ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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保険の授業があり、星乃宮先生が担当しているというオリジナル設定です。



3.

 俺達新入生がこの学校に入学してから、既に数日。

 新しい生活にも慣れて、生徒のグループ形成も落ち着いてくる頃だ。

 そこで、俺が所属しているグループのメンバーを紹介しよう。

 

 1人目、浅村 大地。

 

 以上、ワンマングループである。ぼっちではない。

 他の生徒と交流がないというわけではなくて、みんなと挨拶は交わすし喋る相手もいる。

 須藤とは初日の縁で結構絡んでいるし、平田は何度か昼食に誘ってくれた仲だ。

 ただ平田には申し訳ないけど、今のところのお誘いは全部断っている。本当にすまない。

 

 基本的にどの生徒も、お昼を食べるときにはグループで集まるというスタイル。

 今までの昼休み全てを、他クラスの情報収集に費やした俺がワンマングループに所属することは当然予測できていた。

 つまり、仮に現在の俺をぼっちと呼ぶとしても、それは意図した結果であり何ら恥ずべきことではないのだ。

 

 それに、その代償に見合うだけの成果はあった。休み時間を使って観察し続けたお陰で、他クラスの状況はそれなりに把握できたのだから。

 故にそろそろ情報収集から人脈構築にシフトしようと思う。そのつもりで今日は登校してきた。

 今日こそ友達を増やすのだ。

 

「みんなおはよう」

 

 挨拶とともに教室に入ると、ホームルーム開始ギリギリの時間だからほとんどの生徒が揃っていた。ちなみに須藤はいない。貴重な会話相手なんだけど。

 そんなことを考えながら席に着くと、俺に視線が集まってくることが感じ取れた。何人かはこちらを見ながらヒソヒソと話している始末だ。

 チートな俺の耳で、そのウィスパーボイスを拾い上げてみると。

 

「……本当なのかな?茶柱先生に告白したって話?」

 

 は?

 予想外の展開だ。崩れそうになるポーカーフェイスをなんとか維持する。

 

「あれ?私、Bクラスの担任相手にアタックしたって聞いたけど?」

 

 かけらも覚えがない。いつの間にそんな与太話が広まったのか。

 

「え〜、年上の人がタイプなんだ浅村君。残念」

 

 俺は年齢で相手を選ぶような男ではありません。性格髪型顔立ち体型で選びます。

 

 どうやら変な噂が流れているらしい。心当たりというか、噂の元になった事柄は察しがついてる。部活動説明会の日に、職員室前で星乃宮先生と交わしたやり取りだろう。声の届く範囲には茶柱先生と星乃宮先生以外いなかったはずだけど、どこから漏れたのやら。

 ともあれ、まずは朝のホームルームだ。茶柱先生が入ってきたから、こちらへの視線もなくなったし。

 

 そのまま何事もなく終わるホームルーム。連絡事項を伝え終えて退出しようとした茶柱先生を、手を上げた男子生徒が呼び止める。

 

「せんせー!浅村に告られたって本当ですか!?」

 

 …………。

 俺の表情筋を褒めてやりたい。こんな状況でも。ポーカーフェイスを維持するという役割を忠実にこなしているのだから。

 

「そのような事実はない。なにやら変な噂が流れているようだな」

 

 流石は教師だ。きちんと事実を伝えて、俺の平穏を守ってくれている。

 

「なーんだ。じゃあ、Bクラスの先生に告白したってのも嘘ですか?」

「知らん、本人に聞け」

 

 こっちに振るな。教師として役目を果たせ。

 ついに表情筋が役割を放棄してしまった。思わず顔をしかめてしまう。

 

 

 そうして茶柱先生が爆弾処理をしないまま出ていった結果、俺の周りにでき上がる人集り。

 その中の1人。明るい色の髪をシュシュでまとめ上げ、制服を着崩した女子が訊ねてくる。名前は軽井沢恵。如何にもギャルですといった容姿をしていて、Dクラスの一大グループリーダーになりつつある生徒だ。

 

「浅村君。さっきの話だけどさ、先生達に告白したって本当なの?」

 

 先生『達』とはどういうことだとか、そもそも誰にも告白なんてしていないとか、俺はどこから突っ込むべきだろうか。

 

「ごめん、全然心当たりないんだけど、いつ誰からその話聞いたの?」

「昨日、篠原さんがクラスチャットで言ってたよ」

 

 おかしい。そのチャットに俺は入っていない。どこのクラスのチャットだろうか。

 とりあえずは暫定容疑者である篠原を見つめて、視線だけで問いかける。どういうことだ貴様、と。

 

「私も聞いただけだよ。Bクラスの人達がそんな話をしてたのをね」

 

 やっぱりBクラスか。噂の出所は星乃宮先生だろう。

 

「そうなんだ。さっきも言ったけど、茶柱先生にも星乃宮先生にも告白してないよ」

「星乃宮先生、ね。Bクラス担任の名前まで覚えてるんだ?」

 

 篠原が笑いながら視線で問いかけてくる。本当に何もなかったのか、と。

 

「職員室に行った時に話す機会があったからさ」

「なーんだ、『僕を買い取ってくれますか!?』って聞いてたのとか、熱烈なアピールかと思ってたんだけどなぁ」

 

 事実改変はやめてほしい。そんな変人じみた事を初っ端に言い出すわけがないのに。

 

「なんでもって言われたから、思わず聞いちゃっただけ。それ以上の意味はないかな」

「そっか。変な噂流しちゃってごめんね」

「別にいいよ。それより、女の子ってこういう話好きなのかな?」

「そりゃあ好きだよ。ね、軽井沢さん?」

「んー、私はあんまり興味ないかなぁ」

 

 軽井沢は真っ先に話を聞きに寄ってきたんだけど、これはツッコミ待ちだろうか。

 

「とりあえずみんな。そろそろ授業の時間だし、準備をしよう」

 

 平田からの助け舟だ。それを聞いた周囲の生徒は各々の席に戻っていく。

 次の授業は、確か保健体育。週に1コマしかないから、今日が初回だ。

 授業の準備を終えて待っていると、担当教員らしき人物がウェーブの髪を揺らしながら教室に入ってくる。

 星乃宮先生だ。最悪なことに、真っ先に俺を見つけて声を掛けてきた。

 

「やっほ〜、浅村君。久しぶり〜」

 

 またしても役割を放棄する俺の表情筋。ただ、これは仕方がないだろう。

 

 

****

 

 

 昼休み、俺は軽井沢のグループと共に食堂に来ている。俺以外の男子は平田だけ。

 何も聞いてくれるな、そう願いながら自前の弁当を食べる。そんな俺に対して軽井沢が口を開く。

 

「浅村君、先生達といつの間に仲良くなったの?」

「別に、普通だと思うんだけど」

「でも星乃宮先生『浅村君に褒められたんだ〜』ってすごい喜んでたじゃん」

 

 どうやら俺の真摯な願いは届かなかったようだ。というか、あの先生は絶対にわざとやっている。俺の平穏をかき乱して楽しむつもりだ。

 日本有数の進学校の授業が、あんな体裁でいいのだろうか。授業時間5分の1くらいを俺との話で費やしていたけど。

 

「先生に『綺麗ですね』なんて普通は言わないと思うけど。ね、篠原さん」

 

 2人がかりで俺を攻めるのはやめていただきたい。茶柱先生の忠告をもっと深刻に受け止めておくべきだったな。

 

「そうそう。茶柱先生と生徒指導室で2人っきりになった後、出て来た茶柱先生がすごく上機嫌だったていう話も気になるし」

 

 それは俺も気になる。あんなに嬉しそうだった理由は今でもわかっていないのだ。

 

「まあまあ、みんな。浅村君も困ってるよ。一緒にご飯食べるのだって初めてなんだし、他の話をしよう」

 

 平田が助け舟を出してくれる。間違いなくいいやつだ。裏がなくても好きになれる。

 

「確かに浅村君と一緒にご飯食べるのって初めてだね。いつも休み時間とか放課後いなくなっちゃうから気になってたんだ。他のクラスの女子でも漁ってたの?」

 

 どうやら軽井沢は平田の話を聞いていないらしい。話が変わっていないのがその証拠。

 しかも困ったことに、内容が若干否定しづらい。他のクラスの様子を見に行っていたのは事実だ。

 とはいえ、そんな不埒な目的だったら俺はDクラスから出ない。Dクラスには堀北がいるのだから。

 

「いやいや、図書館とかを見に行ってたんだ。立派な施設が多いし、なんだか物珍しくてさ」

「なるほどね。せっかく一緒のクラスになったんだし、浅村君とも仲良くなりたいって思ってたんだ。よかったら、みんなで遊びに行かない?」

 

 平田……。誘いを何度も断ってったのに誘ってくれるなんて、イケメン度が半端ない。

 今まで誘いを断り続けて本当に悪い事をしたと思っている。

 もしここがBL系列の世界で俺の処女を散らすことになるとしたら、それは平田に捧げよう。

 

「いいね、どこ行く?」「カフェいこ、カフェ!」

 

 女子達が放課後の予定を話し始める。

 ようやく平和が訪れた。この状態がいつまでも続いてほしいものだ。

 

 

****

 

 

 放課後になって、平田の提案通りにグループで遊びに行った。そして案の定、カラオケに行った後カフェでひたすら質問責めにあった。

 入学してから数日経ち、新しい環境に慣れてきた頃だ。何か刺激を求めていた中で、俺は格好の餌だったのだろう。

 

 適当に流していたら、またしても平田が助け舟を出してくれたので一緒に脱出。女子達はまだ遊ぶらしいので、2人で帰路についている。

 

 そんな救世主である隣の男、平田が苦笑しながら話し掛けてきた。

 

「浅村君、災難だったね」

「ほんと疲れた……。でも楽しかったよ。今までは誘いを断っててごめん」

「こっちこそ、何度も誘って迷惑じゃなかったかな?」

「まさか。友達が全然できないから嬉しいくらいだったよ」

「でも、須藤君とはよく話してるよね」

「他の人とはあまり話せてないし、須藤ともバスケの話しかしてないけどね」

「それでもうらやましいよ。僕が話しかけても、須藤君はいい顔しないからね。入学式の日、自己紹介の時に嫌われちゃったのかも」

「気にしすぎじゃない?平田ならすぐに仲良くなれるでしょ」

「……そうだと、いいんだけどね」

 

 俺の認識では平田も須藤もキーパーソンだ。平田が自力ではどうしようもないという状況だったら、俺が仲を取り持ってやろう。

 

 その後も平田と話しているうちに、目的地である寮へと到着。

 平田と別れて部屋に戻った俺は、急いで着替えて夕食の買い出しに出発。

 みんなで出かけたから予定より遅くなってしまった。無料の鶏胸肉が残っていれば良いんだけど。

 

 そうしてスーパーに到着したので、真っ先に無料のワゴンへ向かう。視界に捉えた鶏胸肉は残り1つ。生き残りがいた事に安堵しつつ伸ばした。

 それを買い物カゴに入れようとすると、妙な力が働いて抵抗される。

 不思議に思って手につかんだ鶏胸肉を確認すると、それを掴んでいるもう1つの手があった。

 その手を辿ると肘、肩、首、顔、毛髪のない頭頂部が確認できた。この男は知っている。

 AクラスのHAGEだ。

 

「話すのは初めてかな?Dクラスの浅村大地。よろしくね」

「……Aクラスの葛城康平だ。何度か見かけたが、確かに話したことがなかったな」

 

 葛城康平。

 入学数日にして、クラスをある程度掌握しているリーダーシップ、そして特徴的な外見を持つ男。

 Aクラスで俺がキーパーソンと見なしている人物の1人。

 体付きを見るに、運動は平凡の域を出ないだろうが頭はいいのだろう。インテリHAGEというわけだ。

 

「…………」

「…………」

 

 そんなHAGEと1つの商品を掴んで見つめ合う俺。堀北相手なら大歓迎だけど、男とこんなイベントがあっても困る。

 仮に男を相手にするなら平田だと、既に決めてしまっているというのもある。

 というわけで、ここは譲ることにしよう。

 そう考えて鶏胸肉から手を離す。

 

「……譲ってくれるのか?」

「うん、今日は他の商品を買うことにするよ。葛城とは1回話してみたかったんだ。一緒に回ってもいいかな?」

「‥‥‥ああ、構わないが」

 

 俺は鶏胸肉をリリースして、キーパーソン葛城との交流チャンスを得た。

 

「葛城は何か部活は入るのかな?」

「いや、生徒会に立候補しようと思っている」

「そういえば1年も生徒会に入れるんだったね」

「浅村は何をするか決めているのか?」

「俺はしばらくはいいや。身の回りのことで精一杯だし」

 

 そんなことを話しながら、買い物を済ませて帰路に就く。

 ふと葛城が足を止める。

 

「少し話せるか、浅村」

「ん、どうしたの?」

 

 あちらから話を振られるとは思っていなかった。もしかして鶏胸肉返してくれるのだろうか。

 

「浅村は、何度かうちのクラスの様子を見に来ていたな?」

「よく見てるね。確かにAクラスには何度か行ったよ。他のクラスにどんな生徒がいるのか気になってさ」

「……それで、Aクラスでお前の眼鏡に適った奴はいたか?」

 

 まさか、俺が有能そうな生徒の目星をつけているところまで理解してるとは。侮れない相手だ。

 

「……そうだな、まず1人は坂柳有栖」

「なるほど、坂柳か」

「もう1人は葛城康平、君だ」

「……………………すまない、俺はストレートだ」

 

 ……?

 ……??

 何を言ってるんだ、お前はHAGEだろう???

 

「申し訳ないが、お前の気持ちには応「葛城、何か勘違いしてない?」……そうなのか?」

 

 

 葛城はどうやら、俺の行動を女漁りだと認識していたみたいだ。

 仕方ないので、他クラスの生徒を観察していたことを素直に説明。変な勘違いされるよりは断然マシだ。

 

 

「そうだったのか。妙な勘違いをしてすまなかったな」

「それは構わないけど。どうして女漁りだと思ったのか、聞かせて欲しいな」

「今日、ある噂を聞いてな。Dクラスの浅村が教師達を口説いたと」

 

 ふぁっきゅー、星乃宮。

 

「入学してまだまもない。そんな時期から複数の教師を口説く浅村という男は、恋多き人間だと思えてな」

「そんな男が頻繁に自分のクラスの様子を窺っていたら、気にもなるか」

「そんなところだ」

「一応目につかないように様子見てたつもりだけど、そんなにわかりやすかった?」

「いや、Dクラスの特定の生徒をうちの教室の近くで頻繁に見かける。その理由が他に思い当たらなかった」

 

 鎌をかけられたということか。やってくれる。

 

「うちのクラスに、何人かお前を気にしている女子がいてな。その生徒達から浅村の出現報告がよく上がっていた」

「ごめん、迷惑だったかな?」

「そんなことはないはずだ。連絡先を知りたがっていたが」

「それならよかった」

「ところでさっきの話だが、坂柳と俺が眼鏡に適った、というのは?」

 

 忘れてくれたら御の字だったけど、そう都合よくはいかないのが世の常。

 隠すほどの話でもないけど。

 

「変な意味はないよ。俺から見て、Aクラスで特に優秀な生徒が君と坂柳だったんだ」

「確かに、俺にはその自負がある」

「生徒会に立候補するんだし、それくらいでないとね」

「それでなぜ、他のクラスの観察などしていたんだ?」

 

 流石はインテリHAGE、いい質問だ。頑張ってごまかそう。不良品呼ばわりされないためにも。

 

「他のクラスの友達を作りたくてね、どうせなら尊敬できそうな人がよかったんだ。早速、1人作れた」

「……面と向かって言われると、少しこそばゆいな」

 

 残念ながら男のデレは求めていない。ただ堀北のデレだけを求めているのだ。

 

「よかったら連絡先交換しない?違うクラスで何かしら助け合えることがあるかもしれないし」

「ああ、よろしく頼む」

 

 図らずも葛城の連絡先をゲット。

 

 その後は、お互いのクラスの様子や葛城の妹の話をしながら寮に戻った。

 

 どうやら葛城は、インテリ、HAGEの他にシスコン属性も有していたようだ。

 こんな濃いキャラがモブなわけがない。

 ……友達になったし、濃いとか薄いとか言わないようにしよう。

 


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