茶柱先生の前に集合したDクラス一同。
まず最初に生徒それぞれへ腕時計が1つずつ配られ、それを装着するように言われた。
他のクラスに対しても、各担任から同様の指示が出されている。
見た限りでは、特段変わったところのないデジタルタイプの時計だ。
‥‥‥先生に逆らったら爆発するとか、変な機能ついてないよね?
「今配布した腕時計は試験終了時まで身につけておくように。許可なく外した場合にはペナルティが課せられるから注意しろ」
俺が腕時計を観察している間も話は続く。
それによるとこの腕時計には、時刻の確認以外にもバイタルチェックやGPSなどいくつかの機能が搭載されているらしい。
緊急事態に陥った時は、側面についているボタンを押せば学校側が動くとのことだ。
説明を聞いた周囲のクラスメイト達は次々と、指示通りに腕時計を装着していく。俺だけが着けないというわけにもいかない。
まぁいいさ。そもそも堀北とお揃いなのに拒否するわけがないし。
「次はマニュアルだな。各クラスに1つずつ渡しておく決まりだ」
それを聞いた俺は、質問の許可を得るために手を上げる。
「なんだ?浅村」
「1つ確認させてください。周知される内容はマニュアルを含めて、4クラスで同じでしょうか?」
恐らくは、誰もが気になっている内容。
中間試験みたいな情報格差がある状態では、まともな勝負にならない。
「もちろんだ。各クラスに用意したマニュアルは全て、真嶋先生が持っていたモノと同じ記述になっている。こちらから口頭で説明する内容にも差異はない」
そう口にした茶柱先生は、取り出した数十ページほどの冊子を俺に渡してくる。
あちらから開示される情報に差が無いことは確認できた。
となれば次は。
読書の時間だね、わかるとも。
「再発行には試験ポイントの支払いが必要になる。紛失するなよ」
仮にマニュアルを失っても、内容を記憶していれば何の問題もない。
他のクラスメイトも読みたいだろうし、さっさと覚えてしまおうか。
茶柱先生の話を聞きつつ、須藤の背中に隠れて早速ページを捲っていく。
説明された内容は
・クラス全体に8人用テント2つ、懐中電灯2つ、災害時用簡易トイレ1つ、マッチ1箱を支給。
・各生徒毎にアメニティが入った鞄を支給。
・簡易トイレ用のビニール袋と吸水ポリマー、女子生徒用の生理用品、日焼け止めは無制限に支給。無料。
・上記以外については食糧や水も含めた全てを自力で何とかするか、または試験ポイントを消費して学校に要請することになる。
・各クラスはベースキャンプとなる場所を選定すること。
・毎日8時と20時にベースキャンプで点呼を行い、不在者1名につき試験ポイントマイナス5。
・正当な理由の無いベースキャンプ変更は認められない。
・環境汚染行為を発見した場合、試験ポイントマイナス20。
・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損があった場合、その生徒のプライベートポイントを全没収、所属クラスは失格。
・真島先生が言っていた通り、リタイア1名につき試験ポイントマイナス30。
・この試験ポイントの最低値は0。仮にクラス全員がリタイアしてもクラスポイントが減ることはない。
こんな感じだ。
マニュアルも一通り読み終えたけど、説明と重複する部分が多かった。一度に全員へ伝えるため、記載されている内容をわざわざ口頭で説明しているんだろう。
冊子の後半には試験ポイントと交換できる物品リストも載っていて、そちらも記憶済みだ。いくつか目ぼしいモノがあったから、堀北と平田には後で話を通しておこう。
そんなことを考えていたせいだろうか。Dクラスの背後から忍び寄る脅威を俺が感じ取ったのは、ソレがかなり接近してからだった。
遠くへ待避する時間がないと判断した俺は、素早く須藤の前側に回り身の安全を確保する。
「やっほ〜」
背後から聞こえてきたのは気の抜けた声。これっぽっちも望んでいなかった星乃宮先生の登場だ。
休みの間は関わらないで済むと思っていたのに、深刻な収容違反が発生してしまった。
説明を中断させられた茶柱先生が、ため息を吐きながら声をかける。
「‥‥‥星乃宮、何の用だ?」
「え〜、そんなの決まってるでしょ?サエちゃんに会いに来たんだよ?」
星乃宮先生はそう言いながら茶柱先生に歩み寄って抱きつく。
俺達の背後から前方へ星乃宮先生が移動した挙動に合わせて、俺は須藤の背後に回り込んだ。視界に一切入り込まないよう動いたので、星乃宮先生には捕捉されずに済んでいる。
ヨシ!このまま須藤を盾に、茶柱先生を囮にしてればやり過ごせるな。
俺のために犠牲になってくれ。
須藤の陰に隠れながらそう考えていると。
「サエちゃんの髪、いつ触ってもサラサラしてるよねぇ」
「‥‥‥どうせ浅村が目当てだろう?そこにいるぞ」
信じていた担任がこちらを指差していた。ひどい裏切りだ、ふざけるな。我が身可愛さに他人を差し出すとか、人間としてどうかと思う。
「あ、ホントだ!隠れたりして相変わらずの照れ屋さんめ!」
茶柱先生の人道に背く行いにより、居場所が露見してしまった。星乃宮先生がこちらに近寄ってくる。
この島最初の試練の時間だ。取れる選択肢は多くない、というか思いつかない。
須藤は明らかに俺を助ける気がなさそうだ。どう見てもニヤニヤしている。覚えとけよ、このヤロウ。
‥‥‥仕方ない。堀北とのデートでも思い出してやり過ごそう。いや、タイタニックごっこは楽しかったし、あの続きもいいな‥‥‥。
そんな風に堀北のことを考えていたけど、決して諦めたわけではない。
ただ証明したいだけだ。堀北との思い出さえあれば、どんな困難でも乗り越えることができるということを。
そうやってイイ感じの悟りを開こうとしていた俺だったけど、救済は現世にこそあった。それもすぐ傍に。
「星乃宮先生、既にクラス対抗試験が始まっています。不用意な接触は控えるべきではないでしょうか」
女神ホリキタが俺と星乃宮先生の間に立ち、そう言い放った。惚れた。
「やだなぁ堀北さん。仮にも教師である私が、情報を漏らしたりなんてするわけないでしょ」
やだなぁ星乃宮先生。中間試験のこととかを他クラスへ言い触らしている人の言うことなんて信じられるわけないでしょ。
「‥‥‥星乃宮、そろそろ戻っておけ。それとも上に報告されたいか?」
「戻りまーす!ちょっとはしゃぎ過ぎたかもね!」
そう言って踵を返す星乃宮先生。女神とSCPの対峙は、前者の勝利で一応の決着を見た。
流石は堀北。その威光を前にしては、さしものユルフワ系教師と言えども退散するほかないようだ。
そんな風に感心していたら、戻っていく途中の星乃宮先生が足を止めて振り返る。早く帰ってくれ。
「2人揃ってこの島に来るなんて、何だか運命みたい。‥‥‥サエちゃんもそう思わない?」
言うだけ言うと返事を待たずに、今度こそBクラスに戻って行った。
これはアレか。2人の間に何かしら因縁があるパターンだったりするのか。
「‥‥‥さて、邪魔が入ったが続けるぞ」
本当、あの先生だけは苦手なままだ。別に怖いわけではないけど。
Bクラスで適切に管理するよう、折を見て一之瀬にお願いしておこう。
くびわつけといて。やくめでしょ。
「これまでは試験ポイントのマイナス要素について話したが、この試験ではプラスになる要素も存在する。今からそれについて説明しよう」
突然現れた大敵を撃退してくれた女神への感謝の祈りを心中で捧げる。それと並行して説明を聞いたけど、こちらもマニュアルに記載されていた内容と変わらなかった。
・島の各所にはスポットとされる地点が設定してある。
・スポットには占有権があり、それを獲得したクラスはそのスポットを独占できる。
・スポットを占有するには、設置されている機械に専用のキーカードを使用する必要がある。
・スポットの占有権は8時間で消滅する。
・スポットを占有する度に試験ポイントプラス1。
・キーカードを使用することができるのはリーダーとなった人物のみ。
・リーダーは各クラスで必ず1名選出しなければならず、正当な理由の無いリーダー変更は認められない。
・試験最終日に、他クラスのリーダーと思われる生徒を指名することができる。
・指名された生徒がリーダーだった場合、自クラスは試験ポイントプラス50、指名された生徒の所属するクラスは試験ポイントマイナス50。
・指名された生徒がリーダーではなかった場合、自クラスは試験ポイントマイナス50。
・他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合、試験ポイントマイナス50。
この中で特に重要なのは2つ。8時間毎のスポット占有で試験ポイントがプラス1されること、リーダー指名でポイントが大きく増減すること。
特に後者は大きい。指名を成功させれば自分達のポイントが増えるだけでなく、相手クラスのポイントを減らすことができるのだから。
うまく立ち回れば今回の試験、各クラスでの獲得ポイントに大きな差をつけることが可能だ。
「説明は以上だ。健闘を祈る」
そう口にした茶柱先生は、一歩下がる。
後はお前達でやれ、とそんな顔だ。
他のクラスメイトの様子はマチマチ。
ポイントを増やす手段を聞いて浮かれていそうな人もいれば、サバイバルについての不安を露わにしている人もいる。
****
説明を聞き終えた俺達は、強い日差しを避けるために森の中へ避難している最中だ。
平田の呼びかけによるものだけど、堀北の消耗を抑えるナイスな判断と言える。軽井沢とイチャイチャする権利を進呈しよう。
「よし、ここならみんなで落ち着けそうだね」
先頭の方から平田の声が聞こえてきた。良い場所を見つけたらしい。
と、そうだ。堀北にマニュアルを渡しておくか。俺が読んでいる間チラチラとこっちを見ていたし、きっと早く読みたいんだろう。待たせてごめんね。
「堀北さん、マニュアル渡しておくから」
「‥‥‥もう読み終わったのかしら?」
「うん、覚えた。後半に物品リストと島の白地図が載っていること以外は、茶柱先生の説明と大差なかったよ」
バッチリ記憶したので、返事と共にVサインをしておく。イェーイ。ピースピース。
返事は返ってこず、変な目で見られた。とても綺麗な、赤みがかった瞳をそなえた変な目で。
赤っていいよね。一番好きな色だ。二番目に好きなのは金色。両方とも名前によく馴染む気がする。
堀北へマニュアルを渡してから歩くこと少々。
先行していたクラスメイト達に追いつくと、ひらけた空間が現れた。
平田が見つけたこの場所は40人を収めるのに十分な広さがあり、木漏れ日が多少差し込む程度で砂浜ほどは暑くない。
ここなら落ち着いて話すことができるだろう。
堀北がマニュアルを読み込んでいる間に、俺は次の動きを確認しようと平田へ声を掛ける。
「これから作戦タイムの予定?」
「うん、そのつもりだよ。浅村君の考えも聞かせて欲しいな」
「とりあえず、この辺りだけでも見て回るべきじゃないかな。ベースキャンプの場所を決める前に、ある程度地理は把握しておきたいし」
ベースキャンプの変更が認められていない以上、居住性やスポットの位置を考慮しておかないと後々に響いてくる。
「確かにその通りだね。問題はどうやって探索するか、だけど」
平田が悩ましげにそう言うと。
「そんなの何人かのチームに分かれて、バラバラの方向を見に行けば良いんじゃね?」
「‥‥‥私、知らない森の中を歩き回るのはちょっとキツいかも」
近くで話を聞いていた池が口を開き、軽井沢がそれに反応する。それを皮切りにあちこちで論争が起きた。
「トイレ1つってヤバくない?男子と一緒ってことだよね?」
「ベースキャンプはなるべく涼しそうな所がいいね。砂浜ほどじゃないけど、ここも暑いし」
「今年こそ東北黄金鷲団が優勝するから!マジで!」
「食事とかお風呂とかどうするんだろ?試験ポイント使うのかな?」
「リーダーは誰にするんだ?浅村か平田のどっちかがやるのか?」
「この試験で何ポイント増やせるかなぁ。新しい服欲しいんだよね」
いろいろな意見が出るのは大変いいことなんだけど、このままでは時間がかかりすぎる。
「みんな、ちょっといい?」
注目を集めるためにパンッと手を打ち合わせた後、大きめの声で呼び掛けた。
数秒で喧騒が収まり、全員の視線がこちらを向いたことを確認してから続きを述べる。
「これから1週間の過ごし方を話し合う、この島について知る。まずはこの2つをやるべきだと思うんだけど、どうかな?」
堀北と平田は特に異存無さそうだ。
少し間を置いてクラスメイト達の様子を見ても、異議は出なかったので話を続ける。
「それで提案。探索組と話し合い組に分かれよう」
俺達は40人いるから、両方を並行して進めることができる。
探索に全員が参加したところでデメリットが勝るし、何よりも今の堀北にひたすら歩き回るなんて真似はさせられない。
そんな若干の私情が混じった提案を聞いたクラスメイトの1人、幸村が手を上げる。
中間試験の時に、なんだかんだ言いながら英語の点数を下げてくれた秀才だ。つまりツンデレ。
そのツンデレ秀才に発言を促すと、眼鏡をクイってしながら質問を投げてくる。
ツンデレ秀才眼鏡からのクエスチョン、頂きました。
「役割を分けるとして、探索組の意見は考慮しないのか?」
「いや、そんなつもりはないよ。話し合い組にいろいろ考えてもらうにしても、最終決定の場には探索組も参加する形がいいと思う」
今回の探索はあくまでベースキャンプを決めるための情報収集で、本格的な実施は別の機会を考えている。でないといつまでたっても堀北が休めない。
だからそこまで時間をかけるつもりはないし、話し合いについても課題の洗い出しが済めば十分。そこから先はベースキャンプを構えてからだ。
他にもいくつか飛んできた質問に答えた後、合意が取れたので探索チームの立候補者を募ることに。
探索チームは3人組が良いという意見があって、結果的にはその提案通りになった。
少人数で行動することには平田が懸念を示したけど、今回の試験でそれを控えることは難しい。
1人では行動しない。
利用できそうな場所かスポットを見つけたらすぐに戻ってくる。
何も見つけられなくても1時間で帰ってくる。
この条件で納得してもらった。
そして現在。
立候補者を募集し始めて少し経ったが、既に探索チームを3つ組織して送り出し済みだ。
1チーム目は須藤が池と山内を引っ張っていった。見るからにやる気満々だったのはいいことだ。
‥‥‥俺に声を掛けなかったこととは関係ないけど、船に戻ったら須藤の夏休み用問題集を増量しておくか。プラス2ページ。
それとマニュアルの地図を確認する時、堀北との距離がやたら近かったな。プラス15ページ。
2チーム目と3チーム目は同時に決まった。櫛田が立候補した瞬間に男子が5人立候補したのだ。
もしかしたらこの世界はギャグ漫画なのかもしれない。
とりあえず男子3人で組まされた方は、ご愁傷様としか。
4チーム目のメンバーは決めている真っ最中なわけだけど、これがなかなか決まらない。
現状で立候補している人物。
高円寺、以上。
探索に行きたくなさそうなクラスメイトが元々多い様子だったけど、4チーム目が組織できない原因は多分それじゃない。誰とは言わないけどさ。
せめて後1人、誰か立候補してくれないだろうか。
そう考えてると綾小路が挙手したのが目に入る。
よし、これで俺が参加すれば4チーム目が出発できるな。
話し合いは堀北と平田に任せよう。
「じゃあ後は俺が‥‥‥って、もしかして佐倉さんも立候補してくれたのかな?」
高円寺と綾小路に歩み寄りながら立候補の意思を表明する。
それと同時に、佐倉が控え目に手を上げていたのが目に入った。秒速5cmくらいの速さで下がっているけど。
せっかくやる気を出してくれたのだから、それは汲みたい。
ただ、俺も参加しておきたい事情がある。
これ以上の探索チームが組める様子もないし。
ならここは。
「よし、4人で行こうか」
待っててくれ、堀北。良さげな場所を見つけてくるからな。