パトリックの野望 外伝・設定倉庫   作:UMA大佐

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長らくお待たせしました。
ナイロビ攻略戦、決着です。


番外編14「ナイロビの夜明け」終編

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ケニア上空 ”ヘルハウンド”操縦席

 

「お疲れ様、クロム」

 

「あぁ……」

 

労いの言葉を掛けるクレスに気怠そうに返事を返し、クロムは操縦席後方に備え付けられた簡易ソファーに寝転がった。

結果だけ見れば、今回の依頼は大成功に終わったと言って良いだろう。

護衛対象は五体満足、目的だった戦場の撮影も出来た。加えて”ナインブレイカー”の損傷も極めて軽微、簡単に整備すればそれだけですぐ次の依頼に向かう事も可能なレベル。

報酬もきちんと───傭兵を侮って十分に支払うことを渋る者もいる───支払われたため、特に懸念事項は無い。

クロムが疲れているのは、それとはまた別の問題……ZAFTの対応だ。

 

「詫びの報酬が試作武装ってどういうことだ……」

 

「コーディネイターの中にも多少はネジが外れた人間がいるということでしょうね」

 

暴走したZAFT軍人による襲撃を受けたクロムは、ジェス達と共にZAFTにクレームを入れた。

今回のジェス達の活動内容はZAFTにも周知していた。それにも関わらず襲撃を受けたのは、明らかにZAFTの管理態勢の杜撰さが原因としか思えないからだ。

しかし、クロム達への応対を担当していたZAFT側の人間も目の前に迫る連合軍への対応に追われているらしく、マトモな返事は得られなかった。

簡単な謝罪のメッセージと詫びの品を贈る旨が記されたメールが届き、それっきり。

これでは怒りよりも先に呆れが来る。

 

「まー、考えてみれば無理はないだろうよ。今のZAFTにどれだけ金が残っているやら……噂じゃ宇宙で何かとんでもない物を作っているらしいし、そっちに金を使っているんだろう」

 

ニヤニヤと笑いながら2人の会話に入ってくるのは、”ヘルハウンド”の操縦士であるジャン・オブライエンだ。

彼はクロムが傭兵になる前からの付き合いとなる初老の元軍人であり、クロムが傭兵部隊『ブラックバード』を立ち上げた後も共に来てくれる頼れる仲間の1人である。

常日頃からニヤニヤしているのは、「辛気くさい顔で戦っている奴から死ぬ」という彼のポリシー故だとか。

 

「はぁ……これからは連合の依頼を優先するか?」

 

「くくっ、意外とそうでもないと思うぜ?どうしようもなくなれば、ZAFTもなりふり構わず戦力を用意しようとするだろう。それを見極めて売り込めば……」

 

「それは私の仕事よ、ジャン。……とりあえず、貴方は休んでおいた方がいいわクロム。いつ次の依頼が舞い込むかは分からないのだから」

 

「そうさせて、貰うか……」

 

そのまま、クロムは目を閉じた。

『ブラックバード』は傭兵部隊、パイロットのクロムが動けなければ稼ぐことは出来ない。休める内に休むのが軍人以上の鉄則だ。

程無く寝息を立て始めるクロム。その姿をクレスは穏やかに見つめる。

 

『……貴方は?』

 

『傭兵だよ。そういうお前は?』

 

『私は……ムラクモ』

 

『そうか。なら、ムラクモ……どうしたい?』

 

あの日、大西洋連邦の違法施設で1人闇の中に囚われていた自分を救い出してくれたのはクロムだ。

その彼が自分を頼り、背中を預けてくれているという感覚は、悪い物では無かった。

 

「お前さんも休んだらどうだ?何かあったら知らせるぜ」

 

「ありがとう、ジャン。でも今のうちに纏めておきたいデータがあるの」

 

「そうかい。程々にしとけよ」

 

「ええ」

 

こうして、『鳥』達は飛び立っていく。次なる戦場を求めて。

世界を動かすような力など何一つ持っていなくとも、どれだけちっぽけな存在だとしても。

───彼らは『自由』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所にて

 

「ご当主様、ケニアの連絡員から報告です」

 

「そう。何と?」

 

「『道化は道化のまま』です」

 

「……はぁ。別に期待はしていなかったけれど、それでも失敗したというのはいただけないわね」

 

「いかがなさいますか?」

 

「特に何もしなくていいわ、些事よ。下がりなさい」

 

「はっ」

 

暗い部屋の中、男と女が何かしらの会話をしていた。

内容から察するに、女は『ご当主』と呼ばれ、相応の地位にあるようだった。

ふと、女が何かを思い出したように、退出しようとした男を呼び止める。

 

「そういえば、やったのは何者?マディガンという男が護衛についていたのは知っているけれど、そいつかしら?」

 

女は、数日前にZAFTに潜り込ませた手駒に指示を下していた。

その内容は、『ZAFT内部のバカを唆し、ジェス・リブルを抹殺させよ』というもの。

女は世界中の情報を制し、世界を裏から操る者と自負していた。そんな彼女からすれば、MSを駆って世界に『真実』を見せようとするジェスの存在は、少々癪に障る存在なのだ。

まぁ、所詮は最近名を挙げ始めた一介のジャーナリスト程度としか思っていないのもそうだが。

男1人を殺すよりも、優先するべきことはいくらでもある。やたらとガードが堅いどこぞのMS実験部隊(ネズミ達)の所から情報を引き出すことだったりとか。

 

「いえ、『ブラックバード』なる傭兵部隊だそうです」

 

「……知らないわね。直前になって雇ったのかしら?まぁ、想定より戦力があったなら仕方ないわね」

 

今度こそ用は済んだと男を退室させる女。

女は傍らに置いてあったティーカップから紅茶を一口飲んだ。

一つ、また一つと部屋の中のモニターが点灯していく。

 

「分かってはいたけど、ナイロビはもうすぐ……いえ、もう落ちたも同然の消化試合ね。ま、これが有るべき姿とも言えるけど」

 

そう独り言を漏らしながら、女は嘲りの表情を浮かべる。

まったく、バカな奴らだ。自分達の戦争に正義があると信じて疑わないのもそうだが、本当に自分達で戦争を始めたとでも思っているのだろうか。

女は知っている。この戦争が起きた、直接的な原因を。

女は知っている。この戦争を誰が真に望んでいたのかを。

女は知っている。この戦争で崩壊した秩序、その隙間に潜り込み、浸食し、自らのものとするための行程を。

 

「新人類も、結局は『人』なのよ」

 

いつ如何なる時も、世界を作ってきたのは『勝者』だ。そして、この戦争は女が、そして一握りの老人達が『勝者』となるためのものでしかない。

女は人を操る者。彼女達は、世界を統べる者。

女は、マティス。彼女達は、『一族』。

 

「とはいえ、見過ごせないものもあるわ。全く、γ線レーザー砲なんて、理性のストッパーが外れすぎているじゃない」

 

マティスは自らの日常に戻っていく。

彼女の思考からは、取るに足らない傭兵達の存在など、最初から無かったかのように消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

遂にこの日が訪れた。『ナイロビの夜明け』作戦の最終段階、即ち、ナイロビ市の解放である。

ある者は目前に迫る勝利に奮起し、またある者は目前に迫る敗北に消沈する。戦いが起こった以上は必ず発生するその光景が、今ここでも同様に生まれている。

連合軍による山岳攻略は、平地の攻略を“ノイエ・ラーテ”に任せて温存出来ていたMS隊の手で速やかに行なわれた。

作戦開始前にロシアの横やりこそあったものの、元々の兵力差はおよそ5:1で連合軍が上回るとされており、その程度の些事が作戦の障害にはなり得る筈も無い。

ZAFT側も懸命に抵抗してはいるが、如何に個々の平均的能力に優れるコーディネイターといえど、単純に5倍の数で攻めてくる連合軍に勝つことは不可能。

況してや、戦争初期と違って連合軍でもMSを十全に扱える態勢とパイロットが出揃っているのだ。

 

この状況に多少なりとも抗うには、それこそ少数で戦局を換えることの出来る、エースが必要なのだが、それも既にいない。

もしもかの”バルトフェルド隊”がいたなら、彼らが得意とする高速戦で連合軍を攪乱し、少なくとも時間を稼ぐことは出来ただろう。

勇壮たる”バルトフェルド隊”。彼らは、大天使達(アークエンジェル隊)によって撃破されている。

もはやZAFTに出来ることは、自らの最後をどう迎えるかを決めるだけであった───。

 

 

 

 

 

5/11

ケニア ナイロビ市街地

 

「こちらデルタ1!敵部隊の抵抗激しく、我々だけでの攻略は困難だ!援軍を送ってくれ!」

 

<こちら司令部。了解した、ただちに援軍を送る>

 

ナイロビ市はアフリカ大陸でも有数の大都市だ。C.Eにおいても発展途上国の立場から抜け出せていない国が多いアフリカ大陸において、良い方向で似つかわしくない程度には高層ビルが建ち並んでいる。

その内の1つに、デルタ1の駆る”シティテスター”は身を隠していた。

彼は現在、ナイロビを占拠するZAFTとの戦闘の真っ最中だった。ビルの影から機体を晒そうものなら即座に銃弾の嵐が襲い来る窮地の中、生き延びるための知恵を必死に働かせている。

 

「デルタ1より各機、援軍要請が通った!踏ん張り所だぞ!」

 

『了解!』

 

彼とその部下が乗る”シティテスター”は、都市部における戦闘を主眼として開発された”テスター”の改良型だ。

元から明るい灰色(ライトグレー)の”テスター”故に色合いは変わりないが、胸部に取り付けられた増加装甲が明確な差別点として視覚情報を与えている。

都市部での戦闘では、戦車ほどでは無いがMSも機動力を削がれてしまう。しかし装甲を増し過ぎてしまえば機動力が完全に殺されることにもなってしまうため、胸部だけに装甲が取り付けられたのだ。兵士達には『防弾チョッキ』と揶揄されているが、実際に搭乗しているデルタ1達からすれば生存率を高めてくれるこの装備は欠かすことは出来ない。

武装面では市街地への被害を少なくするために機関砲などの弾がばらけやすいマシンガン系列の武装は極力排除され、代わりに単発火力と取り回しの良さを両立されたハンドガン『クトゥグア』と『アーマーシュナイダー』が装備されている。

武装の制限などによって戦闘力が若干低下している”シティテスター”だが、これは『戦後に治安維持用として警察組織にMSを配備させることは可能か』という試験を行なうための機体でもある。

そしてその試みについてだが、あまり芳しいものではなかった。

 

<ちくしょう、あいつら他人の土地でバカスカ撃ちまくりやがって!>

 

「落ち着け、釣られるな!MS同士が全力で撃ち合ってみろ、ナイロビが廃墟都市になっちまうぞ!?」

 

いくら被害が出ないよう配慮しても、暴れる側からすれば関係の無い話だ。

結果的には、ZAFTの全力の抵抗と”シティテスター”の火力不足も相まって膠着状態が生まれてしまうことになっていた。

 

<こちら司令部。援軍を送った>

 

「マジかよ、なんだかんだ理由付けて遅らせてくるかと思ってたぜ!」

 

思わずデルタ1の口から出てしまった言葉は、半ば事実だ。

こういった戦線の膠着はこの場所に限らず、ナイロビではいくつも生まれている筈。

そんな中で自分達の要望に即座に応じてくれる司令部の態度は逆に不気味に感じられるのだ。

 

<……気持ちは分かるが、堂々と言って欲しくはないな。それとアドバイスだ>

 

「何だ?」

 

<───できる限り、ジッとしていろ。『閃光』の戦いは一瞬だ>

 

 

 

 

 

<隊長、残存部隊の撤退率は50%を超えました>

 

「ようやくか……」

 

一方、デルタ1達と戦闘していたZAFT部隊の隊長を務めるチャン・フィエンは、愛機である”ゲイツA型”のコクピットで溜息を吐いていた。

ZAFT側の司令部は2日前にはナイロビからの撤退を決めていたのだが、本来予定されていた通りならば撤退率は既に80%を超えていた筈なのだ。

それが今になってようやく半分を過ぎた、という事態に陥っているのは、連合軍によって撤退が妨害されているからだ。

『ユーラシア連合』が開発した新型爆撃機、通称”ネッフ”爆撃機は”ディン”や”インフェストゥスⅡ”等の航空戦力からの攻撃にある程度耐える防御力を備えている。

そんな爆撃機が編隊を組み、ZAFTの撤退ルートを的確に爆撃していくのだ。むしろ半分は撤退出来ているだけ僥倖と言えるだろう。

 

(無理も無いな……『三月禍戦』から今に至るまで、僅か1月半しか経っていない。そんな中でまともな防衛線など築けるわけが無い。ビクトリア基地ならもう少しはマシだろうが……)

 

連合軍が今回の作戦に投入した戦力を考えれば、ビクトリア基地攻略戦では更なる大軍が襲い来ることは想像に難くない。

況してやビクトリア基地はマスドライバーを有し、世界有数の宇宙への入り口だ。軍事的にはナイロビよりも価値があると言えよう。

 

(まぁ、私には関係の無い話だ)

 

チャンは諦観と共に、再び溜息を吐く。

彼は元々、ZAFT宇宙軍のMSパイロットとして戦っていた。特に大きな戦果を挙げるようなこともなかったが、生き延びるだけの実力と運は兼ね備えている。

その後は宇宙で細々と連合軍の輸送艦を奇襲するなどの任務に就き、このまま地上に降りた兵達が連合軍を降伏させるまでのんびりと働ける、安泰のルートを歩む、筈だった。

───連合軍が”テスター”を投入してきたことで、チャンの運命は大きく変わった。

遊ばせていられる戦力は存在しないと言わんばかりに無慈悲に異動命令が下され、気付けばこんな場所でMS部隊の隊長。

間違い無く、時間稼ぎのための捨て駒だ。彼が諦観を抱くようになるまで、そう時間は掛からなかった。

 

(今からでは撤退も間に合わないだろう)

 

さて、どうしようかと思いを巡らせていると、唐突に敵部隊からの銃撃が止んだ。

チャンが怪訝に思っていると、部下からの通信回線が開いた。この戦いから部下になったばかりの彼だが、間違い無く慌てた様子でチャンに話しかけてくる。

 

<隊長、空です!空に何か───>

 

直後、部下の乗る”ジン”に風穴が開けられた。狙撃されたのだ。

そのまま撃たれた”ジン”は倒れ伏し、ピクリとも動かない。動力炉に損傷を与えずにコクピットだけを撃ち抜く腕前は、襲撃者がただ者ではないことを示していた。

会って間もない部下の死を悲しむ間もなく、チャンは行動した。

 

「っ、狙撃だ!隠れ───」

 

慌てて指示を出してビルの谷間に隠れるチャンと部下達のMS。だが、その指示を出すには些か遅かった。

再度の狙撃が行なわれ、別の部下が乗る”ジン”の頭部が撃ち抜かれる。

銃撃から隠れたチャンは、最初に撃たれた部下が言っていた空に目を向ける。

そこには、白い機体色に金のラインが描かれた”ヘロス”のカスタム機と思われるMSが、スナイパーライフルを構えながら浮遊している姿があった。

背部に備わっている大型ブースターで飛行しているのだろうが、どれだけの出力を誇っているのだろうか。そして、そんな機体に乗りながら狙撃が行えるようなパイロットとは。

 

<こちらは地球連合軍”第28機動大隊”所属、アナスタシア・ヴィリエヴナ・ソコロワ中尉です。既にZAFT軍の撤退行動は終了しました。これ以上の戦闘は非合理的です、投降してください>

 

その名と軍人らしからぬ可憐な声を聞き、顔を思い切り歪ませたチャンは、この短時間で3度目の溜息を吐いた。

自分の命運がここで終わることを悟ったからだ。

 

「『閃光皇女』か……」

 

 

 

 

 

<誰がそんな嘘に騙されるか!>

 

<『閃光皇女』、ここで死ねっ!>

 

<なっ、待てお前達!?>

 

隊長らしき人物が制止するも、その部下と思われる兵士達はそれを無視してアナスタシアの駆る”ヘロス00カスタム”に銃弾を発射する。

アナスタシアはそれを醒めた目で見ながら、フットペダルを踏み込んだ。

彼女の駆る”ヘロス00カスタム”は背中に大型ブースターと、本来であれば大口径キャノン砲『ドーバーガン』を右肩に固定した高機動型MSだ。

今は市街地への被害を考慮して『ドーバーガン』を外し、代わりにスナイパーライフルを持ってきているが、この機体の真価は火力よりも、その隔絶した機動力にこそある。

 

「愚かな……!」

 

銃弾を避けながら、アナスタシアは狙いを定め、スナイパーライフルを発射する。

流石に警戒されている状態で易々と当たるようなことはないが、アナスタシアの狙いはそこにはない。

 

「そこです!」

 

何発目かの狙撃を外したタイミングで、アナスタシアは機体にスナイパーライフルを捨てさせつつ、敵部隊が身を隠すビルに向かって突撃した。

突如として動きを変えた”ヘロス00カスタム”の動きと速度に敵は反応を一瞬遅らせる。その一瞬の隙を彼女は見逃さない。

”ヘロス00カスタム”はその有り余るブースター出力を以てビルを飛び越え、“ジン”の背後に着地。振り向かせることなく、左手に装備した円盾(ラウンドシールド)の裏から抜き取ったビームサーベルでコクピットを突き刺した。

 

<ベルナルド!?よくも───>

 

”ヘロス00カスタム”の勢いは止まらない。

ビームサーベルを突き刺した体勢のまま、”ジン”と共に突撃を開始した。

既に死んでいると分かっていても、味方の機体ごと敵を撃つことは出来ない。人間の心理を利用したその戦術を、アナスタシアはためらい無く使う。

所詮は敵兵というのもあるが、彼女が容赦をしないのは、この敵兵が彼女の嫌いな類いの人間だからだ。

 

「無謀の代償は、高く付きましたね」

 

結局、”ジン”は味方の亡骸を撃つことは出来ず、回避しようとした意図を見透かされ、そのまま先に死んだ兵士と同様にコクピットを貫かれて死んだ。

1分と経たない時間で、アナスタシアは4機の敵MSを排除してみせた。それも、市街地への被害を極力抑えた上で。

最後に、アナスタシアは残った隊長機にビームサーベルを突きつける。

 

「残りは貴方だけです。どうしますか?」

 

<……部下を殺されたことは無念に思うが、敵討ちと洒落込むには俺は臆病に過ぎる。投降したい>

 

「懸命な判断です。デルタ小隊の方々、彼の捕縛をお願いします」

 

<あ、あぁ>

 

自分達を手こずらせた相手を一瞬で壊滅した力に戦慄しているのか、隊長機からの返答の声色は揺れていた。

仕方の無い話だ、とアナスタシアは思う。

敵からも、味方からも恐れられるのも慣れている。その程度には戦果を出してきた。

だがその恐れの中には、少なからず彼女の故郷であるロシアへの偏見が混ざっていることを、アナスタシアは理解していた。

 

(どれだけ力があったところで、逃れられない物もある)

 

彼女はロシアという国家に対して、正直な所、良い思いは持っていない。

他国の人間からの視線もあるが、それ以上に、彼女の出自的に国家を信じられるわけが無いのだから。

───彼女は、『宇露戦争』の折にウクライナからロシアに拉致された人間の子孫だ。

祖父母からは毎日のようにロシアへの恨み節を聞かされた。同じロシア人の同級生からは出自で虐められたこともある。

そんな彼女が、心からロシアという国家を好きになれるわけが無い。

 

(それでも……守りたいと思ってしまうのは……)

 

それでも、彼女は生まれ育ったロシアという土地を嫌いになることは出来なかった。

政府が腐っていようが、歴史が血塗られていようが、故郷は故郷だ。出自を気にせず接してくれる人達もいた。

彼らがいる限り、アナスタシアはロシアから逃げられない。

 

「道化ね。私も、彼らも、誰もが……」

 

彼女はヘルメットを脱ぎ、その長い金髪を晒す。両親譲りの透き通るような金髪は、彼女の密かな誇りだ。

だが、それをただの利用価値としか見ない者もいる。

家族を守る力を得るために入隊した軍───『宇露戦争』や『再構築戦争』で国内の男子が減ったことにより、女性でも比較的入隊しやすくなっている───で高いMS適正を見せた彼女を、ロシア政府は祭り上げた。

やれ「ロシアの大地が生んだ至宝」だの「閃光のごとき乙女」だの、果てには「かつてのロマノフ王朝の子孫であり、紛う事なき皇女の直系」だの、好き放題だ。

『閃光皇女』とは所詮、アナスタシアの『力』に周りが勝手に付加価値を付けた果ての虚飾でしかない。

 

「無謀に突き進む彼らも、何も出来ず絡まる私も……変わらないじゃない」

 

どこまで強くなっても、その場から飛び立つことが出来ないならば意味など無い。

おそらくこの戦争が終わっても、自分はロシアから離れることは出来ないのだろう。そうして、次の戦いに駆り出されるのだ。

 

「籠に囚われた『大鷲』などよりも、私は……」

 

弱くても、惨めでも。

───自由に空を飛ぶ、『鴉』になりたかった。

 

この暫く後、ZAFT残存部隊の司令官は降伏勧告を受諾、戦闘は終結した。

連合軍による撤退する部隊への追撃も順調に行なわれ、連合軍は撃破率30%台に昇る大戦果を挙げる。

対する連合軍の被害は極めて少なく、いくつかの試作兵器が撃破されるだけに留まったという。

この報告を受けた『ナイロビの夜明け』作戦における総司令、ジャブラ・ヌデレバ中将は満足げに頷き、作戦終結を宣言した───。

 

 

 

 

 

 

斯くして、ナイロビはこの日、『南アフリカ統一機構』の物に戻った。

南アフリカの人々は歓喜に包まれたが、兵士達は知っている。この戦いすら緒戦に過ぎないということを。

ナイロビの西方、広大なるビクトリア湖にて、更なる戦いが待ち受けていることを、彼らは知っているのだ。

『第3次ビクトリア基地攻防戦』が、すぐそこに迫っていた。




これにてナイロビ奪還作戦編は終了、次回から通常投稿に戻ります。
最後に、もう一度。
───長らくお待たせして、すみませんでしたぁ!

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