狙われたシーズン   作:紫 李鳥

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『――ヒトミちゃん、ジャジャジャジャン。遅くなってごめんね~。君を捜していたんだよ~。やっと見付けた。マンションにも居ないし、携帯に電話しても現在使われておりませんだし。どうちたのかなって、僕、心配しちゃった。長崎に行くなら、そう言ってよ。僕が観光スポットを案内してあげたのに』

 

 あの頃のように、ジョークまじりのゆすりが始まりました。私が黙っていると、

 

『どうちたの?なんかちゃべってぇ。僕、聞こえな~い』

 

 と、尚もふざけた言い方をしました。

 

『……用件を言って』

 

『ん、も。冷たいんだから~。あの頃のように優しくして』

 

『早くして。電話切るわよ』

 

『そんなことしてみろ、そっちに暴れに行くぞ』

 

 突然、豹変(ひょうへん)しました。

 

『どうぞ、ご勝手に。警察の厄介になるのが落ちよ。それでもいいならどうぞ』

 

『……お前、変わったな』

 

『変えたのは誰よ』

 

『ま、いいさ。今の幸せを続けたかったら、金を用意しろ』

 

 案の定、金が目的でした。

 

『……いくら?』

 

 金田とのことを主人に知られたくなかった私は、金田をそれ以上怒らせないために承諾しました。そして、日時を決めると、客の振りをして来てくれるように頼みました。けど、知ってのとおり、金田は来ませんでした。――」

 

「なして、振り込みにせんかったと?」

 

(はな)から金をやるつもりはありません。一度金をやれば、一生せびり続けるのは目に見えています。話し合いで解決するつもりでした。もしも金田が納得しない場合は、離婚を覚悟の上で主人に打ち明け、恐喝(きょうかつ)の現行犯で警察を呼ぶつもりでいました」

 

 真実味を帯びた日斗美の供述ではあるが、藤堂には眉唾物だった。なぜなら、話の中に、あの廃屋が登場しなかったからだ。

 

 日斗美は、金田が長崎の出身だと知っていたに違いない。それで、土地勘がある金田との待ち合わせ場所をあの廃屋にした。土砂崩れを起こす地盤だと知った上で……。そして、台風が直撃することをニュース等で事前に知っていた日斗美は、台風が上陸する×日を指定した。内容はこうだ。

 

『旅館の裏を下りたとこにある廃屋で会いましょう。あそこなら誰にも見られないし、厨房の勝手口から近いから最短で行けるわ。雨が降ろうが槍が降ろうが、×日に必ず来て。じゃなければ金はやらないわ。後に脅迫しても無駄よ。主人と離婚して逃げるわ。そうなったら一文も入らないわよ』

 

 それが、藤堂の推測だった。そして、予約人数を2名にしたのは、金田が待つ廃屋が倒壊しないケースも考え、どこの誰だか分からない架空の連れが、台風を利用して金田を崖から突き落として殺したというストーリーにするためだ。

 

「――金田が長崎の出身だと知ってましたよね」

 

「いいえ。九州の出身なのは方言で分かってましたが、長崎だとは知りませんでした。『長崎に行くなら観光スポットを案内したのに』と脅迫の電話があった時に言ったので、もしかしてとは思いましたが。もし最初から知ってたら、金田が戻ってくるかもしれない故郷(ふるさと)の長崎にわざわざ逃げてきませんわ。でしょ?」

 

 日斗美は、征服感に浸るかのような(ひとみ)で藤堂を見つめた。……この女は知能犯だ。藤堂は確信した。つまり、自分の手を汚さないで、“台風という天災に(・・・)金田を殺させた(・・・・)”のだ。

 

 結局、日斗美を逮捕することはできなかった。(おり)()まったままの藤堂は、胸糞(むなくそ)が悪かった。だが、物証がない以上、どうすることもできない。

 

 

 

 

【老舗旅館の美人女将】のテレビ出演が功を奏してか、〈静風〉は繁盛していた。日斗美の装いは、()から(あわせ)に変わり、萩をあしらった付け下げに銀色の帯をしていた。忙しそうに接客するその身のこなしは、老舗旅館に相応(ふさわ)しい風格と共に、優美を兼ね備えていた。

 

 

 

 様子を見に来た藤堂に気付いた日斗美は、清々しい笑みを(たた)えていた。その笑顔には、優越感と達成感を含んだ勝者の貫禄が(うかが)え、窓辺から漂う菊の香と溶け合っていた。――

 

 

 

 

 

   完


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