日常系小説のつもりなので,戦闘描写が見たい方にはオススメしません。
他の方の小説を読む箸休めにでも読んでいただけたら嬉しいです。
ー住む場所を探してたからお前の家を紹介した。しばらく世話してやってくれ。ー
朝,目が覚めて。携帯を開き,一番最初に目に入ったのは,長らく日本に帰ってきていない父親からの,そんなメールだった。
寝起きの頭では,あの父親の言葉を理解するのは難しい。僕は一度携帯を机の上に置き,顔を洗うために洗面台に向かった。
多少さっぱりしてから更に睡魔を追い払うためブラックコーヒーを一杯飲む。豆のいい香りと,程良い苦味が脳を刺激し,思考がクリアになっていくのが自分でもわかる。ここまでが最近Yu Tubeの急上昇でよく見かける「モーニングルーティン」である。
壁にかかっている時計に目を向けると時刻は午前9時半を少し過ぎたところだった。
新型ウイルスの影響で大学の授業がすべてがバソコンなどを使ったオンライン授業になり,リアルタイムで授業を受ける必要がない日は,目を覚ます時間が日に日に遅くなっている気がする。
受験を終え,花の大学生活を夢見ていた僕は,今の所大学に友達が一人もいない所謂ボッチである。
心の中でため息を付きつつ朝食のパンをトースターで焼く。パンがこんがりと焼き上がるまで数分。俺はもう一度携帯に目を向けた。
ー住む場所を探してたからお前の家を紹介した。しばらく世話してやってくれ。ー
寝起きに見たモノと全く同じ文章が表示される。メールを開いても書かれている文章はそれだけ。そうなった経緯や,どんな人物かは何一つ書かれていない。
だが,こういうのは今に始まったことではない。僕の父親は昔からこういう人だった。
ーおまえ,今日から一人暮らししてくれ。ー
志望していた大学に合格したことを知り,高校の卒業式を終えた次の日の朝。キャリーケースを持って家を出ていった父の言葉だ。
僕が幼い頃から父親は滅多に家に帰ってこなかった。「父は海外を転々としている」。幼かった僕は,ただそう聞かされていた。母親はそんな父に愛想を尽かしたのか,僕に何も言うことなく,僕を連れて行こうともせず出ていった。
だから「一人暮らしをしろと言われても,特段今までと生活が変わるわけでもなく。これまで通りの生活を送っていた。住居も一人暮らしには広すぎるほどのマンションの一室を与えられている。これ以上自分勝手な人に牙を向いても,こちらが疲れるだけなのだから。
チーン...。
耳心地のいい音が聞こえ,僕はトースターからいい匂いのするトーストを取り出す。それに加えバターとジャム,申し訳程度のサラダとスープを持ってリビングのテーブルに向かい,テレビを付けた。
画面の向こうでは,どのチャンネルでも新型ウイルスに関するニュースが流れている。僕は居候してくる見知らぬ人物のことを頭の片隅においてトーストを頬張った。
ーーピンポーン
朝食も食べ終わり。少ししてから大学のサイトに掲載されているドキュメントを見ながら講義を読み進める。今日の講義はどれもzuumを使ったリアルタイム型のオンライン授業ではなく。教授に提示されたドキュメントを見ながら,学生それぞれで講義を読み進めていく形式のものだけである。
講義内容に目を通し,課題を進めているとインターホンの音が耳に届いた。時計を見ると時刻はすでに12時を過ぎていた。
そうだ,今日は大学から教科書が送られてくる日だ。春期の授業が始まってから2週間してようやく教科書が到着とは,なんとも迷惑なことである。
……あれ?
インターホンに付いている画面を見ると,そこにはいつものようなマンションのエントランスではなく,うちのドアの外の廊下が写されていた。どうやら鳴らされたのはエントランスのインターホンではなく,うちの玄関ドアに設置されているインターホンのようだ。
エントランスのドアはセキュリティーキーを入力しなくては開かないはずなのだが。住人との行き違いか何かで入れたのだろう。
宅配の人を待たせると良くない。そう考えて僕は急いで玄関に向かい鍵を開けてドアノブをひねった。
そういえばインターホンに宅配の人,写ってなかったな。
そんな疑問が浮かんだが,ドアを開ける自分の動きをとっさに止めることはできず,ドアは開かれた。
そして僕の目は,釘付けになった。
「ごきげんよう,私はマーリン。今日からお世話になる者だ」
ドアの向こうには,まるで御伽噺の世界から抜け出してきたかのような。あまりにも可憐な女の子が,おそらく教科書が入っているであろうダンボールを持ってこちらに微笑みかけていた。