入学直後は、誰もが緊張を保っている。
ただ、時間が経てば気が緩む人間も出てくるだろう。
少なくとも、Dクラスには大量発生していた。
入学から2週間が経過した辺りで、Dクラスでは授業中に寝る、携帯を弄る、大声で喋る、これらが当たり前の様に行われていた。
進学校でも寝てるやつとかはたまにいるけど、携帯触るのとか大声で話すのは完全アウトでしょ。寝てるやつも、授業内容がわかってて退屈ってパターンが結構あるし。
良く寝てる須藤は勉強は全然ダメらしい。ギャップ狙いの隠れインテリキャラかもと思って聞いてみたけど、違った。
他の不真面目組についても、多分勉強ができるわけではないと思う。不真面目な生徒がいるのはよくあることだけど、なぜ教師はそれを咎めないのだろう。普通は、サボってる生徒をあてて問題を解かせたり、口頭で注意するなりして矯正するはずだ。
ちなみに俺は星乃宮先生にすごくあてられる。真面目に受けてるのに。保健体育の授業だから結構答えづらい。マジふぁっきゅー。
そして高校には、中学とは違い留年がある。
茶柱先生に留年のことを聞きに行ったが、例の如く教えてもらえなかった。
ただ、1年のクラスはAからDまで全て定員通り40人だったし、上級生のクラスは40人に達していないクラスばかりだった。
何かしらの基準を満たせなかった場合、普通は留年になるところでも、この学校だと退学になるかもしれない。授業中の態度が査定に含まれている可能性は大いにある。そもそもおダブリさんになるのも嫌だろう。
そういった内容を付き合いのある須藤や軽井沢達に話した。須藤は授業中に寝ているけど遅刻は減った、軽井沢達は相変わらずだ。
平田にも話して、クラス全体に注意喚起をしてもらった結果、他者の迷惑になる授業中の私語については全員控えることになった。私語がなくなった分、みんな携帯いじってるけど。チャットしてるでしょ、絶対。
結局、かなりのクラスメイトが授業を真面目に受けないまま、4月最後の日を迎えている。
休み時間が終わり、次の授業担当の茶柱先生が入ってきた。
「今日はちょっとだけ真面目に授業を受けてもらうぞ。月末だからな、小テストを行う」
俺にもテスト用紙が回ってくる。茶柱先生の担当科目以外も、というか主要5科目の問題が載っているテストだ。
「えぇ、抜き打ちかよ〜」
「安心しろ。今回のテストは今後の参考用だ。成績表には反映しない。ノーリスクだから安心しろ」
よかった、ノーリスクか。点数次第で命をもらう、みたいな展開だったら須藤あたりは危ない。友達だから助けたいけど、『ショーシャンクの空に』みたいな脱出ルートを須藤と脱出するのはちょっとな。堀北とならいける。
テストが始まり、パパッと全問解き終える。内容はほとんどが簡単なモノだったが、一部の設問は異常に難易度が高かった。
‥‥‥いびきがうるせぇ、須藤。
****
放課後、俺と綾小路は櫛田につかまっていた。
「私ね、堀北さんと仲良くなりたいんだ」
わかる、わかるぞ櫛田。俺も堀北と仲良くなりたい。
「でも、なかなかうまく行かなくて‥‥‥」
わかる、わかるぞ櫛田。俺もあまり仲良くなれていない。
ただ俺が堀北に声をかけた時は、それなりの反応がある。櫛田はかなり冷たく拒絶されていた。
つまり俺の方が堀北と仲が良い。はい、俺の勝ち。
「だから、堀北さんとよく話している綾小路君と浅村君に手伝って欲しくて」
そうか、俺と堀北は仲良しに見えるか。良いやつだなお前、なんでもやるぞ。
「あー、できればどうにかしてあげたいけど、方法が思いつかないな。綾小路、何かアイデアある?」
「いや、オレも思いつかない」
「実はね、方法は考えてあるの」
堀北と俺達が一緒にカフェに行き、そこに偶然現れた櫛田が相席する。
櫛田のプランは、そういった内容だった。
堀北とカフェに行く、か。とても魅力的な提案だが、問題があるな。
「ごめん櫛田さん、今日軽井沢さん達からカフェに誘われて断っちゃったんだよね、俺」
なんでもやると言ったな、あれは嘘だ。
そんなことより軽井沢達が最近、遠慮と言うものをしなくなってきた。普通に俺にタカろうとする。缶ジュースくらいならともかく、500円もするドリンクなんて到底おごってやる気にならない。俺の弁当の3倍近い値段だぞ。学生が飲む物じゃないよ。
「あー、それだと行きづらいね。綾小路君はどうかな?」
「‥‥‥オレはそう言うのはないけど」
綾小路がチラッと後ろを見る。池と山内が血走った目で、物陰からこちらを見ていた。
「じゃ、よろしくね綾小路!櫛田さんも頑張ってね」
俺はその場を離れることにした。綾小路のことを信じているからだ。
綾小路が少し恨めしそうな目でこちらを見ていたのは、気のせいだろう。あいつ感情をあまり表に出さないしな。
堀北が孤独な状況は、平田も気にしている。だからってわけではないけど、櫛田の作戦がうまくいって欲しいとは思っている。けど、正直厳しいと思う。堀北の櫛田への態度は明らかに、他の人間に対してのそれよりも厳しかった。
人気者への嫉妬って感じには思えないし、隠れた因縁があったりするのかな。
ともあれ、今日の買い出しだ。いざスーパーへ。無料鶏胸肉は俺のものだ。
スーパーに着くと、無料鶏胸肉を手に取っている須藤を見かけたので声を掛ける。
ソイツヲヨコセ。
「須藤がカップ麺以外を買うなんて珍しいね、自炊にでも目覚めたの?」
「あ?浅村か。いや、ポイントほとんど使っちまってよ、カップ麺も買えねえんだ」
‥‥‥ポイント使い切ったのか、こいつ。
「10万も何買ったのさ?」
「ボール、バッシュ、食いもん、あと春樹に言われてゲーム買ったな」
「あー、バッシュ結構高いもんな」
「明日ポイント入るから、今日は誰かに借りようと思ったんだけどな、春樹も寛治もポイント全然残ってなくてよ」
山内と池か、あいつら何に使ったんだ?須藤はバスケ関連あるからわかるけど。
「浅村、明日返すからポイント貸してくんね?」
「‥‥‥初日のカップ麺代、まだ貸したままなんだけど」
「あー、それも明日返すわ」
「追加融資の申し込みは、受け付けておりません!その代わり、俺の部屋に来れば夕飯くらい出すよ」
「お、マジか。頼むわ」
ちなみに今日のメニューは、茹でた鶏胸肉、ブロッコリー、豆腐、茹で卵!
須藤に文句を言われたが、知ったことじゃない。
バランスが悪い?うるさい、タンパク質は何よりも優先されるんだ。
****
5月最初のホームルーム、その開始を告げるチャイムが鳴って、茶柱先生がやって来る。
先月までとは違い明らかに険しい表情をしている。イベントかな?
「せんせー、生理でも止まりましたか?」
池が空気を読まずに発言する。勇気あるなお前。
「これより朝のホームルームを始める。その前に質問はあるか?気になることがあるなら今聞いておけ」
池の発言に構わず、茶柱先生が口を開く。
それを聞き、何人かの生徒がすぐに手を挙げた。その中の1人、本堂が発言する。
「今朝確認したらポイントが振り込まれてなかったんですけど。そのせいでジュース買えませんでした」
そう、今朝のポイントは、昨日から1ポイントも変動していなかった。
他のクラスメイトに確認しても同様だった。
ていうか、お前もポイント使い切った勢かよ。
「本堂、前に説明したはずだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今日も問題なく振り込まれたことは確認済みだ」
「え、でも‥‥‥。ポイント増えてませんよ?」
生徒達が顔を見合わせた。
「‥‥‥お前らは本当に愚かな生徒達だな」
茶柱先生の雰囲気が変わる。怒りか、あるいは悦びか。
咄嗟に、袖に仕込んでいる裁ち鋏に意識を向ける。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられていた、と言うこともない」
「いやでも、実際に振り込まれてませんし‥‥‥」
本堂は戸惑いながらも訊ねる。
不意に、高円寺が笑う。
「ははは、理解できたよ。私達Dクラスには1ポイントも支給されなかった、ということか」
「なんでだよ?毎月10万ポイント振り込まれるって‥‥‥」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?大地」
こっちに振るな。最近表情筋がオーバーワーク気味なんだよ!
「高円寺の言う通りだ。私は毎月10万ポイント振り込まれるとは説明していない」
「先生、質問良いですか?」
平田が手を挙げる。さすがDクラスが誇るイケメンだ。率先して役割を果たしていくな。
平田は、ポイントが振り込まれなかった理由を茶柱先生に問う。
何十回もの遅刻欠席、何百回もの授業中の私語や携帯弄り。
そういった行為がクラスの成績としてポイントに反映されて、結果的にポイントは支給されなかったことを、茶柱先生は淡々と説明した。
計算式はわからないけど、マイナスの値が10万ぴったりってことはないだろうなぁ。足りない分は体で払ってもらう、とか言わないよね?
「4月の半ばで多少は改善したようだが、それでも話にならん。入学式の日に説明したな、この学校は実力で生徒を測ると。その結果お前達は0という評価を受けた」
そう言うと、茶柱先生が厚手の紙を黒板に貼り付ける。その紙にはAからDクラスの名前、それと共に数字が記載されていた。
Aクラス940、Bクラス650、Cクラス490、そしてDクラス0。
綺麗に数字が並んでいた。アルファベット順にポイントが減っている。
「この評価に100を掛けた数値が、毎月生徒に振り込まれることになっている」
つまり、Dクラスの俺達には、0ポイントが振り込まれたのだ。
「なぜ、ここまでクラス間での差があるんですか?」
平田が当然抱くだろう疑問を投げる。
「この学校では、優秀な順にクラス分けされている。優れた生徒はAへ、ダメな生徒はDへ。つまりこのDクラスには不良品が集められたと言うわけだ」
この説明、少し引っかかるな。Aクラスは確かに優等生の集まりだったが、B、C、Dで1番優秀な生徒にAクラス全員が優っているとは思えない。
とりあえず、不良品ってこのことだったんだな。‥‥‥そっか、魔力とかスキルとかはないのか、この世界。いや、残念じゃないけどね?
「そもそも、あれだけヒントがあって、数人しか気付かないことが嘆かわしい」
そう言って、茶柱先生がこちらを見る。
「浅村、お前は入学2日目でクラス分けの意図やポイントについて気づいていたな?」
こっちに振るな。最近表情筋が(ry
「‥‥‥‥‥‥」
クラスの視線が俺に集まる。なんとなく、唯一生徒のいない方、窓側を見る。
今日はいい天気だなぁ。‥‥‥窓ガラスにこちらを向いてるみんなの顔が写ってる。こっち見んな。あ、堀北は見てていいよ。相変わらず可愛いね。
とりあえず、無視するわけにもいかない。
「確信があったわけじゃありません。全てが予想通りってわけでもないですし」
クラス分け理由も、魔力あたりの要素を未だに少し疑ってた。いや、まだ諦めてないけど。
俺の返事に満足したかわからないが、茶柱先生は各クラスの数値を指差しながら説明を続ける。
「この数値は、毎月支給されるポイントに連動する他に、各クラスのランクに反映される。仮にお前達のクラスポイントが950だったら、Aクラスに上がっていた」
わかりやすい。問題はどうやって、クラスポイントを増やすのか、だ。
ハリーポッターみたいに、先生がポイントくれるのかな。もしそうなら、星乃宮先生へ全力で尻尾を振ってもいいぞ、俺は。
「もう1つ、お前達に伝えることがある」
そう言うと、茶柱先生は別の紙を黒板に貼り付ける。そこにはクラスメイト全員の名前、そして名前の横に数字が記載されていた。
「これは昨日やった小テストの結果だ。一体中学で何を勉強してきたか聞いてみたいものだ」
それは俺も聞きたい。パッと見、ほとんどが60点前後か。‥‥‥ん、須藤14点!?ま、まあ後で勉強見てやろう。そういえば、開始10分で寝てたもんなあいつ。
「これが本番だったら、7人は退学していた。小テストでよかったな、お前達」
そう言って、点数順に並んでいる名前、その下から七番目の名前の上に赤線を引く。
「はぁ!?退学とか聞いてねえよ、先生」
25点の山内が立ち上がり叫ぶ。‥‥‥こいつ、他の高校でも、退学はなくても留年してそう。
楽しそうにしている高円寺が口を開く。
「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
煽るなよ、俺も似たようなこと思ったけど。
「何だよ、お前だってどうせ赤点だろ!」
「ふっ、どこに目がついてるのかね。よく見たまえ」
高円寺の名前は、上から2番目に載っていた。幸村、堀北と同じ90点、同率2位だ。
勉強も運動もできるなんて、堀北すげえな!高円寺?あいつはなんか、別枠だから。
「マジかよ、須藤とおんなじバカキャラだと思ってた‥‥‥」
俺も思ってた。だけど違うみたいだな、完全に有能キャラだ。性格に難がありすぎるけど。
「座れ、山内。話を続けるぞ。この学校では、中間と期末のテストで1科目でも赤点を取ったものは退学になる。今回のテストで言えば32点未満の生徒だな」
茶柱先生が具体的な数値を説明する。
また微妙な数字だな。普通は30、40あたりのきりのいい数字を設定するはずだ。わざわざ『今回の』って言っているのも引っかかるし、確かめるか。
質問するために手を挙げる。
「なんだ、浅村」
「次回のテストも、赤点は32点に設定されますか?」
「テストの結果次第だ。赤点基準はそのクラスの平均点÷2に設定される」
「小数点以下の数値については?」
「四捨五入される。この小テストならば平均点が64.4、その半分の32.2を四捨五入した数字の32点が赤点となる」
やっぱり落とし穴あったか。やめてほしい、そう言うの。
「最後に、テストの点数は0点より低くなることはありますか?」
「いや、テストの点数は最低でも0点だ」
「わかりました、ありがとうございます」
戸惑っている生徒に構わず、茶柱先生は説明を続けていく。
クラスポイント は0未満にはならないこと。
この学校は卒業後に希望の進路を保証しているが、その恩恵は卒業時にAクラスに在籍する生徒のみ受け取れること。
2つ目の説明は、多くの生徒に衝撃を与えたようだ。
「浮かれた気分は払拭されたか?中間テストまでは後3週間、お前らが赤点を取らずに乗り切る方法はあると確信している。熟考して、退学を回避してくれ」
そう言って茶柱先生は退出した。
クラスの雰囲気が、重い。
赤点組達は全員下を向いている。
他の生徒も、Dクラスに配属された不満を口にしている。
「一旦落ち着いて、みんな聞いてくれ」
やっぱり頼りになるイケメンだな、いいぞ平田。
「授業が始まるまで、時間がない。放課後、今後のことについて話したいんだ。みんなできるだけ参加して欲しい」
時間をおいて、みんな少しは冷静になるといいんだけど。
結局話し合いには、クラスの3分の2程が参加するようだった。
俺も勉強会に参加することを伝えて、次の授業の準備を始める。
‥‥‥Aクラスで卒業後の進路って、どこまで保証されるのかな。俺、総理大臣になりたいんだけど。
****
放課後、教室に残った生徒で今後の話し合いを始める。
須藤や堀北はいない。綾小路は茶柱先生に呼び出しを喰らっていた、何かやらかしたのかな。
まず、平田が口を開く。
「来月は必ずポイントを獲得したい。そのためには、遅刻欠席や授業態度をこれまで以上に改めるのはもちろん、中間テストでもいい結果を取らないといけないと思うんだ」
まあ、そう考えるよな。ただ、その前に確認したい。発言権を求め、手を挙げる。
「何かな、浅村君」
「話の途中でごめん、先生が言っていた退学回避の方法についてなんだけど、1つ案がある」
何人かの生徒が期待するようにこちらを見る。小テストで赤点をとっていなくても、不安に思う生徒は多いだろう。
「方法は簡単。全員0点を取ればいい。少なくとも、赤点未満の生徒は出ないよ」
平均点が0点なら、退学になる点数は0点未満。全員が協力すれば、退学者は出ない。
「‥‥‥それは‥‥‥」
「現実的じゃないのはわかってる。選択肢として共有したかっただけで、俺もこの方法が取れるとは思っていないよ」
そもそも、40人全員が協力できるとも思えない。どっかの高円寺とかが裏切った瞬間、みんな仲良く退学だ。
期待してこちらを見ていた生徒が、再び下を向く。なんか、ごめん。
「うん、ありがとう。他のみんなも何か思いついたら、どんどん言ってほしい」
そのまま話し合いは進み、勉強会を開催する流れになった。
成績の良い生徒が講師になり、成績の振るわない生徒に勉強を教える形式だ。
「浅村君、講師役をお願いしたいんだけどいいかな?」
まあ、俺に話が回ってくるよね。小テスト100点だったから。
「ごめんね。なるべく協力したいんだけど、約束はできない。須藤とかに勉強教えようと思ってるんだ」
須藤は相変わらず平田にキツく当たる。あの様子では平田主催の勉強会には参加しないだろう。他にも何人か平田に苦手意識を持っていそうな生徒はいる。こんなイケメンなのに、なぜみんな嫌うんだ。
平田も、俺の考えをわかっていたように応じる。
「わかった。須藤君達にも、なるべく参加してもらうよう声はかけるから」
「よろしくね。中間の模擬テスト作成とか、手伝える部分は手伝うから」
****
次の日の昼休み、俺は堀北から声を掛けられている。夢かな?
「浅村君、もし良かったらお昼一緒に食べない?」
「喜んで」
表情筋が総力を上げて、にやけそうな顔を押さえ込む。
若干受け答えも怪しいが仕方ない。だって嬉しいんだもん。
遂に、俺にも春が来たかな?まあ今はちょうど5月なんだけど。
先に食堂で待っていてほしいとの事だったので、席を確保して座っている。
めっちゃ見られている気がするが、許してやろう。今日の俺は気分がいい。
そわそわしながら待っていると、待ち人がやってきた。
「ごめんなさい、待たせたわね」
堀北の隣には、綾小路がいた。
なんでや。
誤字脱字修正大変助かります、ありがとうございます。
どんな機能か知らなかったのですが、いいモノですね。