実に唐突な話だが、プラントでもいじめは発生する。
それはそうだろう、人間は社会的生物であり、集団を形成するものだ。皆で協力して一つの物事に取り組む、生活を営む、要するに『協調』を尊ぶのは、どれだけ遺伝子を操作したところで変わる訳もない。
そんな集団の中で不協和音を奏でる人間がいれば、それを排除しようと動くのが、人間という生物そのものに組み込まれたシステム。
だからこそ、幼少期のリーシャ・グリマという『集団に混ざろうとせず、一人で本を読むことを好む内気な少女』がいじめの対象となったのは、当然の結果だった。
本を取り上げられる、髪を引っ張られる、上履きを隠されるといった直接的なものから、密かに陰口を叩いたり学校の行事で露骨に距離を取るといった密やかなものまで。
大体の人間が『いじめ』と認識するようなことを彼女は経験した。教師も状況に気付いてなんとかしようと動いてはいたが、平均的に知能が高いコーディネイターの子供達は実に巧妙で、教師の目に入らないようにそれらの行為に及ぶのだ。
その時の自分が、妙に達観していたことは覚えている。自分がこうなっているのは仕方ないことなのだと、自分が耐えればそれで良いのだと。
だから最初、その少年のことを彼女は理解出来なかった。
ある日突然、父に連れられて家にやってきたその少年が自分の婚約者だということは、衝撃的ではあったが理解出来ないことではなかった。プラントでは年々出生率が低下しているということは知っていたし、問題を解決するために婚姻統制を行なっているというのも聞かされたから。
理解出来なかったのは、少年の行動原理。
コロコロと表情を変え、行動は考え無し。それだけならともかく、家の中で本を読むことを好んでいた自分を外に連れ出しては遊びに付き合わせ、その度に面倒事を引き起こす。
自分とまったく異なる人間との生活に目を回す日々に戸惑い続け、時には理不尽に怒ることもあった。
それでも彼から目を離せないのは、いじめられている自分とずっと一緒に居続けてくれたから。楽しそうに、傍目から見るとバカなことをやっている彼の姿が羨ましく思えたから。
あとは、まあ。
あんまりにも無鉄砲過ぎて、自分が見張っていないと安心出来ないから、なのだろう。
3/3
宇宙空間
”シグ-・ポリデュクス”が放った弾丸が、ばらけながら現れた“テスター”小隊に向かっていく。
弾丸を吐き出したマシンピストルは『アイギス・プラン』によって開発された新兵装であり、その設計はステアーTMPという
弾薬は50mmの新規格に基づいて製作されたもので、従来のZAFTで運用されてきた76mmよりも貫通力を高めたものとなっている。新たな弾薬規格を導入するということは本来手軽に出来るものではないが、「どうせ今のままで続けても負けが見えている」と判断した参謀本部が開発・導入を決断したことで、本機に試験的に実装されたという経緯があった。
もっともこの兵装は”ポリデュクス”にとっては牽制程度の意味合いしか無く、当たり前だが”テスター”達には命中しない。
だが、それでいい。これで後方に控えている相方が現状を把握しやすくなるというものだ。突撃の勢いはそのままに”テスター”の1機に向かい、左腰に取り付けていたレーザー重斬刀を抜き放ち、振りかぶる。
「まず一機!」
”テスター”の性能は、鹵獲した機体から得られたデータを閲覧しているから、この一撃で断ち切れるということは確信している。
”テスター”のシールドはあくまでカウンターウェイト、つまり右腕にライフルを保持しているが故のバランス調整という意味合いが強く、何の変哲も無い金属の板だ。
つまり、このレーザー重斬刀を受け止めるには至らず、盾を構えようともそのまま断ち切れる───!
「んなっ!?」
───はずだった。
”テスター”は”ポリデュクス”が振り下ろしたレーザー重斬刀を盾で受け止め、あろうことか押し返しつつ腰に付けたナイフで反撃を試みてくる。
ネイアムは機敏に反応してそのナイフを躱して距離を取るが、これはこれで新たな疑問が生まれた。
(シールドで受け止められたことは、対ビームコーティングが施されたからってことでわかる。だけどその後の馬力、あれはなんだ?”テスター”の性能で”ポリデュクス”の攻撃を受け止め、即座に反撃?……こいつら、ただの”テスター”じゃねえ)
ネイアムはこの戦いが簡単に済むものではないことを察した。
そして、心の中で後方で援護射撃しているはずの相方に警告を飛ばす。
「見た目に騙されるな、リーシャ!こいつら、普通の”テスター”じゃない!」
「バカな、何故このような……!」
口からは戸惑いの言葉が漏れだしているが、リーシャの体は速やかに戦闘態勢に移行していた。何度も実戦を経験していれば、頭で考えるより先に体が動くようになると言っていたのは誰だっただろうか。
リーシャは"カストール"が右腕に保持しているロングビームライフルのグリップから、細長いケーブルを引き出し、それを右腰に取り付けてあるバッテリーパックに接続する。
"カストール"と"ポリデュクス"はビーム兵器を運用出来るように新型のバッテリーを内蔵しているが、ビームライフルを多用する"ポリデュクス"のエネルギー消費量を賄うには不十分な物だった。
そこで、「外部にライフル用のバッテリーを追加装備すれば良いのではないか」と考えた技術者によって作られたのがこのバッテリーパックだ。これとライフルを接続することで、"カストール"は約20発、本体のエネルギー消費無しにビームライフルを発射することが出来る。
「情報が必要だ、四肢だけを狙えるか……?」
座席の脇からターゲットスコープを引っ張りだし、敵部隊に銃口を向ける。突如現れた謎の部隊の正体を知るためにも、最低1機はパイロットを生かしたまま鹵獲したいと考えるリーシャ。
確認出来た敵MSの数は3、どれも"テスター"タイプ。
しかしネイアムの言葉を正直に受けとるなら、通常の"テスター"よりも高性能であるらしい。
「何はともあれ、撃ってみなければわからないか……!」
敵MS部隊の内1機はネイアムが相手をしているが、他2機がこちらに向かってくる。
リーシャはその内から、先頭で進んでくる方の"テスター"に照準を合わせた。もちろん、胴体からは僅かにずらしている。
「発射!」
銃口から緑色のビームが放たれ、"テスター"に向かっていく。
しかし"テスター"はその射撃を回避し、2機がかりで"カストール"との距離を詰める。
その間もリーシャはビームライフルを撃ち続けるが、2機の"テスター"はそれを回避、あるいは耐ビームコーティングが施されているだろうシールドで受け止めながら突き進んでくる。
「なるほど、たしかに一筋縄ではいかないようだな……」
リーシャは左腰にマウントしていた、"ポリデュクス"と同型のマシンピストルを左手に持たせ、敵との近距離戦に備えた。
(早く戻ってこい、ネイアム!長くは保たんぞ……!)
(くそっ、何が『重要な任務』だ、あいつら……!)
”テスター”に搭乗して襲撃を仕掛けた集団、男はその一人だった。彼はコクピットの中で自分の上官に対し内心で毒づく。
上官と言っても、別に進んでこの仕事をやっているわけではない。ある日突然やってきた男達に無理矢理連れてこられ、こうやってMSに乗せられて戦わされているというだけだ。
ああ、自分は何故
せっかく休戦協定が結ばれて一息付ける(脱走は既に諦めた。間違いなくバレて殺される)と思っていたのに、今度は海賊の真似事をさせられる。
唯一の救いは、MSの性能がそこそこ良かったことだ。
”テスター”の胴体に次期主力MSの四肢を取り付けることで性能の底上げを図ったというこの”テスター・ダガー”の性能あればこそ、自分は生き残ってこれたのだ。
しかし、今自分達が戦っている敵相手にそれがどれだけ有効に働くだろうか。
今は味方が一人で赤い”シグ-”タイプを相手取っており、自分ともう一人が青い”シグ-”タイプを集中して攻撃している。先に支援機を撃破、あるいは無力化してから前衛機を3機がかりで仕留めにかかるという作戦だが、どうにも裏目に出たようだ。
というのも、この2機はこれまでのZAFTのMSと比べるとかなり強い。MSの性能だけでなく、中のパイロットの能力も高い。今自分達が相手にしている青いMSも、自分達と距離を保って時間稼ぎに徹しているところを見ると、あちらもこちらの狙いに気付いているようだ。
赤いMSが時間稼ぎをしている味方を落とすか、自分達が支援機を落とすか。
先にそれを成し遂げた方が勝つ、そんな予感があった。
「こっの……!」
敵からの攻撃を避けながら、こちらもマシンピストルを撃ち返す。しかし敵はそれを回避、更にライフルを撃ち返してくる。
先ほどから同じような行動を互いに繰り返していることには、ネイアムも気付いていた。こちらが距離を詰めようとするとあちらは距離を離し、やはり同じような状況になる。
(こいつ、あからさまに時間稼ぎしてやがるな。さっさと片付けねえとリーシャがやばいってのに……!)
ネイアムが今攻め切れていない理由は二つある。一つは、敵が時間稼ぎに徹した行動をしていること。おそらくこの敵は部隊の中でも時間稼ぎに長けた存在であり、時間を稼いでいる間に味方が他の敵を倒す、というのが基本戦術なのだろうと推測する。
もう一つは、ネイアムが”ポリデュクス”の
これが通常の”ジン”や”シグ-”であるならともかく、この機体は試作機。バックアップが万全で無い状況で全力を発揮して何か問題が起きたら、それこそ最悪の事態だ。
だがこのまま続けば、いずれは敵を2機相手にしているリーシャが落ちる。いつものリーシャが”カストール”を扱っているなら2機とも渡り合えるやもしれないが、久しぶりの実戦で勘も鈍っているかもしれない。
このまま不毛な耐久戦を続けるか、一か八か”ポリデュクス”の全力で勝負をかけるか。
「はっ……迷うなんてらしくないよなネイアム!」
こういうところで即断出来ないとは、勘が鈍っていたのは自分の方だったようだ。
どちらにせよ時間は無いのだから、勝負をかける以外の選択肢などない。操縦桿を握る手に力がこもる。
(敵もやり手だ、下手に全力を見せれば警戒させるだけ……)
すぐに全力を出すのではなく、タイミングを見計らう。
牽制射撃を回避した敵が、こちらに銃口を向けるのが、いやにスローに見える。あの時、”ザゥート”で敵MS部隊に突っ込んでいった時と同じ感覚だ。集中力が極限に高まった故だろうか?
どちらにせよ、仕掛け時なのは間違い無かった。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ペダルを思い切り踏み込んで、ネイアムは機体を前方に加速させた。
同時にこれまでの比にならないGが体に掛かるが、ネイアムは気にせずシールドを構えさせる。
敵は”ポリデュクス”の速度に驚いて距離を空けようと後退するが、その程度の速度ではあってないような物だ。射撃もシールドに阻まれ、瞬く間に両者の距離が詰まる。
ここで”テスター”はシールドでの防御を選択した。機動力で叶わなくとも、敵の攻撃がシールドで防げるということは最初の衝突で実証されていたからだ。
しかしネイアムはここで驚きの行動に出た。
「こ・こ・だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
上昇用のペダルを一瞬踏むことで、”ポリデュクス”の方向を転換。
”テスター”の上を飛び越えるように移動したので、”テスター”からしたら”ポリデュクス”の姿が一瞬にして消えたように見えたことだろう。
そのままの勢いで”ポリデュクス”は、レーザー重斬刀を”テスター”のバックパックに叩きつけた。
MSは前面の装甲はそれなりに頑丈だが、後方の装甲はどんな機体も例に漏れず薄く作られている。ましてやバックパックは宇宙におけるMSの生命線、推進剤が詰まっているため、そこに攻撃を受けるのは文字通り致命傷だ。
ネイアムは勢いを殺さずに、そのまま”カストール”の方へと向かっていく。自分の足止めをしていた敵の末路が、既に分かっていたからだ。
「あれは……そうか、やったのかネイアム!」
遠くに見える爆発に、リーシャは顔を綻ばせる。念のためにレーダーを確認するが、”ポリデュクス”の反応がこちらに向かってくるのを見て確信する。
自らの婚約者は勝負に勝ったのだ。
「なら、次はこちらの番だな……!」
先ほどまで自身に攻撃を加えていた2機の”テスター”を見ると、僚機の撃墜に戸惑っているのか、攻撃の手が緩んでいるのがわかった。
リーシャはペダルに更なる力を掛けようとしたが、直前で止まってしまう。
こんなところで全力を出していいのか?
もしそれでマシントラブルが発生したら?
100歩譲ってトラブルの危険性を無視するとしても、倒しきれなかったらどうする?
過去の苦い経験が、自分の中の猜疑心が、動きを阻害してしまう。
絶好のチャンスだというのに動けない、そんな自分に軽く絶望してしまうリーシャ。
<───リーシャ、大丈夫だ!そいつなら出来る!だから……飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!>
ネイアムの声が響く。その言葉に一瞬呆けてしまうが、次の瞬間には笑みを浮かべる。
あいつの言うことは、いつも大雑把で、感覚的で、理解に困るものが多い。だが、的の外れたことは言わないのが、ネイアム・ウィルコックスという男なのだ。
ペダルを踏み込み、“カストール”の全力機動を発揮する。突如として今まで以上に加速した”カストール”の動きに、敵は付いて来れない。
ネイアムが後顧の憂いを絶った今、リーシャの集中を妨げるものは何一つ無い。
「───そこだ!」
放たれたビームは何に阻まれるでもなく、1機の”テスター”の胴体に命中。推進材に引火したのか、そのまま爆発を起こした。
何故か想定よりも強力な爆発で、残骸から何かしらの情報を得ることも出来そうにないが、それも問題無い。
ここにもう一つ、『完品』があるからだ。
「さて、と。……そこの”テスター”、大人しく投降してもらおうか!断る場合は……分かっているだろうな?」
ビームライフルを残った”テスター”に向ける。一対一なら”カストール”が負ける道理は無かった。
そうしている間に”ポリデュクス”もこちらにたどり着く。
これで、2対1だ。
<リーシャ、怪我はねえか!?>
「ふっ、お前の方こそ無事だったか?また無茶をして何か問題が起きていないかどうか、不安で仕方なかったぞ」
<お前なぁ……>
精神に余裕が生まれたことで、いつも通りの会話をする二人。
それもそのはず、目の前の敵は既に武装を手放し、投降する姿勢を取っていた。”レヴィナス”も近づいているし、謎の”ローラシア”級の動きも監視している。
懸念事項はほぼ無くなっていた。これまでの経験から言っても、予備戦力があるなら既に投入しているはず。
だからこその余裕。これ以上は無いという確信が、二人にはあった。
「ちっ、ここまでか……。2番機には自爆コードを発信、それと……
「よろしいのですか?未だ調整は不十分なのでは……」
「構わん、だからこそ出撃させるのだ。そのための
ネイアムが異変に気付いたのは、本当に偶然だった。
ふと投降した敵機の方を見やると、挙げていた手はそのままに、ガクン、と力が抜けているように見えたのだ。
「あ……?おい、どうした?」
油断せずにシールドを構えたまま、力の抜けた敵機に近づき、触れる。
直接接触したことで開いた通信回線の先からは、取り乱した男性の声が聞こえてきた。
<ひぃっ……!た、助けて、なんだよこれ!?コードATAって、誰か止めて……!>
その言葉に含まれたある単語を聞いた瞬間、ネイアムは全身の毛が逆立つのを感じた。
何が起きようとしているかを理解したネイアムは”テスター”から離れ、”カストール”の前でシールドを構え直す。
<どうしたネイアム、そんなに慌てて>
「こいつから離れるぞ!こいつは───」
ネイアムが言い終わる前に、”テスター”が一瞬発光し。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
<わっ!な、何が……?>
ネイアムが咄嗟に間に入ってシールドで防いだため、”カストール”にダメージは発生しなかった。
”ポリデュクス”にも大した被害は無いが、今の爆発でシールドに掛かった負担が気に掛かる。
「……自爆したんだよ、あいつ。俺達が倒した機体もやけに爆発の規模がでかいと思ってたけど、たぶん自爆用に多めに爆薬を積んでたんだろうな」
<自爆……ということは、なんとしても正体を明かすわけにいかない、ということなのか?>
「にしては、やけに慌てた様子だったけどな。まるで勝手に作動したみたいな……」
そこまで言ったタイミングで、レーダーが新たに2機のMSの反応をキャッチする。
その反応は、所属不明の”ローラシア”級の方向から接近してきていた。
<このタイミングで増援?どういうこと……>
「そんなの俺が知るかよ。それより……来るぞ!」
ネイアムが警告を発すると同時に、敵の姿がモニターに映し出される。
その姿を見た瞬間、リーシャは息を飲んだ。
全体のカラーリングこそ漆黒に染められているが、その姿形は見紛うはずも無い。
自分は、自分達はあれらのMSの手で多くの仲間を失い、自身も病院送りにされたのだから。
<そんな……あの機体は!>
「嘘だろ!?」
漆黒の”イーグルテスター”と”ジャガーテスター”が、『ディオスクレス』に牙を剥こうとしていた。
今回、読者の方から募集したリクエストの中から採用した機体があるので、解説を載せます。
”テスター・ダガー”
”テスター”の胴体に、先行量産していた”ダガー”の四肢を取り付けることで性能の底上げを行なった機体。
旧式化したテスターの延命措置にダガータイプの運用データの取得、連合コーディネイター用のOSのテストベッド機体として実戦に投入された。
胴体が”テスター”であるために基本的にはビーム兵器を使えないが、馬力を初めとした各種基本性能が向上しているため、”シグ-”タイプと正面から渡り合える。
基本能力の高いコーディネイターのパイロットに優先して配備されたが、そのために自爆装置が標準搭載されている。
「kiakia」様のリクエスト。詳しくは活動報告の「リクエスト募集」(第一回)にて。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。