【反乱から四十日後】
国内の“個性”喪失者はなおも増え続けている。
人々からの不安の声は収まることがなく、政府には望まぬ“個性”喪失に対する補填を要求する訴えが寄せられているという。
“個性”を失い、実質的に戦えなくなるヒーローも増加中。
国は否応なく変革の時を迎えている。
「くそっ、忌々しいガキめ!」
怒り任せに机を叩くと、どん! と大きな音が室内に響いた。
ヒーロー公安委員会において重役を務める立場──人前であれば注意されてしかるべき行動だが、今この場にいるのは『彼』と秘書だけだ。
息を吐き、秘書に尋ねる。
「実験はどうなっている?」
「順調に進んでおります。候補者の適合数値にバラつきが出始めているため、順次選別を行い、実験段階を進めていく予定です」
「そうか。完成はどのくらいになる?」
「およそ一か月ほど先になるかと」
「良し。そのまま進めろ」
「かしこまりました」
恭しく答えると、秘書が退室していく。
一人になった『彼』はにやりと笑った。
今、行っている実験は、あの忌々しいガキ──永遠に与える予定だった大量の金を用いたものだ。事務所を閉鎖し、ヒーロー資格を剥奪した時点で報酬を受け取る権利もない。なので、その金を用いて永遠を倒すための『戦力』を作り出すことにしたわけだ。
公安の中でもこの実験については意見が割れているのだが、過半数の合意を以て強硬かつ迅速に進めた。
一か月後には最強クラスのヒーロー、否、戦士が出来上がっていることだろう。
実験の詳細、特に施設の場所については『彼』はもちろん秘書も知らない。
これは永遠の『寄生』対策だ。
実験について詳しいものは全員施設内に詰めており、外に出さない。これによって誰を情報源にしようと大した情報が得られないようにした。
結局、金と権力があれば何でもできる。
人と物を動かせるというのはそれだけで力であり、何万の“個性”を持っていようと個人は個人、できることなどたかが知れているのだ。
「待っていろ。一か月後にはお前も終わりだ。あの世か、あるいは監獄で己の罪を思い知るが良い」
あれが死ねばまた平和が戻ってくる。
ヒーローになりたがる馬鹿な子供なんて幾らでもいるのだ。雄英の運営は率先して貧乏くじを引きたがる正義馬鹿に任せて、自分は甘い汁を吸えばいい。
そうして好き放題やって満足して死ねれば、後のことなどどうでもいい。
実験による犠牲? 志願し、契約書にサインした時点で自己責任だ。遺族が泣きわめこうが、適当に金でも出してスケープゴートを辞職させておけば問題ない。辞職した者もどうせ天下りで関係機関に再就職できるのだから損はしない──。
「へえ。それは楽しみ」
「!?」
声は、すぐ近くから響いた。
驚愕。
がたん、と椅子から落ちて腰を抜かした『彼』は、警報のボタンをと頭で思いながらも動けなくなった。“個性”の影響ではない。単純に「次の瞬間に死んでいるかもしれない」という恐怖のせいだ。その間にぺと、と、手のひらが触れる感触。
ほんの一秒後に手が離れた時には、生まれた時からずっと付き合ってきた“個性”が『彼』の身体から消失していた。
痛みも何も感じないが──『寄生』もされたのだろう。
「ま、待て! 助けてくれ!」
気づけば命乞いを口にしていた。
「私を殺しても実験は止まらん! いや、むしろ、一般市民の怒りはお前により向かうだろう! だ、だから殺さないでくれ! 違う、殺すな! 損をするのはき、貴様の方だぞ!」
「……はあ」
溜め息。
「馬鹿じゃないの」
「ひっ……!?」
どがぐしゃ。
複雑な音、かつ一瞬の音だったせいで、実際には殆ど衝突音としか感じられない音と共に──高級品の頑丈な机が、跡形もなくばらばらになった。
「殺すわけないでしょ? 私利私欲ばっかり考えてても、あなたは人間なんだから」
「え、あ?」
気配が、消えた。
数分待っても何も起きない。音を聞きつけた秘書や他の職員がやってきても、彼女は、永遠は何もしてこなかった。
自分が年甲斐もなく粗相をしていることに気付いたのは、心底ほっとした後のことだった。
◆ ◆ ◆
「よし、今日のノルマ終わり、っと」
「お疲れ様です永遠ちゃん。これ今日の着替えです」
「ありがとうトガちゃん。……って、言いながら首に噛みつくの止めようよ」
「いいじゃないですかこれくらい」
「うん。まあ、慣れると微妙に気持ちいいけど」
とりあえず着替えてから噛みついてもらった。
で、そのやり取りが終わるのを待ってお姉ちゃんが歩み寄ってくる。
「それで、永遠。首尾の方はどうですの?」
「ばっちりだよ。休憩しながらデータで転送するから、後の処理はお願いできる?」
「ええ、任せてくださいませ」
ふん、と、胸を張って請け負ってくれた。
本当に頼もしい。うちにはお姉ちゃんの他に頼子さん、宮下さんもいる。みんなに任せておけば地味な作業はお任せしちゃって大丈夫だ。
『寄生』件数も結構増えてきたのでそろそろ頃合いだろうと、私は今日のノルマで日本のお偉いさん+各国首脳を相手にしてきた。
外国で狙ったのは主に核保有国。
そろそろ「日本にサプライズで核しこたま打ち込むね♪ その永遠とかいう敵と一緒に滅んでね♪」とかやってきてもおかしくないからだ。私を殺したら自分も死ぬっていう状況で核発射を命じられる聖人君子はそうそういない。また、少しでも頭が回る人間なら、自分が『寄生』された時点で私を殺しきれないってことがわかるはずだ。
『寄生』は自分の一部を相手に宿す“個性”。
私の身体の一部である以上、本体である私が再生不可能なダメージを受けた場合、寄生体が本体に成り代わる。核で一国まるごと焼き滅ぼしてなお、消せるのは
賢明な人なら思い留まるはずだ。
更に、偉い人たちに『寄生』したことで、彼らの所業を丸裸にできる。
普通に仕事をしている人達をどうこうする気はない。
ただ、私欲のために権力を利用している不届き者には容赦しない。彼らの記憶から抜き出した悪事・醜聞を“個性”で整理、電子データにして媒体に保存。後はお姉ちゃん達にお願いしてリストアップしたり編集したりして公開してもらう。
奪って手に入れた『超記憶力』『記憶整理』『空想の電子化』等々によるコンボだ。
「これで日本も世界も少しはすっきりするね」
今日のおやつは何にしようかと考えながら、私は廊下を歩いていった。
◆ ◆ ◆
「えー……まだ若干、接続に手間取っている人がいるようですが、時間なので始めます。皆さん、本日はお忙しい中、こうして参加いただきありがとうございます」
『脳筋なヒーローも多いからな。しゃーねえ。っても、これだけの人数が一度に会議に参加するのって初めてじゃねえか?』
「ええ。それだけ切迫した事態ということです。ヒーロー校である雄英としてはこの状況を鑑み、ヒーローの意思確認を図るべくこの場を設けました」
相澤は雄英校舎内の会議室にいた。
隣には根津やミッドナイト等の主要な教師も座っている。彼らの姿はカメラが映し、接続されたPCへと転送、ネットワークを通じて他のヒーロー達へと送っている。
要はWebを利用した大会議である。
先に言われた通り、接続者数は百を優に超える。普段忙しく動き回っているヒーローだけに、これだけの人数が一度に話し合うというのはまずない。実際に集まるのであればこの規模はほぼ実現不可能だっただろう。
「では、時間がもったいないのでさっさと会議に移ります。議題は永遠──仮称敵名『エターナルクイーン』への対応についてです」
『ホント、トワちゃんってば随分仰々しいあだ名を付けられたわよねえ』
『Mt.レディ。もともとはアンタの教育がなってなかったんと違うか?』
『ンなわけないでしょ。あの子はヒーローの役目も辛さも百も承知よ。なのにこうなったのは、あの子の頑張りを誰もまともに評価しなかったから。違う?』
『それは──』
誰かが反論しそうになったところで、相澤はわざとらしく咳ばらいをした。
「それくらいでお願いします。過ぎたことを言っても仕方ありません」
『……そうね。悪かったわ』
『いや……』
「では、話を続けます。彼女に対する対応方針については事前に大まかなアンケートを取りました。結果はこの通りです」
・脅威として優先的に対応 :12%
・通常の敵同様に遭遇すれば交戦:61%
・よほどのことがない限り放置 :22%
・その他 :5%
『何だよこの結果。ヤベえ敵なのは明らかだろうが。とっとと捕まえなくてどうするんだよ!?』
『……そう思った者の多くは既にこの世にいない、あるいはこの場に出てこられない状態にある、ということであろう』
「まあ……そうですね。彼女、及びその一派に直接殺されたヒーローはいないかごく僅かですが、“個性”を奪われた者や、注意が疎かになったところを他の敵に殺された者は結構な数に及びます」
正義感の強い者が馬鹿を見ている、ともいえる。
否、アンケートに答えたのは全てヒーロー。正義を志していない者などいない。ならば血気盛んな者、と呼ぶべきか。
「一般人や街に目立った被害が出ていない以上、静観という見方も決して間違ってはいないでしょう」
『被害なら出てるだろ。“個性”奪われんのは立派な被害じゃねえか』
「いや、法的にはそうとも言えないんだよ」
と、これは根津。
「“個性”は法律上、個人の能力の一部として扱われる。身体能力とか歌の上手さ、絵の上手さ、文才などと同じく、個々人によって差があって当然のもの、ということだね」
そして、こうした『能力』を損なわせるような行動を取った者は、
怪我をさせて身体能力を損なわせたなら暴行や傷害になる。危険な薬物を用いたのなら取り扱いに関する法律等々が加わるだろう。大会やコンクールへ参加させない、十分な練習の機会を与えない等の嫌がらせであれば法的な処罰は難しい場合もあるだろうが、所属組織を通じて罰を与えることが可能だろう。
「では、痛みも怪我もなく毒物も使わず、一瞬にして証拠も残さず身体能力を奪ったとして──それは罰することができるだろうか?」
『そりゃあ……あ? できる、のか?』
「難しいだろうね。現状、“個性”を奪うことができるとわかっているのは永遠君一人だけだが、だから永遠君が奪った、というのは論理の飛躍が過ぎる」
そもそも“個性”自体まだまだ解明されていない部分が多いのだ。
対象に“個性”があるかないかを判別する手段さえ特定の“個性”に頼っているような状況。
例えば、個性が突然、自然消滅することだってあるかもしれない。
例えば、永遠以外にAFOに類似した個性持ちがいるかもしれない。
例えば、個性消失申告者の中に嘘をついている者がいるかもしれない。
せめて、永遠が触った直後に“個性”が消えたという映像証拠でもあれば別だが、奪取が『透明』状態で行われている以上は難しい。
「まあ、既に犯した傷害等の罪があるから捕まえるに越したことはないんだが……彼女を相手にするなら『無数の個性のどれが使われるかわからない中』『一度も触られず』『殺されることなく』『怪我も毒も洗脳も効かない怪力持ちを生け捕りに』しないといけない」
『……十三号のブラックホールとか使えば理論上は殺せる、いや、滅ぼせるんだろ? だったら最悪やる価値は──』
「永遠君が九十九回の死刑を受けたんだ。それで三万人以上の命を奪うなら、数千回は死刑……せめて半殺しに遭わないと理屈に合わないだろうね」
もちろん、罰を受ければいいという問題ではない。
罪の重さを罰の厳しさに当てはめ、ヒーローの取って良い手段ではない、と諭しただけだ。
『……寄生がブラフってことはないのか? あれは増殖型の個性なんだろ? バラ撒いたら本末転倒じゃないのか?』
「彼女の目的が“個性”による争いを無くすことであると仮定すれば、当人に使いようのない“個性”が残る分には問題ないのでしょう。寄生している相手の所在もわかるのですから、二度手間ですが事後の回収は可能です」
『……話は戻るが、生け捕る方法は何かないのか?』
「ワープと自己増殖ができて状態異常も効かないオールマイトを拘束する手段があれば、それが有効です」
有り体に言って無理ゲーである。
『なんだよ、それ。ヒーローってのはこんなに無力だったのかよ!?』
「これはコミックでも映画でもない。現実である以上、どうしようもないこともある。こうなる前に手を打てなかった我々全員、いや、全人類の責任だ」
会議はその後も紛糾したものの、進展の望めるアイデアが出ることはなかった。
前回投稿時間を間違えたので、開き直って7時投稿で行きます。
【追記】
……とか言いながら時間指定を間違えた件について。