明朝、迅は元老院に到着した。
荘厳な造りで誇り高い魔戒騎士を束ねるに相応しい建物である。
彼は自分の名を門番に告げ行くべき場所を言い渡された。
目的の場所へ着くと神官数人が待っていた。
「梵迅、只今参りました。」
迅が深々と礼をし顔を上げると全員が顔を向けている。
神官の一人が口を開けた。
「梵迅、よくぞ参られた。私は神官セトバ、彼らはこの儀式のために集められた神官と魔戒法師である。」
神官・セトバの言葉で皆一斉に頭を下げる。
法師の中の一人が迅に近づいてくる。
端整な顔立ちの法師だ。髪は黒く装飾品をほとんど付けていない。服装も全身黒で胸に魔戒文字の書かれた銀の装飾があるのみ。飾らない中、鮮やかな深紅の唇だけが目立つ。切れ長の目でこちらを一瞥し手に持った何かを差し出してくる。
出されたものを見ると魔導輪のようだ。
神官・セトバが口を開いた。
「彼女は法師・桜華(オウカ)。布道レオという名を聞いたことはあるだろうか?かの阿門法師の再来と呼ばれた天才法師にして閃光騎士狼怒、その者の弟子の一人だ。現在は東の管轄で騎士の補佐を任せている。正式に狼紅を継承し東の管轄へ配属された時は彼女がお主の右腕となる。」
桜華と言われた法師は迅を見て会釈をした。
迅もそれに応じる。
「おいおい静かな挨拶だなあお前ら。もう少し賑やかな会話とかないのかあ?」
どこからともなく二人を茶化す声が聞こえる。
迅が辺りを見回す。神官達と法師は桜華の手元を見ている。
「俺だよ俺、魔導輪のゲルバだ。先代の狼紅と共に闘った相棒さ。継承したら付き合ってもらうぜ?」
迅は目を丸くしてゲルバを見つめている。
「ゲルバ、口を慎むのだ。お前の軽口が悪いとは言わないが今は継承の儀の前、粛々と進めるためには余計なものになる。桜華よゲルバの口を封じておきなさい。」
セトバの言葉に桜華が応じ筆に手を伸ばす。
「あーやめてくれやめてくれ!儀式の間は静かにしておくからその息苦しいのはやめてくれ!」
ゲルバが焦り嫌がる。
一瞬騒いだと思ったら彼は口を噤んだ。
「うむ、それでよい。では梵迅、これから儀式の説明を始める。」
内容を要約するとこうだ。
ゲルバを指にはめ、狼紅の鎧の前に立つ。
次に魔戒剣、紅蓮剣狼紅(ぐれんけんろあ)の柄を握る。
その後、法師の術によって鎧の中へ入る。
そこで鎧との対話をし認められることにより継承されることとなる。
「梵迅、何か質問はあるか?」
セトバが聞く。
「一つだけあります。その時認められない場合はどうなるのでしょうか?」
彼の中にあった疑問。これは真っ当な問題だ。
継承が拒否された場合、そのまま自宅へ帰されるのか、それとも元老院にて修行をし再度挑戦することが可能なのか。
その疑問にセトバが答える。
「その場合は最悪の場合は死ぬことになるだろう。」
その言葉に目を見開く迅。
なんの説明も知らされておらずまさか命を懸けた行為だなどと思っていなかった。
しかし、セトバは眉一つ動かさずに話を続ける。
「無名のハガネしか得られない家系の人間が称号を得てあまつさえ鎧まで手に入れるのだ。相応の対価が必要となる。お主にその覚悟が無いのであればここから立ち去ることも許そう。しかし、ギャノンとの闘いにおいて得たものは勝利だけではないはずだ。かの黄金騎士や銀牙騎士、その他の称号を持つ者に無名の者達は死と隣り合わせで数多くの指令をこなしてきた。ホラー討伐となんら変わりはない。これは元老院からの直接の指令であるのだ。逃げ帰ることは簡単だがそれはお主の家系に泥を塗ることと同じ。誉れと思い送り出した両親に顔向けも出来ぬのではないか?」
セトバの言葉は迅に刺さった。
両親の笑顔、指令書が届いたときに見せてくれたあの顔を曇らせるわけにはいかない。
実の親ではない。
しかしだからこそそれ以上の絆が恩義がある。
ホラー討伐も変わらない、死と隣り合わせだ。
今回の指令で死したとしても彼は名誉ある死として両親には伝わることだろう。
実の両親がホラーに喰われたことは聞かされていてそれもあり魔戒騎士になった経緯もある。
セトバはこの背景を知っていたのだ。
元老院に属する神官は魔戒騎士の全てを知っている。
出自、系譜、個人個人の背景など様々な情報を収めている。
迅は考えた。これも守りし者の務めであり、狼紅の系譜が復活するのであれば他の絶たれた系譜を戻し戦力の増強を図れるのではないか。己が礎となり世界を変えられるのではないかと。
熟慮した迅が口を開いた。
「やります。私の行為が騎士達の今後を支える可能性があるのであれば守りし者として微力ながら力を出しましょう。」
セトバを見て力強く言った。
深く頷くと神官達が奥の間から鎧を恭しく運んでくる。
その鎧は赤金のハガネに似ていた。
だがその兜は雄々しい獣が象られている。
腰の真ん中には狼紅の紋章、六芒星が描かれている。
称号を持つに相応しい気位の高さを感じた。
その隣に黒鞘に収まった魔戒剣狼紅が添えられていた。
鞘も柄も黒くその中心に赤金の紋章、六芒星が掘られている。
「これが狼紅の鎧と魔戒剣狼紅である。梵迅、桜華よ、準備は良いか?」
二人は頷き、桜華は迅にゲルバを渡しはめる。
そして迅は剣の柄を握り、桜華は筆を握り迅の肩に手を添えた。