ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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36.

 

 夜が明け、テントの中にまで光が漂い始めた。

 数人のクラスメイトが目覚め、動いてる気配もする。

 

 最も隙の生じる時間帯を脱したということだ。

 

 

 

 

「おはよう浅村君」

 

 このテントで1番早く目覚めた男子、平田から朝の挨拶。

 まだ寝ているクラスメイト達に配慮してか、控えめの音量だ。

 

「おはよ。いつもながら早起きだね、平田は」

「昨日は特によく眠れたからね。シート1枚だけ隔てた硬い地面よりも、こっちの方が僕には合ってるみたいだ」

 

 言いながら、平田はテントの床を撫でる。

 

「それは何より。ビニールシートを重ねただけでも、だいぶ変わるよね」

 

 知ったようなことを言ってるけど、これは完全なでまかせ。

 

 柔らかくなったということはわかる。

 寝心地が良いということもわかる。

 

 ただ、これまでの硬い寝床でも俺は問題なく爆睡していた。

 のび太と勝負できるレベルの、凄まじい早さだったという自負がある。

 

 そんな奴が眠りやすさについて論じたところで、なんの説得力もない。

 

 ‥‥‥寝る場所で俺が困ることはないと、前向きに受け止めよう。

 

 

「‥‥‥平田。こっち側だけ跳ねてるよ」

 

 自分の横髪をつまんで、平田の寝癖を再現する。

 

「ん、ほんとだ」

「軽井沢さんに見つかる前に直さないと」

「そうだね」

 

 笑いながらテントを出た平田に追随して、川辺に到着。

 ほとりにしゃがみ込んで、水面に首から上を突っ込んだ。

 

 ──夜通しの警戒で熱を持った頭に、川の冷たさが染み渡る。

 

「ふぅ。生き返った」

「ひんやりして気持ちいいよね、この川」

「わかる。できることなら、ずっと水に浸かっていたいよ。‥‥‥寝起きに申し訳ないんだけど、みんなが起きてくる前に話したいことがある」

 

 隣で顔を洗っていた平田へ、話を振った。

 視線だけがこちらへ向き、続きを促してくる。

 

「昨日いろいろ話してから考えてたんだけど、気づかないうちにみんなのストレスが溜まってるのかも。それで、伊吹さんの周りをもう少し固めておきたい」

 

 まずは口実から。

 平田の性格的に、伊吹への疑惑だけを監視の理由とするよりも、本人を守るような意味合いを持たせたほうが受け入れやすいだろうという判断だ。

 

「‥‥‥からかわれたり、仲間はずれにされたりすることを心配してるのかな?」

「それはあるよ。馴染んできたとはいえ、微妙な立場だから。ただ1番の目的は、伊吹さん自身に余計な動きを躊躇ってもらうこと」

 

 タオルで顔を拭っている平田の表情はわからないけど、ひとまずは言葉を続ける。

 

「試験が終わりに近づくほど、空気は張り詰めていくと思う。トラブルの種はできるだけ潰しておきたい」

「‥‥‥浅村君は彼女をどう見てるのかな?」

「クロ」

「でも、追い出すつもりではないんだね?」

「確証がない」

 

 場合によっては追い出す、そう解釈してもらうための意思表示。

 ある程度は強い態度で臨まないと、平田の妥協を引き出せない。

 

「僕はできる限り、そういった事態を避けたいと思ってる」

「俺もだよ。せっかくのバカンスだから、気持ちよく終わってほしい」

「‥‥‥うん、わかった。伊吹さんと一緒に行動する人が増えるよう差配しておくね」

「ありがとう。で、ごめん。もう1つお願いがある。少人数で行動する機会をできるだけ減らしてほしい。これは全員が対象だけど、特に女子」

「理由を聞いても?」 

「これも、確証はないんだけど──」

 

 

 

 

 龍園がリタイアしてない可能性。

 何かを企んでいるのではという疑念。

 その2つを平田へ伝える。

 

 これで納得してもらえなかったら、誰かが出掛けるたびに適用な口実をつけて人数を増やすしかない。面倒臭くて死ねる。というか、カバーしきれない。

 

「うん、それもわかった」

 

 細かいことを聞かずに納得してくれる平田。

 高校生とは思えない懐の深さだ。

 

「仕事の割り振りとかに支障は?」

「食料調達はちょっと心配してる。数人での行動は、ほとんどがそれだったから。もしかしたら、ポイントを使うことになるかも」

「そんな平田に朗報。逃げ足と食料調達の両方に秀でた逸材がここにいるよ」

「‥‥‥色々と頼ってる僕が言えた義理じゃないけど、もう少し自分のことを大事にしてほしいかな」

「そっちもね。お互い、試験が終わるまでは難しいだろうけど」

 

 困ったような笑みが返ってくる。

 自覚があるということだ。

 面倒ごとを押し付けてる俺が言えた義理じゃないけど。

 

 ともあれ、平田への話は完了。

 これで明るい時間帯はある程度、他のことに注力できる。

 

 どうか、平田と俺の骨折り損になりますように。

 

 

 

 

 

 そんなムダ骨祈願と朝食の後。

 クラスメイト達へ平田が色々話して、俺の要請した件は通過。

 

 結果、Cクラスキャンプへの物資拝借にも男子だけで向かう流れになった。

 具体的な面子は、須藤、池、俺の3人。

 池はすごく嫌そうな顔をしてたけど、須藤が力こぶを見せて懇切丁寧にお願いしたら、快く引き受けてくれた。

 

 

 

 今はその帰り道。

 パラソルを担いで歩いてる池が口を開いた。

 

「誰なんだろな。平田の言ってた、イノシシを見かけた男子って」

 

 イノシシの目撃証言。

 集団行動の理由付けとしてこちらが用意したものだ。

 

 これを口実に、単独行動は控えてほしいと伊吹も含めた全員に伝達。

 そのタイミングで深夜のトイレについても言及した。

 色々と丁寧に話したけど、要は『夜にトイレへ行くなら誰かと連れションしろ』ということだ。

 

 ここまで言ってもなお1人で向かうやつは、俺の警戒対象となる。

 ‥‥‥頼むから、変態じみたことをさせないでほしい。

 

「見かけたのはイノシシっぽいナニか、だけどね。池は誰だと思ってるの?」

「別に誰でもいいんだけどさ、見間違いだと思うんだよ」

 

 池へ視線を向けて、続きを促す。

 

「この島ってスイカ畑とか色々あったじゃん?たぶん学校が用意したんだろうけど。イノシシなんていたら、そこらへんの食料めちゃくちゃに荒らされてるぜ」

 

 順当な指摘だ。

 俺が見た限りでは、獣道や糞などの痕跡は皆無。

 だから池の言う通り、この島にそういった類はいないはず。

 

 つまり、この口実は穴だらけ。

 それでも採用した理由は、伊吹にこの集団行動の不自然さを認識させるため。

 

 自分に目が向いてると察知して、おとなしくしてほしい。

 そんな悪あがきの一環。

 

 このあたりの方針で、平田と俺に差異はなかった。

 

「言われてみれば、確かに」

「だろ?だから、なんかの見間違いだって」

「でもその理屈で言えることって『俺達がこの島へ来る前までイノシシはいなかった』程度じゃない?」

「‥‥‥どゆこと?」

「試験開始から一定時間経過で島に獣を追加、みたいな感じでテコ入れしてくれたのかもしれないよ」

「クソ運営じゃん。‥‥‥クソ運営だったわ、今までも」

 

 学校への厚い信頼を口にする池。

 茶柱先生にそのまま伝えてやりたい。

 

「やばい。なんかそう言われると、イノシシとかがいてもおかしくない気がしてきた」

 

 むしろ俺はいて欲しいくらいだ。

 魚も悪くないけど、そろそろ肉が恋しい。

 

「なぁなぁ、健はどう思うよ?」

 

 ベッドチェアーを脇に抱えている須藤へ、池が振り返って声をかける。

 

 だけど、返事が帰ってこない。

 Cクラスのキャンプを出発したあたりから、なぜだか須藤がおとなしいのだ。

 

「‥‥‥健?」

「‥‥‥コーラ飲みてぇ」

 

 須藤からこぼれる欲求。

 池が間を置かずにツッコミを入れた。

 

「試験終わるまでそういう話は禁止って言ったよな」

「あ?いつ言ったよ?」

「浅村とポテチの話してた時」

「覚えてねぇ」

「言った。浅村は覚えてるだろ?」

「食いもんの話禁止、とは言ってたね」

「コーラは飲みもんだぞ、寛治」

「知ってる!そこらへん含めて全部禁止だ!わかれよ!」

「んだよ、そういうことなら最初にちゃんと言っとけってんだ」

「須藤の言う通りだよ、池。そういうのは男らしくない」

「俺か?俺が悪いのか?なぁ?」

 

 ギギギっと唸りを上げる池。

 こんな感じで場を取り持ってくれるので、いきなり険悪な雰囲気が漂いかけた時とかにはとても助かっている。

 

「つか、今の寛治のやつこそどうなんだよ?」

「え、俺?」

「食い物の話禁止って言ったくせに、『ポ』と『チ』の入ってる単語言ってたじゃねぇか」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥チ○ポ?」

「お前のクラスメイトやめるわ」

 

 森の中に響く2人の笑い声。

 それが治まると、須藤が隣に並んできた。

 

「うっし。浅村、よそのクラスのやつなんざほっといて、さっさと行こうぜ」

「待て待て待て待て待て」

「ダメだよ須藤。いくら池がチ○ポを食べものと認識してても、仲間はずれは良くない」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 なぜだか池がこちらをガン見してくる。

 信じられないものを見た、そんな表情で。

 

 まさか仲間はずれにされることを望んでいたのだろうか。

 ‥‥‥俺には理解できないけど、世の中にはそういう奴もいるのかもしれない。

 

 

 

 そんな風に世界の広さを実感していると、固まってた池がようやく口を開いた。

 

「浅村、チ○ポとか言うんだな‥‥‥」

「逆に聞きたいんだけどさ、なんて呼ぶと思ってた?」

「ソレとかアレとか。でなけりゃ、漢字使った難しい呼び方とか。‥‥‥てか、俺はチ○ポ食わないからな!?」

 

 周回遅れのツッコミに、須藤が首を振る。

 

「寛治、自分で言ったんだろが」

「お前が!ネタを!振ってきたんだろが!」

「え?」

「‥‥‥え?」

 

 2人が顔を見合わせた。

 

「いや、そんなつもりじゃなかったぜ」

「‥‥‥」

「マジで」

「‥‥‥‥‥‥よっし!エロくないけどエロい単語ゲームしようぜ!はい、浅村から!」

 

 唐突に始まった謎ゲーム。

 というか会話のテンポが凄まじい。世界を狙えそうな早さだ。

 

 まぁ、どんなルールかは想像がつくし、頭にはいくつもの候補が浮かんでいる。

 

 その上、相手は男子高校生。

 どんな単語に対してもR18要素を見出す多感な年頃だ。

 この時期に限れば、かなりの男子がフロイトとやりあえるレベルに達しているだろう。

 

 

 ただ、ここでの答えは1つしかない。

 

 リズムを刻んでる池の手拍子に合わせて口を開いた。

 

「バナナ」

「食いもんの話題禁止っつったよなぁ!?」

 

 職人芸のような素早いツッコミ。

 楽しそうでなにより。

 

「そういや寛治、俺になんか話してなかったか?」

「‥‥‥あれだよ、イノシシなんてこの島にいるのかな〜って話。で、いるかもって浅村が言ってる」

「ならいるんだろ」

「確かに健ならそう答えるわ、聞いた俺が悪かった」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ま、いたとしても平気だよな。お前ら2人ならどうにかしてくれそう」

「いや普通に逃げるよ」

「俺も。怪我してバスケできなくなったらヤベェからな」

 

 パタリ、と池が足を止める。

 

「‥‥‥お前らが全力で逃げたら、俺、絶対置いてかれる」

「ありがとう、池」

「ありがとうってなんだよ!‥‥‥健!俺達友達だよな!」

 

 叫ぶ池をチラリと見て、須藤が口を開いた。

 

「‥‥‥怪我させるわけにもなぁ」

「健‥‥‥」

 

 感動したような視線を須藤へと向ける池。

 その期待は間違いなく裏切られるというのに。

 

「‥‥‥いや別に怪我してもいいのか。リタイアしなけりゃ」

「そうそう。あとは点呼。マイナス食らわないように、毎回ちゃんと出てもらわないと」

「お前らもう!マジでもう!」

 

 

 

 そうして池が喚いているうちに、ベースキャンプへ到着。

 川の近くにベッドチェアーとパラソルを設置して、なんちゃってバカンスセットの完成だ。

 

「‥‥‥なんかすっげぇ疲れた」

 

 げんなりした顔で池がつぶやく。

 

「寛治の荷物が1番軽かっただろ。体力無さすぎじゃね?」

「ちっげぇよ!お前らといるとカロリー消費が半端ねぇの!」

「『ら』って、もしかして俺も含まれてる?」

「本体のくせにとぼけんな、浅村。須藤単体ならおとなし‥‥‥くはねぇけど、まだマシ」

「俺の方が上だってさ、須藤」

「寛治、テキトー言ってんじゃねぇぞ。どう考えても俺がメインだろが」

「あーもうダメダメ、今日は終わり。またのご来店おまちしてまーす」

 

 手をヒラヒラしながら離れていこうとした池に、須藤がヘッドロックをキめる。

 

「そうだ、池。ベッドチェアーとか準備できたから、女子に知らせてあげたら?」

 

 櫛田とか、篠原とかに。

 堀北以外が相手なら誰が相手だろうとそれなりに応援するから、頑張ってほしい。

 

「‥‥‥この状況をスルーして話振ってくるのはどうなん?」

 

 須藤の腕をタップしながら、池がくぐもった声を発する。

 ヘッドロックされても会話はできているのだから、俺の対応は間違っていない。

 

「無理そう?だったら、俺が伝えてくるけど」

 

 そう口にした途端、凄まじい勢いで須藤が振り払われた。

 池はそのまま『みんなぁ!』と元気一杯に叫びながら走り去っていく。

 

「‥‥‥寛治のやつ、あんなんだったか?」

 

 腕をぐるりと回しながら、訝しげな顔で須藤が尋ねてきた。

 

「春を感じてるんじゃないかな」

「あ?こんなバカ暑いのに何言ってんだよ」

 

 須藤はそう言いながら座り込むと、足を伸ばして爪先を掴む。

 日課のストレッチだ。

 

「手伝おうか?」

 

 言いながら後ろに回り込み、須藤の背中に手を添える。

 

「お、頼むわ」

 

 

 

 しばらくそうして、柔軟を手伝っていたら。

 いつもとは違った調子の、躊躇いがちな問いかけが須藤から飛んできた。

 

「‥‥‥浅村さ、なんか機嫌悪いか?」

「めちゃくちゃ悪い。出さないようにしてたんだけど、よく分かったね」

「なんとなくな」

「気を使わせてたならごめん。もしかしたら池も気付いてたかな?」

「わからね。気付いてたとしてもそこまで気にしてねぇだろ、たぶん」

「だといいんだけど。とりあえず気をつけるよ、ありがと」

「機嫌悪い理由教えてくれたら無料タダでいいぜ」

 

 3000円払ったら10連ガチャ無料と似たような理屈が飛び出してきた。

 俺の好きな無料タダはそんな紛い物じゃない。

 

「他の支払い方法で」

 

 どう考えても須藤は隠し事が不得手なタイプ。

 控えめに言って、下手くその中の下手くそだろう。

 

 堀北の話にしろ伊吹の話にしろ、その性質はかなりデリケート。

 いずれ打ち明けるにしても、今はダメだ。

 

 特に堀北の方。

 下手をすれば須藤まで不機嫌になる可能性もある。

 

「ケチケチすんなって。誰かがやらかしやがったとかか?」

「さて、どうだろう。正直、そういうのは1学期の分だけでお腹いっぱい」

「お前も大変だな〜」

「ほんと、誰かさんのおかげだよ。それより代金だけど、今やってる柔軟の手伝いってのはどう?」

「それは星乃宮せんせーからかばってやった分でチャラだろ」

 

 試験初日、茶柱先生の説明中に乱入してきた時の話だろう。

 確かに俺は、須藤のことを遮蔽として使った。

 

 ただ、茶柱先生の心無い行いで俺の場所は露見。

 そしてその時、須藤はニヤニヤしていた。ニヤニヤしていたのだ。

 あれはまさしく、裏切り者の顔。

 

 

 

 両手の親指にゆっくりと力を入れていく。

 こう、須藤の背中に対して垂直になるように。

 

「おい、指!指!」

「遠慮しなくていいよ。この指圧マッサージ、代金だから」

 

 指の力を徐々に強めながらの宣告。

 須藤への懐柔策だ。

 

「ダァー!わかった!無料タダでいい!マッサージもいらねぇからやめろ!」

「ほんと?なんか悪いね」

 

 

 

 

 

 懇切丁寧にお願いした結果、須藤は了承してくれた。

 

 やはり話し合い。話し合いは全てを解決する。

 

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