3/23
アフリカ共同体 『明けの砂漠』拠点
「あれ、ヘクじゃないか。何やってんだこんな所で」
「カガリ……」
キサカに先導されて訪れた『明けの砂漠』の拠点として使われている洞窟。そこにカガリ・ユラ・アスハはいた。
オーブ首長国連邦の実質的トップの娘であり、その動向如何で国家が揺るぐ存在である。
そんな彼女はというと、ヘク達がどのようにして、どんな思いでこの地にやってきたかも知らずに、ケバブを頬張りながらそう声を掛けるのだった。
「───この、大馬鹿がぁっっっっっっ!!!」
その脳天に、ヘクは思い切り拳骨を叩き込んだこと、その後カガリの悲鳴が轟いたことは、語るまでもない。
「あいたたた……あんなに強く殴る必要無いだろ」
「殴るっつーの!お前自分が今何してるか分かってんのか?」
涙目で頭をさするカガリにヘクは怒声を浴びせる。
その周りにはヘクの部下達とキサカ、『明けの砂漠』リーダーのサイーブ・アシュマンが控えており、遠巻きに『明けの砂漠』構成員達が動向を見守っているという状況だ。
「何って……レジスタンス」
「ダメだ重傷だ……頭が」
「なんだとぉっ!?」
ヘクの物言いにくってかかろうとするカガリと、その額を掌で押し止めるヘク。
このようなやり取りから彼らの普段の距離を察することが出来るが、当のヘクは普段のように笑って諫めるだけの余裕を持っていなかった。
「お前はアスハ家の娘!お前が参加してるレジスタンスはZAFTと敵対してる!分かるだろ、バレたらマズいって!」
「バレてないからいいだろ!」
「マジで言ってんのかこいつ……」
思わずワイドがボソリとこぼしてしまうが、目の前のヘクに注目している故かその声をカガリが聞くことは無かった。
もしもカガリの行為が世界に露見してしまった場合、どうなるか。
まず連合軍側にバレた場合。
この時期には既に、”マウス隊”の行動によって”プロトアストレイ”の内2機が連合に渡っており、連合軍に無断で『G』兵器からデータを流用していた証拠の固まりであるこれらを見逃す代わりとして、様々な技術がオーブから連合に渡っている。
もしもカガリがレジスタンスをしていたことが露見してしまえば連合はこれを嬉々として公表、オーブを地球連合の一員として扱い、最悪の場合オーブをZAFTのカーペンタリア基地攻略の前線基地にさえするかもしれない。
ZAFTの場合も、これまで中立として振る舞っているにもかかわらず代表氏族の娘にこのようなことをされては黙っていない。
『ヘリオポリス』崩壊の際にオーブが連合と共同でMSを開発していたことが露見したこともあり、その時はZAFTがビクトリア基地攻略に集中していたから苦言が呈されただけで終わったが、2度目はあるまい。
加えて、オーブにはZAFTの主な攻撃目標であるマスドライバーも存在している。連合の手に渡る前に……と考えるのが当然だろう。
結論として、カガリの身分発覚はすなわち、オーブを大きな影が覆うことと同義である。
「話にならん。───キサカ一佐、どうしてこうなるまで止めなかったのかは聞いたが、流石に限界だ」
「ああ、分かっている……」
ここに来るまでに、ヘクはキサカを詰問していた。何故止めなかったのか、と。
正確には、
事の経緯は、ZAFTがアフリカ共同体の人間に対して圧政を敷き始めた時点にまで遡る。
連合がMSを早期に実戦投入し始めたことに焦りを感じたZAFTは親プラント国家に人員の供出、つまり徴兵を命じた。
『電力やプラントの技術を優先的に供与しているんだから、その分お前達も働け』。文面にすればこのようになる、横暴な要求を親プラント国家は拒むことが出来なかった。
地球連合を構成する三大国家と比べて国力で劣る三大国家は、そうでもしなければ存続すら危うかったからである。
とりわけアフリカ共同体は北・西アフリカの小規模国家の寄り合い所帯でしかない。逆らったとしてても意味が無かった。
しかし、その理屈を全ての国民が受け入れられるかというと、そうではない。
他国の戦争に自分の家族を執られることを認められない者達によって様々なレジスタンス組織が結成された。
その一部はZAFTによって見せしめとして壊滅させられ、それを見たレジスタンス組織が多くが解散に至るも、『明けの砂漠』のように活動し始める者達もいる。
「休戦協定が結ばれて間もなく、アル・ジャイリーを介して連合軍から物資供給の申し出があったんだ」
アル・ジャイリーとはタッシルよりも東に位置するバナディーヤという町に居を構える商人であり、この町は現在”バルトフェルド隊”の駐屯地としても利用されている。
ジャイリーは連合、ZAFT共に独自のパイプを持っており、それらを通じて得られる利益で富を築く男なのだが、『明けの砂漠』は彼を通じてある男と出会う。
ランドル・フラッグと名乗った───あからさまに偽名である───その男は連合軍の工作員を自称し、物資援助の申し出をしてきた。
その中にはなんとMSも存在していたのだ。何故ここまでしてくれるのかという問いに、彼はこう答えた。
「軍としては、あなた方に内側から暴れて貰うことで今後の作戦を有利に進めたいという思いがありまして。MSは良いですよ?火力・装甲・機動性……あなた方が使っていたバギーやバズーカなんかおもちゃ同然だ」
少しばかり挑発的な口調だったが、ここで噛みついて申し出を撤回されるワケにはいかない。
結局、カガリを含む『明けの砂漠』の面々は援助の申し出を受けることにした。
キサカは都合良く利用されているということをカガリやサイーブに伝えようとするも、まるで彼が口を開くタイミングが分かっていたかのようなタイミングでランドルが口を開く。
「ZAFTによる理不尽な支配に立ち向かう貴方達は、この世界の誰よりも誇り高く、勇敢です。そして勇敢な人間にはきちんと相応しい武器を用意して差し上げるのは、純粋な善意から来るものですよ。
心配は要りません、休戦協定が明けたら連合軍は大攻勢を掛けます。貴方達はそれに合わせて決起するだけでいい。士気は十分、武器もある。ならばあとは、チャンスを見極めるだけです。
それさえ出来れば貴方達は自由を取り戻すことが出来ます。ああ、そういえばこのバナディーヤにはアンドリュー・バルトフェルドの隊がいますが、彼らほどの名声を持つ部隊ならばあるいは、タッシルをより豊かに発展させられるだけの富を管理していてもおかしく無いかもしれませんね?」
その言葉がトリガーとなった。
戦争が始まる前から発展途上国の片田舎に住む彼らにとって『自由を取り戻す』、『誇り』、そして、『富』が手に入るというのは、自らを奮い立たせるのに十分なものだった。
それを押さえられるのは『明けの砂漠』リーダーであるサイーブ、そしてその協力者であるカガリだけなのだが、サイーブは怪しみながらも、戦力があるに超したことはないと黙認。
カガリに至っては『これで自分達も正面から戦えるようになった!』と盛り上がるばかり。
実際、提供される物資の量は無償としては破格のもので、それだけ見ればとても喜ばしいものではある。
それでも不安を拭いきれなかったのは、血気盛んな男達を客観的に見た故の焦燥感だったのか。
それとも、そんな彼らに微笑みかけるランドル・フラッグの虚無的視線が原因であったのか。
「はいはい、そりゃ良かったな。それじゃお前がいなくても『明けの砂漠』だけで暴れられるだろうし、さっさと帰る支度しな」
「どうしてそうなるんだ!」
もっとも、そんなことはヘクには関係無い。
『勇敢に戦うでも無謀に突っ込むも好きにしろ。カガリ以外に用は無い』という確固たる意思を持つヘクには彼らがここに至るまでの経緯などまるで興味の湧かないものだった。
普段のヘクであれば、カガリを納得させるために言葉を尽くそうとするかもしれない。
しかしウズミからの突然の秘密指令や先日の『ブルーコスモス』との遭遇戦による緊張、そして最近は見ることも少なくなってきた過去の夢とストレスを抱えていた彼は、物わかりの悪いカガリに苛立ちを隠せない。
(ああ、どうしてこいつはこうも……)
ヘクは、カガリのこういうところが嫌いだった。
自分の意見の正当性を疑わず、周囲を振り回してドンドンと深みにはまっていく。思春期の子供特有の気性難だと自分を納得させてきた回数は片手の指では足りない。
しかし、どうしてもそんな彼女の姿が。
───あの、憎くて恨めしい
「落ち着けカガリ、ヘク。……すまないヘク、あと1日だけくれないか?カガリは必ず、私が説得してみせる」
「な、キサカ!?」
カガリの動揺を無視し、キサカは話し続ける。
「お前も、ここまでの道中で疲れているんだろう。普段より大分攻撃的だぞ?帰路も負担になるだろうし、お前も含めて兵達にも休息させるべきだ」
元はと言えば、『明けの砂漠』への参加自体キサカが止めるべきだったのだろうに……。そう言いたい気持ちをグッと抑えて、ヘクは溜息を吐いて了承した。
キサカの言うことにも一理あったし、何より自分が冷静さを欠いていることにも自覚はあった。
結局この日は、カガリの説得をキサカに任せるという形で終え、ヘク達は『明けの砂漠』アジトの一角にて休息を取ることにした。
今のヘクよりもキサカの言うことの方がカガリは飲み込めるだろうし、そして何より。
その日ヘクが見た夢は、何度も、何度も何度も何度も見た、『最後の時』の夢だった。
あの日も、普段と変わらない1日を過ごす筈だった。───突如として、爆音が響き、銃声があちこちで響き始めるまでは。
『蒼き清浄なる世界のために!』
そう喚く集団によって研究所は襲撃された。
彼らの名が『ブルーコスモス』であると知ったのは、全てが終わってからだった。もっとも、知ったところで意味は無いのだが。
何時もそうだ。ヘクはこの明晰夢を見ながら、自分は何時も遅すぎると自嘲した。
『はっ、はっ、はっ……』
ヘクは走っていた。その服を襲撃者達の返り血で染め、右手に襲撃者から奪った拳銃を握りながら、走った。
その途中、射殺された研究員の死体あるいはまだ息のある研究員の姿が見えるが、ヘクは一切気に留めることはなかった。
今の彼の頭の中にあるのは、ヴィアの安否、それだけであった。
『なっ、なんだこの───』
途中、遭遇した襲撃者の1人と遭遇したが、ヘクは相手の足下にスライディングを仕掛けて転倒させ、そのまま相手の頭部を掴んで地面に叩きつける。
一度では絶命させることは出来ない。ヘクは男の頭部を何度も叩きつけ、男が痙攣するようになったのを確認すると男の体から武器と弾薬を奪い取る。
十代前半のヘクだが、彼の出自を考えれば、この程度のことは出来て当然である。
彼は元々、地球連合軍の手によって生み出された戦闘用コーディネイターの1人なのだから。
生み出された施設でダンテ・ゴルディジャーニという男に訓練を施された後、紆余曲折あってこの施設に流れてきたヘクにとって、一対一かつこちらから攻撃を仕掛けられるという条件で敗北する筈もない。
『博士……』
彼はユーレンの研究室を目指していた。
そこ以外にめぼしい場所は既に見て回ったがヴィアの姿は無く、最後に残った候補がそこだったのだ。
『ヘク……ヘクなの?』
『無事で良かったです、博士』
果たして、その場所にヴィアはいた。その両腕に、泣きじゃくる2人の赤子を抱えながら。
ヴィアは一月前に双子を出産していたのだ。赤子という荷物を抱えながらも無事だったのは奇跡としか言い様がない。
『博士、着いてきてください。ここから逃げます』
『……』
『博士?』
何かを考えた後、ヴィアはヘクに近づき、両腕に抱えた赤子達を差し出す。
『ヘク、お願い。この子達を連れて逃げて。B-4ドッグに
『……は?』
『ベイトソン』とはメンデルと同じくL4に存在するコロニーだ。そこならばこの『メンデル』よりも安全だし、小型の宇宙艇でも十分にたどり着けるだろう。
だが、しかし。その言葉通りに行動するということは。
『そこにカリダ・ヤマトという私の妹がいるから、彼女のところに行って事情を……』
『待ってください、博士。博士は、博士はどうするというのですか』
『……私はここに残るわ』
『なっ!?』
ヴィアの言葉に、ヘクは目を剥くこととなる。
当然だ。彼はここまで、ヴィアを救うためにこの場に来たのだから。
『彼らの狙いは私や夫、そして……この子よ』
ヴィアの視線が、双子の内男子の方に注がれる。
ヘクはほとんど聞かされていないが、その子供が誕生した時に、研究所全体で喜色のムードが漂っていたことを覚えている。おそらく、彼らの研究成果なのだろう。
『これから私は、この場所に備わっている通信設備を使って彼らを呼び寄せるわ。その隙に逃げて』
『待って……待ってください!なんで、なんでそんな……』
『研究主任の妻である私を奴らは無視出来ない、それに『待ってくださいって言ってるじゃないですか!』……ヘク』
その言葉通りにするということはつまり、ヴィアを見捨てるということだ。
初めて優しさを与えてくれて、初めて暖かさを教えてくれて、初めて、好意を抱いた女性を見捨てて、逃げるということだ。
若いヘクにそのようなことを決断することは出来なかった。
『そんなことしなくたっていい、僕が守ります!何人だって殺してみせます!傷一つ付けません、この子達だって!』
『貴方1人で、この子達を抱えた私を守りながら逃げる。……本当に出来ると、思う?』
『っ……』
言葉に詰まるヘク。
無理だ。出来るわけが無い。
残酷にも、戦闘用として訓練された彼の理性は、不可能を告げていた。
しかし、ヴィアという足手まといを連れて逃げるのは、限りなく困難だった。
『お願い、ヘク。この子達は私の希望なの。それに……私達は、生命を弄び過ぎた。ここを生き延びたとしても、彼らは執拗に探し続けるでしょう。そうなれば、この子達に害が及ぶわ』
『でも……だからって、僕は、僕は!』
『それに、あの人を……連れて行かなければいかないから』
あの人。もはやここに来て、その人物が誰であるかを察せないヘクでは無かった。
ここに来て、あの男の影がちらつく。ヘクの心が、冷えていく。
『……なんでですか』
『私はあの人の妻として、止めるべきところで止められなかったわ。だから』
『なんで、あの男なんですか』
『ヘク?』
声色があからさまに変わったヘクに、戸惑うヴィア。
言うべきではない、そんな状況ではない。そう分かっていても、ヘクは言葉を紡がずには居られなかった。
『僕なら、貴方を守れます。貴方を悲しませることもしません。絶対に貴方を幸せにしてみせます。なんで、あの男なんですか。僕じゃ、ダメなんですか』
『……』
俯きながら言葉を紡ぐヘク。
ヴィアは思わず近づいて抱きしめたくなるが、グッと踏みとどまる。
これから彼にすることを考えれば、自分にそんなことをする権利はない。
『ごめんなさい、ヘク……私は、軽率な思いで貴方に手を差し伸べた。少しでも安らぎを、なんて……傲慢過ぎた。そして今、貴方を苦しめている』
それでも。
『───私は貴方に、残酷にならなければならない。私からの初めての、そして最後の命令よヘク・ドゥリンダ。この子達を、守って』
優しくて、暖かくて、何よりも愛した女性から放たれた言葉は、余りにも残酷過ぎた。
ヘクはこの時、失恋した。
差し出された子供達を受け取り、ヘクはヴィアの前から立ち去った。
視界が何か奇妙な液体で滲んでいたが、これは幸運だったかもしれないし、不運だったかもしれない。
最後に見た愛した女性の顔が、悲嘆に染まっていたところを見なくて済んだのだから。
……愛した女性が、最後にどんな顔で自分達を見送っていたのかを見ることが出来なかったのだから。
「隊長、起きてください!」
「っ!?」
乱暴に揺すられ、ヘクは夢の世界から強制的に帰還させられた。
もっとも見たくない夢を見た直後で不機嫌の極みにあったが、自分を起こした張本人であるワイドの必死の形相を見れば、何かただならぬ事態が起きていることが窺える。
「どうした、何があった?」
「さっき国際チャンネルで連合軍とZAFTの休戦協定破棄と、それに伴う戦争再開が報道されたんですよ!」
「はぁ!?」
意味が分からない。何がどうしてそうなる!?
ただでさえ混乱の極みにあるヘクに、ワイドは更なる衝撃的な事実を告げる。
「しかも、タッシルの町から救援要請が届いてるんですよ!『砂漠の虎』に襲われてるって!それを聞いた『明けの砂漠』の連中、MS持ち出して飛んで行っちまった!……カガリも!」
夢の中でも、現実でも。なんで、なんで。
「───なんで、俺の守ろうとしてる奴らってのは!」
大人しく、守られようとしてくれないのだろうか。
3/24
アフリカ共同体 タッシルの町
「おー、これは……」
タッシルの町……正確には、町が存在していた場所から少し離れた場所にて、ヘクはなんとも言いがたそうに呟く。
遠目に見える町は炎に包まれており、建物のほとんどが倒壊している。町からほど近い洞窟からも炎が吹き出ている辺り、あの場所にも何かしらの物資が貯蔵されていたのだろう。
明らかな大惨事だし、ヘクも最初は凄惨さに顔を顰めた。
それでも彼が微妙な表情を浮かべているのは、この大惨事の中でも死者が出ていないということだ。
「攻撃が行なわれる前に勧告があったそうですよ。何考えてるんですかね、アンドリュー・バルトフェルドは……」
「んー……」
ワイドの疑問はヘクも同じく持っているものだった。
まさか民間人を殺したくない、とかではあるまい。彼らはこれまでの戦争でタッシルの全住人よりも多い人数を殺しているのだから。曲がりなりにもアフリカ共同体の国民を殺して軋轢を生みたくない、とかはあるかもしれないが。
弾薬の消費を嫌った、それはもっとない。町民達を殺しても殺さなくても、必要な弾薬量など誤差でしかない。
そうくれば、考えられるのは1つ。
「なんか、挑戦的なんだよなぁ。試練っていうか……」
「え?」
「いや、別になんでも」
今、『明けの砂漠』には2つの選択肢が用意されている。
1つは、家や生活物資を焼かれてしまった家族を難民キャンプに連れて行くこと。町は焼かれてしまったが、家族の命が無事である以上はそれを守らなければならない。
そしてもう1つは、おそらくそう遠くへは行ってないであろうバルトフェルド隊の追撃。
たかが町1つを焼くために”レセップス”や本隊を引っ張り出す必要は無い。戦力は然程ではないと予想出来る。バルトフェルド本人でいる可能性も、微粒子レベルでは存在する。
「ま、ここは素直に引き下がるべきだろうな。女子供を放ってドンパチなんぞする理由が無い」
至極客観的に分析したヘク。しかし、何かおかしな雰囲気が若者達の中で漂っていた。
「町を襲った直後の今なら、連中の弾薬も底をついてる筈だ!」
「こんな目に遭わされて黙っていられるか!」
「何を馬鹿な……怪我人の手当も、女子供についててやるのが先に決まっているだろう!」
どうやら血気盛んな若者達が追撃しようと騒いでいるらしかった。
サイーブがどうにか抑えようとしているが、興奮する若者達には彼の言葉が臆病風に吹かれたようにしか感じられないようである。
その様子をヘクが冷めた目で見つめていると、事態が動き出す。
『大丈夫だ、私達には
突如として響き渡るカガリの声。
彼女は今、地球連合軍から供与された機体をオレンジ色に塗装した”デザートテスター”に搭乗していた。
MSは高度な精密機械なので、教育水準で著しく低位にあるアフリカの民間人には動かせる人間は少ない。加えて、カガリは『明けの砂漠』の活動に少なからず援助を行なっていた功労者でもある。供与された3機の内1つに乗り込むことに、異論を挟む者はいなかった。
無論、それはヘク達がいないなら、の話だが。
「なっ……何馬鹿なこと言ってんだ!そんな簡単な存在じゃないってことくらい、俺よりお前が分かっていないといけない相手だろうが!」
『消耗してる奴ら相手に負けるもんか!行くぞキサカ、アフメド!』
『おう!』
ヘクが必死に制止しようとしているが、カガリは聞く耳を持たない。
それどころか、興奮している若者達や、カガリと歳がほど近く、反応速度も比較的良好故にパイロットに抜擢されたアフメドを先導してバルトフェルドを追いかけようとしている。
無理矢理止めようにも、生身のヘクにはMSに乗り込んでいるカガリを止める方法は無い。
スラスタージャンプを交えながらバルトフェルドを追う”デザートテスター”と、それを追うバギー達を、ヘクは怒りで表情筋を震わせながら見送った。
「隊長、どうしますか。彼らを追わなければ───」
「んなこた分かってるんだよボケが!」
苛立ちに任せてホースキンを怒鳴りつけるヘク。
ホースキンの言いたいことは分かっている。ここで追わなければ、カガリは確実に死ぬ。
かといって無策で追いかけたとしても、死体の数がヘク達の分だけ増えるだけだ。
何か手は無いか。そう考えるヘクの視界に、
『カガリっ!?くそっ……』
供与された3機の”デザートテスター”の内、キサカが乗り込んでいる機体だ。
彼の機体には他2機のバックアップ要員として予備の武装などが積まれていたことで機動力が落ちていたために、今遅れて到着したのだった。
もう、ヘクに採れる手は1つしか残されていなかった。
「キサカ一佐、降りろ!───俺が乗って、追いかける!」
「いた!あいつら……!」
飛び出したカガリは間もなくして、砂漠を疾走する3機の”バクゥ”と、数台のバギーを発見した。
“デザートテスター”のメインカメラが、その内の1両に乗り込むアンドリュー・バルトフェルドの姿を捉える。
呑気に頬杖をつく姿はカガリを大層苛立たせた。
「見てろ、『虎』め……!」
カガリは”デザートテスター”が右手に保持するアサルトライフルをバルトフェルドの乗るバギーに向けると、即座に発射した。
距離は多少離れているが、外れた弾丸が砂を掻き立て、バルトフェルド達に降りかかる。
嫌そうに砂を払うバルトフェルド達の姿を見てカガリの溜飲も多少下がるが、そんな余裕は一瞬後に吹き飛ばされることになる。
彼らを護衛していた3機の”バクゥ”が、カガリ達に向かって一気に襲いかかったからだ。
『うわぁっ!?』
「落ち着けアフメド、こんな奴ら、弾薬なんてそう大して残っちゃ……」
そう言いながらも、カガリは自分の手が僅かに震えていることに気がついていた。
ZAFTとの戦いはこれが最初ではないというのに何故手が震えるのか。
それまでの戦い───と、彼女が認識しているもの───では、近くにキサカやサイーブ達がいた。加えて、周囲に自分の動きを阻害するようなものはなかった。
しかし、当たり前だがMSのコクピットの中に仲間達はいない。コクピット内部という閉鎖空間の中では、少なからず息苦しさもパイロットに襲いかかる。
パイロット達の最初の関門は敵との戦いでもなければMSの慣熟でもなく、この閉鎖空間への適正を持つことと言われる程だ。ましてや、MSに搭乗しての実戦も初めてのカガリには相当重く感じられるだろう。
しかし、正規のパイロット訓練を受けていないカガリがそのようなことが気付くこともなければ、説明してくれる人間も近くにはいない。
そして、ただ『MSの操縦方法を知っている』だけのカガリ達が、訓練と実戦経験を積み重ねてきた正規のパイロット達に叶うワケも無いのだ。
「くそっ……くそっ……」
撃っても、撃っても、何処をどう撃っても当たらない。
カガリ達の「敵は消耗している」という考えは、たしかに当たってはいた。
しかし、彼女達が戦っているのはバルトフェルド隊だ。
消耗している状態での不意の遭遇戦など、何度もこなしてきたZAFTのトップエース部隊なのだ。
「アフメド、私の背中に!背中をカバーするんだ!」
『お、おう!』
いつの間にかカガリ達は、背中合わせの形にまで
彼らはこれを自分で為したと思っているが、実態はそうではないのだ。この態勢にまで追い込んだのは、3機の”バクゥ”達である。
何のために?───的は、1箇所にまとまっている方が当てやすいからだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
『あ、うあ、わあああ!』
3方向から放たれるミサイルの雨に、ついにカガリの”デザートテスター”が耐えきれずに崩れ落ちる。
MSの正面装甲は固く設計されているために、コクピット内部にまで被害が及ぶことは無かったが、放たれたミサイルの内1発が彼女のMSの右膝を破壊し、立つことが出来なくなったのだ。
コクピット内部に響く警告音に、カガリの平常心はますます削られていく。
「ちくしょう、卑怯だぞお前らぁ!」
叫んだところで、敵の攻勢は止まらない。
そう思われたタイミングに、”バクゥ”の顔面に何かが着弾する。
カガリ達に先導されて付いてきた数両の武装バギーが到着し、男達が”バクゥ”に向けてロケットランチャーを発射したのだ。
救援の到着に一瞬歓喜を見せるカガリだが、それもすぐに絶望に染め上げられる。
3機の”バクゥ”は2手に分かれ、2機は引き続きカガリ達を包囲、1機がバギーに向かっていった。
男達は懸命にロケットランチャーを発射するが、”リニア・ガンタンク”を相手にすることを前提とした”バクゥ”がその程度の攻撃で怯む筈もない。
”バクゥ”から放たれたミサイルがバギーやその周囲に着弾し、乗り込んでいた男達もろともバギーが吹き飛ばされる。
「や、やめろぉ!」
『くそ、こいつらぁ!』
アフメドは思わずバギーを助けに向かおうとするが、2機の”バクゥ”に囲まれた状態では不可能だった。
カガリ達の動きが膠着している間に、吹き飛ばされるバギーの数と、それに伴う死者の数ばかりが増えていく。
『ああっ、助けて、カガリ、かあさ……!』
そして、その時は訪れた。
”バクゥ”の頭部からビームサーベルが発振されたビームサーベルが、アフメドが駆る”デザートテスター”の胴体を背中から切り裂いたのだ。
カガリに歳が近く、母親思いの少年の体は、粒子に焼かれて跡形も無く消え去った。彼にとっての幸運は、即死したことで苦痛を味わう暇も無かったことだろう。
そのまま爆散する”デザートテスター”を、カガリは呆然と見つめる。
「あふ、めど……?」
死んだ。アフメドは死んだ。ZAFTのバルトフェルド隊が、”バクゥ”が、殺した。
次にカガリは、恐怖した。
それまで、動けないカガリが放置されていたのは、単に戦力外として見逃していたからに他ならない。
まだ半分は残っているバギーは1機の”バクゥ”に太刀打ちも出来ず、アフメド機は撃破された。
次は、カガリの番だ。
「あ……」
先ほどまでの勇ましさなど、欠片も残っていない。
父親への反発心も、戦争に無関心でいようとするオーブへの怒りも、ZAFTへの復讐心も、目の前に迫る死の前には雑音にすらなりはしない。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!うぁぁぁぁぁっ、あああああああああああああああ!!!!!!!!」
狂乱状態でカガリは操縦桿を動かすが、脚部を破壊されている以上身をよじる以上のことは出来ない。
そうしている間にも、カガリの元に光刃が迫り───。
『ウチの姫さんに、なにしてくれてんだクソ犬!』
カガリを切り捨てんとした”バクゥ”は、横合いから放たれた散弾によって進路を塞がれたことで攻撃を中断する。
すぐさま攻撃された方向から距離を取る”バクゥ”とカガリ機の前に、1機の”デザートテスター”が立つ。
カガリの記憶ではそれはキサカが乗る筈の機体だが、今、乗り込んでいるのは。
「へ、ヘク……?」
「そうだよヘクだよ、ひーこら言いながら追っかけてきたおじさんだよ!無事に帰れることを祈りながら、そこで大人しくしてろ!」
カガリを怒鳴りながら、付近を確認するヘク。
既にアフメドの乗っていたMSは大破炎上しており、バギーの数は半分を切っている。
(もう少しは持つか)
武装バギーという餌に1機引きつけられているのは僥倖だ。あと30秒もしない内に全滅するだろうが、最初から1対3を強いられるよりは遙かにマシだ。
今もヘク達の方に向かおうとする”バクゥ”にロケットランチャーを発射して気を引こうとしている男達のことを思考から弾きながら、ヘクは改めて目の前の敵に向き直る。
問題は30秒の内に2機の”バクゥ”に対処しなければならないということだ。
機動力を殺す余計な装備を捨ててきた今の”デザートテスター”が装備しているのは、右手のショットガンと左手に装着したシールド、そしてその裏の『仕込み物』に、後腰のアーマーシュナイダーのみ。
「なんとかするか、な!」
試しにショットガンを撃てば、2機の”バクゥ”は2手に分かれ、ヘクを挟むように移動する。
2機で確実にヘクを落としに来る姿勢は流石トップエース部隊だ、たった1機にも油断はしないということか。
しかし、ヘクは2機の”バクゥ”から放たれるミサイルを見事に回避する。
「さっすが、連合軍製は量産機にも力入れてるねぇ……!」
”テスター”シリーズは”マウス隊”の開発したナチュラル用OSで基本的には動かされるが、今のヘクの機体はそうではない。
実は”テスター”シリーズにはナチュラル用OSの他にも、コーディネイターやエースパイロット用のピーキーなOSも同時に積まれているのだ。
これは元々”テスター”が純粋な試作機として開発された名残だが、結果としてコーディネイターであるヘクの反応速度に対応することが出来ている。
加えて、ヘクは現在オーブで開発が進んでいる”M1アストレイ”への機種転換の最中であるため、MSでの機動にも不自然なところは少ない。
「そこかっ!?」
段々と”バクゥ”の動きに慣れてきたヘクの発射した弾丸が、”バクゥ”を掠め始める。
この敵は違う、そう気付いた”バクゥ”の動きに慎重さが増すが、早々に事態の収拾を図るヘクはそれを許すわけにはいかない。
「そらよっと!」
ショットガンを投げ捨てると、スラスタージャンプして”バクゥ”達の上を取った”デザートテスター”は、シールドの裏からクナイのような物を3本取り出し、それを”バクゥ”に投げつける。
投擲されたのは、『スティレット投擲噴進対装甲貫入弾』。後に連合軍量産MSに制式採用される短剣型爆弾が『明けの砂漠』に譲渡された物資の中に入っていたのは偶然だが、ヘクがこの装備を選択したのには当然理由がある。
スティレットは”バクゥ”ではなく、周囲の砂丘に刺さった。”バクゥ”のパイロットが訝かしんで動きが硬直した直後、それらは爆発、その呷りを受けて1機の”バクゥ”が転倒する。
「分かんねえよなぁ、爆発するなんざ!」
短剣を投げつけられたと思ったらそれが爆発する。タネが割れればシンプルではあるが、知らない者にとっては大いに脅威となるのだ。
これで、ヘクは1機の”バクゥ”を無力化することに成功した。
とはいえ、まだ1機の”バクゥ”が残っている。残った”バクゥ”はビームサーベルを発振し、”デザートテスター”に飛びかかった。
「1機なら、いけなくもねぇな!」
次の瞬間、”バクゥ”のパイロットは、自分に向かってくる巨大な鉄拳を見ることとなった。
”バクゥ”の飛びかかりに、”デザートテスター”がカウンターパンチを命中させたのである。
”バクゥ”のビームサーベルは真横にしか発振されていないため、正面からこうして攻撃されては近接戦ではどうしようもないのが弱点だった。もっとも、高速での飛びつきにタイミングを合わせてパンチを命中させられるパイロットは極めて希少ということを考慮しなければの話だが。
吹き飛ばされた”バクゥ”はそのまま腹を見せてひっくり返った体勢で行動不能となる。
一息つく間もなく、ヘクは機体を横に飛び退かせた。
ついにバギーを全滅させた最後の”バクゥ”がミサイルを発射してきたからである。
降り注ぐミサイルを機敏に避けながら、ヘクは機体の状態を確認する。
「ちっ、やっぱ右腕がイカレたな……」
先ほどのカウンターパンチの影響で、”デザートテスター”の右腕が動作不良を起こしたのだ。
高速で向かってくる鋼鉄を殴ったのだから当然だが、これでヘクはピンチに追い込まれたことになる。
しかし、ヘクの頭の中には既に勝利までのイメージが出来上がっていた。
ヘクは攻撃が止んだタイミングで左腕から盾を排除させると、後腰からアーマーシュナイダーを取り出して握らせる。
その姿勢を、追い詰められた獲物の乾坤一擲の姿勢と見たのか、”バクゥ”もビームサーベルを発振させた状態で動きを止めた。
「……」
ジリジリと距離を詰める”デザートテスター”。”バクゥ”も同じく、後ずさりをしながらも飛びかかる機会を窺っている。
緊張した空気の中、”デザートテスター”側が僅かに体勢を崩す。砂に足を取られたのだ。”バクゥ”にとって絶好の好機だ。
しかし、そこで”バクゥ”は驚くべき行為に出た。
「……引いたか」
なんと、”バクゥ”は”デザートテスター”に背を向けて、離れて行ってしまったのだ。
砂漠という2足歩行型MSには厳しい状況かつ、射撃武装も無くしていた獲物を前に背中を見せて離れていく”バクゥ”。
”バクゥ”の去った方向、遠目に見えるバギーに乗り込んでいる男がこちらに視線を向けた、そんな錯覚を覚えながら、ヘクはようやく息を吐く。
「とりあえず、なんとかなったかね……こんな綱渡り、二度とごめんだ」
「隊長、なんであそこで引かせたんですか?」
砂漠を走るバギー。その運転席で、マーチン・ダコスタは隣に座る自らの上司に尋ねた。
突如として現れた”デザートテスター”と味方の”バクゥ”の戦いは、2機の“バクゥ”を行動不能に追い込まれるものの、最終的には有利な状況まで持っていけていた。
何故、有利状況を放棄してまで撤退したのか?
「そりゃ、戦う理由が無いからでしょ」
つまらなそうにコーヒーを呷るバルトフェルド。
どうやら、今回のブレンドは彼にとって微妙だったようだ。
「こっちはレジスタンスの拠点を焼いて活動継続不能にすることが目的で、その後に追いかけてくるかもしれなかったレジスタンスを撃破するってのは、物の
彼の不興を買っているのはコーヒーの味だけではなく、突如として現れた闖入者の存在もそうだった。
レジスタンスがコソコソとMSを何処からか手に入れていたことは知っていたが、あれほどの腕前を持つパイロットがいるというのは完全に予想外である。
「明らかに、訓練されたMSパイロットの動きだ。しかもあの反応速度を見る限り、コーディネイターの中でも上澄みレベル……あれかな、機体と一緒にパイロットも紛れ込ませたかな?」
「前例がある以上、その可能性は切って捨てられませんよねぇ……」
汎ムスリム会議に傭兵のような形で兵士を送り込むというグレーな方法で、休戦期間中に連合軍相手に戦闘経験を積ませていたことのあるZAFTでは、その可能性は大いにありえるものだった。
もっとも、今ダコスタが知りたがっているのは別のことなのだが。
「話が逸れたね。あそこでカークウッドの”バクゥ”を引かせたのは、あのままだと負けていたかもしれないからだよ」
「銃器無しの”テスター”に、ですか?」
「銃器は無くても、罠はあったんだよ。……あのMS、盾捨ててただろう?」
「……あっ」
そこまで言われて、ダコスタは気付いた。
右腕が何らかの理由で使えなくなり、左腕で戦うために仕方なく捨てたと思っていた盾。
しかし、もしもその裏に、
「あのサイズなら、もう一本くらい仕込まれていてもおかしくは無い。あんな風に、これ見よがしに自分とカークウッドの間に来るように盾を捨ててれば気付くよ」
もしもカークウッドが”デザートテスター”にまっすぐ直進していれば、遠隔から起爆した短剣が地雷のような形となって彼の機体にダメージを与えていただろう。
更に、あのMSは如何にも「後がありません」といった雰囲気を醸し出していたため、罠への注意力も削がれていた筈だ。
「そんな奴相手にしたって、メリットなんて無いよ。だから引かせたの。彼らも回収したし」
バルトフェルドの視線の先には、別のバギーの後部座席に乗る、行動不能に追い込まれた”バクゥ”のパイロット達の姿があった。
今のZAFTでは、何よりも人的資源が重要だ。貴重なパイロットの安全を確保した以上、余計なリスクを冒す必要はないのだ。
「”バクゥ”は後で回収すればいいし、ね。……あー、なんでこんなことになってるのさ」
バルトフェルドは目元に手を当てて、遺憾の意を表明した。
せっかく休戦期間なのだからと各種コーヒー豆を取り寄せて、悔いの無いようにブレンドを楽しんでいたところだったというのに、どこぞのバカがやらかしたせいで急遽動かなければならなくなったのだ。
バルトフェルドとしては、休戦が終了したら両軍共に全力でぶつかり合い、頃合いを見て早期に終戦、という展開が望ましかったのだ。
ただでさえ犠牲者を出し尽くしているのに、ここで話を拗らせて戦争を長引かせる理由がどこにあるのだ。
「その割には、レジスタンスへの対処は結構遅らせてましたよね」
「いやさ、『休戦期間だからって気を抜き過ぎちゃいけないよ』っていうのを分かって貰うのにちょうどいいかなと思ってさ。まあ”バクゥ”3機で舐めて掛かったらこうなったんだけど」
きっと、
だが、実際に戦っている相手には「一応気を付ける」程度にしか認識されていないのだ。
そもそも今回の襲撃も前もって準備をしており、3日後には実行している計画だったが、その理由も「道に落ちてる小石に万が一つまづいてはいけない」という程度の扱いでしかない。
そう考えると、ダコスタはレジスタンスに対して僅かばかりの同情を覚えた。
「なんかシンパシー感じますね」
「言ったら虚しくなるから止めよう。な?」
ZAFTのトップエース部隊などと言われても、自分達の戦いがどれだけ世界に影響を与えているというのだろう。
10の敵を倒しても、100の敵が新しく押し寄せてくる。どれだけ戦ってもキリが無い。彼らは、とっくに戦争に疲れ切っていたのだ。
だからこそ、休戦には色々な意味で期待していたというのに。
「ほんと、やんなるね」
いったい、何時になったら戦争は終わるのだろうか?
鈍い音が、砂漠に響いた。
殴られたカガリは、呆然と自分を殴りつけたヘクを見上げる。
ヘクの目の中には、冷え切った怒りだけが浮かんでいた。
「満足しただろ?さ、帰るぞ」
「あ、え……」
今までに見たことの無い程、ヘクは怒っている。それが分かっているカガリは周りを見渡すが、誰もが、キサカでさえも目を逸らし、助け船を出そうとはしない。
あの戦闘の後、ヘク達はMSの自爆装置を起動した後に遅れて駆けつけたキサカ達のバギーに乗って、タッシルの跡地にまで戻ってきていた。
バギーを降りたヘク達を待っていたのは、すすり泣く女子供達だった。
「ほら見ろよ、あれを。愛する夫や息子を失った母の姿を、親や兄弟を失った子供の姿を。あれ全部、お前のせいだから。耐えらんないでしょ?だから、帰るぞ」
「ち……違う!あれはバルトフェルドが」
「───目を逸らすな、クソガキ」
頭を振るカガリを、頭を掴んで無理矢理に自分の方を向かせるヘク。
「お前が、あの場で一番の
ヘクは淡々とカガリに事実や可能性を突きつける。
『明けの砂漠』のリーダーであるサイーブは追撃に反対していた。軍事的アドバイザーのような役割も担っていたキサカも、その場にいれば制止しただろう。
もしもここに、自分達の支援者であると同時に仲間であるカガリの言葉が加わっていれば、彼らが踏みとどまる可能性は大いにあった。
それだけの立場に、彼女はいた。
「俺もちょっと怒ってるからさ、誇張して言うぞ?───全部、お前のせい」
「い、や……違うんだ、違う……」
「それ、あの人達に言ってみろよ。『貴方達の家族に武器を持たせて戦う力を与えたのは自分だけど、責任背負いません』って」
「……ヘク、もういいだろう」
「あんたは黙ってろ、キサカ一佐」
見かねて制しようとしたキサカを睨むヘク。殺意に近いプレッシャーを受け、ついにキサカは口をつぐむ。
ヘクの機嫌は、これまでの人生で上から2番目くらいに悪かった。
「ありがちだよなぁ?目標は困難だけど自分達は、自分は特別だから出来るって。どうせ、命を賭けるなんて口だけだったんだろ?最初から、自分が死ぬ可能性考慮してなかったんだ」
「……そんな、こと」
「あるだろ。だから、あいつらを追いかけた。弾薬消耗してるから勝てるだろって、やられっぱなしは嫌だってさ。……軍人を、戦争をバカにするのも大概にしろよ?」
士気は高かっただろう。だが、それだけだ。
敵の情報をきちんと収集していたか?───NO。
綿密な作戦を立てていたか?───NO。
十分な準備をしていたか?───NO。
カガリ達は、負けるべくして負けたのだ。
そしてその代価に、命を支払った。カガリを残して、全員死んだ。
「その挙げ句に責任放棄か。お前、そんなんでどうしてウズミ様のこと裏切り者とか卑怯者とか言えたワケ?」
客観的に見ても、ウズミはよくやっている方だとヘクは思う。
連合軍にもZAFTにも付かない。口にするのは容易いが、それを実際にやってのけるのは、偉業としか言いようがない。
加えて、彼はサハク家が独断専行して連合と共同でMSを開発していたことが発覚した際にも責任を取って首長の座を退いた。
実態には首長のままだとしても、責任を取る姿勢を見せているだけ、今のカガリより遙かにリーダーとしての義務を果たしている。
「お前に、あの人を批判する資格なんか無いの。ましてやバルトフェルドに当たるのも筋違い。あっちも仕事だから」
「あ、う」
「アフメド君、だっけ?可哀想に……肉片すら残らなかった。彼は母親を置いて、この世を去った。命を賭けて、何の成果も得られなかった」
そして、それを先導したのは、カガリだ。
「お前の考え無しな行動のせいなんだ。お前は、本来自分の命で払うべきツケを、他の誰かに払わせた負け犬なんだよ!」
その言葉が、トドメとなった。
カガリは崩れ落ち、泣き始めた。手で押さえても、涙は止めどなく溢れ出る。
その有様を、ヘクは苦々しく思った。
いたいけな少女を泣かせたことを、ではない。
(なんで、そういうところは似るのかねぇ……)
激情的になるところは
そしてその泣き顔に、ヘクはどうしても、
昔も、今も、自分は誰かを泣かせることしか出来ない。
ヘクは、そんな自分のことも嫌いだった。
「なあ、サース……ここまでの俺達の戦いって、何になってるんだろうな」
「ワイド?」
疾走するバギーの運転席で、ワイドは隣に座るサースに話しかける。
彼らは今、バギーに乗ってアフリカを西に横断していた。
先の戦闘でヘクの戦い振りを見たバルトフェルドが周辺、特にカイロ国際空港方面への監視が強化されてしまったからだ。
東は海、南はZAFTが支配するビクトリア基地に行き着いてしまう。
結果として、彼らは西アフリカを経由して南アフリカ、連合軍勢力圏を目指すという遠回りを強いられたのだった。
「この任務が無事に終わったとしてさ、得られるものって、きっと大したことじゃねぇんだ、世界単位で見ると。精々、俺達の家の扱いがちょっと良くなる程度。ま、俺達はそれが欲しくてこんなところに来てるんだが」
チラリと、ワイドはバギーの後部座席を見やる。
そこにはキサカと、強い精神的ショックを受けたことで、無気力な状態になってしまったカガリが座っていた。
きっと、今の彼女のような境遇の人間も探せばいるのだろう。それくらいには世界は悲惨だ。
「要するに、俺達ってちっぽけだなってさ。ははは……忘れてくれ」
「……ちっぽけでも、いいんじゃないかな」
色々と衝撃的なことの連続で、センチメンタルになっているだけだ。
そう笑い飛ばそうとしたワイドを、しかしサースは肯定する。
「ちっぽけだけど、きっと僕達は何かを学んで、前に進めてるよ。それがきっと、何処かで何かになるよ」
「あやふやだな……でも、まぁ、それでいいか」
陳腐な表現だが、きっと、これでいいのだろう。迷ってる自分を誤魔化すには、これくらいがいい。
ワイドはしっかりと前を見据え、サースは太陽が輝く青空を見上げながら、自分達の行く末に思いを馳せた。
『それでも、世界は回っている。何処かで誰かが、回している』
『プライベート・アスハ』 終
お待たせしました……ようやく、プライベート・アスハ完結です!
ほんと、長かった……。
次の更新は、何ヶ月ぶりかの本編です。
こんなアホを見放さずに待ち続けてくれてる寛大な読者様はどれくらいいらっしゃるかなー……。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けて下ります。