ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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26.

 一工夫したことで良質な薪を獲得した俺は、その成果を両手にベースキャンプへ帰還した。

 

 そうして目的地が近付いてくると、何やらクラスメイト達が騒然としている様子が目に入る。

 

 今日は色々あったから、この時間から何かが起こることは流石にないはず。

 そう思っていたけど、高を括っていただけなのかもしれない。

 そろそろ日が暮れるというのに今からイベントだなんて、嫌な予感がヒシヒシとする。

 

 場合によっては、堀北と焚き火を前にしてムードあるお喋りをするという俺のパーフェクトプランすら危うい。

 他クラスの状況やスポットの場所、明日からの方針とかいろいろ話すネタがあるのだから、なんとか至福の時間を過ごしたい。

 

 ホリキタイムを死守するには、迅速な事態の把握と収拾こそが肝要。

 それを実行するべく、ベースキャンプへ入った。

 

「ただいま。平田に言われた通り、薪を拾ってきたんだけど‥‥‥何かあったのかな?」

 

 近くにいるクラスメイト達へそう問い掛ける。

 軽く見渡したところ、堀北や平田がいない。

 

 その代わりってわけではないけど、本来ここにいるはずのない人物を視界に捉える。

 以前特別棟でアルベルト達と共に遭遇したCクラスの生徒、伊吹澪だ。

 

 あからさまな視線は向けないようにしていたけど、最初からこちらを見ていることは感じ取っていた。

 

 

 質問の返答を待つこと数秒。

 伊吹の傍にいた櫛田が、こちらへ近寄ってきて小声で話しかけて来る。

 

「おかえり、浅村君。今、平田君達が離れた場所で話してて、浅村君にも来て欲しいんだって」

「わかった。どこに向かえばいい?」

「こっち。ついてきてくれる?」

 

 

 そうして櫛田に先導され、堀北と平田のいる場所へ。

 

 

「2人共。浅村君、戻ってきたよ」

 

 櫛田が声をかけると、背中を向けていた平田がこちらへ振り返る。

 

「ありがとう櫛田さん。申し訳ないんだけど、また伊吹さんのことをお願いしてもいいかな?」

「うん、わかった!」

 

 そう言うと、元の道を戻っていく櫛田。

 

「浅村君も戻ったばかりなのにごめん。相談したいことがあって」

「まだ何があったか聞かされてないんだけど、話っていうのは伊吹さんのことでいいのかな?」

「ええ、そうよ。山内君達が薪を集めている途中、座り込んでいる彼女を見つけたらしいの」

「あっちから接触があったわけではないんだね。わざわざベースキャンプに連れてきたってことは、訳あり?」

 

 自分で言っておいてなんだけど、『訳なし』であるわけがない。

 

 伊吹の左頬はかなり腫れていた。

 誰かに殴られたような、そんな負傷だ。

 かなり強い衝撃を受けたであろう痕跡は、とても痛々しかった。

 

「詳しくはわからないけれど、Cクラスの人達と伊吹さんが揉めたらしいわ。それで怪我をした上に追放された。彼女の口から聞けたのはそれだけよ」

「それは‥‥‥なんともひどい話だ」

 

 偵察した時、伊吹が見当たらなかった事は覚えている。

 ただ、流石にそれを気に留めてはいなかった。

 あの時間帯にベースキャンプから離れている生徒なんて、他にも多くいたのだから。

 

「山内君が連れて来たんだけど、その処遇をまだ決めてないんだ」

「なるほど。相談って言うのは、うちのクラスで保護するかどうかってところ?」

「それもあるけれど、まずは彼女の言っていることが本当かどうか、よ」

「堀北さんは、彼女がDクラスの情報を探りに来たんじゃないかって思ってるみたいなんだ」

 

 それは当然の疑惑だ。

 誰にも話していないけど、アルベルトや石崎と共に接触してきた一件を考えればとても怪しい。

 アルベルトの肌の色、それと同じくらいにはクロと言えるレベル。

 ほとんどまっくろくろすけ。

 

 だからこそ逆に、そんなあからさまな事はしてこないのでは。

 そういう考えも頭をよぎる。

 それにあの腫れた頬は、わざとやろうとしても中々できるものじゃない。

 

「確かにその可能性もある。経緯に不自然な点はないけど、この試験の仕組みを考えれば簡単には信用できないね」

「‥‥‥浅村君は、受け入れるのに反対ということかな?」

 

 堀北に同意すると、少しだけ浮かない表情になった平田。

 このイケメンは優しいから、恐らくは伊吹を受け入れたいのだろう。

 

 実際、難しい問題だ。

 これがゲームのキャラクター相手であれば、受け入れに対してNoを突きつけることもできたかもしれない。

 

 だけど、多少なりとも言葉を交わしたことがある相手に対してそんな対応を取るというのは、些か以上に抵抗がある。

 

 

 ただ、Yesの選択にはそれなりのリスクが伴う。

 伊吹がもしCクラスのスパイなら、リーダーなどの情報を抜かれる危険があるのは当然のこと。

 

 クラスメイト達だってその可能性は考えているだろうから、受け入れに反発する人がいるかもしれない。

 それが新たな火種になることもあり得る。

 

 他に、寝床などいくつかの問題も解決しないといけない。

 馴染んでいない人間がいきなり同じテントに入り込んでくるというのは、人によってはかなりのストレスになるだろう。

 

 それでも。

 

「いや、俺は受け入れてもいいと思ってる」

 

 こちらの答えを聞いた平田が、安堵した表情を浮かべた。

 堀北は腕を組んで瞑目したまま、近くの木に寄りかかっている。

 

「ただ、一番大事なのはみんながどう思ってるか、だ。特に女子が」

「それについては問題なさそうだね。軽井沢さんと櫛田さんは受け入れに前向きだし、他の子からも反対の意見は聞いてないよ」

 

 櫛田はともかく、軽井沢まで同じ反応をするとは。

 女子達は伊吹に同情的なのかもしれない。

 それなら、あとは堀北の意向なんだけど。

 

「浅村君も賛成なら、私から言うことは無いわ」

 

 そう言って閉じていた目を開け、こちらを見てきた。

 きれいなあかいおめめだ。すき。

 

「ただ、好き勝手に動かれるのは論外よ。受け入れる前にいくつか条件をつけるべきね」

「それは同感」

 

 確認のために平田へ視線を送ると、頷くことで同意してきた。

 

「ちなみに、浅村君の考えている条件は?」

「俺が必要だと思っている条件は2つ。スポットにある機械には近寄らないことと、食料集めとかである程度働いてもらうことだ」

 

 まず、伊吹の言っていることが真実である場合。

 

 それなら、雁字搦めの制限は不毛でしかない。

 監視するのにも、それなりに手間がかかるのだ。

 見張られることになるあちらだって、愉快に感じるわけがない。

 

 自分のクラスから追い出されて、精神的に参っているはずの伊吹。

 そんな彼女へあからさまな疑惑の目を向けてしまえば、ここから立ち去ることすら有り得る。

 

 

 次に、伊吹がスパイである場合。

 

 俺がリーダーであることを知っているのは、堀北、平田、軽井沢の3人だけ。

 他のクラスメイト達は、堀北がリーダーだと思っているはず。

 

 だから、俺がやらかさなければ隠蔽はそこまで難しくない。

 上手くいけば、偽のリーダーを報告することさえ期待できる。

 泳がせて、恐らくは裏にいるであろう龍園のやり口を確認するというのも悪くない。

 

 俺がやらかさなければ、だ。

 

「堀北さんはどうかな?」

 

 問題は堀北の負担。

 

 テントを別にするなどの対策は打つけど、それでも気が安まる時間は減るだろう。

 だからこそ、堀北の意向が大事なんだけど。

 

「私はそれで構わないわ。平田君はどうかしら?」

「僕も似たようなことを考えていたから、特に異存はないよ」

 

 すんなり通る俺の提案。

 正直拍子抜けだ。

 

「それでお願いがあるんだけど。今の条件を平田から話してもらっていい?」

 

 一悶着あった俺と話すのは、伊吹の望むところではないだろう。

 しばらくは距離を置くつもりだ。

 

「わかった。それじゃあキャンプに戻ろうか」

 

 平田はそう言ってキャンプへ向かう。

 俺は足を止めたまま、その背中へ口を開いた。

 

「伊吹さんへの細かい対応を堀北さんと詰めるから、先に戻ってて」

「そういうことならお先に。ただ、そろそろ暗くなると思うからあまり遅くならないでね」

「了解」

 

 

 

 そうして平田がいなくなり、堀北と2人きりの状況に。

 計画では焚き火を前にするはずだったけど、夕日が差す森というのもなかなかどうして悪くない。

 ムードあるお喋りタイムの始まりだ。

 

「伊吹さんへの対応と言っていたけれど、私から彼女へ接触するつもりはないわ。平田君はともかく、あなたも軽井沢さんもそれは同じでしょう」

「そうだね。自分から話しかけたりするつもりはないよ。それとなく様子を見たりするくらいで」

「受け入れに反対しなかったけれど、彼女が全くのシロだと見なしてるわけではないのよね?」

「うん、かなり怪しいと思ってる。‥‥‥ただ、さっき見てきたCクラスの状況を考えると、それなりに信憑性もあるんだよね」

「‥‥‥どういうことかしら?」

「とりあえず見てきたことを共有しようか。まずはAクラスから───」

 

 

 

 

「───なるほど。Cクラスはまともに試験を乗り切るつもりがないようね」

「遊ぶだけ遊んで、高円寺みたいにリタイアするつもりじゃないかな」

「呆れたものだわ」

「でも龍園達が勝手にリタイアしてくれるのは、かなりありがたい。それに、伊吹さんを保護したことが活きてくる可能性もある」

「‥‥‥それは、どういう風に?」

「龍園達のキャンプに物資が残っていれば、伊吹さんの口利き次第で俺達が使うことも出来るかもしれない。今思いついただけの話だから、茶柱先生に確認してからになるけど」

 

 追い出されたとは言え、伊吹もCクラスの生徒であることに変わりはない。

 だから彼女にも、大量にあった物資を使用する権利はあるはずなのだ。

 

 伊吹からの許可があって、尚且つ他のCクラス生徒が島から退去済み。

 そんな状況なら、残った全てを俺達が利用できるなんてことすらあり得る。

 

「だからってわけじゃないけど、伊吹さんにはなるべく優しくしてあげたいかな」

「よくもまあ、そんなことがすぐに思いつくものね」

「龍園には世話になったし、そのお礼になりそうなことなら1つや2つは出てくるってものさ」

 

 Cクラスの試験ポイントで食べる飯は、さぞ美味しいことだろう。

 堀北との食事には遠く及ばないけど。

 

 さて、ここから難易度が高くなる。

 伊吹を受け入れた目的はこれだと言っても過言ではない、極めて重要な話だ

 

「後は誰が伊吹さんのアテンドをするか、だね」

 

 アテンド、付き添い人のことだ。

 

「‥‥‥それ、必要なのかしら?」

「仲の良い人を手っ取り早く作ってもらえると思う。見張りの役も兼ねることができる人が望ましいんだけど」

 

 櫛田あたりにお願いしたいところだけど、それは難しい。

 平田や軽井沢がちょくちょくいなくなる状況で、あの存在は貴重なのだ。

 

 というわけで、個人的な事情込み込みでの提案を。

 

「綾小路ならどうかな?」

「‥‥‥そこは普通、女子を選ぶと思うのだけれど。それに、性別を棚に上げても尚疑問の人選ね」

「そう?男子から選ぶとしたら平田か綾小路の2択だと思うけど」

 

 須藤が最上の選択肢なんだけど、流石に説得できる材料が思い浮かばなかった。

 

「平田君はまだ理解できるけれど、なぜ綾小路君を?」

「人のことをよく見ていて、気が利くから」

「同じ人物の話をしているのか、不安になって来たわ」

「綾小路なんて珍しい名字の知り合い、俺には1人しかいないよ」

 

 あの名前は、他人の記憶に残りやすそうで少し羨ましい。

 俺は姓も名も、あまり目立たないのだ。

 

「‥‥‥伊吹さんについては、直接やり取りする平田君に任せましょう」

「わかった、堀北さんがそう言うなら」

 

 須藤よりは通りやすいかと思ったけど、ダメだった。

 

 さっきも言った通り第1希望は須藤なんだけど、それにはもちろん理由がある。

 

 あのヤンキーは高い主人公指数を誇っていて、その序列は堀北に次ぐ第2位。

 

 須藤が主人公の物語である可能性も多分にあるのだ。

 

 ところで、魅力的な物語に重要な要素とはなんだろうか。

 友情、努力、勝利、予想できない展開、魅力的な敵。

 よく言われるのはこの辺りだけど、俺から言わせれば重要な部分は他にある。

 

 物語で最も大事な要素、それはヒロインだ。

 ヒロインが可愛ければ何もかも全てが許される。

 

 そして最強に可愛い堀北が登場しているこの世界は、最高に素晴らしい作品を基に構成されていることに議論の余地はカケラも存在しない。

 Q.E.D. 証明終了。

 

 なんという名前の作品かは未だに想像もつかないけど、作品名は多分『堀北鈴音の憂鬱』とか『魔法少女すずね☆マギカ』とかそんな感じだろう。

 

 

 ‥‥‥話が逸れた。

 で、須藤が主人公だとしたら、堀北以外のヒロインが登場する可能性も大いにある。

 いわゆるサブヒロインという存在だ。

 

 そして、今回の試験中に登場した他クラスの女子。

 

 この2つから導き出される答えは、伊吹が須藤を取り巻くヒロインの1人かもしれないという事実。

 

 もし俺の読みが当たっている場合、負けることが確定しているわけだから結構気の毒に感じてしまう。

 堀北という最強の存在(ヒロイン)を相手取り、勝つ見込みのない戦い(ヒロインレース)に身を投じた哀れな女子。

 それを応援したい、そう考えるのは全くもって自然なこと。

 

 入学当初の情報収集や特別棟でのやり取りから察するに、伊吹の性格は結構気の強いツンツンした感じ。

 そしてそれは、須藤の好みに一致している。

 ルックスだってCクラスで有数のレベルだ。

 だから後押ししたい、そう考えるのは全くもって自然なこと。

 

 浅村大地は、恋する女の子を応援しています。

 

 

 

 須藤が伊吹とくっつけば、俺はなにも気にすることなく堀北へとアプローチできるようになる。

 確かにそういった事実はあるけど、それはあくまで副次的な結果。

 その状況を作り出すために伊吹を応援する、そんな意志が存在するかどうかなんて、言うまでもないことだ。

 

 とにかく、須藤と伊吹を対象とした『カップル補完計画』はゆっくり進めていくとしよう。

 試験も計画もまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 できれば綾小路が伊吹相手にどんな対応をするのかも見たかったんだけど、流石に無理筋だった。

 

 

 

 

 さて、ムードあるお喋りができたわけだけど。

 

「俺からの話は終わり。堀北さんからは何かある?」

 

 悲しいけど、どんなに楽しい時間も永遠に続くことはない。

 堀北とのお喋りも終えなければいけない時間になってしまった。

 

 平田と3人で話してた時と比べて、かなり暗くなってきている。

 もうすぐで完全に日が落ちるだろうし、あまり長居はできない。

 いつもなら堀北から話を振られるなんてラッキーなことはあまりないんだけど。

 

「1つ聞かせて欲しいのだけれど」

 

 俺の脳内でセロトニン、いわゆる幸せホルモンの分泌量が増大したことを直感的に理解した。

 ハッピータイムの延長だ。

 

「あなたと伊吹さん。面識は?」

 

 流石は堀北。

 これといった反応をした覚えはないのにも拘わらず、伊吹と俺が初対面ではないことを見抜いてきた。

 だけど、ありのままを話すわけにはいかない。

 特別棟でやり合いましたなんて素直に答えれば、一度まとまった話がひっくり返る可能性がある。

 

「初対面ではないね」

「須藤君の一件と何か関係が?」

「ない。あれに関与していたら、流石に受け入れは反対してたよ」

「なら、Cクラスにいるという友人が彼女なのかしら?」

「それも別人だね。伊吹さんとは一言か二言話したことがあるだけ。良好な関係とは言えないかな」

「‥‥‥そう。ごめんなさい、聞きたいことはそれだけよ」

「うん、じゃあ戻ろうか」

 

 そうして今度こそハッピータイムが終わった。

 

 

 

 そういえば、伊吹を受け入れた理由で言っていなかったことがもう1つある。

 

 それは性別が女であることだ。

 

 男ならともかく、女である伊吹が堀北の好感度レースに参戦するということはないはず。

 そう判断したからこそ、受け入れることに反対しなかった。

 男だったら死ぬほど反対していた。

 隔離して食料や水を提供するとか、そんな感じで。

 

 実は性別を偽っていて、本当は男。

 創作では、ちょくちょくそういったキャラクターが登場するし、伊吹はそういった属性を持っていてもおかしくないビジュアルではある。

 

 けど、その点は心配ない。

 男の娘でないことは確認済みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別棟でやりあった時に見えてしまったスカートの中。

 

 一瞬だけ視界に捉えたあれは、完全に女子のそれだった。

 蹴りが得意なんだろうけど、スカートで足技を用いるなんてガードが甘すぎる。

 

 というわけで、伊吹が男である確率は0。

 安心してDクラスで保護できるし、須藤とのカップリングを進められるというものだ。

 


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