ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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 入学2日目、異世界での学生生活が本格的に始まっていた。

 

 嬉しいことに、昨日と違って今日の俺にはそれなりに心の余裕がある。この世界の常識がインストールされたのだ。

 そんなもの最初からインプットしておけよって思ったけど、そうもいかない事情があるのかもしれない。

 

 この世界の浅村大地のこれまでの記憶、今朝目覚めた瞬間にそれが刻みこまれたんだけど。違和感がすごいというか、とにかく凄まじい感覚だった。もう2度と味わいたくない。

 で、その記憶を信じるなら外の環境は俺の知る日本とほとんど同じ。

 

 この世界が平和なものである可能性がかなり上がったわけだ。

 

 そして現在、6限目が終わっての帰宅の準備をしている最中。昨日と同様、無事に終わりそうで何よりだ。

 バトル展開に備えて裁ち鋏をバラして隠し持ってはいるけど、使わずに済むのならそれが1番なのだから。

 

 そんな事を考えながら教科書を片付けていると、茶柱先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。

 

「朝にも伝えたが、本日午後5時より体育館で部活動の説明会を開催するぞ。部活動に興味のある生徒は参加するように」

 

 今のところ部活に参加する余裕はない。スポ根系世界だと確定しない限りは後回しになる。

 そんなわけでひとまず説明会もパス。その時間で他のことを調べよう。まずは昨日聞き忘れたことを。ガバも挽回すれば、ガバでなくなるのだ。

 

「質問はないな?では、ホームルームを終了する」

 

 そう言って教室を出た茶柱先生を追いかけ、廊下で呼び止める。情報収集の時間といこう。

 

「茶柱先生、お聞きしたいことがあります。少しよろしいですか?」

「部活動説明会の準備がある。手短にな」

「聞きたいのはクラス分けについて、です」

 

 俺の質問を聞いた茶柱先生は、少しだけ目を細める。昨日も見た反応だ。

 しばらくこちらを注視した後に視線だけで周囲を確認して、それからゆっくりと口を開いた。

 

「……それは、長くなりそうだな。説明会の後なら時間が取れる。18時頃に職員室まで来るといい」

「わかりました、後ほどお伺いします」

 

 手応えアリだ。何かしらの裏があるのだろうか。とりあえず罠でないことを祈ろう。

 

 

****

 

 

 約束の時間より少し早いものの、職員室前へ到着。

 

 職員室独特の、近寄りがたい雰囲気を感じる。

 とはいえ、ここまで来たのに入らないなんて選択肢はない。さっさと茶柱先生がいるか確認しようと、職員室の扉を叩いてから中へと入った。

 

「失礼します。茶柱先生はいらっしゃいますか?」

「ん〜?サエちゃん?部活説明会に行ってるよ。もう少しで戻ってくるんじゃないかな?」

 

 応答してきたのは、セミロングでウェーブのヘアスタイルをした女性。

 

 この人も恐らくは先生だ。

 それより、『サエちゃん』って茶柱先生のことだろうか。

 

「そうですか。では外で待たせていただきます」

 

 まだ用事が終わってないのかもしれない。居心地が悪いから早く来てほしいんだけど。

 

 そんなことを考えつつ廊下に出ると、なぜかウェーブの女性も一緒に付いてくる。

 

「‥‥‥何か用でしょうか?」

「君って1年Dクラスの子だよね?私、Bクラスの担任なんだ。名前は星之宮知恵。よろしくね!」

 

 別にそんな事は聞いていないけど、先生を邪険に扱うわけにもいかない。適当に話してお茶を濁そう。

 ‥‥‥今日の授業では見かけなかったけど担当科目は何だろうか。

 

「浅村大地です、よろしくお願いします。茶柱先生を名前で呼ばれていましたが、親しい仲なのでしょうか?」

「モチのロン!高校からの親友なんだから〜」

 

 ゆるふわ系のこの先生と厳格な雰囲気の茶柱先生、性格は間違いなく正反対だ。

 正直、馬が合うようには思えない。

 

「それでそれで?サエちゃんに何か用?」

「少し確認したいことが」

「サエちゃんの好みのタイプとか?サエちゃん、昔からモテたからね〜。あ、でも私も結構モテたんだよ」

「確かにお2人とも綺麗ですからね。今もモテるんじゃないですか?」

「あれ、もしかして口説かれてる?今時の子にしては珍しく大胆!でも、気持ちは嬉しいんだけどごめんね」

 

 いつの間にかフラれてしまった。学生みたいなノリの先生だ。それに距離が近い。親しみやすい性格に思えるけど、果たしてそれだけなのだろうか。

 できれば一旦ここから離れたい。そう思ったものの、残念ながら口実がない。ここで待つと言ってしまったのだから。

 

「……何でそうなるんですか。学校のことで確認に来ただけです。そもそも、初対面の女性を口説く度胸なんてありません」

「本当に?君かっこいいし、さっきの褒め言葉も慣れてそうだったよ。女の子よく口説いてるんじゃない?」

「まさか。生まれて初めて人を褒めましたよ」

「まったまた〜、そんなこと言って、イイッタァァァイ !!!」

 

 ‥‥‥とてもいい音がした。廊下中に響き渡るくらい大きな、とてもいい音が。

 音源は星乃宮先生の後頭部。

 ダメージを受けたであろう頭を押さえてうずくまる星乃宮先生の向こうには、クリップボードを構えた茶柱先生が立っていた。

 ドーモ茶柱先生、待ちわびてました。

 

「サエちゃん!いきなり何するの!?」

「うちの生徒に絡むんじゃない。浅村も、こんな奴まともに構うな」

「仮にも先生ですよ。そうも言ってられないでしょう」

「2人ともひどくない!?ちょっとお話してただけじゃない!」

「冗談です。表情豊かなんですね、星乃宮先生って」

「浅村、まともに構うなと言っただろう。聞きたいことがあると言ったな‥‥‥ここじゃ何だ、ついて来い」

 

 そう言うと茶柱先生は踵を返す。それに追従すると、さも当然のように星乃宮先生もついてきた。

 なぜ職員室へ戻らないのだろうか。

 そう疑問に思っていると、茶柱先生が顔をしかめてこちらへ振り返る。

 

「お前はついてくるな、星乃宮」

「え〜いいじゃない。この子面白いんだもん。ねぇねぇ浅村君、聞きたいことあるなら私も答えるよ?」

 

 このゆるふわ系は何故ここまで絡んでくるのだろうか。

 正直質問に答えてもらえるなら誰でもいいんだけど、担任の機嫌を損ねるのはよろしくない。

 

「すみません、星乃宮先生。センシティブな話なので今回はご遠慮いただけないでしょうか」

「そんなぁ、サエちゃんの男性遍歴だって答えるのに。……もしかしてこれからサエちゃん口説くの!?」

「……もうそれでいいです」

 

 なんかめんどくさくなってきた。何を言っても無駄なのでは、と感じてしまう。

 

「……星乃宮」

 

 茶柱先生がクリップボードを構える。

 それを見た瞬間、星乃宮先生は脱兎の如く逃げ出していった。

 次から俺もああやって対処すれば手間が省けるのだろうか。‥‥‥流石に叩くわけにはいかないから無理だけど。

 

「目をつけられたぞ、お前。まともに相手をするなと言っただろう」

「……助言を真に受けなかったこと、結構後悔してます」

 

 星乃宮先生と会って数分かそこらだけど、めちゃんこ疲れてしまった。

 

 

 

 指導室前に到着した俺は、茶柱先生に続き中へ入る。

 俺が扉を閉めたことを確認すると、茶柱先生が口を開いた。

 

「それで、クラスについて聞きたいと言っていたな。何が気になるんだ?」

「まず前提として、クラスというものについての確認を。先生や俺が言うクラスとは学級のこと、つまりは40人ごとに分けられているAクラスからDクラスを指している。その認識でよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 これで、ヒーラーやパラディンの線は消えてしまった。

 微妙に残念な気持ちになっているのは何かの間違いだろう。

 平穏が1番。そうに決まっているのだから。

 

「では本題のクラス分けについて。AからDの各クラスへ生徒の割り振る際、何かしらの意図を持って振り分けていましたか?」

 

 具体的に述べるなら入学時に魔力とかミディ=クロリアン値を測っていたとか、そんな感じで。

 そう言った何らかの素養が低い生徒を集めたのがDクラス。

 だとすれば、昨日聞いた『不良品』と言う意味も理解できるのだ。

 

 それを確認するための問いかけだったんだけど、何故だか茶柱先生はとても嬉しそうな笑みを浮かる。

 ‥‥‥これは、地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 

「どの学校もクラス分けには多少なりとも意図がある。当たり前だろう?」

 

 確かにその通りだ。クラス分けをする際、通常なら何らかの偏りが発生しない配慮をする。

 ただ、俺が言っているのはそういう事ではない。

 

「では違う聞き方を。各クラスで何らかの差がつくような、そういった生徒の割り振りをしていませんか?」

「答えられない。規則なのでな」

 

 これもビンゴか。昨日の3人組が須藤の所属はDクラスであることを把握した途端に、不良品呼ばわりした理由と関係している可能性が高い。

 だからもっと突っ込みたいんだけど、茶柱先生の様子がそれを躊躇わせる。

 これまでの姿からは想像できないくらい笑顔が溢れているのだ。ちょっと‥‥‥いや、だいぶ怖い。

 知られたからには死んでもらう、みたいな地雷踏んでしまったのかという不安がどんどん大きくなっていく。

 ‥‥‥裁ち鋏だけで切り抜けられるといいんだけど。

 

 そんなふうに警戒度を上げて黙っていると、茶柱先生が口を開いてきた。

 

「そんなことをわざわざ確かめにきた理由は?」

「気になったからです」

 

 茶柱先生の笑顔が一瞬で引っ込んだ。

 ‥‥‥これはこれで怖い。

 

「ちゃんと答えるので睨まないでください。他クラスの生徒を見て引っ掛かったんですよ」

 

 これも1つの理由ではある。

 今日の休み時間を全て、他クラスの生徒の観察に費やした結果わかったことだ。

 明らかに他のクラスの方が常識人が揃っていた。Aクラスなんて模範的な優等生の割合が明らかに違う。

 足を机に乗せて自己紹介したり、初日に上級生と揉め事を起こす人間は見当たらなかったのだ。

 

「ほう、たった2日で他のクラスまで把握しているのか」

「そこまで大それたものじゃありません。何となく感じただけです」

「お前がそう言うならそれでいい。で、聞きたいことはそれだけか?」

「もう1つあります。先生は昨日、『学年毎のクラス替えは存在しない』と言っていました。クラス替え自体は存在する、その認識でよろしいですか?」

「確かに、特例でのクラス替えはあり得る」

「その特例とは?」

「それも今は答えられない。規則なのでな」

「……その規則の閲覧は可能ですか?」

「生徒が当該規則を閲覧することは禁止されている」

 

 破ったらどういったペナルティがあるのだろうか、その規則は。

 ただ、答えられないと言ってくれる時点で何かがあると教えてくれてるようなものだ。今回はそれで満足しよう。

 

「それで、質問は以上か?」

「はい。ありがとうございました」

 

 用は済んだことだし、さっさと退散しよう。世界観がわからないのに教師と2人っきりなんて、いろいろと心臓に悪い。

 

「待て。今日ここであったことを他人に伝えることを禁じる。私が答えた内容も、お前が質問した内容もな」

「……もし、他人に伝えたら?」

「退学だ、お前もその相手も」

「わかりました。それでは失礼します」

 

 全校生徒の前で今の話をぶちまけたらどうなるんだろうか。

 いや、やらないけど。

 

 

 

 

 それから数日後、Dクラスの浅村と言う生徒が教師を口説いたと言う噂が流れていた。

 

 ふぁっきゅーMs星乃宮。


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