視線の先にあるのは、スポットの更新用端末。
昼飯とベースキャンプのスポット更新を終えた俺は、Aクラス拠点から近い地点に来ている。
午前中にも訪れた場所で、その時はAクラス占有と権利消滅までのカウントダウンが端末に表示されていた。
そこから逆算すると、どうやら占有されたのは点呼前の早朝。
俺が釣りをしていた頃だ。
その表示も、少し前に消えている。
俺が占有すればDクラスにポイントが入るけど、そうするつもりはない。
スポット地点から少し離れた樹上の、更新用端末が見える位置で待機し始めてから20分程。
ようやく待ち人達が現れた。
茂みを掻き分けて現れたのは葛城。
その背後にはAクラスの男子が5人続き、その中の1人はブルーシートを抱えている。
俺がその使い道に思い当たるのと同時に、6人は端末の近くへ寄ってブルーシートを頭上から被った。
こちらの視界から端末と本人達を隠したのだ。
これでは誰がスポットを更新しているのか、ここから直接は視認できない。
考えたものだ。
俺の提案したスポット占有方法より優れている。
シートで試験ポイントを消費する点と、更新している最中は周囲の状況が分からなくなる点を除けば、だけど。
「ここも終わりですね、葛城さん」
「ああ、次の場所に向かうぞ」
6人はそう言うと、シートを畳んでから移動し始めた。
もちろん俺も距離を保ってその後を追う。
そのためにわざわざ待っていたのだから。
葛城達は、それから30分ほど掛けて4箇所のスポットを占有していった。
その全てで、ブルーシートを被り周囲の視線を遮ることを徹底。
なかなかの用心深さと言える。
ただ、シートの動きから読み取れる情報もあった。
6人のうち2人は、明らかにシートを支える挙動をしていたのでリーダー候補から外せる。
残るは葛城、戸塚、司城、的場。
まずはこの4択だ。
とはいえ、流石にこのままでは勝負できない。
こちらの指名が的中すれば、Dクラスがプラス50、Aクラスがマイナス50。
クラスポイントの差が100も縮まることになる。
逆に、外せばDクラスがマイナス50。
期待値からすると、最低でも3択に絞り込む必要がある。
ただそれは、賭けに乗ることができる最低ラインでしかない。
可能な限り2択以下まで絞り込みたいところだ。
幸い、残りの期間で葛城達の占有活動を監視し続ければ、それも叶う見込み。
シートの揺れや下から見える足の動きで、僅かだけど中の動きも察せるのだ。
Aクラスのリーダーがわかりさえすれば、まずは及第点。
俺がリーダーであることも隠蔽しきれば、堀北に顔向けできる試験結果となる。
それから葛城達が洞窟へ戻ったことを確認したので、偵察は終了。
俺は他のスポットを確認して、Aクラスが占有していないスポットにカードをかざしてからベースキャンプへ向かっている。
Aクラスの見張りが遠巻きに立っているスポットが2箇所あったので、そこはスルーした。
あちらも網を張っていたということだ。
ともあれ、葛城達の更新方法を直接見れたのはとても大きい。
すぐに現れるか不安だったけど、それほど待たずに済んだのもありがたいことだ。
洞窟の近くで見張るというのも考えたけど、Aクラスの生徒がそこかしこをうろついてるのでやめておいた。
むやみやたらに見つかるリスクを冒すことはない。
姿を晒すのは必要な時だけに留めておくつもりだ。
今回の偵察では、平田からの仕事は特にもらっていない。
クラスの運営にも余裕が出てきたから、出かけた口実も散歩とかそこらへんで通るだろう。
だとしても、手ぶらで戻るのはもったいない。
わざわざ出かけたからには何かしらの物資を持って帰りたいところ。
例えば、薪とか。
他にも焚き火用の燃料とか。
燃やすための木材とか。
燻製などの調理、水の煮沸で大量に必要だから持ち帰ろうとしているだけで、素手で倒木を解体することにハマったわけでは無い。
ただ、なんとなくほっつき歩いていたら倒木の近くに、時短のために昨日訪れた場所にたどり着いてしまった。
これは薪を持って帰れという神の啓示に他ならない。
前回と同じ方法でもいいんだけど、さっきも言ったように燃料はかなり使う見込みだ。
都度都度ここに取りに来るより、ベースキャンプ近くまでまとめて運んだ方が手間が省ける。
次回以降も必要になるのだから、少しでも楽になる方法を選択するのが賢い男というものだろう。
さて、件の倒木はまだ4メートル以上ある。
なんというか
それは 薪と言うには あまりにも大きすぎた。
大きく 太く 重く そして 大雑把すぎた。
それは 正に丸太だった。
みたいなナレーションをしたくなる出立だ。
昨日持ち帰った分もまだ使い切っていないから、残りの期間で使う量はこの半分もあれば十分賄えるだろう。
そんな訳で
アサムラーの
メガトンキック!
あしもとの とうぼくは へしおれた!
アサムラー は いいかんじのとうぼくを もらった!
薪の塊を獲得。
誰かに見られたら面倒だし、さっさとズラかることにしよう。
そう考えて、2メートル程になった倒木を担いでベースキャンプへ跳んだ。
それから程なくして見えてくる目的地。
ここで1つ問題がある。半分になろうと丸太は丸太。
このまま持ち帰ったところで、クラスメイト達が困るのは目に見えている。
それに野蛮人扱いも免れないだろう。
そんなのはごめんだ。
ここまでは運びやすさを考慮して丸太のまま持ってきたけど、どこかで適切な大きさにしたい。
幸いにも、ベースキャンプから100メートル程離れたこの場所なら保管に適している。
ここに安置して、適当なタイミングで適量を持ち帰ることにしよう。
一気に解体したら楽しみがなくなってしまうのだから。
****
薪を抱えて戻ったら、平田に苦笑しながら迎えられる。
偵察に行くとしか言っていなかったからだろうか。
「浅村君、少しは休んでくれてもいいんだよ。それなりに余裕が出てきたし」
平田はそう言いながら、ビニールの上に積まれている食料を見やる。
諸々の収穫に出ていたクラスメイト達があらかた戻ってきたからなのか、そこには結構な量が保管されていた。
役目を終えたクラスメイト達は、楽しそうに話し込んでなかなか賑やかだ。
「と言っても、さっき休んだからさ。テントでボーっとしてるのもつまらないし、本でも持ち込めればよかったんだけど」
「なんというか、浅村君らしいね」
事実偵察へ行く前に仮眠は取ったから、休む必要は感じない。
「正直手持ち無沙汰なんだけど、何かやった方がいいことある?」
釣竿は池達が使っている。
それに、そろそろ伊吹達も戻ってくる頃だ。
ベースキャンプを空けるのは好ましくない。
そんなことを考えながら何かしらの仕事を平田へ要求したら、後ろから声をかけられた。
「浅村君って仕事好きなんだね。そういうのなんて言うんだっけ?ワーカーホリデイ?」
近くで火の番をしていた軽井沢がそう言い放つ。
「ワーカーホリックのことかな?」
平田が通訳してくれる。ありがたい。
「それそれ。仕事大好きな人のことそう呼ぶんでしょ?」
「中毒レベルにひどい場合はね。休みの日とかも仕事に打ち込んで体調崩すような人のことを指してるから、俺は違うよ」
「そうなんだ。最近の休みは勉強会の準備してるって言ってたけど」
別に好きでやっている訳ではない。
須藤用問題集がなぜか結構な量を作るハメになり、他のクラスメイトの分も含めた結果、期末前の休みがほとんど無くなってしまっただけだ。
嫌々って訳でもないけど。
「俺はワーカーホリックの定義には当てはまらないかな。何もなければ、普通の休日を過ごすだけだし」
「普通の休みって何してるの?」
「本読んだり、掃除したり」
「ほんとに普通だ‥‥‥。他には?」
最初の休みは『ウィンガーディアム・レビオーサ』して魔法力が宿っていないかとか、フォースと対話できないかとか、真剣に色々試していた。
今思えば完全な無駄骨だ。
配信サービスにそこらへんのものが並んでいる時点で、その作品の世界であるはずがないのに。
ちなみに最初以外の休みは、結構な時間で裁ち鋏のハンドリングを練習していた。
昨日堀北と話した時に、ペンで似たようなことを披露したけど大してウケなかったのは記憶に新しい。
結構悲しかった。
「特にないけど。というか、他に何があるの?」
「ん〜、平田君なら部活なければ私とデートしたりとか」
良いことを聞いた。
この2人もきちんと彼氏彼女しているようで何よりだ。
「生憎、休みの日に一緒に出かける相手がいないからね」
いつかは堀北と出かけたいけど、今はまだその段階ではない。
「ならさ、今度みんなで出かけようよ!この試験終わればもらえるポイントも増えるだろうし!」
とは言っても、増えたポイントの使い道については既に考えがあるのだ。
「えっと、とりあえず学校に戻ってから考えようか。平田もその方がいいと思わない?」
彼氏そっちのけで話し込んでしまっている。
そう心配して平田に話を振ったけど、本人はいつも通りの笑顔だ。
なんて広い心を持ったイケメンだろうか。
彼女が他の人と楽しそうにしていても動じることがない。
男たるもの、こうでなくては。
「そうだね。それに軽井沢さん、この試験の結果が反映されるのは夏休みが終わってからだよ」
「あ〜、そうだっけ‥‥‥」
そう言って肩を落とす軽井沢。
なんとか俺のプライベートポイントを守り切ったと思ったら。
「ねえ、軽井沢さん。浅村君って授業で結構ポイントもらってたよね?」
突然篠原が現れた。
言及しているのは時々起こる臨時収入イベントのことだろう。
例えば、4月にあった水泳の授業で1位に与えられた5000ポイントの報酬がそれだ。
確かにそこらへんのポイントは、かなりの割合で俺がもらっている。
ただ、今の話題とは全くもって関係のないことだ。
何が言いたいのだろうか。
「そう言えば休みの日に会ったことないから、浅村君の私服って見たことないかも」
「だよね〜。私も一緒」
なんだか軽井沢と篠原が意気投合し始めた。
よろしくない雰囲気を感じる。
いつの間にか平田の笑顔も、『やれやれ』といった感じの苦笑いになっていた。
「それなら須藤とか綾小路とかが知ってるよ」
あとは櫛田と佐倉だ。
おかしい。
我ながら休日を一緒に過ごしたことのあるクラスメイトが少なすぎる。
どういうことだろうか。
「そうじゃなくて、浅村君て素材がすごくいいから。ね、軽井沢さん?」
「そうそう、コーディネートしたくなるっていうか」
俺はこの現象を知っている。
金のない女子が、人のファッションに口を出して購買意欲を満たすやつだ。
「そういうのは、まず彼氏にやるべきだと思う」
Dクラスの誇るイケメンをまずはコーディネートするべきだろう。
我ながら完璧な理論だ。
「もうやったよ」
軽井沢が何気なく言い放つ。
その一言で俺の理論が武装解除されてしまった。
「平田君は100%軽井沢さんコーデだから、浅村君はDクラス女子のコーデね!」
篠原の提案が少し魅力的に聞こえる。
Dクラス女子ということはすなわち、堀北も含まれるのだから。
しかしそうか。
平田は軽井沢一色に染められてしまったのか。
いいぞ、もっとやれ。
是非とも平田には軽井沢百色くらいに染め上げられて欲しい。
「ちなみに、買うとしたらどこ?」
ユニクロやムラサキスポーツの名前が挙がることを祈って、聞くだけ聞いてみる。
「ケヤキモールだと、ZARAとか?」
「ネネットもアリじゃない?」
「却下で」
既にポイントの使い道は決まっているのだ。
堀北に言われた場合を除いて、俺がそういったブランドに手を出すことはない。
それからもしばらく1対2の攻防が続いたけど、最後はあちらが引き下がった。
『私達の遊び相手が仕事』や『昨日の夜の仕返し』なんて言っていたから、どうやら冗談だったらしい。
なんとか、俺のポイントは守られた訳だ。
ちなみに平田のコーデについて確認したら、そこは本当だとか。
良かった良かった。
****
そんなこんなでこの島で2度目の夜を経て、3日目の朝を迎えた。
点呼など諸々を済ませた俺は例によって、Aクラスへの偵察に向かっていたんだけど。
「森が静かだ」
なんとなくそれっぽい台詞を口にする。
実際、昨日より静かではあった。
理由にも心当たりがある。
Cクラスの拠点からかなり離れた場所でも聞きこえてきた喧騒。
それが今は聞こえない。
これは、遂にその時がきたのでは。
そう考えて龍園達のベースキャンプへ急行した。
これは時間との戦い。
最悪の場合、Bクラスとの競争にもなりえるのだから。
星乃宮先生を投入されてしまったら、俺だけで対抗できる自信がない。
そうして目的地へ到着してあたりを確認すると、誰1人そこには残っていなかった。
ベッドチェアーやパラソルなどは散らかった風に放置されている。
忽然と人だけが消えたような、そんな雰囲気だ。
メアリー・セレスト号の逸話を彷彿とさせる。
恐らくはリタイアしたのだろう。
予想通りだから、それは問題ない。
問題なのは、物資の行方。
目をつけていたものが軒並み消え去っている。
アレは2日間で消費しきるような量ではなかった。
となれば、誰かが持ち去った可能性が高い。
必ずや、邪智暴虐の略奪者から俺の物資を取り返さなければならない。