「これでSHRは終わりだ。午後から授業は無いので、これで解散とする。以上だ」
真嶋先生はそう言って教室を出た。先生が去った後は自由時間だ。生徒たちも仲良くなった者たちと「今からカラオケとかどう?」「行く行く!」「あ、私も行きたい〜」と、遊ぶ計画を立てていた。それが半分以上いて、残りの者は静かに帰るか、少し残っているかしている。
葛城はみんなと遊びに行くが、坂柳は静かに教室に残っている、いや、観察していると言った感じだ。他はほとんど静かに帰っている。
そして我らが白銀御行は勿論ッ
(今日は疲れた………。正直勿体ないとは思うがコンビニでご飯を買って寝よう)
即、帰宅!!
今日は脳の糖分を使い過ぎたせいで、カフェインを取っても無理な程疲れてしまった白銀は、普段ならば有り得ない、有り得てはいけない!コンビニ飯を食べて寝ようとする狂行に走ろうとしていた。それだけ彼も疲れている証拠なのだろう。足取りもフラついている。
そうして何の障害もなく普通にコンビニに辿り着いた白銀であった。
「いらっしゃいませー」
「さて、安くてデカいカップラーメンでも買って帰るか」
そう言ってカップラーメンが置いてある所まで近づくと、高校生の男女がカップラーメンの所にいたので、彼らが退くまで近くの違う商品を見て時間を潰していた。
すると、必然的にその男女の声が聞こえてくるわけで
「なぁ、これGカップなんだってな。デカいな」
「綾小路くん、あなた何かしょうもないこと考えた?」
「いや、別に考えてないなー」
「そう、ならいいわ。次また同じような事を言ったら刺すから」
「いや刺すって………、冗談だろ?」
「貴方が都合の良い方に考えればいいと思うわ。でもそれが、私の都合と同じかは分からないけれど」
「お前、ちょっと過激過ぎるぞ」
「………………」
「おーい、無視されたら傷つくぞー?」
(何だその会話。痴話喧嘩?)
白銀は3流の夫婦漫才を見せられているような気分になり、さらに具合が悪くなった。
(早くそこから退け!)
二人の男女はそれからパタリと会話が止んだが、カップラーメン売り場から離れる気配はなかった。それに白銀御行がイライラしていると、やっと男の方が動いた。いや、何かに気付いてそちらの方へ向かった、といった方が正しい。
「なぁ堀北、これなんだと思う?」
「?これは、無料の商品?ポイントを使い過ぎた人への救済措置かしら。随分と生徒に甘い学校ね」
(………無料だと?)
白銀もカップラーメンから声が聞こえる方に視線を移す。そこには確かに『無料』と書かれた商品が陳列していた。『1ヶ月3点まで』とも追記してある。
その商品を見て、白銀は自分の中で何かに近づいているような、問題の答えに近づいているような錯覚をもった。この学校の不気味さが、自分の中で解消されつつあるような、そんな感覚を。
こう言う感覚を持ったらその時一気に答えまでたどり着けるのだが、生憎と白銀は今絶不調である。
このままでは掴み取れそうな何かを手放してしまいそうで、少し焦燥感をもった白銀は、三種の神器の一つを使う事を決意した!そのままカップラーメン置き場から離れ、急いでブツを購入した白銀は店を出て早速飲んだ。
そう、彼が購入したのは栄養ドリンク!◯ナとかウ◯ンの力とかそう言う類のものである!カフェインだけでは足りない時も、これを飲めば一時的に普段の調子を取り戻すことが出来るのだ!
では何故いつもこれを飲まないのかというと、高いから!
自他共に認めるケチな白銀がこれを買う時は、覚悟を決めた時である!故に、無駄に壮絶な表情をして飲んでいる、まるでこれから試合が始まる前のような、そんな緊張感が漂っている。店員もこれを買う時の白銀の表情を見てビビっていた。
「ぷはッ、これ一本で500ポイント………ッ!高過ぎるぞあまりにも!この学校には改革が必要だ。もっと栄養ドリンクの値段を低くしなければ、誰もこんなもの買わないぞ」
猛烈に後悔する白銀。値段にケチをつける白銀。学校に呪詛を吐く白銀。今日一日だけで色々な白銀を見た気がするナレーター。
ちなみに栄養ドリンクが一本500円は普通である。高い奴だと1000ポイントいくものまであるぐらいなのだ。白銀のケチさがよくわかる場面であろう。
「………ふぅー、後悔しても仕方がないか。それよりも、やるべきことがある。そのためにポイントを使ったのだ。よし、やるぞ」
白銀は今日一日をノートを見ながら振り返っていた。その時間は僅か数分だが、それだけで彼の頭には数々の疑問、そしてその疑問の仮説が成り立ち始めていた。
(まず俺が一番不可解なのはあの謎の就職率100%だが、これは今考えるべきことではない。だからこれは一度頭の隅に追いやり、次の『10万ポイント』という莫大なポイントについてだ。先生の言葉を信じるなら『この学校に入学した俺たちに対する正当な評価の証』だが、本当にそうだろうか?これは俺たちの油断を誘う罠とか、そういった類ではないか?いや、もしこれが本当なら次の疑問がある。ノートには『毎月1日にポイントが支給される』とあるが、何ポイント支払うかは言っていない。今まで具体的に話していた先生がこんなミスを犯すだろうか?………それは非常に考えづらい。よって、このポイントは減少するのではないか?という仮説が成り立つ。さっきの無料品コーナーがその仮説を後押ししている)
「………ふぅ、次だ」
コンビニで栄養ドリンクと一緒に買った飴を舐めて、少し頭を休憩させる。そして再び白銀は思考する。
ペラッ
(その次にこの『学生証カード』だが、先生は分からない者はクレジットカードのような物だと思え、と言っていた。ここで分からない者は、という言い回しの説明でクレジットカードが出てきた時、一気に理解が深まった。だが、その後先生は『これを利用すれば敷地内で買えない物はなく、それは学校内でも同様だ』と言っていた。ここで『まぁクレジットカードだからな。敷地内にある商品なら普通買えるだろ?』と思ったが、真嶋先生は一言も商品などとは言っていない。何でも、と言っている。それはクレジットカードでは買えない何か。俺はそれが権利なのではないか、と考えている。権利、例えば『この学校内のルールを変える権利』、とかな。恐らくそういったことも出来るだろう。他にももっと多様出来るのかもしれない。これは今後重要になっていくだろう)
権利!
言葉にするとそれは簡単だが、実際には奥深く、難解なものなのだ。
権利を簡単に説明すると、『目に見えない、物ではないもの』のことである。今回白銀が言った権利は、ルールを変える権利だったり、休んでも欠席にならない権利だったり、寮でペットを飼う事が出来る権利だったりと、敷地内、学校内でできる権利である。
だが、これらに共通することもある。それが『クレジットカードと思っていればまず買えない』ものであること。つまり、真嶋先生は嘘は言っていないが、その真実も言っていなかったわけである!
「他にもいくつかあるが………、この思考はどこまで行こうと仮説止まりだ。それが真実だという決定的証拠、または確証がない。それを確認しにいくしかない。だとすれば………、今がチャンスだな」
そう言ってある場所に行こうと歩き出したその瞬間、怒鳴り声が聞こえた。
「かかってこいやオラーッ!!」
「!?、何事だ?」
一瞬驚いて思わず声が出そうになった白銀だが、それを強靭な精神力で抑えると、ゆっくりと声のした方を振り向く。どうやら喧嘩のようだ。大柄な赤髪の少年が、何人かに威勢良く吠えた、というような場面であった。
その赤髪の少年の圧に少し怯んだ何人かは、やがて落ち着きを取り戻したかのように、人を馬鹿にする笑みを浮かべて言った。
「おー怖い怖い。こんな所で喧嘩するつもりかよ?………お前のクラス、当ててやろうか。Dクラス、なんだろ?」
「あ?それがなんだってんだよ?」
すると、耐えきれないとばかりに男たちは吹き出した。
「聞いたかよ?こいつやっぱりDだとよ!」
(………何故クラスを当てられた?クラスにも何か意味があるのか?………興味深いな)
「可哀想な『不良品』のお前らに、今日はここを特別に譲ってやるよ。じゃあな、『不良品』」
「待てコラ!逃げんじゃねぇよ!」
「ハッハッハ、そう粋れるのも今だけだぜ?お前らは地獄をみるんだからな!」
その男達はそのまま去っていった、最後まで笑いながら。彼らの話し方からすると、煽っていた者は上級生なのだろう。
(不良品?それはあの赤髪と茶髪に対しての蔑称なのか?それともDクラスを指して不良品と言ったのか?………恐らく後者だろうな。もしかしたらクラス分けにも意味があるのかもな。……これに関しては仮説が多すぎる。今結論を急いても、答えには辿りつかないだろう。一旦放置だ)
白銀はそう考えて、この問題を後回しにすることに決めた。白銀がそう熟考(数秒の時間)している間に、赤髪の男は怒りで顔を真っ赤にしていた。そしてその怒りが頂点に達したことで、怒りを発散するためにゴミ箱を蹴飛ばした。
「クソが!イライラするぜ……」
「おい須藤、ゴミの片付け」
「お前がやっとけ。おれは今むしゃくしゃしてんだよ!」
そう言って散らばったゴミの片付けもせずに、白銀に近づく赤髪(須藤と言われている)。
「退けやオラッ!」
威嚇ッ!
赤髪の少年はなんと、白銀御行に対して威嚇した、いやしてしまった!ここに四宮かぐやがいればフランス語で成人男性がゲェロゥ吐きながら泣いて逃げ出すほどの毒舌(須藤には効かない。なぜならフランス語は分からないから!)を発揮しただろうが、この世界に四宮かぐやは存在しないのであり得ない妄想である。
だが何にしても、白銀御行にそれは悪手である。彼はプライドが凄く、物凄〜く高いので、例えば皮肉の一つや二つ吐いて、相手が怒り殴りかかってきたら正当防衛でそれを殴り返し、「相手が殴りかかってきたから自分を守る為に応戦したー」などと言って、無実を証明する、嫌らしい手も使う白銀である!その気になれば学校のルールだけでも仕返しが出来る白銀と、見るからに体育会系の彼では勝負にすらならないだろう。よって赤髪の少年の運命は………、ジ・エン
「あぁ、邪魔だったか。悪かったな」
「フン!」
白銀は自分が立っていた場所から退き、赤髪に進路を譲った。赤髪はそれが当然とばかりにそこを通っていく。
白銀は何故何も言わずに退いたのだろうか?喧嘩は分が悪いと思ったからだろうか、それともビビって腰が抜けたのだろうか………?
否ッ!!
(もしさっきの仮説が正しければ、問題を起こせばポイントが減るかもしれない。業腹だが、ここは黙っているのが賢明だ)
白銀御行は先ほどの思考の中で、『ポイントは減少する可能性がある』という仮説を得たので極力問題行動を起こしたくなかっただけである!それが無ければ彼は徹底的に赤髪に説教していただろう(それか恥をかかせる)。
いきなり威嚇されれば普通ならば嫌な顔をするか、怯えるか、逆にこっちも威嚇するかと、様々な反応があるはずだが、白銀はその全てを押し殺し、最善の策で状況を打開した。この機転、そして我慢強こそさが白銀御行を支えているのだ!
そして白銀は、この場でもう一つ気になることがあった。それを確かめるため、散らばったゴミを片付けているもう1人の少年に近づく。
「よければ俺も手伝うぞ?」
「………アンタは?」
「(自己紹介をして欲しいのか?)俺は1年Aクラスの白銀御行だ。先ほどの現場を見ていてな………。ま、理由は大変そうだから俺も手伝おうかと言ってみただけだ。邪魔なら去るが?」
「いや、正直1人では大変だから、よければ手伝って欲しい」
「そうか、ところでお前は?」
「Dクラスの綾小路だ。さっきまでは絶賛パシリを受けていた、惨めな生徒、らしい」
「なんだそれは?」
「とある隣人にそう言われてな。………あんまり、気にしないでくれ」
「そ、そうか。うん。悪かった、お前も大変なんだな」
「あぁ」
白銀はあまりにも遠い目をした綾小路に一瞬同情したが、それからはお互い会話もなく、テキパキと掃除を終わらせ帰路につく。
「ところで、綾小路はなぜ掃除をしていたんだ?あれはあの赤髪のせいであり、お前がする必要は無いだろ?無視して帰ることも出来たはずだ」
「なんというか、あれをあのままにして帰るのは嫌だなーて、そんな軽い感じだ。他の人の迷惑になるとか、そんな大層な考えでやったわけじゃ無い。ただなんとなく、だ」
「なるほど、なんとなくか。そういう時は俺もあるから、よくわかる。………話は変わるんだが、Dクラスってどんな感じなんだ?実はな、今日Aクラス内で自己紹介があったのだが、見事に空振りしてしまい、クラス内に友人がいないのだ。だから他クラスに友人を作ろうと思い、聞いたのだが」
「残念ながら、オレも自己紹介で惨敗して、絶賛ボッチ中なんだ。悪いが、クラスのことはよく分からない」
「そうか、悪いな。ならば、お互い自己紹介に失敗したもの同士、仲良くしようでは無いか。という事で綾小路の連絡先を教えてくれないか?」
「!!あ、あぁ。構わないぞ」
(いきなり豹変したな、コイツ)
白銀と綾小路は連絡先を交換し、そのまま寮に向かっていたのだが、白銀が突然立ち止まったことで、綾小路も歩みを止める。
「どうした?白銀」
「すまない。どうやら学校にメモ帳を忘れてしまってな。取りに帰るから、お前はさきに帰っていてくれ」
「メモ帳?真面目なんだな。わかった。じゃあまた明日」
「あぁ、それではな」
そう言って白銀は少し早歩きで学校へ向かいながら、綾小路について考える。
(アイツは間違いなく『コンビニの監視カメラ』を確認してからゴミ掃除を始めた。綾小路も気づいたのか?ポイントが減少することに。いや、それも単になんとなくで動いたのかもしれんが………、分からない。言葉選びに気を遣っている様子は見受けられなかった。現に俺が『メモ帳を忘れた』と言ったら、アイツは『真面目』と評価した。それはつまりDクラスにはメモを取る生徒はいない、もしくは少数ということが分かった。………いや)
「今は他にやるべき事がある。この考えは一旦やめよう」
そう言って白銀は学校へと向かう。自分の立てた仮説が正しいのか、見極めるために。
◇
「白銀御行、か」
奴はオレが『監視カメラ』に気づいたのを察してオレに話しかけてきた。恐らく何か目的があって話しかけてきたんだろうが、そこまでは分からない。だがオレの目的は恐らく果たせた。
『目立たず、馬鹿でやる気のない生徒』という印象を持たせたはずだ。それさえ達成出来ればいい。
オレはこの学校へ『自由』を求めてきたんだ。だから面倒ごとには関わらない。だが………
「アイツは、油断ならないな」
観察力、知力、コミュニケーション力、そして恐らく暴力に関しても、全ての能力が高い。まだその底は分からないが、今わかることだけでも相当だ。もしその全力がオレを潰すために向かってきたら、オレも本気で行かないと勝てないかもしれない。
「いや、別にこんな事考えなくてもいいな。今は、新しい連絡先が手に入った事を喜ぼう」
そう、表面上のオレは喜んでいるのに、オレの奥底の冷たい部分は、奴が
嗚呼、自由とは何だろう。
『勝つことが全て』。この考え方が変わらない限り、オレはいつまでもこのままだ。
『あの男』に復讐するためには、最高傑作と呼ばれたオレが敗北しなければならない。
この矛盾だらけのオレを、誰かが。
段々と無機質になっていく自分に、さっきの男の姿が頭の中に蘇る。
「白銀御行、お前にオレが
誰もいない、誰も答えない場所で、彼は一人呟く。
その声は無機質にも、渦巻く感情を初めて吐露したようにも、どちらにも取れる不思議な声だった。
呟いた彼は何も言わないまま、その場を去った。
先ほどと何も変わらないその姿には、何故だか悲しさを覚えずにはいられない。
誰か、この哀れな少年に