迅が目を開けたときそこは先ほどまでの空間ではなかった。
右手には鞘から抜かれた魔戒剣狼紅が握られている。
彼は動揺していた。
ここは魔界か?それともホラーのまやかしの類か?彼は剣を構えつつ自分の不安を気取られぬように振る舞う。
「安心しろ、ここは狼紅の中だ。」
左手から聞き覚えのある声が聞こえ、それを目の前に持ってくる。
魔導輪ゲルバだった。
骸骨のような見た目で瞳は蒼い。
彼らは元々ホラーであり人間との共存を選んだ者達である。
「よう迅。ここは鎧の中だ。お前の力を示す修練場みたいなものを想像するとわかりやすいだろうな。まあ試験場ってことだ。」
「なるほど、それで何もないだだっ広い空間というわけか。」
床は石畳でところどころ石柱が立っている。
周囲は闇に覆われており先が見えない。
「そんなところだ。かの黄金騎士や他の騎士は百体目のホラーを倒したとき魔導馬を得るために己の影と戦う。それがこういう空間だ。お前もいずれ戦うことになるが・・・おっと、おいでなすったぜ?」
ゲルバの言葉に迅は正面に目を向けた。
すると闇の空間から何者かがこちらに歩み寄ってくるではないか。
その者の全容が見えてくる。
なんとそれは紅蓮騎士・狼紅だった。
「なぜ鎧が!」
「あれは先代狼紅、あくまでも残留思念だがな。」
驚く迅にゲルバが説明する。
「鎧に残った思念にお前の力を示すんだ、簡単だろ?」
「力を示す?あれを倒せということか?」
「まあ一概には言えないな。言うなれば思念に狼紅をお前に託しても大丈夫だと思わせることってことが正しいか。」
「ほとんど倒せと言っているようなものだろう!」
ゲルバの説明に憤りを感じる迅。
話している間に鎧が近付いてくる。
「貴殿が絶たれた系譜を継ごうとしているものか?」
鎧が迅に問いかける。
「そうだ、名前は梵迅。貴殿の系譜を受け継ぎに参上した。」
迅が答える。
先ほどまでの不安は無くなりまっすぐな瞳で狼紅を見つめる。
歩みを止め迅を見つめ返す狼紅。
しばしの沈黙の後、狼紅が剣を構える。
「受け継がれるのであればそれは有難いのだが、貴殿にその資格があるかを見極めさせてもらおう。」
「こちらも何もなく得られると思ってはいません。全身全霊で挑ませていただく!」
迅の声が空間に響く。
二人共が相手に向かって走り出す。
上段に構え二つの斬撃が重なった。
「久しいな、ゲルバ。」
「おう。思ったより元気そうで嬉しいぜ?」
「ははは!死人に元気そうとはな、軽口は変わっていないようだな。」
迅の刃を弾き鎧は後方へ飛んだ。
ゲルバは懐かしそうに笑い、鎧も心なしか笑顔に見える。
陣は彼らの間がどうであったか少し垣間見えた気がした。
「貴殿の太刀筋は見事なものだ。師が良いのだろう、さぞ高名な騎士であろうな。」
「師は父です。無名の騎士で称号も持ち合わせません。」
そう言いながら迅の心は躍っていた。
父を褒められたことが彼には喜ばしかった。
「そうか。私にも子がいた、妻がいた、弟子がいた、家族がいたんだ。ホラーに喰われ全てを失い私自身も喰われた。だが闇に飲まれる気はさらさらない。その結果が今の私だ。奇しくも鎧は残り剣も保管され、今貴殿の前に立ち塞がり資質を見極めようとしている。」
先代の過去を聞かされる迅。
眉を顰め怪訝な表情で鎧を睨む。
「案ずるな若き騎士よ、この語りに偽りはない。ただ知っていてほしかったのだ。我が系譜の最期を、この称号の重さを。系譜が絶たれたのには相応の理由があるということだ。輝かしい事だけではない。こと魔戒騎士に関しては光があることが稀なのだ。この鎧を受け継ぐのであれば相応の覚悟を背負い一生を過ごすということだ。貴殿に・・・」
鎧の語りを遮るように迅が声を張り上げた。
「無論覚悟は出来ている!貴殿の過去もその系譜の過去も全て受け継ぐ!心配は無用だ、剣を構えよ狼紅!」
自身を鼓舞するように狼紅へ覚悟を伝えるように放つ言葉はこの空間に鳴り響いた。
ゲルバは満足したような顔をしている。
狼紅も表情が見えないのだがどこか安堵しているように感じた。
「貴殿の心は申し分ない、あとは力を示してもらおう!」
鎧が剣を振り上げこちらに走ってくる。
迅は剣を中段に構え受ける体制を整えた。
対峙した時、振り下ろされる剣を受け止めた。
重く力強い斬撃が迅の刃から体へ伝わる。
「くっ・・・」
その重みに手が痺れ体が軋む。
ただの斬撃ではない、これは彼らの過去がそのまま込められた一撃なのだ、軽かろうはずがない。
しかしここで受けなければ受け止めるといった言葉が嘘になる、迅はそう考えていたのだ。
「初撃を受けたその胆力やよし!しかし次を受け止められるか!」
「受ける!貴殿らの思い、全てを受けきり狼紅を受け継ぐ!」
刃を弾き次の一撃が迅の右側からその切っ先が腹に目掛けて迫る。
それをかわすことなく剣で受けた。
危うく間に合わず体が切り裂かれるところだった。
魔法衣を着ているとはいえ斬撃を受けてはひとたまりもない。
「ぐ・・・。まだだ、覚悟を貴殿に示す!」
迅が相手の刃を弾き相手の喉元に狙いを定め一撃に懸けた。
相手は動くことなくその一撃を喉に受けた。
しかしよろめく気配はない。
驚いたのは攻めた迅の方だった。
「何故避けない!貴殿ほどの腕ならば避けられないわけがない!」
「言ったはずだ、力を示してもらうと。それには充分だと悟っただけのこと。鎧の斬撃を二度受ける胆力、一瞬の隙を突く判断力。唯一心配するのはその優しさといったところだろうか。本来ならばこの突きの後二撃、三撃目を続けざまに撃つべきだが受けたときの驚きと相手への経緯のため止まったのだろう。守りし者として同じ騎士として相手に敬意を払うのは褒めるべきところだが仮に闇に堕ちた騎士だった場合はしっかりと斬ることが敬意の表れとなるだろう。」
狼紅の言葉は激励とともに忠告を意味していた。
言葉を終えると共に鎧が足元から塵に変わっていく。
「狼紅よ、私はまだあなたを倒していない!ここまでで力を示したと申すのか!?」
迅としてはまだ力を示していない。いや、むしろ突きを避けず受けられたため負けたとすら思っている。
狼紅が首を振りそして迅の頭を撫でた。
「そしてゲルバが大人しくはめられている、我が旧友がもはや認めているのだ。太刀筋、受ける覚悟、そして攻めに転じる好機の見極め、充分な実力だ。何より貴殿は息子に似ている。成長したら貴殿のようになっていただろうと思うと感慨深い。」
深い呼吸が聞こえた気がした。
この鎧は生きている、いや生かされ続けていたのかもしれない。
受け継ぐ者が現れず、挑戦する者もいなかったのだろう。
無限とも思える時間に一筋の光明が射しこんだ、それが迅だった。
旧友の認めた若い騎士に息子の面影を重ねたこともある。
だが彼自身の今とこれからを認めたのだ。
「ゲルバ、狼紅と彼への協力をまた頼む、旧友としての願いだ。」
「ああ、前みたいにならないようにする。本当に済まなかった。」
「いいさ、お前だけの過失ではない。梵迅よ、狼紅を貴殿に継承する。守りし者として生きるのだ。」
「私は己の力をこれで示したと思えない。これから精進しあなたに恥じぬ騎士となることを誓います。」
頭を撫でていた腕も塵に変わり触れられている感覚が消える。
最期に彼が、鎧が笑っている気がした。
一人の騎士を一つの系譜を背負い受け継ぐ覚悟を持ち守りし者になる。
迅の精神がまた一つ成長した瞬間に鎧が全て塵に変わり本当に安らかに眠れることを祈った。
そしてゲルバが口を開く。
「さあこれで継承の儀は終わりだ。これからは相棒としてよろしく頼むぜ、迅?」
迅はゲルバを顔の前に持ってきて
「よろしく頼む。」
そう告げ少し微笑んだ。