ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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 期末試験まで残り2週間を切った。

 中間試験の時と同様に勉強会を教室で開催しているのだけど、そんなことお構いなしに篠原が俺に話を振ってくる。恋バナとか噂話とか大好きだって言ってたもんね。

 

「浅村君さ、この前堀北さん誘って2人でカフェ行ってたよね?あれってやっぱりデートしてたの?」

 

 Yes, that's right !ってすごく叫びたい。

 堀北が2人でのカフェの時間をどう受け止めてるかわからないし、須藤に隠すような形で行ったものをデートと明言するのは流石に気が引けるから叫ばないけどさ。デートだと言い張って周囲に自慢したい気持ちも大いにあるけどここは我慢一択だ。

 ただ、明言はできなくてもアレは誰がどこからどう見てもデートだろう。そうに決まっている。

 

「なんで堀北さんにだけ奢ってあげるの?ずるくない?」

 

 僻むな軽井沢。俺のモノは堀北のモノと言っても過言ではないからずるくない。それに君には平田というパーフェクトな彼氏がいるだろう?部活に行ってるからここにはいないけどさ。

 

「クラスのこれからについてとか話してたんだ。あ、今解いてもらってる問題集も堀北さんと作ったんだよね」

 

 今言葉にした通り、軽井沢達が取り組んでいる最中の問題集は俺と堀北との合作だ。期末試験対策として作成したが中々の出来だと思う。堀北と共に作ったという事実だけでただの紙の束が愛おしくなってくる。

 

「それだけで2人でカフェいく?他にも何かあるでしょ?」

 

 あるけど話す気はない。

 

 いいから君達ちゃんと勉強しよう?クラスポイントに多少は絡むかもしれないし、今回の試験は余程のことが無い限りは平均点を下げるつもりは無いからね?

 

 

 俺が他の生徒の勉強を見ている間に堀北が何をしているかというと、同じ教室で俺と同じように他の生徒に勉強を教えていた。

 ただ俺とは教える対象が違っていて、俺が全体的に面倒を見て堀北が非常に成績のよろしくない生徒を集中的に教える形になっている。意図した訳では無いけど、旧堀北組では特に成績が振るわない生徒の比率が高かったせいで自然とそうなった。

 中間試験の勉強会を開いた時は図書館を利用していた旧堀北組だけど、その時にCクラスが絡んできたこともあって今回は彼女も教室で勉強を教えている。

 おかげで期末試験前は中間試験の時よりも堀北と一緒にいる時間がずっと長くなりそうだ。やったぜ。

 それに今回はクラス全体でまとまって勉強会を開けているから、教室の方が黒板が使えたりして都合がいいしね。

 

 当然ながら須藤は中間試験で成績が芳しくなかったから堀北の管轄だ。期末試験前だから少しぐらいなら遅れても構わないらしく、ここ最近は30分程勉強会に出席してから部活に向かっていた。

 他の生徒よりも短い時間しか参加できないため、堀北も優先的に対応している。今日はもう部活に向かったけど、教室にいた30分のうち10分くらいは堀北から直接教わっていた。ずるい、俺だって堀北から勉強を教わりたいのに。須藤は俺が勉強見てるんだからそれでいいだろ。

 

 そもそも俺も堀北に勉強を見てもらうべきじゃないかな?中間試験で英語の得点がクラス最下位の俺がなんで他の奴らに教えているんだよ。全科目最下位取れば堀北に面倒見てもらえるのか?

 

 

 堀北に勉強を教えてもらうという余程のことのため、クラスの平均点を下げようか思案していたら茶柱先生が教室に入ってきた。

 

「浅村、この前頼まれたものだ」

 

 そう言って俺に監視カメラの画像、時間、場所が印刷された資料を手渡してくる。以前指導室で話した時に依頼した、不審者に該当しそうな人間のデータだ。

 

 ‥‥‥普通こんな場所で渡す?みんな興味津々でこっちに寄ってきてるんだけど。少し考えればこうなるってわかるだろうに、茶柱先生って案外ぽんこつなのかな?

 

「浅村君、差し支えなければ何を頼んでいたのか教えてくれないかしら?」

 

 堀北も寄って来た。俺のためにこの状況を作ってくれたであろう茶柱先生の深謀遠慮には全くもって感服せざるを得ないな。

 

「ちょっとした情報をお願いしたんだ。Cクラスの件とかがあったからさ」

 

 おっと、堀北が不満そうな顔をしている。可愛い。

 危ないことはやめて欲しいって言われたのは覚えているし、善処するからどうか怒らないで。

 

 誤魔化すように手元の資料に目を落とすと、少しばかり怪しげな人達の画像が並んでいた。何枚かめくって目を通していくうちに、見覚えのある顔が出てくる。

 この前家電量販店で遭遇した強烈な店員、櫛田が言うところのちょっとびっくりしてしまう男が学生寮周辺の監視カメラにそれなりの頻度で写り込んでいた。

 流石にあからさますぎるし、この男は監視者ではないだろうな。こいつが学生服を着ていたら間違いなく通報される。

 アルベルトに匹敵するレベルのキャラの濃さを持っていれば違和感が一周回って見逃してもらえるかもしれないけど、この男では無理だ。アルベルトはキャラが濃いだけで別にキモくないけど、この人はちょっとね‥‥‥。

 

「この男って、この前4人で家電量販店行った時の店員じゃないか?」

 

 ‥‥‥大した情報が無いと思ってここで確認したけど失敗だったな。

 後ろから覗き込んでいた綾小路も気付いたみたいだ。近くにいた佐倉にも聞こえてしまったようで、顔を青くしている。

 

「‥‥‥どうだろうね?」

 

 この情報自体、周知するまでも無いものという前提で用意してもらった。それを考えるとこれを根拠に対処するのは難しいな。こちらが気にし過ぎなだけの可能性もあるし。

 

 ‥‥‥佐倉が凄い不安そうな顔をしているからどうにかしてあげたいけれど、期末試験が終わるまでは動けそうに無い。

 

 

 

 

 

 ちょっとやらかしたけど、気を取り直して勉強会を進めてそろそろいい時間になってきた。

 

「うん、今日はここまでにしよう。わからないところがあったらチャットで答えるから、みんな帰ったら復習しといてね」

 

 軽井沢とか軽井沢とか軽井沢とかは特に復習するように。もし赤点取らせたりしたら平田に申し訳が立たない。

 池とか山内も堀北じゃなくて俺に聞いてもいいからね?むしろそうしてくれ。

 

 

「浅村君、今日も須藤君のこと迎えにいくの!?」

 

 何人かの女子が鼻血を出しながら問いかけてくる。最近かなりの頻度で鼻血を出しているので受診を薦めたが、身体にはこれといった問題は見つからなかったらしい。

 これだけ鼻血を出しているのに問題ないわけがない、絶対に診察した医者はヤブだ。

 

「そうだね、そろそろ部活終わってる頃だろうから。じゃあみんな、また明日」

 

 彼女達が言うように、ここ最近は須藤の部活が終わる時間を見計らって迎えに行っている。できることなら堀北と一緒に帰りたいんだけど、そうも言っていられないんだよな。

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所に着くと、須藤がイラついている様子で待っていた。

 原因はわかっている。少し離れて須藤を眺めている、バスケ部所属のCクラスの生徒のせいだ。小宮と近藤って名前らしいけど、面倒臭いから合わせてKKって呼ぼう。

 

「‥‥‥いちいちニヤケ面でこっち見てんじゃねぇぞ、お前ら」

「おい聞いたかよ?見てるだけで文句つけてくるなんて流石にレギュラー候補様は違うな」

 

 ‥‥‥俺が毎日迎えに来ている理由の1つがこれだった。須藤が爆発しそうで心配なんだよね。

 龍園と遭遇してから、Cクラスの須藤への煽りが激しさを増している。

 今のところは須藤も手を出さずに済んでいるみたいだけど、かなりストレス感じてそうだしどこまで我慢できるかな。

 須藤が煽りを気にしなくなれば解決するんだけど、すぐには無理だろうね。今はなるべく傍にいて何かあった時に宥めたりするくらいしかできない。

 

「お待たせ須藤。今日の復習しないとでしょ?さっさと帰ろう」

 

 須藤を煽っていたKKは無視して、その場から素早く離れる。

 あいつらって俺が須藤の傍にいる時はなにも仕掛けてこないんだよな。

 

 

 

 

「あのクソヤロウども!こっちが大人しいからって調子に乗りやがって!」

 

 あんまり大人しくないよね?我慢してるのはわかるから言わないけどさ。

 

 しかしどうしたもんかな。

 俺がこれから先も四六時中須藤に付きっきりってわけにはいかないし、夏休みあたりで鋼の精神力を身につけてもらうとするか。

 ‥‥‥どうやって身につけてもらおうか?みんなで須藤を煽りまくれば嫌でも慣れるかな?

 

 もう夏休みにやることがてんこ盛りだ、全然嬉しくないけど。

 なんで堀北との予定が1つもないんだよ!

 

 ‥‥‥とりあえずあと2週間は俺が頑張るしかないな。

 

「あんな奴らは相手しないのが1番だよ。人目がないところで突っかかることしか出来ないんだからさ」

 

 須藤もそんなことはわかっているんだろうけど、どうしようもないんだろうね。

 俺の半分でもいいから、動じない精神を獲得して欲しいものだ。

 

 

 

 

 ‥‥‥うん、いつも通り尾けられてるね。KKも含めて4人か。

 

 龍園が俺をターゲットにするよう誘導するつもりだったけど、堀北を『鈴音』呼びされた衝撃ですっかり忘れていた。

 

 その結果がこれだよ、完全に須藤が狙われている。

 

 結構大雑把な性格の須藤でも気付くくらいにはあからさま尾行。

 それがさらに須藤のストレスになっているみたいだ。

 

「あいつらいつまで俺達をつけ回す気だ?今日で何日目だよ」

 

 あえて気付かせて須藤をイラつかせるのが目的だろうけど、効果は抜群だな。かと言ってあまり須藤を責めることはできない。

 仮に他のクラスメイトが狙われたとしても、これよりいい結果になるとも思えないから。

 須藤みたいにイラつくことはなかったとしても、不安や憔悴でひどいことになっているかもしれない。

 須藤は負けん気もフィジカルも強いから、言っちゃ悪いけど狙われたのがこいつでまだマシだったとも思っている。俺がターゲットにされるのがベストだったんだけどさ、やらかしたから代わりに須藤を守ろう。

 

「きっと暇なんだろうね。須藤はバスケと勉強で忙しいんだから構うことはないよ」

 

 本当にバスケと勉強だけに専念してほしい。女に現を抜かす暇はないだろうし、堀北にも構わないでいいからね?

 

 

****

 

 

 いつも通り放課後に勉強会を開いていたら、その日は参加していなかった綾小路から突然連絡が入った。

 

『佐倉が例の店員と2人で会っているみたいだ』

 

 正直意味がわからない。あの店員に対してひどく怯えていた佐倉が、なんでわざわざ2人で会っているんだ?実はあの店員と佐倉が付き合っていて、俺と綾小路と櫛田は特殊なプレイに付き合わされたとか?

 ‥‥‥ふざけてる場合じゃないな。綾小路の声もどことなく張り詰めていたし、理由は後回しだ。

 

「堀北さん、悪いんだけど勉強会任せてもいいかな?事情は後で話すから。ごめんね」

 

 返事を待たずに身体一つと学生証だけで教室を飛び出し、端末に映る綾小路の現在地を目指す。

 

 少しでも早く着くために人目のないところでは全力に近いスピードで走り、綾小路の知らせから大した間もなく本人の下へ到着した。

 

「‥‥‥もう着いたのか」

「急いだからね。それで佐倉さんは?」

 

 綾小路が視線を送った先にはかなり興奮している例の店員、そして佐倉が居た。店員はこの前以上の勢いで捲し立てていて、佐倉は明らかに怯えている。

 

「‥‥‥助けに入らないの?」

「もう少し様子を見よう」

 

 そう言って綾小路は端末のカメラを起動して動画を撮影し始めた。‥‥‥確かに決定的な場面を撮った後の方があいつをどうにかしやすいんだけどさ。

 あそこ監視カメラの視界内だから、撮らなくても良さそうだけど。

 

 綾小路の意見に従って待機していると、佐倉と店員のやりとりが聞こえて来る。

 どうやら男は以前から佐倉を知っていて、手紙を送ったりしてアプローチしていたらしい。

 その店員、もといストーカーの主張は佐倉の気持ちを汲まない一方的なもので、正直聞くに堪えなかった。

 『狙った女を落とす100の方法』を是非とも読み聞かせてやりたい。

 

 

「もうやめてください‥‥‥迷惑なんです!」

 

 そう叫んだ佐倉は手に持っていた手紙を地面に叩きつける。ストーカーが書いたらしいあの手紙、結構な量だけどわざわざ保存してたのか?

 

 ‥‥‥あぁ、まずい。あのストーカー完全にキレたな。

 

「どうしてこんなことをするんだよ!僕は本当に君が好きなのに!」

 

 そう喚きながら佐倉の肩を掴んで壁に押さえつけている。

 

 限界だな、流石にこれ以上は見過ごせない。

 

 ストーカーを制圧するために前に出ようとすると、綾小路の手に留められた。

 この期に及んで静観するつもりなのか、そう抗議しようと綾小路を見やると何かを手渡された。

 

 

 

 

 

 

 赤のワンダだった。

 

 

 綾小路さん?

 

 

「あ〜見ちゃったっすよぉ、おっさん。なんかヤバめなことしてませんでしたかぁ?」

 

 綾小路さん??言語野バグってない??もしかしてその男から催眠か何か食らった??

 

 ‥‥‥あまり変わることのない表情に俺へ向ける視線、いつも通りの綾小路だ。違和感が凄まじいけど多分演技をしているんだろうな。

 

 そんなことよりさ、なんで赤のワンダを俺に渡したんだ??

 

「き、君達はこの前の!?いや、これは違うんだ!ちょっと話していただけなんだよ!」

「ほんとですかぁ?オレの隣にいる奴、そういうの許せないタチなんすよねぇ〜。早く逃げないとヤバイんじゃないすか?」

 

 綾小路さん???何適当なこと言ってるの???いや、佐倉に手を出したことは確かに許しがたいけどさ???

 そっちのストーカーもなんで俺を見てそんなに怯えてるの???俺のことなんだと思ってるの???

 

 

 

 

 ‥‥‥もういい、ヤケだ。

 

 俺は手に持った赤のワンダを一瞬で握り潰す。

 これがホントのコーヒーブレイク。

 

 破裂した勢いで茶色い液体が壁に飛び散る。トマトジュースだったらとてもスプラッターなワンシーンにできたかもしれない。

 

「‥‥‥佐倉さんから離れてくれませんか?怯えてしまっています」

 

 ストーカーだけでなく佐倉までもが俺に対して怯えた視線を向けている気がする。クラスメイトにビビられるのも嫌なので、紳士的な態度で語りかけた。

 

 

 ストーカーは叫び声を上げて逃げ出した。

 

 

 なんでだよ!普通に話しかけたじゃないか。

 あ、ちょうど駆けつけてきた警備員に捕まったな。ざまあみろ。

 

 カメラの監視範囲内とは言え、迅速な対応は流石だ。

 綾小路が介入したタイミングも結果的には完璧だった。

 

 ‥‥‥よく考えたら俺いらなかったよね?綾小路1人でもほとんど対処できたでしょ。警備員が来た時だって予想してたような反応だったし。

 

 俺を呼びつけたのはまだ理解できなくもないけど、なんでワンダを渡した?わざわざ準備してたんだよね?この前のことでからかってるの?

 

 綾小路に問い質してやりたいけど、いろいろあって動揺している佐倉の相手をしてる間は見逃してやるか。

 

 

 

 というか、いつの間にか須藤の部活終わりの時間が過ぎている。

 

 ここは綾小路に任せて早く須藤を迎えに行かないと。あぁでも先に帰ってるかもな。

 

 そう考えて端末を取り出す。

 

 須藤の現在地を確認すると、特別棟を示していた。

 

 




綾小路の口調については、私がふざけたわけではなく原作でもこんな感じです。ほんとに。

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