毒を以て毒を制す。火竜卿の好きな言葉だ。
ポイントは、チャナガブルの麻痺袋からいくらか毒を拝借すること。神経の動きを弛緩させるチャナガブルの麻痺毒と、消化器官を痙攣させるマヒダケの毒。二つの異なる麻痺毒は互いにその特性を発揮しあい、打ち消しあい、互いを美味な食材へと変異せしめる。
「殿下、よく覚えておいでで」
たった今、妾にガブ汁を振る舞った火竜卿が、慇懃に頭を下げた。火竜卿が妾に初めてガブ汁を振る舞ったのは、もう随分前の話だった。
幼少の頃、大金を払った客へ毒物を振る舞わんとするこの男について、白痴の暗殺者がいたものか呆れたものだ。しかし、人生何が縁となるかはわからない。
この肝の据わった狂骨は、今では妾一番の玩具だ。古都ドンドルマの大長老との後ろ暗い駆け引きも悪くはないが、やはり自らの命を掛金に楽しむ美食の背徳感に勝るほどではない。
「して、今日の一皿、満足いただけましたかな?」
火竜卿の問いに、ふむ、と妾は顎を捻る。料理の味はまさしく王都の星付き料理に比肩しうる絶品であったことは認めよう。
だが、所詮は食らったことのある毒だ。妾に同じ料理を二度振る舞うような無粋な真似はしてこなかった火竜卿が、ここへ来て、どのような心境の変化があったのか。
記憶の中の、舌の感触を掘り起こす。
ーー違う。
目の前の料理は確かに一度食べたことがある。が、全くの別物と思えた。火竜卿の料理の腕がこの晩節になって一皮剥けたとも思えない。
ならば、変わったのは食材そのものか。素材の提供者、つまりは狩人と折り合いがつかぬことを嘆いたこの男にも、ようやく縁が回ってきたということか。
貴様、この一皿、妾を楽しませるためではなく、自分の自慢話つもりか。
「ますますの舌の冴え。さすがであります、殿下」
妾を試した負い目など一切無く、慇懃無礼な老人がにやりと笑う。その自信に満ちた眼差しは、出会いから今現在に至るまで、一度として失われたことはない。
あぁ、なんと憎らしく傲慢な料理人か。その先代から受け継がれた”神の腕”と賞される両腕を切り落とせば、少しは殊勝な態度になるものか。
「わたくしめの”神の腕”が見せる未来。殿下にとって価値が無いというのならば、どうぞ随意に」
火竜卿が両の腕を妾に差し出す。王軍も竜も恐れず、誰にも頼らず生きてきた男の掌には、その人生の歩みに裏打ちされた自立と自信が深い皺となって浮かび上がっているかのようだ。
珍鳥ならば籠で飼い殺すこともできようが、空の王者たる火竜ともなるとそうはいかない。空の王者はこの閉塞の国では自由の象徴。
妾が戯れで名付け与えた爵位であったが、中々どうして、よく似合う。
まぁよい。揺らがぬ男を試し殺すのも骨がいる。軽く卓を小突くと、すぐさま隣室の召使いが宝石類の入った小箱を抱えて走ってきた。
馳走の礼にはいささか過ぎた礼金だが、これは退屈な国に住む妾の慰み。せめて未来を楽しむため先行投資よ。
「ようやく、この手に全てが揃いつつある。私は約束を果たせますよ、殿下」
宝石を手にした火竜卿が語る。その瞳は、煮えたぎる野心を隠そうともしない。
ーー約束。あぁ、狂人の夢は自らの手で自らのギロチンを下ろすことであったな。
この世の誰一人食べたことが無い一皿を以て、妾と貴様は食卓につく。
それは、世界が羨む死に様に他ならない。
我らは、最後まで己の欲望に忠実に、身勝手に、我が儘に、人生に幕を降ろすのだ。
「パトロンとして、友人として、せめて祈ろう。火竜卿の未来に幸あらんことを」