ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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33.

 俺が無辜であることは明白。

 テスト当日に『勉強してない』とほざくやつが、バッチリ勉強している確率と同じ程度には明白だ。なお、須藤は除くものとする。

 

 

 ただ平田が疑念を抱くのも仕方がない。

 俺にとって不利な事実が存在するのだから。

 

 それは会話の頻度。

 軽井沢が普段話している相手から、女子を除いたものを表すとどうなるか。

 

 平田>俺>>>>>その他男子

 

 となる。なってしまう。

 

 

 

 

 いや、やっぱり

 

 平田>>俺>その他男子

 

 くらいだ。

 なんかそんな気がしてきたし、きっと平田もそう思っているだろう。

 

 

 

 

 ともあれ、他の男子達よりも軽井沢と会話する機会が多いのは否定のしようがない事実。

 

 あちらから話しかけてくることが結構な割合を占めるものの、それを以って無罪を主張するのは賢いことではない。

 むしろ逆効果だろう。

 

 俺が同じような裁判を開いたとして、その時に罪人から『堀北の方から頻繁に話しかけてきただけだ。席が隣だからだろうな』なんて言われたら、その瞬間に極刑判決を下す。

 

 なら黙っていることが妙手なのかと問われれば、それも否。

 

 俺が同じような裁判を開いたとして、その時に罪人がひたすら掴み所のない表情で黙秘を貫いていたら、十分に検討を重ねた後で極刑判決を下す。

 

 

 

 つまり、今ここで必要なのは適切な弁明。

 

 何も難しいことはない。

 

 俺には好きな人がいること。

 それは軽井沢ではないこと。

 平田と軽井沢の関係を心の底から全身全霊で応援していること。

 

 これらの真実をやんわり伝えれば、それで事足りるのだ。

 

 

 

「他の人にはあまり聞かれたくない話?」

 

 軽井沢が完全に離れたタイミングを見計らって、平田へ水を向ける。

 

 裁判が開かれるというのは、あくまで俺の見立てに過ぎない。

 他の相談である可能性もある。

 

「軽井沢さんについて、少し」

 

 可能性が打ち砕かれた。

 

 いや、まだわからない。

 女子に関連することで、軽井沢の名前が最初に出てきただけのパターンもある。

 

「ただ、それを話す前にひとついいかな?浅村君が誰かと付き合ってるって話を聞いたことはないんだけど、実際のところはどうなんだろう?」

 

 打ち砕かれた可能性の破片が、砂となって消えていった。完全に、跡形もなく。

 

「それ、人によっては嫌味として受け取ると思うよ」

 

 俺の知る限りではDクラス唯一の彼女持ちである平田からの、交際相手がいるかどうかという質問。

 普段の平田を知らない人物であれば、マウントを取りに来たと捉えかねない。

 

「浅村君が相手だから、その心配はしてなかったな。確かに不躾な質問だよね」

 

 『ごめんね』と謝罪しながらも、平田は続きを促してくる。

 もしかしたら引き下がってくれるかもしれないという希望に賭けて牽制してみたけど、その様子はない。

 

 

 はい、裁判開廷。

 

 こちらを注視している平田に対して、これより弁論を開始する。

 

「‥‥‥付き合ってる相手はいない。ただ、これは口外しないで欲しいんだけど」

 

 有罪判定ラインを一歩越えながら、無罪であることを証明するための材料を投げつける。

 

「好きな人はいる」

「‥‥‥少し、意外だ」

 

 目を見開く平田。

 悪くない反応だ。

 

「そう?そんなに変なことじゃないと思うけど」

「ああ、うん。浅村君が誰かを好きになるのがおかしいってことでは無くて──」

「別に怒ってるわけじゃないよ。それより、俺も意外だったな。平田からこういう話を振ってくるのは」

 

 ここから有罪判決を食らうパターンは1つ。

 好意を向けている相手が軽井沢だと勘違いされることだ。

 

 もしそうなったら、堀北の名前を出さないと挽回できないかもしれない。

 

 それは困る。

 俺なりのタイミングや戦略があるから、具体的な情報は可能な限り伏せておきたいし、秘密を明かす最初の相手はできれば須藤がいい。

 

 そのためにも、特定されるような言及は避けつつ、平田が懸念しているであろう要素を潰していこう。

 

「僕にも人並みの興味はあるよ。それに、浅村君に関しては気にしていない人の方が少ないんじゃないかな」

「‥‥‥それ、心当たりがある。軽井沢さんがさっき言ってたみたいに、先生達を相手にどうのこうのって話でしょ。みんな、俺のことをおもちゃと勘違いしてない?」

「人気者だからね、浅村君」

「そっか。俺の高校デビューは大成功ってわけだ」

 

 軽くため息をついて見せると、苦笑が返ってくる。

 

「平田みたいに特定の相手との関係を公言できれば、そういうのも減るんだろうけど」

 

 俺の言葉を皮肉と受け取ったのか、少し困ったような表情を浮かべる平田。

 

「あ、嫌味じゃないよ。平田と軽井沢さんのことは応援してるし、目標にしてるところもあるから」

「‥‥‥それは、買い被りすぎだよ」

「俺はそうは思わない」

 

 ちょっとゴリ押しがすぎたかもしれない。

 平田の表情がさらに困った感じになっている。

 

「目標っていうと仰々しかもしれないけど、要は羨ましいんだ。俺はまだ、そういう関係に至ってないからね」

 

 平田が悲しそうな顔をし始めた。

 何だか勘違いされてる気がする。

 

「別に暗い話でもないよ。その人と誰かが付き合ってるって話は聞いたことがないから。まだまだこれからさ」

 

 火の玉ストレートの如く、無罪である事実を叩きつける。

 軽井沢と平田が付き合ってる事実もデートした時の話も、俺は嫌というほど聞かされているのだ。平田の目の前で、軽井沢から何度も何度も。

 よって俺の好きな人は、軽井沢ではない。

 完璧に、俺の無実を証明できた。

 

 

 

 ‥‥‥ただ、話し方が悪かったかもしれない。

 平田がめちゃくちゃ居心地悪そうにしているから、きっとそうだ。

 でもこれは、仕方がないこと。

 ぼかしながらとはいえ、堀北と出会えた喜びを誰かに表明するのは初めてなのだから。

 無罪欲しさとのダブルパンチで余計なことを口走ってしまったとしても、それは仕方のないこと。

 

 ただ、次からは自重しよう。

 平田が表情に出すほどだし、凄まじくアレなのだろう。

 

 ‥‥‥なんか恥ずかしくなってきた。

 

「答えとしては、これで十分?」

「‥‥‥うん。急な質問だったから、答えてもらえるとは思わなかった」

「さっきも言ったけど、他の人には秘密で。ちなみに相手は、先生とかじゃないからね」

「先生相手に恋愛感情抱いてないって部分も、秘密にしておいた方がいい?」

「そっちはどんどん広めてほしい」

 

 たとえ平田が言ったところで俺の扱いは変わらないだろうけど。

 

 保健の授業で弄られまくって、それを休み時間でさらに弄られる。それが月曜日のルーティン。

 その負の連鎖を断ち切るには、元凶である星乃宮をどうにかするしかない。

 つまり、俺の独力による解決は不可能ということだ。クソだ。

 

 ともあれ、容疑は晴れただろう。

 念のために確認はするけど。

 

「風評改善はお願いするとして、本題は?軽井沢さんについて、って言ってたけど」

 

 有罪路線だったなら、恋愛関連の話が続行。

 無罪路線であれば、適当な話題に切り替わるはずだ。

 平田なら、俺が無罪だったパターンも想定して用意をしているだろう。

 

「さっき、女子からの試験ポイント使用の要望があったことは話したよね。察してたと思うけど、あれは軽井沢さんから出た話なんだ」

 

 無罪を勝ち取った俺は、脳内で『勝訴』と書かれた紙を空に掲げる。

 

 ただ、しばらくは経過を観察されているという可能性も考慮すべきだ。

 軽井沢の話題は深入りしない方がいいだろう。

 

「俺からどうこう言うつもりはないよ。彼氏の手腕に期待かな」

「それは責任重大だね」

 

 平田が見慣れた笑みを返してくる。

 

「話を振られたから口出ししただけで、元々は平田に判断してもらうって話だったんだ。だから俺のいないところで軽井沢さんの要望を優先しても、文句は言わない」

「ありがとう。そうならないように頑張るよ」

「他のみんなにしても、同じように考えると思う。もし平田に文句を言うやついたら、俺が代わりに怒られておくよ」

「‥‥‥優しいんだね」

「平田には劣る。俺のはどっちかというと、負い目だから」

「負い目?」

「2人には、朝晩のスポット占有に毎回付き合ってもらってる。平田にはクラスのことを丸投げのおまけ付き。俺が好き勝手やるために、2人の楽しい時間を奪ってるんだ」

「浅村君だって、クラスの利益を考えてのことだよね。負担の大きさで言えば、1番じゃないかな」

「なら、その俺が言う。2人が多少勝手をやったところで、文句は言わせない」

 

 なんなら、うまく隠してみせる。

 と出かけた最後の言葉を飲み込み、強引に話を切り上げた。

 この話題を続けたところで、お互いに得るものなんてない。

 

 それよりも問題は、この件を堀北へ共有するか否か。

 

 成り行きで省く形になってしまったけど、堀北も交えた場で話したかったというのが本音だ。

 ただ、平田からすれば軽井沢の立場を優先するのは当然のこと。

 

 ‥‥‥微妙なところだけど、今回は平田に任せよう。

 合意した通りでもあるし、チクるってのは気持ちのいいものじゃない。

 

 

***

 

 

 ベースキャンプ周辺のスポット占有は後回しになった。

 軽井沢をフォローした方がいいと平田へ言い張って、そちらを優先させたからだ。

 

 実施回数は1日2回なので、多少遅らせたところで問題はない。

 

 無罪は1日にしてならず。

 自分に有利な状況証拠を積み重ねてこそ、信用が形成されるのだ。

 

 それに、後回しにしたところで手が空くわけでもない。

 やるべき事は他にもあるのだから。

 

 

 水を汲んで煮沸して、空のペットボトルに詰めて。

 

 足らないものを聞いて回って、不要と思えるものや調達が難しいものは色々話して諦めてもらって。

 

 頑張れば手作りできそうなものは、その準備をして。

 

 暇だから楽しませろと言われて、適当な手品を披露して。

 

 

 そんなことをしてたのでそこそこ忙しかったけど、ようやく落ち着いた。

 

 

 あとはひたすら、いくらあっても足りないだろう紐の作成。

 

 それと、ずっと注がれていた視線への対処だ。

 

 

 

 

 まず重要なこととして、これは監視者のものではない。

 特別棟や堀北兄の時に感じた無機質さが全くないし、何よりあからさますぎだ。

 

 ‥‥‥というか、視線の主まで特定できている。

 だからこそ放置していたんだけど。

 

 ただ、視線を感じ始めてから結構な時間が経っているし、流石に声をかけるべきかもしれない。

 そう考えて振り返り、こちらを見ていた人影を視界に収める。

 途端にその人物、佐倉が慌てて目線を逸らした。

 

 これは、俺から働き掛けないと埒が明かない。

 そう判断して腰を上げた。

 

 

 

「佐倉さん、何か手伝おうか?」

 

 近寄って話かけると、佐倉も観念したようにこちらへ向き直った。

 

「‥‥‥その、ごめんなさい。忙しい、ですよね?」

 

 俺が手に持っている紐とハサミを見つめながら、呟くような声で言い放つ佐倉。

 他のクラスメイトの相手をしていた時ならともかく、こんな無機物相手にまで気を使うことはないと思う。

 

「いや全然。急ぎってわけじゃないから」

「‥‥‥その、ちゃんとお礼を言いたくて」

 

 お礼。

 感謝の意を示すこと。

 

 佐倉から感謝される心当たりは2つある。

 

「この前は本当にありがとうございました」

 

 ペコリと頭を下げてくる佐倉。

 

「路地裏で、綾小路と一緒だった時の話かな?」

 

 恐らくは電化製品店にいたストーカーと付き添いなしで接触し、襲われた事件のことだろう。

 

 ちなみに俺は、あの一件以来コーヒーを飲まなくなった。

 苦い記憶を想起させるものを遠ざけるのが、精神の安定を保つコツだ。

 

 佐倉はこちらの問いかけに頷き、少し間を置いてから再び口を開いた。

 

「本当は、助けてもらった時に言うことだったんですけど」

「いいんだよ、そんなの。佐倉さん自身が一番大変だったんだから。そもそものきっかけだって、俺がカメラを壊したことだし」

 

 茶柱先生から受け取った不審者情報が影響を及ぼした可能性すらある。

 

 だから俺は責任を取っただけで、感謝される資格はない。

 綾小路からの連絡がなかったら、関与すらできなかっただろう。

 

 というわけで、あの事件はむしろ詰められるべきものなんだけど。

 目の前の佐倉にはそんな気がないのか、首を振って応えてきた。

 

「いえ、落としたのは私なので‥‥‥」

 

 この問答で前回はループにハマりかけた。

 俺は同じ轍を踏まない。

 

「まぁまぁ。そういえば、カメラはもう使えるようになった?」

「はい。この前受け取って、ちゃんと撮れるようになっていました」

「よかった。あの後どうなったか、聞くに聞けなかったから」

「‥‥‥すみません。それも、もっと早く話した方がよかったですよね」

 

 気を緩めて口を開いたせいで、佐倉が謝る展開に。

 そのフォローをしようとしたら、突如肩を組んでくる人物が現れた。

 

「よーぅ、2人とも。なんの話してんだ?」

 

 山内だった。

 佐倉へ全力全開のヤマウチックスマイルを向けてから、こちらには種類の違う笑顔を向けてきた。

 見覚えのある、マイナスオーラメガマックスのやつを。

 

「あの‥‥‥その‥‥‥」

「おっと」

 

 手に持っていたハサミを地面へリリース。

 自由落下した刃先は、山内のつま先から10cm辺りの地面に突き刺さった。

 

「‥‥‥あっぶねぇ!」

「ほんと。刺さらなくて良かった」

 

 山内が下を向いて飛び跳ねた瞬間、身を固めている佐倉へ『ここは俺にまかせて、早く逃げろ』とアイコンタクトを送る。

 99.9999%通じていないだろうけど、それでも速攻で離れていく佐倉。

 これがゾンビ映画だったら、俺の生存は絶望的だった。

 

「次からは普通に声かけてよ」

「いやお前──あれ、佐倉?」

「行っちゃったね」

「‥‥‥ま、いいか。で、なんの話してたんだよ?」

「この前佐倉さんに迷惑かけちゃったから、その後いかがでしょうかって」

 

 返事を聞いた山内は、訝しげな表情でこちらを見てから歩き出した。

 肩を組んだままの俺は、当然ながら引きずられていく。

 少し前に似たような状況を経験した気がするけど、間違いなく気のせいだ。

 

 何となく流れに身を任せていたら、辿り着いたのはベースキャンプ近くの川。

 

「寛治!寛治!」

「んぁ?」

 

 山内が近くにいた池を呼び寄せる。

 

「今からいくつか浅村に質問するから、嘘ついてると思ったら教えてくれ」

「‥‥‥おっけー!」

 

 意味ありげな表情の山内に、少し間を置いてから得心が行った様子の池。

 何が始まるんです。

 

「ちなみにさ、嘘ついてたらどうすんだよ?」

「浅村流仲良しメソッドの出番」

 

 山内が何やら根に持っている様子だけど、全く身に覚えがない。

 確実に何かの思い違いだろう。

 田中将大投手(ver2013)が負け投手にならない確率と同じ程度には確実だ。なお、日本シリーズは除くものとする。

 

 

「‥‥‥念のために言っておくと、ここは飲み水ゾーンだから」

 

 クラスメイト全員のために忠告すると、山内は素直に歩き始めた。俺の肩に回した手を離してくれる様子はない。

 

「余計なことしなくても質問なら答えるけど」

「ああ。俺もお前もびしょ濡れにならないで済むって信じてるからな、浅村」

 

 言葉のキャッチボールが成立しないまま、飛び込みOKゾーンへ到着。

 めちゃくちゃ悪い顔をしている山内は、5本すべての指を開いて見せながら口を開いた。

 

「んじゃ質問な。さっき、どっちから話しかけた?」

「俺からだね」

 

 池が頷いたのを見届けてから、親指を畳む山内。

 

「次。1学期、佐倉と出かけてたよな。あれはなんでだ?」

「佐倉さんに迷惑かけたから、補填のため。2人には1回話した記憶があるんだけど」

 

 池が頷いたのを見届けてから、人差し指を畳む山内。

 

「春樹、俺も質問する。その時さ、桔梗ちゃんも誘ったよな。なんで桔梗ちゃんだったんだ?」

「佐倉さんのことはよく知らないし、2人きりだと場が保たないと思ったんだ。櫛田さんなら、うまく取り持ってくれるって考えた次第で」

 

 当時説明した内容を再び述べる。

 

 山内が中指を見つめながら思案していると、池がその指に手を添えて力強く頷いた。

 結果、折り畳まれる3本目の指。

 

 やれやれ、と首を振りながら山内が口を開く。

 

「ここから先はよく考えて答えろよ、浅村。あと2つだからな」

「ひとつも嘘なんてついてないんだけど」

「相手の気持ちに寄り添えって言ってんだよ。な、春樹?」

 

 となるともう、答えは沈黙。

 それしかないのでは。

 

「とりあえず次の質問。追加の面子を探す時、綾小路に声をかけたな。その理由は?」

「なんとなく目に留まったから」

 

 薬指が即座に折り畳まれた。早過ぎる。

 以前も詰められた案件なのにこの仕打ち。

 再逮捕再勾留禁止の原則を知らないのだろうか。

 

「‥‥‥ちなみに山内。5本目の小指までコンプリートしたら何かいい事があるのかな?」

「親睦が深まる。そんなことにはならないって信じてるけどな?」

 

 ひどいことを口にしながら、山内は川の流れギリギリまで足を進める。

 

「恐れ多いから辞退してもいい?」

「安心しろよ。質問はこれで終わりだし、浅村次第でどうとでもなるヤツだから。──もしもまた桔梗ちゃんや佐倉と出かける事になったら、次は誰を誘う?」

「‥‥‥タイミングや出かける内容による」

 

 俺の返事を聞いた山内は、嘆息しながら小指をゆっくり折っていき。

 

「待って。2人の言いたいことはわかるよ。すごくわかる。ただ、アテにするべき相手は俺じゃない。櫛田さんや佐倉さんと出かけることに関しては、他に有識者がいるはずだ」

 

 曲がり切る前に発した俺の言葉で、静止した。

 

「命乞いか?」

「ほら、聞くだけでもさ。そもそも俺があの2人と出かけたのは、例の1回だけ。次の機会があるのかはかなり疑わしい」

「その気になればどうとでもなるだろ?」

「自分で言うのもなんだけど、勉強会の準備とかもあってそれなりに忙しいんだ」

「まぁ、そうだな」

 

 俺の発言に同意する池。

 それを見て小指を再び立てた山内は、無言で続きを促してきた。

 

「俺と佐倉さんは滅多に話さない。これについては、池や山内と同じ状況だよね?」

「桔梗ちゃんは?」

 

 間髪入れずに問いかけてきた池へ、顔だけ向けて返事をする。

 

「そもそも俺は『櫛田さん』で、あっちは『浅村君』。お互い苗字で呼び合ってる段階だよ。名前で呼び合うようになった池や山内の方が、よっぽど勝算があると思うけど」

「‥‥‥まぁ、そういうもん、か?」

「それはそれとして、浅村も協力してくれるって信じてるぞ」

 

 山内が手強い。

 

「その協力として、他の奴を頼るべきだって助言してるんだ」

 

 何だか変な目で見られた。

 きっと納得してくれたんだろう。

 

「俺が関与するのなんて、後からでもできるんだからさ。佐倉さんとたくさん話してたり、櫛田さんと2人きりで出かけたことのある奴がいたら、まずはそいつを頼った方がいい」

 

 目前の2人は、俺の発言を聞いて顔を見合わせる。

 こちらへ向き直った時には、明らかに悪いことを考えている表情になっていた。

 

 2人とも、この条件に当てはまる男子を思い浮かべているのだろう。ああ、恐ろしい。

 

「‥‥‥なぁ。綾小路って、佐倉とよく話してるよな」

「中間試験の時とか、桔梗ちゃんと2人でランチしてたよな」

「そういえば、そんなこともあったね。俺は櫛田さんと2人きりってのはないからなぁ。もしそんな状況になったら、何を話せばいいのやら」

 

 2人が何を考えているかはわからない。俺にはカケラもわからない。

 でも、そこまでひどいことにはならないだろう。

 

 もしかしたら綾小路に多少の負担がかかるかもしれないけど、押し付けているというわけではない。

 女子と2人で出かけるような話術を持っている男子なら、こういったダル絡みを躱すテクニックは間違いなく心得ている。

 それを披露してもらいたいだけなのだ。

 だから全くもって問題ない。

 いわゆるコラテラルダメージというやつだろう。

 

「2人きりでの会話に自信がないってのは、佐倉さんについても一緒なんだよね。初日の探索で別れる時に、佐倉さんと綾小路組、俺と高円寺組に分かれた理由の1つがそれだし」

「‥‥‥寛治?」

「そういや、佐倉と綾小路は先に戻ってきてたな」

 

 池の返事を聞いて、さらに変貌する山内の表情。ああ、恐ろしい。

 

「話題の選び方とかを聞き出せば参考にできるんじゃない?俺は2人っきりの状況なんて全然ないから想像もつかないけど」

「‥‥‥あいつ、今どこにいる?」

「さっき、あっちにいたわ」

 

 

 

 

 無事、俺は解放された。

 

 

 頑張れ綾小路‥‥‥おまえがナンバー1だ。

 

 図らずも矛先が向いてしまったタンク役へ精一杯のエールを送りながら、俺は2人を見送った。

 

 ああいった役回りに対して、綾小路は最高の適性を有している。

 だから全くもって問題ない。

 

 

 

 

 

 余裕があったら山内にもう少し付き合ってあのままダイブしても良かった。

 ただ、Aクラスがスポットの占有に乗り出すと思しきタイミングが迫ってきてる。

 

 びしょ濡れでの見張りは、気付かれるリスクがなんか大きい気がしなくもない。

 

 そんなわけで。

 

 

 

 本当に、ありがとう。

 

 心中で綾小路へそう告げながら、ベースキャンプを離れた。

 

 

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