今は放課後、場所は生徒会室。生徒会長である堀北の兄と2人っきりだ。
連絡を取ろうといろいろ調べて、今日初めて名前と顔を知った。なんという衝撃の事実。
知る必要がなかっただけで、決してガバではない。
俺の右手には、昨日撮影した華麗な戦闘シーンを再生している端末。
何をしているのかというと、欲しいものがあるので堀北兄におねだりしているのだ。
あくまでお願いであって、決して脅迫ではない。
保険があるとはいえ、結構リスキーなことをしている自覚はある。完全にアウェーだ。
だけどポイントに余裕が無く上級生にツテもない俺が、欲しい情報を入手する方法なんて他に思いつかない。それとは別に、この人ときちんと会っておきたかったのもある。
目の前に座っている人間、堀北の兄は恐らく敵ではない。根拠は昨日去り際にこの人が残した台詞。『死に物狂いで足掻け』、あれってわざと辛くあたってるけど、実は応援してるキャラが残すやつだろう。
おそらく隠れシスコン枠。だから多分大丈夫なはず。そもそも堀北みたいな妹を可愛がらない人間が存在するはずない。つまり俺の行動は実質ノーリスク。問題ないのだ。
なおこの場合、『妹に近づく虫は潰す』パターンは考慮しないものとする。
「それで、何が欲しいんだ?」
決定的な証拠があるにも拘わらず、堀北の兄は全く動じない。ちなみにフルネームは堀北学、学お義兄さんだ。
俺が昨日の件をバラしても揉み消す自信があるのか、それともブラフなのか。どちらかはわからないけど、見事なポーカーフェイスだ。正直、昨夜襲われた時よりもずっと怖い。やっぱり来るんじゃなかった。そもそもこの人は本当に高校生なのだろうか。とりあえず一言だけ、妹さんを僕に下さい。
「3年生全クラス、そのクラスポイントの変遷を教えてください。期間は現3年生が入学してから現在まで、です」
別の3年生と交渉した時は、到底払えないポイントを要求された。吹っかけられたのか、その情報を保持してる人が少ないのか。俺の予想では後者。
「‥‥‥ポイントを要求されるものだとばかり思っていたが」
「確かにポイントは死ぬほど欲しいですけど、今回は我慢します」
「ふむ。いいだろう、クラスポイントの情報は用意する。条件は昨日の出来事を一切他言しないことだ。その動画も消去してもらう」
「わかっています。動画のバックアップはありませんし、昨日の事は誰にも話していません。‥‥‥はい、消去しました」
「結構、情報については今日中に送るから番号を教えろ」
そうしてお互いの連絡を交換する。これで第2目標の『生徒会長の連絡先を入手』もクリア。第1目標は『クラスポイント情報の入手』だから、2つの目標をクリアしたことになる。
他の人からも同じ情報を買って裏を取ればより確実なんだけど、残念ながら当てが無い。とりあえず、この人がシスコンであり堀北の味方であることを信じよう。でも怖いから早く帰りたい。というわけで(略
「お忙しい中ありがとうございました。それでは」
「‥‥‥やけにあっさりしているな?」
帰ろうとしたら呼び止められた。さっさと退散したいのに。こんなところにいられるか、俺は部屋に戻るぞ!
「中間試験が迫っているので、勉強しないといけないんです。退学は怖いですから」
「小テストは満点だったと聞いてるが?」
「それでも絶対はないでしょう、心配症なんですよ」
この人が指パッチンしたら黒服サングラスの厳つい男が5人くらい現れたりしないか、って考えるくらいには心配症なのだ。
とそんなことより、なんで俺の点数把握しているのだろうか。
「まあ良いだろう。お前には期待しているぞ」
何を期待しているのかわからないけど、とにかく思わせぶりな態度はやめて欲しい。自分から動いたせいで、流れが読みにくいのだ。
この人が俺に期待していることって中間テストで全科目満点を取る、とかではないのだろう。
結局、堀北学のことをどのくらい信用していいのか。その判断材料は手に入らなかった。
昨日の堀北への仕打ちについて思うところはあるけれど、堀北へのスタンスが確認できたらすぐにでも味方にしたい。それが本音だ。昨日の堀北と俺を見ていた視線が気にかかる。
あの視線の主について。
昨夜俺達を見ていた存在、仮に監視者と呼ぼう。監視者は直接視認してはいないけど、人外の線まで考慮していられないので、とりあえず人間と仮定する。
少なくとも昨日は、監視者は複数人ではなく単独で行動。常にそうなのか、背後に何らかの組織がいるのかは不明。そもそも敵かどうかすら定かでは無いのが現状だ。
ただ、堀北学の行動を見過ごしていたから、堀北に好意的な存在とは言い難い。堀北学がいなくなった後もこちらを監視していたことから、恐らく堀北学が目当てではないだろう。そうなると残る目標は2人、俺か堀北だ。俺が狙いならそまだいい。自分の身を守るだけならどうとでもなる。だけど堀北を守るのは俺1人では限界があるのだ。何かしらの後ろ盾が欲しい。
‥‥‥監視者、単なるハイスペック覗き野郎だったりはしないだろうか。仮にそんな奴がいたら、それはそれで問題だけど。
****
数日後、堀北は櫛田に協力してもらって須藤、山内、池の3人を勉強会再開のために呼びつけていた。あそこまで拒絶していた櫛田に自ら協力を依頼するなんて、大した変わり様だ。堀北の本気が見て取れる。前回は綾小路や俺を使って勉強会を開いたけど、今回は自分から意向を伝えるらしい。
「あなた達、平田君の勉強会に参加していないみたいね。このままだと退学になるわよ」
堀北が言うように、この3人は平田主催の勉強会にも顔を出していない。
俺は堀北の勉強会が無くなって時間が確保できてからは、平田組の方に講師として参加しているけど。そちらにも、須藤レベルではないものの赤点取りそうな奴が何人かいる。そいつら用のカリキュラムを組むのは結構な労力だった。どこまで理解できてるか洗い出すのに、それなりの時間がかかってしまうのだ。
「相変わらず偉そうだな。お前は何様なんだよ。俺はバスケで忙しいんだ。勉強なんてテスト前にやりゃ十分だ」
堀北に須藤が噛みつく。俺は須藤がキレた時に止めるだけで、口は出さない。
「ねえ、須藤君。もう1度一緒に勉強しよ?一夜漬けでも乗り切れるかもしれないけど、ダメだったら大好きなバスケットができなくなるよ?」
大したコミュニケーション能力だ。荒れてる須藤に話しかけられる女子なんて、堀北と櫛田くらいだろう。
そして転がし方もよくわかってる。須藤は基本的にバスケを絡めれば説得できるのだ。チョロい。
「‥‥‥俺はこの女から施しみたいな真似を受けるつもりはねぇ。この間、俺に吐き捨てた言葉は忘れちゃいねぇからな」
チョロくなかった。バスケットへの取り組みを否定されたせいか、簡単には頷いてくれない。
須藤に正面から睨み付けられた堀北は、臆すること無く口を開いた。
「私はあなたが嫌いよ、須藤君」
はっきり言うものだ。そんなこと言われたらそう考えるだけで俺まで胸が締め付けられる。なぜだか視界まで霞んできた。
「けれど、お互いを毛嫌いしていることなんて些細なことでしょう。私は私のために勉強を教える。あなたはあなたのために勉強を頑張ればいい。違うかしら?」
「そんなにAクラスに行きたいのかよ。嫌いな俺を誘ってまで」
「ええ。でなければ誰が好き好んであなた達に関わると」
須藤を煽るのはやめてくれ堀北。それと、その『あなた達』に俺って含まれてないよね?
「‥‥‥バスケ部の他の連中は、テスト期間でも練習出てんだ。後れを取るわけにはいかねぇんだよ」
須藤の発言を聞いた堀北は、用意していたノートを取り出して開く。須藤達の今後の学習計画が記載されているノートだ。ホレボレする綺麗な字が書き込まれている。
「この前の勉強会で気付いたわ。基礎の出来ていないあなた達に、あんなスタイルではダメだと」
そう言って堀北は、新しい勉強法を説明していく。
須藤達は平日の授業を受ける際、ノートは一切取らずに黒板の文字と先生の声のみに集中。
堀北がまとめたノートを3人へ渡して、休み時間の間に授業の補足を堀北、櫛田、綾小路の3名が行う。
確かにこの方法ならば、放課後の時間を使うこと無く勉強できる。須藤が部活を休む必要もない。俺も引き続き平田組の面倒を見ることができるという寸法だ。
「須藤君。あなたが全力を出しているバスケットを続けていくために、少しだけその力を勉強に回して欲しいの」
それを聞いても、未だみ渋っている須藤。それを見た綾小路が口を開く。
「櫛田、オレが50点取ったらデートしてくれないか?」
デートの誘いだ。
須藤が頷くきっかけ作りだと信じている。色ボケしたわけではないはずだ。
「何言ってんだ綾小路!?櫛田ちゃん、俺とデートしよ!51点取るから!」
「は?俺52点取るから!俺とデートしよう、櫛田ちゃん!」
池や山内が反応して、男3人からデートに誘われる櫛田という構図が出来上がった。ジェットストリームアタックかな?
「じゃ、じゃあテストで1番点数の良かった人とデートしようかな。私、嫌いなことでも頑張れる人って好きだから」
ここまでくればあと一押し、少しくらいなら口出ししても大丈夫だろう。
「櫛田さんとデートするチャンスだってさ。どうする須藤?」
「‥‥‥ったく、仕方ねぇ。俺も参加してやる」
綾小路が作ってくれた口実で、なんとか同意を取れた。ほんと、手がかかるというか。
「男子って想像以上に単純な生き物なのね」
呆れたように言う堀北。確かに否定できない。俺は違うけど。
****
堀北の勉強会が再始動してから1週間ほど経過。平田組にかかりっきりの俺は詳しく知らないけど、堀北の提示した新方式はそれなりにうまく回っているらしい。
休み時間毎に堀北、綾小路、櫛田が赤点3人組に勉強を教えている姿も見慣れてきた頃だ。
ちなみに須藤が教わっている相手は堀北。‥‥‥俺も赤点ギリギリの点数を取ったら、堀北に勉強を教えてもらえるだろうか。
もう一つの懸念事項である監視者は、俺が堀北学とやり合った夜以降で動きはない。機会を見つけては堀北と行動しているんだけど、特になにも起きないままだ。堀北が1人の時を狙っているのか、俺の考えすぎなのか。
そしてやってきた昼休み、堀北組は昼食後に図書館で勉強するらしい。4時間目の授業が終わった瞬間に須藤達3人は走って食堂に向かい、櫛田と綾小路もどこかへ行った。手早く昼食を済ませた堀北も教室を出て行く。やはり図書館か‥‥‥俺も同行する。
「堀北さん、図書館で勉強会するのかな?返却する本があるし、須藤達の様子も気になるから俺も行っていい?」
以前行った作戦、カラマーゾフの兄弟を目の前で読んでお近づきになろうとした『僕も読書好きなんですよ、奇遇ですね』作戦は依然継続中だ。ただ、トルストイとかを目の前で読んでアピールしても、全然手応えがない。やっぱり堀北は筋肉の方が好きなんだろうか。
「ええ、構わないわ。どうせなら須藤君の面倒を見てもらおうかしら」
「そうだね。ここ最近は須藤のこと任せっきりだったし、俺にできることなら」
須藤をやる気にさせたいのなら、俺に任せろー!バリバリ
図書館に到着したので、まずは持参した本の返却と新しい本の借り出しを済ませた。
借りた本を持って確保した机に向かうと、堀北が変な目で俺を見ている。
「‥‥‥色々借りるのね。参考書や小説は理解できるけれど、図鑑や釣りの本まで。多趣味というかなんというか」
「読んでみると結構面白いよ?」
これは初めての手応えではないだろうか。それなら作戦を継続した甲斐があるというもの。好意的な反応とは言えないのだ残念だけど。
そんなふうに堀北と話しながら勉強会の準備をしていると、須藤、山内、池がやってきた。俺がいることを確認すると、山内と池は少しだけ顔をしかめる。
なぜそんな反応をするのだろうか。櫛田には近づいていないし、勉強会の補助でむしろ好感度を稼いだと思っていたのに。
そんなことを考えていたら、視界の端に別の2人が。
「悪い、店が混んでて遅くなった」
ほんの少しだけ遅れて、綾小路と櫛田がやってきた。2人揃って。その事実に池が疑いの目を向ける。
「綾小路、まさか2人で飯食ってたんじゃないだろうな?」
「うん、そうだよ。綾小路君とランチしてたんだ」
綾小路に変わって返事をする櫛田。それを聞いた山内と池が凄まじい表情で綾小路を睨み付ける。
いいぞ綾小路。2人のヘイトを集めてくれるなんて、流石は俺の友達だ。しかし、いつの間に櫛田とそんなに仲良くなったんだろうか。
‥‥‥恋愛マスターとかそこらへんの可能性を考慮したほうがいいかもしれない。とりあえず綾小路の主人公ポイント加算しておこう。あと、堀北の半径5メートル以内に近づかないよう策も練りたい。
「なんでもいいわ、早くしてちょうだい」
そんな堀北の一声で始まる勉強会。俺、堀北、櫛田が講師になり、須藤、山内、池にそれぞれ教えている。綾小路は1人で勉強を進めている。赤点にならないレベルではあるものの。小テストの出来が良くなかったからな。
「須藤、theyは複数だからここで使うbe動詞はwereだよ。wasを使うのは単数の場合だね」
「そういやそんな事言ってたな」
少しずつではあるけど、須藤も学習内容を理解してきている。頑張ったな、偉いぞ須藤。
そんな風に感動しながら勉強を教えていると、2人組の男子がこちらのノートを覗き込みながら声をかけてきた。
「おい。お前らDクラスだろ」
「あ、なんだお前ら?なんか文句あんのか?」
須藤がいきなりケンカモードで立ち上がろうとしたので、すかさず押さえた。
面識はないけど、この2人はCクラスの生徒であることは覚えている。
「いやいや、文句はねぇけどよ?底辺と一緒に勉強させられたら、たまんねぇからさ。この学校が実力でクラス分けしてくれて、良かったなって思っただけだぜ」
底辺?堀北が底辺?取り消せよ‥‥‥!!!今の言葉‥‥‥!!!
須藤の肩を押さえたまま、立ち上がる。ポーカーフェイスが維持できてるか少し心配だ。
「随分好き勝手言ってくれるね。こっちは真面目に勉強しているんだから邪魔しないで欲しいな。そもそも君達、図書館で何してるんだ?」
「本読みに来たに決まってるだろ、馬鹿か?」
「へぇ?同じクラスに本を読む人はいないって、Cクラスの友達は言っていたけどね。俺も図書館によく来るけど、君達を見かけるのは初めてだ」
「はっ。俺達がいつどこで本読んでようが、どうだっていいだろうが」
「それもそうだね、申し訳ない。君達が本を読むように思えなくて、つい」
「……テメェ!!」
俺の言葉に激昂して、2人組の片方が掴みかかってきた。
先に殴られたら正当防衛が成立する。なのでここは、仲良く1発ずつ等価交換といこう。ボディに1発、1発だけだから。
その目論見を実現するべく、更なる挑発の言葉を口に出そうとしたら。
「はい、ストップストップ!」
思わぬ介入が入ってきた。この女子生徒を俺は知っている。Bクラスの一之瀬帆波、入学2日目の時点で目を付けていたキーパーソン候補だ。
ストロベリーブロンドの長髪、整った顔立ち、ダイナマイトなボディを誇るBクラスのリーダー。これだけの要素を取り揃えているのだから、モブなわけがない。
一之瀬の言葉を聞いたCクラスの生徒は我に返ったようで、掴んでいた俺の襟から手を離してしまう。‥‥‥もう少しだったのに。
「そこの君、流石に暴力沙汰は見過ごせないかな。学校に報告されたくないでしょ?」
「わ、悪い。そんなつもりは無いんだよ、一之瀬。‥‥‥おい、行くぞ。こんなところに居たらDクラスの奴らから馬鹿が移る」
馬鹿って言ったほうが馬鹿という言葉がある。つまり。お前らこそ馬鹿なのだ。馬鹿め。
Cクラスの生徒がそそくさと立ち去ったのを見届けた一ノ瀬は、俺に向き直ってから口を開く。
「君もあんまり挑発しちゃダメだよ。相手から絡んできたとしても、うまく流さないと」
「挑発するつもりはなかったんだけど、つい言い返しちゃって。いきなり胸ぐら掴まれたからびっくりしたよ」
堀北が半目でこっちを見ている。その目もキュートだね。とてもプリティーだ。
「‥‥‥ところで、ちょっと気になったんだけどさ」
一之瀬はそんなことを言いながら、池が開いている歴史の教科書を覗き込む。
‥‥‥池。胸元を見すぎだし、鼻の下めっちゃ伸びてるぞ。
「そこってテスト範囲外だと思うんだけど、わざわざ勉強してるの?」
‥‥‥‥‥‥What?