さっきまで堀北の部屋にお邪魔していたのが夢みたいに感じる。招待されたことだけでも信じられないのに、堀北から友人と認めてもらえたなんて出来過ぎだ。
‥‥‥さっきの堀北、すごく可愛かったな。部屋も素敵だったし。
自分の部屋までどうやって戻ってきたか、実はよく覚えてないんだよね。頬のガーゼがなかったら本当に夢だと思っていたかもしれない。
それにしても友人、友人だってさ。
堀北、俺のことを友人って思ってるんだってさ。えへへ。
中間試験の時は俺のことをただのクラスメイトだって言っていたけど、それが今は友人。
照れてるような言い方と相まってすごくクラっと来たよね。
すごく可愛い友人を持てて、俺はとても幸せ。
いきなりだけど、男女の人間関係って大きく分けると他人、知人、友人、恋人、夫婦の5段階があると思うんだ。
そして俺は今日堀北の友人になった。いや、なったのはこの前カフェに行った時か?
まあ何にせよ5段階中3段階目、現在は折り返し地点。このまま行けば2学期中に結婚できるかもなんて期待してしまう。
なんてね、心配ご無用。結婚なんてまだまだ気が早いのは十分理解している。
だって堀北も俺も結婚可能な年齢になっていないからね。
それは仕方がないことだけど、懸念事項がある。
女子の婚姻が認められている年齢は満16歳だから、堀北は来年にも結婚できる。
だというのに俺が結婚出来る年齢は満18歳。まだ2年以上先の話だ。長い、あまりにも長すぎる。
その間に愛しの彼女が堀北兄と結婚してしまったらと考えるだけで胸が張り裂けそうになる。
須藤が堀北に惚れるまで約2ヶ月。2年間もあったらあの赤髪チョロインなんて12回は周回攻略されてしまう。
堀北は須藤みたいにチョロくないけど、だからといって安心はできない。
まだ見ぬ年上属性が現れる可能性だってあるし。
‥‥‥そういえば男の教師が何人かいるな、Aクラス担任の真嶋先生とかCクラス担任の坂上先生とか。
一応攻略法はある。
性転換すれば俺も来年には結婚が可能だ。幸いにも第3の願いがまだ残っている。
いやダメだ、そもそも未成年だと親の同意が必要だったな。
この学校は親も含めた外部と連絡を取ることが許されていない。
条件を満たせない。
‥‥‥願いが不足している、そんな理由で堀北を取られていいのか?
発想を変えるんだ。俺じゃなくて法律に手を加えればいい。
結婚可能年齢は15歳辺りに、親の同意は不要の設定にすればすぐにでも結婚できる。
ついでに実の兄は妹の半径3メートル以内に接近してはならない法律も盛り込もう。
葛城には申し訳ないが、これも必要な犠牲というもの。
‥‥‥取らぬ狸の皮算用だな、堀北に振り向いてもらったわけでもないのに何考えてるんだ俺。
そもそも今学期で2階級上がったように思えるかもしれないけど、その認識は正しくない。
同じクラスになった時点で知人枠に自動的に入ったのだから、自力で上がったと言えるのは実質1階級分でしかない。
あれ?それってこのままなら2学期の終わりには恋人になれて、3学期の終わりには結婚できる計算じゃないか?
えへへえへへへ
起きてても惚けるだけだな、寝よう。
堀北を巡る争い、須藤の諸々、監視者の行方、龍園の動向、茶柱先生の意図など懸念すべきことはいくつもあるけど、それでも今日は気持ちよく眠れそうだ。
‥‥‥堀北可愛かったな。えへへへへ
そして翌朝、なぜか寝坊した。寝つきは良かったし、カフェインも摂っていないのに。
日付が変わってから3時間ほどは堀北のことを考えていたから、寝る前は十分リラックス出来ていたはず。
昨日殴られたことで脳がダメージを負ったか?
‥‥‥いや、龍園やストーカーの対応で疲れていたんだろうな。
何にせよ準備をしないとだ。
急いで支度したけど、それでもギリギリの時間になってしまう。
走るほどでないけどさっさと登校しよう。
「おはよう浅村。‥‥‥そのガーゼ、怪我でもしたのか?」
エレベーターを待っていたら綾小路が部屋から出てきた。
俺以外に堀北の中で友人階級を獲得している疑惑がある男の筆頭。
入学してからしばらくは1番堀北と仲が良さそうだったし、初日に2人で買い物してたとか完全にギルティ。
「おはよう。別に大した傷じゃないよ」
このガーゼ堀北につけてもらったんだ、羨ましいだろ?特別に見せてやるよ、えへへ。
それはそうと綾小路っていつもはもっと早く登校してるよね?
「いつもより遅い時間だね。寝坊でもした?」
「昨日いろいろあったから寝付けなかった」
寝坊は良くないな。貴重な時間の浪費につながるから気をつけたほうがいいぞ。
「浅村は何でこの時間なんだ?」
「なんか起きれなかった」
ただまぁ、仕方ないよね。お布団気持ちいいし。むしろあれだけ快適な時間を過ごしているのだから、最高に有意義な時間の使い方とも言える。
何にせよちょうどいい、佐倉の様子とか確認したかったし一緒に登校するか。
「昨日佐倉さんが危ないって連絡くれたけどさ、よく気付いたね」
「偶然だ」
佐倉とストーカーの対決に綾小路が居合わせたのは幸運だった。監視カメラがあったから大したことにはならなかったと思うけど、もしかしたらそうじゃなかったかもしれない。
そういえば赤のワンダの件があったな。お返しにからかってやらないと礼儀に反してしまう。
「もしかして尾行でもしてた?」
「いや、例の店員の様子を見に行ったらたまたま佐倉とあの男がいたんだ」
‥‥‥一瞬雰囲気変わったんだけど、もしかして本当に尾行してたの?
まあいい、深追いはしないでおこう。仮に後をつけてたとしても佐倉を心配してのことだろうし。
「運が良かったね。そういえば、昨日は後始末とか全部お願いしてごめん。佐倉さんはもう大丈夫そう?」
「あの後話しているうちに落ち着いてくれた。ただ、しばらくは男子相手に怯えるかもな」
確かに男性恐怖症になっていてもおかしくないよな。
佐倉が俺のことを怯えた目で見ていたのもきっとそれが理由だろう。というかそうに違いない。
「浅村はあの後急いでどこに向かってたんだ?」
やっぱり気にするか。
綾小路までゴタゴタに巻き込むこともないし、適当に誤魔化そう。
「んー、ちょっとトラブルがあってさ。そしたら派手にぶつかってご覧の通り」
「そうか、災難だったな」
こっちの事情を汲んでくれたのか、その後は学校に着くまで怪我には触れてこなかった。
お礼にこっちも赤のワンダについては聞かないでおこう。
教室に着くとほとんどの生徒は揃っていたけど須藤がいない。寝坊は良くないな。
みんな雫がどうたらとか話していたけど、俺の顔にガーゼがあることを確認するとこちらに興味をむけてくる。
いいだろこのガーゼ、堀北に付けてもらったんだ。ちょっとだけ見せてやるよ、特別だからな?
「浅村君、顔どうしたの?」
「え、怪我?大丈夫?」
「軽くぶつけただけだよ。大したことないから」
‥‥‥思ったより心配されてるんだけど、もう治ったようなものだしガーゼ外したほうがいいか?
まぁいいや、後で考えよう。もうすぐホームルームが始まる時間だし、席につかないと。
教室の入り口から自分の席に向かうと、必然的に堀北の席の近くを通ることになる。
自然に挨拶をするチャンスだからとてもありがたいんだけど、友人になったことを認識して初めての挨拶はちょっと緊張する。
そんな理由でいつも挨拶するタイミングで口を開くことができずにいたら、堀北から声をかけてきた。
「浅村君、怪我はどうかしら?」
「おかげさまで、もう大丈夫だよ」
開口一番傷の心配か。薄々感じていたけど、堀北って結構世話を焼くタイプだよね。
俺に危険な真似をするなって注意したり、中間試験の時はなんだかんだ須藤達のために勉強会を開いたり。
昨日も大したことない怪我をわざわざ手当てまでしてくれたし、本当に優しい子だと思う。
それは大変いいことなんだけど、手のかかる須藤と相性がガッチリ噛み合うのがとっても気に掛かる。やっぱり原作公認カップルなのか?
特別棟の近くまで来ていたし、昨日のゴタゴタも本当なら堀北が解決したのかもしれない。
「そう、保健室に行きたくないからって我慢しているわけではなさそうね」
堀北が治療してくれるなら毎日保健室に行ってしまいそう。
ところでみんな、なんでまだこっちを見てるの?そんなにガーゼが羨ましいのかな?上げないからね。
ガーゼを守る手段を講じていたら須藤が教室に入ってきた。声をかけようかと思ったけど、直後に茶柱先生が現れてホームルームが始まったので断念。昼休みにでも話そう。
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4限目が終わると、俺が話しかける前に須藤から声をかけてきた。余人を交えず話すために屋上へ向かってるけど、一部の女子達が後をつけてきている。
もしかして喧嘩しないように監視されてるのか?俺の怪我、須藤に殴られたってみんなが勘違いしてるかもしれない。後でちゃんとフォローしておこう。
真夏だから当然だけど、屋上に着くと先客はいなかった。
「顔の怪我、大丈夫か?」
全然痛くない、このガーゼのおかげでな。本当なら嫌なんだけど、ちょっとなら見せてやってもいいぞ。須藤だけだからな?
それはそうと、昨日のことは流石に俺からも注意しよう。かなり肝を冷やした。
「もうほとんど治ってる。それより昨日みたいな危ない真似、やめてほしいんだけど」
アルベルトあたりがいたら須藤でも危ない。自分がいない状況でそんなことになってると思うとヤキモキする。人の気持ちを考えてほしいものだ。
「怪我したらレギュラーもどうなるかわからないし、そんなの嫌だろ?」
とりあえず須藤を説得する常套手段のバスケを使う。最近効き目が薄い気がするけど、他の手札がないから仕方ない。
「‥‥‥そうだな」
「なら、これからは一層Cクラスの奴らに注意してね」
そう言って屋内に戻ろうと思ったけど、須藤は動かない。
俺の話は終わりだけど、あちらはそうじゃないみたいだ。暑いから中じゃだめ?女子達が隠れてるけど。
しばらく黙った後、俺に背中を向けたままの須藤が言葉を放ってくる。
「昨日さ、俺から手を出しちまったけどよ、マジで我慢するつもりだったんだぜ」
確かにかなり耐えていたと思う、入学初日の須藤だったら絶対に無理だと思う程に。
だから手を出したこと自体はそんなに怒ってないんだけど、須藤はそれを気に病んでるのか?
問題はあいつらについて行ったことなんだけど。
「でもダメみたいだな。結局俺はクズ、不良品なんだ」
「そこまで思い詰めることじゃないよ。キツイ言い方だったかもしれないけど、そんなに怒ってないから」
雲行きが怪しい。須藤がこちらを向かないのが無性に気になる。
「‥‥‥浅村さ、俺とつるむのやめろよ。どうしようもねぇ奴だって昨日のでわかったろ?」
「いきなり何言ってるの?」
何でそうなる?実は俺にむかついてて、一緒にいたら殴りそうとか?そうだったら結構傷つくんだけど。
「俺達がつるんでると、クラスの奴らに変な目で見られることあるだろ?たまにコソコソ話してるしよ」
‥‥‥それって今もいるあの人達だよね?鼻血出しながらこっちを見てるあの人達だよね?
階段に隠れてるから須藤は気付いてないみたいだけど。
「他の奴らにどう思われようが知ったことじゃねぇんだけどよ‥‥‥お前に迷惑かけるのはごめんだ」
「要は俺の風評を傷付ける前に距離を置きたいってこと?」
「難しく言えばそうなんのかもな」
難しくないからな?
「仮に須藤と一緒にいるせいで俺の評判に影響があるとして、それが何だって言うのさ」
中間試験以降の須藤は真面目に授業を受けているし遅刻もしない。
だから最近はクラスメイトからもマシな評価をされていると思う。
そんな訳で暴行事件みたいなトラブルを起こさなければ、悪く言われることはないはず。
そもそも須藤に気にかけてもらうほどの評判を俺が持ち合わせていない。入学直後にいろいろやらかしているし。
「俺、前も似たようなことやらかしてんだ。そんで推薦がダメになってこの学校に来たんだけどよ」
そうか、須藤もやらかしてるのか。俺もちょいちょいやらかしてるから仲間だな。
「今はいいかもしんねぇけど、そのうち浅村も嫌気が差すんじゃねぇか?」
「須藤が暴力振るわなければ解決する問題に思えるんだけど」
「できねぇよ‥‥‥昔から、カッとなったら手が出ちまうんだ。注意されてたのに昨日もあのザマだぜ」
今回はかなり頑固だな、須藤のやつ。
‥‥‥これ、もしかしてイベント奪ってるのかもしれない。本来は俺じゃなくて堀北の出番だったりして。
いや、そんなことはどうでもいい。
いろいろ気に病んでいるのは間違いないけど、距離を置きたいのは本心ではないはず。
本当に離れようと考えているのだったら、俺のことを無視するくらいはしてきそうだし。
‥‥‥俺に見限られるのが怖くて、いっそ自分から離れようって感じか?
不謹慎だし自惚れかもしれないけど、もしそうだったらちょっと照れ臭い。
「そっか、なら尚更見張らないとね。クラスポイントが減らされるのは困る」
「いや、だからよ」
「これから直せばいいでしょ。結果的には手を出しちゃったけど、結構我慢してたと思うよ」
諦めたらそこで終了ですよ?
というかこれは俺が気付けたはずの問題だ。
須藤が凹んでるのを見過ごしたのも大きなやらかしになる。
昨日、堀北相手に浮かれてる場合じゃなかったな。
あれ?凹んでる友達を放置して女に現を抜かしていた俺こそクズなんじゃないか?
しかもその女は友達の想い人。‥‥‥やめよう。
「‥‥‥もう高1なのに今更治せるわけねぇだろ」
「まだ高1だよ、平均寿命の5分の1にも届かないから」
そう、まだ大丈夫。須藤が手を出してしまう癖も、俺がやらかす癖も全然治せる。
「‥‥‥」
何だか考え込んでるみたいだけど、それは俺の言葉に対してだよね?平均寿命とか分数に対してじゃないよね?
1分ほど経っても須藤は黙ったままだ。
‥‥‥今は1人の方がいいかもしれないな、そっとしておこう。
「それじゃ、俺は先に戻るから。須藤も昼飯食べる時間無くならないようにね」
返事はなかったけど、こっちは言いたいことは吐き出したから一足先に屋内に戻る。
己のクズさを自覚してちょっと泣きたくなったことは関係ない。
教室へ向かう前に、こちらを見ていた女子達へ喧嘩をしているわけじゃない旨を伝えたらひどく安心された。
仮に喧嘩したとしても俺も須藤も余程のことが無いと手は出さないと思うけど、クラスメイトから見たらそうじゃないのかもな。
もうちょっと俺達の評判を上げたいけど、どうしたものか。
****
5限目、6限目の須藤は普段と変わらない様子だったし、放課後の勉強会でもいつもと同じように堀北に勉強を教わってから部活に向かっていった。許せない。‥‥‥俺が言えたことじゃないか。
期末試験が近いから全員ラストスパートをかけている。
そんな中で俺は平田に代役をお願いして早めに抜け出し、いつもの待ち合わせ場所で待機中。
そして普段より早めの時間に待ち人が現れる。
「‥‥‥何で先に来てんだ?」
「昨日遅刻したから、その反省とかそこらへんで。須藤こそ早くない?」
「クソ野郎共に絡まれる前にさっさと抜け出したからな。あいつら、今日は大人しかったけどよ」
龍園からの指示か?手を引いてくれたなら願ったりだな。警戒はしておくけれど。
「それは何より。とりあえずさっさとスーパー行こう。早くしないと肉がなくなるよ」
昨日はデイリーミッションである『無料食材の獲得』を遂行していないから食材が足りない。
本来俺が入手するはずだった肉。それが他の誰かの胃袋に収まっていると考えると無性に腹が立つ。
「‥‥‥昨日スーパー行った時に確保しといた」
でかした!有能すぎる。なぜこんなにできる奴がDクラスなんだろうか。Aクラスに配属されなかったのが不思議で仕方ない。
平田とか堀北とか櫛田とかもそうなんだけどな。
「よし、じゃあ飯食ってさっさと勉強だ」
そう言って意気揚々と須藤の部屋に行くと、目に入ってきたのは冷蔵庫にしまわれず放置されたままの貴重な肉。
浅村は激怒した。必ず、この長身赤髪の男を躾けねばならぬと決意した。