無人島試験2日目の早朝。
俺は1人で磯を訪れていて、手に握っているのは釣竿。
潮騒を聞きながら海へ糸を垂らす行為にはなんとも言えない風情を感じる。
昨日平田に言った通り、朝食確保のために釣りをしている最中だ。
釣りに必要な素質、それは忍耐。
最も多くを得るのは、風と波を読んでただひたすら待ち続けることができる者。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「
誰もいない中、1人呟く。
釣りを始めてまだ5分程だというのに、用意していた袋がもう満杯だ。まさに入れ食い。
醍醐味も何もあったものじゃない。
やたら釣れるからと調子に乗り、3匹目あたりからコンスコン艦隊を蹂躙していたアムロの真似をしながら釣り上げていた。
それがまさか本当に、3分足らずで9カウントに到達するとは。
ビビり散らしていたコンスコンの気持ちが今ならよくわかる。
針を入れる度に速攻で食いついてくる魚が若干怖い。
最初は純粋に楽しめていた。
ただ上手くいきすぎるとそれはそれで、なんだか満たされないものを感じてしまう。
我ながら贅沢な悩みだ。
食料確保という点では大きなメリットだというのに。
とりあえずは袋が一杯になったので、持ち帰る準備として魚を絞める。
まだ時間には余裕があるし、少し仮眠を取ってから帰るのもいいかもしれない。
ここは日差しが心地いい上、波の音が耳をくすぐる最高の昼寝スポットだ。
現在の時刻は6時だから、正確には昼寝とは言えないけど。
全員が寝静まってからキャンプを抜け出して島を動き回ってたりしてて、睡眠が十分ではないのだ。
今のところは元気ハツラツで特に問題ないけど、これから先を考えれば少しでも多く休んでおきたい。
ちなみに昨夜の単独行動については、昼の単独行動中に占拠したスポットの更新は行わなかった。
こちらが試験序盤の、それも夜間に動いていることを察知されるのは面白くない。
スポット占拠は確かに重要なものの、他クラスのリーダー指名も同じくらいには重要なのだから。
始めはこちらの動きを隠したままポイントを稼いで、終盤で駆け引きに持ち込むのが理想的な動きだ。
というわけで仮眠を取ろう。
そう考えて近くの岩に背中を預けた瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。
まだまだ距離はあるものの、こちらに近づいて来る気配を感じ取った。
これに関してはもう間違えようがない。
星乃宮先生だ。
なぜあの人がこんな早朝に活動しているのだろうか。
毎日午前3時まで飲んだくれているのではという噂すら流れるほどに、毎朝ホームルームで晒している姿はダラシないらしい。
流石に尾ひれがついているだろうけど、朝に弱いのは恐らく事実。
だから早朝なら遭遇することはないと、そう踏んでいたのだ。
だけどあの存在に人間の行動論理を適用するのが、そもそも間違いだったのかもしれない。
動きを読もうなどとせず、近寄ってきたらその分だけひたすら距離を取る。
それを徹底することにしよう。
いくらなんでも、物理法則を超越することはないだろうから。
というわけで撤退。
釣果と釣り道具を引っ提げてベースキャンプに向かう。
下処理は済ませたから、あとは調理するだけ。
食べ方についてはいろいろ考えて、燻製をやってみたいという結論が脳内で出されている。
そのための穴は昨日のうちに掘ってあるし、やり方も池に確認済。
さてさて、堀北が喜んでくれる朝食になるといいんだけど。
そんなことを考えながらベースキャンプへ逃げ帰っていたら、嫌な来客の姿が目に入った。
小宮と近藤。
特別棟で須藤を囲んでいた中の2人だ。
KKコンビはこちらに背を向けている状態で、その2人とは須藤が対峙していた。
この前の一件から大して経っていないのに懲りない連中だ。
幸い須藤は学習したのか、苛立っている様子もなくただただ面倒くさそうに対応している。
こういう時は、目には目を、歯には歯を、嫌がらせには嫌がらせを、だ。
ハンムラビ教典本来の趣旨に則り、過剰報復はしない。
あくまで冗談で済む、そんな範疇で。
ルールとマナーを守って楽しく嫌がらせしよう!!
その仕込みとして、こちらに気付いた須藤に向かって『静かに』のジェスチャーを送る。
俺からのサインを受け取った須藤は、したり顔でうなずいてきた。
自分達の背後へ視線を送られ、加えて意味ありげな仕草までされたのだから、KKコンビがこちらへ振り返るのは道理だ。
馬鹿野郎と言ってやりたい。
須藤のせいで悪戯は失敗してしまった。
仕方ないので普通のアプローチをすることに。
「やあ、2人とも。特別棟以来だ。龍園と石崎の調子はどう?」
「‥‥‥別に、お前なんかに言う必要もないだろ」
「それもそうだけどさ。で、こんな朝早くからどうしたの?」
「いや、それがよ。わざわざポテチ如きを自慢しに来たんだぜ、こいつら。笑っちまうよな」
2人に代わって答える須藤。
煽りながら状況を教えてくるなんて、随分と器用になったものだ。
昨夜もその器用さを発揮してくれれば尚嬉しかったのだけど。
ただ、煽りというのは相手が予想していないような所を責めるべきだ。
ひたすら上から物を言うだけでは、隙を突くことができない。
そして今のKKコンビは、突然現れた俺に対しての警戒心を露わにしている。
まずは、その閉じ籠もった相手を引っ張り出すところからだ。
人を煽るとはどういうことか、須藤に手本を見せてあげよう。
「へぇ。落ちてるこれも、自慢するために?」
そう言って、須藤の足元に落ちていたポテチを拾い上げる。
小宮が持っている袋を見るに、コンソメ味だ。
「なんだ、お前も欲しいのか?ほらよ」
そう言って、追加で俺の足元にもポテチを放ってくる。
この俺を煽ろうとは片腹痛い。
「あと38枚」
「は?」
「いや、うちのクラスって40人だからさ」
高円寺がいないけど、伊吹をカウントに入れれば40人だ。
それに、こちらの内情をわざわざ教えてやることもない。
「あ?」
何言ってんだこいつは。
小宮と近藤からそんなことを考えていそうな目で見られた。
俺はため息を吐きながら、自分の発言を補足する。
「ほら、こんな少しだけ貰っても仕方ないだろ?」
「だよな、10袋くらい持って来いってんだ。気が利かねぇなテメェら」
流石須藤、俺の意図を正確に汲み取ってくれているようだ。
言葉なんて交わさなくても通じ合えているという実感がある。
これなら俺が言わんとしていることも理解しているはず。
「そうそう‥‥‥しかもこれコンソメだよね?別にダメってわけではないんだけど、なんていうかさ」
「あ??」
さっきから何言ってんだこいつは。
小宮と近藤にはそんなことを考えていそうな表情をされた。
だが、須藤は違う。
俺が視線を送ると『わかってる、任せろ』と言いそうな表情で頷いてから口を開いた。
「浅村の言う通りだぜ。イマイチなチョイスっつーかなんつーか。こういう時に選ぶ味って言えばよ」
次に出てくる言葉が手に取るように理解できた。
うすしおだ。
須藤は人差し指を振りながら、さも当然のことのように口を開く。
「サワークリームオニオン以外ありえねぇだろうが」
なんだぁ?てめぇ‥‥‥。
****
そんなこんなでKKコンビを撃退したので、須藤と話しながら釣ってきた魚の燻製を作成中。
「やっぱ売り上げでしょ。数字は他の要素全てに勝ると思うんだ」
「でもよ、名前の文字数じゃこっちが勝ってるぜ」
「確かに‥‥‥あ、おはよう池」
俺達の話し声で起きてしまったのか、テントから出てきた池。
なぜだかこちらを睨んでいる。
「お前ら2人、この島にいる間食い物の話題禁止」
開口一番、横暴すぎる要求をされた。
俺と須藤に会話するなというつもりだろうか。
こちらへきた池は、魚の切り身を燻している穴を覗き込みながら口を開く。
「お、早速燻製作ってんだな‥‥‥めっちゃ量あるけど、どうしたんだ?」
「釣った」
「は?1人で?」
「うん、こっちもね」
そう返しながら、未調理の魚が入ってる袋を見せつける。
「すげぇ!大漁じゃん!」
「良い感じの釣り場を見つけてさ。地図にも書いておいたから」
「なら、俺も後で行ってくるか〜」
「池が頑張ってくれれば、昼飯抜きにしないで済むかもね。もしそうなったら、みんな喜ぶんじゃないかな」
昨日の話では、朝と夜の食事は試験ポイントを使ってでも用意することになった。
逆に言えば、昼飯には試験ポイントを使うことはない。
その日の収穫次第では1日2食になるのだ。
「だよな!今から行ってくる!」
「いやいや、もうすぐ点呼だよ。それと、燻製の出来も見て欲しいんだ。初めて作ったから、いまいち自信がなくてさ」
「えー、しょうがねぇな。ま、出来るおとっこォォォォォォォォォォ!」
唐突に須藤のグリグリ攻撃を受けた池が、なんとも言えない悲鳴をあげる。
「調子に乗んな寛治」
「わかった!わかったから!止めてくれ浅村!」
「須藤、じゃれつくのも程々にね。池の頭が潰れたら燻製見てもらえなくなるから」
「おっと、そういうことなら優しくしてやんねぇとなぁ」
そう言って池を解放する須藤。
「‥‥‥お前ら扱いが雑だぞ!俺のことなんだと思ってるんだ!」
「この試験で一番頼りになる男」
「めし係」
「浅村、とりあえずヨイショすればいいと思ってるだろ!?健、お前はもうなんかアレだ!」
なんとも元気なことだ。
こちらのアクションに対して本当に面白い反応をしてくれる。
須藤が頻繁に池へちょっかいをかける理由が少し理解できた。
ただ、流石にはしゃぎ過ぎたかもしれない。
一人分の気配が女子テントの中で動いて、程なくしてその主が出てきた。
「も〜、朝っぱらからうるさい。まだ寝てる人もいるんだから、少しは静かにしてよね」
篠原がジト目で池に語りかける。
少し前から身嗜みを整えていたのか、髪が乱れたりはしていない。
「ごめん。3人で燻製作ってて、つい」
池に代わって返事をする。
それを聞いた篠原は、こちらがやっていることに興味を持ったのか、煙を吐いている穴を覗き込んできた。
「‥‥‥燻製って、この中で?」
「そう、昨日から相談してたんだ。池が作ったことあるらしいから、教えてもらってて」
「へ〜、池って本当にいろいろ知ってるんだ。‥‥‥あ、ごめん。変な言い方したけど、あんたのこと馬鹿にするつもりじゃなくて」
ほーん?
「あ、いや、平気。気にしてないから」
ほほーん?
これはこれは。
「ほんと、頼りになるよ池は。この燻製ができたら、昼飯の魚も釣ってきてくれるんだってさ」
「え、お昼食べれるの!?」
俺の言葉を聞いた途端に目を輝かせ始める篠原。
「らしいよ。ね、池?」
そう言って池へ話を振る。
「お、おう!任せとけって!」
案の定乗ってくれた。
そうでなくては。
「‥‥‥よかったぁ。実はお腹ペコペコだったんだ。昨日の朝、エステとか受けててあんまり食べれなかったのに、夜もアレだったでしょ?」
「それは辛いね。俺は朝食たくさん食べてたからまだ平気だったけど」
「ほんと、大変だった。なのに焼肉の話始める人達がいてね〜」
「ひどいやつがいたもんだ。どう思う須藤?」
「ありえねぇわ。なぁ寛治?」
「お前らさ‥‥‥」
池が疲れたような目をしてこちらを見ている。
まだ1日は始まったばかりだと言うのに、大丈夫だろうか。
「アハハ!でも、少しはマシになりそうで良かった。池、期待してるからね!」
そう言うと、篠原は離れて行った。
それを見えなくなるまで見送った池は。
「おい、どうしてくれんだよ!?釣れなかったら絶対がっかりするだろ!」
思い切り詰め寄ってきた。
煽ったのは俺だけど、乗ったのは自分自身だということを忘れていそうな勢いだ。
「落ち着いて。俺も頑張るからさ」
「ほんとだな!?もしダメだったら恨むからな!」
「全力を尽くす。だから、アピール頑張んなよ」
でないと、御膳立てした甲斐がない。
「‥‥‥別に、篠原はそんなんじゃないけどな」
「誰も篠原さんだなんて言ってないんだけど」
「‥‥‥‥‥‥あーもう!この話終わり!つか、浅村ってこんな感じだったのか!?」
一層疲れたような顔になった池が、須藤に話をふる。
こんな感じってどんな感じだろうか。
「こいつ最近、化けの皮が剥がれてきてんだよ」
須藤が妙なことを言い出した。
「へぇ、そういうこと言うんだ?」
もし誤った認識を抱かれているとしたら、極めて遺憾だ。
場合によっては正式な話し合いが必要かもしれない。
「いや、俺の気のせいだったわ。浅村は入学初日からこんな感じだぜ」
しかし、杞憂だったらしい。
俺と須藤の認識が一致しているようで何よりだ。
「だよね‥‥‥っとそろそろかな。一度味見してくれる?」
そう言って、2人へ燻した切り身をひとつずつ渡す。
「悪くねぇな」
「うん、いい感じじゃね?」
「じゃあ今燻してるのは終わり。点呼の前に次の分仕込んじゃおうか‥‥‥ところで須藤、山内は?」
「声かけたんだけどな、全然起きねぇんだよ。昨日夜更かししたんじゃねぇか」
‥‥‥それはなんというか、ご愁傷様だ。
****
点呼、朝食、縄張りのスポット更新を終えたのがなんだかんだで午前10時頃。
Aクラスの動向を探るべく動き回っている間に昼前になってしまった。
篠原に啖呵を切った池はなかなか頑張ったようで、10匹以上釣り上げていた。
俺が別の場所で釣った10匹も渡しておいたので、十分に面目は立つだろう。
平田の派遣した別働隊がトウモロコシやスイカの回収も行っているはずなので、しばらく食料で悩むことはなさそうだ。
そして堀北だけど、他クラスの動向を気にしていて、各拠点を直接確認したがっていた。
1人では動かないで欲しいと言ったら変な目で見られたものの、なんとか承諾を得ることに成功。
少し疲れていそうだったし、すぐには向かうことはないだろう。
動くのは昼のスポット更新が終わって、休んだ後あたりだと予想している。
というわけで、その時間になったら堀北に話しかけてみる予定。
あちらから誘ってもらえれば御の字だ。
そんなことを考えながらベースキャンプに戻ってきたんだけど、堀北が見当たらない。
所在を確認するため、近くにいた平田を捕まえて質問を投げる。
「平田。堀北さん探してるんだけど、どこにいるか知ってる?」
「堀北さんなら、さっき綾小路君と出掛けたよ。他クラスの様子を見てくるって言ってた」
なるほど、綾小路と出掛けたのか。
ほほーん?