試験最終日の朝が、何事もなくやってきてしまった。
『しまった』なんて悪いことのように言っているけど、もちろんいいことだ。
ただ、釈然としないだけで。
実質的な最終日である試験6日目に、狙ったような大雨。
その状況で何も起こらないなんて、重大な見落としをしているのでは。
そんな考えがよぎってしまう。
とはいえ、堀北から情報をもらった時のような胸騒ぎはない。
過去最高レベルで気を張ってたのに、肩透かしを食らってしまった。
それが飲み込めてないだけだろう。
「テント解体と穴の埋め立ては終わったよ。他は?」
「ありがとう。こっちはもう大丈夫かな」
平田へ声をかけて、そう返された。
時刻は7時前。
昨日までならまだまだ寝ているクラスメイトもいる時間帯だけど、今日は全員が起床済み。
試験終了までにできる範囲で、ベースキャンプを元の状態へ戻しておくように言われていたからだ。
クラス総出で取り掛かっているので、片付けは順調に進んでいる。
これなら、点呼までには完了できそうだ。
「じゃ、俺はそろそろ出かけても平気?」
「そうだね。みんなにはタイミングを見計らって話しておくから」
「よろしく」
指名するリーダーを確定させるために点呼を欠席することは、堀北、平田、軽井沢にだけ伝えてある。
伊吹その他への漏洩を警戒して、それ以外のクラスメイトには未だ知らせていない。
点呼の直前あたりで、平田から説明してもらうという段取りだ。
そんなわけで、できるだけ気取られないよう抜け出さなければならない。
堀北にアイコンタクトだけ送って、ベースキャンプを後にした。
そうして、1つ目の目的地に到着。
既に待ち合わせ相手である神崎が待ち構えていた。
「お待たせ」
「いや、今回は待ってない」
「そこは『ううん、今来たところ』って返さないと。早速だけど、Bクラスの意見はまとまった?」
「ああ。大半のクラスメイト達も、Dクラスとの協力については賛成してくれた」
「それは何より」
言いながら、神崎へメモを差し出す。
「これは?」
「試験中に船上への滞在を確認したCクラス生徒、計34人の名簿」
堀北へ話した時よりも人数が増えた。
昨日や一昨日の日中にちょくちょく監視していた成果だ。
「停泊している位置はかなりの沖合だったはずだが」
「マニュアルの物品リストに双眼鏡があったでしょ」
「なるほど。それで、なぜ俺にこれを?」
「追加の情報提供。Cクラスのリーダーを指名する参考になるかと思って」
「このリストに間違いが無いとして、確率は6分の1。分の悪い賭けだな」
「だから、あくまで参考程度で。ちなみに金田は?」
「昨日リタイアした」
「船に戻る場面まで確認した?」
「ああ。クラスメイトを何人か同伴させた」
「なら5分の1まで絞り込めるね」
「伊吹はリタイアしてないのか?」
「俺がキャンプを抜け出した時は、まだ残ってた」
こちらの返事を聞いて、神崎の表情に険が混じった。
「‥‥‥抜かれたのかもしれないな」
メモを見ながら、呟くように言う神崎。
何とは言っていないが、間違いなくリーダーについて言及している。
金田がスパイだという前提で話せば、役目を果たしたから一足先にリタイアしたというのは十分にあり得る流れだ。
「今更どうにかできるものでもないし、結果を待つしかないよ」
「わかっている。ところでこの名簿、龍園の名前が見当たらないが」
「書いてないからね」
神崎が目を細める。
そのまま押し黙って何やら考え込んでいる様子を見守ること1分。
ハッとしたようにこちらへ向き、口を開いた。
「‥‥‥いや、すまない。この名簿に載ってない生徒については知っているか?」
「面識あるのは椎名さんくらいだけど、どうかした?」
「内向的なやつを除いてさらに絞り込みたい。甲板に出てこなければ、リタイアしててもこの名簿に載らないわけだろう?」
「その観点で言うと、食堂とかモールで見かけないタイプだね」
「島に残っているのは伊吹だけ、という可能性も十分にあるわけか」
「そこについてはなんとも」
少なくとも龍園は残っているというのが俺の見解だけど、神崎の言っているパターンも否定できない。
それの答え合わせも、もうすぐできる。
「ともかく、その名簿は上げるから好きにして」
「ああ。しかし、よくもまぁ次から次へと情報が出てくるものだ」
「流石にもうネタ切れだよ。今のメモにしても、本当ならそっちへお邪魔した時に渡すつもりだったし。トラブルがあって頭から吹き飛んでたけど」
「‥‥‥星乃宮先生の介入が悔やまれるな」
「いや、一番の被害者は俺だからね?」
「それについては一之瀬がかなり気に病んでいた」
「だろうね。帰り際の謝り方、すごい勢いだった。気にしないでって言っても逆効果かな?」
「逆効果だろう。──と、話が逸れたな」
点呼の時刻まで残り30分を切っている。
神崎がCクラスのリーダーを指名したいなら、そろそろ戻る必要があるはずだ。
「後は、お互いのリーダー指名をどうするか、だ。そちらに異存が無ければ、今回は相互で指名しないよう約束しておきたい」
「それでいいよ。書面に残す?」
「口約束で問題ないだろう。破ればどうなるか、お互い理解してるはずだ」
神崎がしれっと恐ろしい言葉を吐く。
これは間違いなく脅迫だ。
違えれば星乃宮先生を差し向けるという、紛う事なき脅迫だ。
見損なった。
教師とは尊敬するべき対象。
それを脅迫の道具として利用するとは、なんて卑劣な男だろう。
「信頼の証として受け取っておくよ。ところで、時間は大丈夫?」
「そろそろ戻らないとまずいな。ただ、最後に1つだけ聞いておきたい」
「どうぞ」
「Dクラスは、Cクラスのリーダーを指名するのか?」
「まだ悩んでいる最中。結論が出るのは、たぶんギリギリかな」
「そうか。情報、感謝する」
そう言うと神崎は早足で離れていった。
あとは龍園の所在確認のみ。
試験終了の時間まで、念の為に全クラスのベースキャンプから離れた位置で待機だ。
そしてアラームが鳴った瞬間、時計を外して駆け出す。
行き先はCクラスのベースキャンプにある坂上先生のテント。
30秒ほどで目的地近くに到着すると、テントを出発して森の方へと向かっている坂上先生が視界に入った。
その手元の教師用端末には、島の地図と2つのシグナルが表示されている。
片方は俺達がキャンプを構えたあたりで点滅し、もう片方は島の中央部、全拠点から離れている場所で点滅していた。
ビンゴ。
伊吹以外の誰かがこの島に未だ滞在していて、坂上先生はそいつの元へ向かっているわけだ。
スーツ姿のCクラス担任は、躊躇いなく木々の中へと足を進めていく。
気取られないように距離を維持しつつ、その後を追った。
7分後、シグナルの近くで足を止めた坂上先生が辺りを見回して口を開く。
「龍園、そこにいるか?」
声に反応して茂みが揺れて、その向こうから汚れた身なりの龍園が現れた。
「ようやく終わりか」
「金田君はリタイアした。伊吹君は──」
「言われなくてもわかってるぜ、先生」
「そうか、では締めるとしよう。まずはカードだ」
「ああ」
返事と共に、龍園はキーカードを差し出す。
受け取った坂上先生がそれを懐にしまう瞬間、わずかに見えたアルファベット。
『Kakeru Ryuen』の文字列。
Cクラスのリーダーは龍園で確定した。
残るはもう1つ。
「確かに。では、これに各クラスのリーダーを記載しろ」
そう言って、坂上先生はボードに乗せた用紙を手渡した。
「全く。努力は嫌い、君は良くそう嘯くが──」
用紙にペンを走らせる龍園相手に、坂上先生が続ける。
「汚れた服に、傷を負った身体。その全てが勝利への執念と努力を物語っている」
「くだらねぇこと言うなよ、先生」
返事と共に龍園が差し出した用紙には。
Aクラス:戸塚弥彦
Bクラス:白波千尋
Cクラス:
Dクラス:
AクラスとBクラスの生徒氏名が記載されていた。
「ほう、Dクラスだけ指名せず。手心でも加えたか?」
用紙を受け取りながら、坂上先生がそう言い放つ。
「俺がそんな真似すると思うか?」
「想像できないな。やはり、浅村君か?」
「さぁな。ただ、いい遊び相手にはなりそうだ」
話しながら、2人は移動を始めた。
実に面白くない結果だ。
堀北の情報源が龍園である可能性が跳ね上がってしまった。
加えてAとBのリーダー指名まで的中していた場合、それは龍園が有能であることの証左となる。
つまり、フェードアウトは望めない。
本格的な長期戦を覚悟しておくべきだろう。
ただ、1つだけ嬉しかった要素もある。
龍園が戸塚を指名したことだ。
これで、AとCが協力している線はかなり薄くなった。
物資のやり取りは、単なる取引と見なすべきだろう。
突き詰めれば、須藤の件に葛城が関与している可能性がかなり低下したのだ。
そんなことに考えを巡らしながら、2人の側から離脱。
それから、移動中のAクラスの集団の中に戸塚がいることを確認した後、放置してた腕時計を回収してDクラスキャンプへと帰還した。
時刻は8時12分。
ベースキャンプ跡地には人だかりができていて、中心には用紙を持った堀北と平田、そして茶柱先生が立っていた。
まだ少し遠いその集団へ声を掛けると、全員がこちらを向く。
それに向かって全力のサムズアップを決めて、無人島試験が終了した。
***
戻ってきた浅村君からのゴーサイン。
彼を迎える歓声を脇目に、リーダー指名用紙へ戸塚君と龍園君の名前を書き込んで、茶柱先生へと手渡した。
「お待たせしました、茶柱先生。これでお願いします」
「結構。さて、結果発表の時刻が迫っている。お前達全員、急いで移動だ」
呼びかけながら、茶柱先生は早足で歩き始める。
一瞬の間を置いて、他のクラスメイト達もそれに追随した。
宣言した通り、先頭の茶柱先生はドンドン先へ行く。
正直なところ、ついて行くのが少し辛い。
ただ、それもすぐに終わる。
目的地はもう目の前。
木々の向こう側に見えてきた海岸。
クルーズ船に戻るための舟艇。
整列しているAクラスの生徒とBクラスの生徒に、伊吹さんと龍園君。
「よし、全員揃っているな。私はこれから集計作業に入る。結果発表は9時を予定しているから、それまで待機していろ」
告げて、離れていこうとする茶柱先生。
それに向かって、浅村君が手を挙げながら声を掛けた。
「暑くて倒れる自信があります。時間までクラス全員、日陰で待機してていいですか?」
「構わん。発表のアナウンスが流れたらすぐに戻ってこいよ」
茶柱先生は歩きながら返事をすると、近くのテントへと入った。
重い体を日陰で休めることしばらく。
目を閉じて息を整えていたら、誰かが近くで腰を下ろす音がした。
「お疲れ様」
「‥‥‥ようやく解放されたみたいね」
浅村君へ、労いの言葉を投げる。
「どこにそんな元気が残ってのかってくらい激しかった。少し待てば結果なんて分かるのにさ」
何人ものクラスメイトに囲まれた浅村君は、キャンプからここへの移動中もひたすら質問責めされていた。
どうやったのかは見ていなかったけど、うまいこと抜け出してきたのだと思う。
誰かに見つかってしまえば、それも元の木阿弥。
再び何人ものクラスメイトに囲まれるはず。
けれど、今は私と2人だけ。
最近気付いたことがある。
浅村君は人の視線を避けたり逸らすのが上手い。
でなければ、今だって10秒と経たずに見つかって、質問責めが再開されているはずだから。
「みんな、あなたに期待してるのよ」
「正直、心臓に悪い。さっさと結果発表されないかな」
言葉とは裏腹に、浅村君は平静そのもの。
彼に質問を投げかけていた人達も、不安というよりは期待しているような、そんな楽しげな表情をしていた。
今も周りから聞こえる会話は、何ポイント取れているかという話題がかなりの割合を占めている。
「そうだ、忘れるとこだった」
浅村君はそう言うと、折り畳まれた紙を差し出してきた。
開いてみると、中には『龍園はAクラス:戸塚 Bクラス:白波を指名』というメモ。
綾小路君の予見した通り、CクラスはAクラスとBクラスのリーダーを指名した。
「Bクラスの指名は、金田君の功績かしら」
「順当に考えればね。ただ、戸塚まで指名したのは意外だった」
「Aクラスとは協力していなかった。そういうことでしょうね。トップを走るクラスのポイントが減るだからありがたいことよ」
「確かに。‥‥‥さて、そろそろみたいだ」
そう言った浅村君が立ち上がりきると同時に、アナウンスが流れた。
『これより、特別試験の結果発表を行う』
「この1週間、諸君の取り組みを見せてもらった。真正面から試験に挑んだ者。工夫し試験に挑んだ者。総じて素晴らしい試験結果だったと思っている。ご苦労だった」
「なお、結果に関する質問は一切受け付けてない。自分達で分析し、以降の試験に活かされることを期待する」
「では、特別試験の順位を発表していく。最下位は──Cクラス、50ポイント」
「続いて3位はBクラス、140ポイント。2位はAクラス、170ポイント」
「そして1位はDクラス──411ポイント」