土曜日、佐倉の付き添いで出かける日の朝。特に気にしてなかったけど、休みの日に誰かと出かけるのは初めてだな。
中間前は情報収集や勉強会で休日が潰れていたし、最近は外を歩き回ったり小説を読んだり袖からカッコよく裁ち鋏を取り出す練習をしたり、そんな感じで過ごしていただけだ。練習の成果を披露する機会は当分なさそうだけど。
長袖が辛い気候になってからそれなりに経っている。天気予報によると今日の最高気温は30度超え。そんな中で長袖を着て出かけるのは不自然だし、どうせなら自慢の前腕を披露したい。仕方ないから裁ち鋏を袖に仕込むのは諦めて、ズボンあたりで妥協するか。腰から取り出すパターンも練習しとかないと。
待ち合わせの場所に着くと、既に佐倉、櫛田、綾小路は揃っていた。
早くない?まだ約束した時間まで20分くらいあるんだけど。
「3人ともおはよう。待たせちゃったかな?」
「いや、さっき着いたばかりだ」
相手が後から待ち合わせ場所に来た時に言う台詞のテンプレじゃないか。
綾小路ってやっぱりデートとか女子への対応とかに慣れている気がする。例えば櫛田と一緒にいる時とか、他の男子なら結構デレデレするけど綾小路はそういうのが全然ないんだよな。
「浅村君の私服姿って初めて見るかも。なんだか新鮮だね」
俺も櫛田の私服を見るのは初めてだ。うん、スカートがよく似合っている。私服ってやっぱりいいよね。
堀北は制服以外だと、どんな服を着るんだろうな。なんでも似合うと思うけど、スキニー穿いてる姿とか是非とも見てみたい。見てみたいんだけど、平日の学校以外で堀北を見かけたことがないんだよね。
「4人揃ったし、ちょっと早いけどお店行こっか?」
‥‥‥理由を聞き損ねたけど、佐倉はなんでマスクと帽子なんて装備してるの?
整った顔立ちしてるのにもったいない。せっかくなんだからもっと披露すればいいのに。
目的の店に着くと、早い時間だからか他の客は見当たらない。混雑する前に済ませてしまおうと、早速修理を受け付けてるカウンターに向かった。
幸運にもカウンターの店員は、佐倉が苦手意識を抱いている相手ではないみたいだ。
「早めに来て正解だったね。混んでくる前に済ませちゃおうか」
「うん、私達で行ってくるから2人は待っててね」
4人で受付に押しかけても邪魔になる。佐倉と櫛田で手続きをしてもらって、俺と綾小路は遠巻きに様子を見ることになった。
よし、綾小路とのコミュニケーションタイムだ。この前失った好感度を取り戻さないとな。
「今日は付き合ってくれてありがとね。男1人と女子2人だとキツそうでさ」
「別にオレじゃなくても良かったんじゃないか?」
「佐倉さんって人見知りみたいだから、誘って平気そうな奴が平田か綾小路くらいしかいなかったんだ」
「そういうもんか」
「そういうもんさ。だからあんまり怒らないでよ。あんな目立つ誘い方して悪かったとは思ってるんだ。あ、なんか飲む?奢るよ?」
綾小路先輩、午後の紅茶なんて如何ですか?この時間からキメるなんて最高にイケてると思いません?
「別に怒ってないから気にしないでいいぞ」
「ならいいけど」
せっかくだから俺はこの赤のワンダを選ぶぜ。節約してたから缶コーヒーとか久々に飲むなぁ。
‥‥‥あれ?いつの間にか受付の店員が代わっている。佐倉と櫛田もなんか困ってない?
綾小路に目配せしてカウンターに向かうと、2人の様子がおかしい原因がわかった。今やりとりしている店員が、なんと言うか凄まじいのだ。佐倉が苦手だと言っていた店員って多分こいつだろう。わざわざ付き添いを頼まれただけあるな。
「2人ともすごい可愛いね。アイドルみたいだって言われない?」
「そんなぁ、言い過ぎですよ。あ、この紙に書き込めばいいんですよね?」
「そんなことないって、君達かなりレベル高いよ!今年から高校生?」
修理の手続きそっちのけで、かなりの勢いで話しかけている。佐倉と櫛田に向けている視線がすごくイヤらしい。凌辱系作品の主人公とかに居そうな外見をしていて、女に積極的に声を掛ける男か。
‥‥‥可能性は低いけど、こいつが時間停止系や催眠系のような能力を持っていたら見過ごせない。後手に回ってしまうけれど、櫛田か佐倉に明らかな異変があったら死角から仕留めよう。意識を刈り取れば能力は発動できないと信じて。
「学生っていいよねぇ、僕も君達みたいな子と同じクラスになりたかったなぁ」
「あ、あはは」
櫛田でさえ対応しきれていない。筋金入りだな、この男。
「あぁごめんごめん、つい話しすぎちゃったよ。カメラの故障だったね。修理が終わり次第連絡するから、電話番号をここに書いてもらえる?」
「‥‥‥っ」
この男に連絡先を知られることを心配しているのか、用紙を書き込んでいた佐倉の手が止まっている。
この学校で連絡先知られると現在地とか色々バレるから、それが嫌なんだろうな。俺もやろうと思えば堀北の現在地がいつでも把握できるし。そんなストーカー紛いのことはしてないけど。
硬直している佐倉の心情を察したのか、綾小路が間に割って入り自分の連絡先を書き込んだ。
「連絡先、オレのでも問題ありませんよね?」
パーフェクトだ清隆。なんだよ今の、イケメンすぎるだろ。堀北が同じシチュエーションで困ってたら、是非真似させてもらおう。
‥‥‥そもそも堀北にあんなキモい視線向けたり困らせたりしたらこいつを潰すけどな?催眠とか掛けたりしてみろ、第3の願いを使ってでも報復してやる。
「ちょ、ちょっと君?それは‥‥‥ひっ!」
‥‥‥あ、やべ。堀北のこと考えてたら、つい缶コーヒー握り潰しちゃった。
幸い誰にもかからなかったけど、床がコーヒー塗れだ。まだ開けてなかったのに、もったいないことしたな。
「すみません、床を汚してしまいました。すぐに拭きます」
「い、いえ!こちらで片付けておきます。ご連絡先もいただきましたし、残りの手続きはこちらで進めますので!ご来店ありがとうございました!」
あれ、もう終わりか?もっとゴネてくるかと思ってたけど、案外すんなりいったな。櫛田と佐倉も変わった様子はなさそうだし、気にし過ぎだったかもしれない。
‥‥‥佐倉さん?なんで店員さんに向けてたような目で俺を見ているのでしょうか?
無事に修理の依頼は通せたが、カメラの受け取りまで2週間ほど要すると聞いた佐倉は肩を落としている。その時にも付き添いが必要かもしれないから、一応スケジュールは空けておくか。休みの予定なんて基本入ってないんだけどさ。
別にボッチなわけではないからね?
さて、ファーストミッションであるカメラの修理依頼を達成したからセカンドミッションにとりかかるか。セカンドミッションの内容?コーヒーぶちまけた俺の名誉回復だよ。
思ったより店員が酷かったので、軽い打ち上げ気分で俺達はカフェに来ている。佐倉にはカメラのお詫び、櫛田と綾小路には付き添いのお礼をしたかったので、ここの支払いは俺持ちだ。さっきのことは忘れて欲しいという気持ちもそれなりに篭っている。
「すみません、今日は付き添っていただいて‥‥‥」
「あはは、あの店員さん凄かったね。私、ちょっとびっくりしちゃった‥‥‥」
カメラが壊れたのは俺のせいだから、佐倉がそんなにかしこまる必要はないと思う。それと櫛田はあの店員を凄かった、ちょっとびっくりしたでよく済ませることができるな。そんなに良い子でストレスとかたまらない?
「あの、あ、浅村君と綾小路君もありがとうございます」
かしこまる必要はないから、俺のことを怯えた目で見るのはやめてくれ。追加でチョコケーキ頼んでいいからさ。
「綾小路の助け方、カッコ良かったよね。俺なんてコーヒー溢しただけだから見習わないと」
「浅村君のおかげですんなり引き下がったんだと思うよ?でも浅村君がああいうことするって思わなかったから、ちょっとびっくりしたかも」
櫛田さん?「ちょっとびっくり」ってことは、もしかしてあなたの中であのヤベー目付きの店員と俺は同じ扱いなの?泣くよ?
「あの店員さん見てたら、なんとなく力が入っちゃってさ」
普段はちゃんとパワー制御してるからあんなことにはなりません。
だから櫛田も佐倉も怯えないでね?ほら、怖くない怖くない。
「浅村はなんとなくでスチール缶を握り潰すのか」
やっちまったんだから仕方ないだろ?
結局カフェでは、俺の握力についての話が続いた。綾小路が興味を示してどんなものまで潰せるか試そうとか言ってたけど、俺をおもちゃか何かと勘違いしてない?俺で遊んでいいのは堀北だけだから。
****
「今日は揚げ物の気分なんだよ」
珍しく須藤の部活がない放課後。たまには一緒に買い出しをさせようとスーパーに向かっていたら、なにやら厄介なことを言い始めた。
作れと?やだよめんどくさい。油の処理とかダルいし、部屋に臭いがつきそうだから絶対にやりません。
「昼の定食で揚げ物食べてたよね?今日はオフなんだから、夜くらい油っこいもの控えなよ」
仮にオフじゃなかったとしても、練習の後だから控えろって言うけどな。
「オフなんだから好きなもん食わせろって。‥‥‥ん、あれって綾小路じゃねぇか?女と2人でどこ向かってんだ?つか、あの女誰だよ?」
確かに綾小路ともう1人、一緒にいる女子は一之瀬だな。
「一之瀬さんだよ。中間前に図書館で会ったでしょ。覚えてないの?」
「あぁ、あいつか。そんな名前だったな。んなことより綾小路のヤツ、女に興味なさそうなフリして抜け駆けか?尾けてみようぜ」
あの2人、人気のない方へ向かっているように見えるな。一之瀬の表情が普段とは違うし、何やら甘酸っぱいイベントの予感。とても気になるのだけど。
「‥‥‥やめよう。綾小路のプライベートなんだからさ」
仮にどちらからかの告白だったとして、うまくいくなら良い。けれど、そうなるとは限らない。振るにせよ振られるにせよ、そんな場面を綾小路は見られたくない気がする。
「なんだよ、ノリわりぃぞ」
「いいからスーパー行くよ。ほら、早くしないと無料の肉が無くなっちゃうかもしれないし」
「それはヤベェな。豆腐まみれの夕食は勘弁してくれ」
豆腐は身体に良いのに、一体何が不満なのだろうか。湯豆腐と冷奴と麻婆豆腐のチョイスは確かにイケてなかったかもしれないけど。
「にしても、最近ちょいちょい出てきたよな。付き合い始めましたってヤツら」
「入学して3ヶ月だからね。それなりに仲の良い男女は付き合い始める頃でしょ」
「俺も、思い切って堀北にアタックしてみっかなぁ」
‥‥‥ああ、うん。久しぶりだなその話題は。
中間試験での一件以来、堀北に対して特にアクションを起こしていなかったから、少しだけ期待していたんだけどね。有耶無耶になって違う人と須藤がくっついたりするかもしれないって。
我ながら情けない願望だけど、今のところ叶う確率は高くなさそうだ。
堀北のことを諦める選択肢なんて俺の中には存在しない。つまり俺と須藤は張り合うことになる。それはある程度踏ん切りが付いているけれど、気に掛かることが1つあるんだよな。
須藤が堀北に対して好意を抱いていることを俺は知っているけど、逆はどうだろう。俺が堀北に対して好意を抱いてることを須藤は多分知らない。
そんな状態でもし俺が堀北を射止めたとしよう。そうなったら須藤は俺に騙し打ちされたように感じるんじゃないか?
そんな真似はしたくないし、須藤との関係が拗れるのは嫌だ。だから須藤には早めに堀北への気持ちを明かしておきたい。
明かしておきたいんだけど、正直かなり言いづらい‥‥‥。
最近の須藤は部活だけじゃなくて勉強も結構がんばっているけど、その原動力って堀北に認めてほしいって気持ちが結構な割合を占めていそうに思える。
それを考えると、気軽に『実は俺も堀北が好きだったんだ』って言うのもなんだかなぁ。
ただこういうのって、時間が経てば経つほど言いづらくなっていくものなんだよね‥‥‥。
よし、いい加減に腹を決めよう。
悩んでても仕方ないし後3秒たったら言うぞ。
3‥‥‥2‥‥‥1‥‥‥0‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
うん、やっぱりスーパー着いたら言おうかな。今すぐ話さないといけないわけじゃないしね。
‥‥‥スーパーもう目の前だったわ。
よし、買い物終わったら言うことにしよう。未来の俺がナイスな言い方を見つけていると信じて。
ってあれ?あの特徴的な頭、もといスキンヘッドは‥‥‥。
「葛城?」
「ん、浅村か。久しぶりだな」
振り返った葛城は1人ではなく、隣に男子を連れていた。
「そうだね、久しぶり。葛城も夕飯の買い出しに来たの?隣の人は‥‥‥」
「クラスメイトの戸塚弥彦だ。弥彦、この男が前に話した浅村だ」
葛城に紹介されたAクラスの男子、戸塚は値踏みするような視線でこちらを見ている。
「ふん、お前がDクラスの浅村か」
うーむ、友好的な感じではないな。学校の仕組み上仕方ないと思うけど。
「んだよテメェ、なんか言いたことでもあんのか?」
そして隣の須藤が戸塚に絡んで行く。学校の仕組み上仕方ないってさっきは思ったけど、須藤はもうちょっと穏やかにならないとだめでしょ。
「はいはい、大人しくしようね。あ、こいつはクラスメイトの須藤ね」
須藤の肩を掴みながら、自己紹介できない本人に代わって名前を告げる。
隣の赤髪ヤンキーを落ち着かせて目の前の2人を見ると、葛城も戸塚のことを窘めていた。
なんだろう、葛城に対してすごいシンパシーを感じる。
「なるほど、浅村が中間テストで助けた生徒というのはその男か」
「‥‥‥もしかして他のクラスに中間テストのこと広まってたりする?」
「少なくともAクラスでは広まっているな」
ふざけんな、誰だよバラしやがったヤツ。見つけ出したら絶対に後悔させてやる。
「それって誰から聞いたか教えてくれない?」
「星乃宮先生だ。授業の時間に話していたぞ」
過去の事を蒸し返しても仕方ない。憎しみの連鎖はどこかで絶たないといけないからな。ここは寛大な心で許してやるとするか。
「浅村、早く行かねぇと肉無くなっちまうぞ」
「あ、そうだった」
須藤に促されて急いで目的の場所に向かうと、目当ての品は2つだけ残っていた。
それを確保して勝利の余韻に浸っていると、後ろにいた戸塚が鼻で笑いながら声をかけてきた。
「無料の肉しか食えないなんて、Dクラスは憐れだな。葛城さんもそう思いませんか?」
「俺も可能な限り無料で済ませようと思っていたが」
「おいお前ら、その肉は葛城さんのものだぞ!大人しく譲りやがれ」
こいつ10秒前と言ってることが変わってるけど自覚ないのかな?誰か指摘してあげなよ、かわいそうじゃないか。
「よせ弥彦。すまない浅村、悪い奴ではないのだが」
「別に気にしてないよ。それより俺と須藤で2人分貰っちゃって良かったの?」
葛城もこの肉が目当てだったようだし、1つずつ分け合うのが筋だと思うんだけど。
「ああ。浅村は倹約しているだろうが、それでもポイントは厳しいんじゃないか?以前は譲ってもらったからな、今回はこちらが譲ろう」
「じゃあ、ありがたく」
スーパーでの買い物は肉を2つ入手すると言う華々しい勝利で終わった。まるで凱旋するような気分で俺は寮に向かっている。さっきの3人も一緒だ。
葛城と久しぶりに会ったからいろいろ話そうと思って一緒に帰ってるんだけど、須藤と戸塚を放っておくとすぐにいがみ合うから失敗だったかも‥‥‥。
心の中でため息をついていると葛城と目が合った。
『お前も大変だな』と視線だけで語りかけてくる。同じく視線だけで『お互い頑張ろうね』と返す。
そんなふうに葛城との友情を育んでいたら、いきなり声を掛けられる。
「ハッ!AクラスとDクラスで仲良くお出かけか?」
Cクラスのリーダーと思われる男、龍園翔。
気配は感じていたから、タイミングを見計らっていたんだろう。
「‥‥‥龍園か」
「そんなに身構えんなよ葛城。お前に用はねぇ」
さて問題です。葛城を除いた3人、須藤、戸塚、俺のうち龍園の目的の人物は一体誰でしょうか?
「お前が浅村か?アルベルト達から尻尾巻いて逃げたって聞いたぜ。Dクラスは腰抜けばかり集められているようだな」
選ばれたのは、浅村でした。
予想通りだし計画通りだ。
せいぜい俺を狙ってくれ。