Fate/relation   作:パープルハット

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一話完結型エンターテイメント開幕!
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桃源郷寸話:『ステイルメイト』

【桃源郷寸話:『ステイルメイト』】

 

「目」が胎動する。

辺り一面が砂で覆われようとも、力強い生命の息吹は傍で感じられた。

既に何もかもが消え失せたこの地で、「目」だけはドクドクと脈打つ。

余りに巨大なそれが動けば、当然大地は揺れ、脆い足場は崩れ去る。

俺はバランスを崩したが、転げないようぎりぎりで踏み止まった。

突風に交じった砂利が呼吸を荒くする俺を更に窮地へ追いやった。肺に紛れ込んだ細かな塊の所為で咳が止まらない。まともに酸素を取り入れることも困難だ。

視界も砂風に飲まれ、自らの死を悟る。高尚な願いも、首元に死神の鎌が差し迫れば、塵芥と化す。もし今目の前に聖杯が出現したならば、俺は迷わず存命を祈るだろう。

 

―怖い、死にたくない。

 

命に価値のないと決めつけていた過去の俺自身へ向け叱責する。どんな願いも、この命の灯があるからこそ輝くのだ。そんな当たり前に気付くのが遅すぎた。

俺はそれでも、と最後の力を振り絞り立ち上がる。果たして何のために、俺自身が理解せぬままに。

西風が運んだものは死の灰だけでは無かったようだ。走馬灯に、今一度歩き出す勇気を運んできてくれた。

 

「俺は、まだ……」

 

まだ、何だ?

追い詰められて、俺は何を遺したいと祈ったのだ。

今更神に祈ることも、仏門に入ることも、考えない。先のことなどどうでもいい。

聖杯戦争は終わったのだ。誰もが勝利に酔いしれず、砂の世界に溶け落ちた。

 

「はぁっ…はぁ…」

 

ならばこそ、だ。

まだ俺は生きていた。

生きているからこそ、意味が生まれるのだ。

生きているからこそ、価値が生まれるのだ。

明日世界は生まれ変わる。それを誰かに知らせなければ。

伝えなければ、千年先の未来へと。

この世界は終わりを告げる。人ならざる災害によって。

一度なら人は防ぎきれる。だがその災禍は六度来る。

太陽すらひれ伏した第三の災害に、ただの英雄が勝てるはずもない。

―だが、俺ならば。

この瘦せこけたか細い腕で、救える命がある。

希望は必ず最後に残される。御伽噺とは得てしてそういうものなのだ。

 

「桃源郷へ、向かうのか?」

 

俺の目の前に伸びた影が語り掛けてくる。

その勇ましい形は、昨日まで隣に立っていた戦友のようで、それでいて酷く懐かしいものだった。

 

「あぁ、向かう。」

 

俺は即答する。目は曇ろうと、歩む道は決して曲がらない。

 

「そうか。長い旅になるぞ。」

「構わないさ。元々俺に帰る家は無い。」

「そうだったな。」

 

影に喜怒哀楽は映らない、だが、俺にはハッキリと分かった。

目の前に立つ俺の友人は、儚げに笑っていた。

 

「次にお前が目を覚ました時、私はお前という存在を認識できなくなっているだろう。だからそのときは、お前が私を止めて欲しい。」

「無茶を言うなよ。」

「否、達成できる目標だ。絵空事では無い。私を良く知るお前であれば、必ず出来る。他力本願だと呆れたか?」

「いや、君がそうなったのは俺の責任だからね。約束は果たすさ。」

 

五感が失われていき、その場に崩れ落ちた。

影はそんな俺に近付くと、口を太い指でこじ開け、得体の知れない何かを飲ませる。

味はしないが、何となく苦い気がした。

 

「…西の婆さんのお節介だ。脳が潰れない限り、あと一万年は生きられる。」

「君が…飲まなかったもの…か?」

「あぁ、苦くて飲めたものじゃない。…飲まなかったから、私は英霊なのだ。」

「……勝手な…やつ…」

 

俺の意識はそこで途絶えた。

 

砂漠で横たわる自らのマスターを見て、影は満足げな表情を浮かべた。

 

「これで良かったんだよな、セイバー。」

 

影は踵を返すと、桃源郷へ向けて歩き出した。

世界を救うために、大切な者を裏切る。

その余りにも耐えがたい屈辱に身を震わせながら。

 

今はまだ、砂の世界に現れたオアシスに過ぎない。

だが千年の時が、桃源郷を理想郷へと進化させる。

六の災害の目的は同じ、英雄は今度こそ、世界を救わんと立ち上がる。

「アトランティス」へ、至る為に。

 

 

『緊急放送、緊急放送、開発都市第二区より暴徒の流入を確認。警戒レベル4。開発都市第六区市民の皆さん、直ちにパークオブエルドラードへ避難を開始してください。繰り返し通達。開発都市第六区市民の皆さん、直ちにパークオブエルドラードへ避難を開始してください。』

 

緑豊かなニュータウン、第六区和歌山駅の前で、噴水のモニュメントを眺める小汚い服装の男が一人。

避難勧告を受けた周りの上流階級市民は、男の姿を見るや、気味悪がりながら露骨に避けていく。

 

「やぁね。第二区の人間かしら。第六区をあんな身なりで歩かれちゃ、格が落ちてしまうわね。」

「ちゃんと遠坂組や災害のランサー様に許可を頂いているのかしら。不法滞在なら警察を呼ばなきゃね。」

「やーよ。近付いたら菌がうつるわよ。下層市民特有の貧乏菌がね。」

「それにしてもまた貧民が攻めてくるなんて、死ぬのが分かっているのに何故かしらね。」

「栄養が脳に足りていないのよ。さ、早くシェルターに避難しましょ。遠坂様がささっと対処して下さるわ。」

 

第六区在住の主婦たちが好き勝手に呟き、ゴミを見る目で蔑み去っていく。男は自分が噂されているなど気にも留めず、ただ技巧の凝らされたモニュメントを興味深そうに観察していた。

 

「禮士さま。今通り過ぎた女から、源氏の匂いがします。首を刎ねる許可を。」

「出さないよ。どうどう。」

 

ドリンクを片手に現れたのは、彼のサーヴァントであるランサーの女。主人であるこの男、衛宮禮士の悪口を言われたからか、その目には殺意の炎が立ち昇っている。禮士が彼女の髪をゆっくりと撫でると、ランサーは子ども扱いしないでとばかり、頬を赤らめ、ふくれ顔になった。

 

「第六区は富裕層のみが居住を許された土地だからね。俺みたいな異邦者は嫌われて当然さ。」

 

禮士はオアシスを旅する日銭稼ぎであった。龍寿に協力を持ちかけられるまでは、全六区からなるオアシスの地を転々とし、様々な風景を目にしてきた。第六区に個人で訪れたことは多くないが、必ずと言っていい程に、この場所では迫害を受ける。だがそれは仕方の無い話だ。第六区の人間にとって、二区や五区は畏怖の対象である。殺人が平然と行われる二区や、宗教組織によって完全に統制された五区は、もはや異邦と言っても過言ではない。それは全ての地区を巡った禮士だからこそ共感できる部分でもあった。

 

「第六区の災害か、土地の管理権を有する遠坂組に認可を得なければ、ここに来ることも出来ないからね。」

 

かつて龍寿と出会う前に禮士が訪れた際、ものの十分足らずで警官に見つかり、捕縛されてしまった。比較的平和な四区と比べ、その取り調べ時間は倍以上で、ウンザリした記憶がある。

 

「そういえば、あまたんは外から六区に来るのは初めてだったか?」

 

禮士は彼のサーヴァントである『海御前』に話を振る。当初はクラス名で呼んでいたものの、呼びやすさ優先で『あまたん』へ変えた。

 

「禮士さまが遠坂から触媒を受け取ってそのまま召喚して、直ぐに六区を離れたので、改めて訪れるのは初めてになりますね。これは生まれ故郷に帰って来る感覚なのでしょうか?特別な感情は湧いてきませんが。」

「それはそうだろうな。俺たちの交流は殆ど第一区だったから。」

 

禮士が海御前を召喚したのは二年前。その間、彼らは第一区に閉じこもり、災害のライダー、そしてアインツベルンの監視を行っていた。

その成果報告を行うのが、今回、六区を訪れた理由である。

 

「龍寿が第六区に戻ってくるまであと三時間あるからブラブラしていたけど、まさか避難勧告が出るとはね。俺たちもさっさとシェルターに逃げようか。」

 

禮士は糸の解れた鞄から、パークオブエルドラードの入場許可証を取り出した。第六区中央にある遠坂組総本家隣接のドーム型建造物、市民はこれをシェルターと呼んでいる。ホテルのように豪華な造りでありながら、外壁は災害の攻撃でも簡単には崩せないほどの強固さを誇る、まさに富裕層の命を守る為の城であった。六区居住者は他の地区より当然少数である為、全ての市民がこの聖域で優雅に暮らすことが出来る。禮士のような他区在住の一文無しは一生かけても入場を認められることが無い。だが龍寿と知り合えたことで、そのチケットをいとも容易く手に入れることが出来たのだ。

 

「まぁ残念ながら割り当てられた部屋は一部屋だけだし、しかも狭いけど、文句を言える立場じゃないよな。」

「此方は禮士さまが近くに感じられる場所ならばどこへでも…ふふふ」

 

海御前の目が怪しく光り、禮士は身震いした。龍寿のサーヴァントである平教経に惨殺される未来が予見される。

 

「行きましょう禮士さま。二人で、一つの、部屋。〇〇しないと出られない部屋、ふふ、ふふふふふ」

「そんな設定のシェルターは無い!ええい、引っ付くな!」

 

市民が皆パークオブエルドラードへ急ぐ中、呑気な漫才を繰り広げる二人であった。

 

二人がシェルターへ向かう道中、向日葵の花園に通りがかった。花を愛でる暇などある筈も無く、そそくさと過ぎ去る予定であった。

しかし禮士は花園の中心に、可憐な美女が佇んでいることに気付く。避難しなければならないこの状況下で、彼女は一体何をしているのか。万一にも、緊急アナウンスが耳に届いていないことがあるかもしれない。彼は足を止め、海御前と共に向日葵をかき分け立ち寄った。

透き通る肌に、紅に染まった長い髪、華奢な体に合う星空色の装甲を纏った美女。

遠くから見た時には判断出来なかったが、花園に入った瞬間に、彼女が誰なのか秒速で理解した。

禮士や海御前だけでなく、桃源郷に住まう誰もが彼女の正体を知っている。

 

第六区の守護者、災害のランサー、その名を『焔毒のブリュンヒルデ』。

 

禮士はその存在を認識した途端、逃げ帰るように元来た場所へ戻ろうとする。

あれは只の英霊では無い。台風や洪水と同じ、人を蟻のように踏み潰す災禍だ。近付けば、それだけで死に至る可能性もある。

だが、彼の足は恐怖からか、既に動かなくなっていた。

 

「禮士さま。」

「あまたん、決して敵意を出すな。一秒で消し炭になる。」

 

海御前は持ち前の槍を仕舞い込み、禮士の肩を支える。並の英霊であれば、災害に睨まれただけで意識を失うが、彼女は日ノ本生まれの大妖怪、この程度の修羅場では一切動じない。禮士にとってその強さは非常に有難かった。

 

「……?」

 

ブリュンヒルデは、向日葵の園に紛れ込んだ二人の存在に気が付いた。くたびれた男と、着物姿の少女。どちらも、見かけたのは初めてである。普段は個として認識しない彼女だが、この二人には興味を抱いた。

 

「向日葵を……見に来たのですか?」

 

災害が声を発したことに、大きな驚きを見せる禮士。それもそのはず、彼女は基本的に、熱い、か、寒い、の二単語しか喋らない。それは災害のランサーに上手く取り入っている龍寿から聞かされた話であった。

 

「いえ、避難勧告が出て、その、ここにいたら危ないと知らせようと思って。」

 

上手く頭が働いていない禮士は、ありのままの事実を述べてしまう。彼自身、言った後で、その内容に激しく後悔した。

 

「(災害に対して、逃げろ、だなんて、俺はなんて馬鹿なことを)」

 

逆鱗に触れるかもしれない。心臓の鼓動が激しくなる。

 

「……………………………優しい人。」

 

暫しの沈黙から漏れ出た言葉は、禮士にとっても、海御前にとっても、意外なものであった。ブリュンヒルデはぎこちない笑みを浮かべると、禮士たちとは反対方向に去って行った。その姿が見えなくなるまで、彼らは茫然と災害の背を眺めていた。

 

災害のランサーと別れた後、禮士と海御前はシェルター目前に到着した。既に全市民の避難が完了し、外には遠坂組が取り仕切る警備隊が忙しなく走り回っていた。

 

「禮士殿、お疲れ様です。」

 

禮士達を迎えたのは、遠坂組幹部の一人、リカリーという名の好青年である。龍寿は過去、最も優秀な部下として彼を禮士に紹介していた。

リカリーと禮士は再会の握手を済ませる。海御前は好みのタイプでは無かったのか、興味なさげにドームを眺めていた。

 

「第一区での活躍は龍寿様より聞き及んでおります。長期にわたる任務、お疲れ様でした。落ち着いてお話しできれば良かったのですが、状況が逼迫しておりまして…」

「第二区の暴徒って、そんな大した連中なのか?第六区のサーヴァント部隊が右往左往しているのを初めて見たぞ。」

「緊急放送の件、あれは偽りの情報です。市民を安心させるためのもの、本当はとてつもないことが起ころうとしています。」

「……聞かせてくれ。」

 

冷静沈着なリカリーが汗を滲ませている、その事実が禮士の心をざわつかせる。

 

「一時間前、突如我々に対し、宣戦布告の伝令が届きました。龍寿様と教経様がいない今を狙ってのものです。第六区へ向け、英霊が一人、百余りのオートマタ兵が進軍してきます。数値上、小規模、ではありますが、これは間違いなく『戦争』です。」

「敵さんは何処のどいつだ。」

「第一区、アインツベルンカンパニーです。ミヤビ・カンナギ・アインツベルン自らが、攻撃の意思を映像と共に送り付けてきました。」

「おいおい、遠坂、マキリ、アインツベルンは不可侵の契約を結んでいる筈だろう?」

「……先に禁を破ったのは遠坂だ、と。カンナギは禮士殿、貴方の名を出していました。」

 

禮士は唇を噛んだ。彼女の目から逃れるよう上手くやっていたつもりだったが、予想より遥かに、ミヤビは全てを見渡していた。矛先が鉄心では無く禮士であったのは不幸中の幸いである。

 

「俺のミスか。」

「いえ、禮士殿はスパイとして一流でした。遠坂の機密情報の一部が、何者かによって抜き取られていたのです。それがカンナギへ流れてしまった。遠坂組自らが証拠を与えていた…恐らく第六区内部に紛れ込んだ、アインツベルンのスパイによって。」

「恐らくマキリのスパイもいるだろうさ。そんなことは互いに察している。龍寿が遠く離れる瞬間を虎視眈々と狙っていたんだろう。だが、目的が分からないな。」

「とにかく緊急事態には変わりありません。突撃してくるサーヴァント、こちらでデータ解析も完了しました。……最悪だ、『三狂官』の一角が大軍を率いている。」

 

リカリーは目の前の情報を受け入れられず、目を泳がせている。禮士はリカリーのデバイスを拝借し、三狂官のデータを自らのデバイスにインストールした。

 

「三狂官?」

 

聞き慣れない言葉に興味を惹かれたのか、海御前が二人の会話に加わる。

 

「アインツベルン最強戦力、三騎のバーサーカーだ。彼らは災害に劣るとも勝らない実力の持ち主だと言われているが、こうして表に出てくるのは初めてだろう。第一区にいるとき、少しだけ話したことがあったろう?」

「そうですね、失念しておりました。確か、松の席、竹の席、梅の席と呼ばれているのでしたよね。」

「あぁ、松の席は未だ一切の情報が不明、梅の席が北方の女帝、魔女とも言われているサーヴァント、そして竹の席が……」

 

禮士の言葉を遮るように、海御前が彼の手元にあるデバイスの資料を読み上げた。

 

「竹の席、平安時代における最も有名かつ最強の僧兵、真名を『武蔵坊弁慶』……っ!」

 

海御前の目が変わった。身体の内側から漏れ出た殺意の炎に、禮士は脂汗を浮かべる。

 

「弁慶に対抗できるサーヴァントは、平教経様、そして遠坂のブレインサーバーを守護する二人のセイバー『アマゾニア』と『アキリア』のみです。教経様が不在である今は、この二人に出動を命じる他ありません。」

「歴史に名を刻んだ、二人の女性剣闘士(グラディエイター)か!」

 

グラディアトリクスと呼ばれる、ローマ帝国コロセウムで激しい戦いを繰り広げた二人の女たち。剣闘士と言えば男同士の血生臭い殺し合いを連想するが、そんな男社会で勝ち抜いた二人こそ『アマゾニア』と『アキリア』である。当時の資料から八百長とも言われたライバル同士の殺戮ゲームだが、遠坂の守り人として召喚されている以上、実力は本物であると窺い知れる。

 

「一人では叶わなくとも、二人ならば弁慶を止めることが叶いましょう。禮士殿、海御前殿は早くシェルターへ。」

 

リカリーは二人に逃げるよう促した。が、しかし、彼らはその場から動かない。

 

「剣闘士が二人、弁慶と戦っている間、ブレインサーバーは手薄になる。どうするつもりだ?」

「…それは…」

「アマゾニアかアキリアのどちらかを弁慶足止めに当たらせてくれ。俺と、あまたんが弁慶を討伐する。」

「っ!禮士殿、コロセウムの剣闘士二人がかりでも恐らく厳しい戦いになります。…正直に申し上げると、彼女らの消滅も視野に入れております。いまあなた方を戦わせることは出来ません。」

「なに言っているんだ、リカリー。俺は兎も角、海御前の力を見くびらないでもらいたい。この復讐の炎が立ち昇る様を見て、シェルターにこんなのを格納する気かい?」

 

リカリーもまた知っている。教経の妻として激動の時代を生き、妖怪として生まれ変わった、海御前の力を。相手が源氏であることを鑑みても、彼女に頼るのが最適解である。龍寿が認めた禮士の戦闘センスを以てすれば、弁慶への最高の対抗札となるだろう。

 

「……」

「リカリー。」

「……っ、弁慶並びにオートマタ軍はあと三十分で第六区全体を縁取る外壁に到達予定です。この不肖リカリーがオペレートさせて頂きます。アマゾニアを含む、こちらも百の軍勢で、アインツベルンの進軍を阻止してください。禮士殿、海御前殿、よろしくお願いいたします!」

「応さ。龍寿が帰還する前に、片を付けるつもりで!」

 

不安げな表情を浮かべるリカリーの頭をわしゃわしゃと撫でた後、禮士と海御前は指示された待機地点へ向かって行ったのだった。

 

バーサーカー武蔵坊弁慶の到達まであと五分を切る。

西側の平原地帯で敵襲を迎え撃たんと準備する禮士たち。三騎士クラスの英霊たちが集められ、一つの共同体を形成していた。

弁慶以外、意思の宿らぬオートマタであるならば、精鋭揃いの六区が負ける筈もない。問題はやはり、三狂官の一角、武蔵坊弁慶の実力であろう。オアシスという地に呼び出されようとも、この地が元々日本国であった以上、その知名度は抜群だ。オアシスで生まれ育った者全てが彼の名を習い、覚える。ここにいる英霊たちも、弁慶の名を知る人は数多い。中には尊敬の念を持つ者もいる。

 

「さて、どう戦ったものかね。」

 

禮士は右手の甲に浮かぶ三画の印を眺めた。その形状は歪、それでいて芸術的。禮士自身を表しているようだが、彼は未だピンと来ていない。

彼は続いて、自らのサーヴァントである海御前を見つめた。改めて確認しても、やはりとてつもなく美少女である。日本の大妖怪、河童であるが、その姿かたちは人間そのものである。頭の上に皿が乗っているというのも、物語の中だけのようだ。本来、水中戦こそ彼女の真骨頂であるが、戦闘の舞台となるのは緑豊かな田園地区。海の方角まで追い詰められれば勝機はあるが、そう上手くはいかないだろう。

外壁の方を見つめる彼女の目は吊り上がっていた。夫である教経のライバルと言えば、源義経。弁慶はその家臣である。言わばこれは代理戦争だ。だが彼女も、そして禮士自身も、その実力差は理解していた。当たり前ながら、海御前が弁慶に勝てる道理はない。

少し離れた位置から見つめる禮士の視線を感じた彼女は、難しい顔をするマスターへ向け、ひらひらと手を振った。それに気づいた禮士も、慌てて手を振り返す。海御前は禮士の前でのみ、聖母のような温かな笑みを浮かべていた。

 

「なに殺し合いの直前にボーイミーツガールしてくれちゃってんだよ。」

 

低い、獣のような声で禮士に呼びかけたのは、たった今駆けつけた、セイバーのサーヴァント『アマゾニア』である。ブロンドのセミロングに小麦色の露出した肌、何より浮き上がった圧倒的筋肉に、禮士は目を奪われる。ファーストコンタクトの感想は、とにかくデカいということだった。禮士の身長も百八十はあるが、この女剣闘士は二メートル近くある。見下ろされる感覚は、中々味わうことが無い。

 

「えっと、君がアマゾニア…?」

「そうだ、アタシこそ最強の剣闘士、アマゾニアだ。軟弱な奴ばかりだが、前線に立つ男が一番貧弱そうだとは夢にも思わなかったぜ。お前、アタシの指揮官としてちゃんと務まるのかよ。」

「まぁそれは互いの信頼があってこそだが…」

「信頼だァ?ある訳ねーだろデコスケが。アタシが暴れるから、お前らはそのサポートに徹しろよ。それで勝てるんだから。」

「そう易々と攻略できるほど、武蔵坊弁慶は甘くないと思うぞ。」

 

密着する程の距離で禮士に詰め寄るアマゾニア。それを氷のような目で睨む海御前。禮士は思わず溜息をこぼした。

 

「ちなみにアマゾニア、君の持つ宝具を先に確認しておきたい。データ上には表記が無かったからな。」

「ねぇよ。」

「は?」

「んなもんはねぇ。アタシの絶技はこの鉄壁の筋肉だ。それ以上に何が必要だよ?」

 

禮士は思わずポカンとした表情を浮かべる。本当に大丈夫だろうかと、彼は胃の痛みに苦しむことになるのだ。

アマゾニアは禮士の元を離れ、外壁の傍まで歩みを進めた。対して、海御前は禮士の元に駆け寄って来る。

 

「禮士さま、あの筋肉ガサツ女に何かされませんでしたか?親し気にお話しされていたので、何か弱みでも握られてしまったのではないかと。禮士さまはもっと女の子らしい身体が好きですよね?ね?」

「あまたん、一時的とはいえチームだから、仲良くね。」

 

刹那、彼らのもとにリカリーからの通信が入る。敵軍が第六区の西側外壁、禮士達の目前まで到達したようだ。壁は並のサーヴァントでは突破できない仕様であるが、弁慶はいとも容易く穴を開けるだろう。

禮士は即座に離れた位置に移動する。代わりに、海御前は第六区の先鋭たちの前に躍り出、持ち前の長槍を構えた。

 

〈武蔵坊弁慶含むアインツベルン軍の侵入まで、あと七秒!〉

 

リカリーのカウントダウンが開始する。禮士は右手の甲を左手で抑えながら、ぐっと唾を飲み込んだ。

 

〈五…四…三…二…一……!来ます!〉

 

第六区隅々まで届くような轟音が鳴り響く。円形にくり抜かれた外壁が空へ射出され、外側から屈強な男が姿を見せた。

 

「武蔵坊……弁慶!」

 

禮士の全身に悪寒が走る。僧侶の姿をしているが、男は誰がどう見ても武人の佇まいである。弁慶と言えば、様々な武具を極めた修羅の如き逸話が有名だが、いま相対している男は、その手に何も所持していない。

ただの腕力で、何十層にもなる外壁を切り取ったのだ。

 

「オラァァアアアアアアアアアア!」

 

猛獣のような野性味あふれる雄叫びをあげたのはアマゾニア。彼女は切るというより殴ることに特化した剣闘士の短剣を携え、生身の弁慶に飛び掛かった。

アマゾニアが弁慶の間合いに詰め寄ったのはわずか一秒にも満たない時間。剣闘士の脚力はチーターの走力に匹敵する。弁慶の後ろに続くオートマタ部隊など気にも留めずに、敵軍大将の心臓を我先にと取りに行く。アマゾニアは弁慶の足を蹴り、それを踏み台に飛び上がる。彼女の凶器ともいえる自慢の右足で弁慶の顔面をクリーンヒット。顔のパーツが激しく歪む大打撃に、弁慶は崩れ落ちた。

 

「シャイニングウィザード…生で見たのは初めて…」

 

禮士はまるでプロレスを見ているかのように、彼女の美しい肉弾戦を観察した。

だが弁慶は一切言葉を発さないままに立ち上がる。拳と短剣を用いたアマゾニアのジャブを軽々といなし、彼女の腹筋めがけて渾身の右ストレートを放つ。

通常、アマゾニアの露出した腹筋にパンチしようものなら、攻撃した方が痛手を負うのが当たり前であった。それ程までに鍛えられた筋肉は強固で、騎士の鎧すら悠々と凌駕する。だからこそ、アマゾニアは敢えて弁慶の攻撃を避けない。一秒先の未来で、弁慶の右手が粉砕骨折している、筈だった。

 

「がっ…?」

 

アマゾニアは一瞬、彼女自身の身に何が起きているのか理解できなかった。すぐに飛び込んできた事実は二つ、痛いという事、そして自分の口から血が飛び出しているという事。彼女は訳も分からぬままに、後方へ吹き飛ばされた。

 

「アマゾニア!?」

 

後ろに聳え立つ高級マンションの三十階まで飛ばされた彼女は、ようやく自らの身に起きたことを知る。彼女の内の骨が折られていた。たった一撃で、粉々に。

 

「おいおい、マジかよ。アタシがせり負けた。」

 

全身に走る耐えがたき痛みより、目の前の敵に対する尊敬が勝る。剣闘士として、彼女は屈辱の感情に支配された。身体から力が抜けると、そのまま三十階の高さから地面に落ちていく。

彼女の安否を確認したい禮士だったが、弁慶はその隙も与えない。後ろから現れたオートマタ部隊と、六区サーヴァント達の戦いが始まった。弁慶は無言のまま、次の標的を見定める。その白く濁った目は、矛先を向ける海御前を捉えた。

 

「貴殿もまた源氏なれば、此方は怨の刃でその首を必ず落とす!」

 

海御前はアマゾニアの短時間の戦闘を元に、長槍を用いたテクニカルな戦いを披露する。武器を持たない理由は不明だが、舐められているとしたら好都合。距離を取りながら、瞬足の槍さばきを繰り出す。その一手一手が明確な殺意。彼女の怒りを込めた一撃は、ただの一度でも当たれば弁慶に致命傷を与えられる。

だが弁慶自身もそのことには気付いている。目の前の女の正体は知る由も無いが、その殺意の波動が先程のアマゾニアとは比べ物にならないことは、醸し出すオーラから判別できていた。弁慶の怪力で槍を折ることは叶わずとも、全ての連撃を拳だけで叩き返した。

 

「くそっ…!」

 

海御前は一度距離を取る。そこに、先程数キロ先まで殴り飛ばされた筈のアマゾニアも駆けつけた。禮士は彼女の霊基を心配したが、まだまだピンピンしている。リカリーを通して、彼女の傷を癒す術式を展開した。弁慶はこの間、茫然と六区中央の巨大シェルターの方を眺めていた。

 

「舐めてやがるな、クソ坊主。」

 

怒りに震えるアマゾニアを禮士は一度制止させる。弁慶を打ち取るには、アマゾニアと海御前の連携は必須であった。今はこちらのカードをなるべく隠し、動向を窺うべきである。弁慶はこと戦闘において、バーサーカーとは思えぬほどに古兵だ。彼の逸話、九百九十九の略奪した武具の一つも見えていない以上、派手に動いて、限界を知られることは悪手であると判断する。

 

「リカリー、データは取れそうか?」

 

禮士はリカリーとの通信を試みるが、彼の言葉が届いていない。リカリーは今なお画面を前にオペレートしている筈なのに、何かアクシデントが発生したのだろうか。

否、リカリーは確かにオペレーションルームで戦いを見守っていた。だが、今起きている事実に、開いた口が塞がらぬ状況であった。とても冷静にはいられない、半ば絶望という感情に支配されている。

 

「リカリー、どうした…」

 

禮士はリカリーの息を呑む音を聞いていた。彼の意思は、どこか別のものに集中しているようだ。

リカリーの過呼吸にも似た荒い息使いを不審に感じ、禮士は改めて状況を確認する。すると、どうだろう。つい数十秒前にはあり得ぬと切り捨てていた悪夢が、目の前に広がっているでは無いか。

アマゾニアも、海御前も、禮士やリカリーと同じことに気が付く。それは武蔵坊弁慶への注力が起こしてしまった最悪の失敗。

そう、第六区の先鋭たち、その半分以上が、オートマタの大群に殺されていたのだ。

呆気に取られていた禮士はすぐさま、切り替えるように頭を振った。海御前へ指示を下し、アンドロイド部隊の方へ走らせる。

 

「おい、仮にも英霊があんな歯車とオイルの塊に簡単に殺されちまうなんてこと、あるのかよ?」

 

アマゾニアの疑問は至極真っ当である。リカリーもその何故の部分には気が付いていない。この場で禮士と海御前だけが、その理由を解き明かしていた。

 

「オートマタそれぞれの個体が所持している武器、あれは武蔵坊弁慶の逸話の物だ。」

 

禮士の一言にハッとしたリカリーは、急ぎ分析を再開する。

 

「待て、アレか?弁慶は九百九十九の武器を奪い取ったってヤツ。だがそれを借りているだけであんな……」

 

〈解析が完了しました。とんでもない事実です。心して聞いて下さい。〉

 

リカリーの通信に耳を傾ける。禮士の手は少しばかり震えていた。

 

〈弁慶の逸話、九百九十九の武具は通常、他のサーヴァントには使いこなせません。弁慶だからこそ、のものです。だが、予め弁慶の個々の武器の用途をプログラムされたオートマタであれば、ヒトのように癖が無く、的確に使用できます。何故アインツベルンがサーヴァントの大群では無く、オートマタを引き連れたのか、やっと理由が判明しました。〉

 

「おい、つまりどういうことだよ。」

 

〈………あのオートマタ、一人一人がミニマムな武蔵坊弁慶です。〉

 

「まじか…」

 

口をポカンと開けたままのアマゾニアを尻目に、海御前はその槍を豪快に振るい、オートマタを薙ぎ倒していた。既に十体ほどは機能停止に追い込んでいるが、それ以外は全くの無傷である。対して彼女は、剣や弓、槍にチェーンアレイなど、多種多様な弁慶武具を用いた連携攻撃を何度もその身に浴び、全身から血を噴き出していた。一人一人が一級サーヴァント並みの実力を有する為、傷を恐れていては満足に槍を振るうことも出来ない。結果、大将弁慶を消滅させる以前に、彼女は窮地に立たされていた。

通信上での、リカリーの制止を振り切って、アマゾニアが彼女の目前に現れ出た。その短剣を機械の脳天目がけて撃ち落としながら、海御前を守るように、その拳を振り続ける。もし今、一人佇んでいる弁慶が戦闘を再開すれば、この二人のみならず、残った第六区の勇士たちも、禮士でさえもジエンドである。アマゾニアが海御前に加勢するのは、一種の賭けであった。

 

「おい、デカ乳女!てめぇは一旦離脱しろ。マスターの元へ戻って、治癒でも何でも受けやがれ。クソ坊主が立ったまま寝ている今がチャンスだ。この絡繰どもはアタシに任せとけ!」

 

その拳をオートマタのコントロールブレインに叩き付けながら、海御前の為に道を作ってやる。野蛮そうに見えて、その実、動きは細やかだ。言う事を聞かない肉食獣という偏見は捨て去らなければならない、と海御前は認識を改めた。

 

「禮士…さま。」

「あまたん、大丈夫か?」

「はい、全て掠り傷です。まだ此方の中の『水』は一滴も漏れていませんから。」

 

禮士は治癒魔術で海御前の傷を癒した。その間も、アマゾニアは生き残った勇士たちを束ね、ひたすらにオートマタ軍を刈り取っている。流石は剣闘士、そのパワフルな戦闘スタイルは、味方にすると非常に頼もしい。彼女の鋭い蹴りは、次々と機兵の炉心部位を貫いていった。

そしてアマゾニアが三十人目のオートマタを殺した時、先程まで電源が落ちたように静かだった弁慶が重い腰をあげた。オイルに塗れたアマゾニアに目標を定めると、ここで初めて言葉を発した。

―言葉といっても、それは凡そ意思疎通の測れないものではあったが。

 

「きょうのごじょうのはしのうえ」

「あ?」

「だいのおとこのべんけいは」

 

弁慶はどこからともなく取り出した薙刀を所持すると、一歩一歩、アマゾニアの方へ歩いて行く。

アマゾニアも、禮士もまた、弁慶の異様な狂気に唖然とする。

弁慶は、一人歌っていたのだ。

 

「てめぇ、舐めているのか?」

 

アマゾニアの目が血走る。禮士はいち早く危険を察知し、海御前にスキルを使用するよう命じる。彼女の内側から絞り出した水球を、敢えてアマゾニアへ向け射出した。

 

「ながいなぎなたふりあげて うしわかめがけてきりかかる」

「歌ってんじゃねぇよ!クソ坊主!」

 

短剣の柄が折れるほど強く握りしめたアマゾニアは、弁慶の振り上げた薙刀を交わし、懐へ入り込もうとした。

だが、既に殺した筈のオートマタの残骸が、怨念を抱いているが如く、彼女の足に絡みつく。

弁慶の振り下ろした刃はアマゾニアの鋼の筋肉を斜めに引き裂いた。その衝撃は、先程の右ストレートとは比べ物にならない。辺り一面全てを吹き飛ばす嵐を巻き起こし、味方である筈のオートマタすら外壁まで吹き飛ばされた。

アマゾニアはその一瞬で、自らが命を落としたと悟った。英霊に昇華される前、まだ彼女が人間として生きていた頃を不意に思い出す。剣闘士として祭り上げられる前、性奴隷として男どもに飼われていた。繋がれた鎖、暗く湿った部屋、身体に虫が這う不快感、雇い主の趣味により、彼女は何百人の男を相手にした。一日で五十人余りに犯されたこともあった。満足な食事も与えられず、身体は痩せこけ、最後には、女性としての価値すら無いものとして、闘技場へ放り込まれた。

アマゾニアはその後、屈強な男や獣たちと血みどろの戦いに身を投じることとなった。多少の戦闘経験はあれど、相手は体格において叶わない野生の怪物たち。負ければ死ぬという状況で、彼女は持てる全てを戦闘へ持ち込んだ。肌を露出させれば男はたじろぐ、甘い声を出せば男は寄り添ってくれる。卑怯なのは知っている、だが、生きる為だ。彼女は男の弱点を知っていたが故に、そこだけをターゲットに勝利を収めてきた。下腹部を食い千切る様から、次第にアマゾニアそのものが獣と称されるようになった。

そして、彼女は同じように男社会で勝ち抜いてきた剣闘士『アキリア』と出会う。闘技場で相対した時、互いに生き様を認め合った。アマゾニアとアキリアは種族も違えば、肌の色も違う、所詮は敵同士である。己の拳が血と臓器で塗れる感覚を好きになることは決して無かったが、生まれて初めて彼女らは、戦いを大いに楽しんだのだ。正しく、彼女らは好敵手。互いが互いを美しいと思い合った。

勝利したのがどちらであったか、アマゾニアはそのことを良く覚えていない。恐らくアキリアもそうだろう。それどころか、その後の人生も、記憶から消えていた。二人とも、結果として誰かも知らない男に殺されたのは違いないだろう。

 

「アキリア……すまねぇ。」

 

アマゾニアの走馬灯は静かに終わりを告げ、彼女は膝を折った。内から零れ出る赤い血が、彼女の死を明確なものとする……?

 

「……あれ、アタシ死んでねぇ!」

 

アマゾニアの全身は、水球のバリアで守られていた。身体を流れていたのはただの水である。斬られた衝撃はあったが、彼女は無傷。走馬灯は、只の思い込みであった。

 

「サンキュー、デカ乳女!助かったぜ。」

 

一時的に禮士の元へ戻ってきたアマゾニアは、馴れ馴れしく海御前の肩を叩く。

 

「…此方の水球は一度しか通用しないでしょう。弁慶はもう、その強度をその薙刀で確かめている。次は水を貫通した攻撃に転じることが予想されます。禮士さま…。」

 

海御前は不安そうな顔で禮士に声をかける。小手先の技は通用しないということについては、彼も彼女と同意見だ。

禮士は身に着けていた帽子を、改めて深く被り直した。彼の中で勝利への道筋を作り上げていく。

 

「弁慶の攻撃、一手一手が重く、そして強い。それは戦った二人は感じただろう。」

「アタシがあのバカでかいビルまでぶっ飛んだんだ。そりゃそうだろ。」

「だが、彼の攻撃は『速い』訳では無い。現に、俺たちがこうして悠々と作戦会議を立てられるぐらいには、奴は侵略して来ない。いや、もしかすると出来ないのかもしれないな。」

「禮士さま…出来ないとは?」

「オートマタ部隊が弁慶の武器を所持していることは確認済みだ。だがその一つ一つは、オアシスに現存するホンモノを使用したものじゃない。当然ながら、弁慶の魔力によって練り上げられたものだ。百の部隊なら、百の武器を同時に展開していることになる。」

〈……っ弁慶というリソースを活用した部隊ですか!〉

 

通信のリカリーも驚愕の声を発した。

 

「何故、オートマタ企業のアインツベルンが百の部隊で攻めてきたのか。無限にオートマタを編み出せるのに、敢えて百機に限定する必要は無い筈だ。その理由こそ、ここにあるんじゃないか?弁慶が貸し与えることの出来る武器の総量が、マックスで百だった。それ以上は、弁慶そのものが動かなくなってしまう、というね。」

〈周りのオートマタを壊せば壊す程、弁慶は本来の力を取り戻していくということですね。〉

「一手一手は恐ろしく重い。だが動きは鈍い。なら、戦い方の解答は出ているだろう。」

 

禮士はにやりと口角を上げた。アマゾニアの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

海御前は禮士の言う解答を、いち早く導き出した。マスターである禮士の考えが分かるようで、少し嬉しい気持ちとなる。

 

「牛若丸の歌、ですね!」

 

こうして、彼らの作戦は決行された。

残っている六区の先鋭達へ指示を下し、守りの陣形で、オートマタを生かしつつ、その進軍を食い止める型へ切り替える。禮士とリカリーはこちらに注力し、魔術によるバックアップをしていく。

対して、海御前とアマゾニアは二人、弁慶を相手にする。海御前の絞り出した水の塊を空中に散布し、二人が飛び移る為の足場にする。さながら、牛若丸と弁慶の伝説、五条大橋での戦いを再現するように。

魔術によるバックアップを受けた海御前と、脚力に自信のあるアマゾニアが、スピードという点に特化して、弁慶の周りを飛び回り、翻弄する。足場から足場へ、二人は人間では知覚できない程のスピードで走り続け、弁慶に僅かのダメージを与えていく。一つ一つは致命傷になり得ぬ掠り傷、だがそれも蓄積されれば話は変わる。弁慶は薙刀を振り下ろす際は、爆風で吹き飛ばされぬよう、更に天高く用意した足場へ飛び移った。そしてすかさず改めて足場を用意し、また同じ攻撃へ転じる。

 

「きょうのごじょうのはしのうえ」

 

改めて歌を口ずさみ始める不気味な弁慶。

 

「おいおい弁慶よぉ、自分が活躍している部分の歌詞しか歌わねぇのは、負けるのが怖いからか?」

 

アマゾニアの煽りも、狂気に支配された弁慶には届かない。海御前は、意思を持たぬ絡繰のような弁慶の姿を見て、心臓を掴まされる感覚に陥った。

 

「だいのおとこのべんけいは」

 

弁慶は身体が切り裂かれ、削ぎ落ちていく肉を気にする様子もなく、ただ歌い続ける。

 

「ながいなぎなたふりあげて」

 

先程は歌詞の通りに、所持していた薙刀を振り被ったが、今は動く素振りを感じない。海御前はすぐさま、周りの状況を確認する。弁慶に小手先の技は通用しない。この状況をひっくり返す何かをしてくる筈だ。

 

「あまたん!上だ!」

 

離れた禮士が普段からは想像できない声量で叫ぶ。海御前は足場を飛び移りながら、頭上を確認した。

―そこには、いつの間にか用意されていた、弁慶の武器が無数浮かび上がっている。

 

「待て待て待て、クソ坊主、いつの間に!」

「一、十、百、駄目、数えきれない。もしかして貸し与えた百を除いた約九百本の武器!?」

 

次のフレーズが来たと同時に、これらの武器は一斉掃射される。そうなれば禮士も味方オートマタ諸共、全員がゲームオーバーだ。

 

「(あの宝具を…使えば…)」

 

海御前の切り札、それを用いれば、禮士たちだけでも守り通すことが出来るだろう。だが、それは、禮士との別れを意味している。

 

「っ…」

 

海御前に迷いはない、筈だった。だが愛しき人の顔が頭にへばり付いて離れない。その身が妖怪のものだとしても、心はうら若き乙女であった。この一瞬の迷走が命取りだという事も、正しく理解していた筈なのに。

 

「デカ乳女!てめぇは上の足場で、弁慶を倒す必殺技の準備でもしていろ!アタシがこいつを何とかしてやる!」

「な、何とかって、え?」

「剣闘士舐めんなよ!」

 

アマゾニアが野太い獣の声を張り上げると、空に用意された無数の太刀は、その矛先を彼女に向けた。それは彼女が剣闘士であるが故に所持していたスキルである。

 

「一対一の戦いに持ち込むスキルか!敵意を全てアマゾニアが請け負ったんだな。」

 

禮士が確認したアマゾニアにデータに記載されていた、剣闘士ならではの能力。敵の攻撃の対象を彼女一人に絞ることで、海御前はがら空きとなった弁慶に宝具を叩き込むことが出来る。

だが、それは、アマゾニアの死を意味していた。

 

「心配いらねぇよ。」

 

遠く離れた禮士の思考を読み取るように、アマゾニアは笑いかける。

 

「弁慶が自ら手に持った武器なら、確かにアタシでも無理だろうな。だけど、これは只の魔力による一斉投射だ。どれだけ鋭利であろうが、そこには人の熱は宿っていない。ならアタシの筋肉で、この拳で、全て跳ね除けられるさ。」

 

禮士は分かっている。それは只の強がりだ。数十なら兎も角、九百の武器を一人で相手するのは無謀な話。だが、自ら名乗り出て、勝利への道を示そうとする彼女の真っ直ぐな意志は、誰にも止められないだろう。

 

「リカリー、アマゾニアは遠坂組が召喚したサーヴァントだろう?ならいま、遠坂が抱えている令呪、出来るだけ全部をアマゾニアに注ぎ込んでくれ。彼女が九百の武器を壊せるように、急いでくれ!」

 

禮士はリカリーに呼びかける。彼に言われるまでも無く、リカリーは既にその準備を整えていた。

 

〈令呪を以て、第六区の守護者アマゾニアに命ずる!その鉄の身体で、千の切先を叩き割れ!〉

 

「うしわかめがけてきりかかる」

 

弁慶の歌と同時に、空に浮かぶ無数の武器が一斉掃射される。アマゾニアは空を見上げながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「穢されようが、傷つこうが、剣闘士の誇りは折れたりしねぇ!」

 

彼女に注がれる膨大な魔力は渦となり、やがて翼のようにはためいた。

アマゾニアは目にも留まらぬ早業で、その一本一本を確実に墜としていく。

弁慶の動きは、射出している間、完全に停止する。海御前はアマゾニアの雄姿を見届けながら、弁慶を殺すための絶技の詠唱を開始した。

 

「皿を満たすは源(みなもと)の朱

 怨の積もらば覆水返らず」

 

海御前の身体は青く輝き、外壁の更に外側より、海水が渦となって空を飛んだ。遠坂組オペレーションルームからそれを見たリカリーは、後に「青龍のようだった」と呟いた。

アマゾニアは十数本の太刀を取りこぼし、身体の至る所を抉られながらも、その一斉射出に耐え抜いてみせた。今度はこっちの番だと言わんばかりに、天女のような海御前を眺めては笑った。

 

「此れ称するに『弾丸雨注(だんがんうちゅう)』!」

 

西外壁へ向け、せりあがった洪水は、弁慶目がけて落ちてゆく。その一滴が肉を貫く針のように、百ミリの雨が降り注いだ。

 

「針千本、飲ます♡」

 

海御前は口元に指先を立てながら、怪しく笑ってみせる。彼女の宝具は、がら空きだった弁慶の霊基を跡形も残らず壊し続けた。

その雨はオートマタ部隊をも同時に破壊する。アマゾニアと海御前の連携は、アインツベルン三狂官の一角を見事倒してみせた。

 

「おい、デカ乳。お前こんなすげぇ技があるなら最初から使えよな。」

「無理。源氏への怨念を溜めに溜めないと使えないの。」

「そうか……って、お前、水で濡れて着物が透けているじゃねぇか。その、見えているぞ!早く隠せよ!」

「ふふ、アマゾニアは意外とピュアなのね。」

 

赤面するアマゾニアを茶化す海御前、意外にも仲良く出来るかもしれない、そう禮士は感じたのだった。

 

〈お疲れ様でした。三狂官を倒すなんて、流石は禮士殿。気を付けて戻ってきてください。〉

 

リカリーの通信が入り、三人と、生き残った六区のサーヴァント三十余りが、遠坂組本部へ向かう。

リカリーは弁慶の霊基の消失を確認し、異常が無いことを確認すると、大きく伸びをする。他の遠坂組社員も、安堵からか、机に突っ伏したり、軽い談笑タイムに突入していた。

だが禮士は一人、難しい顔を浮かべたままであった。

 

「いかがなさいましたか、禮士さま。」

「いや、結局わざわざ三狂官で攻めてきた意味は、何だったんだろうな、と。」

 

右手で顎髭を擦りながら考える。だがリカリーはオペレーションルームで魔力の機微を管理している。何か異常があれば察知するはずだ。

 

「ん…?」

 

疑問の声を漏らしたのは禮士では無く、アマゾニアだった。

 

「アマゾニア?」

「アタシの中に流れる血が騒いでいる。剣闘士は人間とは比べ物にならねぇほど感度が高いんだ。命のやり取りが日常だからな。」

「先程の戦いで疼いているのか?」

「それもあるが、そうじゃねぇ。膨大な令呪のバックアップがあったときはそっちに気を取られていたけど、張り詰めるような感覚は戦闘中も感じていたんだ。」

 

禮士は改めて考え込む。

 

―令呪のバックアップで、遠坂の管理する魔力がアマゾニアに移動した……大規模な魔力の移動……

 

「まさか…っ!」

 

禮士はリカリーへすぐさま通信を入れる。

 

「リカリー、令呪の使用の際、遠坂のものとは異なる魔力移動が無かったか?」

〈魔力移動…ですか。………ある、あります、これは、遠坂のブレインサーバー!?〉

「リカリー達は魔力の計測を常に行っていたが、令呪のバックアップ、それも一画や二画なんて話じゃない、それを行う際、そちらに気を取られ過ぎていたんだ。大規模な魔力移動、誰だってそっちに注視するさ。まずいぞ、ブレインサーバーに敵サーヴァントが侵入している!」

「おい、それって!」

「アキリアが危ない!」

 

遠坂組総本山、ブレインサーバーにて。

果ての無い領域、固有結界内にて、鎖で吊るされたアキリアの霊基は消滅の危機を迎えていた。

超古代遺跡から、真っ直ぐに天高く伸びた巨大コンピュータは、その空間の異常さを物語っていた。

 

「まさか『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』を五分にも渡って耐え抜く者がいようとは。剣闘士とは耐久性に優れているのだな。」

 

アキリアは全身の筋肉が破裂してもなお、野生の目を失っていなかった。目の前に立つ妖艶な黒の女を精一杯睨み続ける。

 

「お前も、三狂官……か。」

「貴様らがそう言うならば、そうなのだろう。我が名は『ロウヒ』。北方の国ポポヨラの女帝である。我が手ずから殺してやるのだ。光栄に思うがよい。」

「剣闘士は生きる為に戦うのだ。死を誇ることは決して無い!」

「そうか。」

 

ロウヒは無限鋳造機「サンポ」で生み出された剣でアキリアの身体を半分に裂いた。豆腐を縦に割るように、いとも簡単に。

アキリアの上半身は転がっていく。末恐ろしいことに、仮受肉状態でありながら、まだ英霊として生存している。戦闘続行スキルでもここまで息を続けることは出来ないだろう。これが剣闘士の意地汚さかとロウヒは呆れかえった。

 

「弁慶も亡き今、早く遠坂の情報を持ち帰れねば、マスターが困ってしまう。いい加減死んではくれまいだろうか。」

 

どちらにせよ、ロウヒが固有結界を展開している以上、外から侵入することは出来ない。アキリアさえ殺せば、遠坂の全てがアインツベルンのものとなる。ロウヒの勝利は揺るがない。

 

「手間をかけさせるな、三流が。」

 

ロウヒが転がり落ちたアキリアの身体に剣を突き刺そうとする。これで終わりだと、ロウヒも、アキリアも結論付けた。

 

だが、決して起こる筈の無い、想定外の事態がロウヒに襲い掛かる。

 

彼女の振り下ろした剣は、何者かの槍で防がれた。

ロウヒは目を丸くする。彼女の固有結界に入れる者など存在しない。

 

―たった一人を除いては。

 

「災害の…ランサー?」

 

ロウヒの剣を弾いたのは、彼女の計算外の勢力。第六区の守り人、焔毒のブリュンヒルデ。

彼女はロウヒの固有結界を無理矢理こじ開け、内部から焼き尽くす。

 

「何故、災害がここにいる!?」

「………………………………………………………………熱(さむ)い」

 

ロウヒは身の危険を感じ飛び退いた。そして無限鋳造機サンポが彼女の炎で燃やされていることに気付く。

 

「馬鹿な、有り得ない。この世界は我の絶対勝利を保証している。災害、貴様はどうやって…」

 

そしてロウヒは気が付いた。焔毒のブリュンヒルデが燃やしているのは、魔力そのものだということに。

サーヴァントという枠組みを根本から崩しかねない事象、災害のランサーは、魔力そのものを消滅させることが出来る。

それは人間から酸素を奪うことに変わりない。英霊の命そのものが、災害に管理されている。

 

「無茶苦茶な……」

 

そしてその炎は、ロウヒの肉体にも燃え移る。その火を消すことは決して叶わない。焔毒とはつまり、相手を消し炭にするまで、永遠に燃え続けるまさに「毒」。この瞬間、ロウヒの死は確定する。

 

「流石だな、災害。」

 

ロウヒは燃え続けるサンポをフルに稼働させ、聖水を鋳造した。彼女は描いた理想を具現化できる。まだサンポが燃え尽きていないのなら、勝ち筋は残されている。ロウヒは全身に聖水を浴びて、災害のランサーの炎を消すことに成功した。左手一本が消し飛んだだけで済んだのは、幸いと言えるだろう。

ロウヒは宝具の使用を解除する。燃える世界は彼方へ消え、二人と、アキリアの遺体だけがブレインサーバーに帰って来た。

 

「我は退く。その前に答えよ、災害のランサー、貴様は何故遠坂に肩入れした。」

「…………………優しい人が…………困りますから。」

 

ブレインサーバーに向け走って来る音が聞こえる。遠坂組が異常に気付いたようだ。ロウヒは自らの影に吸い込まれるように溶け落ちた。

 

数十分後、禮士達はブレインサーバーに到着する。アマゾニアが真っ先に飛び込むと、そこには遠坂組関係者と、半分に砕かれたオートマタの残骸だけが存在していた。

 

「あ……アキリア…………」

 

海御前は目を伏せた。禮士は深く帽子を被り直す。

アマゾニアは涙を流すことも無く、彼女の好敵手の奮闘を想像して、両手を爪が食い込むほど強く握りしめていた。

そして災害のランサーの姿は既にそこにはいなかった。彼女に助けられたことを知る者は、誰一人いない。

 

遠坂邸を後にした禮士と海御前は、和歌山駅の方まで戻ってくる。

豪快に飛ばしてきた赤の高級車が彼らの前に停まり、中から彼の友人が青い顔をして現れる。

 

「禮士…っ…」

「お帰り、龍寿。思ったより早かったじゃないか。」

「状況は聞いているよ。アキリアは僕が殺したようなものだ。僕が離れた地に出張していたばかりにこんな……君たちが無事で本当に良かったよ。」

 

龍寿に続いて車から現れたのは、彼のサーヴァントである平教経である。高級車には収まり切らぬほどの巨漢に、禮士はアマゾニアを思い浮かべた(アマゾニアはそれでいて女性である)。

物珍しそうに見上げる禮士に対して、隣に立っていた海御前がずかずかと教経に近付いていき、その手を伸ばして彼の頬を引っぱたいた。

 

「お…おい、あまたん!?」

「この役立たず!」

 

海御前は目に涙を溜めていた。龍寿は慌てて弁解する。

 

「海御前、教経は悪くない。彼は僕の元を離れると、今度は僕自身がアインツベルンに狙われるかもしれないから、傍に残ってくれたんだ。攻めるなら僕を、叩くなら僕の顔にしてくれ。」

「いいのだ、マスター。」

 

教経は真っ直ぐに海御前を見つめた。妖怪として生まれ変わる前とはかなり容姿は異なっているが、その勝気な目だけは全く同じであった。

 

「海御前殿。遠坂の皆を救ってくれたこと、狂気に囚われた我が好敵手、弁慶を救ってくれたこと、敬意を表する。」

 

教経は元妻に対して跪く。生前では有り得ぬ行動だが、教経は彼女を一人の武士として尊敬していた。

 

「お前みたいなゴリラに恋愛感情は無い。此方は禮士さまという新たな主人に恋焦がれている。そのこと覚えておきなさい。」

「おっ…おい、あまたん!」

 

血の気の引いた禮士の腕に自慢の豊乳を押し付けると、無理矢理に龍寿たちから離れ歩き出した。

 

「あまたん、俺は龍寿と話すことが…」

「禮士さま、此方は先程の戦闘で激しく疲弊しています。ご褒美に第六区内をデートしましょう。いざデートです。レッツデート!」

「何でそうなる!」

 

禮士は海御前に引っ張られつつ、振り返る。龍寿にまた後でとアイコンタクトを送った。教経はどこか呆れた顔を浮かべている。

 

「だぁああああ!もう!分かった、デートしよう!今からデートだ!」

 

二人の背中を見送りながら、教経は小さく「有難う」と呟いたのだった。

 

 

開発都市第一区アインツベルンカンパニー楼閣にて。

居間で寝転びながらアーカイブを確認するミヤビの元へ、片腕の消失したロウヒが現れた。

 

「手痛くやられたようじゃな、ロウヒ。」

「災害の介入は計算外だった。」

「よいよい。おかげで焔毒のブリュンヒルデの能力も知れた。一石二鳥じゃ。お前が持ち帰った僅かばかりのデータも、中々に興味をそそられるものじゃぞ。」

 

ミヤビはデバイスを翳して、宙に大きく画面を表示させる。そこには過去に起きた、とある聖杯戦争の記録が記されていた。

 

「サハラの聖杯戦争。始まりの聖杯が生まれた地か。千年前の記録だが、これがどうした。」

「セイバーと、六の災害が誕生した聖杯戦争。そのマスターだった人物も徐々に判明しつつある。遠坂め、とんでもない事実を隠蔽しておったな。」

 

ロウヒは宙に浮かんだデータファイルを手動で開いた。すると、写真付きで、マスターであった人物が二人、大きく表示される。

 

「これは……」

 

一人は、本名、間桐 巧一朗。六の災害には属さなかった、セイバーのマスターである。

 

そしてもう一人、本名は、衛宮 禮士。災害のバーサーカーのマスターであった。

 

「何故、千年前に行われた戦争の当事者、それも人間が、このオアシスに存在しているんだ。」

「さぁな、それはおいおい、という奴じゃ。のう、貴様もそう思わんか。」

 

ミヤビは、ロウヒでは無い誰かに呼びかける。ロウヒが目を凝らすと、奥の部屋に何者かがいるようだ。

 

「マスター、誰かそこにいるのか。」

「ああ、貴様にはまだ紹介しておらんかったのう。竹の席は武蔵坊弁慶、梅の席はロウヒ、最後の松の席は?その答えじゃ。来い、ミヤビの最強臣下よ。」

 

ミヤビに呼ばれる形で、奥の部屋から大男が姿を見せた。ロウヒは焔毒のブリュンヒルデに出会った時のように、唖然と佇む他無かった。

 

「紹介しよう。災害のバーサーカー。真名を『后羿(こうげい)』。中国神話最強の神霊。九つの太陽を落とした神じゃ。」

 

                               【桃源郷寸話:『ステイルメイト』完】

 

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