Fate/relation   作:パープルハット

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幻視急行編、ここに完結。
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幻視急行編5

【幻視急行編⑤】

 

急行列車での一件から一週間が経過しようとしていた。

美頼は第二区にて、今日も常連客の相手を務めた。博物館は本日非番であるが、そういう日に限って、巧一朗の顔を見たくなる。いつも通りの時間に店を出、彼女は彼の邪魔になると理解しつつも、会いに行くことに決めた。

 

「お疲れ様ですー!」

 

美頼がフロントに立つ仏頂面の男に挨拶をした際、通常ならば、その風貌には似合わぬほど明るい声で返事が返ってくるのだが、今日は反応が無い。どんな作業をしていても、一度手を止めて見送ってくれるスタッフだったが故、彼女は心に引っ掛かる。もしかすると他店に出払っているのかもしれない。美頼は一瞬立ち止まったが、気にせず店の外へ出た。

すると店の前にそのフロントマンがいた。オーナーであるアジア系ハーフの女と談笑している。時折、怪訝な表情を浮かべていた為、興味を引かれた美頼は会話に加わることにした。

 

「お疲れ様です!」

「あぁ、美頼ちゃん。お疲れ。ねぇ、美頼ちゃんは橋爪権蔵って知っている?」

 

美頼はその名に聞き覚えがあった。十六時発松坂行急行列車に乗り、恐らくマールトに生気を奪われ、そのまま下車後に自ら命を絶った人だ。風俗通いであった為、知らない内に美頼が一夜を共にしていたかもしれない人物。

 

「馬鹿だな、オーナー。橋爪はその素行の悪さから、美頼ちゃんが来る前にウチを出禁になっただろう。美頼ちゃんが関わっているわけ無いんだから。ごめんね美頼ちゃん。その人が自殺したって話をしていて、こう言っちゃなんだけど、俺たちはいい気味だ、なんて話していたんだよ。」

「そう…なんですか、自殺…」

「何でも、将来設計に絶望して死んだとか、いやいや、アンタは他の人間を今まで慮らなかったでしょうがって。何を今更って感じ。」

「ねー。」

 

オーナーとフロントマンがまた会話に花を咲かせ始めたので、美頼はそそくさと退散した。これ以上は大人の話に加わるのも場違いだと判断する。

彼女は守山駅への道のりを歩き出す。流れていくいつもの風景が、今日は少しだけ歪に感じられる。何故か、何故だろうか。頭に靄がかかったような不快感。何かとんでもない事実を見落としているような感覚が渦巻く。

 

「あー、むしゃくしゃするなぁ。」

 

美頼は苛立ちを払拭するために、いつもとは違うルートで駅へ向かうこととした。同じ万華鏡もずっと見ていれば飽きが来るように、新鮮な風景を取り入れ、心を穏やかにしたかったのだ。

彼女はいつも、所謂夜の店が乱立した通りを行くが、敢えて人通りの多い道を選んだ。アクセサリーショップやアパレルショップ、ドネルケバブの出店、ゲームセンターなど、若者が盛んに出歩く風景が目に飛び込んでくる。美頼は派手好きではあるものの、人が多く行き交う場所は好みでは無い。だが偶には、ウィンドウショッピングがてら散策するのも良い趣向だ。

 

「コーイチローがいたら楽しいだろうなぁ。」

 

二人が非番の日に、デートするのはどうだろうか、とプランニングする。だが、彼は理由を付けて断りそうな雰囲気である。傍にいる探偵気取りのキャスターが付いて来るかもしれない。想像しただけで、眉間にしわが寄ってしまう。

彼女はふらふらと散歩していたが、ふと、小さな映画館の前で足を止めた。気味の悪い幽霊がポスターの前面を飾るホラー映画、いかにもB級といった雰囲気である。巧一朗と二人で見に行って、怖がる振りをしながら、手を握ったり、肩に頭を乗せたいなどと、邪な妄想が広がる。

 

「ていうか、こんな幽霊が堂々としていたら、怖さなんてなくなる……」

 

……彼女の脳裏に、一筋の光が走った。

 

「マールトは、夢を見せることで、その生気を奪い取る夢魔。」

 

―なのに、あの時

奈々良は、目を開けていた。

 

自らの眼を潰して自殺した勝部という男も同じだ。

夢を視たのでは無い。彼らは確かに、あの電車で何かを「視た」んだ。

美頼の中に築かれた事件の顛末という壁は、音を立てて崩れ去る。

マールトの姿は、ただの少女のソレだ。彼女の幻霊をその目で確認して、絶望するということは考えにくい。

では、彼らは何を視たのだろう。

美頼の中に暗く沈んでいた筈の違和感が、次々と浮上する。まるで開けてはいけないパンドラの箱を開いたかのように。

先程、オーナーたちがしていた話は、マールトの起こした事件の内容と矛盾している。美頼に取り憑いたマールトが、美頼の関係者たる人物を次々と殺めた、という話だが、事件の被害者である橋爪という男は、恐らく、美頼と一切の関わりがない。思えば、岩凪勇気という名の被害者は男子学生らしいが、美頼との共通点は、同じ小学校に通っていたというだけ、これを関係者と呼ぶには些か無理があるだろう。

自殺した者に法則性は無い、ただ十六時発松坂行急行列車に乗車していたという事実だけが残る。

 

「これって振り出しじゃん。」

 

美頼は分かりやすく項垂れる。また事件の調査を改めなければならない。

美頼は映画のポスターから目を外し、隣接されたサブカルチャーショップのショーウィンドウを茫然と眺めた。

 

―違う、振り出しじゃない。

 

「…っ」

 

―意図的に、この事件を闇に葬ろうとした人物がいる。

 

「それは、何のために…?」

 

―思い出せ、最初から、何か決定的なものを見逃している筈だ。

 

「何を、私は、何を忘れているの?」

 

ショーウィンドウに映り込む少女が、美頼に語り掛ける。

同じ容姿をした、美頼本人であるにも関わらず、それは全くの別人のようで。

彼女は、その場から逃げるように走り出した。

美頼は大通りから外れた、小汚い路地裏で、息を整える。

彼女自身、一体何から逃げようとしていたのかも分からないままに。

どこかぼやけた視界で、彼女はデバイスを起動し、博物館のデータベースに接続する。今まで、敢えて触れてこなかったその事実に触れる為に、とある好奇心が彼女を突き動かす。

それは倉谷重工を含めた、オートマタ企業が次々と倒産した事件。和平松彦のスパイ行為によって彼らの人生は奪われた。

 

「それはきっと本当にマールトの仕業…だけど、和平にとってこれは必要なことだったの?」

 

アインツベルンに情報を売るだけでも、企業は各々大損害を被っていた筈だ。わざわざ、マールトを嗾ける必要があったならば、それは和平の意思とは思えない。恐らく、バックにいるアインツベルン側の判断だ。

そして美頼は倉谷重工社長の一家心中事件の記事に辿り着く。社長の手によって殺された夫人、そして奇跡的に助かった娘、その記事に違和感は覚えない。だが、当時の雑誌に記された一つのワードが、脳天を撃ち抜いた。

 

「娘の名は、倉谷 未来……」

 

読み方は同じ筈なのに、その字では全く意味が異なるというもの。彼女自身、偽名を使っているつもりは無い。生まれた時から、美しいに頼ると書いて美頼であった。だが、どうして。

俯き、執拗にデバイスをフリックする美頼の影から、黒い服の女が現れ出た。ロウヒはデバイスを見つめる美頼の肩に手を置き、呼びかける。

 

「美頼。」

「バーサーカー、あのね、私おかしくなっちゃったかも。何でかなー、事件も解決してない気がするし、何か色々変なんだよね。」

 

美頼は頬を掻きながら、ロウヒに笑いかける。もしかするとロウヒなら、何かこの不安感を拭い去る一言を告げてくれるかもしれない、そんな淡い期待。

 

―思い出せ、最初から、何か決定的なものを見逃している筈だ。

 

ショーウィンドウの中の彼女が語り掛けたこと。

その言葉が反芻し、美頼の口からある疑問が零れ落ちた。

今まで気にも留めなかったこと、そういうものだと飲み込んでいた事実。

 

「そういえば、バーサーカーって、一度も私のこと『マスター』って呼んだこと、無いよね。」

 

口から零れたその言葉は、宙に消え、静寂が二人を包み込んだ。

ロウヒは微かな笑みを浮かべると、美頼を優しく抱擁する。

 

「ばー…さーかー…?」

「残念だよ。我が『マスター』からの命令だ。貴様を処分せねばならなくなった。」

「え……」

 

ロウヒから影が伸び、美頼はその中に引き摺り込まれていった。

 

 

美頼が目を覚ました時、そこは既に第二区では無かった。昔、書籍を通して見たことのある、かつての日本国をモチーフとした和の楼閣。障子に囲まれた畳の部屋で、ぽつりと取り残されていた。

 

「ここ、は…?」

 

酷い頭痛が彼女を責め立てる。同時にそれは脳からの緊急アラームであると解釈する。今までの戦闘経験から、彼女の身にこれから起こる事態を直感的に予測していた。ここが何処であるか見当もつかないが、敵陣であることは理解できる。そして、信じ難いことに、今の彼女には味方となる人物は一人もいない。

 

「コーイチローに…連絡…」

 

だが当然、彼女のデバイスを含めた所持品は全て喪失していた。助けを呼ぶことも叶わない。

 

「逃げなきゃ……」

 

彼女は身を起こそうと手に力を込めた、が、何故か、それは空回りする。そして、彼女は自らの両足が切断されていることに、今更ながら気が付いたのだ。 

 

「足…私の足が!?」

 

大地を踏みしめていた足が無い。その事実を受け入れることが出来ない。転がりながら、何度も立とうと試みる。欠損した部位がまるであるかのように、嘘であると信じたいが為に。

彼女の脳内に溢れ出た、先程までの光景。巧一朗と共に第二区をデートする妄想は、ひび割れ、瓦解する。

 

「あぁ…あぁあぁあああああああああ」

 

受け入れられない。でも、これが真実だ。

飲み込むことが出来ぬまま、彼女は胃の中にあったもの全てを畳の上にぶちまけた。

嗚咽、嘔吐、癇癪、繰り返しながら、ただ孤独に、ただ惨めに部屋を転げ回る。

 

「なんで…なんで…どうして私がこんな…」

 

美頼の目から、口から、様々なものが零れ、もう吐き出すものが無くなったと同時に、その部屋に来訪者が現れた。

それはこの屋敷の主である。華やかな着物姿の女は、そろりそろりと美頼の元へ歩み寄る。

美頼は女の目を見た。彼女は救いの糸では決して無い。美頼を蔑むその目は、侮蔑を孕んでいる。

 

「アンタは…」

「思い出せぬか。無理もなかろう。お主の記憶を消したのは、他ならぬ、このミヤビじゃからな。」

「アンタ…何で、私と、全く、同じ顔、え?」

 

美頼はミヤビと名乗る女の顔を睨んだ。寸分違わず、同じ顔をしている。瓜二つ、双子に生まれ落ちたように。

 

「それはそうじゃろう。お主はミヤビの自己像幻視(ドッペルゲンガー)なのじゃからな。」

「ドッペルゲンガー……?」 

 

美頼は聞き慣れない筈の単語に、親近感を覚えた。自らの思考がジャミングされているようで、ミヤビと名乗る女の記憶を引き出すことが出来ない。 

 

「改めて、記憶の消失したお主にとっては、お初にお目にかかる。ミヤビの名はミヤビ・カンナギ・アインツベルン。アインツベルンカンパニー代表取締役を務めておる。」

「アインツベルン…アンタが…」

「だがミヤビという名は偽りじゃ。アインツベルンをその手で奪った際に自ら名乗り始めた。真名は、倉谷 未来。お主と、同じ名じゃ。」

 

ミヤビはクツクツと嗤う。美頼は状況を全く飲み込むことが出来なかった。

 

「じゃあ、私は、倉谷美頼は、何なの?」

「言ったろうに。ミヤビの召喚した英霊、ドッペルゲンガー。それがお主じゃ。ミヤビの代わりに倉谷の娘を演じてくれたことに感謝の意を示そう。」

「私が…サーヴァント…?」

 

美頼は首元を頻りに触った、が、アインツベルン製オートマタの特徴である、電源スイッチは見当たらない。

 

「そもそも英霊の従属を強固たるものにする為に、電源を備え付けたのはアインツベルンもとい災害のライダーの意向じゃ。だから電源スイッチの実装されていない、他社のオートマタ企業を廃業させ、それら全てを処分する必要があった。倉谷重工が当時の和平やアインツベルンに潰された経緯はそこにある。」

 

ミヤビはあの日、母を殺そうとナイフを振り上げる父の姿を思い出した。

 

「ごめんな、未来。全部お父さんの所為なんだ。」

 

トマトケチャップが零れたように、部屋は血で染まった。父は包丁を片手に、無垢な少女に牙をむく。

確かにあの時、ミヤビは死ぬつもりであった。

だが、その直前、彼女はその覚悟を曲げる。

父の振り下ろした包丁を器用に叩き落し、彼の首めがけて、その刃を振り下ろした。

彼が自ら命を絶ったように、演出して。

 

「ミヤビが、お父さんを殺したのじゃ。」

 

美頼の中に残る偽りの記憶は、ミヤビが作り上げた偽りのレコード。真実は、父を殺し、愉快に笑う子が一人いたというだけ。

 

「ミヤビは、ミヤビは、人を殺すことが、堪らなく好きになってしもうた。」

 

美頼の目の前で歪んだ笑みを浮かべる少女。それは彼女が思うよりずっと、理を外れていて、どうしようもなく狂っている。

ミヤビを名乗る女は、人を殺めることを快楽と呼んでいた。

 

「美頼、悪かったなぁ。災害の目を誤魔化すために、お主を代替品として用意した。可愛い可愛い我が娘。お主の行動は全てミヤビの意思によるものじゃ。沢山人を殺したろう?辛かったろう?ミヤビは辛くなかった。楽しかった。和平もアインツベルンを我が手中に収めてからは不用品になったから、優しく殺してあげたのじゃ。あぁ、ロウヒはどうじゃった?ミヤビのサーヴァントじゃが、中々に従順じゃったろう?マキリのくだらない介入もあったが、奈々良に取り憑いた幻霊も、マールトも、ロウヒにより生み出された自作自演じゃった。どうじゃ?どうじゃった?探偵ごっこで偽りの真実に踊らされた気分は?良かったか?のう?」

「なんで……マールトが…自作自演…?」

「ドッペルゲンガーであるお主の中に生まれた唯一のオリジナル、それがコーイチローへの『恋心』じゃ。ハニトラにでもと使えたら良かったが、貴様という存在にバグが生まれてしもうた。奴に恋した列車にお主が乗り込むと、ドッペルゲンガーとしての性質と、召喚者であるミヤビの『起源』が現れる。心弱き者がお主を見つめると、未来の自分自身と誤認してしまうエラーが発生したのじゃ。文字通り、ドッペルゲンガーの性質が現れ、視たものは絶望し、自ら命を絶った。全てお主が恋にうつつを抜かした結果じゃ。『性』と『死』は表裏一体じゃからなぁ。お主が自らの記憶を取り戻す前に、ロウヒに命じて事件を有耶無耶にしたかったが、それも叶わず。電源スイッチの無いオートマタは製造を禁止されているが故に貴重だからのう。殺すにはもったいなかったが、仕方ない。」

「じゃあ…待ってよ、奈々良は、奈々良は……っ」

「お主が救いの手を差し伸べたから死んだのじゃ。お前というフィルターを通して『視た』幻によってなぁ。」

 

美頼の目から光が消えた。ミヤビの言う事は出鱈目かもしれない、が、自然と腑に落ちる部分もある。

そういえば、今更ながら、美頼はいつバーサーカーと出会ったのか、その記憶がごっそり抜け落ちていたのだ。

美頼の恋が、ドッペルゲンガーの性質に歪みを与え、巧一朗との出会いの場所で、殺戮兵器と化してしまった。 

 

「そんな…」

 

美頼は何度目かも分からぬ涙を零す。だがミヤビの言う通りこの身体がオートマタであるならば、これは只のオイルだ。

ミヤビは美頼の髪を乱暴に掴むと、奥の間まで引っ張った。パラパラと抜け落ちる髪に激しい痛みを覚え、発狂を繰り返す。

 

「ほれ、お主にも見せてやろう。」

 

美頼が放り投げられた部屋には、一体のオートマタが佇んでいた。ミヤビはそこにデータインストールを行い、その姿をプログラミングする。

現れたのは、新たなドッペルゲンガー。それも、美頼と全く変わらない容姿のものだ。

 

〈データローディング完了。真名:ドッペルゲンガー。マスター(ママ)の認証に成功〉

 

「新しいお主じゃ。無論、恋心など抱く筈もない。バグはきっちり修正された。これを改めて、第四区博物館にスパイとして放り込む。お疲れ様じゃ。お主のお陰で、災害に楯突くテロ組織の全容は掴めた。本当は先日第一区に現れた鉄心やアーチャーを生け捕りにして、お主の前で解体ショーするつもりじゃったが、邪魔が入ってな。じゃが安心せよ。ミヤビが、きっちりと、博物館の全てを殺してやろう。お主の愛するコーイチローもな?」

「っ!」

 

ミヤビが指を鳴らすと、影からサーヴァントが這い出る。美頼も良く知るその正体は、今や敵であるバーサーカー、ロウヒである。

 

「マスター、呼んだか?」

「そこの転がっている三流英霊を処分せよ、ロウヒ。」

「承知した。」

 

ロウヒは冷酷な瞳で美頼を捉える。そこには、下らない会話で盛り上がった姿など到底映りようも無い。ロウヒは蛇の目をしていた。美頼の最高の相棒は、ずっと傍にいながら、彼女を裏切り続けていた。

 

「バーサーカー、何でよ、何で貴方ほどの王様が、こんなサイコパスに従っているの?」

「美頼、貴様は我を最善たる王だと認識していたか?我はポポヨラにおいて主人公一行の前に立ち塞がる悪逆の王だ。」

「違う、貴方は、違う!」

 

ロウヒは一切の感情を見せない。そこに迷いも生じない。ただ目の前にある口達者な物体を縦に引き裂くのみだ。

 

「美頼、お前の問いに答えてやろう。」

「問い……?」

「何故、人を殺してはいけないのか。……それは、貴様が『王』ではないからだ。」

「何を言って」

「いつの世も頂点に君臨するものだけが、人を裁く権利を有する。法が禁ずると言うならば、その法を敷くのもまた王だ。王が頷けば殺人は認められ、王が首を横に振れば、社会に秩序が生まれよう。全ては王の裁量なのだ。貴様は道徳だなんだと狭い世界でしか物事を語れん。生殺与奪とは、王のみが得られる特権。それを貴様は知らない。生涯において知ることは決して無い。」

「ロウ…ヒ…」

「オアシスにおける王とは、災害なる輩では無い。王とは即ち、ミヤビなのだ。」

 

ロウヒの目が赤く、血の色に塗り替わった。

 

「や…やだ、コーイチローったすけ…………」

 

ロウヒは自ら生み出した剣を美頼の頭に突き刺した。そして切れ味の鋭いそれで、彼女の肉を二つに分割する。

美頼の叫びは誰にも届かず、孤独なままに彼女は絶命した。

 

「思えば美頼、お主に『未来』なんてものは無かったなぁ。美しさに頼ると書くお主には。」

 

ミヤビは口元を歪ませ、一人嗤い続ける。

新たなドッペルゲンガー、倉谷美頼と、そのサーヴァントを演じるロウヒは、共に第一区を後にする。

美頼の死によって、新たなる犠牲者が生まれることも無くなり、事件は終わりを告げたのであった。

 

 

過去の話。

美頼の初任務から数日が経過した、ある夜のことだ。

巧一朗、美頼の二人は聖遺物の調査に出向き、長時間かけても、収穫を得ることが出来なかった。

疲れ切った二人は、乗客の殆どいなくなった電車で、隣同士腰かける。

 

「これから博物館に出向いて報告って、鬼頭教官は本当に鬼だな。」

「みさっちゃんきびしー、けどやさしー」

「何だそれ。」

「だって私たちの為に居残り残業してくれているんでしょう。収穫無くて申し訳ないよね。」

「あぁ、それは確かにな。」

 

他愛も無い話に華を咲かせる。

疲れ切っている筈なのに、巧一朗の声を聞くだけで、美頼は何度でも元気になった。

恋って凄い、恋って素晴らしい。

美頼は巧一朗の肩にもたれ掛かり、彼の香りを近くで感じた。

 

「眠いか、美頼。」

「うん、ちょっとだけ。」

「松坂駅着くまで寝ていていいぞ。俺が起こすから。」

「うん。そーする。」

 

電車が、右へ、左へ、揺れる。

公共機関の筈が、この車両においては二人だけの特別な空間になっている。

きっと寝転んでしまっても怒られないだろう。だが美頼は巧一朗の隣に居心地の良さを感じている。

 

「ねー、コーイチロー。」

「何だ。」

「コーイチローは、好きな人いる?」

巧一朗は暫く考えて、正直に答えることにした。

「いる。」

「いるんだ。じゃあ私は失恋だ。」

「いるけど、もういない。」

 

オアシスが生まれるずっと昔、聖杯戦争があった。

そのとき、セイバーは命を落とした。

もう決して、彼が恋した彼女に会うことは無い。

 

「いないかー。じゃあ失恋じゃない可能性もある?」

「さぁな。」

「はぐらかすんだ。」

「俺は別にお前のこと嫌いではないからな。好きか嫌いかで言ったら好きだ。」

「ふふ、なにそれー。」

 

二人の間に、静かな時が流れる。

美頼が寝静まったものだと巧一朗は考えていたが、暫くして、彼女は改めて口を開いた。

 

「ねぇ、コーイチロー。」

「何だ。」

「もし私が任務中に殺されたら、どうする?」

「どうするって。」

「泣く?怒る?復讐する?」

「……そうだな。」

 

巧一朗はその状況を仮定してみる。

 

「復讐できる相手なら、復讐するんじゃないか?」

「何それ、相手を選んで報復するわけ?」

「例えば災害なら、俺は復讐する。」

「なんだ、ちゃんと強い奴でも復讐してくれるじゃん。」

「相手を選ぶってのは、強い弱いじゃない。例えばお前がお前を殺したら、俺は誰に復讐すればいい。」

「あ、そういう話?」

「そうなったら、どうしようもない。仕方なく、俺は死んだお前に対して怒る。怒っても意味は無いけど、ちゃんと怒る。」

「意味がないのに、怒るの?」

「あぁ、今を生きる人間だからこそ、感情はしっかり吐き出しておくべきだ。」

「ふぅん。」

「だから怒る。お前を殺したお前に対して、何してくれているんだってな。」

「なんか、想像したらシュールで笑えるかも。」

 

美頼は静かに笑った。

巧一朗もまた、釣られて笑みを浮かべた。

実を結ばぬ会話は、もう暫く続いてゆく。

巧一朗の肩に頭を預けて、美頼はときに楽しげに。ときに不満げに、表情を次々と変えながら。

 

「ありがとう、コーイチロー。」

 

まるで万華鏡のように、からからと。

 

 

【挿絵表示】

 

                                

 

【幻視急行編 完】

 

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