勝負した後もいろいろと苦労しながら、どうにかこうにか高円寺を誘導して帰路へついた。
それがわずか数分前のこと。
今しがた、待ち合わせ場所に集まっている平田達が見えてきたところだ。
ただその前に、悲しいお知らせを。
俺の左手に装着された腕時計が、少し前からアラーム音を響かせている。
これは自身で設定したもので、探索に出発してから60分経過後に鳴るようタイマーセットしていた。
つまりこの腕時計は、俺と高円寺が約束の時間に遅れてしまったことを知らせてくれているのだ。
潰してやりたい。
これで平田との取り決め3ヶ条は全て破ってしまった。
そのことに対して申し訳ないって気持ちはもちろん抱いているけど、それ以上に大きいのが一刻も早く堀北に会いたいという想い。
時間が迫っていることなどカケラも気にせずに探索、というよりは自由気ままな散歩 on treeを続行しようとしたあの自由人。
それをここまでなんとか連行した結果、俺の精神力はアホみたいに消耗してしまった。
その心理的疲労の凄まじさたるや、星乃宮先生の授業後にも匹敵しかねないほどだ。
マジで疲れた。早く堀北とお喋りして回復したい。
ただ、他の38人は既に揃っているのかと思えば、須藤と山内が見当たらない。
池は戻ってきているので、見つけたスポット確保のために残っているのかもしれない。
だとしたら平田との約束に反していることになるけど、例の川辺にあるスポットを確保するためには必要な行動だ。
だからそれはいいんだけど、別の問題が発覚。
遠目から見てもわかるほどに、話し合いが紛糾している。
見た限りでは軽井沢と幸村がメインでの言い争いが勃発中。
篠原や池も絡んでなかなかの白熱っぷりだ。
内容は、うん。
喧嘩だね、これは。
とりあえず近づいて、流れをぶった斬るべく声を上げる。
「遅くなって本当にごめん。ただいま戻りました」
「あっ、お帰りなさい!みんな、浅村君達も戻ってきたよ!」
こちらに背を向けていた櫛田が、振り返りざまに声を上げる。
それを聞いて、他のクラスメイト達も視線をこちらへと向けてきた。
その中にはもちろん、堀北もいる。
赤い瞳が俺を見てくれた、それだけで身体中に溢れんばかりの活力が行き渡った。
元気100倍、アサムラマン。
そして、数秒前まで行われていた舌戦が途絶える。
「2人ともお疲れ様。大体時間通りだね」
俺の遅刻に対する平田のフォローが五臓六腑に沁み渡る。
その人当たりの良さといったら、爪の垢を高円寺に飲ませたいほどだ。
いや、流石にそれだけでは少量すぎる気がする。
この1時間で理解したけど、高円寺のアレっぷりは想像を絶する次元だ。
いかにヒラタニウムを以ってしても、中和するのは容易ではない。
‥‥‥なら、爪を丸ごと食わせれば?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん、ちょっと考えておこう。
ともあれ、流石に今すぐどうこうできるものではない。
まずは場を収めるのが優先だ。
「他の探索チームは戻ってきてるみたいだけど、ベースキャンプを構えるのに良さそうなポイントは見つけられたのかな?」
言い争いなどカケラも聞こえなかったような俺の振る舞いに、一部のクラスメイト達は戸惑い気味。
あのまま続行させるよりは、多少無理矢理だろうと仕切り直したほうがいい。
そう判断しての態度だったんだけど、少し無理があったかもしれない。
ただ、平田は俺の意図を察してくれたようで、間髪入れずに応答してきた。
「実は池君達が絶好の場所を見つけたらしいんだ。浅村君と高円寺君が少し休んだら向かおうかと思ってる」
平田が手を向けた先には、エヘンと胸を張っている池。
お手柄なのは事実だし、船に戻ったらドリンクでも奢ってやろう。
無料だから好きなだけ飲んでいいぞ。
「俺達は平気だから、すぐにでも移動しよう」
そう言って、荷物の中で一際大きい鞄を両肩に1つずつ掛ける。
中にはテントの部材が入っていて、その重量は片方で15kg程。
他のクラスメイトに持たせると、それなりの負担になってしまう。
「浅村君だけでそんなに運ぶ必要はないよ。1つは僕が」
「大丈夫。平田はみんなを先導してくれる?俺は最後に忘れ物が無いか確認してから出発するから」
探索前にした約束破りをコンプリートしてしまったし、せめてもの罪滅ぼしだ。
他にも理由はあるけど、それだってこちらの都合でしかない。
平田は俺の言葉に納得した様子ではなかったけど、軽井沢達に急かされたこともあってそのまま出発して行った。
他のクラスメイト達もそれに続いて、少しずつ移動し始めている。
「高円寺君、すごくゴキゲンだね。探索で何かいいことでもあったの?」
「おや、わかるかい?とても有意義な時間を過ごしたのさ。レディー達にも見せてあげたかったくらいだよ」
「それってもしかして‥‥‥浅村君が関係してる?」
「話したいのは山々だが、大地が怒るだろうからねぇ」
「‥‥‥え?それって‥‥‥えぇぇぇっ!?」
高円寺、お口にチャックしろ。
女子達にキャーキャー言われて喜ぶのはいいんだけど、俺をダシにするのはやめてくれ。
負けたことを吹聴されて堀北の耳に入ったりでもしたら、即リベンジマッチを申し込んでやるからな。
さて、あいつが見つけたスポットを聞き出しに行くか。
高円寺と女子のやりとりが中断されるのは申し訳ないことだけど、仕方がない。
いやほんとに不本意なんだけど、申し訳ないんだけど、仕方がないのだ。
そんなことを考えながら、マニュアルとボールペンを貸してもらうために堀北へ声をかけた。
****
他の人達は池君達が見つけたらしいスポットへ向かっていて、残るは浅村君と私だけ。
木々の向こう側には、クラスメイト達の背中が見え隠れしている。
それ以外に人影がないことを改めて確認してから、彼へと声をかけた。
「探索、大変だったわね。高円寺君が暴走したと聞いた時は、もっと遅れるかと思ったわ」
「いやほんと、苦労したよ。‥‥‥よし、忘れ物はないね」
辺りに置き去りの荷物がないか確認し終え、こちらに向き直った浅村君の表情は普段と変わらぬまま。
戻ってきた時は少し疲れているように見えたけど、それが気のせいに思えてきた。
「そろそろいい頃合いかな。俺達も向かおう」
浅村君はそう言うと移動し始め、私もそれに続く。
クラスメイト達の足跡を辿っている彼の歩みは、とてもゆっくりとしたもの。
「その鞄、2つともあなたが持つ必要はあったのかしら?」
「遅刻した反省の証ってところかな」
「それなら高円寺君にこそ持たせるべきでしょう」
「心底そうさせてやりたいけど、素直に言うことを聞いてくれる未来が見えないな。自分で運ぶよりも確実に疲れる」
「‥‥‥流石に2つはやりすぎよ。私も1つ持つわ」
「こういうことは任せてよ。それにこれだけ運んでたら、遅れ気味でも文句は言われないと思わない?」
今2人きりになっているのは、成り行きではない。
話したいことがあるので待っていてほしい、浅村君からそう言われたからこその状況。
その言い訳に使うつもりなら、彼の思い通りにさせてあげよう。
「なら好きにしなさい。それで、話があると言っていたわね」
「試験のことで少し。その前に俺が探索へ出ていた間のこと、教えてくれるかな?」
「細かい話は色々あったけれど、主な議題はリーダーを誰にするか、ポイント消費をどうやって抑えるか。その2つよ」
「俺が戻った時もなかなか盛り上がっていたけど、アレは?」
「発端はポイントの使い道。リーダーが決まるまでは落ち着いた話し合いだったわ。荒れ始めたのはその後から」
「リーダー、決まったんだ」
「何人かはあの場にいなかったから最終決定ではないけれど、私がやることになりそうね」
それを聞いた浅村君は足を止めると。
「‥‥‥そっか。実は俺の話もリーダーについてなんだけど」
こちらへ向き直り、躊躇いがちに口を開く。
「その役目、俺にやらせてもらえない?」
「‥‥‥今から他の人達を説得するとなると、時間がかかるかもしれないわ」
浅村君の認知度は、恐らく学年でもトップレベル。
その分だけ、指名される危険性も他の人より高くなる。
「あなたや平田君もリーダーの候補には挙がった。それでも私になった理由、わかっているでしょう?」
「まぁね。それも踏まえた上で、こうして相談してるんだ」
「目的を聞かせてもらえるかしら?」
「狙いは、スポット占拠によるポイント獲得で優位に立つこと」
彼はそう言うと、ポケットから1枚の紙を取り出す。
それはマニュアルから破りとったもので、元々は白紙のページだった。
そこへ瞬く間に島の地図を描き上げた彼は、何かを確認しに高円寺君の元へ。
それが数分前のこと。
彼の手元の地図には至る所にマーキングがされている。その数、16。
あの時は尋ね損ねてしまったけれど。
「それは?」
「見つけたスポット。これで全部ではないと思うけど、結構な数が用意されているってことはわかった」
「あの短時間で、ここまで見てまわったというの?」
「俺だけじゃなくて高円寺のおかげでもある。わかっていたことだけど、あいつは色々と規格外だね」
「‥‥‥スポット占拠が狙いと言ったわね。理由がそれだけなら、あなた以外がリーダーでもいいのではないかしら?」
「そうなると多分、占拠する時に複数人で動くことになると思うんだ。リーダーを特定されないための対策として」
「当然そうなるでしょうね。あなたは違うと?」
「必要なら1人でも動けると思ってる。他クラスの動き次第でスポットの占拠合戦になった時、その方が競り勝ちやすい」
それはかなり危険に思える選択肢。
浅村君以外の人が言い出していたら、即座に荒唐無稽だと断じていたであろう提案。
人数が増えるほど動きが重くなるとしても、他クラスからの指名を防げるメリットの方が通常なら遥かに勝るのだから。
「簡単には肯けないわ」
「もちろんバレないよう動くつもりだよ。信じてもらえないなら仕方ないけど」
彼はそう言うと、取り出したペンを手元で回し始める。
何をしているのかと尋ねようとした瞬間、そのペンが消えた。
彼はペンを持っていたはずの右手をひらひらしながら問いかけてくる。
「キーカードもうまく隠せると思うんだけど、ダメかな?」
「‥‥‥私が納得したとして、他のクラスメイト達にはどう話すのかしら?」
全員一致で賛成になればいいけれど、恐らくそうはならない。
ポイントの使い道以外にも火種が増えれば、初動はさらに遅れてしまうことになる。
「そこでも相談があってさ。他の人にリーダーを名乗ってもらおうと思ってる」
「クラスメイトに嘘をつくつもり?」
「全員が全員、隠し事が得意ってわけじゃない。俺が他クラスのリーダーを探るとしても、葛城や一之瀬さんは狙わないし」
「それなら今言ったことを説明して、リーダーを周知しなければいいだけでしょう?」
多少の不満は出るかもしれないけれど、浅村君からの意見であれば採用される可能性が高い。
彼にはいくつもの実績があるのだから。
本人もそれはわかっているはずなのに、そうしないということは。
「‥‥‥嫌な言い方になるけど、他クラスへバラす人がいる可能性も考えないと」
内通者への警戒。
それが2つ目の提案、その根底にあるもの。
わざわざ2人で話しているのも恐らくは同じ理由。
誰がリーダーかという内部からの密告が為されれば、この試験では致命傷になってしまう。
スポットを占拠したとしても、リーダーを指名されてしまえば加算されるポイントは0。
茶柱先生に砂浜で説明されたルールの1つに、それがある。
「そういった人が、これから先出てくることもあり得る。この前それについて検討したのに、今更隠すことでもないでしょう」
だからこそ、バカンスでは結果を出したい。
このクラスで上を目指せると信じることができれば、余計な考えを持つこともないはず。
浅村君がそう言ったのは、つい最近のこと。
「確かにそうなんだけどさ」
「最初から素直に話して欲しいものね」
「反対、しないんだ?」
「勝算があるから言い出したのでしょう?」
「それはもちろん」
「なら構わないわ。遅れすぎるわけにもいかないから、歩きながら話しましょう」
そう口にして、止めていた足を動かし始める。
いくら大きい荷物を運んでいるという建前があっても、かけられる時間はそこまで多くない。
「是非はともかくとして、浅村君の案を採用するのなら偽のリーダーが必要ということね」
「うん。だから、俺以外のリーダーが決まっているのは都合がいいってことになる」
「自分が選ばれるとは思っていなかったの?」
「なんとなくだけど、それはないだろうなって。‥‥‥正直言うと、堀北さん以外が選ばれて欲しかった」
その一言を聞いた途端、自分の表情が強張るのがわかった。
「私では力不足だと、そう言いたいのかしら?」
意図を確認するつもりだった問い掛けも、思わず圧をかけるような言い方に。
「‥‥‥俺がスポットを占拠したら、その分だけリーダーを名乗る人にも動き回ってもらうつもりなんだ」
それは当然の要求。
スポットが更新されているのに、リーダーを名乗る人物はキャンプから動かないまま。
そんなことをしていれば、リーダーを騙っている事実は早晩見抜かれてしまう。
「ええ、そうでしょうね。スポットの占有権は8時間で消滅、夜中にも更新できるタイミングがあるわ。どうせその時間も動くのでしょう?」
「その方が有利なら」
浅村君は1人だけでリスクを負う傾向があって、今回もその癖が存分に発揮されている。
「それで、他の人がいいと?」
「そうだね」
彼は事も無げに返してきた。
自分は無茶をするのに、私にはそれをするな、と。
「夜中にあなたが単独で動くことにも色々言いたいけれど、それは置いておくわ」
一呼吸置き、自分を落ち着かせてから話を続ける。
「偽のリーダーがそれらしく振る舞うには、ある程度スポットの配置や浅村君の動きを知っておくことも必要よ」
だから、その選択肢は自ずと限られてしまう。
「堀北さんの能力に不安があるとか、そういうわけじゃないんだ。体調が万全なら、迷わずお願いしたと思う」
その一言を聞いて少しだけ、ほんの少しだけ溜飲が下がる。
「そう。私の体調が万全ではないと思っているようだけれど、それなら一体誰を用いるつもりかしら?」
「須藤‥‥‥は冗談として、平田かな」
「そうなると他の人達の説得に時間を取られる上、あなたをリーダーにする話も再燃しかねない。平田君には他の役割もあるでしょうし」
「わかってるさ。堀北さんにお願いするのが一番うまく回る」
「そういうことよ。信じてもらえないなら仕方ないけれど」
「‥‥‥ずるい言い方をするね」
浅村君がわずかに眉を下げて、額を手で押さえる。
その仕草を見た途端、さっきまでの嫌な気分は何処かへと消え去った。
「そうかしら?そうだとしても、私は誰かさんの物言いを真似しただけ。きっとその人のせいよ」
「ほら、やっぱりずるい言い方だ」
彼が少しだけ困ったような、そんな表情をする。
どういうわけか、それがおかしくてたまらない。
このやり取りをもっと続けたい。
そう思ったけれど、そろそろ話をまとめに入らないといけない時間になってしまった。
「浅村君。私はあなたの案に反対しないわ」
あなたはどうなの?
言外にそう問い掛ける。
「‥‥‥よろしく、リーダーさん」
彼からの返答を聞いた私は足を早めて、浅村君よりほんの少しだけ前に出る。
「決まりね、早くみんなと合流しましょう」
そう言ってから、他のクラスメイト達の後を追いかけた。
****
この物語の主人公が誰か、それは未だにわかっていない。
これから先、判明するのかもわからない。
堀北、須藤、平田。
この辺りが有力だし、話の流れ的にDクラスの誰かだってことはほぼ確信している。
だから俺が何かしなくても、この試験でもその先でもおそらくDクラスは勝つ。
あるいは『俺が何もしなければ勝てる』かもしれない。
けど俺が介入することへの不安、そんなものは今更な感情でしかない。
後戻りはできない。
堀北に啖呵を切った以上、俺なりのやり方で勝ちを拾いに行くしかないのだから。
とりあえずさっきまでの話を総括すると。
堀北はやっぱり最強に可愛い。
偽リーダーを堀北以外にお願いしようとしたら怒ってたみたいだけど、可愛かった。
危ない役目だから他の人に任せようとした試みが失敗したのは、それが理由。
反省してるけど、あの可愛さに勝てというのは無理な話だ。
最後にちょっと意地悪な言い方をされたのもとても良かった。
あれは小悪魔とかそんなレベルじゃない。もはや大魔王級。
女神でありながら大魔王だなんて、流石は堀北。
なんであれエネルギーは充填できたから、これで1週間全力全開全ブッパで頑張れる。
でも、星乃宮先生だけは勘弁してください。
後、高円寺の介護も勘弁してください。