絨毯の敷かれた床に直接ぺたんと座って言う私。
あ、ちなみにお姉ちゃんにマントを作ってもらってエプロンの上から羽織りました。
「好きな物を好きなだけ食べられるとか天国だよねえ」
「永遠ちゃんはカロリーとか考えなくていいですからねぇ」
「本当! ってトガちゃんもじゃん! 裏切り者!」
「透さんは多少太っても全裸でいれば問題ないのでは?」
「百ちゃんひどっ!? それは女の子に言っていい台詞じゃないよ!?」
同年代の女子しかいないせいで無礼講だ。
ここに男子の身で交じるのは──うん、確かに嫌かもしれない。
「ですが、ある意味本当に夢のような時間ですわ」
お姉ちゃんがしみじみと言う。
「永遠さんと。みなさんと。こうやって気兼ねなく笑いあえるのですから」
「……そうだね」
忙しかった頃は考えられない話だ。
いや、今も忙しいんだけど。
お仕事とか修業とか、自分を取り巻いていたしがらみからいったん解放されたお陰でいろいろすっきりしてしまった。
お陰でご飯が美味しい。
「そういえば聞きたかったんですけど」
クッキーをさくさく齧りつつトガちゃん。
「透ちゃんって永遠ちゃんのこと好きなんですか?」
「ぶっ」
「好きだけど?」
「くはっ」
トガちゃんの質問でお姉ちゃんがジュースを吹き出しかけ、透ちゃんの返答で更にせきこむ。
でも当人達はいたって真面目で、
「永遠ちゃんと結婚するんです?」
「あはは。別にそういうのじゃないよ!」
「……あー」
うん、そうだよね、良かった。
何を言いだすのかと思ったら割と普通の話題だった。
お姉ちゃんの背中をさすりながら話を聞く。
「私は永遠ちゃんのこと好きだよ。好きだし、尊敬もしてる。じゃなかったら『契約』なんかしないよ」
私と透ちゃんの関係についてはこの二人には話してある。
いつかバレることだし、私達はもう一蓮托生だからだ。
「でも、永遠ちゃんのせいでヒーロー諦めたわけですよね?」
「まあね。でも、いいんだよ」
私も、透ちゃんのそのあたりの思いはちゃんと聞いたことがなかった。
「私はヒーローが好き。ヒーローになりたかった。でも、それってたぶん、光に当たる世界への憧れだったんだよね」
「家系への反発ってことですか?」
「そう。陽の当たる場所でみんなに褒められたかった。たぶん、最初はそんな感じだったと思うんだ。でも、だんだん変わっていったっていうか」
頬をぽりぽりと掻く透ちゃん。
普段明るくしてる子だから、照れくさいのかも。
「ヒーローも、葉隠の使命も『人を生かすこと』には変わりないのかなって。褒められたいだけなら、ご主人様がいっぱい、何人分も褒めてくれるんじゃないかって」
「……仕える者の苦労なんて顧みない主人もいそうですけれど」
「永遠ちゃんだからね!」
あれ、今度は私が恥ずかしい。
「うん。だからね、あらためて考えたんだ。ヒーローになって何がしたいのか。ヒーローじゃないとできないことなのかって」
「それで?」
「私ってさ、たぶん不器用なんだよね!」
立ち上がった透ちゃんが私に抱き着いてくる。
柔らかな感触の仲、彼女がドキドキしているのが伝わってきた。
「不器用、ですか」
「そ! 大きいこと考えようとしても漠然としか出てこないっていうの? みんなから褒められたいって思ってても、それって結局、学校の友達だったり先生だったり、お父さんお母さんだったりするんだよ。だったらそれ、みんなっていうほどみんなじゃないでしょ?」
「そんなことないと思うけど……」
「ありがとー」
なでなでされる。
実はお酒飲んでるんじゃないかっていうくらい透ちゃんが楽しそうだ。
「だからね、私が助けるのは身近な人でいいと思ったの。助けたその人が大きなことをして、みんなを助けてくれたら、私が直接助けるのと結果は変わらないじゃない?」
「私、みんなを助けられるかわからないよ?」
「大丈夫、永遠ちゃんなら!」
私をぎゅーっとしながら、透ちゃんは言い切った。
「きっと世界は良くなるよ! 普通にやっても変わらないなら強引に変えちゃおう! 邪魔する奴は全部ぶっ飛ばせばいいんだよ!」
「……ん」
それはあまりにも子供っぽくて身勝手な理屈だったけど、
「わかりやすくていいね、それ」
「でしょー?」
今の私にはちょうどいい、正義を目指す悪役の理屈だった。