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【桃源郷寸話:『ハングリーチキン』】
〈ジョンジョンジョン♪ジョンターキー♪ボイルドチキンはジョンターキー♪〉
何とも間の抜けたフレーズが幾度となく繰り返され、客の耳にこびり付いて離れない。子どもはチキンを握り締めながら軽快なサウンドに乗せて愛らしい歌声を披露する。
喧噪の店内で、ひと際目立つ三人組が一部の男性客から注目を集めていた。一人は白銀の髪が艶やかな美少女、一人はファンシーとも奇怪とも取れるパーカーに身を包む学生服の少女、最後に、くたびれたスーツの冴えない男。ハーレムのように見えて、その実、アイドルとそのマネージャーという関係性がぴったりくる絵面だと誰もが邪推し、何なら男の苦労を勝手に想像して哀れんですらいた。
だが実際のところ、彼女らはアイドルでも芸能人でも無い。男は、マネージャーでは無いが、二人の美少女に振り回されているという点において、あながち間違いではないかもしれない。
「巧一朗、運命とは時に残酷なものだ。」
白銀の少女、キャスターは溜息交じりにマスターたる巧一朗に声をかける。巧一朗はいつにも増して、活力を失っていた。
「コーイチロー、元気出して、ね!」
金髪のメンヘラメイクの少女、美頼もまた、巧一朗の頭を優しく撫で、彼を勇気づけようとする。巧一朗はか細い声で「おう」とだけ返事をした。普段クールな青年が、ここまで精神的に追い詰められているとは、中々見られない光景に二人は驚き呆れている。
彼らは今、人気ファーストフード店『ジョンターキーボイルドチキン』で昼食をとっている。セレクトしたのは他でもない巧一朗。彼はこの店の名物サイドメニュー、メイプルビスケットを注文する為だけに、混雑するお昼時に関わらずやって来た。鶏肉など二の次三の次。彼の脳内は糖分を過剰に欲していた……が。
「まさか完売しているなんて、な。ははは。」
そう、休日は親子連れがいっぱいだった!迂闊!お子様御用達の甘味が無くなるのも時間の問題であったのだ。
「メイプルの無いコーイチローは、もはやコーイチローじゃないよ。」
「全くだ。彼奴の血液も脳細胞もシロップ漬けされているというのに。」
「あれ、何気に二人とも俺のこと馬鹿にしてない?」
巧一朗は注文したポテトをケチャップにディップしながら、窓の外を物憂げに見つめていた。キャスターはデザートメニューのチーズケーキを頬張り、美頼はデバイスでコスメ情報を流し見している。今日はなんと珍しくも休館日。各々が生産性の無い休みを謳歌していた。
「この後、どうする?」
巧一朗は二人に話題を振る。彼としてはメイプルに逢えなかった今、外を出歩く意味がない。さっさと帰宅したい所である。そもそも元々の予定では、彼一人で昼食をとる筈だった。キャスターは何故か巧一朗に付き添い、それを知った美頼が追いかける形で合流したのだ。四区の繁華街を出歩くのは疲れる為遠慮したいが、二人がまだまだ遊ぶ予定ならば付き合うつもりではいた。
「私はコスショップに行こっかなー。コーイチローが好きなナース服を一緒に選ぶの!」
「……何でナース服限定?」
「私は第二区に向かおう。人間が死ぬ瞬間を、巧一朗と共に観察しながら、甘いミルクを飲むのが至高のひと時だ。」
「……悪趣味だな、おい、探偵だろ。と言うか何で俺も行く前提なの?」
互いに巧一朗と二人きりになろうとする少女は睨み合う。キャスターについては美頼をただ茶化したいだけなのかもしれない。巧一朗は二人の意向を無視し、帰り支度を済ませた。
「コーイチローはコスショップ行くよね?」
「巧一朗は第二区の血肉に飢えた匂いを嗅ぎに行くだろう?」
「俺は帰ってパイオニアハザードの続きやります。」
三人分の会計を済ませ、そそくさと店を去る巧一朗。女性陣は慌てて彼の背を追いかけたのだった。
第四区繁華街のはずれ、アングラなショップが数多く存在する区画にて。
怪しげなビルの怪しげなショップで、美頼のファッションショーが始まった。
審査するのは二人、不満げな顔のキャスターと、欠伸が止まらない巧一朗。
じゃんけんの結果、見事美頼の案が採用され、午後はコスプレ三昧と相成った。
更衣室でウキウキの美頼を呆けた表情で待つ二人。何故かキャスターまでも付き合わされ、混沌とした会になる。
「帰っていいか、巧一朗。」
「奇遇だな。一緒にパイオニアハザードやろうぜ。俺はイオン使うから。」
「待て、私だってイオンを使いたいぞ。しれっと取るんじゃない。」
二人の中身のない会話は宙に消えていく。文句を言いつつも、結局は美頼に付き合うのが二人の優しさである。
カーテンを全開にし、堂々と現れた美頼。ピンクのナース服は彼女のメイクに似合っていて、素直に可愛らしいと認められる。巧一朗としては、大きく露出した胸部の谷間は非常に目のやり場に困るものだった。所詮はコスプレ、職業服とは異なり、別用途であると言えよう。
「いいぞ美頼、百点満点、さぁ、さっさと買って帰ろう。」
「ねぇコーイチロー、どう?可愛い?」
「おい、私は無視か小娘。」
「あぁ、まぁ、その、いいんじゃないか?」
巧一朗が目線を逸らしていることに、ふくれ顔になる美頼。彼の正面にずいと躍り出ると、惜しげなく露出した肌を接触させようとする。
「やめろ、やめろ、暴力反対。」
「何が暴力か!ヤりたいかヤりたくないか正直に答えなさい!」
「物騒な二択をぶつけてくるな。」
正直な所、巧一朗は美頼の姿を綺麗だと感じていた。が、かつて好きになった女の顔を思い浮かべると、冷静さを取り戻すのもまた事実。特に隣にいるキャスターの造詣が彼の愛した女に瓜二つであるから、余計にクールダウンする。惚れた彼女はもういないけれど、その恋を忘れていないのが現在の巧一朗である。
「むぅ、反応が悪いですなぁ。では続いてのナースに行きましょう。」
「だから何でナース限定なんだよ。」
巧一朗の至極真っ当な疑問は回答を得られぬまま放置される。鼻歌交じりに更衣室へ戻った美頼の背を眠たい目で見つめていた。
「巧一朗、美頼の雰囲気が以前までとは少し違うと思わないか?」
「一緒だろ。」
「……君は女心を理解していないようだな。」
「何でだよ。」
お前に言われたくないと言わんばかりに、じっとりとした目をキャスターへ向ける。キャスターはいつもの悪人顔で巧一朗へ笑いかけた。
「と言うかキャスター、お前はそもそも女なのか?」
「全てを魅了する美貌と男の情欲を煽り立てるこのボディラインをもった私が、君には男に見えるかい?」
「造詣はな。俺が言っているのは中身だ。お前、妙におじさんっぽいんだよ。残念系美少女って奴か?」
彼の相棒として振舞う彼女だが、二人は正式な契約者では無い。巧一朗は、キャスターの能力も、宝具も、名前すらも知り得ない。そのクラスが破綻者(コラプスエゴ)であること、そして彼女が探偵を名乗っていることだけを覚えていた。それだけ知識として有していれば十分だと思っている。
「私のことが気になるかい?巧一朗。」
「別に。」
「釣れないなぁ。いつもなら真実に辿り着くまで優雅にティータイムを楽しむ私だが、今日は特別に教えてやってもいいぞ。私の『真名』を。」
「……それ、こんな怪しいコスプレショップでカミングアウトするものなのか?」
巧一朗は聞く耳を持たない。何故ならば、それすら嘘で塗り固めてくる可能性もあるからだ。まともに耳を貸して、彼女の破滅的な快楽志向に飲み込まれれば、それこそ御陀仏になり兼ねない。
「……私はコラプスエゴの霊基を以て現界したサーヴァントだ。召喚者は、そうだな、これは秘密にしておこう。自ら告げているように、私はしがない探偵さ。呼ばれるクラスは、当然キャスター、の筈だったが、それは失敗に終わったのさ。」
「はぁ。」
「失敗の理由は単純さ。召喚の目的が、オアシスという枠組みを崩す為、災害へのカウンターとして呼ばれたのだよ。だが、オアシス式召喚は私の召喚を拒んだ。人間への従属、これがオアシス式召喚における前提条件だからね。人を故意に殺そうとするものは、残念ながら歪な形に変容する。まぁそれも、色々とやり方次第ではあるけどね。本来であれば私の魂は霧散する筈だった。」
巧一朗はキャスターから聞いた、切り裂きジャックの違法召喚を思い出す。なるほど、やり方次第とはつまり、アインツベルン製のオートマタを使用しない召喚などがこれに当てはまるという事である。巧一朗は結局、彼女の話に関心を向け始めていた。
「言わば私の元の魂は幻霊、夢幻へと昇華されつつあったが、強力な魂が呼応するように現れ、私という存在を支える柱として機能してくれた。もう一つの抑止の理、オアシスという完成された都市への解答札だよ。そうして私は三つの英霊が宿った破綻者として成立したんだ。」
「……おい待て、今の話だと魂は二つしか出て来ていないぞ。」
「キャスターとして召喚される時点で、私は交じり合った存在だった。思えばあのとき既にその精神は壊れていたのかもしれない。つまりだね、巧一朗。私の真名は三つある。その一つが今更明らかになろうが、私にとっては些事なのだよ。」
キャスターはクツクツと笑った。巧一朗は今の話を信用するか少し考え、一旦置いておくことにした。嘘である、真実である、その確証がどちらも持てない。
「なぁ、キャスター、もしかしてお前の召喚者は…………」
巧一朗の口内は乾ききっていた。涼しい店内で、彼の額に何本もの汗が伝う。
彼がその名を口にしようとしたとき、更衣室から可憐な少女が飛び出てくる。
「どうでしょうか!コーイチロー!」
先程露出度の高いコスプレ感とは打って変わり、本業の看護師に極めて近い衣装で登場する。肌の露出はかなり減ったが、そのはちきれんばかりの胸がボタンを圧迫して苦しげであった。
巧一朗とキャスターは素直に「おー」と感嘆の声を漏らす。肌色成分が減ったが、見えなくなった分余計にエロティックになったような気がしないでもない。二人は先程のピンク衣装より、今の姿に高得点を出した。
「先程より可愛さが増したぞ美頼。素直に私も誉めてやろう。」
「どうコーイチロー?好き?」
「聞けよ小娘。」
「まぁ、さっきよりは良いかもな。」
「それってつまりラブ?それともラヴ?愛してる?一生お前を離さない?」
「……ライクだ。それ買って帰ろう。」
「いや、まだまだ続くよコーイチロー!次はメイド風ナースよ!」
「だから何でナース!?」
満面の笑みの美頼に対し、やれやれといった表情の巧一朗。キャスターの中に眠る一つの魂が、仲睦まじく見える二人の様子を捉え、激しく熱を発していたのだった。
三着のナース服をリュックサックに仕舞い込み、鼻歌混じりに店を後にする美頼。結局、彼女のファッションショーは一時間にも及び開催された。疲れた顔の二人が彼女の後に続く。
「じゃあ用事が終わったし、帰るか。」
巧一朗は背伸びをしつつ、自然な流れで解散を持ちかける。だが美頼は別の何かを注視し、彼の話を聞いていない素振りだった。
「ねぇねぇコーイチロー、あれって……」
美頼のカラフルなネイルが指さす方向、三人にとっては馴染み深い顔がある。博物館裏稼業のアルバイター、鶯谷鉄心が店看板の裏に隠れ、何やら誰かの尾行をしていた。青いくせ毛をヘアバンドで雑に固定し、外で勤務をしてきたかのような灰色のツナギに身を包んでいる。お洒落した若者が行き交うこの場所では異様な格好であった。
「鶯谷本舗の依頼でもこなしているんだろう。無視して帰ろうぜ。」
「おーい!ちゅんちゅん!」
「っておい!美頼!」
美頼は大声で手を振りながら鉄心の元へ駆けて行く。相変わらず破天荒な少女である。
鉄心は美頼達の存在に気付くと、焦った表情を浮かべながら、口元に指を一本立てた。やはり何者かをつけていたようだ。ターゲットに悟られてはいけないらしい。
「倉谷、お前は空気を読んでくれ。ほら、分かるだろ?」
「?」
「駄目だわ。巧一朗、こいつを連れ帰ってくれ。」
「悪いな鶯谷。俺に美頼専用コントローラーは常備されていない。」
「あ、お前!倉谷を押し付けて先に帰るつもりだな!後はヨロシクって顔を浮かべやがって!」
鉄心は巧一朗とキャスターの二人も道連れにすることに決定。まさかの大所帯での尾行大作戦が始まってしまった。
「で、ちゅんちゅんは誰を付けているの?なんでも屋の仕事?」
「鉄心、君は探偵を目指しているんだね。私の弟子になるかい?」
「一気に話しかけるな。…ったく、仕事じゃねぇよ。今日の鶯谷本舗は臨時休業だ。」
「え、お前趣味で人のことをつけ回しているのか?」
哀れむような、塵芥を見るような、そんな目で鉄心を見つめる巧一朗。あらぬ誤解を与えたようである。
「待て待て、引くな引くな。いま尾行しているのは、その、アーチャーだよ。」
「アーチャーというと、千夜一夜物語の英雄、アーメッドか?」
キャスターの問いかけに、鉄心はふるふると首を横に振った。
「確かに霊基そのものはアーメッドだが、今のあいつは、アーメッドの兄貴だ。名前はフセイン。空飛ぶ絨毯の持ち主さ。」
首を傾げる美頼。鉄心の言っていることが理解できないようだ。巧一朗が補足で説明を入れる。
「アラビアンナイトの、空飛ぶ絨毯のストーリーで主役を務める三兄弟、フセイン、アリ、アーメッド。その三人の魂が一人の英霊に昇華されたのが鉄心のサーヴァント、アーチャーだ。アーメッドが主人格ではあるが、アリやフセインも肉体に息づいているということだろう。」
「だがコラプスエゴでは無い。その性質が破綻していないからな。三兄弟は一心同体なのだろう。」
キャスターはアーメッドに強い興味を抱いているが、彼の危機回避能力によって、今まで嫌という程に避けられてきた。
「ちゅんちゅんは、アーチャーを見て、今どの人格なのかが分かるってこと?」
「長い付き合いだからな。基本的に三人はほぼ同一存在と見ていいだろう。特にアリとアーメッドは、殆ど差異が無いと言える。ただ一点だけ、彼らを判別する方法があるんだ。」
「それは…?」
息を呑む三人に鉄心は真顔で応える。
「女の趣味が、違う。」
何故かどや顔の鉄心と、呆れた顔を浮かべる美頼。
「物語では、それぞれ違う人物と結ばれていたよな。アーメッドはペリパヌーと、アリはヌーロニハルと、フセインは…作中では独り身だったけど。召喚された今も彼らは想い人を愛しているのか。」
「いや、巧一朗、確かに愛してはいる、いるんだが、彼女らは英霊の座に存在しない。あの三兄弟が第二の生で再びかつての想い人と添い遂げることは出来ないんだ。…だから、彼らは一度、諦めた。オアシスにおいて、新たな恋人を探すことにしたみたいだぜ。ほら、見てみろ。フセインが待ち合わせをしている相手だ!」
鉄心が指さす先、現代風の爽やかな格好をしたフセインの元に、可憐な女性が姿を現した。これから二人でデートするようだが、鉄心を含めた四人はその相手側に見覚えがあった。
第四区の有名なクリニックにて看護師を務める、男なら誰もが恋に落ちてしまう白衣の天使、ウォッチャーのクラスで召喚された真名『ナイチンゲール』である。
「え、あれって、ナイチン先生!?」
驚き声を張り上げてしまった美頼の口元を、慌てて鉄心が覆った。巧一朗も声には出さないが、ぽかんと口を開けたままにしている。第四区で彼女を知らぬ者などいない。そのプロポーションもさることながら、誰に対しても明るく優しい笑顔で、かつ献身的に接してくれる、天使のような存在。芸能人では無いが、その美貌に目を奪われるものは多い。
「ちゅんちゅんのアーチャーが、ナイチン先生と……確かに美男美女ではあるけど、でも!」
「妬みで恨まれて殺されても仕方が無いな、鶯谷。こればかりは擁護できん。」
「そうなんだよな。ナイチンゲールさん、美人だし乳もデカいし優しいし最高だけど、いかんせん目立つからな。鶯谷本舗の裏稼業的には反対せざるを得ない恋だ。だが、その恋を応援したいという気持ちもある。」
だが鉄心は当然知っている。兄弟の趣味はそれぞれ異なり、例えば、アリはシェヘラザードへ半ば崇拝のような恋心を向けている。アーメッドは意中の相手を探している最中だが、以前、衛宮禮士とそのサーヴァントであるランサーと交戦したときに、ランサー海御前のその強さに心惹かれていた様子だった。だからもしフセインの恋が実れば、身体を共有している弟たちの恋は報われぬ結果となる。それは他の兄妹の場合でも同じこと、彼ら三人全員が納得する答えは存在しないだろう。鉄心は髪をかき乱しながら、分かりやすく項垂れた。
そんなマスターである鉄心が尾行していることなど露も知らないフセインは、待ち合わせにやってきたナイチンゲールを見て、純朴な少年のように顔を赤らめていた。普段の戦闘服のような恰好とは打って変わり、清楚なロングスカートの姿に、彼は新鮮さを覚えた。仕事の時とは明確に異なり、オアシスの街行く女子のトレンドな、カジュアルブランドのメイクをばっちり決めている。より彼女の美しさが浮き彫りになり、フセインは緊張を隠し切れない様子であった。
「今日は、ありがとうございます、私の我儘に付き合って頂いて。」
「僕なんかで良ければ全然…さぁ、行きましょうか。」
身長の差が二十センチ程ある男女が、互いの顔を見つめ、柔らかな笑みを浮かべ合った。それは客観的に見ても理想的なカップルの佇まいである。だがフセインは決して彼女の手を取らない。あくまで片思いであると認識し、弁えている。弟たちであればもう少し情熱的なアプローチを嗾けたかもしれない。だが彼は好きな女性を前に紳士的な対応を取らざるを得なかった。自らの経験値不足を嫌が応にも感じている。
彼は隣を歩く美少女を見つめながら、彼女との出会いを思い出していた。と言っても、ドラマティックなものでは無い。鉄心が風邪を引いたとき、付き添いでクリニックを訪れただけ。大して会話が弾むこともないままに、フセインはナイチンゲールの慈愛に満ちた姿勢に心をときめかせた。生前も美しい女は数多く見てきた。だが、これほどの眩さを内包した者はいただろうか。ただ、ビジュアルが良いだけなら姫君たちもそうだった。だが、患者に寄り添い癒そうとする、その献身性は唯一無二の輝きだった。
そしてフセインは鶯谷本舗の仕事の合間を縫って、クリニックの手伝いをし始めた。退屈を持て余した子どもと遊び、高齢者の話し相手になり、雑務は積極的に請け負い続けた。医学の知識はあまり無かったが、患者の心の治療に一役買っていると誰もが認めている。最初はナイチンゲールと共に働けるという下心から始めたことでも、今を生きる人間たちの心に触れ続けた結果、彼女と同じくらいには、クリニックでの仕事が好きになっていた。
「…フセイン、どうしましたか?」
「あぁ、すみません。物思いに耽っておりました。…ナイチンゲール、貴方と共にクリニックで働き始めて三か月、その思い出を振り返っていたのです。」
「まだ三か月、でしたね。もう三年くらいは一緒にいたような錯覚に陥ります。院長も、スタッフの皆も、貴方がいてくれて良かったといつも話していますよ。出来れば、これからもいて欲しいと。」
「あの英霊嫌いの堅物院長が、ですか?ナイチンゲール以外は認めないと最初は豪語していましたのに。」
「院長は英霊が嫌いというより、専属従者という枠組みが苦手のようです。私はほら、自由に楽しくやっていますし、フセインもきっと。ふふ、勿論私も、貴方と一緒に働きたいと切に願っています。」
お茶目に笑うナイチンゲールに、フセインは何度も顔を赤らめる。思えば「空飛ぶ絨毯」は、恋と冒険の物語だ。何度生まれ変わろうと三兄弟は誰か愛しの君を見つけてはその心を震わせる。それが語り部の作りし千の夜の記録。彼らの生みの親がシェヘラザードであったのか、それとも他の誰かだったのかは定かではない。だが彼らは今、恋と冒険の英霊として、この世界の記憶に残されている。
二人は談笑しつつ、第四区のショッピングモールにてショッピングを楽しんだ。ナイチンゲールのお目当ては、子供服やおもちゃである。クリニックに通う子ども達へのプレゼントか。二人仲睦まじく選んでいる様子は、宛ら新婚夫婦のようであった。フセインが心の底から楽しんでいる姿を見て、鉄心はどこか安堵したような顔を浮かべている。
「ちゅんちゅん、にやけちゃって、どしたん?」
「やっぱりさ、魂の在り方は三者三様だとしても、『アーチャー』が恋している姿は、本当に生き生きしていて、いいなって。」
「ふぅん。まぁバーサーカー、あ、ロウヒね、彼女が花園に座っているときは、とても幸せそうで、私もそれを見るのは好きだよ。」
美頼と鉄心が、自らのサーヴァントの幸せを心の底から喜んでいる中、巧一朗はキャスターのことを思い浮かべてみる。
キャスターの幸せ、ヒトが愉快に死ぬところ、苦しみ足掻く姿を観察すること。
「…………はぁ」
「おい巧一朗、いま私に対して凄く失礼なことを考えなかったか?」
キャスターからの苦情は華麗にスルー。再び彼らはフセインの監視に戻る。
「と言うか、鶯谷、何でお前はアーチャーをストーキングしているんだ?幸せそうだし別にいいだろう。」
「ただデートするってだけなら別にいいけどよ。問題はその後だ。フセインが今朝言っていたんだが、あいつ、今日告白する気なんだ。」
「こっ……こくはくぅ!?」
美頼と巧一朗は共に、素っ頓狂な声をあげる。通行人は一斉に振り返ったが、幸い、フセイン達には届いていなかったようだ。
「いや、まぁ、出会って、仲良く仕事して三か月、普通っちゃ普通だよね。」
「問題は、アリとアーメッドの意思…だろ?鶯谷。」
鉄心はこくりと頷いた。フセインが結ばれることを、弟たちは良しとするのだろうか。最悪内部に亀裂が生じれば、アーチャーという存在そのものが瓦解しかねない。
「破綻者(コラプスエゴ)でないからこその苦悩だな。三人共に個を諦めていない。アーメッドはアーメッドとして、フセインはフセインとして、生きようとしている訳だ。これは見ものだな。」
急にテンションが上がるキャスター。本当に性格が悪い。
「勝負はこの後、観光タワー展望台に上って夜景を眺める瞬間だ。いくぞ、お前達!」
何故か乗り気の鉄心に続き、博物館スタッフ三人は漢の雄姿を見届けんと歩き出す。男子中学生みたいだと巧一朗は内心感じたが、ツッコむのも野暮なので心に押し留めた。
そしてあっという間に時間は過ぎていく。イタリアンな夕食を済ませた彼らは、展望台のエレベーターを登って行った。
もはや堂々としている博物館スタッフたちは、二人の男女を追いかける。ここまで、アリとアーメッドは一切介入していない。フセインの恋慕を食い止めるなら、今しかない筈だ。
「目的の場所に着いちまったぞ。弟たちは出てこないか…」
心配する鉄心の肩を、巧一朗はそっと叩いた。彼は何故二人が邪魔して来ないのか、何となく察していた。
「二人が介入しないのは、あいつらは一心同体だから、じゃないのか?」
「どういうことだよ、巧一朗。」
「物語の中で、二人の弟は愛する者と無事結ばれた。けど、フセインだけはそうならなかった。三兄弟は一人の英霊として昇華されるほどに、互いを理解し、信頼している。もしかするとアリも、そしてアーメッドも、フセインの恋を叶えてやろうとしているのかもしれない。」
「弟たちが、兄の恋を……?」
「美しき兄弟愛ってな感じで。」
美頼もうんうんと頷いた。逆にキャスターはくだらないものを見たかのようにがっかりした表情を浮かべている。
「そうか。アリ、アーメッド、二人が。」
まるで親が子を見守るような、温かな表情で鉄心は彼らの行く末に祈りを捧げる。誰もいない展望台で、フセインとナイチンゲールは互いに見つめ合った。フセインを上目で見つめるナイチンゲール、その頬は少し明るんで見える。フセインはごくりと唾を飲み込んだ。
「(行け!フセイン!)」
柱の陰で見守る皆がフセインへ期待の眼差しを向ける。
フセインは手を少しばかり震わせながら、ナイチンゲールの肩をそっと掴んだ。
「フセイン。」
「ナイチンゲール、僕は……」
アーチャーという一人の英霊の中で、アリとアーメッドの魂もフセインの戦いを見守っている。
誰もが、フセインの発する愛の言葉を待ち望んでいた。
「ナイチンゲールを、僕は……………良き、仕事仲間だと思っています。これからも一緒にクリニックで働いていきたいと、そう、思います。」
フセインは、好きの感情を伝えることはしなかった。
「(何でだよ、フセイン…)」
唖然となる鉄心とその一行。アリとアーメッドだけが、フセインの出した結論を知っていた。
ナイチンゲールもまた、期待する言葉では無かったのか、驚いた表情を浮かべている。しかし、彼女もまた、フセインの意志を汲み取った。三か月、短い間とはいえ、彼女なりに彼のことを理解しているつもりだ。
「私も、フセインと一緒に働きたいと思っています。」
―だから最後まで、彼女は笑顔を崩さなかった。
展望台を降り、ナイチンゲールと別れたフセインの元に、鉄心を含めた博物館スタッフたちが駆け寄った。
「あれ、え?どうしたのですか皆さん。」
「何でだよフセイン。好きだったんだろ、ナイチンゲールさんの事。」
鉄心は当たり前の疑問をぶつける。美頼もまた、恋を諦めた理由を知りたがった。
「もしかしてアリか?それともアーメッドが?」
「あ、いえ、兄弟たちは別に何も、これは僕の意思ですから。兄弟たちも分かっています。」
フセインの口ぶりに、最後まで付いてきたキャスターは納得の声を漏らした。彼らの中で一番早く、フセインの行動の理由に辿り着いたのだ。
「そうか。君は破綻者では無い。あくまで、君は『アーチャー』なんだね。」
「どういうことだ、キャスター。」
巧一朗の疑問の声に答えたのは、他でもない、フセインであった。
「空飛ぶ絨毯の物語、三兄弟の冒険は、全て『恋』をきっかけにし、『恋』で締めくくられます。以前戦ったコラプスエゴと明確に異なる点が一つ、僕ら三兄弟は皆、恋するために存在しています。三人の魂が一つになれたのは、僕らが一つの物語であるからです。」
何者かが紡いだ物語の登場人物でしかない彼らは、一人一人が余りに力なく存在していた。三兄弟は個としての生命力が薄い。手を取り合うことで初めてオアシスという地で生きていけるようになった。誰かが紡いだ幻である三兄弟は、あくまでただの物語なのだ。
「恋をすることは僕らの活力だ。でもそれが叶ってしまえば、そこから先は何もないのです。千夜一夜の一夜に過ぎぬ僕らは、結ばれてしまったら、そこでめでたしめでたしなのですよ。『アーチャー』としての存在意義は消滅し、専属従者としての意味も失う、それはつまり、オアシスから退却するということなのです。」
「そんな…」
絶望した表情を浮かべる鉄心。フセインは、自らのマスターがただの一夜の御伽噺である彼の身を案じてくれていることに、果てもない嬉しさを覚えた。
「弟たちもちゃんと分かっています。だからアリは語り部のシェヘラザードを愛し、アーメッドは恋をしない選択をした。僕もそうだ。クリニックでナイチンゲールと働くのはとても幸せです。でもそれと同時に、鶯谷本舗として猫探しや引っ越しの手伝いに精を出したり、博物館の一員として聖遺物奪取の任務にあたったり、全部が僕にとっては大切なのですよ。だからもう暫くは、鉄心のサーヴァントとしてオアシスで生きていきます。僕も、博物館が敵対するであろう災害のサーヴァント達は、あまり好きになれませんからね。」
そう言い、フセインは笑った。恋をする為に存在するにも関わらず、その恋が叶うことはない、そんな矛盾を孕んだサーヴァント。鉄心は一瞬、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたが、直ぐに顔を横に振ると、自らのサーヴァントに笑いかけた。
「そうか。うん、じゃあこれからも頼むわ。俺のサーヴァント!」
鉄心はアーチャーと肩を組む。彼はこれから近隣の居酒屋で朝まで飲むつもりだ。アーチャーの重さは、代わってやることの出来ないものだとしても、それを理解して共に歩むことはきっと出来る筈だと。
「じゃあな巧一朗、倉谷、そしてキャスター。付き合ってくれてサンキュー。また博物館で会おう。」
鉄心は「今日は飲むぞー」と叫ぶと、アーチャーを連れて夜の街に消えた。その顔に曇りは無い。真に、自らのサーヴァントを信頼しているのだろうと、巧一朗は悟った。
「俺たちも帰ろうか。」
巧一朗は美頼を見る。何だかんだ楽しい一日を過ごせたような気がする巧一朗と違い、美頼はどこか複雑そうだった。
「何だ?お前も鶯谷と一緒に飲みに行きたかったか?」
「………叶わない、恋。恋って、なに?なにそれ……」
「ん?何か言ったか?」
「あ、ううん!何でもないよ。帰ろ、コーイチロー!」
美頼は存在しないはずの感情に惑わされつつも、直ぐにそれを捨て去った。
今の彼女には、不必要なモノであったから。
巧一朗は暗い顔を見せた美頼を訝しげに眺めつつも、深入りしないことにする。人間なら様々思うことがあって良いだろう。
「キャスターも、行くぞ。」
「私は用事がある。先に帰っていてくれ。」
「そうか、早く帰って来いよ。」
巧一朗と美頼はキャスターと離れ、各々の自宅へ帰って行ったのであった。
※
真夜中の閉場した博物館、その庭園に訪れたのはキャスターである。彼女は別に花を愛でに来たのでは無い。鼻歌交じりにここへやって来た理由は、目的の人物に相対する為である。
庭園中央部、休憩用ベンチに座る人影。それはキャスターが求めていたサーヴァントであった。
「やぁ、バーサーカー。いや、ポホヨラの女帝ロウヒ。暫くぶりじゃないか。元気にしていたかい。」
背に持たれ、静かに目を閉じていたロウヒは覚醒する。瞼を開けたと同時に、目には映らぬ鎖でキャスターの足を捕らえた。
「何だ、えらく好戦的じゃないか。」
「我に用か、キャスター。否、貴様も真の名で呼んでやろうか?」
「女王に名前を憶えられているなんて実に光栄だね。でも私の名に意味なんてない。記憶するのは脳のリソースの無駄遣いさ。」
キャスターは茶化しながら、ロウヒの意思のままに椅子に腰かける。夜風は冷たく、ベンチも冷蔵庫のように冷え切っていた。温かい紅茶でも飲みたい気分だが、生憎とそれを用意してくれる者はいない。
「ちなみにその腕、どうしたんだい。まるで赤子のように小さくなっているけれど。」
「戦闘で負傷し、今生え変わっている最中だ。普段であれば一日も立てば元通りだが、今回はそうもいかん。」
「いやはや、まさか災害と戦って腕一本で済むなんてね。私は君のことを過小評価していたよ。」
ロウヒはキャスターに睨みを利かせる。馬鹿にするような発言に対してではない。キャスターはやはり、何もかもを知っている。
「掌握済みか。何もかも。」
「君が倉谷美頼を通して博物館を監視しているのと同じさ。私も探偵として君たちの動向を窺っている。あ、勘違いしないでくれよ。君もアインツベルンも、私にとっては等しくどうでもいい。重要なのは災害のサーヴァントだけさ。」
軽口を叩くキャスターの目前に、空中から無数の刃が出現した。彼女の命を今すぐにでも刈り取れる、そんな意思をロウヒは示す。
「おいおい辞めてくれ。どうでもいいというのは軽んじていることとイコールじゃ無い。ちゃんと敵の頭数には加えているとも。だが私が戦うのは災害だけで、君と敵対する意思は無いんだ。博物館がどう考えているかは知らないけどね。」
キャスターは両手を挙げ、降伏の合図をする。すると刃は忽ち宙で霧散した。
「而して、貴様は何故我の前に姿を見せた。災害のバーサーカーのことを掴みたいのなら、我も知らぬ。以上だ。」
「あー。違う。私が遊び場に使っていた小さな病院あるだろ?あそこ荒らしたのはロウヒかい?」
キャスターが巧一朗の家とは別に、根城にしていた廃病院。以前、ジャック・ザ・リッパ―を呼び出した場所でもある。そこに置いていた数多くの物が悉く盗みだされていた。
「そうだと言ったら?」
「酷いな!あそこに倉谷重工のオートマタ六機ほど隠していたのに!あとアグネス・サンプソンの触媒も!」
「アインツベルン製オートマタ以外はこのオアシスに存在してはならない。マスターの意のままに、我は貴様の所有する仮受肉用疑似肉体を全て破壊した。」
「あれ入手するのに時間がかかったんだぜ。…ロウヒも美頼も倉谷製の癖に、アインツベルンは自分たちさえ良ければそれでいいのか。」
頬を膨らませ抗議するキャスターを、ロウヒは見て見ぬふりをする。
「アインツベルンがトップを維持するためだ。追随する企業があってはならん。」
「違うね。何を言っているんだい、ロウヒ。隠しても無駄だよ。他のオートマタ企業を潰して回ったのは、災害の意思だろう?」
ロウヒは無言のまま、キャスターの顔をその蛇の目で捉えた。
「何のことだ。」
「アインツベルン製オートマタは昔からトップシェアだったろうに。敢えて他企業を潰すリスクはメリットに見合わない。現に、和平松彦や倉谷美頼、博物館という懸念材料を残してしまっている。それでもアインツベルン製以外の存在を一切認めなかったのは、首元についたスイッチ、これだろう。」
ロウヒは何も答えない。
「専属従者システム、聖杯戦争という枠組みが無いこの世界で英霊を呼び出し、服従させる。戦いが生まれぬはずのこの地で、敢えて英霊召喚を行う理由は不明だが、このシステムには大きな欠陥がある。万が一、災害を殺しうる存在が召喚されたら、オアシスという国の存亡に関わってくるという事だ。指定文化財という名目で強力な英霊の召喚自体を禁じてはいるが、どうしたって限界はある。現に、博物館はそれを災害への切り札として考えているからね。だから、英霊をいつでも殺せる、そんなセーフティーを設ける必要があった。アインツベルンは災害に全面協力しているから、君や美頼の存在が許されているんだ。」
ロウヒは目を伏せ、小さく拍手をする。「良い推理だ」と認めた。流石、探偵を自称するだけのことはある。
「ならば貴様に問う。美頼へ間違った推理を与えたのは何故か、とな。」
「間違った推理?」
「松坂行急行列車連続自殺、アレは美頼の恋心が暴走して起きた事件だ。貴様は敢えてそれを和平松彦、マールトの仕業であるかのように仕向けた。無論、美頼の末路はどう転ぼうと変わらない。壊れたものは修復しようが無いからな。だが貴様は何故か美頼に回り道をさせた。彼女は存在するだけで人を死に導きかねない。それを延命させるよう仕組んだ理由が知りたい。探偵として、矛盾している。」
「……だから私は破綻者(コラプスエゴ)なんだよ。あの行動は何というか、私の意思というか、私の雇い主の意思なんだろう。大事なのは回り道をさせたことじゃなく、結果、彼女が死んだということだ。私の介入によって彼女はより事件に首を突っ込んだとも取れるだろう?私の召喚者は、恋を嫌っている。巧一朗という存在を独り占めしたいらしい。」
ロウヒは呆れた顔を浮かべた。誰もかれもが恋だの愛だの、下らない感情に振り回されている。そんなものは、この庭園に咲く花のようになべて無価値だ。彩はあれど、そこに存在意義は無い。ポポヨラの凍土に花が宿らなかったのは、総じて弱者であったが故。力なき人間のつまらぬ恋慕に興味など湧く筈も無かった。
「で、ついでに聞くが、貴様が以前ジャック・ザ・リッパ―を使役し、災害のキャスターの捜査を攪乱したのも、探偵としてはあるまじき行為だと思うが、破綻者をより長く存命させ、自らのサンプルケースにする為か?」
「一人の人間の願いで誕生したクラスと私じゃ、その基礎概念は全くと言っていい程異なる。サンプルとして役立ったのは取り込んだ英霊の力をどこまで引き出せるかって点だけさ。もっと大きな情報が得られたよ、あの殺人鬼のお陰でね。」
「と、言うと?」
「災害のキャスターの手駒、使役している使い魔の姿を確認することが出来た。加えて、私は切り裂きジャック召喚時に倉谷の中古オートマタを使用したが、遠坂の代表に近付くまで、災害に存在を悟られなかったよ。つまり災害が英霊召喚を知覚できるのは、アインツベルン製だけだ。勿論、強力な魔力の波動を感知されればアウトだけど、気配遮断のスキルを持っていたからね、彼は。」
ロウヒは勿論、アインツベルンのオートマタに精通している為、その事実を知っている。ここまでキャスターが辿り着いたことに驚きを隠せない。
「あともう一つ、災害が認定する、指定文化財。このオアシスで召喚を認められていない者たちの条件だ。博物館の管理するものを全て確認したが、どうにも腑に落ちないことがあってね。」
「それは?」
「強力な英霊だけを禁じている訳ではないという事さ。芸術肌なサーヴァントも何騎かこれに該当している、ルネ・マグリットのチューブなんかもそうだろう。災害にとっての脅威とは何なのか、それを知ることが出来た。切り裂きジャックのような市民の平和を脅かしかねない存在には特に興味を示さない理由。」
キャスターは唐突にロウヒへ向かって指さした。彼女はその意図を測れず困惑している。
「君がその答えだよ、ロウヒ。アインツベルンが災害と結託しているからこそ説明がつく、このオアシスにおいて君だけが所有する能力、それが災害にとっての脅威だ。」
「成程、『固有結界』か。」
キャスターはビンゴ!と指を弾いた。ロウヒの宝具『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』こそが、心象風景を具現化する絶技である。
「何故災害が固有結界を危惧しているかは謎だけど、もしかしたらそれが彼らの行っているヘヴンズゲートとやらに関連するかもしれない。あともう少しで解明できそうだ。……災害との決戦の日は近いかもね。」
キャスターはそう言い、立ち上がった。ロウヒによって囚われていた足もいつの間にやら解放されている。お喋りは終了したのか、彼女はロウヒを置いて立ち去ろうとする。
背を向けたキャスターに対し、ロウヒは鎖の刃を空中から射出する。霊核を寸分違わず射抜く正確かつ無慈悲な一撃、だが、手にした得物でそれを弾き飛ばしたキャスターには届かない。
「おい、騙し討ちなんて女王がやることじゃないぞ。」
「……貴様が手にしている剣、左は『モラルタ』、右は『鬼切』か。起源の破綻者、貴様は底知れぬなぁ。」
「君が今宝具を使えば流石に分が悪いだろうけど、今のうちに私を殺しておくかい?」
「否、今のはちょっとした別れの挨拶だ。マスターにとって倒すべき敵は遠坂やマキリ、博物館は二の次だ。貴様が破綻者として完成しようとも、災害のバーサーカーには決して叶わない。」
「お、それフラグって言うんだぞ。」
キャスターは終始、ロウヒを茶化したままに去って行った。どうせ、彼女が庭園を訪れた理由にも、何か別の意味があるのだろう。
ロウヒは庭園のベンチに腰かけたまま、データアーカイブを開く。そこにはキャスターから採取したいくつものデータが存在した。
これらのデータを統合すると、彼女の中に眠る一人の英霊の真名が発覚する。
自らを探偵と呼称する滑稽さを、ロウヒが真っ先に知り得ていた。
「サーヴァント、コラプスエゴ。自らを探偵と名乗るその驚きの正体は……」
アーカイブに表示されたのは、探偵という存在と全く相反する概念。言うなれば探偵の敵である。
真名『ジェームズ・モリアーティ』。それが彼女の名だ。
【桃源郷寸話:『ハングリーチキン』完】