TS転生したら薙切えりなの双子の姉になっていたお話   作:スーパンダマン

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宿泊研修 その1

「十傑の席次を……? 編入の挨拶で総帥の座を奪うって宣言してたのは本気ってことですか……」

 

「うん。それは本気だよ。当然、簡単じゃないし。学園にとっては反逆者に等しい存在だから、時が来るまで君はこの話を胸に秘めていれば良い。十傑に相応しい実力までレベルアップはしてもらうけどね」

 

 ミートマスター・水戸郁魅は遠月学園の十傑評議会に入るだけの実力に駆け上がる才能があると見て……私は彼女を勧誘した。

 もちろん、おおっぴらに私の同志だと言う必要はない。

 祖父はそんなセコい人間ではないだろうが、彼女に何かあったら迷惑だろうし。

 

「玲奈様は、私が十傑になれると本気でお思いで? えりな様のお役に立てず負けてしまった私が……」

 

「思ってるよ。相応の努力はしてもらうが。……一度や二度の負けでその人の価値が決まる訳無いだろう。水戸郁魅、君がいくら自分を卑下しようと君の価値は変わらない。私は君の才能を信じる」

 

 彼女は自信を無くしているけど、それでその人の能力が落ちる訳じゃない。

 負けたからとか、そんなのは関係ないんだ。

 むしろそういう経験っていうのが、後から大きなパワーアップの鍵になったりするんだから。

 

 負けた相手が幸平くんで良かったとすら思う。

 彼の良いところを吸収すれば、彼女はきっと今よりも高いところを翔べるようになる。

 

「そこまで、私の……ことを。よしっ! これから私は玲奈様の下に付きます。何なりとご命令を――」

「いや、待って!」

「えっ?」

 

 水戸さんは、凄くやる気になった声を出してくれたけど、下に付くとか止めてほしい。

 えりなは当然のように女王様をやってるけど、私はそういうの未だに慣れないんだ。

 

 様付けは、止めてと言っても無駄だった。大人に怒られるとか言われて……。

 

 でも、さ。緋沙子ちゃんは家の関係で仕方ないとしても、部下とかそういうのは私には要らないんだよね。

 

「私と君の立場はあくまでも対等の立場。同志なんだから。本当は玲奈って呼び捨てにしたり、タメ口を利いて欲しいくらいだよ。友達みたいに……」

 

「よ、呼び捨てなんて。水戸家の者が薙切家の令嬢を呼び捨てなんかにしたら、どうなることか……。タメ口なんてもってのほかです」

 

 だよね〜。そりゃ、そうだ。

 幸平くんみたいに家柄とか気にしない子なら全然オッケーって感じなんだけど、この子みたいに食関係の仕事を親がやってるとなると、気を使われるのは当たり前だ。

 

「じゃあさ。二人きりの時だけでいいよ。人目の無い時だけ頼む」

 

「そ、それでしたら何とか。れ、玲奈……、こんな感じで良いか? やっぱ、緊張する……、な」

 

「おおっ! 良いじゃん。そんな感じで喋ろう。自然体だし、私も接しやすいよ。水戸さん」

 

 私がマジなトーンで頼み込んだからなのか。水戸さんはリクエストに応えてくれた。

 よしよし、帰国して初めて同志というか友達が出来たぞ。

 

「じゃあさ。玲奈も、私のことを……郁魅って呼んでくれよ」

 

「わかったよ。これから、よろしくね。郁魅!」

 

 私は郁魅に手を差し出す。

 彼女は私の手を握り締めて……恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 そうそう、彼女は丼研に入ることになったらしい。

 肉だけじゃなくて、米とか他の食材との調和を勉強出来るし良い環境だと思う。

 私は彼女にいくつかアドバイスを送り、これから先の来たるべき時に備えてもらうようにした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「宿泊研修かぁ、楽しみだな〜。えりなは何か遊ぶもの持ってきた? 私はトランプやUNOだろ。それに加えて人生ゲームに将棋などボードゲームにも余念が――」

 

「お姉様! 旅行に行くのではありません! あまり、はしゃがないで下さい!」

 

 今日から遠月学園の高等部の一年生は宿泊研修だ。

 私やえりなも勿論参加する。こうやってバスで移動するのもワクワクするなぁ。

 

「だって、えりなと外泊なんて久しぶりなんだもん。嬉しくってさ」

 

「そ、それは私もですけど。……と、トランプくらいでしたら、夜にお付き合いして差し上げます」

 

 嬉しさをストレートに伝えると、えりなも同意してくれた。

 何だかんだ言って、料理が絡まなきゃ素直で可愛い妹だ。

 

「やったー。緋沙子ちゃんも、一緒にどうだい?」

 

「はい。私もそれではご一緒させて頂きます」

 

「表情が固いって。あー、そうそう。頼んどいた、()()()()()()()()()()?」

 

「一応、玲奈様のご要望通りに手配はしております。合宿が終わるくらいが頃合いになるかと。しかし、本当にあんなことをされて大丈夫なのですか?」

 

「ありがと。まー、大丈夫なようにするさ。私もそろそろ本格的に動かないと。口だけみたいに思われるからね〜」

 

 緋沙子ちゃんに頼んでおいたアレは予定通りに進んでいるみたいだね。

 十傑の過半数取るとか大言壮語を吐いて、何もしてないんじゃ締まらないし、夏までには一つくらい席を貰っとこうと思って動いている。

 

 やっぱり緋沙子ちゃんは頼りになるな。

 えりなが信頼してる数少ない人物だけある。

 

 料理の実力も申し分ないし、タイミングを見て口説こう……。

 

「また悪巧みですか? お姉様」

 

「イヤだなぁ。暗躍と言ってくれよ。その方が格好いいでしょ? ねぇ、緋沙子ちゃん」

 

「うぇぇっ? わ、私にここで振りますか? えりな様、玲奈様は……、そのう」

 

「緋沙子、あなたがしっかりと玲奈お姉様が変なことをしないか見張ってなさい。分かりましたね?」

 

「は、はい。分かりました……」

 

 えりなは緋沙子ちゃんが困った顔をしたので、話の詳細を聞くのは止めて……私を見張るように念押しした。

 緋沙子ちゃんに見張られたところでなぁ……。

 まぁ、彼女がえりなに怒られないように配慮するつもりだけど。

 

 

「お姉様も宿泊研修に集中してください。もちろん、課題で躓くはずないとは思ってますが」

 

「退学はシャレになんないもんね〜。とりあえず、せっかく同級生とひとつ屋根の下で生活するんだ。有望そうな子を見極めようっと」

 

「ということは、既に目をつけてらっしゃる方が居るのですか?」

 

「んー、一応ね。生憎、私に付いて来そうにないタイプの子ばかりだけどさ」

 

 授業を見たり、食戟してるのを見たり、薙切の人脈を使って情報を仕入れたりして、同級生のデータを整理することで何人かピックアップしたけど、どうも全員クセが強い。

 そりゃ、才能もあって負けん気の強い子ばかりだから当然なんだが。

 

 声をかけてみようとは思うけど、すぐに同志となってくれる気配は無さそうなんだよね。

 

「それはそうでしょう。お姉様のやろうとされてることは遠月学園への反逆と捉えられてもおかしくないのですから」

 

「だよね。まー、頑張って口説き落とすさ。ナンパは苦手なんだけど」

 

 私たちを乗せたバスは遠月リゾートへと到着した。

 うわぁ、久しぶりだけど高級ホテルやら旅館やら凄いなぁ。

 こりゃ、楽しめそうだ。リゾート気分を満喫するっていうのをさ。

 

 

 

 宿泊研修は5泊6日の日程で執り行われ、課題をこなす。

 特徴的なのは、ゲスト講師として卒業生が招かれているってこと。

 つまり、我が校の誇るスパルタ競争を勝ち上がった上澄みの中の上澄みである料理人たちが指導してくれるのだ。

 

 そんな講師の紹介をしている最中に香料の入ってる整髪料を使ってた子が退学になった。

 

 まー、確かに感心は出来ないけど……こういう所なんだよね。私が嫌いなのは。

 

 失敗した人間を絶対に許さないっていうのがなー。

 そりゃ、緊張感の中でしか生まれない何かってのがあると思うし、何度言っても聞かないのなら見込みが無いと思われて当然だと思うけど。

 

 しかし、その退学を口にしたゲスト講師――四宮シェフは気になるな。

 私らみたいなガキを相手にするのが面倒なのは分かるが……表情や仕草から()()()()と余裕の無さが感じられる。

 あの苛つきもそんな彼の心理状態から出ているのかな……。

 この人、おそらく多くの生徒を退学にするぞ。それもわざとそうなるように仕向けるくらいはしそうだから……気を付けないとな。

 

 

 どうも、この研修中は我々は彼らの従業員扱いらしい。使えなきゃ退学(クビ)なんだってさ。

 とんだブラックな職場だな。このくらいは予想してたけどね……。

 

 

 さて、最初の課題は――。

 

 

「一学期の最初の授業と同じ人とペアになってくださ〜い」

 

 乾シェフの指示で私たちは課題に取り組む。

 どうやら、最初の課題はこの周辺の私有地から各自で食材を見つけて日本料理のメインとなる一品を完成させることみたい。

 完成というのは当然、乾シェフから合格を貰うってことなんだけど。

 

 さらに、制限時間は二時間だと言われた。

 

 幸平くんも同じ課題か。……おや、誰かと揉めてるなぁ。

 ふむ。あの金髪の男の子はタクミ・アルディーニくんだね。彼もまた目をつけてた子だ。

 双子の弟と共にイタリアの厨房という現場の経験を活かして非常に良い成績を収めている才能が豊かで有望な人間。

 

 後で声をかけておこう。女の色気で何とか出来ねーかなとか思ったけど、あっちはイタリア育ちだもんな。

 女の子の扱い上手そう……。ちょっと前までイタリアに住んでたからよく分かる。

 彼らはお婆さんになってもレディとして扱ってくれるんだ。私の無いに等しい色気なんて通じない。

 

 それにしても……なんで、幸平くんに絡んでいるんだろう。

 

 

「あちゃー、幸平の奴……また何か揉めてるし。玲奈っち、また一緒に頑張ろうね」

 

「ああ、よろしく。吉野さん……。ていうか、吉野さんって幸平くんと親しいのかい?」

 

 今回、私とペアを組むのは吉野悠姫さん。

 この学校での一回目の授業で打ち解けた、非常にフレンドリーな子だ。

 あだ名で呼んでくれるなんて嬉しい。

 

 彼女は幸平くんのこと知っているみたいだけど……。

 

「幸平と? そうだね。あいつとは同じ寮に住んでるから。それなりに……」

 

 あー、そっか。彼も彼女も極星寮に住んでたね。うっかりしてた。

 我が校で自治みたいなのが認められている数少ない施設――極星寮。

 なんでも、黄金期という時分には十傑が多く在籍しており、その時に勝ち取った権利らしい。

 

 今は第七席の一色先輩が住んでいるよね。私が十傑の中でも読めないという点で最も警戒している男の一人だ。

 

 

「幸平がどうかしたの?」

 

「いや、何でもない。それより、今回の課題はジビエ料理が得意な君に有利なお題だと見受けられるが……何か妙案はあるかな?」

 

「あれ〜〜? 玲奈っちにジビエのこと話したっけ? まっいいか。そうだね、こういう所だったら――」

 

 一年生の成績上位者の情報は一通り頭に入ってるからね。

 吉野さんの情報も仕入れてる。何でも寮の一室で野生動物を飼育してるとか。

 それだけに素材への扱い方も長けているし、知識もかなりのものだ。

 

 この課題に最も適した人材だろう。

 

 

 

 

 

「吉野さんとペアを組めてラッキーだったよ」

「玲奈っちこそ、私の狙いを読み取ってあんなソースを作るとは思わなかった」

 

「薙切玲奈、吉野悠姫。合格とします」

 

「「いえーい!」」

 

 私と吉野さんはハイタッチしてお互いに合格を喜ぶ。

 組んだのが彼女じゃなかったらもっと時間がかかったかもなぁ……。

 

「おいおい、もう合格しちまったぞ。あの二人……」

「まだ開始して一時間経ってないのに」

「ウサギなんてどうやって捕まえたんだよ……」

 

 そう、私たちは野うさぎを捕まえてメインの食材とした。

 ていうか、吉野さんがすんごいスピードで狩りに成功する。

 

 彼女が野うさぎを解体するのをフォローしつつ、私はオリジナルソースを作った。

 

「野うさぎを串焼きにして、それに味噌ヨーグルトソースをかける。野性味溢れるジビエの匂いを見事に消して、さっぱりとしてそれでいて濃厚な味付けを演出するとはお見事です」

 

 吉野さんが野うさぎを捕まえてくれたので、私は乳牛から搾りたてのミルクをゲットしてヨーグルトを作り……味噌仕立てのソースを作った。

 二人で作った【野うさぎの串焼き・味噌ヨーグルトソースを添えて】は好評価を得て、私たちは合格ペア第一号となったのである。

 

「君は薙切玲奈さんか。和食にトルコ料理のエッセンスを融合させるとはやるじゃないか。やれやれ、僕らが最初の合格者になるつもりだったのに……」

 

「タクミ・アルディーニくん……か。そっちの合鴨の香り焼き――良い出来だよ。特にその鮎の塩辛うるかを使った和風サルサ・ヴェルデは、最高のアクセントだ。さすがはイタリアの厨房でプロとしてやっていただけはある。イタリアンを和食に見事に融合させているね」

 

 私たちの審査が終わった頃、ちょうどアルディーニ兄弟が品を持ってきていた。

 

 彼らも短時間でばっちり仕上げてきたみたいだ。やっぱり、彼ら……特にタクミくんの方はいい腕をしている。

 

「……一瞥しただけで、この料理のすべてを見抜いた?」

 

「大して役に立たない特技だよ。良いものを見せてもらった。ありがとう」

 

 調理とか色々としながら、ばっちりタクミくんたちの観察もしていたから、厳密に言えば一瞥しただけで味を読み取ったわけじゃない。

 その方が格好いいから、否定はしないけど……。

 

 

 当然、タクミくんたちは合格した。

 

 そして、かなり遅れて幸平くんたちも合格する。

 まさか、乾シェフのおやつの柿の種を奪って揚げ物の衣を作るなんて思わなかったなー。

 

 

 

 

 

「なぁ、薙切の姉ちゃん。お前、見ただけで味が分かるんだろ? 俺とあいつの品、どっちが美味いか審査してくれよ」

「乾シェフが逃げてしまったからな。勝負を預かると言っていたが、いつになるのか分からん。君の判定なら納得できる」

 

「えっ? なんで私が? 嫌だよ、どちらかが傷付くなんて見たくないし」

 

 乾シェフったら、幸平くんとタクミくんの品をどっちが美味いか判定するって言っておきながら、移動時間が迫っていることを理由に逃げ出した。

 

 それで、帰りのバスで後ろの席になった二人が私に向かって無茶ぶりをする。

 

 てか、彼女が言うとおり両方とも甲乙つけがたいし、明確な差なんて特にないんだけど。

 

「どっちかが傷付くってことは、薙切の中ではどっちの品が美味いかどうか決まってるってことだろ?」

「そ、そういえばそうだな。教えてくれ。俺もそれでスッキリしたい」

 

「うーん。でも、独断に満ち溢れているし、きっと納得出来ないと思うよ」

 

「「いいから言ってくれ!」」

 

 怖いよ〜〜。私、一応……女の子なんだぞ。

 本当に文句言わないでくれよ。

 怒ったりしたら、泣くからな……。

 

「私はタクミくんの品が美味しいと思ったよ」

 

「えー! 薙切の姉ちゃん、そりゃねーぜ」

「よしっ! 幸平! 判定にケチをつけるとは男らしくないぞ!」

 

「理由は私が柿の種が好きじゃないから。以上」

 

「「へっ?」」

 

 案の定、幸平くんは不満顔をして、タクミくんは喜び……私が理由を話したら二人とも固まった。

 

「結局、味の好みなんて人それぞれだからね。唯一無二の絶対的な味覚がある人間なんて妹のえりなくらいなんだから」

 

 食戟の審査員だって偏食って人間は少ないだろうけど、一人ひとり味覚は違う。

 濃い味が好みだったり、薄い味が好みだったりするだろう。

 審査員の数を増やせば平等に近づけることは出来るけど、一人の人間が同じくらいの出来の品の甲乙をつけるなら、最終的には好みの問題になるに決まっている。

 どっちが美味しいか……その答えを出せと言うならば。

 

「ちなみにこれが食戟だったとして、審査員が若い女性ならば……タクミくんの勝率は77パーセントくらいかな。逆に壮年の男性であれば幸平くんの勝率が86パーセントくらいになると思うよ」

 

「「…………」」

 

「そもそも、君らだって客商売してたんだから、お客さんがみんな同じメニューが好きってわけじゃないことくらい知ってるだろ? 勝負に熱を上げるのは結構だがお互いに認め合いなよ。どっちにも良いところがあるんだからさ」

 

 ここまで早口で言い切って、私は仮眠を取ろうとアイマスクをつける。

 

 ちょっと今夜に野暮用が出来たのだ。

 

 まったく、動くのは宿泊研修の後だと思ったんだけどね〜。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「夜に女一人を呼び出すなんて、紳士のすることじゃあないね」

 

「意外だぜ。一人でここに来るとはな。あの人からの伝言を伝えに来た――」

 

 宿泊施設からこっそりと抜け出して、人目につかない待ち合わせ場所に向かった私に大柄なドレッドヘアの男が話しかけた。

 

 彼の名は美作昴くん。遠月学園の十傑評議会……第九席である叡山先輩からの刺客だ。

 

 そう、私は手始めに叡山先輩の席次を貰おうと動いていたのだ……。

 

 仕掛けて来るのはもうちょっと遅いと読んでたんだけど、どうしたもんかなぁ――。

 




料理描写が適当ですみません。
玲奈の最初のターゲットはミスター顔芸こと叡山先輩です。



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