「永遠さんは世界をどのように変えたいのですか?」
「今よりも争いが少なく、争いが起こっても人が死にくくい世界にしたいと考えています」
志は立派だ。
争いで傷つけられるのも、大事な人が傷つくのも嫌だ。そう思う人間の方が、争うのが好きな人間よりもよっぽど多いだろう。
男性アナウンサーも頷いて、その上で尋ねる。
「失礼ですが、争いを減らしたいという考えと『敵になる』という手段が結び付いていない気がします。それについてはどうお考えですか?」
「さっきお答えした通りです。そうしなければ変えられないと思ったから、そうしました」
「苦渋の決断だった、と?」
「はい」
永遠の表情は落ち着いている。
もともと受け答えのしっかりした子ではあったが、肉体の成長と共に精神的にも強くなったように見える。
「悪いことは悪いこと。昔からそう思っていましたし、その考えは変わっていません。短絡的な手段に出るのは我慢が足りない証拠だと。……だから、私の弱さがこういう手段を選ばせた。そうお考えいただいて構いません」
表情を歪める永遠。
何だか自分まで胸が締め付けられるような、そんな気がした。
「……具体的に、どのようにして『世界を変える』おつもりなのでしょう?」
「この世界から“個性”を消し去ります」
「っ。そ、それはどのようにして、でしょうか?」
「私には
衝撃だった。
予想していたことではあったが、実際に口に出されると驚かずには居られない。
「世界には何十億という人がいるのですよ? それを一人で、手作業で奪っていくというのですか?」
「はい。私には『二倍』──分身を作る“個性”もありますが、使うつもりはありません。分身を使って回収してしまうと本体である私と分身に差異が生まれます。それによって、一か所に“個性”を集約できない可能性が生まれてしまいますので」
「それでは労力的に、その、あまりにも無謀なのでは?」
「そうでしょうか? 私は既に三万人以上から“個性”を奪いました。明日は今日より五十人、明後日は明日より五十人多くの人から奪います。一年後には何人分になっているでしょう?」
一か月で三万人。
増加分を考えずに単純計算すると、一年で三十六万人。十年では三百六十万人。途方もない人数だ。本当に一人で可能なのかと考えたくなる数だが、やはり足りないのではなかろうか。
「世界人口の全てが“個性”所有者ではありません。日本やアメリカでさえ“無個性”の人が存在します。“個性”否定派の国もありますから、人数はぐっと減るでしょう? それに“無個性”同士から“個性”持ちは生まれません。今日一人減らすことが未来の“個性”持ちを一人、あるいはそれ以上減らすことに繋がります」
「何十年──百年以上かけて、世界から“個性”を消し去る、と?」
「必要であれば」
こくりと頷く永遠。
──戦慄した。
気の長すぎる計画だ。そもそも、人はそんなに長く生きられない。
実行できるのは『不老不死』である永遠だけだ。
と、少女は微笑んで、
「そんなに時間をかけるのは『最悪の場合』です。うまくいけば、もっとずっと早く、世界から“個性”が無くなるはずです」
「その、方法とは?」
「私は、自分が“個性”を奪った相手に『寄生』をかけています」
この瞬間、既に三万以上の人間が永遠の手中にあることが明らかとなった。
◆ ◆ ◆
「まあ、そうだろうね。僕が彼女ならそうする」
「校長。落ち着いている場合ですか」
「そんなこと言ってもね。録画だろう、これ?」
「……まあ、そうですが」
校長室。
教頭だか校長補佐だか運営監視役だか、とにかく「校長の相手役」に内定している相澤は根津と二人、空前絶後の放送を眺めながら溜息をついた。
放送に「LIVE」の文字はない。
インタビューの最初にも「収録は番組開始の一時間前に終了しています」「当テレビ局は公正な立場でインタビューを実施しており、政治的意図は一切ありません」と明言されている。
今頃テレビ局は凄いことになっているだろうが、今更行っても永遠はいない。
放送を止めさせる意味もさほどないだろう。
人は何よりも「未知」を恐れる。悪役が自分から手の内を語ってくれるというのだから放っておけばいいのだ。そうすれば、少なくとも「何をされるのかわからない」という心配はなくなる。
『き、寄生とは……あの、オール・フォー・ワンが使った、あの!?』
『はい。本体が死んだ場合、寄生した相手を同時に乗っ取って群体と化す、あの“個性”です』
『永遠さんが、死んだ場合……?』
『まあ、私は死んでも生き返るんですけどね』
くすりと笑う永遠。
相澤は苦々しいものを感じながら呟いた。
「……やってくれたな、あのガキ」
永遠を殺しても彼女は死なない。いや、滅びない。
だが、一度でも「死んで」「再生する」という手順を経た時点で、三万以上の人間が永遠に乗っ取られる。
これは「永遠を殺しつくし滅ぼして解決する」という手段が封じられたことを意味する。
「生け捕りにするにせよ、永遠君にはオール・フォー・ワンと同等の“個性”の他に
三万。
普通のヒーローが一つの“個性”で戦うのを考えれば、その差は圧倒的だ。もちろん、多くはヒーローが用いるに足りない「ハズレ」だろうが、組み合わせや相乗効果によって化ける可能性もある。
『せ、世界を支配するつもりですか!?』
『いいえ。重要なのは乗っ取りの効果じゃありません』
『寄生』にはもう一つの効果があると永遠は語った。
本体の死による乗っ取りを経なくとも、相手が持っている情報を共有することはできる。つまり、永遠は三万人分の感覚をハックできる。
『目がたくさんあれば、ターゲットを探す手間が省けるでしょう? 私は、“個性”を奪えば奪うほど、寄生すればするほど、次のターゲットを探しやすくなるんです』
それが、日々犠牲者が増えるからくり。
緩やかに犠牲者が増えているこの状況はあくまでも下準備でしかないのだということを、彼女は暗に告げていた。
「それだけ『目』があれば探し残しも無くなる。合理的だね」
「合理的であれば何をやってもいいんですか」
「相澤君に言われたらおしまいだと思うんだが」
一クラスまるごと除籍指導→全員復学させる、という離れ業をやらかしたことのある相澤は目を逸らした。
『で、ですが、それはあまりにも人道的に!』
声を荒げたのは、それまでサブに回っていた女性アナウンサーだった。
永遠は彼女に視線を向けると、不思議そうに首を傾げた。
『どうしてですか? 私が死ななければ身体にも心にも異常は出ません。気にしなければいいだけです』
『実害がなければいいんですか!? そんなの、爆弾を抱えて生活するようなもの──』
『なら聞きますが、あなたの周りに攻撃的な“個性”を持った人はいませんか? 洗脳系の“個性”を持った人は?』
『え……?』
『彼らがちょっと“個性”を暴走させただけで、あるいはちょっと魔が差して“個性”を悪用しただけで、あなたは死んでしまうかもしれない。意のままに操られてしまうかもしれない。それと何が違いますか? 道行く人の中にそういう人がいるかもしれないから出勤するのを止める、なんて言いますか?』
『そ、それとこれとは話が違──』
『じゃあ、こう言いましょうか?』
永遠の声はなおも穏やかだったが、続いた声にはどこか冷たさがあった。
『
『───っ!?』
がたん、と、女性アナウンサーが席を立つ。
『そ、それはあなたが罪を犯したからでしょう!?』
『お、落ち着け!?』
隣にいた男性アナウンサーが制止しなければ、彼女は永遠に食って掛かっていたかもしれない。
押さえられてなお、憎々しげな視線を送る彼女に対し、永遠は涼しい顔で、
『ワープできるうえ、一人で大量殺戮できる敵を生け捕りにしなかったのが落ち度でしたか? それとも、無数にいるオール・フォー・ワンの寄生体を短時間で処理できなかったのが落ち度ですか? その過程で犠牲者を出したのが罪ですか?』
なら、と永遠は続けて、
『オール・フォー・ワンと決着を付けられずに神野事件まで生き永らえさせていたオールマイトは大犯罪者ですね』
『故人を侮蔑するような発言は控えていただけませんか』
これは、オールマイトフリークとして知られている男性アナウンサー。
『失礼しました。……私もオールマイトからは直接教えを受けたことのある身です。彼の死は大変残念に思っています。信じていただけるかはともかく、私やその仲間は彼に一切手を出していません』
『……ヒーローにも限界があるのは承知しています。ですが、“個性”の違法所持の件もあります。そちらについても罪ではないと?』
『証拠を出せと言われても無理なので、言い訳がましくなってしまいますが……“個性”としてのAFOならびにその他の“個性”所持については政府も公安上層部にも了承を得ていました。それどころか、私にしかできない案件を複数依頼され、解決しています』
『なっ!?』
相澤は「言いやがった」という思いで画面を眺めた。
『し、証拠は!?』
『先ほど申し上げた通り、ありません。そもそも、敵という立場になった私がどんな証拠を出したところで、偽造だと言われるのが関の山でしょう?』
今のご時世、電子データの改竄など珍しくもなんともない。
紙の書類であればなおのこと、書式や筆跡さえコピーしてしまえば幾らでも偽れる。
沈黙の後、再び男性アナウンサーが尋ねる。
『……どうあっても、方針を変えないおつもりですか? たとえヒーローに追われても?』
『ええ。私にヒーローと争う気はありません。私が欲しいのは平和ですから、他の敵に暴れられるのは不本意なんです。ただ、向こうからくるなら別です。私を捕まえるつもりでも、殺すつもりでも、どうぞご自由に。ただし、
『無数のヒーロー、それに警察を相手に戦える、と?』
『そうですね。最低でもオールマイトとオール・フォー・ワンの両方を相手にするつもりでかかってきてください。
根津が「あーあー」と他人事のように声を上げるのが聞こえた。
◆ ◆ ◆
聞かされたそれらはにわかには信じられなかったが、オールマイトが引退時点で“個性”を失っていたことは広く知られている。
永遠がオールマイトから奪ったのであれば、彼女はもっと早く大々的に動けただろう。少なくともオール・フォー・ワンを殺すのに手間取ることはなかったはずだ。
だから、頭に血が上った状態でも、永遠の語った「後継者からの奪取」という話は十分にありうると納得できた。
「何故、オールマイトの“個性”を奪ったのですか?」
「あれが一番の脅威だからです。イレイザー・ヘッドの『抹消』、エンデヴァーの『ヘルフレイム』も同じです。彼らは私を敵として処分しようとしましたから、自衛の範囲内ですが」
これは、彼女は、あの頃の永遠とは違う。
今になってようやく確信する。
正義とか悪とか、そんな言葉で片づけてはいけない存在。人ではない何か。超越者。それが今の永遠なのだと、少女の発するある種のカリスマに「ぞくぞく」しながら、理解した。
「……最後にお聞かせください。現在、世界には大きな混乱が起きています。“個性”を奪われる前に使おう、と殺人が起きるケースもあるようですが、それについてはどうお考えですか?」
「ヒーロー以外が“個性”を使うのは禁止のはずです。それを奪われるから社会が混乱する、というのはおかしな話ではないでしょうか。ましてや殺人を犯すなんて、当人の倫理観の問題でしょう? 察知できた事件については可能な限り対処するつもりはありますが、事件を起こす人間も、その原因を私に求める考え方も、はっきり言えば理解できません」
「……ありがとうございました」
撮影は終わった。
終了後、永遠はスタッフ一同に丁寧にお礼を言った。そして笑顔を崩さないまま口にした。
「裏で控えているヒーローさん達に伝えてください。ここだと迷惑がかかるから、戦う気なら局を出てからにしませんか、って」
「───」
彼女は、自身の永遠に対する感情が怒りや憎しみから畏怖、あるいは崇拝へと変わっていくのを、心のどこかで感じた。