ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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27.

 平田から提示されたいくつかの条件、それを守ることに伊吹が合意した。

 これで当面の間、俺達Dクラスと共に過ごすことになる。

 

 現在の時刻は21時を回ったあたりで、点呼とベースキャンプのスポット更新は既に終えている。

 普段よりかなり遅めながらも夕食の時間だ。

 

「朝と比べてめちゃくちゃ味気ねぇ‥‥‥仕方ねぇんだけどよ」

 

 目の前に座っている須藤が呟く。

 その手に握られているのは、既に食べ終わった栄養バーの包紙。

 

「しかも全然足りねぇし‥‥‥食ったら余計に腹減った‥‥‥」

 

 1人で勝手にしょぼくれ始めた。

 Dクラスで最も大きいはずの体躯がなんだか小さく見える。

 

 今日は試験初日ということで、キャンプの整備や探索、スポット更新に人手と時間を取られてしまった。

 そのせいで、食料の確保にはあまり手が回らなかったのだ。

 

 ちなみに献立だけど。

 

 栄養バー、500mlの飲料水、果物。

 

 以上。確かに少ない。

 

 栄養バーと水は試験ポイントを使って申請したもので、セットで10ポイント消費。

 必要な出費とは言え、高い買い物だ。

 卒業までのプライベートポイントに換算すると31000。

 

 ‥‥‥やめよう、手に持っているペットボトルを握り潰したい衝動が抑えきれなくなってしまう。

 水筒として再利用することを前提に試験ポイントを支払ったのだ。

 お釈迦にしてしまったらさらに出費が増えて、そしてまた握り潰すという悪循環に陥りかねない。

 この合成樹脂で構成された相棒とは、これから6日間付き合っていくことになるのだから、大事に丁寧に使い潰してあげるべきだろう。

 

「そりゃ満腹ってわけにはいかないけどさ、果物があるだけ僥倖だよ」

 

 当初の想定では栄養バーと水だけの夕食になると思っていたけど、幸いにもそうはならなかった。

 

 俺が探索兼薪拾いに出かけていた間、嬉しいことに櫛田を筆頭に何人かのクラスメイト達が森へ食料調達へ出てくれたのだ。

 そのおかげで、少しは彩りのある食事になっている。

 

 体調不良には果物ということで、俺の分は堀北に献上しようとしたけど遠慮されてしまった。

 食欲がないのだろうか。とても心配だ。

 

 40人という大人数に配った結果、1人あたりの量は少なくなってしまうけどそれは仕方のないこと。

 

 今日はともかくとして、明日以降の食事には目処が付いている。

 探索でトウモロコシやスイカを見つけていたから、明日中にそれは収穫してしまいたい。

 2、3日なら保つだろうし、他のクラスに譲る道理もないのだから。

 この島の食料は全部ウチのじゃ。

 

「腹減ってんだからよくわかんねぇ言葉使うなよ‥‥‥ああクソ、肉食いてぇ。この試験終わったら絶対焼肉食ってやる」

「空腹を嘆いてるくせに、出す話題がそれ?」

 

 正気のチョイスとは思えない。

 どう考えても自分を追い詰めるだけだ。

 

「しゃーねーだろ。この学校来てから一回も食ってねぇんだぜ」

 

 ただまあ、気持ちはわかる。

 『焼肉食いたい』というフレーズは、男子高校生の共通言語なのだから。

 人によっては、喋る前と後につけることもあるほどに。

 

「夕食では結構な頻度で肉出したよね?」

「鶏胸肉か薄い豚肉のどっちかじゃねぇか」

「それはまぁ、仕方ないでしょ。豚肉なんて切り落とし以外が無料になってるの見たことないんだから」

 

 そして、そもそも無料コーナーに並ぶことのない牛肉様。

 自分がおいしいと思ってお高くとまりやがって。

 

「別に悪かねぇけど、たまには分厚いやつが欲しくなるんだよ」

「わかる。表面はちゃんと焼いてあるけど中は真っ赤とか、そんな感じの肉が食べたくなるよね」

 

 今言葉にしたような状態を実現するには、須藤が言ったような分厚い肉が必要。

 この学校に入ってから、そんなものは一度も口にしていない。

 つまりは希少品だ。

 それを調理するなら、やはり道具にもこだわりたい。

 今持っているのはコスパに優れたアルミ製だけど、いつかは鉄のフライパンが欲しいと考えたりもしている。

 

 ただ、そんなポイントがあるのなら堀北とのデートに回すだろう。

 その方が幸福指数が高くなることは、目に見えているのだから。

 

「いい感じに焼けたらタレをベッタベタにつけて、米と一緒にかっこんでな」

「なら、ご飯は固め一択だね。俺は塩胡椒で、玉ねぎも一緒に焼いて」

「んなものいらねぇ。ひたすら肉と米だけでローテーション組んでやる」

「またそんなこと言って。ちゃんと野菜も食べないと」

 

 

 そんな感じで須藤といつもの調子で話していたら、何故かみんなからの視線が痛かった。

 須藤はともかく、俺は野菜もちゃんと食べているのに。

 

 まあいい、そろそろ近隣のスポット更新に出かける時間だ。

 

「今から名前を呼んだ人はこっちに来てくれるかな。少しお願いしたいことがあるんだ」

 

 予定通り平田から招集がかかった。

 呼ばれた名前の中には当然ながら、堀北、軽井沢、俺が含まれている。

 

 少し濁した言い方になっていたのは伊吹がいるからだろう。

 

「呼ばれたから、ちょっと行ってくる」

 

 そう言って腰を上げると。

 

「おい、これどうすんだよ?」

 

 俺が手をつけてない食事を指差して、質問を投げてくる須藤。

 

「須藤が食べな」

「は?お前の分だろうが」

「朝、たくさん食べたから平気」

 

 無料という事実を最大限活用しようとした結果、少しばかりやり過ぎてしまったかもしれない。

 ギャグ漫画みたいな量を注文したせいか、店員から変な目で見られる事態に。

 最近はそういう視線に慣れてきた自分がいる。

 でもあの店員も店員だ。

 3回も聞き直してくるのは流石に失礼だろう。

 

「‥‥‥マジで食っちまうぞ?」

「遠慮せずどうぞ。バカンスが終わったら試合でしょ?食べる量を減らすのはよくないよ」

 

 俺の返事を聞いた途端、しょぼくれていた須藤の目が輝き出した。

 

「なら」

「かわりに条件があるけど」

「‥‥‥何だ?英単語か?イオン化傾向か?歴代総理大臣か?」

 

 須藤の瞳から一瞬で輝きが失われる。

 ガンダムSEEDに出てきそうな、そんな雰囲気をまとっている目だ。

 あの作品でこの目をした人間は例外なく、重要な役柄を演じていた。

 主人公然り、強敵然り。

 

 でも俺には、須藤が敵として立ちはだかる絵面が全く想像できない。

 というわけで、須藤の主人公指数を上方修正しておく。

 

 トリガーが何かはわからないけど、以前も似たような雰囲気になった記憶がある。

 

 期末試験の勉強会で、須藤はやたらと堀北に質問をしていた。

 その都度、俺が用意した須藤用期末試験問題集のページ数が増えていき、最終的な量は当初の3倍に。

 それを手渡した時の須藤が、ちょうどこんな目をしていた。

 

 須藤が勉学方面で覚醒したのだろうか。

 

 ともあれ、今回の条件は勉学とは無関係の事柄だ。

 

「果物は半分、伊吹さんにも分けてあげて。疲れた時や辛い時は甘いものに限る」

 

 あちらの瞳に光が戻った。覚醒タイムが終了したらしい。

 

 通常モードに移行した須藤は、怪訝な表情で口を開く。

 

「自分でやりゃあいいだろうが。元々お前のなんだからよ」

「俺は平田に呼ばれてるし。それに正直なところ、他のクラスならともかくCクラスってだけで気まずいものがあるんだ」

「その理由で任せる相手が俺とか、正気のチョイスとは思えねぇわ」

 

 人の正気を疑うなんて、気安い仲とは言え失礼極まりない。

 

「勉強はもちろん大事だけど、円滑な人付き合いも覚えて欲しいからね。手は出しちゃダメだよ」

 

 この場合の手を出すとは、暴力的な行いを指している。

 男女の関係的な意味合いでは、適切なステップを踏んだ上で是非とも手を出してもらいたい。

 

 俺の言葉を聞いた須藤は、顔をしかめながら応答してくる。

 

「‥‥最近のお前、しれっとそういうこと言うよな」

「嫌?なら、仕方ない‥‥‥とりあえず」

「やらないとは言ってないぜ」

「そっか。じゃ、よろしく」

 

 食い気味に快諾してくれたので、平田の元へ向かう。

 

 須藤は主人公候補第2位なのだから、女子の1人や2人は引っ掛けて然るべきなのだ。

 その力、存分に発揮してもらおうか。堀北以外に。

 

 俺が側を離れると、果物を持って伊吹の元へ向かう須藤。

 

 カップル補完計画の始まりだ。

 

「オラ。やるよ」

「‥‥‥なんで私に?」

 

 最初の1歩はまずまずの滑り出し。

 今はぎこちない2人だけど、この先どんな関係を築き上げるのだろうか。

 不器用さ故にお互いの真意を知りえない、そういう関係はとても好きだ。

 

「なんだっけな。疲れた時は‥‥‥いや、面倒だから浅村に聞け」

 

 2歩目で盛大に踏み外しやがった。

 俺の名前を出されてしまったら、なんの意味もないというのに。

 

 わざわざ他人に任せた時点で、名前を出して欲しくない意図があることは察するべきだろう。

 言葉の裏を読んで相手の考えを底まで把握しようという思慮が須藤には足りない。

 

 漢気とか、任侠とか、粋とかそこらへんの何かがふんだんに含まれた俺の心意気。

 それを察した須藤は、何も言わずに傷心の伊吹へ果物を差し出す。

 クラスから追い出されて心が弱っているところに、無骨なヤンキーからもらった果物でズキュン。

 そして始まる真夏のアバンチュールという完璧なシナリオだったのだ。

 

 ‥‥ガッカリだよ、須藤。

 『隣のトトロ』のカンタよろしく、『ん!』だけで渡すとかそんな感じでやって欲しかったのに。

 俺の気持ちは裏切られてしまった。

 

 不器用さを転じて自らの武器とする。

 主人公候補なのだから、その程度のことはやってみせるべきだろう。

 

 さて、須藤の口から俺の名前が出たことで、伊吹は明らかに訝しげな表情でこちらを見ている。

 

 どうしたものか。

 俺という異分子をなんとか排除して、2人の世界を作らせる方法を‥‥‥。

 

「浅村君、何か気になることでも?」

 

 堀北から声をかけられた。

 なんかもうどうでも良くなった。

 

 難しいことは明日考えようだなんて、そんな後回し思考ではない。

 俺はただ、堀北が近くにいる今この時を大事にしたい、その欲求に従っただけだ。

 

 それと、須藤の主人公指数を下方修正。

 伊吹が須藤のヒロインである可能性はかなり低下した。

 

 ただ、別の目的である伊吹への懐柔策の一歩目としては及第点。

 スパイの可能性がある以上、少しでも感情は和らげておきたい。

 特殊な訓練を受けたわけでもないただの女子高生に、同じ釜の飯を食べるという事実は強く作用するはず。

 櫛田あたりも話しかけ始めたし、クラスメイトに馴染むまでは余計な真似は控えるとしよう。

 

 仮に伊吹がスパイ訓練を受けていたとしたら、監視者への糸口となるかもしれない。

 そんなことを考えたりもするけど、本音は別のところにある。

 

 この学校がスパイ養成校だったら、とても楽しめるのではないか。

 スパイがいる高校なんて、如何にも創作にありそうな舞台設定だし。

 

 もし想像通りなら、『エージェント堀北』なんて言葉を耳にすることがあるのかもしれない。

 『Mr.&Mrs. スミス』みたいに、襲い来る敵を堀北と一緒に撃退する未来が訪れるのなら、第3の願いを捧げてもいい。

 それくらいには魅力的な絵面だ。

 

 

****

 

 

 夜のスポット更新マラソンは、特にトラブルもなく終えた。

 ただ、この時間の集団行動は流石に危険だということで、明日からはもう少し早い時間に実施することに。

 ベースキャンプ近辺の更新は、平田が言った通りの1日2回になりそうだ。

 

 スポット更新組がベースキャンプに戻ってきたのが30分程前で、時刻は間も無く23時。

 まだ1日だけとは言え、慣れない環境で過ごした時間はかなりの疲労となって体にのしかかっているはず。

 女子達は全員がテントに入っていて、中から聞こえてくるのは微かな寝息だけ。

 

 一方の男子は、更新組だった面子がこれからシャワーを浴びるところだったりで結構な人数が起きている。

 声を抑えてはいるものの、焚き火を囲んで話し込んだりで中々寝付く様子が見られない。

 

 かく言う俺もその1人。

 遊んでいるわけではなく、平田とこれからの話をしている最中だ。

 

「明日からは食料確保にも本腰を入れたいね。浅村君がいくつか見つけてくれたみたいだし」

「めぼしい場所はマニュアルの地図へ書き込んでおいた。トウモロコシとかの目立つものは早めに回収しよう」

 

 俺が更新したスポット近辺の畑については、占拠から8時間の間はDクラス以外に取られることはないはず。

 とは言っても確実ではないので、さっさと収穫してベースキャンプで保管してしまいたい。

 

「僕は明日以降、スポット更新以外の時間はなるべくキャンプに滞在するつもりだから」

 

 設営は終わったものの、やることは結構ある。

 平田はその面倒を見ると言っているのだ。

 

「俺としてはその方がありがたいけど、軽井沢さんと遊びに行ったりしないでいいの?」

 

 今日だって須藤達は泳ぎに行っていたのだ。

 この学校の生徒である間は、こんな機会でもなければ海には来れないだろう。

 

 高校生の間に彼女と海へ。

 そんな羨ましいことこの上ないチャンスを棒に振らせるのは、流石に忍びない。

 

「その気持ちだけで十分だよ。軽井沢さんは泳ぐのが好きじゃないし」

 

 確かに水泳の授業でも見学していたから、平田の言っていることは事実だろう。

 だとしても、せっかくのイチャイチャンスを活かさないと言うのはあんまりだ。

 平田がいない間は俺が代役を務めるつもりだから見ることはできないとしても、このイケメンと軽井沢がキャッキャウフフしていると言う事実があれば十分。

 とは言え、本人が乗り気でない以上は引き下がるしかない。

 

「平田がそう言うなら。もし出かけたくなったら、いつでも代わるからね」

 

 このイケメンがクラスを回してくれるのなら、内側は安心して任せられる。

 伊吹についても櫛田あたりと一緒に食料探索に出てもらう予定だから、こちらの動きが把握されることはない。

 

「うん、ありがとう。浅村君は明日からどうするつもり?」

「俺はひたすら釣りかな。とりあえずは日が昇り次第出発して、朝飯確保したい」

「‥‥‥わかった、無理はしないで」

「了解‥‥‥で、そっちは寝る場所決まった?」

 

 平田との話がまとまったので、後ろへ振り返って声を掛ける。

 そこでは池と山内が、かつて無いほど真面目な表情でジャンケンをしていた。

 

「気が散るから後にしろ」

 

 こちらには目もくれずに返事をする池。

 山内に至ってはそもそも気付いていない様子。

 

 2人がなんのジャンケンをしているのかというと、さっきも言った通りの寝る場所についてだ。

 

 スポット更新組である俺達が戻ってきてから、クラスメイト達は思い思いの場所を確保

 そして、池と山内の希望が衝突したのだ。

 

 横から聞いている限りだと、少しでも女子のテントに近い位置かどうかが争点らしい。

 決める方法をジャンケンにしたのは文句ないんだけど、15本先取にしたのは普通にイカれている。

 

 あいこになる度に気合いれたり次に出す手を考え込んだりしてるせいで、勝負の所要時間はかれこれ10分近く。

 

 面白いから、是非とも最後まで見届けたい。

 ちなみに、2人が揉めている間に他の場所は埋まってしまった。

 負けた方の寝床は、女子のテントから離れている場所にある方になってしまう。

 

 

 そして遂に決着の時が。

 

「っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「クッソォォォォォォォォォォ!」

 

 ちゃんと女子に配慮して、小声で雄叫びをあげる2人。

 見てて本当に飽きない。

 

 勝者は山内。

 勝った方には希望通り、女子テントに最も近い寝場所が与えられるわけだけど。

 

「池、負けてよかったね」

 

 俺は池に近寄って、そう話しかける。

 

「‥‥‥なんだよ浅村。負けた俺を笑いに来たのか?」

「いや本心で言ってる」

「は?どういうことだ?」

 

 意図が掴めていないのか、怪訝な表情の池。

 

「山内が選んだ場所って、隣が須藤でしょ?」

「‥‥‥そうだな」

「なら、絶対後悔するよ。須藤って、死ぬほど寝相が悪いからさ」

 

 俺がそう口にした瞬間、女子テントから聞こえる寝息が荒くなった気がした。

 暑くて寝付けないのだろうか。

 

「‥‥‥なんで浅村がそんなこと知ってんだよ」

「期末試験直前、泊まり込ませて勉強見てた時にね」

 

 一瞬、女子テントから舌打ちが聞こえた気がする。

 ここら一帯の蚊は叩き落としたつもりだったけど、テントの中に逃げ込まれてしまったのだろうか。

 

「期末の日、あいつがすごい顔してたのってそういうことか」

「俺だってひどい目にあったんだ。中間では前科があるから、期末前日の勉強で寝落ちしないようにって強引に一晩面倒みたけど、もう2度と泊めない」

「‥‥‥何があったかすげぇ気になるけど、まぁいいや。明日が楽しみだ。春樹のやつ、ざまぁみろ」

 

 そう言ってから、自分の寝床に向かう池。

 須藤とは別のテントで、俺や平田が寝場所を確保した方だ。

 

 その背中を見送っていたら、平田が話しかけてきた。

 

「僕はそろそろ休ませてもらおうかな。浅村君も遅くなりすぎないようにね」

「流石にもう寝るよ。明日も早いから」

 

 そう言って平田と一緒に自分の寝床へ向かう。

 俺達の寝場所は隣同士で入り口が近い。

 これなら俺が夜間に出入りしても、誰かを起こさないで済む。

 

 早速今夜から、全員が寝ついた頃に出かけるつもりだ。

 

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