○依頼人:カイト・マディガン
仕事だ、傭兵。
俺はカイト・マディガン、フリーのMS乗りをやっている。ま、お前の同業みたいなもんだ。
依頼の説明に入るぜ。
俺と一緒に、とある戦場カメラマンの護衛を頼みたい。
戦場カメラマンの護衛なんぞにMS傭兵を駆り出すのかと思うかもしれないが、色々と事情があってな……。
具体的な説明に関しては依頼を受けてくれたら話す。
ま、考えてみてくれ。報酬ははずむぜ。
前払い報酬:百万アースダラー
成功報酬:四百万アースダラー
5/9
ケニア 南東エリア 高速VTOL輸送機“ヘルハウンド”格納庫
<クロム、間もなく目標地点に到着するわ>
「分かった」
オペレーターに返事をしつつ、クロム・ミラージュは愛機の最終チェックを終えた。
クロムはいわゆるMS傭兵と呼ばれる存在であり、MSを用いた様々な依頼をこなす独立傭兵だ。
今回、彼はある依頼を受諾し、今まさに激戦区となっているケニアに向かっていた。
<MS傭兵を護衛に雇ってまで戦場に向かうなんて……随分と熱心なカメラマンもいたものね>
「俺達のように、わざわざ危険な場所に金目当てで向かうような奇特な奴らもいる。おかしなことじゃないさ」
<ふふっ、言われてみればそうね>
オペレーターとパイロットとしてコンビを組んだ女性、クレス・
クロムが彼女とコンビを組んだのはこの戦争が始まってしばらくした頃、ちょうど”テスター”が普及し始めた時のことだ。
クレスの過去はよく知らないし、クレスもクロムの過去のことはよく知らない。だが、彼らには何の問題も無いことだった。
クレスのオペレーターとしての能力は十分なものがあるし、クロムは何度もMS戦を経験して生還するだけの実力がある。
加えて、話していて不快に感じることも少ない。ならば、それ以上を望むことがあろうか。
明日には死んでいるかもしれない傭兵ならではの距離感がそこにあった。
「そんなことより、今回の報酬でMSを新調出来そうなんだ。しっかり頼むぞ」
彼の乗るMSは、ジャンク屋から購入した”テスター”を改造した機体、通称”ナインブレイカー”。
クロムの手癖に合わせて改良された本機は彼が乗った場合に限って”ダガー”や”ゲイツ”とも渡り合えるスペックがある機体だが、それでも限界というものがある。
今回の依頼で手に入った報酬があれば、機体を新調することが可能ということもあったからこそ、この依頼を受けることが決まったのだった。
<勿論。でも、命あっての物種とも言うわ。無理はしないようにして>
「ああ」
<……目標地点に到着したわ。”ナインブレイカー”を投下後、
「了解」
”ヘルハウンド”の後部に備え付けられたハッチが開き、外の空気が格納庫内に吹き渡る。
コクピットに座るクロムにそれが感じられるわけはないのだが、なんとなく、戦場の空気に出迎えられたかのような錯覚を覚えるクロム。
───よく来たな、傭兵。
そう言われているような気がして。
「来てやったぞ。───クロム・ミラージュ、”ナインブレイカー”、出る!」
<確認するが、お前が『ブラックバード』の傭兵か?>
「ああ。お前が依頼人だな」
”ナインブレイカー”を暫く歩かせた所に、2機のMSが立っていた。
片方は左胸部に白い十字のペイントが施された”ジン・アサルト”で、銃剣のついたリボルバー銃のような見た目の武器を装備している。
もう片方はなんとも珍妙な機体で、”ジン”の体に”テスター”の頭部を取り付けたような機体だ。極めつけに両腕で保持しているのは、遠目だと銃にも見えるMSサイズのカメラではないか。
その機体を見た瞬間、クロムはこの依頼にMS傭兵が必要とされた理由を悟った。
「なるほど、道理でMS傭兵を雇うわけだ。そっちのお前はジェス・リブルだな?」
<あれ、俺の名前を言ってたのかカイト?>
<言ってない。が、MSにカメラ持たせて戦場に飛び込むカメラマンなんかお前くらいってことだろうよ>
そう、”テスター”の頭部が付いた”ジン”、もとい”テスターヘッド”の搭乗者はジェス・リブル。
わざわざMSに乗り込んでまで戦場の光景を写そうとするカメラマンとなれば、ほぼジェスのことを指すと言っても過言ではない。
他のカメラマンが遠距離から安全性を優先して写真を撮っている中、近くから撮られたジェスの写真の方が世間からは高い評価を受けており、今ではちょっとした有名人だ。
だからこそその活動には危険が伴い、クロムのような傭兵が雇われたのだが。
「ま、そういうことだな。なるほど、傭兵を雇うわけだ」
<普段なら俺1人でもなんとか捌けないことも無いが、この規模の戦場を生き残るには手が足りなそうだったんでな。一応確認するが、依頼は受けてもらえるんだな?>
「ああ。『誠実・堅実』が俺達『ブラックバード』のモットーだからな」
『ブラックバード』とはクロムとクレスが中心となって立ち上げた傭兵集団の名前だ。
クロム達の他にも数人のメカニックや広報担当のスタッフが所属しており、彼らの働きがあってこそクロムが戦えていると言っても過言では無い。
そして、そんな彼らに支えられているクロムの依頼達成率は幸運なことに100%となっており、その確実に仕事をこなす点にカイトは目を付けたのだ。
<よし、それなら良かった。今更かもしれないが今回の依頼はこいつ、ジェス・リブルの護衛だ。あくまで目的はこいつが戦場の光景をカメラに写すことだから、運が良ければ一発も弾を使わずに済むぜ。運が良ければ、な>
「含みのある言い方だな?」
<……こいつと俺が組むのはこれで3度目だが、毎回こいつがトラブルに巻き込まれる、あるいは飛び込むからな。もうそういうもんだと割り切った方がいい>
<おいおい、俺だって好きでそうなってるわけじゃないんだぞ?>
<うるせぇ、その度に俺がどれだけ苦労させられてると思ってんだ>
口では文句を言っているが、なんだかんだで今回も付き合っている辺り意外と相性はいいのではないだろうか。これが腐れ縁と言うのかもしれない。
荒みやすい戦場では珍しく愉快な気分になれる光景だが、時間は有限だ。
「仲が良いのは結構だが、時間は有限だ。問題が無いなら早めに行こう」
<あぁ、そうだな!ほら、行こうぜ2人とも>
<だからお前は勝手に行こうとするな!子供かお前は……>
勢い良く進み出そうとする”テスターヘッド”の肩を、”マディガン専用ジン”が掴んで止める。
その光景を見ながら、クロムは溜息を吐いた。
(たしかに、割り切った方がいいかもしれないな)
山岳地帯
<予定進路上で戦闘の発生を確認しました。安全なルートを算出するので、しばらく待機してください>
「了解」
クロム達のMSが一斉に立ち止まる。数秒後、本来予定されていた進行ルートの方向で爆炎が発生するのが見えた。
現在彼らは、クロムのオペレーターであるクレスの指示に従って戦場を進んでいた。
現在、彼らの上空にはクレス達が乗る”ヘルハウンド”が飛行しており、各種機器を用いて観測した地上の戦況を逐次知らせ、安全なルートを指示している。
作戦空域を飛行する危険性はあったが、主戦場からは離れた空域であること、そしてZAFT側の航空戦力が既に削られてクレス達にちょっかいを掛ける余裕が無いこともあり、この手法が採られたのだった。
<しかし、航空機による索敵支援を受けながら動けるとはな。戦前に戻った気分だぜ>
カイトが感心した様子でクレスの支援を称える。
Nジャマーの影響で長距離通信方法が制限されたこともあり、戦前のハイテクな機器を用いた戦術のほとんどが無力化されてしまったC.Eだが、その全てが失われたわけではない。
現状、主な通信手段はNジャマーに阻害されない赤外線通信やレーザー通信によるものだが、従来の電波を用いた通信も、短距離間ならば運用可能だ。
そして、中継機器などを設置すれば通信距離を伸ばすことも出来る。
「中継装置は必要だが、やりようは有るということだ」
”ナインブレイカー”のバックパックには2つのジョイントが備わっており、任務に応じてある程度装備を変更することが可能となっている。
有線誘導式のマイクロミサイルや対物破壊用のロケット砲、長距離攻撃用のキャノン砲などその種類は多岐に渡り、そこに基本武装として”ジン”のマシンガンと軽量シールドを合わせて、”ナインブレイカー”というMSが成立するのだ。
今回の”ナインブレイカー”はマイクロミサイルを右側に、そして左側には通信中継装置も兼ねたレーダーを装備していた。
この装備によって後方の”ヘルハウンド”との通信が可能となり、情報支援を受けることが出来るのだ。
<有り難い……けど、安全過ぎるのも考えようなんだよなぁ>
<お前なぁ……>
ジェスのぼやきに、カイトは呆れた声を漏らす。
ジェスの写真の魅力は、戦場を近くで撮ることで生まれる臨場感というもので大きく占められている。
安全が優先なのはジェスも分かっているが、ここまで撮れている写真は出来の良いものではなかった。
「……クレス、近くに都合の良い場所はあるか?」
<アバウトね……待って、北東の方向で戦闘が起きているわ。たぶん、そっちなら大丈夫よ>
「何故だ?」
<白いMSがZAFT側の部隊を圧倒しているの。おそらく、あれがロシアの『閃光皇女』ね>
クレスの告げた名を聞き、クロムは眉をピクリと上げる。
『閃光皇女』。ロシアの誇るエースパイロットであり、その戦闘力は敵味方問わずに評価されている女性兵士だ。
連合軍側にはジェスの活動内容を先んじて説明しているために撃たれる危険性は無い。そしてZAFT側も、『閃光皇女』との戦闘中にジェス達にちょっかいを掛ける余裕は無いだろう。
「だ、そうだが……どうする?」
<『閃光皇女』か……たしかに、エースパイロットの戦いを撮れるかもしれないのは良いな。よし、行ってみようぜ>
<ったく、仕方ねぇな>
安全性とジェスの要求を最大限両立させるにはクロム達のルートが最適だと判断し、ジェスとカイトも賛同する。
3機の風変わりなMS達は、戦闘に巻き込まれないように注意しながら移動を再開するのだった。
<すげぇな、あれが……>
到着した場所の光景を見て、ジェスは圧倒された様子で言葉を漏らした。
それはジェスだけではなく、カイトとクロムも同様だった。
それほどに、その戦場は1機のMSに支配されていたのだ。
「あれは“ヘロス”のカスタム機か?背中の大型ブースターで飛行しているが……」
<転がってる残骸の数からいって、最低でも5機は片付けているようだな>
カイトの言うとおり、山岳の荒れた地面にはいくつもの”ジン”や”ゲイツ”の残骸が転がっていた。
今も懸命に抵抗するZAFTのMS隊の射撃は1発も白い”ヘロス”には掠りもせず、逆に白い”ヘロス”の右肩に接続された実弾砲で吹き飛ばされていく。
ジェスは無言かつひたすらにガンカメラでその光景を撮影していた。
そこには高度な戦略や戦術だとかいうものは存在せず、ただただ、圧倒的な『力』だけがあった。
<あまり機体を前に出し過ぎるなよ。誤射されても知らんぞ>
<分かってる、分かってるけど>
隠れている稜線から身を乗り出そうとするジェスをカイトが制止するが、ジェスはこの場の空気に呑まれてしまい、ハッキリとした返事が出来なかった。
クロムにはジェスの気持ちが分かった。
『閃光皇女』の動きに乱れは無く、必死に戦うZAFTを華麗に、しかし淡々と撃ち抜いていく様は一種の芸術のようだった。
余りにも無慈悲な、『力』。
『作戦目標、クリア。帰投する……』
クロムの脳裏に過ぎる記憶と、目の前の光景が重なる。
舞い上がる炎の中に佇むそれを、それが発しただろう無機質な言葉をクロムが忘れることはない。
赤い塗装の”ジン”と、その左肩に刻まれた『9』の文字。その場で戦っていた者達を区別無く蹂躙していったそのMSを、クロムは赤い視界の中でたしかに記憶した。
(あの『力』……俺に必要なのは……)
<……おい、聞こえているのか傭兵?>
カイトの声が、クロムを記憶の海から引き戻す。
無意識の内に『閃光皇女』に向けて伸ばしていた手を操縦桿に戻し、クロムは応答する。
「すまない、大丈夫だ」
<それならいいが……とにかく、もうこの場は片付いたみたいだ。撮れるものも無いし離れるぞ>
<『閃光皇女』か……今度取材を申し込んでみようかな>
<おっと、それはやめといた方がいいぜ。ロシアお抱えのパイロットだ、下手に近づこうもんなら……>
がっかりとした様子の”テスターヘッド”の両脇を固めるように、再び3機は歩き出した。
見せられた、魅せられた『力』の余韻に浸りながら。
(……だが、俺はそこに挑まなければならないんだ)
操縦桿を握る手の力を強めながら、クロムは口を開いた。
「なぁ、ジェス・リブル。1つ聞いてもいいか?」
<ん?なんだ、答えられることなら答えるぜ>
「───『9』の数字を持つMSを知らないか?」
「そうか……知らないか」
<あぁ。『ミスター・ナイン』……戦場の流れ話だろ?目撃情報はそれなりにあるけど、実物は見たことが無いな>
「そうか……」
あまり期待はしていなかったが、僅かに気を落とすクロム。移動がてらいくつかの質問をぶつけてみたが、成果は無し。
様々な戦場で飛び込み取材を行なってきたジェスならあるいはと思っての質問だが、調べようと思えば調べられる程度の情報しか出てこない。
それだけ深い謎があるということなのだろう。クロムはそうやって自分を納得させた。
<突如として戦場に現れて、敵味方の区別無く殲滅していく所属不明のMS。”ジン”だったと言われることもあれば”テスター”だったこともあり、唯一共通するのは左肩の『9』の数字だけ……だから『ミスター・ナイン』、か。実在したなら傍迷惑なことこの上無いな>
<でも、単なる噂話がここまで広まるか?>
「───実在するさ」
確固としてクロムは断言する。
戦場の都市伝説『ミスター・ナイン』は、実在すると。
<根拠は……ああ、なるほど。だから”
<え?>
<こっちの話だ>
カイトは何かを察したように口を噤んだ。
事前に知らされていたクロムの機体の名と『ミスター・ナイン』、そこから何かを察することは難しくない。
ジェスは首を傾げているが、クロムはわざわざ解説する気はなかった。この場では必要の無いことだからだ。
話題を変えるように、クロムはクレスに通信を入れた。
「クレス、ルートに問題は無いか?」
<えぇ。まっすぐこのまま……ちょっと待って、そこで少し待機して。ZAFTの部隊が接近している。直進ではないけど、何かを探すかのように……>
「了解。……この場で少し待機、だそうだ」
<あぁ、OKだ>
その場で機体をかがませ、ZAFTをやり過ごそうとする一行。
だが、クロムはコンソールで武装のチェックを始めていた。チラリと見やれば、カイトも愛機に握らせた銃の点検をしているようだった。
戦闘は素人のジェスはともかく、2人は気付いたのだ。僅かに空気が変わったことを。
きっと、戦いは避けられない。
<……!まずいわ、そっちに向かっていってる。今すぐそこを離れて───>
「いや、遅かったみたいだ。……接触するぞ」
<───そこのMS隊、止まれ!>
クロムが言葉を発して1秒後に、その集団は現れた。
先頭に立つ”シグー”は後方に2機の”ジン”を引き連れ、クロム達に向けてマシンガンを向けている。───あからさまな示威だ。
<な、なんだお前ら?>
<撃つな、民間人だ!戦場カメラマンのジェス・リブル、そしてその護衛だよ>
動揺するジェスの声とは反対に、ハキハキと所属を明かし対応を窺うカイト。
しかし”シグー”は勢いを弱めることなく、むしろ更にいきり立った様子で口を開いた。
<知っているとも!ジェス・リブル……ここを貴様の墓場にしてやる!>
なんと、”シグー”は問答無用でマシンガンをジェス達に向けて発射してきたではないか。
『
<なっ、正気かお前!?>
「ちっ……マディガン、いけるか?」
<なんとかな!あの”シグー”、頼めるか!?>
動揺するジェスを置いて状況は進む。
万が一にも戦闘に巻き込まれた場合に備えて、クロムとカイトは簡単に事前の打ち合わせを行なっていた。
この場合は、『戦闘が避けられず、後退することも難しい状況』に合わせた行動を取る必要がある。
「クレス!分析を頼む」
<敵は”シグー”が1機と”ジン”が2機、どちらも地上戦仕様にしている様子は見られないわ。周辺にZAFTの部隊も見当たらないし、増援は考慮しなくて大丈夫よ>
「分かった」
クロムは決断した。───この場で撃破する。
どの道、ジェスという
”ナインブレイカー”はマシンガンを敵部隊にまんべんなく当たるように撃ち散らした。
散発的な攻撃であるためダメージは少ないが、それでも注意を引きつける効果はある。
<くっ……貴様、傭兵か!?>
「だったら、どうする……!」
”シグー”や”ジン”がマシンガンを発射するが、”ナインブレイカー”は機体を左右に切り替えして的を絞らせないことでそれらを回避してみせる。
傭兵稼業をやっていれば敵の方が多数の戦場などはよくあることだ。クロムは適当にマシンガンを撃ち返しつつ、”シグー”に向けて通信を開いた。
「何故ジェス・リブルを狙う?彼は単なる戦場カメラマン、お前達が目の敵にするような要素は無いと思うが」
<薄汚い傭兵風情が、知った風に!我らの誇りたる“ジン”をあのような目に遭わされて……怒らずにいれようか!>
全てを察したクロムは舌打ちをした。
要するに、彼らは”ジン”の胴体に”テスター”の頭部を据えたジェスのMSが不愉快でたまらないようだ。
ZAFTにとって”ジン”は、連合の圧政に立ち向かったMSであり、そこに誇りを持って”ジン”やその隊長機である”シグー”に拘って乗り続けるなど、英雄視する者もそれなりにいる。
そんな彼らからすれば、なるほど”テスターヘッド”とその搭乗者であるジェスの存在は癪に障るだろう。
まぁ、クロムには戯れ言にしか聞こえないのだが。
<クロム、ZAFT司令部とのコンタクトが取れたわ。どうにもZAFT側にとってもその兵士の行動は予想外だったみたいね。『こちらから干渉することはない』だそうよ>
「つまり『好きにしろ』ということか……!」
この任務から帰還したら必ずZAFTから迷惑料をむしり取ることを密かにクロムが決意していると、敵部隊に動きが見られた。
”ジン”2機がクロムを攻撃するのを止め、密かにこの場から離れようとしていたジェス達の方向に向かっていったのだ。注意を引きつけようとしていたクロムの意図に気付いたのだろう。
理解し難い思考の持ち主だが、指揮能力に関してはそれなりのものがあるようだ。
<お前の相手は私がしよう!>
「ちっ、面倒な……」
追おうとする”ナインブレイカー”の前に”シグー”が重斬刀を左手に構えながら立ち塞がる。
こうなってしまっては、カイトが”ジン”2機を捌いてくれることを祈るしか無い。
(……いや、むしろ僥倖か?)
クレスから送られて来た情報によれば、この騒動は指揮官の暴走だ。そこに部下の意見は反映されていない。
つまり、あの”ジン”2機はやる気が低い可能性があるのだ。
であれば、ここで”シグー”を速攻で撃破することが出来れば、戦闘を終わらせられる可能性がある。
<はぁっ!>
マシンガンを乱射しながら向かってくる”シグー”。銃撃で攪乱しながら本命の重斬刀を叩き込む、”ジン”や”シグー”の定番戦法だ。
それに対しクロムは、スラスターを吹かして後退しつつマシンガンを乱射した。俗に言う引き撃ちの構えである。
相手が接近戦を望んでいるというなら、喜んで距離を取ってやろうではないか。
<くっ、ちょこまかと逃げるな!>
そろそろ会話をすることも馬鹿馬鹿しくなってきたクロムは、戯れ言を無視し、代わりに右背部のマイクロミサイルを発射した。
6発発射された内の1発が”シグー”の肩に命中するが、あくまで牽制用の一撃でしか無いために大きなダメージにはならない。
だが、クロムの目的はそこではなかった。
”シグー”が脚を止めた隙に”ナインブレイカー”は右腕で保持していたマシンガンを投げ捨て、代わりに後腰部から『アーマーシュナイダー』を引き抜いて見せつける。
<ほう、ようやくやる気になったか?それとも弾切れか……>
「……」
無言を返し、相手の出方を窺うクロム。
果たして、”シグー”はクロムに呼応するようにマシンガンを投げ捨て、両手で重斬刀を構えた。
<ゆくぞ!>
勢い良くスラスターを吹かし、”シグー”が突進を始める。
対する”ナインブレイカー”は動かず、じっと盾を構えて待ち構える態勢だ。
激突まで3秒も掛からない。
(バカめ、そのような盾では重斬刀による突撃は防げまい。『アーマーシュナイダー』が突き入れられる前に、たたき切ってやるわ!)
内心でほくそ笑むZAFT兵。その考えは概ね当たっていた。
”シグー”の機動力は今でも量産機としては十分なものがある。そのスラスターを全開しての突撃は、如何に“ナインブレイカー”とクロムであっても受けきることは難しい。
カウンターを狙うにしても、重斬刀を避けつつ、”シグー”の突撃をいなしつつ、コクピット等の
<終わりだ、傭兵!>
「マヌケが」
<……あ?>
ZAFT兵は、奇妙な感覚を覚えた。
いつのまにか、世界の上下が反転して見えているのだ。逆さまになった視界の中、彼の目に映ったのは。
───ピンク色に輝く光刃を、
<ビーム、サーべ───>
その言葉を言い切る前に両断された”シグー”が爆発し、彼の意識は永遠に失われた。
彼は疑問に思うべきだったのだ。剣を抜いた自分に対して即座に引き撃ちの構えを取るような傭兵が、バカ正直に待ち構える姿勢を見せたことを。
最初からクロムの狙いは、盾の裏に隠したビームサーベルですれ違い様に切り捨てることだったのだ。
「しまった……せっかくレアな”シグー”だったのに、これじゃパーツも禄に取れない」
クロムは、自分の策が想像以上に効果的だったことに溜息を吐いた。
”ナインブレイカー”の盾は、実際のところ
現在のMS戦ではビーム兵器が主流の攻撃手段がなっており、盾もそれに準じて耐ビームコーティングが施された物を使うのがセオリーとなっている、
だが耐ビームコーティングは意外と高値で、維持費も含めれば正規軍でなければ運用は難しい代物だ。
「苦肉の策だが、意外となんとかなるものだ。これでコイツには3度も助けられた」
MS傭兵達の多くは盾を捨てて、代わりに機動性を活かすカスタマイズを機体に施すようになったが、クロムはそうではなかった。
ジャンク屋組合が定期的に開催するオークションで手に入れたビームサーベル、これを運用するために役に立たない盾を装備したのである。
”ナインブレイカー”のベース機である”テスター”はビーム兵器を運用出来ない。掌を通じて機体からエネルギーを供給する機構が備わっていないからだ。
そこでクロムはビームサーベルの他に、エネルギーを供給するための小型バッテリーと回路を盾の裏に設置した。
こうすることでビームサーベルを使えるようにしつつ、それを盾で隠すことに成功したのである。そこに防御能力は必要ない。
「……流石に、”ストライクダガー”辺りが欲しくなるな」
しかし、所詮は苦肉の策であることもクロムは理解していた。
数を揃えるための大量生産品である”ストライクダガー”でさえ、何の制約もなくビーム兵器を扱えるのだ。
オマケに、この盾の裏に設置する形式だと固定されている分、使い勝手が多少悪い。
「今回の修理費……弾薬費……うぅむ、ZAFTからどれだけ毟れるか」
皮算用をしつつ、クロムはジェス達の元へ向かう。
炎上する”シグー”の残骸には、少しの気も掛けなかった。
<よう、あの”シグー”は……聞くまでも無いな。流石、『ブラックバード』だ>
駆けつけた先でも、既に決着は付いていた。
カイトの”ジン”は
おそらく、装甲を外して機動力を上げた瞬間に懐に飛び込み、今の形に持っていったのだろう。クロムはそう当たりを付けた。
「そちらも、流石の腕前だな。───お前達の指揮官は倒した、どうする!?」
<か、勘弁してくれ!俺達は隊長……いや、あいつに脅されてやってたんだ!乗り気じゃなかったんだよ>
<『命令を拒否したら重罪だ』って……頼む、見逃してくれ!戦うだけ無駄なんだよ、ノーカウントだ!>
「……」
呆れ以外は湧いてこなかった。
本当にやる気がなかったなら、あの”シグー”の兵士よりも立場が上の兵に密告するなり適当な理由を付けて拒否するなど、やりようはあっただろうに。
このまま殺してもクロムは構わないが、無駄なのは間違い無い。
「……どうする?」
<あー……>
カイトからしても、ハッキリ言ってどうでもいい案件だ。
だが、カイトはそこまで困っていなかった。
<なぁ、もういいだろ?彼らにやる気がなかったのは素人の俺でも分かった、これ以上無駄に戦う必要はない>
ジェスならこう言うだろうと分かっていたからだ。
この脳天気なんだか目聡いんだか分からない男は、間違い無く善人に定義される存在である。
戦意の無い人間を殺そうという考えを持つ筈がないということは、少しでも接すれば分かることだった。
そして、襲われた張本人がそう言う以上はもう出しゃばる必要もない。
<す、すまない。もう二度とこんなことはしないから……>
<ふぅ、話の分かる奴で助かったぜ。ついてるぞ、俺>
などと宣いながら、2機の”ジン”はこの場を離脱していった。
災難が終わったことに溜息を吐きつつ、クロムはジェスに通信を開いた。
「他人にとやかく言うつもりは無いが……その機体からは乗り換えた方がいいぞ。要らんトラブルを招く」
<……そうだな>
次回、終編です。
書きたいことが多いくせに遅筆で申し訳ない気持ちで一杯ですが、もう少しお付き合いいただきたく思います。
あからさま過ぎるって?
うるせぇ!あの場所が、俺の魂の場所なんだ!
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。