寺生まれも楽ではない   作:満足な愚者

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第1話 後編

少しばかり視線を上に上げれば大きな月が暗闇に一つ浮かんでいるのが見えた。残念なことにその周りに星を見つけることは出来なかったが、どうやら朝の天気予報通り雨の心配はいらなそうだ。

 

満月というには少しばかり物足りない月を横目に右手ハンドルを握りながら左の煙草を口に運ぶ。少しタールの重めの煙草はいつも通り俺の肺にニコチンを供給してくれ、頭が冴える感覚がする。

 

年季の入った型落ちのセダンのアクセルを踏み込むと車は落ち着いた加速をみせた。ハイブリッドだ、電気自動車だといっている時代に真っ向から喧嘩を売るような型落ちセダンは見た目に同じく環境なんて何吹く風とばかりの燃費の悪さと排気量だ。数年前にひょんな以来の報酬で貰ったセダンは既に寿命を全うしても可笑しくないほど乗り回しているのに未だに安定した走りを見せてくれている。

 

ただえさえ、煙草も値上がり俺の財布は隙間風だらけと言うのにこの走る排気量発生装置は燃費も最悪であり、さらに俺の懐を寒くさせてくれる。

 

それに加えて最近はとうとうガソリンの値段もリッター170円を超えてきやがった。俺の財布は寒いを超えて凍えている。このままでは安定した収入が得られる前に俺のほうが破産してしまう。日本政府にそれまでに煙草か酒か、ガソリンの値段を下げていただきたいものだ。

 

いや、もういっそ全ての値段を下げてくれ。

 

そんな至極どうでもいいことを頭の片隅で考えていると、横から声がかかった。

 

「先輩、女性がいるのにずっと煙草を吸うなんてどうかと思いますよ!?」

 

元気溌剌、璆鏘なるような声は最早聞きなれた声だった。

 

「窓開けてるし、別にいいだろ。それにこれは俺の車だ。喫煙車にしようとも禁煙車にしようとも勝手だろ」

 

車に備え付けの灰皿に煙草の灰を落としながら目線をちらりと助手席に向ければ、端整な顔立ちを少しだけふくれっ面にさせた後輩がシートベルトを握りしめながらポツンと座っていた。

 

どうにも俺の意見に納得できないらしい。

 

「駄目です! 煙草は健康に悪いんですよっ! それに副流煙の問題もありますし」

 

――お前は俺のお袋か!?

 

喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込む。もしも、口に出そうものなら大変なことになるのは目に見えている。昔の偉い人は言いました。君子、危うきに近づかず、と。

 

「まぁ、巫女。そこまで、怒ることはないだろうよ。確かに、煙草の副流煙には害はあるが、四六時中ずっと吸ってなければ、そんなに心配することはないさ」

 

フロントミラーを見れば後部座席で偉そうに座っている白衣の少女――いや、女性が目に入る。

 

どう見たって小学生か中学生のコスプレにしか見えない我が大学の医学部准教授様は淡々な笑みを浮かべ、メンソールの煙草を吸っていた。

 

「ってか、お前、俺にばっかり文句言うけどタキちゃんは良いのかよ」

 

その、俺の至極まっとうな意見を

 

「滝本先生は、今回のクライアントですし、それに大人だからいいんです」

 

助手席の可愛くない後輩はバッサリと斬ってくれた。

 

「いや、俺も大人だけど……」

 

「止めない限り、いや止めても何本も次々と吸う人間を私は大人だと認めていません」

 

痛い所を突かれたため少しばかり黙っておくこととする。

 

実はこの煙草で5本連続だったりする。

 

「そうだな、確かにお前はチェーンスモーカーの気が強すぎるきらいがある。ニコチンが欲しいというよりもただ口が寂しいだけじゃないか。後は私のことは滝本先生または、准教授と呼ぶように」

 

「ただのニコ中ですって」

 

俺がこの世で信じているものトップ2はアルコールとニコチンである。長いことこの信念でやってきたのだ。今更信仰は変えられない。

 

「それは分かっている。お前がニコチンとアルコール中毒だってことは出会った時から分かっていた。何せ病院に強制入院させてやろうと思ったほどだからな」

 

――全くいやことを覚えている人だ。

 

黙って煙草を吸う俺を尻目にタキちゃんはさらに続ける。

 

「ただ、チェーンスモークをする人間って言うのは往々にしてニコチン中毒とは別に口が寂しいことにも原因がある場合もある」

 

「なるほど、では飴でもなめとけってことですか」

 

「いいですね! 先輩次からは飴舐めましょう、飴! ついでにいつも持ち歩いて、私にくれれば言うことなしです」

 

――飴ねぇ……。

 

自分で言っておいて少しばかり、躊躇する。何せ、世間一般の酒飲みと同じく甘いものが苦手だ。むしろ嫌いなまでもある。甘いものなんて年に数回どころか、一回も食べない年もあるかもしれないレベルだ。クリスマスケーキなんて観賞用にしかならず毎回、助手席に座っている後輩に食って貰っているというだけで、俺の甘いもの嫌いが分かって貰えるだろう。

 

 

「飴は甘いからな……。食うならガムかな」

 

そういいながらギアを一つ上げ、さらにアクセルを踏み込む。日付をまたごうかという時間帯の国道はその車線の広さに似合わず車数は少なく、普段よりもアクセルを踏み込むことに躊躇はいらなかった。

 

そんな、俺を尻目に後輩は足元の手提げバックを何やら漁り始める。

 

人に文句を言ったり荷物を整理したり、本当に忙しそうな奴である。

 

「ガムか……。まぁ、いいんじゃいか。お前が、棒付きキャンディーを咥えている姿はイメージするだけで滑稽で笑えて来るが、まぁガムなら私の片腹もお前の健康にも幾らかいいだろう」

 

教授や教師といった教育者とは人格者がなるべき職だと思ったのだが、違うのだろうか。誰だよ、このチンチクリンを教壇に立たせる許可を出したのは……。もしも俺に許されるのなら、今すぐにでもその人間に抗議をしに行きたいね。

 

「お前、今失礼なこと考えなかった?」

 

馬鹿なことを考えていた俺に後部座席から低い声が飛んできた。

 

「――いや、別になにも」

 

怨霊とも引けをとらない迫力ある声に思わず、即答で返事をしてしまった。

 

霊力だ、霊感だ、言う前にこの人こそ人類の神秘だろ。それともあれか、医学を極めると人の心でも読めるのかよ。

 

そんなことをタキちゃんと話していると、後輩が何かを見つけたのか、「あったあった」と鞄から取り出した。

 

何が見つかったのかさしたる興味がない俺は、咥えたままの煙草を一息吸い込むと、一つ先の交差点の案内標識に目をやる。もうここまで来れば話すまでもないとは思うが一応説明しておく。

 

今向かっている場所は昼間、タキちゃんの話に合った『赤い服を着た女の霊』が出るらしき国道だ。どうせ行くなら早いほうが被害も少なくていいだろうという真っ当なタキちゃんの理由により、その日のうちにこうして三人で向かうことにしたと、言うわけだ。

 

ざっと調べたところ今朝の事故があった国道周辺での事故は転々としているが20kmの間で連続で起こっている。もしも、出るのならその20㎞の間の可能性が高い。

 

――呪縛例というよりか、どっちか言えば人間に恨みがあるタイプか?

 

そんなことを考えていた時だった。

 

口から煙草を急に引っこ抜かれた。

 

「――?」

 

そんなことを出来る人間は一人しかいないと視線だけ左へと向ければ、灰皿に煙草を押し込んでいる馬鹿の姿が目に入った。

 

――まだ半分しか吸ってないのに何しやがる。

 

抗議の声を出そうと口を開くと、

 

「はい、先輩!」

 

元気溌剌といった後輩から口に何かをいれられた。

 

「……? なんだ、ガムか」

 

入れ込まれた長方形の何かを噛みこむと弾力とミントの香りが鼻を抜けてた。

 

「はい、これで先輩も健康への第一歩を踏み出せましたね!」

 

そう言って彼女はけらけらと笑っていた。まったく何が楽しいのやら……。

 

文句の一つでも言ってやろうと思ったが、天真爛漫に笑うソイツの笑顔を見ると怒る気にもなれなくなり、ため息を深く吐くことしかできなかった。

 

「ってか、ガムなんてお前良く持っていたよな」

 

甘党のこいつならガムよりも飴だと思ったので聞いてみる。

 

「実は今日画家さんに貰いまして……」

 

――げっ、アイツかよ……

 

思っていなかった名前が出たため思わず心の中で毒気づく。

 

ある事件を通して出会ったソイツは、俺と巫女、さらにタキちゃんも含めての知り合いだったりする男だ。

 

「あぁ、彼か。元気にしてたか?」

 

アイツのことを何故か気に入っているタキちゃんが後輩に聞く。

 

「あ、はい。滝本先生にもよろしく言っておいてくれと、頼まれました」

 

「そうか、そうか。是非また今度彼の絵を見に行かないとな」

 

「そうですね、先輩も是非。画家さんも先輩にも会いたいと言ってましたし」

 

「あー、気が向いたらな」

 

勿論、行く気はない。それどころか、卒業まで合わないでいいまでもある。

 

彼と俺との話は長くなるためまた今度としよう。それよりも、今は『赤い服を着た女の霊』である。目標の国道まで残り約1時間、未だにマシンガンのように話し続ける女性陣の声をラジオ代わりに俺はさらにアクセルを踏み込むのだった。

 

 

 

 

 

目標の国道までは何事もなく着いた。事故が多発している現場はここを右折した峠の下り道だ。一応誤差も考えると峠の下り全てを範囲に入れておいた方がいいだろう。

 

助手席の後輩と、後部座席に座るタキちゃんに目配せをする。

 

「はい、先輩大丈夫です」

 

後輩は短くそう返し、

 

「滝本先生、お守りはキチンとお持ちですか?」

 

後部座席に座るタキちゃんに声を掛けた・

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

タキちゃんは首を一度縦に振り、右手で後輩特性の紅いお守りを握りしめた。

 

手先が器用な後輩が作ったそれは正しく神社印の一品だ。効果も強い。

 

何せ、霊力がない人間が霊を見ることができたり、一時的な魔よけの効果までもある。その魔よけの効果も絶大で、よほど変な大物を釣り上げない限りはその身に傷一つ付けられないばかりか、大抵の霊なら触るだけで浄化される品物だ。

 

時間制限ありの一回こっきり使い捨てということを除いてもその効果は偉大であり、この手の専門家や、収集家がこぞって手にしたがる一品だ。

 

ちなみに勿論値段もその分釣りあがる。今回のタキちゃんが用意してくれた報酬じゃとてもじゃないが手に入らない。

 

まぁ、毎回タキちゃんの依頼の時に用意するのは後輩だし、作るのも勿論彼女だ。彼女が作ったものを彼女がどう扱おうが勝手なので好きにさせている。

 

信号が青に変わる。対向車もないため、素直に右折する。

 

――さぁて、何がでるやら。

 

蛇が出るやら鬼がでるやら、いや今から出るのはきっと悪霊だろう。

 

日付が変わった峠道を型落ちのセダンはゆっくり上っていくのだった。

 

峠の頂上へは直ぐについた。まぁ、そこまで大きくない山だ。車数も普段から少なく上りきった段階で対向車は0。

 

さて、ここまでは予定調和だ。ある意味分かり切った結果だ。

 

ここからだ。霊というのは往々にして発生条件と言うものが決まっていることが多い。特定の場合ではないとその霊が望む結果が得られることが少ないからだ。例えば、人を殺したい霊が、歩行者を驚かしたって精々腰が抜けたり、失神するのが関の山だ。そもそも、霊感の人間には霊は見えないし、霊感が少しあったところで何か靄がかかっている位にしか感じない。

 

だから霊は特定の条件下に現れることが多い。そうやって条件を特定し、絞っていくことにより自分の存在を強くするのだ。その特定化においては霊感のない人間でも察知できるように……。

 

今回の条件は既に分かっていた。今まで起こった事故を調べると全てが法定速度を10キロ以上オーバーしていた。それが自損事故でも対人事故でもだ。

 

そうなればやることは一つ。峠の頂上を超えたあたりからアクセルを出来るだけ踏み込み速度を上げていく。

 

それは直ぐにやってきた。

 

峠の下り道第三つ目のヘアピンを曲がろうかとハンドルを右に回そうとした時だった。

 

――この感覚は、

 

「先輩!」

 

「あぁ――くる!」

 

背中をかけめくるヒヤリとした感覚、今まで何十、何百と感じてきた感覚だ。今更間違えるはずもない。

 

「ハンドルは任せた!」

 

「え……えええええええ」

 

その感覚が全身を駆け抜ける前に、体は反射的に動いていた。前回の窓から半身を乗り出す。横であわあわと言っている後輩に、「ハンドルを思いっ切り右へきれ。面舵いっぱいってやつだ!」とフォローにもならない声を掛けておくことも忘れない。

 

そして、そのままブレーキを踏み込む。

 

「えーい! どうなっても知りませんよっ!」

 

法定速度を軽く20kmはオーバーしていた車体がうねりを上げてカーブへと突入する。我が後輩ながらナイスハンドリングだ。

 

「あれか!?」

 

そんな時後部座席からタキちゃんの声が聞こえた。

 

確かに今まで見えなかった場所から赤いワンピース姿の女性の後姿が見える。

 

しかし、

 

「あれじゃない。あっちだ」

 

ヘアピンを曲がり切ろうとしたその時、対向車が見えた。中型トラック。

 

そして、そのトラックの前には赤いワンピースを着た顔の抉れた女性。そいつがトラックの進路を狂わそうと車道に飛び込もうとしているところだった。

 

――とっくの昔に準備は終わっていた。

 

真っすぐ伸ばした右腕に左手を添える。そして、想像する。破魔矢のように美しくもなく、銀の弾丸(シルバーバレット)のようにスマートでもない。この身は――。

 

――砲台だ。

 

その技は、お経のように面倒な詠唱をいらず、破魔矢のように弓のような道具を要らず、お札のようにまどろっこしい準備もいらない。

 

霊力を集め、放つ。

 

ただ、それだけの技である。単純ゆえに強力、霊力にものを言わせた攻撃はあらゆる魑魅魍魎に対して致命的になる。

 

技名も存在しない。ただ、気合とともに打ち放つのみ。

 

「破ぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

腕に貯めこんだ霊力の砲弾が発射される。霊感を持たない一般人にすらも見えるまでに凝縮されてれた霊力は青白い光を放ち、悪霊へと飛んでいく。

 

刹那、悪霊と視線が交差した。

 

たった一瞬だがその顔には戸惑い、怒り、苦しみ、恨み……。様々な色が読み取れた。

 

悪霊が回避行動をとる、がもう既に遅い。砲弾が発射された時点で勝負は終わっていた。

 

青白い光が彼女を飲み込み、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先輩!!!! 何やっているんですか!? 死ぬかと思いましたよ!!」

 

胸倉を掴まれながら上下にぐわんぐわんと揺らせる。何時もなら反撃するが今回ばかりはその気は起きない。ただ成されるままに頭と首を振っておく。

 

どうやら途中でハンドルを任せたことに恨みがあるらしい。

 

シェイクされながら首を右に向ければトラックの運転席で胸に手を宛てながら深呼吸をして冷汗を流す運転手の姿。

 

「まぁ、巫女そこまでにしておけ。無事に生きているんだ」

 

彼女の行動を止めたのは以外にもタキちゃんだった。

 

あの後、正気を取り戻したトラックの運転手がハンドルを切り直し急ブレーキ。俺たちもなんとか、車を停車させて今にいたる。トラックともガードレールとも距離があるとは言え一歩間違えれば大けがだったことも事実だ。

 

「し、しかし滝本先生」

 

「それに今回はまだましだったじゃないか。あの病院の時に比べれば」

 

「そ、それはそうですが」

 

「私としてはもう少しスリリングでも良かったくらいだ」

 

「滝本先生それはどうかと……」、「そうだ、巫女! 今度一緒にドライブに行こうか」、「い、いえ滝本先生の運転は先輩よりもスリリングと言いますか、今日よりも三途の川に近そうと言いますか」、「なるほど、ということは天国も見える神技ドライブテクってことだな」、「い、いえ……決して――」

 

女性二人のどうでも良い話は置いておいて、あの霊の最後の表情について考える。

 

――なんで、彼女は最期笑ったんだろうか。

 

光が当たる刹那確かに彼女は笑っていた。

 

――…………。

 

胸ポケットから煙草を一つ取り出し火をつける。線香の代わりだ。

 

「先輩! 吸いすぎです! これでも噛んでいてください!」

 

しかし、その煙草も直ぐに口から抜かれ、灰皿へと叩きこまれた。

 

――あぁ、寺生まれも楽ではない。

 

俺は改めてそう思った。

 

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