ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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11.

 佐倉のカメラを壊した次の日の昼休み。弁当を取り出したり食堂に向かったりで周囲が騒がしい。そんな中教室を出て行こうとした櫛田に俺は話しかけている。

 

「櫛田さんって、佐倉さんとよく話す?」

「んー、挨拶するくらいかな。佐倉さんがどうかしたの?」

「実は一緒に家電量販店に行くことになってさ。できれば櫛田さんにも来てもらえないかなって」

 

 朝、付き添いを希望した理由を佐倉に確かめた。どうやら敷地内にある家電量販店の店員が苦手らしい。須藤みたいな感じなのかな?新商品を買うように脅されたりするのかもしれない。

 付き添いは複数の方が良いと思って、他の人を誘うことの承諾を佐倉からもらった。その第1号として櫛田に声をかけたわけだ。

 

「佐倉さんとはまだお出かけしたことなかったし、全然いいよ。いつにするか決めてる?」

「それなんだけど、今度の土日って空いてる?」

「えーと‥‥‥土曜日なら空いてるかな」

「じゃあその日で。時間とか場所は後で連絡するから」

「うん。浅村君とお出かけするのも初めてだから、楽しみにしてるね!」

 

 お店行くだけなのに大袈裟だな。‥‥‥?なんか急に静かになってない?

 不思議に思って周囲を確認すると、みんながチラチラとこちらを窺っている。池と山内は今まで見た中でも最高にヤバい顔をしていた。

 

 ‥‥‥待ってくれ、違うんだ!そういうのじゃないんだよ、俺を信じてくれ2人とも!

 あぁ、誘う場面を間違えたな。携帯で連絡すればよかった。少しでもダメージを軽減しないと。

 

「そうだ、綾小路も一緒に行かない?」

 

 教室を出て行こうとした綾小路に声をかける。こいつなら落ち着いてるし、佐倉の負担も少ないはずだ。

 このままだとせっかく稼いだ池と山内の好感度が大暴落してしまうので、ここは綾小路にもヘイトを負担してもらう。今度なんか奢るから許してくれ!

 

「あ、それいいね!綾小路君も行こうよ」

 

 櫛田からの援護射撃が来た。これは断れないだろう。綾小路からの好感度が下がる気がしなくもないが、それはコラテラルダメージというもの。

 

「‥‥‥わかった、後で連絡してくれ」

 

 よし、これで少しは俺へのヘイトが薄まっただろう。

 ‥‥‥あれれ?池と山内がさっきよりもすごい目で俺を見てるな、おかしいぞ?

 

 

****

 

 

 現在夕方のホームルーム中、茶柱先生が連絡事項を伝えている。さっきまで池と山内に、何故自分達を誘わなかったのかと散々詰められていた。

 佐倉のための集いなのにあの二人を誘えるわけないだろ。あの子かなり内気みたいだから、綾小路以外だと平田あたりしか男子は呼ぶ気にならない。そんなこと言えるはずもないから適当に誤魔化したけど。

 綾小路に声をかけたのもミスだったようだ。結局は綾小路、池、山内の好感度が下がったであろう散々な1日だった。

 やらかしが続くと結構凹む。あぁ、こんな時は何かが欲しい。明日も頑張ろうと思える何かが。それがどんなものかは人それぞれだと思うけど、俺の場合は堀北との楽しい一時だ。

 だから俺さ、このホームルームが終わったら堀北をカフェに誘うんだ。

 いい加減に放課後デートがしたい。ゆくゆくは休日デートがしたい。

 

「では、ホームルームを終了する」

 

 茶柱先生の声が耳に届いた瞬間、最速で堀北の方を向いて声をかける。

 

「堀北さん、よかったらこれk「浅村、話があるので職員室まで来るように」‥‥‥‥‥‥」

 

 ‥‥‥俺は諦めないぞ。今日はなんとしても堀北とデートするんだ。どんな困難が立ちはだかろうとも堀北との一時を勝ち取ってみせる。

 マイルドな形でピシっと断ってやろう、そう決意して茶柱先生の方を向く。

 

「すみません茶柱先生。これから大切な用事があるので、明日にしていただけないでしょうか?」

「そうか、今日は星乃宮が所用でいないから良いタイミングだったのだが。そこまで言うなら明日にするか」

「すぐに職員室に向かいます」

 

 決して星乃宮先生が怖いわけではない、ちょこっと苦手だけど。堀北とのデートという一大イベントの前に面倒ごとは片付けてしまいたいだけだ。決して星乃宮先生が怖いわけではない。いいね?

 

「浅村君、何か言ったかしら?」

「いや、なんでもないよ。また明日ね、堀北さん」

 

 さらば愛しき人よ。俺は断腸の思いで職員室に足を運んだ。

 

 

 

 そして入学2日目の時みたいに、指導室で茶柱先生と二人っきりになっている。裁ち鋏持ってて良かった。

 気にしすぎかもしれないけど、監視者と接触しかけたばかりでどうにも勘繰ってしまう。

 

「それで茶柱先生、どういったお話でしょうか?」

「最近、遅い時間に出歩いているようだな?」

 

 確かに俺は毎夜出歩いている。中間テストが終わった頃から、監視者かバトルイベントに遭遇するかもと思って始めたんだけど、これといった成果は上がってない。

 

「いつも11時前には部屋に戻っていたはずですが?」

「確かに条例には反していないがな、内規により指導の対象となることもある」

「そうでしたか。これからは控えます」

 

 昨日の接触失敗で監視者側も俺を警戒するだろうし、継続する意味は薄くなったからやめてしまってもそこまで問題はない。ただ、監視者については別の方策を考えないとな。

 ‥‥‥もしCクラスと監視者に繋がりがなかったらどうしよう。こちらから監視者を探し出す方法が思いつかない。手詰まりだ。『監視者さぁん!』って叫びながら歩き回るか?

 

「ならばこれ以上は言わん。‥‥‥どうだ、学校にはもう慣れたか?」

「はい。入学してから刺激的な事が続きましたが、最近やっと落ち着いてきました」

 

 どっかの誰かさんがテスト範囲の変更を知らせてくれなかったりとかすごい刺激的でしたよ。絶対わざとでしょ。

 

「それは結構。そういえばお前とは入学2日目にもここで話したな。あの時の話題はクラスについてだったが、Dクラス配属について不満はないのか?」

 

 不満?あるわけないだろ、堀北がいるんだぞ。今から別クラスに配属されたとしても、2000万貯めてDクラスへの移籍を目指してやる。

 

「いえ、不満なんてありません。毎日楽しくやっています」

「‥‥‥そう答える奴はなかなか珍しい。Dクラスに配属された生徒は大抵不満を抱くものだ」

 

 そりゃ不良品呼ばわりされたらそうなるよね。俺はこの世界に生まれた時には既にDクラスだったからな。自分の評価だと思えないから、あまり気にならない。

 

「俺以外にも不満を抱いていない奴はいると思いますよ?高円寺とか」

 

 あいつも、自分がDクラスに配属されたことについて頓着していない。この学校が自分の価値を測れなかったにすぎないって言っていた。運動でも勉強でも非凡であることは確かだけどさ。

 

「お前達が特殊なだけだ。高円寺と違ってお前はクラスポイントの獲得に前向きなようだが」

「使えるポイントはたくさんある方がいいですから」

 

 ポイント残高が少ないと精神的に不安定になりそう。0ポイントが続いたら、堀北の幻覚が見えたりするかもしれない。

 

「ならば何故4月の段階でクラスを掌握しなかった?支給ポイントの変動にもある程度気付いていたのに対処を怠ったな?」

 

 今日呼び出した理由ってこれか?夜間外出を咎めるためだけに、この人がわざわざ二人っきりになるとは思えない。つまりは俺の働きが不満だったと。

 ‥‥‥初動は悪かったけどさ、俺頑張ってたでしょ?中間は過去問あったからあんまり関係ないけど、クラスの学力はそれなりに底上げしたと思うよ?

 

「‥‥‥随分とハードルの高い要求ですね」

 

 4月はファンタジー要素を疑ったり、サバイバル技術学んだり、友達作ったり、堀北に接近したりで色々忙しかった。そんな状態で一之瀬や葛城みたいな真似をするなんて俺には無理だ。

 クラス単位での支給額変動も予想していなかったし、そもそもあんな曲者揃いのクラスを1ヶ月未満でまとめられるもんか。

 

「それだけ期待しているということだ。結果を出せば、夜間外出にもある程度目を瞑ってやろう」

「これからは控えると言ったじゃないですか」

 

 別に遊び歩いてたわけじゃないんだぞ?堀北イベントにまた遭遇しないかなって期待してただけで。R18イベントについては、最近は出会いたくない気持ちが強い。アダルトな世界観での監視者とか絶対にろくな奴じゃない。

 

「他にもメリットはある。この学校は実力主義だからな。優秀な生徒には、私の裁量だけでもある程度は便宜を図ってやれる」

 

 ‥‥‥監視者とはまだ敵対したわけではないから、仮に学校が監視者と繋がっていても対話はできるはず。放置するよりはマシだろうし、突っ込んでみるか?

 

「実は気になることがありまして」

「ほう?言ってみろ、力になれるかも知れんぞ」

「夜、歩いていた時におかしな人影を見かけました。それがずっと引っ掛かっています」

「‥‥‥気にするほどのことなのか?学校も治安維持には注意を払っているぞ」

 

 監視者を匂わせても、特に変わった様子は見られない。単純に俺の質問に困惑しているだけだな。

 少なくとも茶柱先生と監視者は繋がっていないか?

 

「見かけたのが一度だけではないんですよ」

「その人影の特徴は?」

「遠目だったのでなんとも。ただ、動きが人間離れしていました」

 

 茶柱先生からどこまで話が拡散するかわからないし、全ての手札を開示するのは怖い。制服を視認したことは伏せておく。

 

「あれの正体がわからないと、せっかく夏のバカンスに連れて行って頂いても楽しめないかもしれません」

 

 茶柱先生がわざわざ呼び出した目的は、恐らく俺に発破をかけることだ。それならこの話に乗ってくるはず。例のバカンスでクラスポイントが動くなら、だけど。

 

「‥‥‥なるほどな、確かにそれは問題だ。通常は周知しないような確度の低い情報でも、お前にだけは回してやろう。とりあえずはこれでどうだ?」

 

 はいビンゴ。バカンスでクラスポイントが動くのはほぼ確定だな。不審者の情報も回してもらえそうだし、来てよかった。

 

「ありがとうございます。それならバカンスを楽しめそうです」

「ああ、期待しているぞ」

 

 

 最後は機嫌良さそうだったし、茶柱先生の目的は担当クラスをAまで押し上げることか?それならうまく付き合えると思うんだけど。

 

 そんなことを考えながら、指導室を出た。

 

 

 

 あれ?監視者って制服着てるから、余程のことがないと不審者扱いされないのでは?

 

 ‥‥‥うん、これは今日3回目のミスだな!

 

 もうやだ、堀北に会いたい。

 

 

****

 

 

 浅村が退出して、指導室には私1人だけが残っている。

 

 入学前とは別人ではないかと疑ってしまうほどの成績を残している生徒。予期せず手に入れた3枚目の大駒。それがあいつだ。

 

 初めから目をつけていた2枚はまともに動かせていない。高円寺は唯我独尊を極め、綾小路は頑なに能力を秘匿している。

 

 浅村にしてもAクラス昇格の意欲が豊富には見えないし、不審な点がいくつかある。それでも他の2枚と比べれば、遥かに使い勝手が良かった。成果を出すのであれば、入学後に突然力を発揮し始めた理由や夜間の外出なぞどうでもいい。

 

 奴の気質を把握すればもう少しうまく転がせるかと考えて餌をチラつかせてみたが、出てきたのは意図の読めない要望。

 当初の目論見通りとは行かなかったが、それを踏まえても意義のある話ができた。夏休みの特別試験については既に察知していて、その時に動く心づもりがあるとわかっただけでも十分だ。

 

 浅村に対してはあれで満足して、他の2枚に注力するべきか。

 

 

 

 そんな考えを巡らせていたら突然指導室の扉が開き、星乃宮が入ってくる。

 

「会議疲れたぁ。サエちゃんお茶入れてー」

「‥‥‥仕方ない。座って待っていろ」

「あれ?素直にお願い聞いてくれるなんてサエちゃんご機嫌だね」

 

 そう言いながら給湯室まで星乃宮はついて来る。

 

「そこで浅村君見かけたよ。早足でどこか行っちゃったけど。それと関係があるのかな?」

 

 ‥‥‥自分が思っているよりも浮かれていたかも知れないな。星乃宮が指導室に来た事に疑問も抱かないとは。

 

「生活指導をしていただけだ」

「ふーん?どんな話したの?」

「人の事情に首を突っ込みすぎると嫌われるぞ。浅村に関しては手遅れかも知れんが」

「嫌われてないもん!浅村君が照れ屋さんなだけだから!」

 

 浅村を呼び出した時のやりとりを聞いても、こいつは同じことを言えるのだろうか。

 

「浅村君、すごいよねぇ。中間テストで友達のためにわざと50点取った話、Bクラスでも有名だよ。なんであの子がDクラスなのかな。サエちゃん何か知ってる?」

「私に聞くな。気になるなら理事長にでも確かめるといい」

「本当に聞いてみたいんだよね。サエちゃんのクラスって浅村君以外にも何人か気になる子がいるし」

 

 星之宮が言う通り、今年のDクラスは粒揃いだ。個々の性能を十全に発揮すればAクラスにも届き得る。

 

「‥‥‥サエちゃんさ、もしかしてAクラスに上がれるかもって考えてる?」

「1ヶ月でクラスポイントを0にするような奴らがAクラスまで上がれると思うか?」

「私は無理じゃないって思ってるよ。サエちゃんだって同じでしょ?だから浅村君に目をかけてるんじゃないの?」

 

 ‥‥‥やはり浅村は目立ちすぎているな。2枚目を動かすべきだ。だがどうやって?

 綾小路を動かすために堀北を焚き付けたが効果はなかった。あの少女は能力が未知数な綾小路よりも、ある程度実力を示している浅村をあてにし始めている。

 高円寺を動かす算段は未だについていない。

 

 

 ‥‥‥1つだけ綾小路を動かせる手段がある。それを行使することには流石に躊躇いを覚えていたが、これ以上の駒に恵まれる事がこの先あるとは思えない。この機を逃せば2度と願いは叶わないかもしれない。

 

 

 生徒を脅迫してまで私はAクラスに上がりたいのだろうか?そう自問しても1度傾いた思考の天秤は戻らない。

 

 ああ、認めよう。私は教師として最低の手段ですら用いるほどに、Aクラスを渇望している。

 

 


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