ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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 期末試験の結果発表当日。

 中間試験同様の方法で、教壇に立つ茶柱先生が各科目の点数を張り出している。

 

「先日の期末試験で赤点を取った生徒はいなかった。全員揃って1学期を終えることができたな。喜ばしく思うぞ」

 

 そう口にしながらも、いつも通り仏頂面な茶柱先生。

 いきなり満面の笑みを浮かべられても恐ろしいだけだから、別に構わないけど。

 

「明日から夏休みに入るが、ハメを外しすぎないように。長期休暇中でも何かあればクラスポイントに影響することを忘れるなよ」

 

 茶柱先生の言葉通り今日は1学期最後の登校日。明日から夏休みに入る。

 他のみんなはそれが嬉しいみたいだけど、俺はとてもとても憂鬱だ。

 まだ始まってもいないのに、夏休みが早く終わって欲しくて仕方がない。

 

 1学期の間は、平日なら登校すれば確定で堀北に会えていた。夏休みに入るとそれが無くなってしまう。控え目に言ってクソだ。

 

 そんなクソみたいな仕様だけど、何かしらメリットがあるかもしれない。ここはポジティブに考えてみよう。

 1学期の間、教室に来るだけで堀北に会える環境にいたことがそもそも恵まれすぎていた。

 そのおかげで今まで潤沢なホリキタニウムを摂取できていたわけだけど、それを夏休みの間だけ減らす。そうすることにより2学期以降、堀北のありがたみを再確認することができるのではないか?理屈としてはドーパミンリセットみたいな感じで。

 そう考えると、一時的な別離も悪くない気がして来た。あえて接触を減らすと言う苦行もまた……甘美なホリキタニウムを堪能するためには必要。

 

 でもやっぱりクソなものはクソ。毎日登校させろ。夏休みなんて滅びてしまえ。

 

 とりあえずは堀北と会える頻度について、どのくらい減る‥‥‥もとい減らすのかが争点になってくるな。

 脳内では『いっそ開き直って夏休みの間はできる限り我慢、2学期が始まった時の楽しみにしよう』派と『ホリキタニウムは身体にいいんだから可能な限り継続的に摂取するべき、そもそも我慢できないだろ』派が論争を繰り広げている。後者が圧倒的に優勢だ。

 ‥‥‥そもそも俺の都合だけじゃ決められないんだけどね。会うのなら、その口実も考えないといけないし。とりあえずカフェに誘ってもいいとは言われているから、2日に1回くらいなら許されるかな?

 

「以前から通知しているバカンスだが、明日の朝5時に学校から港へ行くバスが出発する。その後は船に乗り換えて離島へ向かい、昼辺りに到着する予定だ」

 

 俺が夏休みの過ごし方について悩んでいる間も、茶柱先生の話は続いている。

 とりあえずバカンスの間は毎日会ったとしてもノーカン、ノーカンだから。クラスポイントが動く可能性が高い以上、堀北とは綿密な連絡を取る必要がある。むしろ会わない方が問題と言えるから、これは仕方がないことだ。つまりノーカン。

 苦しいのは旅行が終わった後だけど‥‥‥今の所はクラスポイントが動くバカンスに集中しよう。堀北と会い辛くなる期間なんてまだまだ先のことだ。

 

「旅行の詳細はこのプリントに記載されている。各生徒1枚ずつ持って行くように。寝坊するなよ、お前達」

 

 そう言ってプリントの束を教卓に置いた後、教室から退出する茶柱先生。

 出て行く時にこちらを一瞥したけど、視線の先にいたのは俺じゃなくて綾小路だった。

 ‥‥‥指導室で話した時みたいな雰囲気だったし、引っかかる。

 だけど今は、茶柱先生の一瞥よりも遥かに気になることがあった。

 朝から気になっていたそれを確かめるために、堀北へと声をかける。

 

「堀北さん」

「ええ、みんなが帰る前に手早く済ませてしまいましょう」

 

 バカンスでクラスポイントが変動する可能性について、特定の生徒に限定せずクラスメイト全員に知らせたい、そんな提案が堀北からあった。

 そのために声を掛けたのだと勘違いしているみたいだけど、俺が話しかけた理由はそんなことじゃない。

 クラスメイトに声をかけようと立ち上がる堀北だけど、その体幹はいつも程安定していなかった。

 

「はいストップ。堀北さん、体調悪いでしょ?」

「‥‥‥少しだけよ、話が終わったら部屋で休むわ」

 

 朝から声にハリがなかったけど、やっぱりか。

 登校時間にしたって、普段は教室に早く来ているのに今朝はギリギリの時間だった。

 これは一刻も早く安静にしてもらう必要がある。

 

「それは俺から話しておく。堀北さんは明日以降に備えて体調戻して。そっちの方がよっぽど重要だから」

 

 堀北が体調不良で不参加になるなんて事態は絶対に回避したい。

 他のクラスメイトがバカンスに行っている中、ただ1人学校に残るなんて辛すぎる。

 

「‥‥‥そうね、お願いするわ」

 

 素直に話を聞いてくれてよかった。

 生真面目な性格の堀北のことだし、クラスポイントが変動するイベントに参加できなかったりしたら気に病むかもしれない。

 傍を離れている間に監視者が動かないとも限らないし、そうでなくとも俺のやる気がマイナス方向に天元突破すること間違いなしだ。

 丸々14日間も堀北に会えないなんて、確実にホリキタニウム欠乏症に陥る。つまりは死ぬってことだ。俺はまだ死にたくない。

 

 さて、堀北にああ言った手前、ちゃんとみんなに話しておかないと。

 そういうわけで、教壇に立ってからクラスメイト達に向かって声を掛ける。

 

「みんな、バカンスについて話があるんだ。少しだけ時間をもらってもいい?」

 

 さっさと済ませて、堀北におかゆとスポーツドリンクを持って行こう。

 

 

 

****

 

 

 

 翌日、堀北が体調不良で欠席したり須藤が寝坊して遅刻したりすることはなく、Dクラスの生徒は40人全員が無事に参加できていた。

 俺はその事に安堵しながら、離島へ向かう船のレストランで朝食をとっている最中だ。

 さっきまで船の中を見て回っていたために、結構遅めの時間になってしまった。

 だから1人で食べる事になるかと思っていたけど、幸いにもそうならずに済んだ。

 同じテーブルに座っているのは堀北、櫛田、綾小路。

 見慣れた顔ぶれではあるけど、豪華客船のレストランという普段とは違った環境にいるせいで、その整った容姿を改めて意識してしまう。

 うわっ…俺の周りの顔面偏差値、高すぎ…?この3人の平均で100くらいありそうなんだけど。

 でも、俺だっておそらく多分きっと負けてない。といいなぁ。

 

「ほんとにすごいね!高校生の旅行でこんな豪華な船に乗れるなんて思わなかったなぁ」

「全く、櫛田さんの言う通りだ。4月からこの学校には驚かされてばかりだよ」

 

 目の前のエッグベネディクトにナイフを入れながら櫛田の言葉に同意する。

 一流レストランと言われているだけあるな。流石の味だ、クオリティが違う。ちなみに一番気に入ってるのは……値段だ。

 

 今食べている料理には、注文した際に発生するはずの料金が無かった。つまりは無料。なんていい響きなんだ。

 食事に限った話ではなく、シアターや高級スパなどの客船にある施設はすべて無料での利用が許されていた。俺、ここに住みたい。

 学校の食堂でも無料のメニューはあるけど、あっちは値段相応の味だし。

 まぁ食事が高かろうが安かろうが、堀北と一緒に食べている時点でプライスレスなんだけどさ。

 

「浅村君、船を見て回って何か気になるものはあったかしら?」

「今のところは特に。強いて言えば、船尾にヘリが1機置かれていた事くらいかな」

 

 今挙げたヘリだって考えすぎだと思うけど。あれがカプコン製だったりしなければなんの問題もない。

 

「おそらくだけど、試験は離島に着いてからだと思う。船でそういったことをやるつもりなら、乗船直後に何かしら動きがあるはずだし」

 

 気を張り続けている堀北に少しでも肩の力を抜いて欲しくて、俺はそう言い放つ。

 離島に着くまで平和だと考えてるのは嘘ではない。

 到着まで残り数時間程度しかない制約の中で、各生徒が自由に行動しているこの状況から何かが行われる可能性は高くない。

 タイムテーブルがまるっきり嘘で固められていなければ、って前提があるけどね。

 

 タイタニックみたいな事態が起きた時に備えて警戒は怠らない。ただ、そんなもしもに備えるのは俺だけで十分だ

 体調不良の堀北には少しでも休息してもらいたいし、他のクラスメイトにしたってせっかくの旅行なんだから、思う存分楽しんだ方がいいと思う。多少気を張っているとは言え、俺だって楽しんでるからね。

 今だって堀北相手にMy heartがgo onするような展開を頭に思い浮かべている最中だ。豪華客船のレストランで食事をしているから、想像が大変捗る。

 脳内では大西洋を航行していた豪華客船が少し前に沈み、俺と堀北が漂流している。

 ちょうど今、涙を流している堀北が凍死した俺の遺体を海底に放ったあたりだ。

 ちなみにこれはいざという時に備えたイメージトレーニングだからな?

 

「浅村君。島でどんな試験があるかは、まだわからないままかな?」

「ごめんね。学力以外を試すだろうなってことくらいしか思いついてないや」

 

 脳内タイタニックごっこを最初からリピートしながら櫛田に返事をする。これで4周目だ。

 

「そっか。厳しい試験じゃないといいんだけどな‥‥‥」

 

 櫛田が不安になる気持ちはすごいわかるけど、いきなり『ただ今より毒ガス訓練を開始する!!』とか『ここから泳いで帰れ』みたいなことは流石にやらないって信じてる。

 仮に学生相手の試験でそんなことがまかり通る世界なら、第3の願いを使って変革を願うしかない。

 

「試験の内容はわからないけど、気を張るのは島が見えてきたらでいいんじゃないかな。上陸してしばらく経っても何もなかったら、俺が昨日みんなに言ったことは忘れてもらおう」

 

 とは言っても、茶柱先生の反応を見るにそんなことはないはずだ。

 乗船直後に船の救命ボートとかを確認させてもらった時、バカンスを楽しむよう改めて念押しされたからな。あれが親切心から出た、言葉通りバカンスを楽しんで欲しいという意味だったら恥ずか死ねる。俺はまだ死にたくない。

 

「浅村は上級生から聞いたって言ってたな。よかったら、その先輩の名前とか教えてくれないか?」

「ごめん。俺もその人の名前や学年を教えてもらってないんだよね。顔は覚えてるから、会えばわかるんだけど」

 

 生徒会長の名前とかは自分で調べたからな。何も嘘はついていない。

 いつかバレそうで怖いけど、堀北兄がヤンチャした動画を消す代わりに情報をおねだりしたなんて話、堀北に言えるわけがないよね。

 

「その先輩のことで、何か気になることでもある?」

「いや、この学校はいろいろあるみたいだから、少しでも話を聞ける人を増やせればと思っただけだ」

「中間の過去問をもらった先輩とは連絡取ってないの?」

「過去問のやり取り以降は取ってないな。データをもらうために交換した連絡先はあるけど」

 

 俺も堀北兄と連絡先は交換した。だから俺の連絡帳は堀北には見せられない。そもそも堀北が俺の連絡帳に興味を示すことが想像できないけど。

 

「でも、あの先輩はそこまで親切な人ではなかったかな。綾小路君と一緒に過去問貰った時もプライベートポイントと交換だって言われたし」

 

 なんだかさっきから話の流れがよろしくない。俺の情報入手先を探るような雰囲気が漂っている。

 俺が誰から情報もらったかがそんなに気になるのか!?‥‥‥気になるよね、そりゃ。

 

「そのおかげで中間を乗り切れたわけだけどね。ほんと、あれがなかったらどうなってたか‥‥‥」

「あはは!その話、もういいのに。それにいつもそんなこと言うけど、浅村君本人には過去問なんて必要なかったね。期末試験だって、過去問無しで全科目満点だったし」

 

 よし!堀北兄から話題を逸らせたぞ!これで心置きなく脳内タイタニック5周目に突入できるな!

 

「次も満点取れるように頑張るよ。過去問がそのまま出題されれば簡単なんだけど、そんなことはもうないだろうね」

「池君達もそれは諦めてたね。いざって時は中間の時みたいに、浅村君が50点を取ってくれるはずだって話してたよ」

 

 やめてくれ櫛田、その話題は俺に効く。脳内タイタニックが中断されてしまったじゃないか。

 

「‥‥‥浅村君、もしもの話なのだけれど。もし、この前の期末試験で全科目の平均点を下げる必要があったら、あなたは全てのテストで50点を取れたのかしら?」

 

 今まで静かにしていた本物の堀北が、意図の読めない質問を唐突に投げ掛けてきた。

 え、なんでそんなこと聞くの?もしかして全科目50点取れる系男子が好みなの?

 

「堀北さんは、俺に取って欲しい?」

「‥‥‥ごめんなさい、変なことを聞いてしまったわね。気にしないでちょうだい」

 

 堀北に頼まれたら何がなんでも取ってみせるけど、そうでないなら勘弁だ。

 そんな全方位に喧嘩を売るような真似なんて、よっぽどの目立ちたがりでもなければしたがるわけがない。

 

 

****

 

 

 朝食をとり終わった後は堀北を部屋まで送って、今はその帰りだ。

 やっぱり体調が優れないのか、レストランにいる間は明らかに様子がおかしかったけど、部屋に戻る頃にはいつも通りの堀北だったからとりあえずは大丈夫みたいだな。

 

 それに安堵した俺は、自分の部屋に戻る前にしこたま食べ物を仕入れた。だって無料だから。

 堀北の前だからお行儀よくしていただけで、本当はメニューの端から端まで全部注文したかった。なぜなら無料だから。

 純粋に食べ足りないってのもある。男子高校生はこの世で最も飢えている種族なのだ。その上無料だから。

 

 そんなわけでBLTサンドやクロワッサンを抱えて割当てられた部屋に戻ると、ルームメイト達が騒いでいた。須藤、池、山内の3人だ。

 全員が枕を構えているのを目にした瞬間、手に抱えていた食べ物をテーブルに置き、枕を構えて俺も参戦する。

 

 開戦時期が想定より遥かに早いが仕方ない。

 第一次枕投げ大戦が起こっている側で食事をするなんて、食品が無駄になりかねない状況を容認する訳にはいかない。

 ならどうするか?武力を用いて奴らを鎮圧するしかない。

 というわけでかかってこい!相手になってやる!

 

 やっぱりこの世界は殺伐としているのかもしれないな。

 そんな悲しい想いを抱きながら、須藤に向かって枕を振り抜く。 

 

 突発的なトラブルへの警戒、脳内タイタニック、食品安全保証のために参戦した枕投げ大戦などの多重タスクで俺の頭は大忙しだった。

 


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