ようこそ知らない世界の教室へ   作:マサオ

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6.

 昼休み

 

「浅村君と綾小路君。あなた達に話があるの」

 

 うん

 

「私はAクラスに上がりたい。そのためにはまず、クラス全体が中間テストで良い結果を残す必要がある」

 

 うん

 

「小テストで赤点だった須藤君、山内君、池君の3人。彼らは平田君の勉強会へ参加しない様子だった。そうでしょう?」

 

 うん

 

「だから、私も平田君のように勉強会を開こうと考えているわ」

 

 うん

 

「つまり堀北、お前は須藤達を救済するために勉強会を開くってことか?」

「その通りよ、綾小路君。だから綾小路君は山内君と池君へ、浅村君は須藤君へ声をかけて欲しいの」

 

 そうか

 ほかのおとこめあてにおれをよんだのか

 

「浅村君は、平田君とのパイプにもなってくれるでしょうし」

 

 すどうだけじゃなく

 ひらたまでも

 

「どうかしら?頼めるのはあなた達しかいないの」

 

 窺うようにこちらを見てくる堀北。

 はい、可愛い。いろいろあって少しばかり呆然としていたけど復活だ。他でもない堀北の願いだし、聞かない選択肢はない。俺達しかいないなら仕方ないな!

 

「もちろん協力するさ。こっちからお願いしたいくらいだし」

 

 堀北と勉強会を開けるなんて最高のシチュエーションだ。是非とも肩が触れ合うくらいの距離で勉強を教えてもらいたいし、1つのノートを一緒に覗き込みたい。引っかかることはあるけど、須藤のためになるという点でもありがたいことだ。

 

「ありがとう浅村君。綾小路君も、もちろん協力してくれるわよね?」

「いや、オレは「その定食、誰の奢りだったかしら?」‥‥‥わかった」

 

 何を隠そう、綾小路が食べているデラックス定食は堀北の奢りなのだ。定価は1000P、俺の弁当の五倍以上。女の子に貢がせるとか酷い男と言わざるを得ない。

 

「浅村君にも、何かお礼をするべきだと思っているのだれど」

 

 そう言いつつ、こちらを見てくる堀北。俺は毎日弁当を持参しているので、綾小路のようにはいかないから悩んでいるのかもしれない。堀北との勉強会自体がご褒美みたいなものだけど、どうせならお願いしてみるか。

 

「別にお礼なんてなくても気にしないけど、そうだね。もし嫌じゃなかったら、今度一緒にカフェへ行かない?」

 

 デートしよう、放課後デート。休日でも一向に構わないけど。

 

「…………」

 

 堀北から返事がない。それどころか、眉をひそめている始末だ。‥‥‥そんなに嫌なのだろうか。

 

「あー‥‥‥堀北。浅村の誘いなら、櫛田は関係ないと思うぞ」

 

 綾小路が助け舟を出してくる。そういえば櫛田の作戦で、2日前に綾小路と堀北はカフェに行っていた。なら、堀北は同じような事態にならないかを懸念しているのだろう。

 

「……そう、なら構わないわ。都合の良い時に声をかけてくれるかしら」

 

 良かった。本気で嫌がられていたら、呼吸することをやめてたかもしれない。

 とりあえず、カフェに行くのは中間が終わってからだ。

 

「勉強会については、こちらで準備しておくわ。それと浅村君、聞きたいことがあるのだけれど」

 

 デートの約束を取り付けたので、今の俺は大変気分がいい。だからなんでも答えよう。ちなみに、好みのタイプは黒髪ロングでちょっとツンツンしてる人だ。

 

「昨日茶柱先生が言っていたわね。浅村君は2日目でクラス分けやポイント、Sシステムについて気付いていた、と。あれは事実なのかしら?」

 

 Sシステム、クラスポイント に関連するルールの総称だ。

 ……昨日から散々クラスメイトに聞かれて、正直その話には飽き飽きしている。堀北からの質問だからきちんと答えるけど。

 

「先生にも言った通りさ。予想していたこともあったし、そうじゃないこともあった」

「なら、どこまでが予想通りだったの?」

「……まずは、月ごとに支給されるポイントが変動すること。これは堀北さんも気付いていたんじゃない?」

「そうね。あなたが毎月の支給額について茶柱先生へ確認した時、もしかしたらとは考えていたわ」

 

 流石堀北、モブにあるまじき洞察力だ。メインヒロインか、はたまた主人公か。少なくともキーパーソンであることは確実。

 

「支給額の変動はいいとして、クラス分けの方は?」

「上級生が話しているのを、偶然耳に挟んだだけだよ」

「……他にも気付いていることがあるんじゃないかしら?例えば、ポイントの使い道についてとか」

 

 実に鋭い。いろいろ疑っているのは事実だ。ただ残念ながら、今のところは変わった使い道を見つけていない。

 限られた客しか知らない売店、みたいなものも見当たらなかったし。

 

「何かしら裏があるんじゃないかとは疑ってるけど、よくわかったね」

「初日に変な質問をしていたでしょう?最初はふざけた人だと思っていたけれど、浅村君が意味のないことを聞くとは考えづらいし」

「といっても、普通の買い物やサービス以外での使い道は見つけてないんだけど」

 

 R18の世界観ならポイントで春を買うとかがありそうなものだけど。今のところ見つかっていない。俺が買おうとか、そういった不埒な考えを持っているわけでないことはいうまでもないだろう。あくまで調査のためだ。

 

 

「それで?一体どうしたら入学2日目でその考えに至るのかしら?」

 

 堀北の目つきが鋭くなった。赤みがかった色の瞳が、射抜くようにこちらを覗く。とても綺麗なおめめだ。

 

「あなた、この前の小テストで1人だけ100点を取っていたわね。水泳の授業でも凄まじかったし、きっと他の運動もできるのでしょう?」

 

 覚えてくれてるなんて、嬉しいことこの上ない。やっぱり堀北は運動できる人がタイプだったりするのだろうか。

 

「人付き合いにも特に問題があるように見えない。そんなあなたが、なぜDクラスなのでしょうね?」

 

 身に余る高評価をされている上に、俺のことを知りたがっているくれている。とても嬉しく思うと同時に、申し訳ないという思いも抱いてしまう。クラス分けの基準がわからない以上、その質問には答えられないのだ。

 

「評価してくれるのは嬉しいけど、クラス分けをしたのは学校だからね。何かしらの理由があって俺をDクラスに決めたんじゃないかな。運動、勉強、人付き合いの三拍子が揃ってる平田だってDクラスだし」

 

 性格も容姿もイケメンで、Aクラスでもなかなかお目にかかれない優等生。それが平田だ。

 櫛田にもそこそこ当てはまるけど、堀北の前で彼女の話題はNGな気がする。

 

「……まぁいいわ。とりあえず2人とも勉強会に関して、3人へ声をかけてくれるかしら?私はテスト範囲の絞り込みをしておくから」

 

 お任せあれ。

 

 

 

 そんなわけで次の休み時間、俺は早速須藤に声を掛ける。

 

「須藤、ちょっといい?」

「んぁ?どした浅村」

「実はさ、勉強会を開くことになったんだ。須藤も参加しない?」

「‥‥‥行きたくねぇな、平田のやつだろ?」

 

 なぜだか嫌われてしまっている平田。ワンマングループだった俺のことを気にかけてくれたし、とてもいいやつなのに。

 

「いや、それとは別。堀北さんが開くやつ」

「堀北?あいつもよくわかんねぇからな。断る」

 

 思った通り、帰ってきたのは拒絶だ。予想していたのだから、当然誘う手段は考えてある。

 

「……須藤、まだカップ麺代返してもらってないよね?」

「あぁ?100ポイントかそこらだろうが」

「まぁ聞きなよ。勉強会に参加してくれれば、その件はチャラにする。そしたらまた必要な時にポイントを貸してもいい」

 

 追加融資はしないというのが俺の方針。それを強調してから、須藤の肩に腕を回してさらに語りかける。

 

「バッシュがダメになった時とか、どうするつもり?借りる相手いるの?」

「……わかった、参加するからひっつくな」

「よろしく、詳細は決まったら連絡するから」

 

 何か、一部の女子から熱い視線を感じたけど、気のせいだろう。

 

 

****

 

 

 数日後、図書館で1回目の勉強会を開いている俺達。当初の予定とは違い、須藤、山内、池の他に櫛田や沖谷も参加している。沖谷は赤点ではないけど、ギリギリだったらしい。パッと見女子に見える系男子だ。主人公に近いポジションにこういったキャラがいるケースは、結構多い気がする。

 予定の3人以外が参加する事になって、実は一悶着あった。沖谷の参加は簡単に許した堀北だけど、なぜか櫛田には難色を示したのだ。櫛田のうまい立ち回りで、結局押し切られていたけど。

 

 そんなこんなで、教師役の堀北が連立方程式の解説中。履修時期は中学2年生あたりだったはずなんだけど。

 

「以上、理解できたかしら?」

 

「……」

「……」

「……」

「うん、なんとか」

 

 沖谷は理解した反応を示すものの、残りの3人から返事がない。ちょっと、いやだいぶ3人の勉強してないレベルを舐めていた。

 数秒の沈黙の後、須藤がシャーペンを放り投げながら口を開く。

 

「ダメだ、やってらんねぇ」

 

 こちらの用意した教材を全く理解できないことがストレスなのだろう。投げやりな態度だ。それを見て、堀北の怒りのボルテージが上がっていくのは見て取れた。

 自分が手間を割いて教えているのに投げ出されたら、確かに腹が立つだろう。

 

「も、もうちょっと頑張ってみようよ。解き方がわかれば、後は応用するだけだから。ね?」

 

 櫛田が必死にフォローしている。とてもいい子だ。なんでDクラスなのだろうか。昔タバコでも吸っていたのだろうか。

 

「そんなこと言ってもさ、櫛田ちゃん。さっきから全然わかんねぇもん」

 

 池が櫛田の胸を見ながら返事をする。相手の目を見て話せ、と言ってやりたい。

 

「……あまりに無知すぎるわ。こんな問題も解けずに、将来どうしていくのかしら?」

「うっせえな、お前には関係ねぇだろ。勉強なんざ将来何の役にも立たないんだよ」

「確かに私には関係ないことね。やる気のない人に労力を割いても、時間の無駄だったわ」

「せっかく来てやったってのに、好き勝手言いやがって。こんなことしてるくらいなら、バスケの練習した方がよっぽどマシだったぜ」

「そうやって苦しいことから逃げ続ける人が、大成するとは思えないわ。バスケットにしても自分に都合の良いルールで取り組んでいるのでしょうね。私が顧問なら、あなたをレギュラーにはしない」

 

 ‥‥‥しまった、止め損ねた。いつの間にか、互いに相手の努力を否定し合うまでに発展している。

 先に我慢できなくなった様子の須藤が立ち上がり、堀北に詰め寄る気配を見せた。2人が接触する前に、須藤の腕を掴んで引き止める。

 

「須藤、落ち着いて」

「離せ浅村!テメェこいつの味方すんのか!?」

「そうじゃない。でも手を出すのはダメだ。バスケができなくなるよ?」

「‥‥‥クソが」

 

 幸い荒事にはならなかったものの、須藤は自分の荷物を鞄に詰めてから図書館を出て行ってしまった。

 

「堀北さん。俺、ちょっと須藤と話してくるね。後で連絡するから」

 

 そう言ってから荷物を急いでまとめて、須藤の後を追う。流石に今日の勉強会はお開きだろう。

 

 

 

 

 

 追いついた須藤は当然荒れていたから、それはなんとか落ち着かせた。その後に堀北へ連絡したけど出てもらえず、折り返しの電話もない。

 綾小路へ確かめたら、予想通り勉強会は解散になったみたいだ。

 次回の開催もかなり怪しいと言っていた。

 

 

 

 そんなこんなで今は1人。少し考えたいことがあったので、なんとなく歩き回っていた。

 いつの間にか日は落ちて、かなり遅い時間になっている。

 流石にそろそろ部屋へ戻らなければ。

 

 

 

 そう考えて遠くに見える寮に向かっていたら、妙な人影があった。

 近づく前にそれは見失ってしまったけど、建物の裏から僅かに話し声が聞こえる。

 イベントだろうか。今日はいろいろあったから、面倒そうならスルーしたいのが本音なんだけど。

 ただ、この時間帯のイベントは未経験。とりあえずは、夜のイベントに遭遇した場合のプラン通りに動こう。

 ということで隠密接近ドクトリンを選択。身を隠しながら様子を見にいくと、物々しい雰囲気が感じとれた。

 物陰から覗きこむと、そこにいたのは1組の男女。女子の手首を男子が押さえた状態で何かを話していた。

 

 これはやばい。状況が緊迫していることもそうだけど、遠目に見えるあの女子は堀北だ。貞操の危機かもしれない。

 

 急いで距離を詰めると、会話の詳細が聞こえてきた。

 

「お前のことが周囲に知られれば、恥をかくことになるのはこの俺だ。今すぐにこの学校を去れ」

「で、出来ません……っ。私は、絶対にAクラスに上がって見せます……!」

「愚かだな、本当に。昔のように仕置きが必要か?」

 

 そう言うや否や男が動きを見せた。前に引かれて、少しだけ宙に浮く堀北の身体。

 あれはまずい、そう判断して咄嗟に飛び出す。

 間一髪で堀北を投げようとしている男の手首を掴み、動作を押さえ込んだ。

 突然乱入した俺に対して、堀北が驚きの声を上げた。

 

「あ、浅村君……っ!?」

 

 俺に手首を掴まれた男は、こちらへ鋭い眼光を向けて問いかけてくる。

 

「何だ?お前は」

 

 初めて目にした男の相貌は、どこか堀北に似ていた。

 

「それは俺の台詞。こんな時間にこんな場所で、堀北さんに何をしてるんだ?」

 

 R18系イベントかと危惧したけど、違うかも知れない。

 この男、恐らくは堀北の親類だろう。

 

「出来の悪い妹にしつけをしているところだ。邪魔をするな」

「……しつけにしたって、やりすぎだよ」

 

 妹、ということは堀北の兄貴か。‥‥‥俺が止めなければ、かなりの勢いで堀北を叩きつけていただろう。

 

 堀北は以前からこんな仕打ちを受けていたのだろうか。

 

 そんな事を考えたら、手首を掴んでいる手に思わず力が入ってしまう。

 

「……っ!」

 

 男の腕が軋み、その顔が僅かに歪んだ。

 

 顔を伏せていた堀北が、こちらを見る。

 普段の様子からは想像がつかない弱々しさで。

 

「やめて、浅村君……」

 

 その声を受けて我に返り、堀北兄の手を渋々離す。

 瞬間、自由になった拳が俺の顔へとてつもない速度で放たれた。

 

 上半身を反らし、仰反るようにその拳を避ける。

 男は奇襲が失敗したことなど意に介さず、続け様に足払いを仕掛けてきた。

 反れた体幹を利用して後ろに飛び、両手を地面に突いてそれを回避。

 

「‥‥‥随分身軽だな。突然の攻撃にも動揺せず、さらにはその握力。何かやっているのか?」

 

 バク転で2連撃を回避した俺へ、掴まれていた手首の調子を確かめながら問いかけてくる堀北兄。

 魔法や刃物が出て来る世界観も想定しているのに、体術程度で驚いたらアホ丸出しだ。

 

「いろいろと鍛えてるんで」

「‥‥‥なるほど、お前が浅村か。鈴音と同じクラスだったな」

 

 堀北兄は、ゆっくりとこちらへ向き直りつつ口を開く。俺の話なんてまともに聞いてない様子だ。

 

 とりあえず、いきなりの事態で呆然としている堀北に代わって回答する。

 

「仲良くさせてもらってるよ」

「鈴音、お前に友達が居たとは。正直驚いた」

「浅村君は……友達ではありません。ただのクラスメイトです」

 

 …………え?少しは仲良くなってきたと思ってたんだけど。

 ………………ま、気にしても仕方ない。これからも頑張ろう。

 

「相変わらず、孤高と孤独を履き違えているようだな」

 

 確かに堀北は、すごくツンツンしている。

 綾小路と俺以外を相手にまともな会話をしている光景なんて1度も見たことがないのだ。そんなところも好き。

 

「浅村。お前のような奴がいるのならば、少しは面白くなるかもしれないな」

 

 そう口にしつつ俺の横を通りすぎ、闇へと消えていく堀北兄。完全に見えなくなるその前に、足を止めてからもう一度口を開いた。

 

「上のクラスに上がりたいのなら、死に物狂いで足掻け。それ以外に方法は無い」

 

 

 

 

 

 堀北兄が去り、残った俺達を静寂が包む。堀北は壁際に座りこんで俯いたままだ。

 事情を知らないから、些か声をかけづらい。だからと言って、このまま去るわけにもいかないんだけど。

「‥‥‥どこから聞いていたの?」

「堀北さんのお兄さんが、学校を去れって言っていたあたりから。散歩の帰りに見知った人影が見えて、気になったんだ」

 

 俺の返事を聞いて、再び俯き黙り込む堀北。ここは踏み込んでみよう。

 

「人の家族についてあまり言いたくないけど、さっきのはどうかと思う。前からあんなことをされているの?」

「……兄さんのことを悪く言わないで。私が至らないから、しつけられていたのよ」

 

 何をされそうだったか理解ているだろうに、平然と言い放つ堀北。

 本人がそう考えている以上、こちらが言えることはない。

 俺をいきなり攻撃してきたことに関しては、別問題だけど。

 

 

 そのまま暫く黙っていたら、こちらを見上げて堀北が問いかけて来た。

 

「浅村君、あなた何かやっていたの?荒事の心得があるように見えたけれど」

「生まれてからこれまで、殴り合いなんてしたことないよ。適度な運動を心掛けているくらいかな」

「……それだけで、兄さんの攻撃を咄嗟に対応出来るとは思えないわ」

「たまたまだよ。あんな目に遭ったのは初めてだし」

「そう、まともに答える気は無さそうね」

 

 堀北が俺に半目を向ける。一応、本当のことを話しているんだけど。

 

「あの、浅村君……。さっきのことは先生や他の人達には……」

 

 堀北は、先程のイベントについて口外しないことを要求している。

 そこまであの兄を庇うのはなぜだろうか。

 心酔しているからか、それとも何か弱みを握られているからなのか。

 気になるけど、ここはひとまず引くべきだ。

 

 

 バラされたくなければお前の体を、とか言ったらどうなるんだろうか。もちろん言わないけど。

 

 

「わかった。堀北さんがそのつもりなら、俺は何も言わない。ただ、何かあった時には相談して欲しいな」

「……相談するようなことなんて無いわ」

「ならいい。もう遅い時間だし、そろそろ戻ろう」

「そうね。この状況を誰かに見られたら、勘違いされてしまうもの」

 

 はい、俺も最初は勘違いしていました。凌辱または露出プレイかも知れないと。

 カメラ起動してバッチリ撮影しちゃってたのがその証拠だ。

 

 

 

 

 そうして部屋に戻る俺と堀北。寮のエレベーターを待つ間、わずかな時間だけど勉強会について話してみよう。

 俺があいつらの面倒を見ればそれで済む話でもあるけど、堀北と一緒にいるチャンスを逃すわけにはいかない。

 それとは別で、確かめたいこともある。

 

「そういえば、勉強会はもう開かないつもり?」

「……言ったでしょう。やる気のない人に時間を割いても無駄になるだけよ」

 

 正直、堀北の気持ちは理解できる部分もある。

 今まで勉強するべきだった時間、何をしてきたのだろうか。

 須藤はバスケをしてたんだろうけど。

 

「1度失敗したくらいで諦めるのは早すぎない?」

「そこまで言うのなら自分で面倒を見ればいいでしょう?悔しいけれど、小テストの点数もあなたの方が上。十分に叶うはずよ」

「俺1人で教えるより、堀北さんと2人で教えた方が効果的だよ。俺が声をかけて、今日来た人が全員来てくれるとは限らないし」

 

 須藤だけならどうにかできそうだけど、山内や池からは明らかに距離を置かれている。

 平田の勉強会に参加しなかったあの2人が、俺の勉強会に来るとは思えない。

 

「今日の件で険悪になった私が声をかけても同じでしょう。それに、彼らに労力を割くメリットを見出せないわ」

「本当にそう思ってる?」

「ええ、当然よ」

 

 それは多分違う。恐らく堀北は、一時の感情で目を曇らせているだけだ。

 周囲と距離を置き続けていた堀北が、わざわざ自分から声を掛けてまで勉強会を開いた。

 心の底では、1度の失敗で諦めていいだなんて考えていないだろう。

 

「ひとつ聞いてもいい?堀北さんはAクラスに上がりたいと言っていたよね。卒業後の進路の保証のためなのか、それとも自分の価値を認めさせたいのか。どっちかな?」

「…………後者よ。私には、追いつきたい人がいるの」

 

 追いつきたい人。さっきの男、堀北兄のことだろう。

 憧憬と畏怖の対象である男の前だから、あんな弱々しかったのか。正直ちょっと興奮した。

 

「なら、あいつらに労力を割くメリットはあるよ。不良品の集まり呼ばわりされているDクラス、その中でも特に勉強の出来ない層を更生させることができたら、それは堀北さんの評価につながると思わない?」

 

 俺の言葉を聞いて、黙り込む堀北。

 

「それにこれから先、あの3人が活躍する場面だってあるかも知れない。須藤は運動能力が突出しているからわかりやすい。池や山内にしても、優れた一面を隠し持っているかも。今回はたまたまあいつらの苦手な状況だった、それだけのことじゃないか」

 

 この先、何かしらの異能に目覚めた山内や池が無双するかも知れない。

 その時のために、少しでもあいつらの好感度を稼がねば。

 このままだと粛清されそうな予感がある。平田は確実に粛清されるから、それを逃す算段もほしい。

 

 

 俺の説得を聞いた堀北は、口を閉じたままだ。納得していないのだろう。

 ‥‥‥あの男の言いなりにはなりたくなかったけど、仕方ない。

 

「死に物狂いで足掻け。さっき、そう言われたろ?」

 

 堀北兄が立ち去る際に放った言葉。

 堀北の様子を見るに、効果は抜群みたいだ。

 

「…………彼等の素質についてはともかく、私のメリットについてはわかったわ。須藤君も含めて、私からもう1度話してみる」

「よかった。なら、一緒に頑張ろう」

 

 

 思ったより長話になった。

 

 待っていたエレベーターは既に到着していたので、2人でそれに乗りこむ。

 

 

 

 

 

 ……堀北とその兄貴以外に、隠れてこっちを見ているやつがいたな。結局出てこなかったけど。

 

 狙いは堀北か?それとも俺か?

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 次の日の放課後、俺は生徒会室を訪れていた。

 

「取引しませんか?生徒会長」

 

 昨日の夜、撮影した動画を再生しながら。

 


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