ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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入学〜中間試験
1.


 髪をポニーテールに纏め、女性用スーツに身を包んだ麗人が教壇に立っている。

 凛とした出で立ちのその女性は、こちらを見回してから口を開いた。

 

「新入生諸君、私はDクラス担当の茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している」

 

 どうやら俺は新入生らしい。この学校に入りたて、ということだ。

 周囲の様子を見るに、環境は日本の高校そのもの。

 

「この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員の面倒をみることになるだろう。よろしく」

 

 クラス。文脈的には学級のことを指していると思えるけど、断定はできない。

 パラディンとかヒーラーとかソルジャーとか、そういった役職を示している可能性もあるのだから。

 なんだか引っかかる言い方をしているし、後で確認しよう。

 

「今から1時間後に入学式が行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に送付したものと内容は同じだ」

 

 特殊、つまりは一般ではないルール。

 

 この世界で言う一般という概念を備えているのか怪しい俺にとっては、むしろわかりやすいかもしれない。

 

 資料が俺に回ってくるまでの間に、これまでの経緯を整理しようか。

 

 

 

 俺は転生者だ。

 元の世界で死んだ後に、よくわからない存在から転生することを言い渡された。

 それに伴い俺の願いを3つだけ叶える。そんなことを説明されたので半信半疑ながらも願いを考えて。

 

 チートスペック

 転生先は、主人公に近いポジション

 保留

 

 その結果がこれだ。いきなり理解できない状況に放り込まれて、思考停止していたかも知れない。

 我ながらテキトーすぎる願いだったと思う。

 もっと具体的に述べておくべきだったのに。

 

 ただ、ある程度の保険は用意できた。

 転生後にも願いを叶えて貰えるらしいから、3つの内の1つをいざという時に備えて保留してあるのだ。

 

 だから、転生特典に関してはそこまで問題ではない。きっと、たぶん。

 

 俺のやらかしにして、目下最大の問題。

 それは転生先であるこの世界について、何も確かめなかったことだ。

 とある創作の中の世界に転生してもらうと、あのよくわからない存在は言っていた。

 逆にそれくらいしか聞いていない。実に困った。

 我ながらガバガバすぎる。

 

 まずこの世界について。

 そもそも俺が知っている作品の世界かどうかすら不明だ。むしろ知らない可能性が高い。

 絶賛情報収集の最中だけど、ついさっき転生したから無知と言ってもいいのが現状。

 周囲を観察した限りでは、俺の知る日本の高校にかなり似ている。

 周りの人間の外見も、日本人のそれとほとんど同じ。

 ただ、容姿のレベルはかなり高い。特に女の子。カンストしてるんじゃないかってくらいの子もいる。

 

 次に俺自身。

 おそらくは入学したばかりの生徒で、性転換はしていない。

 さりげなく触ってちゃんとブツがついている事は確認済み。今生もよろしくな、相棒。

 

 さて、今わかっているのはたったこれだけ。この世界のことをもっと把握する必要がある。

 

 俺の転生先のポジションが入学したばかりの新入生であることを踏まえると、現状の第1候補は学園系。

 この世界がどんな系統であれ、平和なものであればそこまで文句はない。

 人がバタバタ死んだり星が滅んだりする世界観でなければ、その他の要素なんて受け入れてみせよう。

 

 そんなことを考えているうちに、前の生徒から俺へと資料が回ってきた。そこから自分の分を抜いて残った1枚を俺の後ろ、窓際最後列の男子へと回す。

 これで全員へ行き渡ったようで、すぐにこの学校のルールについての説明が始まった。

 

 最初に説明されたルールは、在学中の生徒が外部と連絡や接触を取ることを特例を除き禁じていること、だ。

 夏休みや正月も含めて敷地内からの外出は許されず、家族との連絡まで禁止されるとは。冠婚葬祭については言及されなかったけど、とにかく厳しい条件であることは間違いない。

 

 外側へ行けない代わりに敷地内で一通りの施設が揃っているから、不自由することはないということも併せて説明された。

 直近での問題にはならないだろうけど、少しキナ臭い。

 外の世界が虚構でした、なんてのはよくあるパターンだ。留意しておいた方がいいだろう。

 

「今から学生証カードを配る。お前達の身分を示すだけでなく、敷地内にある施設の利用や商品の購入にも使用できるものだ」

 

 学生証がキャッシュカードの機能を備えているのか。小銭が不要なのはありがたい。

 

「カードの利用ではポイントを消費することになる。学校内において、このポイントで買えないものはない。敷地内にあるものなら何でも購入可能だ」

 

 『なんでも』か。恐らくはキーワードだ。ポイントに関しての情報は優先的に収集しよう。

 ちなみに、ちょっとした疑問なんだけどさ?春や花は買えたりするのだろうか。いや、別に買いたいわけではないのだ。あくまで知的好奇心というやつで、不埒な考えなんて一切ない事をここに断言しておく。

 

「ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。既にお前達の端末へ10万ポイントが振り込まれているはずだ。1ポイントの価値は1円相当だから、10万円分だな」

 

 10万という数字が出て、室内の生徒達が騒つく。俺の感覚では高校生が自由にできる金額としては破格だ。周囲の反応を窺う限りでは、この世界の常識でもそれは変わらないらしい。

 

「支給額の多さに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前達には、それだけの価値と可能性があるのだから好きに使うといい。卒業時には回収されるので、それは覚えておけ。さて、ポイントについて何か質問がある奴は?」

 

 そう言って教室を見渡す茶柱先生。疑問が0なんてことはないだろうけど、誰1人動かない。状況に飲まれているのだろうか。

 それなら、俺が動くとしよう。そう考えて手を挙げる。

 

「茶柱先生、質問させてください」

「浅村か。なんだ?」

「2点確認を。まず1つ目、ポイントは毎月1日に10万ポイント支給される、で間違いないでしょうか?」

「先ほど説明した通りだ。ポイントは毎月支給される」

 

 微妙に答えをはぐらかしている。ビンゴだ。恐らくは支給額に何かしらの変動要素があって、それを隠しているのだろう。

 

 質問に答えた茶柱先生は、先程よりも少しだけ目を細めてこちらを見ている。他にも何か隠しているのではと疑いたくなる反応だ。

 

「では2つ目‥‥‥俺の命は、いくらで買い取って貰えるでしょうか?」

 

 俺の質問が意外だったのか、茶柱先生は黙ったままだ。少しの間を置いて、教室がどっと沸く。

 

「お前、そんなにポイントが欲しいのかよ!?」

「自分を売っちゃうの……?」

「値段次第で私が買ってあげるよ!」

 

 いろんな奴からヤジが飛んできた。冗談だと思われたのかもしれない。

 ……別に売るとは言っていないんだけど。

 

 そんな喧騒が続くこと十数秒。教室の空気が落ち着いてから、茶柱先生は俺の質問に答えてくれた。少しだけ笑みを浮かべながら。

 

「お前の命はお前のものだ。故に、その価値の決定権を持つのは学校ではなくお前自身だ。それにポイントで購入できるものは常識の範囲で許されるものに限られる」

 

 なんとも言えない答えだ。

 否定的な言い方をしているものの、実際は肯定も否定もしていない。ポイントでなんでも買える、と言う説明は文字通りの可能性がある。

 ただ、流石に人身売買はしていないと思いたい。命の価値が軽い世界観なんて願い下げだ。

 

 

 とりあえず俺の質問を終えたので礼を述べると、その後に質問する生徒は出てこなかった。

 それを確認した茶柱先生は、入学式までここで待機するよう俺達へ言いつけて教室から出て行った。

 

 

 さて、早速第2のガバだ。クラスについて確認し損ねた。転生直後からガバガバすぎる。俺はこの先生き残れるのだろうか。

 

 こういう防げそうなミスをしでかすと中々に凹む。‥‥‥いつの間にか周りは、楽しそうにポイントの使い道とか話してるし。

 

 終わった事を悔やんでも仕方ない。わずかな時間でガバが続いたことの反省とかは後回しにして、まずは情報収集をしよう。

 

 とりあえずは、もらった学生証カードの確認からだ。そう考えて端末を起動させると、液晶画面には『100000P』の文字が浮かぶ。これが茶柱先生の言っていたポイントだろう。

 そして一緒に載ってる顔写真と名前、間違いなく俺だ。

 

 浅村 大地(あさむら だいち)

 

 前世と変わらない名前。これならやりやすい。

 

 

 ‥‥‥なんだかさっきから、周囲の視線を感じる。質問で目立ったせいだろうか。

 それは別にいいんだけど、チラチラこちらを伺っているくせに、誰1人俺に話しかけてくれないのだ。

 

 頑張れ頑張れ、みんな勇気出して! こういう時に自分から積極的に話しかけることが友達作りのコツらしいから勇気出して!

 

 ……さて、少し待ってみたものの誰も来ない。さっきの質問は他の人の前でするべきじゃなかった。これもガバだ。

 

 俺の前や隣に座っている生徒達との接触は望み薄。となれば後ろこそが活路になる、そんな期待を込めてチラリと背後を見る。

 そこでは、黒髪ロングの美少女とクール系イケメンが話していた。

 ちなみに俺の席は窓際で後ろから2番目。クール系イケメンの席は窓際一番後ろで黒髪ロング美少女がその右隣の席、つまりは俺の斜め後ろということになる。

 

 でもそんなことはどうでも良い。今大事なのは斜め後ろの女子がめちゃくちゃ可愛いということだ。俺、この世界に来てよかった。

 

 是非とも仲良くなりたいけど、やっぱり自分から声をかけて行かないとダメだろうか。

 知らない人との会話に割り込むのは、そこそこ勇気が要るんだけど。

 ‥‥‥いや、そんなこと言ってるといつまでも仲良くなれないし、ここは勇気を出すところだ。

 

 そう考えて身体ごと振り向こうとしたら、1人の男子が手を挙げて発言した。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 教室の真ん中に立っているその生徒は、如何にも好青年といった雰囲気のイケメンだ。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介をして、1日でも早く友達に成れたらと思うんだ」

 

 最初に行動を起こしたあの男子。この世界の主人公かどうかはわからないけど、キーパーソンである可能性はとても高い。分類するとしたら爽やかイケメン系キャラあたりか。

 

 

 入学式まではまだ時間がある。名前や人柄を把握できるのは、俺としても都合がいいので参加することに。

 最初の自己紹介は発案者である爽やかイケメンから。言い出しっぺの法則に忠実だ。

 

「僕の名前は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでくれるかな。趣味はスポーツ全般だけど特にサッカーが好きで、この学校でもやるつもりなんだ。よろしく」

 

 最初に行動を起こせる人間は、それだけで評価ができる。大した度胸だ。あの整った容姿も相まって、女子の人気はあの平田に集まるだろう。ただ、俺が引っ掛かってる生徒は他にいる。

 

 

「山内春樹!小校では卓球で全国に、中学では野球部でエースで四番を張ってたけど、インターハイで怪我をして今はリハビリ中だ。よろしくな!」

 

 体付きを見るに運動はそこまで達者に見えない。怪我を負っている様子もなさそうだし、中学でインターハイのくだりも考慮するとジョークの類だろう。

 軽い印象のお調子者に見えるし、賑やかし要員あたりだろうか。

 

 

「櫛田桔梗と言います。最初の目標は、ここにいるみんなと仲良くなることです。良かったら、後で連絡先を交換してください!」

 

 さっき女子達の容姿が特に整っていると述べたけど、この櫛田はその中でも突出している。

 明るい雰囲気と相まって、既に何人かの男はオチてるかもしれない。

 女版平田って感じだし、メインヒロインや主人公も十分にありえそうだ。

 

 

 

 その後も各々の自己紹介が進んでいって、俺が注目している生徒の番になった。

 

 髪を真っ赤に染め上げて、入学初日なのに服を着崩している大柄の男子。

 不良という要素を詰め込んだようなヤンキー系キャラだ。

 

 その不良男子は、自己紹介を促した平田を睨みつけて言い放つ。

 

「俺らはガキじゃねぇんだ、自己紹介なんて必要ねえ。やりたい奴だけでやれよ」

「強制するつもりはない。クラスメイト同士、仲良くなりたかっただけなんだ。不快にさせたなら謝りたい」

 

 赤髪に臆することなく謝罪する平田。

 性格と容姿はパーフェクトだ。刺のある対応をされても嫌な顔を全くしないのは普通にすごい。

 

 

 ただ、赤髪の男にはそれすらも気に食わなかったようだ。平田の返事を聞くだけ聞いたら、盛大に舌打ちをして出て行ってしまった。数人の生徒もそれに続いて退室していく。‥‥‥待機指示が出ていたはずなんだけど、まあいい。

 

 それよりもまずはあの男子だ。特徴的な容姿の上、行動でも目立っている。

 あの赤髪は主人公候補の1人として記憶しておく。そうでなくてもキーパーソンの可能性は高い。要観察だ。

 

 

 数人の退室というトラブルで微妙な空気になりつつも、平田がうまく場を収めて自己紹介は再開された。

 

「俺は池寛治!好きなものは女の子で嫌いなものはイケメンだ。彼女は随時募集中なんでよろしくっ!」

 

 こいつも賑やかし要員に分類しておく。自己紹介の途中に平田や俺に視線を送っていたけど、なんだろうか。

 

 

 そしてやってきた、赤髪と同じくらいに注目していた生徒の番。

 金髪オールバックのその男は、机の上に両足を乗せて自己紹介を始めた。とても行儀が悪い。

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの1人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知り置きを、小さなレディー達」

 

 制服に隠れていてわかりづらいものの、凄まじく鍛えられた肉体。高円寺コンツェルンが如何なる組織かは知らないけど、おそらくは財閥の御曹司あたりだろう特別な出自。

 現状でモブ度が最も低い、キーパーソン暫定筆頭候補だ。

 アクが強すぎて主人公の線は薄いけど。イロモノ枠の最有力といったところか。

 体のラインが細ければ『花より団子』の四天王とかに出演していそうなビジュアルだし、ひとまず変則気味のオレサマ系キャラあたりに分類。

 とりあえず一言だけ言ってやりたい。女子だけじゃなくて男子にも挨拶しろ、と。

 

 

 その後も自己紹介が続いて、俺の番になったので立ち上がる。質問で目立ってしまったし、特別なことをするつもりはない。当たり障りのない内容を述べるだけだ。

 

「浅村大地です。これといった趣味はないのでこの学校にいる間に何か見つけたいと思っています。茶柱先生に変な質問を投げ掛けたけど、命を売る予定はありません。よろしくお願いします」

 

 周囲の反応はマチマチだったけど、おおよそは好意的。

 先程の質問で注目を集めていたせいか、他の生徒の自己紹介よりも反応が大きかった。

 正直、いきなり目立ちたくはなかったけど仕方ない。序盤の情報入手が生死に繋がる可能性もあるのだから。よって、あれはガバではない。

 

 

 とりあえずは自己紹介が終わったので着席。次は後ろの席のクール系イケメンだ。

 

「えっと……綾小路清隆です。えー、得意なことはありませんが、皆と仲良く慣れるよう頑張ります。よろしくお願いします」

 

 綾小路清隆、ね。自己紹介がちょっと失敗してるけど、強く生きてほしい。

 独特な空気を感じるけどクールよりのやれやれ系あたりに思える。分類するとしたら、モブか主人公のどちらかだろうか。

 

 

****

 

 

 現在放課後、初日から1人で敷地内の施設を見て回っている俺。ぼっちではない。

 

 1時間前までは入学式に出席。ありきたりな内容だったからほとんどの生徒は退屈そうにしていたけど、俺は気が気じゃなかった。

 いきなり殺し合いが始まったり、異形の化物が乱入してきても対応できるように警戒し続けたのが理由だ。結局何も起こらなかったのが嬉しいやら悲しいやら。

 そんな経緯もあって気を緩めたいんだけど、念のため今しばらくは気を張っておく。それに隠し持てる武器も用意しないと。とりあえずはハサミあたりを分解して研いで、袖に仕込む予定だ。

 

 

 そんな感じで油断できない状況だけど、それは俺にとっての話。他の生徒からすれば新たな環境で初めての自由時間でしかない。しかも10万円相当のポイントが付与されているという豪華なおまけ付き。浮かれるなという方が無理な話だ。事実、大半の生徒はケヤキモールに向かっている。

 ありがたいことに俺も何人かのクラスメイトからカラオケやカフェに誘われたけど、敷地内の情報収集を優先して断ってしまった。

 人脈構築は情報収集が一段落してからの予定なのだ、すまない。

 

 

 そうして始めたここら一帯の見回りも、一通り終えた。その結果気付いたことがある。

 

 まず、監視カメラの数が明らかに多い。

 少なくとも俺が元いた世界の基準からすれば、異常と言っていい程に。

 これがこの世界の標準なのか、それともこの学校で犯罪行為が多いのか、もしくは他に何かしらの意図があるのか。

 

 次に、至る所で無料の商品が用意されていた。

 敷地外に出ることが許されない以上、これは妥当な措置に感じる。生徒全員がポイントを適切に管理できるとも限らないのだから。

 

 

 そんなことを考えながら敷地内を歩き回っていると、コンビニの中に見覚えのある顔が2つ。

 

 ……まだ先生以外とまともにコミュニケーション取ってなかったし、そろそろ人脈構築の時間といこう。

 

 その目的を果たすべくコンビニへ入り、無料と書かれたワゴンの前で会話している男女へと近づく。

 

 こちら浅村、美男美女ペアにコンタクトを試みる。対象は綾小路とその隣の席に座っていためちゃくちゃ可愛い女子。

 

「2人ともこんにちは。近くの席だったけど覚えてるかな?」

「……あなたは、浅村君だったかしら?」

 

 黒髪ロングで程よく引き締まった体型。正面から見るとさらによくわかる、俺の好みにピンズドだ。

 キーパーソンとか関係なく仲良くなりたいけど、こんな綺麗な子がモブであるはずがない。

 この女子も自己紹介の場にいなかったし、情報収集と俺の願望の2つの目的ためにもここで面識を得たい。

 

「ちゃんと名乗ってなかったね、浅村大地だ」

「……堀北鈴音よ」

 

 微妙な間があったけど、名前を知ることができた。

 対応が硬いように感じるけどツンツン系だろうか。だとしたら性格まで俺の好みにドストライクだ。最高。

 この子がデレたら間違いなく可愛い。最強。

 

 なんとかお近づきになるべく話題を探す。彼女の手元を見ると無料のスキンケア商品が握られていた。

 

「それは、無料商品かな?スーパーや自販機でも見かけたよ」

「そう、ここ以外にもあるのね。ポイントを使いすぎた生徒への救済措置かしら?」

「そんなところだろうね。敷地内から出れない以上、0ポイントでも最低限暮らせる環境は用意する責任があるし」

 

 そんな風に堀北と会話しながら、無料だったり安価な日用品を見繕いカゴに入れていく。

 一緒にいたはずの綾小路はいつの間にやら何処かへ消えていた。

 

「‥‥‥10万ポイントも貰ったのにずいぶんと節約するみたいだけれど、そんなにポイントが大事なのかしら?」

 

 茶柱先生への質問のせいで、守銭奴みたいに思われているのかもしれない。なんだか刺のある言い方だ。

 まだポイントの使い道が絞り切れていない以上、最低限の出費以外は切り詰めるつもりだから間違った認識とも言えないけど。

 

「浪費癖がついたら卒業した後が怖いと思わない?必要だと感じたことにはちゃんと使うつもりだよ」

 

 もしかしたらこの学園にダンジョンがあって、探索用の装備はポイントで購入なんて流れになるかもしれない。

 そうなってから後悔しても時すでに遅し、だ。今のところファンタジー路線の可能性は低いけど、念には念を入れておく。

 

 そして残念なことに、堀北との会話が途絶えてしまった。もっとユーモアに富んだ返しをするべきだったか。とはいえまだ挽回できる。会話が止まったのなら再開すれば良いのだ。そんな事を考えて話題を探していたら、突如レジの方から響く大きな声。

 

「っせえな!ちょっと待てよ、今探してんだろうが!」

 

 何事かと様子を見ると、例の赤髪がレジで揉めていた。

 

 イベントか? イベントだな? 主人公暫定最有力候補と関わりを持つチャンスの到来というわけだ。もちろん突撃する。レッツコミュニケーション。

 

「学生証が見つからないのかな?」

「あ?なんだお前」

 

 別に喧嘩売ってるわけでもないのに、こちらを睨んでくる赤髪ヤンキー。

 この様子だと、同じクラスの俺を覚えていないのだろう。

 俺が自己紹介する前に出て行ったから、仕方ないと言えば仕方ないけど。

 

「クラスメイトの浅村だよ。さっき同じ教室にいただろ?」

「ああ。そういやいたなお前」

 

 少し事情を聞くと、学生証を持参していないらしい。予想通りである。

 入学したばかりの上特殊な環境だから、確かに起こり得るミスだ。

 

「ひとまず俺が立て替えようか?」

「そうだな、取りに戻るのも面倒だしよ」

 

 ……お礼くらい言ったらどうなんだろうか。

 

「明日返してね。それと、名前も教えてくれる?」

「……須藤だ」

「よろしく、須藤」

 

 そんな感じで須藤と話していると、いつの間にか堀北も何処かへ消えた。

 悲しいけど仕方ない。今はこの赤髪ヤンキーとの関係構築に集中しよう。

 

 

 須藤が買ったのはカップ麺で、立て替えたのはポイントは200やそこら。

 ヤンキーよろしく、コンビニの前で食べるらしい。

 出来上がるまでの間、少し話してみるか。

 

「須藤はさ、10万ポイントの使い道とか考えてる?」

「あぁ?そうだな‥‥‥取り敢えず食いもん、あとはボールだな」

「ボールってサッカー?バスケ?それともバレーかな?」

「バスケだよ、ガキの頃からやってんだぜ」

 

 バスケで赤髪とくれば、思い当たるのは国民的スポーツ漫画。スラムダンクだ。この世界にスラムダンクがあるのか知らないけど。

 もし須藤が主人公ならスポ根系が似合いそうだけど、この世界はその系統ではない気がする。

 学校外との接触禁止を禁じる規則は、どう考えても相性が悪い。

 

 

 ‥‥‥それにしても須藤って本当にバスケが好きなんだな。

 さっきまであんなに無愛想だったのに、バスケの話を始めた途端にとても楽しそうに口が回っている。

 

 

「‥‥‥って、やべっ! もう3分経ってるじゃねぇか。麺が伸びちまう」

「あ、ラーメンできた?じゃあ俺も帰ろうかな。また明日ね」

「おう」

 

 さてさて、次はマイルームの確認だ。監視されていたらたまらないから、念入りにチェックしないと。

 

 そんな風に確認する箇所を考えながら寮に向かい始めてから、ほんの数秒後。

 

 背後から須藤の怒声が聞こえて来た。

 

 レジの時といい、よく響く声だ。

 20メートルくらい離れてるのに普通にうるさい。

 

 振り返って確認した先には、3人組の先輩らしき男子達と対峙する須藤。どうやらイベント継続の模様。

 

「おい、お前1年か?そこはオレらの場所だぞ」

「んだよテメェら。ここは俺が先に使ってんだ。さっさと失せろ」

「おい聞いたか?失せろだとさ。随分と生意気な1年が入ってきたもんだな」

「あぁ!?1年だからって舐めてんじゃねえぞコラ!」

 

 年上3人が相手だってのにお構いなしの様子だ。コンビニでも一悶着起こしていたし、見た目通りの性格をしている。

 

「おー怖い。お前、どうせDクラスだろ?」

「だったらどうしたってんだ!」

「やっぱりな、お里が知れるってもんだ。可哀そうな不良品にここは譲ってやるよ。じゃあな」

「‥‥‥っち、食う気が失せちまったじゃねぇか」

 

 

 

 須藤も3人組も立ち去り、ようやくコンビニに平和が訪れた。これでイベントは終わりだろう。

 

 

 

 あの3人組が言っていた『不良品』。

 話の流れから察するに、それはDクラスの生徒全員を指している。

 クラス分けに何らかの意図があり、Dクラスには『不良品』が集められた?

 

 

 明日、茶柱先生に確かめてみよう。

 


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