【反乱から50日後】
『業務停止命令』
目の前に置かれた紙──電子メールで送られてきた内容のプリントアウトだ──を眺めた雄英校長・根津はHAHAHA!と笑って言った。
「いやあ、遂に来ちゃったねえ!」
「笑いごとじゃないでしょう!?」
雄英の会議室。
なんだかんだ雄英教師陣の良心、といった感のある、際どい服装の美女──ミッドナイトが、呑気な根津の態度に声をツッコミを入れる。
「混乱が深まっている今こそ、新たなヒーローの養成が必要だというのに……何故、
「仕方ないさ。うちは国立。運営資金の大部分を国からの出資に依存している。国が止めろと言うなら従うしかないんだ」
嫌ならお金を出さない、と言われれば「やめてください死んでしまいます」となる。
校長や教師の任命、解任の権利はさすがに独立しているのだが、教育委員会が『指導』を行う権利は当然ながら存在する。それは実質的な命令権だ。
ミッドナイトもそのあたりの事情は理解しているのだろう。頷いたうえで再度口を開き、
「どうせ『あの子』を育てた責任がどうこう言うんでしょ? だったら、校長やイレイザーだけ解雇して代理を立てればいいじゃない」
「……もう少し言い方があると思うんですが、ミッドナイト先生」
「いいのよ、イレイザーだから」
ひどい話だが、相澤もそれ以上はツッコミを入れなかった。
根津は笑って、
「それも無理だろうね。何しろ今、国の機関はどこも大混乱だ」
理由は永遠による個性略奪と『寄生』である。
“個性”のなくなった人間は同時に『寄生』を受けているということであり、永遠に情報を流す端末に成り下がったも同然。
閣僚や秘書等々がその対象になった場合に懐を探られたくないお偉方はどうするか──答えは、その人物を辞めさせる、である。
加えて、永遠達の犯行とみられる大規模な「偉い人の醜聞暴露」が発生。
長年高い地位に胡坐をかいていた人間が相次いでバッシングを受け、辞職を余儀なくされている。
こうして、強制的な大幅な人事異動が起こり、結果としてどこも
マンパワーの余剰が嫌われるのが現代社会なのだから、人が一気に何人も辞めれば仕事が滞るのは当然。人件費をケチっているからそういうことになるのだという話だが、後から後悔しても遅い。
何が言いたいかというと、どこも人手が足りてないのに、外部から雄英校長を送り込めるわけがない、ということだ。
根津と、彼が相談に便利使いしている相澤がいなくなれば雄英の運営は立ちいかなくなる。
よって、いったん閉鎖して再開を待つしかない。
「校長が政府や公安に喧嘩を売るからじゃないの……?」
「すまないね。ここ最近、馬鹿には馬鹿と言わないとわからないんじゃないかと思っているんだ」
「それは否定しませんけど」
根津や相澤が辞めさせられる理由はミッドナイトが言った通り、永遠を育てた責任を追及するため。
些か遅すぎる対応とも言えるが、政府としては雄英の運営を根津に
一般市民が辞めさせろ辞めさせろと煩いので「じゃあ辞めさせるか。根津最近ウザいし」となったわけだ。
相澤が溜め息をついて、
「プロ試験自体も実施が危ぶまれています。うちの閉鎖もやむを得ないでしょう」
次のプロ試験──相澤の担当するA組が三年次の試験までは会場を受験者以外に非公開として実施される方向で動いている。
それにしたって、永遠がヒーロー及びその卵を襲わないという前提に基づく計画だ。
根津自身、試験自体に
「ま、命令によれば雄英の閉鎖は段階的。在校生は卒業させていいと言ってくれているから、まだ温情を感じるね」
今の三年生が卒業し、新入生が入ってこないのであれば、生徒数は単純に三分の二になる。
二年生以下の生徒にしても親の希望で辞める者が出るだろう。それだけ人数が減れば根津と相澤がいなくともなんとかなる。
「ホント、お偉いさんってのはふざけてるよな」
プレゼントマイクが吐き捨てるように言った。
「本当に世界から個性が無くなって敵がいなくって、警察が犯罪者を捕まえてくれるなら──ぶっちゃけ俺はそれでいいぜ。白雲の奴を追いかけてあいつらを手伝いたいくらいだ」
「マイク。そういうのは公の場で言っちゃいけないよ」
部下を窘めつつ、根津は曖昧な笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
「よう、邪魔するぜ」
「ここが『女王』の育った店か。しけてんな」
昼の営業時間が終了しようかという時間。
人の減ってきた洋食店『RYORI』の店内に二人の男性客が入ってきた。
粗野な性格が伝わってくるようなラフな服装をした彼らは、片や手にしたナイフの刃を伸ばし(カッターナイフ的な意味ではなく、金属の刃が実際に伸びている)、片や周りの空中に複数の刃物を浮かべている。
ニヤニヤという嫌な笑い方から見ても、食事が目的でないのは明らかだった。
店の主人夫婦の一人息子、浩平は調理場から店内に出ようとして──父である店主に止められた。
「親父」
「お前はここにいろ。その腕が傷ついたら大変だろう」
「っ」
唇を噛み「わかった」と答える。
浩平の右腕は以前、とある敵に襲われた際に傷つき、失われている。代わりに超高性能な最先端の義手を使っているが、もし大規模な破損をした場合、修理費用を賄うのは極めて難しい。
父親の、料理人の腕だって同じくらい価値がある──と、言いたいのは山々だったが、同じ傷なら生身の腕の方が安く早く治せるのは紛れもない事実。
店の調理担当が一人減るのは大打撃なので、理屈で言っても、ここは我慢するしかない。
父とベテランの男性従業員が二人で出ていくのを見送り、キッチンに引っ込んで来た母を庇う。
「何の御用でしょうか。当店は洋食屋です。他のお客様の迷惑になりますので物騒な物はしまっていただけませんか?」
「は? 嫌に決まってんだろボケ」
「いいから『女王』を出せよ」
またか。
うんざりして溜め息を吐く。この手の輩が来るのはこれが初めてではない。多くは一般人からの誹謗中傷や悪戯の類であり、無視するか、落書き等に対処するだけで済む。この店は常連さんが多いので売り上げに多大な影響が出ているわけでもない。
ただ、『女王』の名を出して“個性”を行使してくる輩だけは本当に困る。
既に母が警察に通報を始めているが、到着するまでには時間がかかる。到着したところで警察は“個性”を使えない。ヒーローが来てくれればいいが、今は戦えるヒーローが減少傾向にある。
「……申し訳ありませんが、そのような者は当店におりません。お引き取りください」
「うっせえな、いないなら呼べばいいだろうが!」
「痛い目に遭いたいのかよ!?」
“個性”喪失騒ぎのせいで、この手の小者の敵は増えた。
無くなる前に使いたい、というだけで犯罪者に堕ちるのかと、大した“個性”を持たない浩平などは思ってしまうのだが、結局のところ、理由をつけて力を誇示したいだけなのだろう。
と。
「さっさとしないとお前の身体が『こう』なるぜ?」
宙に浮かんでいた刃物の一つが突然動きだし、無人のテーブルへと向かう。
勢いよく突き立てられればクロスもろとも破損し、交換を余儀なくされるが──。
「止めろよ、格好悪ぃ」
「な……?」
隣のテーブルで食事をしていた客が立ち上がってナイフを止める。それも、人差し指と中指で挟んで、だ。
「邪魔すんじゃねえよコラ!」
「殺されてえのか!?」
「殺す。殺すねえ。言うじゃねえか。耳が無くなった程度で──私が誰なのかわからないってか!?」
衝撃音。
一瞬にしてチンピラ二人のうち、ナイフを伸ばしている方に肉薄した
「がっ!?」
「な、何ぃ!? なんでお前がこんなところに居るんだよ!?」
「なんでって、ヒーロー資格剥奪されて暇だからに決まってんだろ!」
拳を引き戻すと同時につま先を跳ね上げ、もう一人の顎を蹴り上げる。
“個性”を失い、代替として与えられた“個性”さえも『女王』に取り上げられた。ヒーローではない、ただの無個性の一般人になってなお、その強さは健在だった。
「雑魚が。……鍛え方が足りねーんだよ」
たった一撃で地面に倒れた男達を足でぐりぐりしながら言うミルコ。
「あのさあ。お前ら、わかってるか?」
「な、何がだよ……?」
呻くように問い返す男達。
それに対して、ミルコは勿体付けるように笑みを浮かべて、
「私はお前らの言う『女王』にもう接触してる。“個性”なくなったのは知ってんだろ? それって、どういうことだと思う?」
“個性”回収と『寄生』はセット。
寄生された人間はあの少女の監視対象になる──。
「「あ、あああ……っ!?」」
悲鳴と共にナイフが浮かび上がり、男の手へ。手に納まったナイフの刃がぐんぐん伸びて──突然、元の長さに戻った。
「あ──?」
更に、ぽかんと声を上げた男達の身体が、みるみるうちに
小学生くらいの年齢まで退行した二人は、“個性”を奪われ、更に身体まで変えられたショックで泣きわめき始める。
まさか、心まで子供に戻ったわけではないだろうが、
「よう、ごくろーさん」
誰もいない、少なくともいないように見える空間にミルコが声をかけて。
数秒、呆けた浩平は、はっと我に返って店内へ向かった。
「永遠が、いるのか!?」
「いや。もういねーよ」
ここしばらく頻繁に飯を食いに来ては長居していく元プロヒーローは軽い口調で答えると、元の席に戻って食事を再開した。
「ち、冷めちまった」
今日の注文はビーフシチュー(にんじん多め)だった。
◆ ◆ ◆
「……はあ。今日も頑張ったなあ」
今日のノルマを終えた私はいつもの通りアジトに戻ってきた。
戻ったら忘れないうちに服を着る。
最近手に入れた『布作成』+『布加工』の“個性”コンボ。
『布作成』はお姉ちゃんの万能型と違って布しか作れないけど、私が組成を知ってなくても使えるのが魅力。『布加工』の方も完成系さえイメージできればある程度の無理が利くので使いやすい。
黒い布で簡単なワンピースを作って、ほっと一息。
廊下を歩いていくと、最初にお姉ちゃんと会った。
「お帰りなさいませ、永遠」
「ただいま、お姉ちゃん。変わりはない?」
「ええ。透さんとトガさんがどんどん忙しくなってきている程度ですわ」
「そっか」
最近はトガちゃん達にもお仕事が増えた。
「
「ええ」
私を応援したい、という個人や団体がだんだん増えてきている。
私に代わって(トガちゃんは『変身』して、透ちゃんはこっそり護衛として)彼らに会って、その人柄を見極めるのが二人の仕事。
移動に必要な白雲君や『嘘発見』ができる頼子さんがついて行くことも多い。
「実態として、永遠の思想に心底感銘を受けている者は──正直、少ないですが」
「仕方ないよ。人は長いものに巻かれるものだし」
生き残るために恭順を選ぶ者、私に付けば好き放題できると考えている敵(もしくは予備軍)、支援者のフリをしてスパイをしようとする者などなど、色んな人がいる。
なので、支援者候補の人達はここには呼んでいない。所在を聞いてこっちから出向く、を徹底している。
居場所を教えなければ便利使いできる人達もそこそこいるし。
「……例の研究施設についてはまだ有力な情報がありません」
「ん……まあ、そうだよね」
デクくんとお茶子ちゃんが参加する『実験』が行われているという施設。
小癪な情報統制を行ってくれたらしく、非人道的な実験、という以上の詳細は殆どわかっていない。
放っておけば、私対策を徹底した何かが出来上がることだけは確かなんだけど。
「最悪、放っておいてもいいよ」
「よろしいのですか?」
「正義の形は一つじゃないでしょ? デクくんが望んで『復讐』しに来るなら相手をするべきかな、って思う」
彼が私を殺しに来るんだとしても、だ。
「さて。誰かに変身しておやつでも買ってこようかな。そろそろポテチが足りなくなってたような気がするから……」
「永遠」
振り返ると、お姉ちゃんが真剣な顔で私を見ていた。
「緑谷さんが再び戦いを挑みに来たとして、あなたは、どうされますか?」
「殺すよ」
私は即答した。
ヒーローとしてじゃなく、私を殺すために立ちふさがるなら、それは
一般人でもない以上、容赦をする理由がない。
「……ままならないものですわね」
「お姉ちゃん。止めてもいいんだよ?」
「いいえ。わたくしは引きません。一度背負った罪は最後まで背負います」
「……ありがとう」
最後まで、か。
いったい、私の最後はどこになるんだろう。