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【桃源郷寸話:『三企業会談』】
開発都市第四区、某所にて、厳戒態勢の巨大ビルディングに続々と高級車が集まって来る。
中でもひと際目立つのは、派手な色のオープンカー。折角、車を大量に走らせてカモフラージュしているというのに、中の人物が丸見えだった。これではアサシンに暗殺してくれと言っているようなものである。四区の自治組織、警備部隊隊長の男も、このオープンカーの持ち主には呆れるしかない。
「お疲れ様です。マキリ・エラルドヴォール様。ロイプケ様。お待ちしておりました。」
オープンカーから降りてきた不機嫌顔のエラルは、首を垂れる隊長の男に向かって歩いて行くと、手荷物を無理矢理に押し付けた。
「え、エラル様。こちらは第四区の警備隊長殿です。荷物は僕が預かりますから!」
運転席から慌てて飛び出たバーサーカー、ロイプケは、荷物を抱きかかえる隊長に一礼すると、彼の代わりにそれを預かる。エラルは苛立っていることを隠そうとしない。二人の男たちは同時に冷や汗を浮かべた。
「前に遠坂とアインツベルンは会ったばかりでしょう。何でまたわざわざ呼び出される訳?しかも災害のキャスターの『城』だなんて。いい加減にして欲しいわね。」
「エラル様、隊長殿に言ってどうこうなる話ではないかと…。」
ロイプケはエラルの怒りを必死に宥める。エラルも好きな異性に説得されれば、仕方なく折れるしかない。隊長の男を激しく睨みつけた後、正面ゲートから目的の場所へ向かって行った。エラルの履くヒールの音が遠ざかると、警備隊長は安堵の表情を浮かべた。
災害のキャスターの住まうこのビルは区民から『城』と呼ばれており、何者の侵入も決して許さない強固な魔力障壁で覆われている。自治組織の隊長、幹部のみが基本的に入場を認められているが、この度、大手三企業の緊急会談が行われることとなり、各企業の代表たちが続々と集まってきている。災害のキャスターの発令で、自治組織も動員されることとなった。警備用サーヴァントも忙しなく動き回っている。
警備隊長は無線で指示を飛ばしながら、最後の来訪者を待った。既に定刻は過ぎており、マキリCEOの怒りは頂点に達していることだろう。ビルの内部は幹部たちの管轄であり、彼は初めて自らの今の地位に感謝した。エラルのような気性の荒い女とはなるべく関わり合いたくないというのが彼の本音である。
そして地下駐車場へようやく数台の車が到着した。会談の予定時刻から三十分後である。警備隊長は入口ゲートの前で来訪者の登場を待つ。
そして現れたのは、華やかな模様の着物に身を包んだ少女。肌は白く髪は金色の為、異邦人を想起させる。名はミヤビ・カンナギ・アインツベルン。アインツベルンカンパニー代表取締役である。
「お待ちしておりました。ミヤビ・カンナギ・アインツベルン様!」
警備隊長はたどたどしく歩くミヤビに頭を下げた。どうやら彼女は自らのサーヴァントを連れ歩いていないようだ。歩くことに慣れていないような彼女に寄り添うものはそこにいない。彼は正義感、または親切心に駆られ、ミヤビの元に駆け寄り、補助役になろうとする。
「お主、ミヤビを支えようとするか。」
「僭越ながら、無論、ご迷惑でなければですが!」
「くく、善い。ならミヤビをおぶり、会談の行われる場所まで連れていけ。アインツベルン当主たるミヤビが許そう。」
警備隊長はミヤビを優しく背負った。彼の小学生になる息子より遥かに軽い。か細い腕は、ちゃんと食事しているか心配になる程だ。外見も当主というには若すぎる。彼は何も知らないなりに、勝手にも、アインツベルンの未来を案じたのだった。
ビルに入ると、幹部たちが怪訝そうな顔で警備隊長を見つめたが、彼の背に乗る少女に気付くと、事情を察知し、道を譲った。隊長はエレベーターに乗り、会場となる十四階に向かう。
「既に龍寿とエラルは来ているのか?」
ミヤビから話を振られたことに驚きつつも、隊長は直ぐに返答する。
「遠坂様とマキリ様は既に会場にいらっしゃいます。」
「そうか。奴らはミヤビの事を好いておらん故、怒りのボルテージもさぞや高まっているじゃろう。波乱の予感、か。」
ミヤビはクツクツと笑った。短気そうなエラルを前に、むしろこの状況を楽しんでいるようだ。
「それで、災害のキャスターは今どうしておる?」
「キャスター様は、今はこのビルを離れています。恐らく天空の城塞まで向かわれたのかと。」
「ああ、ヘヴンズゲートじゃな。ということは、あっちはあっちでお取込み中ということか。」
警備隊長はミヤビの言葉の意味を理解できないままに、三企業会談の開催部屋まで到着した。
「うむ、ここで良い。お主は下がれ。……ここまでミヤビを連れてきたこと、感謝しよう。」
ぽかんとした表情を浮かべている警備隊長を尻目に、ミヤビは戸を開き、中に消えて行ったのであった。
広いパーティー会場のような室内で、中央に円卓が用意されている。座席に腰を下ろしているのは二人、遠坂龍寿とマキリ・エラルドヴォール。それぞれの脇には各々の召喚したサーヴァントが立っている。エラルの傍にはロイプケという名の音楽家。龍寿の後ろで腕を組み佇んでいるのは最優のクラスと称されるセイバーの平教経だ。対して、扉を勢いよく開け堂々と入って来たミヤビには従者たる者がいない。
「すまんの。第四区に入ってから渋滞に巻き込まれてな。自動運転は寄り道もせんが、脇道も知らんときた。律儀に正攻法のルートしか辿れぬ真面目さがあるのじゃ。」
ミヤビは席に着くと、他企業のトップ二人をまじまじと見つめる。誰が見ようと、二人はミヤビに対し明確な敵意を抱いているのが明らかだ。そしてそれをミヤビは心の底から楽しんでいる。
「して、用件はなんじゃ。ミヤビも暇ではないからの。」
「先に失礼。僕からのお願いがある。いい加減、ミヤビ祖母さんの真似事はよしてくれないか。虫唾が走るんでね。」
「同感。お祖母ちゃん殺したのは貴女でしょう?アインツベルンに復讐して、乗っ取って、名前も地位も喋り方すら全部奪って、まだ貴女は嗤い足りないわけ?」
二人は同時に、ミヤビを睨みつける。その目には僅かだが、確かに殺意が籠っている。殺せるならば今すぐにでも殺してしまいたい、そんな怒りが渦巻いているのだ。
「なんじゃ二人して。あぁ怖い怖い。それを言うならお主らかてそうじゃろうに。のう、リュウジュ=インヴェルディアに、エラルドヴォール=インヴェルディア。遠坂、マキリの名に居心地の良さを感じておるか?え?」
「…その名で、呼ぶんじゃない。」
龍寿は机に拳を打ち付けた。その手が震えていることに、影のように立つ教経だけが気付いていた。
「すまない、取り乱した。……ミヤビ・カンナギ・アインツベルン、君とは以前不可侵の条約を結んでいた筈だが、先日アインツベルン軍隊が第六区に攻め入った件についてどう考えているのかな?」
龍寿は自らの怒りをコントロールする。感情的になればなる程、この醜悪な少女に付け入る隙を与えてしまう。加えて、この場において、エラルもまた遠坂にとっては仲間とは言えぬ存在であった。彼女に対しても、警戒を怠らない。
「先に禁を破ったのはそちらじゃろうて。偉大なる祖(インヴェルディア・オリジン)に誓い、我ら三家に隠し事は無しじゃった筈。始まりの聖杯戦争の記録、遠坂が隠し持っておるとは、いやはや、好青年かと舐めていたが、裏はとんだ毒蝮じゃ、エラルもそう思わんか?」
「貴女は私たちと違うでしょう、ミヤビ。名前を語っているだけの偽物じゃない。まぁでも、遠坂も遠坂。マキリに対しても秘密主義を貫いていたのはどういう了見かしらね。」
エラルは龍寿を挑発する。彼女含めマキリコーポレーションは積極的に過去の事象を調べない。あくまで災害を殺しうる力を欲しているだけである。
「(ミヤビと本格的に同盟を組むなんてのは絶対に嫌だけど、遠坂は災害の存在を肯定しているから論外よね。となるとやっぱり博物館かしら。充幸可愛いし。)」
ミヤビどころかエラルまで敵に回ってしまった龍寿は、慎重に言葉を選ぶ。彼の友人、禮士や鉄心に比べ、龍寿は自らを不出来だと卑下している。だが嘆いても助けてくれる友はここにはいないのだ。
「白々しいぞ。君達はずっと昔から僕ら遠坂に黙っていたことが色々あるだろう。英霊統合計画もその一つだ。第六区の災害、ランサーがいち早く危機を察知して計画を阻止してくれたが、もし暴走していたら、島を飛び越え、区民に多大な犠牲、損害を及ぼしていたかもしれないんだぞ。」
「じゃが、計画に参加していた第一区の研究者たちは皆、災害のランサーに殺されたぞ。それはお主にとってやむなき犠牲なのかの?」
「自業自得、と言いたいが、アインツベルンのトップたる君の指示であることは明白だから、君がまず責任を負うべきじゃないのか?」
「責任?何をだ。殺したのは、災害じゃ。台風の被害に遭ったのと、津波に攫われたのと、一体全体何が違うと言うのじゃ?龍寿はいい加減目を覚ませ。奴らは文字通り『災害』。コントロールなぞ出来る筈も無い。」
「でも僕らはそんな自然災害と共存してきた筈だ。だから………」
「はいはい、話が逸れていますよー。龍寿は私たちが隠し事をしていたから、自分も秘密主義になったと、そう言いたいのね。」
脱線していた話の流れを、エラルは強引に戻した。
「そうだ。まず暴力的手段に訴えたことがそもそもおかしいだろう。互いに探りを入れることも、秘密を増やすことも、今までは黙認してきた筈だ。何故ここにきて第六区に攻め入った。無関係の市民を巻き込む必要性は無かった。」
龍寿の真っ当な意見に、エラルもうんうんと頷いた。彼女が二社の激突を知ったのは後の話だが、どう考えても、アインツベルンはやり過ぎである。企業間の抗争の内容としては、常軌を逸した行動だ。
「ふむ、まず遠坂が隠している秘密を知りたくなったというのが最初の理由かの。オアシス誕生の理由、サハラの聖杯戦争、災害、ヘヴンズゲート。ミヤビは知らないことばかりじゃ。アインツベルンの幹部どもを皆殺しにした時も、一切情報を得ることは出来んかったからのう。未来志向のエラルと違い、龍寿はいくつも宝箱を抱えておった故な。二つ目の理由はそうじゃな………退屈?」
ミヤビの口から漏れ出た言葉は、到底二人が許容できるものでは無かった。龍寿はポカンと口を開いたまま静止し、エラルもまた目を丸くしている。
「退屈……?」
「ほら、遠坂の管理する土地が欲しいというのも勿論あるがの。持て余していたんじゃ、武蔵坊弁慶を。武人の癖になかなか戦う機会が与えられなくての。一度本気で遊ばせたかったのじゃ。遠坂もやるではないか。見直したぞ。」
あっけらかんと言い放つミヤビに、龍寿は拳を震わせた。彼の後ろに立つ教経は、もし龍寿が殴り掛かるなら止めるつもりでいた。
恐らくこの場で、教経だけが知っている。ミヤビの真後ろで、何かとてつもない力の塊が渦巻いていることを。
もし龍寿が怒りに我を忘れたならば、ミヤビは容赦なく彼の首を落とすだろう。その残忍さが認められる。
だが龍寿は自制した。アキリアの無念で呼吸を乱しながらも、あくまで遠坂のトップとして振舞う力強さを見せた。
「……分かった。アインツベルン、君達が欲している情報は明け渡そう。戦えば、それだけ大きな被害を出しかねない。それは僕の、遠坂の望みでは無い。だから今度こそ、正しく誓ってもらうぞ。もう武力行使は無しだ。」
「(龍寿は、そっちを選んだワケ。いよいよ、マキリが付くべき相手が明白になったわね。ミヤビのことだから博物館には目を付けてそうだけど。)」
「そうかそうか。龍寿の頼みじゃからな。区民を巻き込むのはやめにしよう。くふふ…あははははははははははははは」
ミヤビは手を叩いて笑い転げる。その姿はあまりにも奇妙で、龍寿は恐怖と嫌悪感に苛まれたのであった。
エラルはふと自らの従者であるロイプケを見る。彼はただ神妙な顔つきでミヤビを見つめていた。彼がエラルの視線に気が付かないのは、これが初めてのことであった。
ミヤビはひとしきり笑い終えると、冷静な表情で再び深く座り直した。
「で、マキリも何か隠し事はしておらんか?アインツベルンには見えない場所で、オートマタを製造するなどしておらんかの?」
「確かにアインツベルン製オートマタが独占状態の今、令呪の需要が減ってはいるわ。でも、もし我々にオートマタ製造のノウハウが用意されていたならば、とうの昔に着手している筈じゃない?」
「ふむ、それはそうじゃ。」
「でもね、マキリはアインツベルンの奴隷になる気は無いの。いつか必ず引き摺り下ろして、マキリがオアシスの頂点に君臨する。遠坂と違って、こちらは第二区に拠点を置いているの。戦争するならいつでも受けて立つわよ。」
「くく、それでなくては。だがお主、以前ミヤビの三狂官、梅の席に遊ばれてはいなかったか?」
松坂行き急行列車で対峙したエラルとロウヒ。僅かな時間の戦闘で、エラルの波蝕の魔眼はそのカラクリを解き明かされ、敗北を喫した。ミヤビの実力に関して、彼女は身をもって理解した筈である。
「垓の令呪でもどうにもならないことはあるのよね。修行不足を痛感したわ。でもね、次は負けないわ。」
エラルはそう言い放つ。彼女とてその手の内を全て明かした訳では無い。今までは、波蝕の魔眼で事足りる相手しかいなかったというだけ。もう一つ上の実力者には、それに匹敵するカードを出せる手札が、エラルにはあったのだ。
「というか、遠坂だってそうよ。まだ使ってないカードがあるんでしょう。龍寿の後ろに立っているセイバーだって、並のサーヴァントじゃ手も足も出ないでしょうに。」
エラルは確信をもってそう告げる。ほくそ笑むミヤビに対し、龍寿は沈黙を貫いた。
彼は守るべきものを決して履き違えない。遠坂の未来も、そしてオアシスの人々の命もまた。正義の味方になるつもりは無いが、遠坂組が守ってきたものは彼も守り通す。ただの都市開発企業の枠を超えて、区民の平穏を率先して守護する。そうやって遠坂組は区民の絶大な支持を集めてきた。
「能ある鷹は爪を隠すと言うが、最後まで爪を出さんと言うのは只の愚か者じゃ。然るべき時に龍寿の磨きに磨いた爪を見れること、ミヤビは楽しみにしておるぞ。」
三企業会談は緊急的なものであったこともあり、多少の情報共有の後に終わりを告げた。いつもの拘束時間を考えると楽な部類であるが、その実、ミヤビの振る舞いにより二人はえらく疲れ切っていた。
エラルとロイプケは駐車場の停めてあるオープンカーに戻った。同行していたマキリの者達は先に帰らせたので、この場には二人しかいない。ロイプケは紳士的な振る舞いでエラルを助手席に導くと、いつも通り運転席に腰を下ろす。しかし、なかなかエンジンキーを回すそぶりを見せない。エラルから見ても、彼は放心しているようだ。
「ねぇバーサーカー。」
「…っはい、只今発進しますのでっ…えあ」
ロイプケがエラルの言葉に返答した瞬間、彼は狭い車内で彼女に押し倒された。息が吹きかかる距離まで近づき、身体は密着している。
「えら…るさま!?」
「バーサーカー、ボケっとし過ぎ。シートベルトも付けてない。」
「え…あぁ、本当だ。申し訳ございません、エラル様。」
エラルの胸の鼓動がロイプケにも直に伝わって来る。彼女は大胆な行動をしつつも、緊張しているようだ。赤く染まりつつも、その目の鋭さは失っていない。彼女は恥ずかしさを覚えつつも、何か理由があって、彼に密着しているのだ。
「バーサーカー、今日ずっとミヤビのことを見てた。」
「えっと、はい。」
「ああいう、華奢な子がタイプ?着物とか凄く綺麗だものね。」
「はい???」
ロイプケはエラルが激しく嫉妬していることに数秒かけて気付いた。彼はミヤビをこれっぽっちも女性として意識していなかったが、エラルに要らぬ心配をかけていたらしい。
「違います、エラル様。違うのです。僕が愛しているのはエラル様ただ一人です。」
「じゃあ何故ミヤビのことを目で追っかけていたの?」
「それは……」
ロイプケはその事を口にするのを一瞬躊躇った。だが、エラルの潤んだ目を捉えると、自然と言葉が零れ出ていた。
「ミヤビ・カンナギ・アインツベルンは恐ろしい女です。彼女の纏う邪気のようなものは、恐らく彼女一人のものではないでしょう。恐らく、強力な英霊を連れ歩いているのだと考えられます。遠坂様の、セイバー平教経であれば、もっと深い所まで『見る』ことが出来たかもしれません。ですが、僕は非力にも、漠然とした嫌な気配しか感じ取れなかった。そのことが少しだけ悔しいのです。エラル様を守るのは僕の仕事である筈なのに。バーサーカーの霊基を以てしても、僕は力不足だ。」
ロイプケは自らの弱さを吐露した。彼は龍寿のように、あの場で自らを強く卑下していた。
エラルはロイプケの悲痛な声を聞き、今まで嫉妬の炎を燃やしていたのはどこへやら、彼を優しく抱擁する。
「エラル様…」
「バーサーカーは弱くなんて無いの。力に訴えるだけの野蛮さなんてマキリには私だけで十分だわ。私のバーサーカー、私のロイプケ、愛するロイプケ。貴方は誰にも負けない強さを持っている。」
「それは、何でしょうか?」
「世界を変えるのは、武力かもしれない。でもね、ヒトを変えるのは、いつの時代も『芸術』なのよ。」
エラルの言葉は、紙に水が沁み込み広がるように、ロイプケの心を通り抜け、温かい気持ちにさせた。エラルは誰よりも気分屋で、誰よりも我儘だが、誰よりも自由で真っ直ぐだ。ロイプケが第二の生を彼女の愛と共に謳歌できることは、彼にとって最上の幸せに他ならない。
「エラル様。帰ったらピアノを弾いても良いですか?貴方だけの、貴方の為の曲が、まだ一つ生まれ落ちたのです。貴方だけに聞いて欲しい。」
ロイプケは彼女を抱き締め返し、その熱を堪能する。ただのオートマタだが、その歯車は激しく回転する。この脈動こそがロイプケの生の証。彼はエラルを抱いたまま元の姿勢に戻り、名残惜しくもその手を離すと、エンジンキーを回した。
「バーサーカー。」
「僕にも幸い、恥じらいの感情があったようで。外でエラル様の温もりを味わうのはまだ難しいですね。」
「ふふ、そうね。私も他の人には見られたくないかな。」
「っと、そうだ、シートベルト!」
ロイプケの放心状態は少しばかり継続中。だがそれはミヤビへの敵意からエラルへの恋慕へと切り替わっているようだ。
彼はエラルを隣に乗せ、マキリコーポレーションに向け発進したのであった。
一方、先に車を出した教経と助手席でぐったりとしている龍寿は、第四区から第六区の方へ真っ直ぐに伸びた高速道路のインターチェンジに差し掛かっていた。教経は第四区の地理を把握している訳では無かったが、前方と後方に護衛含めカモフラージュの自動運転車を走らせている為、ただ前の車のナビ通りに走らせれば良かった。そして高速道路に乗ってさえしまえば、後は流れるままに第六区へと戻って行ける。
第四区を走っているときは少し緊張した面持ちだった教経も、ここまで来れば少し安堵の表情だ。
「鉄の馬ですら拙者には受け入れがたい物であったが、なび?というのには甚だ驚かされる。我らの戦場にも道を指し示す神秘があれば、時代は大きく変化していただろう。」
「確かに…義経の奇想天外な戦いにも対応できたかもな。」
「そうだな。だがマスター。なびがもし存在したとして、我が好敵手はそれすら軍略に組み込んでいただろうよ。拙者が勝つ未来は、遠かっただろうさ。」
「弱気だな、教経。」
「それだけ拙者はあの男を認めているという事だ。男……女だったような気もするが、関係は無い。拙者は彼奴に負けた。その歴史は覆らんだろう。だが義経がもし、おあしすで召喚に応じたならば、そして、再び拙者の前に立ち塞がるなら…」
「………」
「今度は勝つ、必ずな。」
龍寿は薄っすらと笑みを浮かべた。彼の中でくすぶっていた思いも同じであったから。
アインツベルンを、ミヤビ・カンナギ・アインツベルンを、いつか必ず止めてみせると。
「疲れているなら寝ているがいい、マスター。」
「すまないな。そうさせてもらう。」
龍寿はそう言い残すと、ものの数秒で眠りに落ちた。先程の会談で体力を著しく消耗したのであろう。教経から見ても、ミヤビは異常そのものであった。同じヒトと思うことがそもそも愚の骨頂。妖怪の口遊びに付き合わされたようなものだ。教経の生きた時代においても、妖というのは日常的に現れるものであった。何を隠そう、彼の妻もまた、死して河童へと生まれ変わったのだ。現代においては妖怪の神秘性は失われ伝承と化したが、それでも教経は今を生きる怪異も少なからず存在すると確信した。ミヤビのすぐ後ろで渦巻いていた悪意の塊も、妖の一種に違いない。人を殺めることに心が痛まないのは、もはや『鬼』の所業である。
「我らが先代も、鬼と戦い続けていた。拙者に課せられた使命は、源平の宿縁か、はたまた……」
教経はふと妻であった女、海御前を思い出す。
彼女と相まみえた時、彼は一切の情を抱かなかった。
無論、彼は愛妻家であった筈だ。だが、目の前に立っていたのは亡き妻では無かった。
彼女は、妖になっていた。
殺すほど憎むことは無い、だが、堕ちた女を掬い上げる気は失せた。
人が飼い犬に劣情を抱かないのと同じだ。海御前とは異なる生物である。教経の愛した女は間違いなく、死んだのだ。
だから彼女のマスターたる衛宮禮士に感謝した。妖の相手を担ってくれて有難うと。
「…いかんな、下らぬことを考えてしまった。」
教経は風景の変わらない道を法定上の最高速度で走り抜ける。
決して馬には出せぬスピードだ。風は感じずとも、爽快感はそこにある。
だが教経は、そんなドライブにほんの少しの違和感を抱いた。
別段気にすることでも無いが、喉に刺さった魚の骨のように、気持ち悪さを永続的に与え続ける。
「来たときは渋滞していたが、今はやけに空いているな。」
時間が経てば自ずと車両の数は減る、当たり前の話だ。だが、今の状況は少しばかり妙だ。
教経が見渡しても、前方と後方の自動運転車以外誰も走っていない。対向車に至っては一台も通らない。
「これほど極端に減るものだろうか。」
そして教経の不安はこの刹那、的中することとなる。後ろから音速で近付いて来る魔力の渦を感知し、彼は即座にハンドルを右へ切った。前方車と後方車から距離を取り、追い越し車線に乗る。そして彼らの上空を、あまりに巨大な何かが轟音と共に飛び去って行った。
「何だ…っ」
鼓膜を突き破りそうな程の壊音に目を覚ました龍寿。事態を飲み込めていないままに、前方を走っていた筈の自動運転車が粉々に砕け散っているのを目撃した。もし教経の判断が遅れていれば、彼らの車もまた巻き込まれ、数センチ単位に分解されていただろう。
技術を有した敵が武器で切り裂いた訳では無い。動き回るアリを踏み潰しただけ、と言わんばかりの、強者による蹂躙だ。
教経は上空を確認しながら、次の一手を予測する。敵の位置は全く確認できない。夕空を自由に駆け回っているのか。
「教経、敵襲か?」
「そのようだ。敵の姿、クラス、全てが不明。ヒトで無いことは確か。次は後方車がやられるぞ。取り合えず舌を噛まないように注意しろ。」
教経は敵の姿が見える前にハンドルをより右へと切った。すると、またも先程の轟音が襲いかかる。教経の予想通り、後方車が跡形もなく消え去った。
「拙者が騎乗スキル持ちで良かったな。」
「いや待て、流石に運転激しすぎて酔う……」
「酔うのと死ぬの、どっちがいい?」
「酔う方で。」
再び姿を晦ませた敵に対し、教経は次なる策に出る。彼は道路に対して平行に車を動かし、速度を固定しながら、自動運転機能へ切り替える。アクシデントが起こらない限り、この車両はひたすらに真っ直ぐ進み続けるだろう。
「教経…っ!」
彼は時速百キロの車両のドアを開け放ったかと思うと、天井部分に乗り、再び扉を閉めた。車内には龍寿のみが残される。切り裂くような風を全身に受けながら、教経は刀を抜いた。
「友成、決して折れるなよ?」
敵襲三波目、英霊である彼は音速の翼をはっきりとその目で捉える。予想通り、妖怪の類か。猛禽類に似た姿に、余りにも巨大な翼をはためかせている。その羽一本一本が武将の有する刀のようだ。
「成程、上空を通り過ぎるだけで大破したのはその為か。実に面妖な。」
音速で接近してくる魔力の怪物に対し、教経は長刀を振り被る。その瞬間、激しい鍔迫り合いが巻き起こり、彼らの敵は空へ飛翔した。
教経が落としたのはたった三枚の羽根。掠り傷にもなりはしない。だが、彼の剣も一切の刃こぼれをしていなかった。
「流石は古備前友成か。匠はやはり匠だ。」
感心している教経に、車内の龍寿からテレパシーの如き脳内伝達が入る。
「教経、このまま自動運転に任せるのはやはりリスクが大きい。僕が運転する。」
「出来るのか?」
「ははっ。振り落されないように注意してくれ。あと、こちらでも敵の正体を解析してみた。運良く、直ぐ真名に辿り着けたよ。」
「真名…?ということは、奴もまたサーヴァントなのか?」
「そうだ。妖怪というより、悪魔と呼ぶのが近いかもしれない。クラスタイプはバーサーカー、多分ミヤビのクソ野郎の置き土産だ。猛禽類のような見た目に、赤い眼、巨大な翼、その存在は伝承上のものでありながら、人々の信仰を一身に集めている。奴の名は……」
直後、龍寿の言葉を遮るようにソレは飛来する。今度は龍寿の目にもしっかりと焼き付いた。
「真名『モスマン』!USAの未確認生命体だ!」
教経の上空を踊り回るモスマン。お前も飛べるものなら飛んでみろと挑発しているようにも見える。
教経が高く跳躍し、その翼に切り掛かるも、怪物は逃げるように更に空へ飛んでいく。彼の剣先が届くことは無かった。
そして落ちてきた彼を抱きかかえるように、龍寿のドライブテクニックで教経を援護する。車両の上に無事着地した彼は、モスマンの対処法を数秒の内に思考する。第四波が来る前に何とかしなければ、いよいよ車両がもたないだろう。
「教経、令呪を使う。」
「魔力増強か。有難い。ならば拙者も抜くしかあるまいか。」
教経は手にしていた得物を敢えて納刀する。モスマンの急降下が襲い来るその瞬間に、決着を付けなければならない。
教経には所持している刀が数本ある。どれも名刀だが、神秘的な力が宿っている訳では無い。友成の打つ刀は、ただ『折れない』というだけだ。
今の教経には十分有難い保証。曲がらない刀がある限り、彼はセイバーであり続ける。モスマンが妖の類であるならば、その圧倒的技量の差で神秘を撃ち落とすまでである。教経には経験に裏打ちされた確信があった。
「降りてこい、梟。」
モスマンの眼光が激しく光輝く。龍寿はすかさずマキリ製特注素材の令呪を二画消費し、教経に魔力によるバックアップを施す。
「頼むぞ、教経。」
「応さ、佐々木小次郎が如く、素早き燕を捉えてみせようぞ。」
そして来たる、モスマンの第四波。遥か高い上空から、顔面でダイブしてくる。常人がその光景を目の当たりにすればショック死しそうなものであるが、教経はひと時も目を離さない。彼が手にする桜丸が白銀の刃をちらりと覗かせる。
モスマンの急降下、そして翼の百の切っ先が龍寿の車目がけて発射される。しかし、それは直ぐに、後の祭りとなったのだ。
「刃を満たすは空蝉の朱
友成の鉄、並べて腐らず」
教経は握り締めた柄に力を入れ、愛刀『桜丸』を抜いた。
「此れ称するに『抜刀白魔(ばっとうはくま)』!」
桜丸の抜刀は弧を描き、宙を斬る。
上空で制止したモスマンは、斬られたことに数秒の間気付かずにいた。
教経は襟を正すと、運転席の龍寿の代わりに助手席へ飛び乗った。
二人を乗せた車両が先へ走り去る中で、ようやくモスマンの肉体は二つに分断され、道路に溶け落ちたのだった。
「おいマスター、アインツベルンとの不可侵の約束はどうした。」
「……思い出したら、あの女、区民を巻き込むのは辞めると宣言したが、僕たちを襲わないとは一言も言っていなかったな。わざわざ交通規制をかけたのか……」
「早めの対処が必要だな。」
ただでさえ疲れ切っていた龍寿は更に追い詰められる。この先のトンネルを超えた先、第六区に戻った暁には、真っ先に就寝しようと、彼はそう誓った。モスマンの襲撃のことを言えば、誰もが彼の眠りを妨げぬよう努力するだろう。龍寿と教経は互いに「お疲れ様」と言い合ったのであった。
※
会談の行われた会場に一人残ったミヤビは、キャスターの城の最上階へ登り、開けた場所で意識を飛ばした。
彼女は遮蔽物など無い空間であれば、その目ではるか遠い先を見渡すことが出来た。
どうやら彼女が遣わせたモスマンは敗れ去り、龍寿と教経は無傷で高速道路を走り抜けたようだ。
「ほぉ、流石じゃな。龍寿。」
だが彼女にとっては想定通り。これは只の遊びに過ぎない。災害のバーサーカーの力を振るうときこそ、遠坂との全面戦争である。
今はその時では無い。暇つぶしに、手駒であるバーサーカーで殺戮ゲームに興じただけ。
「エラルはそうじゃな。また今度、ミヤビの愛をくれてやろう。」
彼女はにんまりと口角を上げると、意識を肉体へと戻し、広がる景色を見渡した。そして、彼女にとっては酷くくだらないはずの過去を少しだけ、思い出した。
倉谷という魔術には縁も所縁もない家に生まれた彼女は、突発的に、超人的な力を有していた。
それは世界を見渡す力。広がった空間であれば、どこにいようと目的の人物を見つけ、確認することが出来る。
そんな生まれ持っての力を有していた彼女だが、愛の育まれた環境とは言えない。両親は偶に優しかったが、酷く暴力的でもあった。生まれてきた娘が気味の悪い力を有しているものだから、虐待するのは至極当然の摂理だ。何故なら、「気持ち悪いから」。
食事も満足に与えられない。冷蔵庫に入っていた、腐り切ったホットケーキが、彼女の記憶にこびり付いている。
そのホットケーキは、カビが生えて黒ずんでいた。キッチンに転げ落ちていた消費期限切れのメイプルシロップで何とか味を誤魔化した。
食べてみると、やけにしゃりしゃりする。それは彼女が殴られ、折れた歯の残骸だった。
―あぁ美味しい。
―ありがとうお父さん、お母さん、未来にこんな美味しいお菓子を用意してくれて。
―代わりに私が料理を作るよ。材料を買うお金が無いから、その辺りから調達してくるね。
工場住まいの未来は、両親を想いながら鼠を生け捕りにし、料理する。当然皿ごと投げ捨てられた。
彼女は決して感謝の心を忘れない。与えられた全てに感謝する。痩せて見るに堪えない姿になろうとも、身体のあちこちが醜く崩れていても、
母にバッドを振るわれようと、父に無理矢理犯されようと。
「有難う、お父さん、お母さん。」
ヒトの愛を見通して、ヒトの夢を見通して、ヒトの限界を見通して
そして、あの日を迎えた。
ごめんな、未来。父は優しく笑う。血塗られた包丁は、母への愛が詰まっている。
だからこそ未来は羨ましい。父の愛を一身に受けた母が羨ましい!未来は自らが父に殺されることを強く願う。
それが愛ならば、この上なく美しいものだ。
だが父がナイフを振り上げた時、未来はふと考えた。
もし自分が死ねば、誰が父を愛してくれるのだろうと。
だから未来は死ぬのを止めた。親孝行しようと考えた。今まで両親から貰った愛を、全て返してあげようと。
未来は喜んで父の首を串刺しにした。おめでとうお父さん、これは間違いなくハッピーエンドだ。
そして彼女は考えた。愛をくれた人すべてに、等しく『愛』を与えようと。
それは未来がミヤビになった後も、何度だって繰り返される。両親も、アインツベルンも、自らが呼び出したサーヴァント(ドッペルゲンガー)でさえも、
「どうして人を殺(あい)しちゃいけないの」
ミヤビの乾いた愛(こえ)に答える者は誰もいない。
【桃源郷寸話:『三企業会談』完】