ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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34.

 

 

 葛城達が拠点としている洞窟から、それほど離れていない場所での張り込み。

 網を張っているのは、少し前まで『Aクラス占有』と表示されていたスポットだ。

 ちょっとした見回りなら何度か行なっているけど、更新タイミングを狙った本格的な偵察はこれが2回目。

 

 今までの探りでスポットの占有時間を確認してきた結果、葛城達が複数箇所の占有を1日3回行っていることはほぼ確定している。

 前回偵察した時も、占有が解除されてから間を置かずに現れた。

 

 だから今回も、葛城はすぐに姿を見せる。

 その確信があったからこそ、信頼している綾小路に諸々を託し、断腸の思いでここへ来たのだ。

 何の成果もあげられませんでした、なんて泣き言は許されない。

 あの献身を無駄にするわけにはいかないのだから。

 

 

 

 さて、試験は折り返し目前で、Aクラスのリーダー候補は4人。

 

 のんびりしてはいられないものの、ある程度の見通しは立っている。

 葛城が積極的に占有ポイントを獲りにきていることで、今みたいな張り込みがしやすいのは大きい。

 Bクラスのように引きこもられていたら、リスクを負って強引に行くか、でなければ時間をかけて回りくどいやり方をするしかなかった。

 時間を割くことが難しい状況では、葛城の積極的な動きは悪いことばかりではない。

 

 とはいえ、大量のポイントを稼がれつつあるというのは結構なプレッシャーでもある。

 唯一1000以上のクラスポイントを保有しているのに、それで満足することなく動いてきた。

 突き放しにきてる、と見るべきだろう。

 ここでさらに差をつければ、他クラスの心を折れる、と。

 それは、俺が最も危惧してる展開だ。

 

 

 ‥‥‥暗い話ばかりだと俺の気が滅入る。

 なので、次は明るい話を。

 把握している限りでは、島の各スポットをAとDで同程度ずつ保有している。

 Bはベースキャンプのスポットのみで、Cはノータッチ。

 

 つまりDクラスはこの試験において、現状では2トップの片割れということになる。

 ほら、明るい話だろう?

 

 

 

 ちなみに1日の占有回数。

 俺達は2回で、Aクラスは推定3回。

 明るい話と言ったな、あれは嘘だ。

 

 ただ、リーダー指名に成功すればスポット占有で稼がれたアドバンテージは叩き潰せる。

 だからこそ、候補の絞り込みが肝要なのだ。

 最低でも3択、できれば2択までは絞り込んでから堀北へ共有したい。

 

 

 情報が揃わなかった場合、メタ読みで当てに行くという方法も一応はある。

 流石に運任せすぎるし、他人に提示できる根拠もないからやるつもりはないけど。

 

 

 

 というわけで、綾小路へ諸々を託したのは仕方がないことだった。

 これはもう仕方がないと、本人も同意してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えていたら1時間が経過。

 誰一人として、スポットに現れることはなかった。

 

 

 つまり俺は、誰もこのスポットを訪れることがなかった、という確かな調査結果を得たのだ。

 これで、胸を張ってベースキャンプへ戻れる。

 

 

 

 

 

 いや、欺瞞は良くない。

 今回は流石に、結果を出せたとは言えない。

 心の中だけでもキチンと謝って、人としての有り様を示すべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめん、堀北。

 

 

***

 

 

 当初の目的を果たすことができないままの帰還。

 沖合に浮かぶ船の観察で成果は上げたから、たぶん許されるはずだ。

 

 そんなことよりも。

 長時間の単独行動により、そろそろエネルギー補給が必要だと俺の視床下部が訴えている。

 

 供給源の女神は──いた。木陰に座り込んでいる。勝利確定。

 

 

 

 

 何か気になることでもあるのか、膝の上に乗せたマニュアルへ目を向けている勝利の女神、堀北。

 

 いつものことながら、俺の視線を引き付けてやまない美貌だ。

 ページの端をつまんでいる指先まで、どこをどう切り取っても美しい。

 

 

 ただ、違和感がある。

 

 堀北は普段から読書していることもあって、文章を読むスピードはそれなり以上に早い。

 なのに今は、ページをめくる綺麗なおててが止まったまま。

 それどころか視線すら動いていない。

 

 何か考え事でもしているのだろうか。

 それとも疲れが溜まっているのだろうか。

 どんな事象であれ、堀北にマイナスをもたらす要因は取り除かれる必要がある。

 

 ひとまず目の保養タイムは終了。目と耳の保養タイムといこう。

 

 

 

 

 

「何か気になることでも?」

 

 近寄りながら声を掛けると、反応した堀北がこちらを見上げてきた。可愛い。

 

「試験のルールを見直していただけよ。浅村君は‥‥‥散歩から戻ったところかしら?」

「正解。見たいものがあってさ」

「その様子だと空振りだったみたいね」

 

 またもや正解。

 色々と理解が早い堀北との会話は、テンポが良くて実に心地いい。耳と頭と内臓と骨にとてもよく効く。

 

「残念ながら。まぁ、次回に期待かな」

 

 ここで『今度は一緒に』とでも言って誘うことができれば、などとついつい考えてしまう。

 堀北の体調が万全でない以上、詮無きことだというのに。

 

 ‥‥‥そもそも、次回の偵察が空振りに終わる可能性もある。

 Aクラスに関しては、アプローチを変えていく必要があるかもしれない。

 

「そう‥‥‥ところで、時間は取れるかしら?話しておきたいことがあるのだけれど」

「それなら、俺からも。ただ、今すぐには難しそうだね」

 

 そう言って背後へ振り返ると、こちらへ歩いてくる平田と視線がぶつかる。

 近くまで寄ってきた平田は、申し訳なさそうな笑顔で口を開いた。

 

「取り込み中にごめん。そろそろスポット占拠へ向かおうと思っているんだ。2人とも、どうかな?」

 

 堀北の意向次第なので、視線を向けて返事を促す。

 

「‥‥‥ええ、構わないわ」

「俺も問題ないよ」

「よかった。他の人達の準備もあるから、5分後に出発で」

 

 堀北と俺の了承を確認して、早足で戻っていく平田。

 

「確かに、そろそろ時間だったわね」

 

 そう口にしながら、堀北が立ち上がる。

 

「体調はどう?」

「相変わらずよ」

 

 その答えとは裏腹に、挙動の節々から疲労や不調が滲み出ていた。

 なんともないように振る舞っているけど、この島へ来る前よりも体調が悪化しているのは確実。

 おそらくは軽井沢以外にも悟られているだろう、と感じるほどに。

 

 ‥‥‥不慣れな環境のせいもあるだろうけど、主な原因は間違いなく偽リーダーを演じていること。

 スポット占拠の度に結構な距離を歩き回り、それに加えて昨日の他クラスへの顔出し。

 負担にならないはずがない。

 

 とはいえ堀北が言い出さないことを俺が無闇に引っ張り出す、というのも気が引けた。

 

 だから、もうしばらくは様子見。

 このまま乗り切ってくれるのなら、それが一番いい。

 

「そういえば、Cクラスのベースキャンプでは何か見つかったのかしら?」

「レジャー用品とか娯楽品周りが少し。水や食料はなかった」

「そう。みんなが喜ぶなら何よりね」

 

 堀北から話を振ってきたけど、明らかに興味なさげな様子。

 物資漁りへ出発する前、めぼしい消耗品は無くなってるかもしれないと伝えた時と同じ態度だ。

 軽井沢がベッドチェアーやパラソルに食い付いてきたのとは対照的で、堀北はそういったものに興味が無いらしい。

 

 だからこれは体調不良を隠すための、露骨な話題転換なのだろう。心配ではあるけど、とても可愛らしいのでノープロブレム。

 そもそも、こちらから切り出そうとしていた話でもあるのだ。

 

「収穫って言えるかは微妙だけど、Cクラスについては気になってることがあってさ。後で、すり合わせておきたい」

「‥‥‥ええ、構わないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、日課となりつつある一帯のスポット占有を終えてから少し後。

 俺と堀北はベースキャンプから少し離れた場所で、内緒話を始めた。

 

 2人っきりでの密談。どんな病でも治ってしまうような、五臓六腑に染み渡るシチュエーションだ。

 

「まずは、あなたの話から聞かせてもらえるかしら?」

「なら、Cクラスについて。結論から言うとあの龍園、この試験を捨ててないかもしれない」

「‥‥‥何か目的でもあると?」

「うん。そう思ったきっかけが、これ」

 

 堀北へ、物品一覧のメモを手渡す。

 軽井沢たちへ渡したものとは別の、Aクラスのトイレやシャワーについても記載してある方を。

 

「‥‥‥Aクラス」

 

 メモを読んでいた堀北が、わずかに目を細めてつぶやく。

 

「Cクラスの発注した物資が、それで全てとは限らない。たぶん、あの洞窟の中にもっと隠してると思う」

「まさか、Aクラスのベースキャンプの中まで見たというの?」

「いや、流石に。根拠はCクラスのリタイアした人数。沖合の船上に、23までは確認した」

 

 プールを独占したりと、好き放題していた連中だ。

 他クラスが全然いないからと船の甲板ではしゃぎ回っていたおかげで、短時間で結構な人数を把握できた。

 

 ‥‥‥そんな中、びしょ濡れ半裸で歩きまわっていた高円寺。

 流石というかなんというか。

 

 なんであれ、Cクラスの過半数はリタイアが確定した。

 

 

「あの距離を目視‥‥‥いえ、いいわ。そうなると、点呼1回につきマイナス115。最初に配布された300ポイントは、試験終了時までに0となるわね」

「うん。だからその前に物資へ変えて、Aクラスに渡せるだけ渡したんじゃないかな」

「そもそもとして、他のクラスに物資を渡す理由がわからないわ。ましてや相手はAクラス。トップを目指す上で最大の障害よ。見合う対価なんてあるのかしら?」

「それは俺も気になってた」

 

 何かしらの答えを期待されていたのかもしれないけど、生憎それは持ち合わせていない。

 Cクラスの勝利を望むのなら他にやりようがある、と感じてしまっているのだから。

 あるとしたら、龍園の望みがクラスの栄達ではなく、個人のそれである場合くらいだ。

 

「Cクラスについては、他にも気になることがある。龍園本人のリタイアが確定してれば、いくらかは安心できたんだけど」

「‥‥‥その言い方、23人に彼は含まれていないのね」

 

 堀北の言葉に頷く。

 気にかけていた取り巻き達、アルベルトや石崎あたりは船への滞在を確認できたけど、肝心の龍園が見当たらなかったのだ。

 それが、かなり引っかかっている。

 

「他にも、と言ったけれど、たとえば?」

「1つは、リタイアのタイミング。Aクラスに物資を売りつけるなら、最初の300ポイント分を全部渡してさっさとリタイアした方が、対価をつりあげやすい。なのに、そうしなかった」

「あえて見せつけていたと?」

「そんな気がする。もしその通りなら、裏で何か悪巧みをしてるわけだ。参考に聞きたいんだけど、Cクラスのキャンプへ行った時とかに変わった様子はなかった?」

「‥‥‥俺たちはただ、バカンスを楽しんでいる。龍園君の言葉よ。少なくとも、私からはそう見えていたわ」

 

 堀北を信じないわけではないけど、そのパターンは構想外。

 

 相手の出方が読めない時は、悲観的思考に基づいて深手を避ける。それが長生きの秘訣。

 読みが外れても、無駄骨だけで済む。

 

「いかにもってセリフだ、とりあえずは、Cクラスには引き続き注意を払うべき。それが、俺の伝えたかったことだよ」

「その対象には、伊吹さんも含まれるのかしら?」

 

 わずかな沈黙。

 

 庇護の対象であるのと同時に、疑いの対象でもある伊吹。

 この島では残り少ないCクラス生徒なのだから、その比重はむしろ上がる。

 だから、当然含まれているんだけど。

 

 即答できなかった理由は、堀北の意図がわからなかったから。

 クラスメイトから排斥されたという境遇に、同情でもしているのだろうか。

 

「‥‥‥その認識だけど、何か気になる?」

「彼女をどう位置付けるか、それを決めかねているわ」

 

 Cクラスのスパイと仮定して動く。

 迷わず、そう判断すると思っていた。

 

「隣人として扱いつつ、競争相手として扱えばいいんじゃないかな」

「つまり?」

「引き続き、注意を払っていこう」

「‥‥‥それしかない、でしょうね」

 

 堀北はなにやら気にしているようだけど、現状ではこれ以上言いようがない。

 

「俺が話したかったことは終わり。堀北さんの方は?」

「それを話す前に、1つ。Aクラスのリーダー絞り込みは進んでいるかしら?」

「4択までは」

 

 進捗がイマイチなので、あまり言及したくなかったことが話題に昇る。

 尋ねられてしまった以上、答える以外に選択肢はなかった。

 

 もっと絞り込めていれば驚いた顔が拝めたかも、とか少しだけ皮算用してたんだけど。

 いつもクールな堀北だからこそ、最高に可愛いに決まってる。

 いや、いついかなる時でも、堀北は最高に可愛いんだけどさ。

 それはそれとして、いろんな表情を見たいと考えてしまうのが男ってものだろう。

 

 しかしこうなると、今日の空振りをさらに悔やんでしまう。

 下手を踏んだつもりはないけど、俺の偵察がバレてしまったのかもしれない、という懸念も少しだけあった。

 

「‥‥‥実はそれについて、情報が」

 

 堀北が粛々とつぶやく。

 

 意外に感じると同時に、『やはりきたか』と言う妙な納得感も抱いた。

 

 目の前の少女こそ、主人公である可能性が最も高い人物。

 最上級のキーパーソンなのだから。

 

 ただ、この胸の違和感はなんだろう。

 

「Aクラスのリーダーは、戸塚君である可能性が高いわ」

「流石。ちなみに、どうやって?」

 

 こちらの問いに堀北は即答しない。

 

 逡巡するように、少しだけ目を伏せていた。

 

 

 心臓の上あたりにつかえていたものが、少しずつ形を鮮明にしていく。

 

 

「‥‥‥ごめんなさい。言えないわ」

 

 負い目を感じているのか、それとも臆しているのかはわからない。

 

 ただ、その振る舞いがこちらの心を酷く揺らして。

 

 次の瞬間、俺は自分がどこに立っているのかわからなくなってしまった。

 

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