ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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 プールの授業。早くも水着イベントの到来だ。

 

 現在は4月中旬。普通の高校ならばプールの授業を実施するような時期とは言えない。

 だが生憎とこの高校は普通ではなく、政府が力を注いでる日本有数の進学校である、らしい。

 今使っているプールも屋内50mという贅沢な造りだし、金を持っているのは確かだろう。

 

 「ヤッベェよ、櫛田ちゃんの胸。やっぱでかいなぁ、水着たまんねえ!」

 「バカお前、本人に聞こえるだろが」

 

 池や山内の声が聞こえてくる。何やら心配しているようだけど、それは無用なものだ。バッチリ本人の耳に入っているのだから。

 それより君達、水着がどうとかではなく、綺麗な女子達とプールに入れるというシチュエーションそのものにもっと何かあるのではないか。やれ胸がどうだとか、大した問題じゃないから。……嘘、ちょっと見栄張った。

 それにしても、あの2人は時々目に余る。朝からDクラス女子巨乳ランキングとかを作って、周囲を気にせず騒いでいたし。

 女子の半数が授業を見学するようだけど、あの騒ぎは聞こえていただろうし当然の反応だ。

 

 そんな中でも真面目に授業へ参加している麗しき堀北。

 今日もデイリーミッション『堀北との会話』にチャレンジするとしようか。

 

「4月から水泳の授業があるなんてね、小学校の時だったら大喜びしてたんだけど」

「私は昔から、好きでも嫌いでもなかったわ」

 

 返事はしてくれるものの、会話を広げづらいこの雰囲気。

 できればソロで攻略したいところだけど、まだ難しいのでフレンドの綾小路に救援を求めることに。

 

「俺も中学校からはそこまで好きでもなくなったかな。綾小路はどう?プールは好き?」

「特に好きでも嫌いでもないな」

 

 返事はしてくれるものの、会話を広げづらいこの雰囲気!!

 入学当初、俺を含めた3人でぼっちトライアングルを教室の隅に形成していただけのことはある。

 俺はぼっちではなかったけど。

 

「綾小路君と浅村君、何か運動はしていたの?」

 

 珍しく堀北から話を振ってもらえた。

 筋肉がお好き?結構、ではますます好きになりますよ。

 

「いや、別に。中学は帰宅部だった」

「へぇ、綾小路ってトレーニングとかしてないんだ?それでその体つきとは羨ましいよ」

「……どう見ても浅村の方が筋肉あると思うぞ」

「そりゃあ鍛えてるからね」

 

 綾小路はああ言っているけど、どう考えても鍛えている体格だ。

 ともあれ俺は、鍛えていることを堀北にアピールしてその反応を見る。

 これでリアクションが薄いようなら食事の量を減らして、平田のような細マッチョ路線に切り替えなければならない。

 

「確かに浅村君、凄い体しているわね」

 

 これはどうなんだろうか。好感触と捉えていいのだろうか。

 もう少し確認したかったけど、体育教師から召集がかかってしまった。

 

「よーしお前ら、集合しろ!」

 

 流石に体育を担当しているだけあって、その先生はかなり鍛えられた体つきだ。

 水泳の先生って、創作のジャンルによっては女子に不埒なことやアァンなことするをから心配していたけど、この人は大丈夫そうに思える。

 なんというか情熱を感じるのだ。ちょっと暑苦しいくらいに。でも筋肉では負けられない。

 

「見学者は15人か。ずいぶん多いようだが、まぁいいだろう」

 

 そう言って先生が見上げた先あるのは、2階の見学席。件の女子達がこちらを見下ろしている。

 

「早速だが、準備体操をしたら実力を測る。泳いでもらうぞ」

「先生、俺泳げません!」

 

 1人の男子が手を挙げる。なぜそんなに堂々としているのかと聞きたいくらいに威勢が良い。

 

「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」

「別に泳げなくてもいいですよ、海なんて行かないし」

「そうはいかん。今は苦手でもいいが克服はさせる。泳げるようになっておけば、あとで必ず役に立つぞ。必ず、な」

 

 『必ず』、恐らくはキーワードだ。どのタイミングかはわからないけど、何かしら水泳技能を使うイベントがあるのかもしれない。

 全員強制参加水泳大会とかであることを切に願う。海の真ん中に放り出されて、『自力で生還しろ』とかは極力やめて欲しい。

 

 

 そんなこんなで全員が準備体操を始める。池がチラチラと女子を窺っているけど、バレバレだ。

 甘すぎる。視線制御がガバガバだ。バレないように観察するならば、自然な動作の中で観察対象を視界の端に一瞬捉える程度に抑えるべきなのに。

 とある女子曰く、男のおっぱいチラ見はバレバレらしい。だけど俺は相手と話すときに、顔を見ながら視界の端に胸を捉えているから問題ない。

 もし俺にこの技術がなかったら、葛城と会った時もあからさまに頭頂部をガン見して不興を買っていただろう。

 

 そんなことを考えていたら準備体操を終えて、全員が1度ずつ50メートルを泳がせられた。

 それも終えたあと、先生の指示で男女別で50メートル自由形で競争することに。俺この世界に生まれて、さっき初めて泳いだのですが……。適当にやろうかな。

 

「あぁそうだ。1位になった生徒には俺から特別ボーナス5000ポイントを支給するぞ。1番遅かったやつは補習だがな」

 

 勝負に手抜きなんて許されるはずがない。男たる者、敗色濃厚な勝負であっても全力で挑むべきである。

 俺は負けるつもりなんてないけど。

 

「まず女子からだ。人数が少ないから、1番タイムの速かった奴が優勝ということにする」

 

 その間男子はプールサイドに座り込み、女子の競泳を見学することになった。ほとんどが体育座りなのはなぜだろうか。

 

 結果は1位が水泳部女子の小野寺、2位は堀北だった。堀北は運動神経がいいらしい。

 

「次は男子だな。3組に分けてタイムを計り、上位5人で決勝を行うぞ」

 

 まずは1組目、須藤、綾小路、その他。

 せっかく話すようになった仲だし、声援くらい送ってやろう。

 

「須藤と綾小路。2人とも頑張りなよ」

「まあ見てな浅村。ブッチギリで1位取るからよ」

「ビリにはならんよう頑張る」

 

 綾小路は相変わらずやる気がない。本気を出せば1位も狙えるだろうに。これは須藤が1位で確定だ。

 

 そうして1組目が終わり、結果は予想通りの須藤1着。先生から水泳部へ勧誘されているほどダントツだった。

 運動についてはやっぱり飛び抜けているようだ。まあ負けないけど!

 

 そして2組目、俺、平田、その他。

 スタート台に立つと歓声が響いた。俺と平田に向けたものが半々くらいだ。

 ちなみに女子に限ると、平田向けがかなり多い。ただ、須藤の俺への声援がそれを覆している。

 女子5人分以上の声量だぞ、あのエールは。

 

「平田君、頑張って!」

「負けんなよ、平田」

「浅村君、腹筋すごーい!」

「浅村ぁ、負けたら承知しねぇぞ!」

 

 須藤は、俺のことを応援してるんだよな?

 

 そんなことを考えていたら笛が鳴ったので、咄嗟にスタート台から飛び出す。

 

 今生2度目のクロールは、明らかに先ほどよりも馴染んでいた。これなら須藤にどやされずに済む。

 

 終始先頭を維持したまま、無事にゴール。平田は俺より2秒以上遅れての到着だったけど、それでも残りの奴らよりは遥かに速かった。

 どうやら俺の筋肉が強すぎたらしい。

 

「……23秒81。浅村、お前部活はやっているか?」

「いえ、今は入っていないです」

「未熟な部分はあったが、それでこのタイムは驚異的だ。お前なら高校生日本一も夢じゃない。是非水泳部に入ってくれ」

「えっと、検討してみます」

 

 この世界が水泳漫画の世界観だったら喜んで入るけど、その線はかなり薄い。学校の仕組みが特殊すぎるのだ。

 すみません、水泳の先生。あなたの筋肉は嫌いじゃなかったけど、この世界観が悪いのだよ。

 

 そんなことを考えていたら、須藤が声を掛けてくる。

 

「んだよ、お前。めちゃくちゃ速えじゃねえか」

「まぁほら、鍛えてるし。例え須藤だろうと5000ポイントは譲らないから」

「バァカ、俺だってまだまだ本気じゃねえ。負けるかよ」

「そっか、決勝が楽しみだね」

 

 須藤とは1秒近くタイム差があるが、こいつは本気で俺に勝つつもりでいる。

 ガッツあるよなぁ、こういうやつ好きだわ。主人公ポイント結構高い。

 

 そんなことを考えながら須藤と話しているうちに3組目が終わったようだ。先生が驚いた様子でストップウォッチを二度見している。

 

「23秒22……だと……」

「ふふ、私の腹筋、背筋、広背筋は好調のようだ。悪くないねぇ」

 

 ……泳ぎに夢中で、高円寺のことが頭からすっかり抜けていた。

 ところであの先生、計測の度に驚いている気がする。他のクラスはそこまでタイム速くないのだろうか。

 

「須藤、どうやら他にもライバルが居たみたいだよ」

「関係ねえ、全員まとめてぶっ倒すだけだ」

 

 今の台詞は主人公ポイントが低い。ちょい強めの脳筋敵キャラが言いそうなやつだ。

 

「燃えてきたぜ……!」

 

 かと思えば、主人公ポイント爆稼ぎの台詞を言い放つ須藤。判断に困るキャラだ。

 

 

「やあ、レディーキラー。君もなかなか素晴らしい泳ぎをするじゃないか」

 

 高円寺がこちらに向かって何か言っている。おそらく須藤に話しかけているのだろう。睨みつけるだけで弱気な生徒、例えば佐倉さんあたりは殺せそうな目をしているし。

 

「んだテメェ、少し速かったからって調子乗ンなよ」

「わからないのかい、ボーイ。私も彼もまだ全力を出していないのだよ 」

 

 残念ながら、レディーキラーという名称は俺を指していることが確定してしまった。泣いてもいいだろうか。

 

「あ?浅村、お前手ぇ抜いてたのかよ?」

「抜いてないよ。泳ぐのが久しぶりだったから、本調子じゃなかったかもしれないけど」

 

 普通に本気出してあのタイムだった。にもかかわらず高円寺は俺より早かった。神様じるしのチートスペックなんだけど。

 

「次は本調子であることを願っているよ、レディーキラー」

「……そのレディーキラーって呼び方、やめて欲しいな。すごく恥ずかしい」

「私が決めた呼び名だ。恥じることなどないさ」

 

 わかっていたけど、高円寺はまともに取り合ってくれない。

 

「それなら次のレースで勝負しよう。それで俺が勝ったら、その呼び方をやめてくれないかな?」

「私がその申し出を受けるメリットがないね」

「そうだね。でも、俺が本調子になれる気がする」

「……ははっ!いいだろう。私が満足したら違う名前で呼ぶとしよう」

 

 さて、負けられない理由が1つ増えた。5000ポイントは頂くし、呼び名も正すのだ。

 

「よーし高円寺、浅村、須藤、平田、三宅は位置につけ」

 

 

 

 俺にとっては今生で3度目の水泳。体はさらに馴染んでいるはずだ。チートスペックを信じよう。

 

 響く合図の笛。それを聞いた俺は、人間の限界を超えた反射速度でスタートを切った。

 

 会心のスタートだ。泳ぎながら視界の端で高円寺を捉える。僅かにだが俺の方が速い。

 

 50mの直線だ、駆け引きなんて不要。体の出力の違いを見せつけてやるだけだ。

 

 そう考えながら、息継ぎのために顔をあげる。堀北が食い入るようにこちらを見ていた。

 

 

 

 

 堀北がこっちをガン見してるなんて珍しい。これはチャンスだ。是が非でもかっこいいところ見せてやろう。

 具体的に言えば、高円寺をぶっちぎるのだ。

 

 

 いや待て。前世で見た「恋が冷める瞬間特集」に『水泳の息継ぎの顔を見た瞬間』が入っていたはずだ。

 ……ダメだっ!!それはダメだ!!さっきまで右側向いて呼吸してたけど、左側に変更!!!!

 

 

 極めて重大な理由によって、呼吸のルーティーンが乱れた。ほんの僅かながら、こちらの加速の伸びが失われる。

 

 もう高円寺の方を確認する余裕なんてない。ゴールに手が届くまで全力で泳ぎ続ける。それだけだ。

 

 そして、決着の時が訪れた。

 

 

「…………21秒89、浅村と高円寺の同着だ」

 

 

「小野寺さん、あのタイムってどのくらい速いの?」

「……ちゃんとは覚えてないけど、あと少し速かったら日本記録だと思う」

「え、あの2人そんなにすごいの?」

「多分、日本で1番速い高校生だよ」

「……マジ?」

 

 

 ちょっとやりすぎたかもしれない。ただ、そんなことより今は確認しなければならないことがある。

 

「あの、先生?同着の場合は高円寺と俺に、それぞれ5000ポイントずつ貰えますよね?」 

 

 

 ほぼ全員が俺を変な目で見てくる。いや、大事なことでしょ。

 

 

 

「ははっ、ここまでやるとはね。いささか驚きだよレディーキラー、いや、大地」

 

「俺もだよ。……勝ったと思ったんだけどなあ。ま、名前で呼んでくれるならいいんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

「浅村、高円寺。20万ポイントずつやるから、今すぐ水泳部に入部してくれ」

 

「え、えっと、検討してみます……」

 

 

 先生の勧誘を断るのに、すごく苦労した。

 

 

****

 

 

 授業は終わり、放課後。軽井沢グループにドナドナされた俺は、なんとか逃げ出してきた。

 平田が部活本格的に始めたからなのか、最近絡まれる頻度が増えた気がする。

 聞いた話だと、平田と軽井沢が付き合い始めたらしい。おめでとう。

 まだみんなには内緒だとか。これぞ青春、いいぞもっとやれ。このまま平和な雰囲気が続けば御の字だ。

 

 

 そうして部屋についた俺は、荷物を抱えて急いで出かけた。なんか前も似たような状況あった気がする。デジャヴだろうか。

 

 

 

 目的地は図書館。閉館時間前に、なんとか滑り込めた。

 さっさと持参した本の返却処理を済ませて、今日借りる本をピックアップしていく。

 閉館間際ということもあり、人はほとんどいない。

 

 DIY、医療、機械工学、薬学、植物図鑑、動物図鑑、アウトドア解説、調理、保健体育、化学、物理学etc。

 分野にまとまりが無さすぎるけど、何が必要になるかわからない以上は仕方がない。

 アウトブレイクやアポカリプスがいつ発生しても生き抜けるように、いろいろなジャンルを読み漁ろう。

 

 

 数分後、両手が埋まるほど大量の本を確保した。

 いつもならこれで終わりだけど、今日は小説も借りるつもりなので別の一画へ向かう。

 目当ての本はドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』。

 

 

 

 突然だけど、俺は堀北に結構話しかけている。それでも未だに友好関係を築いたとは言えない。

 堀北は休み時間は1人で本を読んでいて、きっかけを掴みづらいというのが大きい。

 その堀北が読んでいる本がドストエフスキー著『罪と罰』であることと、今回の俺の本のチョイスとは全く以って関係ない。

 ただ単に、前世で読んだモノと同じ内容か確かめたかっただけであり、それ以外の思惑なんて存在しない。

 本を接点にお近づきになったり、あわよくば話しかけてもらおうなんて軟弱者が考えることだ。

 

 

 

 そんなことを考えていると目当ての本がある小説コーナーへ到着。そこでは閉館間近にも関わらず、女子生徒が本を読んでいた。

 図書館でよく見かける1年Cクラスの生徒だ。目があったので会釈だけして、目的の本を手に取った。

 そのまま受付へ向かおうとすると、その女子生徒に声をかけられる。

 

「ドストエフスキー、読まれるのですか?」

「ん?そうだね。有名どころは大体読んだよ」

「いつも実用書や専門書ばかり読まれていたので、小説には興味がないのかと思っていました」

 

 確かに、転生してから小説の類は全然読んでいない。

 いざという時を想定して、知識を頭に詰め込むことしか考えていなかったのだ。

 

 ちなみに俺は、本をパラパラめくるだけで内容が頭に入ってくる。

 分厚い本も1時間もあれば読み切ってしまうのは流石だ。これぞチートスペック。

 最初は図書館でひたすらパラパラしていたけど、周りから変な目で見られたのでここ最近は借りることにしていた。

 

「新入生の方ですよね?同じクラスに本を読む方がいないので、つい声をかけてしまいました。Cクラスの椎名ひよりと申します」

「Dクラスの浅村大地、一応初めましてかな。よく図書館で見かけていたけど、椎名さんは本が好きなの?」

「ええ、ずっと読んでいたいくらいには。実際、放課後はここか部屋で小説を読んでいますし」

 

 そう言いながら、手に持っている本を見せてくる。

 

「‥‥‥それは、レイモンド・チャンドラーか。まだ読んだことがないな」

「普段はどういったものを読まれますか?」

「基本的に雑食だけど、強いてあげればSFだね」

「SFですか。そちらはあまり読んだことがないです」

「察するに、推理物が好きなのかな?それなら『星を継ぐ者』は是非読んで欲しい。人類最大の謎を解き明かす小説なんだ。俺のイチオシ」

「ふふ、今度読ませていただきますね」

 

 そんなことを話していたら閉館時間が迫っていたので、慌てて借りる本を受付に持っていった。

 毎日のように大量の本を借りていたせいか、受付の司書に怪訝な顔で見られた。いつものことだ。

 

 

 そして次の日、俺は堀北に本のタイトルが見えるような、そんな姿勢でカラマーゾフの兄弟を読んだ。

 1度も堀北からは話しかけてもらえなかった。

 


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