寺生まれも楽ではない   作:満足な愚者

1 / 3
プロローグ

空を見上げれば清々しいという言葉がぴったりとくる青一面の高い秋空が目に入った。まるで、青色の絵具をバケツ一杯の水にこれでもかと、溶かした後、それを巨大な画用紙にぶちまけた様な雲一つない、晴天を体現したかのような空だ。

 

そんな素晴らしいお天道さんの下、手に持った煙草を咥え、思いっきり支援を肺に入れる。いつも通り紫煙は俺にニコチンを供給し、少しばかり頭がくらくらする。

 

――あぁ、本当に美味い。

 

そのまま、紫煙を吐き出せば、煙は雲一つない空に上って行った。

 

「先輩、またタバコですか?」

 

声の方をむけば、ショートヘアが特徴的な少女が一人。薄い茶色のカーディガンに、ホットパンツ。去年まで高校生だったため春までは構内で私服の彼女を見ると違和感があったのだが、半年もすればなれたものだ。

 

右に流した前髪を止める赤いヘアピンに、少しばかり幼さの残った顔は彼女が奇麗だというよりはかわいらしいと言った印象を抱かせる。

 

顔の作りの方はもう短くない付き合いだということを差っ引いても整っていると評価せざるを得ない。なんでも中高時代に告白された回数は50回以上だとか、ついにで撃墜数も同上だったりする。

 

まぁ、そんな風に以上に容姿に優れているのが我が後輩だが、今その顔は激しく歪んでいる。睨みつけるようにこちらを見ているのを鑑みるに俺が煙草を吸っているのが気に食わないらしい。

 

「別にいいだろ、ここ喫煙所だし、マナー違反でもない」

 

俺が入学した当時はそこそこの数あった喫煙所もその数を減らし今では片手で数えきるくらいになってしまった。

 

『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい』

 

今は昔、漱石は草枕の冒頭でこう語った。そう、今も昔もこの世の中は生きにくい。

 

この世のあり方は酷く単純だ。数百万人もの足をその肩で支えているはずの官僚は汚職に塗れ、重い天下が負ぶさっている筈の政治家は自らの利益のために国を動かす。子供を育て、守るべき存在の親は、その子供を虐待し、教え導く立場にある筈の教師には信念はない。目を輝かせ夢を語るべき筈の子供達の目は濁り、夢という言葉の意味すらも知らない。これが世の中だ。

 

喫煙所一つとっても愛煙家の俺にとっては生きにくいと感じさせるには十分だった。

 

しかしながら、この生きにくい世の中を生きていけないといけないのが人生である。この点において人生とは生き地獄と言っても差し控えない。

 

そうなれば生き地獄を生き抜くにはそれなりに楽しみがなければ、いけない。人によってその楽しみはそれぞれだろうが、俺の場合は至極明快。ズバリ、ニコチンとアルコールである。

 

寺生まれの寺育ちがアルコールや酒なんて、何を言っているんだ、という人間もいるだろう。

 

しかし、だ。今日日、葷酒山門に入るを許さずとはナンセンスにもほどがないだろか? 現実とはこんなにも辛いのだ。そんな現実でさらに苦行を積むなぞ、修行僧のそれ。俺は寺生まれで、寺育ちだが、修行僧ではない。むしろ親父も爺さんもみな坊主のくせして坊主らしからぬ暮らしをしている。

 

だから別に俺はこれでいいのだ。親父にも爺さんにもこのスタイルで何の文句も言われた覚えはない。

 

それに人は裏切る。肝心な場面で致命的に裏切る。であれば、裏切らない相方を探すしかない。

 

そして探しぬいて見つかったのがニコチンとアルコールである。

 

ニコチンとアルコールだけは人と違って裏切らない。ゆえに俺はその二つをもって人生の糧としている。

 

「私に匂いが移ります」

 

むすっとした顔で彼女はいう。そんな表情をしても絵になるあたり美人は得だと思う。

 

付けあがるのが目に見えているため、死んでも言わないが、そんじゃそこらの女優やらアイドルやらに匹敵するくらい美人なのがこの後輩だったりする。まぁ、頭のほうは少しばかり残念な時があるが……。

 

「別に匂いくらいいいだろ。文句言うなよ。それに別に喫煙所に付き合えといった覚えはないぞ」

 

「いや駄目です。匂いが染みついたらどうするんですか!? それと私がここにいるのは監視のためです。先輩はすぐに大学をサボってあっちこっち行くんですから」

 

――お前は俺のおふくろか!?

 

と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 

「別に大学の授業に出ようが出るまいが俺の勝手だろ」

 

そういって咥え煙草で携帯をいじる。着信も新規のラインメッセージも新規メールもなし。相変わらず電話というよりもネットサーフィンとゲームをするだけの機会になり下がっている端末だ。

 

「駄目です! 留年したら、どうするんですか? 私はオジサンになんて言えばいいのか、分かりません」

 

「別にどうもいう必要ないぞ。馬鹿が勝手に留年しただけだ。ほら、お前と一緒に通える日数も増えるぞ」

 

ネットニュースを見ながら適当に返事をする。変なところで真面目な奴だ。この系統でまともに相手をするのは骨が折れるし、そんなことに無駄に体力を使いたくはない。学生の義務は勉強だ。授業をバックレる俺に彼女を説き伏せるだけの持論はないし、そもそも彼女を納得させようとも思っていない。

 

「そ、それは……そのー、先輩と通える期間が増えるのは非常に嬉しいですけど……」

 

――ん、このニュースは……。

 

馬鹿が何かぶつぶつ呟いているのを無視して某ネットニュースサイトのトップページを開いたところで気になる記事を見つけた。

 

『深夜の国道でトラックと乗用車の正面衝突事故。乗用車の乗客は即死か?』

 

なんてことのない事故の記事。こんな事故日本中どこもかしこもで起こっているだろう。

 

しかし、俺はこのニュースが気になった。

 

「そりゃー、私も、先輩とキャンパスライフ謳歌できればいいなーって思いますけど……でも、でもやはり留年は……」

 

――そういえばこの国道って、先週も事故があったよな。

 

俺のニコチンとアルコールに浸った海馬があてになるかどうかは置いておいて、記事の国道では先週も同じような事故があったと思い出す。そしていつかの日に何処かで聞いた噂もセットで海馬から引っ張り出した。

 

――場所はここから二時間程度か……。

 

そこまで遠い場所でもない。様子を見に行くのも悪くはないか。

 

「先輩! 先輩、聞いてます!?」

 

――しかしなぁ……。

 

別に行くのは構わない、そこで何かあっても対処できる自信がある。しかし、依頼がないのに行って解決しても何のうま味がないのも事実。こちとりゃまだただの学生。資金繰りにはいつも困っている。家に金の工面も頼めないし、家計は常に火の車どころか、バルカン半島もびっくりの火薬庫だったりする。

 

目の前の後輩(金持ち)に相当な金額お金を借りている、ことからも俺の懐の寂しさを理解して貰えるだろう。

 

生きにくいこの世を生きていくうえで大事な物は霊力でも超能力でも、魔術でもない。

 

金なのだ。

 

俺の考えがここまで来た時、不意に咥えてたタバコが口から引き抜かれた。

 

何事かと思い周りを見渡すと俺から奪った煙草を容赦なく水の入った灰皿に叩きこんだ後輩がいた。

 

「何してんだよ!?」

 

食費から引いたなけなしの金で購入した貴重な煙草を半分を吸わずに捨てられたことに講義すると、

 

「何をしてんだよ、は私のセリフです! なんですかこっちは何度も声をかけていると言うのにずっとうわの空で、先輩何か憑いているんじゃ? 祓ってあげましょうか?」

 

彼女はこう見えて結構えらい所の神社の神主の娘だったりする。そして、その霊力も強い。

 

「馬鹿言え、俺がこの分野でお前の後塵を拝するかよ。寝言は寝て言え」

 

いくら才能があろうが、霊力があろうが初戦はおこちゃま。現場経験が圧倒的に足りない。

 

「どーだか、うわの空で私の話なんて聞いていない先輩です。何かに憑かれた可能性もあるでしょうに……」

 

俺の人生の中で大切な物ランキングトップ5に入る煙草を捨てたことに何の罪悪感も持っていないのか、すまし顔でそう宣う後輩。全くもって可愛くない。これでも昔は可愛げがあったというに、時の流れは早くそして残酷である。

 

「んで、俺の人生の楽しみを奪い取った理由はなんだ」

 

「あぁ、依頼が来ました。先輩あてに」

 

依頼と聞いて思わず口端があがるのを止められない。何せ久しぶりの依頼だ。それに俺を指名するとなると、”そっち系”の依頼が多い。“そっち系”となれば羽振りのいいクライアントならまとまった金額を得られることがある。

 

――これは久しぶりに金に余裕のある週末を過ごせるかもな。

 

そんなことを内心思っていると、横からため息が聞こえてきた。

 

「はぁ、先輩。その三流以下の悪役のような笑い方止めません?」

 

「別にいいだろ、久しぶりに依頼だ」

 

「まぁ、そうですけど……」

 

「さぁ、困っている人を助けに行こうぜ」

 

テンションの低い後輩を置き去りにするかのように気軽に喫煙所から出る俺の背中に、

 

「どうせ直ぐにがっかりしますよ」

 

と投げられた言葉はついに俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

我が大学にはサークルや同好会が部室を構える部室棟なる建物がある。その大きさは結構なものでちょっとした規模の高校校舎くらいはあり、その全ての部屋がサークルや同好会の部室となっていた。その部室棟の3号館、通称C棟の四階、一番東端に城を構えるのが俺が所属する「日本オカルト同好会」である。

 

メンバーは諸事情により俺と後輩の二人。

 

入部した理由は至極明快。誰も同好会のメンバーがいなかったからだ。

 

大学に入学すると同時にサボり部屋が欲しかった俺は、メンバーのいない同好会やサークルを探し見事見つかったのがこの「日本オカルト同好会」である。勿論活動なんてしていない。年に一度それっぽい記事をだして構内の掲示板に貼って終わりの存在しなくてもいい同好会である。

 

そんな同好会でもつぶれないのは俺がでっちあげる記事がいいのか、それとも学校側が学生の自由をある程度認めていく方針なのか、それは知らんが俺にとって部室は非常に重要なので嬉しい限りである。

 

重要と言ったのは俺にとってサボり場であるというのも勿論だが、ここが俺と後輩の実質第二の事務所になっているからだ。

 

さて、ここらでいい加減依頼やらなんやらについて説明しておこうと思う。

 

前にも話したが、生きていくうえで一番必要なのは恋でも愛でも勇気でもなく金である。金がなければ飯も食えない。酒も飲めない。煙草も吸えない。いい女だって抱けはしない。

 

人間は霞を食って生きていけるわけでもないし、酒と煙草は俺にとっては飯より重要だ。

 

金を稼ぐにはどうするか……。

 

まともにバイトとかで稼いでもいいのだが、それはそれでなんとも面白くない。幸運にも俺は寺生まれ。霊感と霊力なら右に出るものはそうはいない。そして、俺の後輩は神社生まれ、これまた霊感やらなんやらは並ではない。

 

そうして思い立ったのが何でも屋だ。

 

目に見えることから見えないことまでを解決するスペシャリスト。

 

迷子の猫探しから恋人の浮気調査、はたまたピザ屋の出前のバイトの助っ人や、果てなる上は封印の解かれた悪霊退治まで、幅広く受け持つ、学生兼何度も屋。

 

それが俺と後輩の二人組だったりする。

 

俺がなんで数ある名ばかりで活動していないサークルや同窓会の中から、よく分らん「日本オカルト同好会」なるものを選んだかというと、溺れる者は藁をもつかむということで本当に困っている人間が救いを求めてここにくる可能性を考慮してのことだ。

 

そして、その考慮は当たっており、年に数回だが“そっち系”の相談や依頼がくる。そして、その依頼を解決しているうちに小さな噂が小さな噂を呼び、知る人ぞしる“そっち系”の相談が徐々にだが増えてきているのだった。

 

そっち系の依頼というのは普通の依頼よりも割がいいことが多い。それはそうだ。並の人間に話したところで頭おかしい奴認定されるか最悪精神病院行きである。そして、信じて貰えたところで素人にはどうしようもないばかりか“悪化”させることすらある。

 

その点俺たちは悪霊から始まり怨霊、霊、鬼、都市伝説、呪い、神……ect、魑魅魍魎のスペシャリスト。俺たちが悩みを解決し、その結果の対価を相手が払う。実にまっとうな商売だ。

 

――さて、今日はどんな依頼主なのやら

 

依頼主はすでに部室で待っていると聞いていたため扉を三回ノックし開ける。

 

そして、室内にいた人間の顔を見るなり

 

「あぁ、俺今日帰っていい?」

 

急にやる気を失った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。