Fate/relation   作:パープルハット

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プロローグ

【プロローグ】

 

開発都市第二区、此処は深夜になり初めて街の明かりが灯される。昼は蝙蝠と梟の休み場であるシャッタータウンも、十二時を過ぎれば歩行者天国だ。下級市民御用達の安上がりソープランドに、一夜にして数千万の金が飛ぶ賭博場。出店で売られている酒には違法薬物が盛られているとも噂される。都市構造からしてハチャメチャな街。貧困層、富裕層問わず狂った人間がより狂う為に現れる場所だ。

 

「見たか、巧一朗。アイツ度数の高い酒に溺れて死んだぞ。いや、あれは睡眠薬とのダブルパンチか?女の胸で死ねるなんて幸せ者だな。」

「……行くぞキャスター。ここで人が死ぬのは珍しいことじゃない。朝には全部綺麗さっぱり処理されているさ。」

 

この街においては余りにも平凡な服装の青年は、派手な衣装を纏った少女と共に街を散策する。彼は携帯に移された女の顔をしきりに探すが、人の波で溢れかえった通りで目当ての人物を発見するのは容易ではない。

一方、彼の後ろに付いて歩く少女は、彼の『仕事』に全く興味を持たない。少女が求めるのは無様な人間が魅せる最期の足掻きのようなもの、生に囚われた人間の死にゆく様を第三者として眺めることが彼女にとっての愉悦なのだ。

 

「つまらんな。死に飢えた獣はおかずにならない。」

「ここに来る奴が生きることを求めていると思うか?生と死を超えた絶頂こそこいつらの主食なんだよ。」

「それもそうだな。注射器で穴だらけの彼らはバーサーカークラスみたいなものだ。」

 

彼は街の裏側を目指した。あらゆる法に縛られぬ地区であるならば、そこに女の手掛かりはある筈だ。だがどの道を進もうと、同じ場所へ帰ってくる。裏側への通路は何者かによって秘匿されている。

 

「巧一朗、分かっているかとは思うが。」

「あぁ、サーヴァントの仕業だ。」

 

青年は探し求めている女では無く、今度はこの地区に住まう魔術師を目標にした。魔術師と言ってもホンモノがこんな場所にいるはずも無いので、赤い紋様、令呪を頼りに探索を始める。

 

「巧一朗とは違う、どうせマキリコーポレーションの令呪(タトゥー)だろ?数か月前に限定無料配布もやっていた…」

「そうでもしないと稼げないんだ。肝心の『人形』が高すぎるからな。」

 

少女は青年の右手に宿る三画の印を見つめる。マキリ社の提供する痣と違って、精度は良いが使い切り。契約して定期メンテナンスをすれば回復できるモノでは無い。それは彼が本物の魔術師であることを表している。

だが少女にとって巧一朗という青年が魔術師であろうが無かろうが、どうでもいいのだ。彼女にとって彼はマスターと呼ぶ対象ではない。少女は所詮人形に宿っただけの死者。専属従者サービスで現世に蘇らされた召使ロボットに過ぎない。令呪など無くとも、首元のスイッチを切れば彼女の魂は霧散する。それが上場企業の生み出した、新たなサーヴァントシステムである。

そして、少女は己の使命を全うする気も無い。巧一朗の住居に居候する只の厄介者であり、彼の『仕事』に付いて回っては、人間の醜さを観察する。彼女は気ままに第二の生を謳歌していた。

 

「なぁ巧一朗。サーヴァントは見つけたぞ。」

「…何?」

 

少女はクツクツ笑うと、光を失った外套に飛び乗り、辺り一帯を見回した。

 

「おいキャスター、どこにいるんだ、そのサーヴァントは。」

「巧一朗、君もよく辺りを見回してみるがいいさ。」

 

少女は青年を無理矢理狭い外套の上に誘う。彼は上手くバランスを取りながらも、少女に言われた通り、地区の全体を俯瞰した。

 

「酒屋、風俗、賭博場、怪しげな喫茶店、店が連なっていて、何より人通りが多い。人形に宿った英霊なんて匂いがしないから見つけられようも無いだろ?」

「違う、一人一人を観察するんじゃない。川の流れを見るように、この地区そのものを捉えろ。」

 

青年は敢えて目線の先をぼやかして、人の動きに注視した。するとキャスターの言わんとすることが段々と理解出来るようになる。

 

「今歩いている者全体、店に入ることも無く、ただ一定の法則性で通りを練り歩いている?」

 

街行く者達は、生気の籠らない顔で通りを行ったり来たりしている。何人かは本物の人間、つまり外様の観光客もいるが、彼らは目的の店に到着すると当然その波から離脱する。

 

「そう、鉄球を転がす永久機関のようなもの。彼らはこの街が賑わっているという錯覚を起こさせるためのサクラだ。」

「魔力で生まれた幻影か…この中にサーヴァントが?」

 

少女はまたも笑い出す。それは察しの悪い青年への嘲笑である。彼は馬鹿にされたことに気付き、むくれた。

 

「いや済まない。流石に幻影にサーヴァントが混じって隠れようものなら直ぐに分かるさ。ここの管理者たるサーヴァントは、親切心で観光客が裏側へ向かわないように設計している。勿論、観光客という定義には、君のようなややこしい者も含まれているんだ。招かれざる客を招かない。その為に作り出された人の波さ。」

「人波を捉えている以上は抜け道に気付くことすら出来ないという訳か。この都市構造の穴を探せと言うんだな。」

「あぁ。巧一朗がこの地区の支配者であるならば、裏世界に通ずる階段は何処に隠すべきだと思う?」

 

青年は暫く考え込むと、何かに気付いたように、外套から飛び降りた。人並みに揉まれながらも、ある場所へ向かって進んでいく。

 

「最も流れの強い、出店が存在しない壁、それこそが答えだな。」

 

人波から上手く外れた青年は、只の塀に手を触れた。一般人がもたれかかろうとその強固さを失わない壁も、真の魔術師たる彼が触ればいとも簡単に崩れ落ちる。サーヴァントや魔術師ごっこに悟らせない為の防波堤であるが、発泡スチロールを手遊びで割るように、彼は何者かの仕掛けた結界を二つに分割した。

 

「ビンゴだ、キャスター。」

 

いつの間にか後ろに佇んでいる少女と共に、青年は結界のその先へ歩みを進めていく。地下へ通ずる階段は、青年の子ども心を刺激するが、その先に待つ者がサーヴァントである以上、気を緩めてはならない。

階段を数段降りた先で、巧一朗は異変に気付いた。後を付いて来ている筈のキャスターが一向に階段を降りようとしない。

 

「おい、キャスター、来ないのか?」

 

巧一朗はそこで、少女の発した言葉を思い出した。キャスターはサーヴァントを見つけたと告げたが、もし地下に潜んでいたならば、外套の上からは存在を認識出来ない筈である。何故ならば、外からの知覚を遮断する結界が敷かれていたのだ。

 

「まずい…っ」

 

青年は階段を駆け上がるが、地下通路は土砂のような、それでいて金属のような、得体の知らない物質で埋められていく。彼は隆起した部分に足を取られ、何かに取り込まれそうになる。

 

「ほらほら、巧一朗、足掻けよ。生きたいと、そう足掻け。」

「キャスター、お前な!罠だと分かっていて!」

「慎重さが足りないな。ほれ、蜘蛛の糸だ、必死に捕まり天へ昇って来い。」

 

少女は少し引っ張れば千切れてしまいそうな赤い紐を彼に向かって伸ばした。巧一朗はそれを右手で掴み取ると、魔力を足へ集中させる。

 

「うおおおお」

 

緑の線が彼の皮膚に、葉脈のように広がった。勢いをつけて地面を蹴り、埋まりつつある地下階段から抜け出すことに成功する。加速をつけすぎたのか、勢い余って少女の身体にダイブするが、彼女は細い体で青年を受け止めた。

 

「残念だ、罠に嵌る君は何とも滑稽であるというのに。」

「あークソ、やってられねぇ。」

 

少女の豊満な胸に顔を埋めながらも、青年は少女の所業に悪態をつくしかなかった。そう、彼らは主従では無い。少女は青年を何時でもからかい弄ぶ。彼にとって少女はある意味で敵なのだ。彼女の出すヒントを正しく捉えなければ、愉快に死ぬ羽目となる。

 

「で、巧一朗はサーヴァントの正体が分かったかな?」

「ああ、凡そは。階段が崩れる瞬間、こちらを覗く三つの目が見えた。」

 

巧一朗はキャスターの手を引き、元の繁華街へ戻ろうとする。この場所そのものがサーヴァントの掌の上であるならば、いつまた埋められるか分かったものでは無い。

 

「巧一朗、君は仕事を放棄するのか?」

「違う、立て直しだ。流石に此処で戦うのは分が悪い…」

 

だが彼が向かう結界の先は、既に三メートルは越える高い壁に阻まれていた。第二区の守護者たるサーヴァントは彼らを帰す気は無いらしい。巧一朗の額に汗が伝った。

 

「貴様らは何者だ。」

 

壁の先から不意に現れた男は青年に問う。

 

「巧一朗、サーヴァントのお出ましだな。」

「キャスターはちょっと黙っていろ…」

 

巧一朗は一歩一歩近付いてくる男を観察する。白髪で長身の美青年だが、印象的なのは見開いた第三の目、それが彼を異形であると認識させる。その真名について必ずしも正解であるとは限らないが、それでも巧一朗はその答えに自信があった。

 

「貴様らは何者だと聞いている。」

「此処に間違えて入ってしまった善良な一般市民…と言っても信じてはくれなさそうだな。」

「関係は無い。間違えていようが皆殺しだ。私が問うたのは、これから死にゆく貴様らの素性だ。殺害した相手を覚えておくことが手向けであるからな。」

 

三つ目のサーヴァントは巧一朗の首を折る射程圏内に入った。だが彼は巧一朗の名乗りを待つ。只の人間が口を開く瞬間をじっと見つめているのだ。

 

「律儀だな、アンタ。」

「幾度でも問おう、貴様らは何者だ。」

「そういうアンタの真名を当ててやろうか?サーヴァントでありながら英雄では無い存在、日本古来から人に信仰されてきた異形、妖怪の類だろう?」

「だったら何だ。」

「アンタの名は【塗壁】。人の進行を妨げる壁を生み出す、妖の一種だ。」

 

サーヴァントは顔を歪ませる、如何やら正解であるらしい。巧一朗は自らの焦りを悟らせないように、塗壁に対しほくそ笑んだ。

 

「ふむ、貴様らはそんなにも死に急ぐか。当然、私の名を知られた以上は殺処分だ。」

 

塗壁は剣を抜くと、すかさず青年に切り掛かる。目にも留まらぬ早業は、宙に浮く葉をも切り落とした。反応に遅れた巧一朗だったが、キャスターが彼の襟を引き、避けさせる。塗壁は青年の首が落ちていないことに思わず舌打ちした。

 

「有難う、キャスター。」

「何をしている巧一朗。さっさと此奴を殺せ。剣は所詮飾り物、塗壁はエクストラクラス『ゲートキーパー』だ。」

「門番か。成程ね。」

 

巧一朗は第二撃が来る前に、キャスターの手を握ると、物陰までダッシュした。塗壁はゆっくりとした足取りで、青年の後を追う。

 

「隠れても無駄である、第二区全てを構成するのは私の壁だ。それら全てが意思を持つ。」

巧一朗は隠れたつもりは無い。これは単なる時間稼ぎだ。門番のクラスとの戦闘はこれが初めて、対処法を即座に思い付かねば、か弱い人間の命など数秒の内に食われてしまうだろう。

 

「巧一朗、犯人の放つ言葉の全てが探偵にとっては武器となる。今ある情報と、脳内に在る全ての秘策、それらを結べ。敵が未知のクラスであろうとも、それは逃げ出す理由にはならないだろう?」

「キャスター…」

 

塗壁は巧一朗たちの隠れた場所に剣を振り下ろした。が、彼らは既に別の場所へ逃げている。

 

「…鼠が。」

 

塗壁は周囲の壁の意思を感じ取る。彼にとってそれは目であり鼻であり耳であるからこそ、第二区に隠れている限りは必ず発見できる。彼は自らの宝具により生み出された分身たちを何よりも信頼していた。

 

「見つけたぞ。」

 

彼は東の方へ逃げた二人の影を捉えると、周囲の土地を操作し幾本もの柱を立てる。それはまるで鉄格子のように彼らを束縛した。

巧一朗とキャスターは土で出来た格子を崩そうと試みるが、それは鉄よりも固く容易には破壊できない。脱出を諦めた彼はまるでホラー映画の怪人のように迫って来る塗壁を冷静に見つめていた。

 

「勝つ方法を思い付いた。電源を落とすぞ、キャスター。」

「ふ、そうか。好きにしたまえ。」

 

巧一朗はキャスターの首元にある黒のスイッチをオフにした。その瞬間、彼女の肉体は光と溶け、元のオートマタへと変貌する。この人形には既に、キャスターの命は宿っていない。

巧一朗はただの絡繰を抱きかかえると、ポケットに忍ばせていたメモリーチップを胸部に差し込んだ。彼が今からこの人形に宿すのは、塗壁を殺すことの出来るサーヴァント。巧一朗の記憶の本棚に存在する英雄、その魂を呼び起こす。

 

〈データローディングは中止されました。このメモリーにはサーヴァントの記録がありません。〉

 

「そう、俺が呼べるのはただの一度きり、一期一会って奴かな。」

 

彼は独り言を呟き、自嘲した笑みを浮かべる。

 

「重ね、束ね、契れ…鈴を鳴らせ、線を垂らせ、器を満たせ、君の形を我が結ぶ(コギト・エルゴ・エス)、讃歌を謳う、一刻の邂逅と永劫の訣別に」

 

純粋な魔術師であるからこそ出来る、これはチートコードのようなもの。本来人形に英霊の力を宿せるのは対応したメモリーチップのみだが、彼は空のチップに自らの知識を当てはめ、それを無理に触媒として機能させる技を持っていた。だが召喚した英霊が戦闘を行えるのは一分程の時間、そして一度召喚した英霊は二度と呼び出すことが出来ない。

 

「招霊転化…現れよ、アサシン!」

 

塗壁の作り出した土格子を砕き、オートマタが起動する。宿るは巧一朗の狙い通りのアサシンクラスだ。華奢な肉体に、男を惑わす色香、妖艶という言葉が何より似つかわしい少女のサーヴァントであるが、塗壁の顔は恐怖に染まっていた。

 

「あら、なんやの、鬼でも見たような顔をして。」

「酒呑童子…っ」

 

塗壁は即座に壁を乱立し、アサシンを封じ込めようとする、が、全ては無力であった。彼の生み出す壁は、少女の注いだ酒に溶け落ちる。その圧倒的な蹂躙に、召喚者である筈の巧一朗も思わず息を飲んだ。

 

「ふふふ、あんさんもいけずやなぁ、妖怪ひとり退治するんに、うちを呼び出すなんて。」

「塗壁は言っていた。作り出した壁全てが意思を持つと。なら正面から壊していたってキリがない。その意思を全て挫く酒の魅了、誘惑があれば、彼が何度壁を生み出そうと関係ないと思ったんだ。」

「貴様、貴様ァァアア!」

 

塗壁は剣を掲げ、巧一朗に飛び掛かる。だが彼が青年を貫く前に既に勝負はついていた。巧一朗に覆い被さろうとする塗壁を、アサシンの少女が鋭い蹴りで地面に転がすと、すかさず彼女の宝具が炸裂した。

 

『千紫万紅・神便鬼毒』

 

その酒は妖であれば誰もが手を伸ばす禁断の果実。だがそれを飲んだが最後、彼らはいとも容易く酒に呑まれる。塗壁もまた同じ、アサシンの酒が到達する範囲全ての壁を根こそぎ散らし、彼自身の肉体も酒に溺れ消失した。

残されたのは塗壁の魂を宿していたオートマタ。その首元のスイッチは、サーヴァントの消失により自動的にオフになった。

そして約束の一分が経過する。アサシンは巧一朗に微笑みかけたが、彼は表情を変えなかった。もうこの可憐なサーヴァントと契約することは二度と無い。だから情は持たない、あくまで招霊転化で呼び出すサーヴァントとはビジネスライクな関係である。

 

「嘘つきは泥棒の始まり言うてなぁ。あんさんも我慢するんはほどほどにしときや。」

 

アサシンはそう言い残し消滅する。

 

「…英霊ってのはどれもこれも……」

 

青年は彼女が光となり消えて行った方向をしばらく眺めていた。前にも似たような事を、別の英霊から助言された。きっとポーカーフェイスをしているつもりが、その実見ていられない表情をしているのだろう。こればかりは仕方が無い。

そして物憂げな彼の腕に寄り添う者が一人、そこには電源を切られ消失したはずのキャスターがいた。彼女は豊満な胸部をわざと彼に押し付けながら、気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「何でキャスターだけはいつも懲りずに帰ってくるのか…」

「酷い言い草だな。私は君だけのサーヴァントだから、主人の元に帰ってくるのは当然だろう?」

「…主従じゃないっての。」

 

本来であれば空になるはずの自動人形に、何度でも彼女の魂は宿る。システムのバグなのか、はたまた…

巧一朗は溜息をつくと、改めて『仕事』に取り掛かる。探し求める女は、確実に第二区の暗部へ逃げている。防壁が消失した今、裏へと通ずる道はあからさまだ。一般人が此処に侵入する前に、女を見つけなければならない。

 

「その画面に映った女、一体何をしでかしたんだい?巧一朗が熱心に女の尻を追いかけるなんて珍しいじゃないか。」

「単純だ。英霊の不正召喚だよ。申請を出さずに、未登録の遺物を掘り出したんだ。」

 

青年が出された指令は、女の持つ聖遺物を奪取すること。警察が介入する前に為し得なければ、国家機関により永久凍結されかねない。

警察だけなら急ぐ必要も無いが、他にも宝を狙う者がいるから事態はややこしくなるのだ。

巧一朗とキャスターは暗く道幅の狭い通路を抜け、第二区の裏側に到達する。その場所はさっきまでとは異なり夜だというのに殺風景だ。どうにも彼はこの街の昼夜逆転現象が当たり前に感じられすぎて、夜が静かだと違和感を覚えてしまう。

 

「巧一朗、ここから暫く先、何かがぶつかり合う音が聞こえた。」

「まずいな、もしライバル企業なら俺の降格処分もあり得るぞ…」

「くくく、ミサチは鬼だからね。」

 

巧一朗は頭を抱えつつも、音のする場所へ向かう。もし女が一人で隠れているならば、まだ聖遺物は盗まれていない可能性がある。彼はそのことをただただ祈っていた。

だが彼はこういう場面でいつも外れクジを引く。巧一朗の目線の先、目的の女と黒いフードの男がちょうど交戦中である。女は幼い少女のサーヴァントを連れており、黒フードは槍を携えた勇士を従えていた。客観的に評価しても明らかな戦力差、女は当然の如く敗北を喫した。

 

「待って、お願いだから、この子は私の娘なの。お願い、許して、殺さないで。」

「娘?馬鹿言え。お前は人間、こいつはサーヴァントだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

 

黒フードは馬鹿にしたように笑う。女の願いを嘲り、罵り、自分のサーヴァントに少女のサーヴァントを殺させようとする。目的は恐らく巧一朗と同じ、聖遺物。それを得るだけなら殺す必要までは無いが、登録がない以上、このサーヴァントは暴走する可能性を孕んでいる。

オートマタに宿せるのはデータベースに存在する英霊のみ。それがルールである以上、これは仕方の無いことだ。

だが巧一朗の身体は動いていた。彼は生身で無理矢理に介入し、幼き英霊を抱いて槍の一撃を避け転がった。予想だにしない事態に黒フードは驚愕し、状況判断が遅れる。その間に巧一朗は女と少女のサーヴァントを路地の方へ逃がすことに成功した。

 

「な、なんだお前は…」

「とある優良企業のエージェントさ。待遇はちょこちょこブラックだけど。」

 

巧一朗は額に汗を滲ませながら構えた。招霊転化はそう何度も使用できるものでは無い為、ここからは彼自身が戦闘の主体となる。キャスターは決して戦わず、ただその状況を見て邪悪に微笑んでいるだけだ。

 

「何だお前、サーヴァントとやるつもりか?死ぬぞ。」

「忠告有難う。生憎こちらはそういった事にも臨機応変な対応をすることで有名な会社なんで。」

 

槍のサーヴァントは風を切るように加速し、気付くと巧一朗の懐に入り込んでいた。迷いなき殺意の一撃が青年の心臓を目がけて放たれるが、それは決して届かぬ一刺し、何故ならば、巧一朗は既に数メートル先に後退している。サーヴァントが敵を弱い存在だと甘く見てくれることを祈った決死の作戦である。すぐさま巧一朗は指先から魔力の砲弾を発射し、槍の兵士にダメージを負わせる。小さな攻撃だが、これが起爆剤となるのだ。

 

「てめぇ、魔術師か?」

 

槍兵は巧一朗に問いかけた。が、彼は答えない。どこか余裕ぶった表情で黒フードの男を見つめるのみである。

 

「何をしているランサー。ただの人間だ、さっさと殺してしまえ!」

「いや、すまんなマスター。コイツだけならすぐにでも始末できるが、俺たちはどうやら包囲されている。」

 

槍兵は巧一朗の攻撃が着弾した脇腹を擦った。それは彼にとって蚊に刺される程度の物であるが、これは彼を直接殺すために放たれたものでは無いと既に理解している。言うならばこれは発信機だ。この僅かな傷を目印に、千五百ヤード先から矢を番える者がいる。加えて彼の動物的直観が、もう一人の忍び寄る影を微かに捉えていた。槍兵は彼自身とマスターが袋の鼠だと正しく判断していたのだ。

 

「撤退だ。遺物は既に回収済み、任務は終わっている。」

「あぁぁあああぁあぁ、それでは教祖様に顔向けが出来ない、出来ないのだ。異端は殺せ、殺すのだ。行け、ランサー、令呪を以て命ずる、異端者を抹殺せよ!」

 

黒フードの右手に宿った赤い紋様が怪しく輝いた。撤退を申し出た槍兵の肉体を、精神を縛り、絶対的に従わせる。彼は黒フードの指し示す方向、巧一朗とキャスターに突進する。

 

「死ねぇぇぇえええ」

 

黒フードは狂気に満ち溢れていた。そんな様子をキャスターはつまらなさそうに眺めている。どうやらあの男は、キャスターにとって興味の対象では無いらしい。巧一朗はやれやれといった顔を浮かべた。

結果として、槍兵の突撃が二人に届くことは無かった。影から這い出た鎖が蛇のように絡みつき彼を縛った。そして遠く離れた場所から放たれた矢はいとも容易く彼を貫いた。霊核を寸分違わず射抜く一撃に、彼の肉体が耐えられるわけもなく、ただ静かに粒子となって消滅していった。

 

「なんだ…何が起きて…」

 

慌てふためく黒フードの男の目前に影より這い出た死神が立つ。足まで伸びた黒髪に、蛇の目をした魔女。彼女が男の頭を押さえつけると、彼は泡を吹いて死んでしまう。ただの人間が、彼女の「毒」に耐えられるはずも無い。

 

「脆いな。」

 

魔女は抱えた死体を巧一朗の方へ投げ捨てる。転がってきた男は見るも無残な姿に成り果てていた。

 

「バーサーカー、何も殺す必要は無かったんじゃないか?」

 

この場所が第二区である以上、人殺しが外部に漏れ出ることは無い。当然、巧一朗もまた、必要とあらば人間もサーヴァントも殺害する。だがそれはあくまで上の指示によるものだ。この魔女のように誰彼構わず殺すわけではない。それは単なる快楽殺人鬼だ。

 

「殺さない必要は無かった、だろう?違えるなよ偽善者。彼奴を殺さなければ聖遺物回収の任務は失敗していた。」

 

巧一朗は渋々バーサーカーの意見を飲む。始末書を書かされるのは彼女のマスターだというのに、何とも自由なサーヴァントである。

彼は黒フードの男の懐から、遺物たる短刀を回収した。これで任務は完了である。

 

「コーイチロー!バーサーカー!」

 

黒き魔女に駆け寄って来る学生服の少女。巧一朗から見て破天荒なファッションであるが、どうやら現在メンヘラコーデとやらがトレンドらしい。不健康そうなメイクだが、中身の少女は底抜けに明るい性格だ。ツインテールを左右に揺らしながら魔女の腕にしがみついた。

 

「お疲れ様、バーサーカー。今日も超イケてるね。」

「鬱陶しいぞ美頼…全く。」

 

バーサーカーのマスターである倉谷 美頼(くらたに みらい)はセーラー服を纏っているものの齢は二十、つまり立派な社会人である。巧一朗のとって美頼は後輩であるが、彼女には振り回されてばかりいる。どうせ今回の始末書も、最終的には巧一朗が代筆することとなる。出来れば美頼とバーサーカーの力を借りずに解決すれば良かったが、上司が協力せよと命じれば彼はそれに従う他無かったのだ。

 

「てかコーイチロー、ちゅんちゅんは?」

「あー、アイツなら多分アーチャーと共に先に帰っているはずだ。」

「えー!つまんねー!」

「リスクアセスメントだ。お前というリスクを避けるための、な。」

「はー?ウザ。」

 

それはそうだろう。何故ならば美頼と共に会社へ戻る道すがら、一体何が起こるか分からない。アイスクリームを奢るぐらいで済めばいいが、唐突な戦闘が起こったり、面倒事が増えかねない。本当なら巧一朗もまた彼女と極力関わりたくは無いが、美頼のおもりも含めて彼に割り当てられた仕事である。彼は思わず嘆息をもらした。

 

「くくく、巧一朗には女難の相が出ているな。」

「お前もだよキャスター…」

 

巧一朗は分かりやすく項垂れる。キャスター、バーサーカー、そして美頼、三人の別ベクトルに尖った少女たちに加えて、もう一人。直属の上司で鬼の鑑識官。

丁度その少女からの通信が入る。

 

「お疲れ様です、巧一朗さん。倉谷さんを連れて帰ってきてください。次の任務を伝えます。」

「承知しました、鬼頭教官。」

 

通信越しに青年のどこか憂鬱そうな声を聞き、鬼頭鑑識官は微笑する。

 

「ははは、巧一朗はまだ仕事が山盛りなのか。充幸さんも鬼だねぇ!」

「鶯谷さん。貴方もですよ。大丈夫、当博物館はサービス残業なんてさせませんから。」

「…残業代が出るってことか?」

「違います。定時までにキッチリ仕事を終わらせろということですよ。」

「やっぱ鬼じゃねーか!」

 

巧一朗の如く項垂れる男を尻目に、鬼頭鑑識官は従業員リストを更新していた。

 

「巧一朗さん、キャスター、美頼ちゃん、バーサーカー、鶯谷さん、アーチャー。これで実働部隊はマスター三人のサーヴァント三騎になりました。いよいよ我らが第四区域博物館も動き出す時です。打倒マキリ、打倒トーサカ、打倒アインツベルンですよ!」

「…全部大企業じゃねーか。」

 

巧一朗は鬼頭鑑識官との通信を切断し、インカムを内ポケットにしまった。美頼とバーサーカーは第二区の裏側へ初めて来たこともあって、短時間の冒険へ出掛けている。キャスターは巧一朗の右腕に絡みつき、離れようとしない。

 

「巧一朗、遂に始まる。革命か、世界への反逆か。君の物語がようやく再開するんだ。」

 

キャスターは、彼女だけは巧一朗の全てを知っている。だからこそ彼女は彼の前に姿を現した。

 

「…始まらないよ。俺は事なかれ主義だからね。」

 

巧一朗は歩き出す。脳で否定しようとも、彼の心はキャスターの指し示す道へ向かっていた。

 

ここは昔、日本と言う国であったらしい。今は皆がこの地を「オアシス」と呼び親しんでいる。

人が生み、英雄が育てたこの人工都市で、青年たちは今日も生きて行く。

 

【プロローグ 終わり】

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