Fate/relation   作:パープルハット

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一話完結型エンターテイメント最終章!
誤字等あれば連絡お願いします。
初めての方は是非プロローグからご一読ください!


桃源郷寸話:『サハラの放浪者』

少女は語る、かつて自らが体験した異聞奇譚を。

 

己の色を求める剣士がいた。祖国を愛し、最期まで主人とその妻を守り通した。自らの死を以て、敗北の未来を塗り替えた。

 

失われた恋人を探す漁師がいた。愛ゆえに破滅する運命にある主人に最期まで寄り添い続けた。彼女の選択をただ一人肯定した。

 

志を捨てた狂戦士がいた。自らの生きた証全てを捨て去り、祖国を恐怖と絶望の色に染めた。

 

信仰に生きた皇帝がいた。生前の行いを悔い改め、なお、神を信じた。主人を良き友と理解し、友であるからこそ、その矛先を彼に向け、生き様を貫いた。

 

理想社会の為に命を燃やした蝶がいた。古き友を信じ、その願いを引き継いだ。新たなる友に裏切られても、それを許し、果てた。

 

そして

 

心優しき鬼がいた。自らの宿業に絶望しながらも、ヒトとしての最期を迎える為に走り続けた。

聖杯が消失した後に、大切な者へ己が全てを託し、命を落とした。

 

「生きて」いることは大変だ。

でもそう願われたなら、それを叶えるのが英雄だ。

困難を乗り越えて、いつか幸せが充ちたとき……

聖杯に頼らずとも、少女の祈りは届く筈だと。

 

【桃源郷寸話:『サハラの放浪者』】

 

「充幸……いい加減起きなさい……充幸。」

 

黒に極めて近い銀のロングヘアーを粗雑にまとめた少女は、肩に置かれた手の温もりに目を覚ました。その手の温かさは、周りの環境を鑑みても、不快に感じられるものであった。彼女の額を伝う汗が零れ落ちて、彼女の髪の桃色の毛先に染みていく。

寝ぼけた顔で周辺を見渡すと、辺りは一面の砂世界であった。ここはアフリカ大陸、モーリタニアの中心部。サハラ砂漠の真っただ中を、オフロード車がぐんぐん進んでいく。

少女は助手席から後ろに手を伸ばしたブロンドヘアーの女を凝視する。彼女は着ていた服を取り払い、真夏の水着姿で堂々と胸を張っている。運転席の男は隣をなるべく見ないように注意しつつも、変わらない風景に飽きたのか、横目でちらちらと女の豊満なバストを堪能していた。これには充幸と呼びかけられた少女も呆れるしかない。

 

「ナリエ、何故上半身脱いでいるのですか?」

「いくら魔術で外をシャットアウトしていても、外界気温は既に四十度を超えているのよ。盗賊団もいないみたいだし、肌を露出しても何ら問題は無いわ。」

「確かに暑いのは認めます。しかし運転席のエンゾにとっては目に毒でしょう。」

「目に毒とは何よ。彼は私の夫なのよ。彼が私で興奮しているなら、それは至って健全な反応よ。それに、ノエルとエルマは今ニーナさんが預かってくれているんだから教育上も問題ナシ!」

「はは、流石に今回のミッションにウチの子らを連れてくるわけにもいかないさ。ちなみに充幸君、君は絶対に脱がないでくれよ。俺がナリエに殺される。」

「そうね、充幸の身体は貧相だけれど、エンゾは節操なしだから、手を出しちゃうかもね。勿論、そうなったらぶち殺すけど。」

「……目が怖いぞーナリエ。」

「……貧相じゃないし。これでもDくらいは、多分あるし。貧相じゃないし。」

 

鬼頭充幸は、とある目的を以て、この地に足を踏み入れた。それは同乗している女、ナリエ・ダルマーロも、運転席の男、エンゾ・デ・キマリュースも同じ。彼らは皆、過去にフランスの地で起きた亜種聖杯戦争の生き残りである。当時は敵対関係にあった充幸とナリエも、今や同じ釜の飯を食う仲間だ。

ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが西暦二千年に起こした大事件『聖杯大戦』より少し前、彼の世迷言を信じたエンゾが作り上げた聖杯システムを基盤に亜種聖杯戦争は勃発した。凡そ不完全なおままごとだった彼の戦争を真なるものへ変貌させたのが、参加者の一人、ランサーのマスターであるグラコンだった。グラコンの正体にいち早く辿り着いた充幸らは、戦争を終わらせるために協力関係となる。セイバー、ライダー、アサシンが協力し、バーサーカーと、ランサー、そしてそのマスターを倒すことが叶ったのだ。

だがその過程で、参加者の一人、鬼頭充幸は命を落とした。鬼の呪いと共に育った彼女は、二十歳までに呪いをどうにかしなければ、胎内に孕んだ悪鬼にヒトの外殻を食い破られ絶命してしまう。聖杯に望むつもりが、もともと不完全だった願望器は戦いの中で消滅してしまう。彼女は自らのアサシンのサーヴァント『エサルハドン』またの名を『身代わり王』に自らの生を託した。いま現在サハラにいる充幸は、もともとエサルハドンだったはずのサーヴァントだ。鬼の魔力を以て受肉し、悪鬼として今もフランスの地をさ迷い歩く鬼頭充幸の代わりに、彼女の一生を請け負っているのだった。無論そのことをナリエとエンゾは知り得ている。

 

「貧相とか言って悪かったわね。充幸には感謝してもしきれぬ恩がある。エンゾの気持ちにちゃんと向き合えたのは充幸が話し合いのテーブルを用意してくれたお陰よ。私の最高の友人だわ。」

「ナリエが言うと凄く胡散臭くなるのは私の気のせいでしょうか。」

 

充幸は手をパタパタと振り送風を試みるが、体温より外気の温度が高ければ、熱風しか発生しない。この地において自らを癒す手段は体内に取り込む冷えた水一点である。だがクーラーボックスはもはやその役目を果たしていないとみえる。取り出したペットボトルは生温い。

 

「というか、充幸はサーヴァントでしょう。熱さなんて感じない筈じゃ?」

「身代わり王とは、王と認証した人間の人生を請け負う宝具です。既に受肉している私は、自らが人間であるように振舞えば振舞う程に、元の充幸に限りなく近づいてゆきます。無論、彼女のように鬼の血が流れている訳ではありませんので、あくまでもヒトとしての充幸ですが。」

「じゃあもう、生前のエサルハドンとは違うという訳?エサルハドンの持つ、アッシリア領域を具現化する固有結界『連綿たりし我の国(ダーリウム・マートゥム)』は使用できないのかしら。」

「…どうなのでしょう。エサルハドンの権能の多くは消失していますが、まぁ聖杯戦争自体が今や過去のものですし、使用することも無いでしょうね。」

 

彼女らの戦いが終わった後に、充幸は教会で出会った監督役の男、スぺウポシス=テイオスに別れを告げ、フランスの地で滞在することを決心した。生存者として、結果的に時計塔へ招かれたエンゾとは異なり、彼女はあくまで一市民として、只の人間として、生きていくことにする。普通の女の子、それが鬼として生まれたマスターの願いであったから。

だが、魔術師は束の間の平穏すら許しはしない。今彼女がナリエ達と共にモーリタニアを訪れたのも、戦争へ関わった者の因果である。

西暦二千年に巻き起こる、世界を賭けた祭事『聖杯大戦』。

通常の聖杯戦争と異なり、黒と赤に別れた七騎のサーヴァントと魔術師が、己が望みの為に殺し合う。亜種聖杯戦争より遥か壮大なスケールで巻き起こった「本物」の戦い。大聖杯が失われ、これが人類にとって最後の聖杯戦争となった。

―筈である。

充幸は聖杯大戦の際、一切関わりをもつことは無かった。その間はまさに安寧そのものであった。それはこの場にいるエンゾ、ナリエもそうだ。没落したキマリュース家は嘲笑の対象にしかならない、が、エンゾは他人の声を気にも留めずに、一から頑張っていくことにした。既に天へ旅立った優秀な兄も、大切な思い出の中に仕舞い込んだ。自らの弱さを受け入れ、地道に努力していく。そのことを、彼はサーヴァントであるセイバーから学んだのだ。全ての戦いに勝利した男が守り通したものが、大切な誰かの為に決して敗北を恐れないことだったように。

ナリエも、また、ライダーの少年から多くを学んだ。永遠に会えない恋人への未練、彼女はそこに囚われていた。だがライダーはその執着を捨てずに、それでも未来を生きていた。少年は何気ないところから始まる物語を誰よりも信じていた。ナリエもまた少年に背を押され、エンゾと共に幸せに生きる道を自ら選択したのだった。

そして聖杯大戦が終結した後、無人教会を根城にしていた充幸の元に来訪者が現れた。

清掃に努めていた彼女が、突如開かれた扉の先を見たとき、腰を抜かすほどに驚いた。フランスの地で彼女は知り合いに再会するなど思ってもみなかったのである。それも、奇跡に等しい邂逅だ。

 

「貴方は………戦争の後に、消えた筈じゃ……」

 

なんと戸を叩き現れたのは、監督役たるスぺウポシス=テイオス当人だったのだ。

テイオスは聖堂教会から派遣された神父だと名乗っているが、その実、亜種聖杯戦争においてこの地に召喚されたルーラークラスのサーヴァントであった。その正体は、本人の口からは一切語られなかったが、充幸は古代ギリシアの哲学者『プラトン』だと判断している。

戦争が終わった後に裁定者が現世に留まり続けるなど、有り得ぬ話だ。

 

「どうして、テイオスが、ここに?」

「すまないね。いや、まぁ野暮用だ。うーん、僕が別に関わることでもないような気はしている。うん、きっと関わる必要は無い。無いんだがね、いや~、でもね、僕が昔々にくだらないことをポロっと言い残しちゃったせいで、少し大変なことになっているというか。」

 

テイオスは頭を掻きながら、要領を得ない言葉を続ける。充幸はキョトンとした表情で彼を見つめていた。

 

「充幸君、本当に申し訳ないのだが、一つだけ頼まれごとをしてくれないか?僕はこの通り、座に帰るつもりだ、身体が半分ぐらい消えているだろう?むしろこの数年よく耐えたと言っていい。ご褒美のケーキが欲しいぐらいだ。あ、いや、ごめんね。君に頼みたいことがあって、少しだけモーリタニアへ行ってくれないかい?調査して欲しいことがあるんだ。」

 

テイオスは杖をつきながら、教会の椅子まで歩いて行き、そこに腰かけた。彼の言う通り、もはや猶予は残されていないらしい。充幸は掃除道具を置き、隣へ走っていく。

 

「テイオス、ちゃんとした説明を求めます。貴方が言う事ならば、何か一大事なのでしょうけど、私は只の人間です。過度に期待されても困りますから。」

「充幸君、アッシリアの王エサルハドン。少し時間が無いから、手短に説明するよ。」

 

テイオスは所持していた四つ折りの新聞紙を充幸へ手渡した。赤いペンで雑に丸を付けられた一つの記事に目を通す。それは充幸も知り得ていた事件の記事だ。

 

「一週間前、突如日本の上を昆虫の繭のようなドーム状の壁が覆った。突然の出来事だから諸外国も対応に遅れたが、ようやくアメリカが軍事的アプローチを決行した。まぁ結果は残念、日本を包む繭はあらゆる攻撃を通さない。完全に、この世界から独立してしまった。フランスではまだ他人事だから広まっていないけれど、近隣のアジア各国は大騒ぎさ。宇宙人の襲来なんて騒がれているよ。」

「……知っています。私(マスター)の故郷ですから。恩師である真壁先生が暮らす日本には、いつか訪れる予定でした。この繭は、やはり魔術で編み上げられたものなのですか?」

「ただの魔術障壁なら良かったのだけれど、その材質はこの人類誰も特定できていない、僕を除いてね。」

「テイオスは、この繭の正体を知っているのですか?」

「あぁ。それにある程度は事件の内容も知っているつもりさ。繭は魔術で強化された『オリハルコン』で出来ている。」

 

オリハルコンとは、古典哲学者プラトンが自身の著書『クリティアス』で言及した、伝説の都アトランティスに存在した幻の貴金属である。現世においてオリハルコンは欠片たりとも残されていない。それはアトランティスが既に滅び去っているからだ。

 

「……オリハルコンは存在しない筈。確かに、その存在を認められるのはこの世界においてテイオスだけだと思いますが、でも何でそんなものが…?」

「充幸君はサハラ砂漠へ訪れたことはあるかい?モーリタニアのサハラには、巨大な環状構造が存在する。宇宙空間から視認した結果、それは現代において『サハラの目』と呼ばれるようになった。人類はそれを摩訶不思議な先史遺産だと解釈しているが、僕は違う。僕だけが知っていた。あの目は今なお生きている。あの目は来訪者を選別し、選ばれし者だけを招き入れる。あの目こそが、サハラの目こそが、アトランティス大陸への入り口なのだ。」

「……アトランティスは、まだ滅んでいないという事ですか?」

「いや、確かにアトランティスは滅んだ。人類が神へと近づきすぎた結果、正しく滅び去ったのだ。神はアトランティスの全てを根こそぎ焼き殺した。動植物が生きた証を、何も残さなかったのだ。今じゃ空想の産物さ。……僕は過去にイデアへ接続したからね。僕はその全てを知っているのさ。理想の都だったあの場所を、僕は確かに知っている。」

 

充幸は戦争で殺し合ったランサーのマスター、グラコンを思い出す。彼は蝶の翼をはためかせる怪物だった。彼こそがヒトのモデル『イデア』であったが、彼の祈りが成就することは無かった。人間の原型である筈の彼は、あまりに今の醜く変容した人間に近付きすぎてしまったのだ。

 

「でもそれが日本とどのような関係が?」

「別に直接的な関係は無いよ。日本、というか冬木市、君も聞いたことはあるだろうが、ここは聖杯戦争の生まれた土地だ。東洋の異質な魔術儀式程度の認知であった筈が、ダーニックの所為で魔術師の多くがその詳細を知ってしまった。聖杯大戦なんて教科書に乗せるか議論が繰り広げられたぐらいだ。だが、大聖杯がもうこの世界から消え失せた以上、もはや聖杯戦争が起こる筈は無い、そう誰もが思っていただろうね。」

「新たな……亜種聖杯戦争ですか?」

「サハラの目があるモーリタニアにて開催された亜種聖杯戦争。くだらないままごとと切り捨てるには可笑しい程に、この戦争は『完成』されていた。間違いなく、聖杯戦争をおっぱじめた始まりの御三家、遠坂、マキリ、アインツベルンは関わっているだろうね。聖杯戦争が失われた筈のこの世界で、また聖杯が誕生してしまったんだ。僕が気付くのに遅れてしまった所為でね。」

 

テイオスは唇を噛んだ。充幸は彼のことを正しく理解しているつもりは無い。そもそも彼と深い関係である訳でもない。聖杯戦争を通じて知り合った奇人変人といった認識だ。隣人ですらない。

だが悪鬼を宿しつつも人間を捨てなかった少女ならば、親身になっていただろうなと強く思う。

 

「そして繭の形状から察するに、日本全土が覆われている訳では無いようだ。僕の観測では、北海道や関東地方、九州などは既に消失している。そう、恐らく冬木市も、ね。この中で一体どのようなことが起こっているのか、僕の想像が当たらなければいいけれど……サハラの聖杯戦争が起こって数日後に、この繭は誕生している。既にマスターもサーヴァントもサハラの目からは退却したようだ。御三家がサハラに赴き、もし聖杯で願いを叶えたならば、日本がああいう状態なのも説明がつくかもしれない。モーリタニアで霊脈の話を聞いたことがない以上、アトランティスにまつわる何かが何者かによって発掘されたに違いないんだ。」

「それで、私に頼みたいことは何でしょうか。」

「モーリタニアの調査を、再度、君の手でお願いしたい。僕は肉体がこんな状態だから、取りこぼしている事実もあるだろう。サーヴァントであった君だからこそ何か見つけられることがあるかもしれない。無論、君が平穏な人生を望んでいることは知っている。だが、憶測に過ぎないが、あの繭はかなり危険だと感じる。数日も立たないうちに、何か恐ろしいことが起こる、そんな予兆がある。ヨーロッパは安全と言い切れない事態にもなり得る。頼む、充幸君。もし君にエサルハドンの力が微々たるものでも残されているならば、それに賭けるしかない状況なのだ。」

 

テイオスは早口でまくし立てる。彼が嘘を言っているようには見えない。今にも崩壊しそうな身体で、充幸へ、そしてエサルハドンへ託そうとしているのだ。充幸はこれを放っておくことは出来なかった。

 

「貴方が遠い場所で出会った、イデアは、人類に牙を向けました。でもテイオスは、その際、何もしなかった。貴方は観測者だった。……哲学者プラトンが血も涙もない悪しき王へ依頼する程、状況は逼迫していると考えて良いですね。」

「あぁ、そうだ。」

「でも私は只のヒトです。出来ることは、きっと見届けるという事だけでしょう。それでも私にサハラの目へ向かわせますか?」

「あぁ、それでもだ。」

 

テイオスの真剣な眼差しに、充幸は折れるしかなかった。彼女自身、答えは既に出ている。鬼の少女ならばそうしていただろう事を彼女は模倣する。そうして、身代わり王は鬼頭 充幸へと近付いていく。

 

「全く、仕方が無いですね。調査するだけですよ、他は何もしませんから!」

 

充幸は立ち上がり、テイオスに背を向ける。照れた顔を見せるのが恥ずかしかった為だ。両手で自らの顔を揉み解すと、具体的にするべきことを尋ねようとした。

 

「ところでテイオス、私は……」

 

振り返ると、そこには既に誰も座っていなかった。綺麗さっぱり跡形もなく、裁定者はその姿を消していた。

扉が開いた音はしない。彼は今この瞬間に、現世から消滅した。

彼は最後の力を振り絞って、この古びた教会にやって来たのだ。一人残された充幸は、空席を眺め続ける。

 

「本当、はた迷惑な監督役です、全く。」

 

充幸は少し呆れつつも、テイオスの英霊としての執念深さのようなものに賛辞を贈る。彼は好奇心の化物ではあるけれども、ヒトの未来を常に思いやっていた。彼がただ知識を求めるだけの存在であったなら、監督役としての役目を終えた時点で満足して消えていただろう。

サハラの目をアトランティス大陸と関連付けたのは何を隠そう生前のプラトンだ。もし日本上空を覆う不可思議な繭が、彼の言う通り、聖杯戦争の祈りによるものならば、それは充幸にとっても他人事では無い。

彼女は人の願いの尊さを知っている。そしてその歪さもまた知っている。聖杯が残されているならば、戦争は決して終わらないだろう。

 

「だからどうしたという話でも無いけど……とりあえずモーリタニアに行ってみようかな。」

 

充幸はかつての強敵であり好敵手、今は理解者である二人の友へ連絡する。きっと彼らもまた、聖杯戦争の生存者として聴取を受けていることだろう。充幸はナリエ・ダルマーロへコンタクトを取り、教会の外へ飛び出したのだった。

 

そして現在、三人はモーリタニアへ来訪した。延々と続くサハラ砂漠を猛スピードで駆け抜けている。

 

「連綿たりしサハラ砂漠……はぁ、暑いです。」

「でももう見えてきているよ、充幸君。あれがリシャット構造だ。」

「え、あれが?何だかよく分からないわね。」

 

ナリエの言う通り、充幸から見ても、ただゴツゴツとした岩場があるようにしか捉えられない。

 

「それはそうだ。『目』というのはあくまで、宇宙から見ればそれに見えるってだけだからね。」

 

エンゾはリシャット構造内部へ車を走らせる。砂漠に現れた山々が連なり、高低差を際立たせている。宇宙空間から見れば、これがくっきりと線で浮かび、ヒトの眼球のように見えるらしい。ナリエは双眼鏡で外の景色の隅々まで見渡している。

 

「さて、この辺りで一度降りようか。俺の魔術が施されたジャケットを渡しておく。」

「エンゾ、これダウンジャケットじゃないの。殺す気?」

「いやいや、確かに見た目はサイアクだが、着てみれば分かる。逆に涼しくなってくるはずだ。万が一ジャッカルなんかに襲われても二回くらいなら防いでくれるさ。」

「エンゾさんが得意の魔術結界ですね。有難く頂戴します。」

 

充幸はノリノリで、ナリエは渋々とジャケットに袖を通すと、先程の暑さが一転、快適な温度に調整された。これにはナリエも目を丸くしている。

 

「エンゾ、こんな良いものがあるならモーリタニアに来る前から渡しておきなさいよ。」

「いや、分かっているだろうナリエ。俺の三流魔術は多少精度が良くても時間制限がある。これは二時間程度しか機能しない。」

「あぁ、そういうことね。」

 

エンゾは苦笑いを浮かべると、自らもジャケットを着込み、車の外へ出た。盗賊が現れたときの為に、車にも結界を敷いておく。

 

「(仮に盗賊が現れても、充幸君とナリエが簡単に撃退するんだろうな。)」

 

エンゾは戦闘で活躍しない自らの姿を想像して溜息をこぼした。

彼は既に車を離れた充幸とナリエを追いかけつつ、この地で行われたとされる聖杯戦争の調査に入る。証拠足り得る品の回収が彼の任務だが、恐らく望む結果は得られないだろうことは彼自身理解していた。

 

「エンゾさん、どうされましたか?」

「テイオスが消滅してから、この地には何度か実働部隊の調査が入っている。俺たちが探しても何も見つからないだろうなぁ、なんて。」

「エンゾは卑屈なのよね、全く。むしろ功績を挙げるチャンスかもしれないわよ?」

「時計塔はキマリュース家みたいな没落魔術一家に一切興味は無いよ。俺が招かれたのは只の興味本位だ。知りたいことが知れたら、ボロ雑巾のようにポイ捨てさ。」

「エンゾさん……」

「だから功績の為じゃない。俺がかつて起こした戦争、それにより生まれたサーヴァントが、フランス市民の命を奪った。多くの悲しみを生み出してしまった。自分本位な願いだった……これは俺の贖罪だ。二度と、聖杯なんて生まれてはいけない。自分の願いの為に、他人を足蹴にして良い理由なんて無いんだからな。もしサハラで戦争があって、それが今も場所を変え続いているならば、俺は止める為に走るさ。」

「エンゾ…」

「でも魔術協会に目を付けられて襲われるなら、全力で逃げる!今は、ナリエも、そして子ども達もいるからな。」

 

エンゾは白い歯を見せて笑う。ナリエもまた、彼と同じ気持ちであった。かつて自らのサーヴァント、ライダーに言われたことを思い出す。全てを守るか、全てを憎むか、大雑把すぎる意思決定をすること。あの戦争で彼女は『守る』決意をした。当時胎内に宿っていた子だけでなく、エンゾも、充幸も守り通した。だからこそ彼女は今エンゾの隣で生きている。

 

「既に時計塔の調査が及んでいたのですね。サハラの聖杯戦争について、どれくらいまで情報を掴んでいるのでしょうか?」

 

充幸の純粋な疑問に、エンゾは知り得る限りで返答した。

 

「まず調査の結果、このサハラの目、というかモーリタニア自体と言っていいが、霊脈が殆ど存在しない。」

「は?」

 

エンゾの発言に、素っ頓狂な声をあげてしまったナリエである。

 

「霊脈が無いって、聖杯戦争が起こったのよね?」

「そうだよ。本来召喚術式を成立させるためには膨大な魔力が必須だ。この辺り一面砂の海なサハラでそんなものが出現する筈も無い。それは魔術教会側もとうの昔から分かっていたことだ。だが、確かにこの地で戦争は起きた。俺にはさっぱりだが、充幸君はどう考える?」

「…テイオスが言っていたことが真実ならば、サハラの目はアトランティス大陸のゲートです。もしアトランティスを一つの島では無く、仮に地底世界?もしくは異界と捉えた場合、誰かがサハラの目へアクセスし、何らかのアプローチで門の戸をこじ開けた。そして既に滅び去った筈のアトランティスから膨大なマナを取り寄せた……」

「プラトンの『クリティアス』は学術的に色々と不備があると言われている。そもそも彼は理想主義の塊で、アリストテレス学派の方が大部分を占めている社会だから、彼の言の葉に耳を傾ける者は数少なかったんだろうね。そして今まで現れなかった、アトランティスへの鍵を有する者がこの地に現れた。」

「いやいやいや、無理があるわ!魔術協会がそんな神秘を発掘出来ないわけ無いでしょう?アトランティスって神代のものじゃない!」

「ほら、アルビオンも中々に全容が掴めていないし……ね?」

「霊墓アルビオンと一緒にするんじゃないわよ。というか、何でじゃあ今になってサハラの目の鍵を持つ誰かが現れたのよ。」

 

ナリエの発言に二人はうーんと唸るしかない。そもそも彼らは魔術に精通している訳でも無いが故に、頭を悩ませようと答えが出ることは無いのだ。

 

「まぁとりあえず、サハラには霊脈が無いって事実は既に時計塔も知り得ていることだ。あとは、戦争の立役者と思しき人物にも凡そ見当がついている。」

 

エンゾは所持していたリュックサックから写真付きの資料を二人へ手渡した。

 

「三十代後半の男だ。名前は『テスタクバル=インヴェルディア』。俺と同じ、既に没落した魔術師だよ。インヴェルディア家の跡取りだが、親も兄弟も全員亡くなっており、天涯孤独の身だ。時計塔の魔術師で、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの講義に積極的に参加し、彼を師事していたそうだ。ダーニックがナチスの魔術師として第三次聖杯戦争へ参戦する頃には、既に時計塔を離れていたらしい。まぁ上層部からしたらはぐれ魔術師など気にも留めないだろうからな。」

「聖杯大戦の元凶、ダーニックの弟子ということですか?」

「うーん、その辺りは良く分からないな。同じくダーニックの人気の欠片も無い講義を受けていた奴によると、テスタクバルはダーニックに煙たがられていたようだし。ユグドミレニアの暴動に関わっている様子でも無かったようだ。それはユグドミレニアの跡取りの青年も嘘偽りなく告白していたよ。」

「何故、そのテスタクバルさん?がサハラの戦争の立役者だと?」

「モーリタニアへ調査に入った協会側が、証拠を多数発見したんだとさ。別にテスタクバルは隠れてコソコソやるつもりはないらしい。戦争の跡がくっきりと残されていたんだ。このサハラの目を除いて、な。」

「時計塔もサハラの目を調査したけど、開かなかったという訳ね。」

「テスタクバルがどうなったかは不明だ。生きているのか、死んでしまったかさえも分からない。サハラの聖杯戦争に関わったかもしれない冬木の遠坂、マキリ、アインツベルンも、日本が今あんな様子じゃコンタクトも取れないしな。お手上げだよ。」

 

エンゾはやれやれといったジェスチャーを添える。充幸がテイオスに聞いていた話より遥かに、時計塔の方が情報を掴んでいるようだ。

 

充幸は資料に目を通す。ちょうどエンゾが話した内容が、箇条書きでまとめられていた。写真の男は恐らく現代の感覚ではハンサムと言えるだろう。アッシリアの地で王を務めたエサルハドンには、瘦せ型で少し頼りなくも見えた。

 

「じゃあこの辺り一帯を見て回ったら、車に戻り、より中心部へ近付いてみようか。現地の方々に接触できるかもしれない。」

 

エンゾの発言により、皆が個々に調査へ没入する。エンゾは魔術の足跡を辿り、ナリエはどこに隠していたのか、連れてきた小鳥たちに指示を出し、充幸は残された英霊の力で戦いの残滓を探す。

 

「というかナリエ、砂漠に小鳥を放つの、立派な虐待だと思いますが!?」

「私の小鳥にもエンゾの魔術を施して貰ったの!変なこと言わないで!」

 

各々が探索するも、それらしいものは中々見つからない。既に余すところなく魔術協会側に回収されているようだ。充幸は鬼の力を持たないが故に、死者の声に耳を傾ける力も所持していない。彼女は未来を占うことが出来ても、過去を見ることは不可能なのだ。

 

「綺麗なほどに消されているな。いや、持ち帰られている、というのが正しいか。早く日本を包み込む繭の材質を掴みたいと思っているだろうからね。」

「日本に近付いて繭を削り取る、というのは不可能なの?」

「アメリカ軍の主砲にも傷一つ付かない結界だからね。欠片たりともこぼさない、厄介なものだ。だがこの世界にあるもの全てに、対抗札というものが存在している。ウイルスに対するワクチンのようにね。繭を切り崩す何かが地球上には用意されている筈だけど……。」

 

エンゾは一度この場での調査を取りやめ、二人を乗せてより『目』の中心部へと車を走らせた。盗賊はおろか、現地住民すら一人も見かけないのは、過疎地域である所以だろうか。それとも既に何者かに『回収』されているのだろうか。

 

「この辺りまで来ると、魔力とは違う、何か神秘的なものを感じるわね。充幸はどう?」

「確かに、そうですね。」

「……よし、一度この辺りで停車しよう。地形が複雑で車だとタイヤをもっていかれるかもしれないからね。ここから先は歩きだ。」

 

三人は再び下車し、舗装されていない道を歩いて行く。登ったり下ったり、足に負担のかかる地形であることは間違いない。

 

「どう、エンゾ?」

「先程と変わりはない。充幸君のサーヴァントとしての嗅覚に託す他ないね。」

 

充幸は重度に熱された地面に触れながら、魔術を感じ取ろうとする。しかしエンゾの言う通り、この場所には霊脈らしきものが無い。あくまでこの場所は砂漠、痩せこけた土地だ。そしてアトランティスへ至る為の門の存在も認められず、ただ無意味に時間が過ぎていくのみである。

彼女から見ても、この場所はもはや只の観光地だ。

 

「テイオスはこの『目』に何を見たんでしょうか。」

 

悪路を往く三人に対し、突如、突風が襲い掛かった。西風を感じないこの場所でこれほどまでに強烈な砂嵐は想定外である。ナリエの叫び声が断末魔のようで、回線が途切れるように、突風の音に掻き消された。

 

「ナリエ!エンゾさん!」

 

充幸は後ろを歩いていた筈の二人へ振り向くも、舞い上がった砂の壁に阻まれ、安否を確認できずにいた。こういう時は動かずにじっと耐えるのが正しい、そう即座に判断して、その場に縮こまる。

 

「(でもどうして急にこんな砂嵐が)」

 

それはまるで外敵を阻むトラップのよう。もし意図的に『目』が到達者を拒んでいるならば、この砂嵐は決して収まらない。

充幸に出来ることはただ一つ、鞄から取り出した水晶玉で、この後の命運を占うのみである。

アッシリアの王、エサルハドンの占いは、未来視とまではいかなくとも、先の道行きを見定めることは出来る。肉体が人間へと限りなく近づいている今、その権能を振るえるかは甚だ疑問ではあるが。

 

「(まぁ、トライアンドエラーだよね。)」

 

充幸は水晶玉を両手で覆い、彼女の中に流れる魔力を込める。彼女が身代わり王として存在した際は、微弱な魔力でも機能した。だがそれはあくまでエサルハドンの身代わりであったが故。今の彼女には難易度の高いミッションである。

 

「(やっぱりエサルハドンの名を捨てた私では……)」

 

そう諦めかけていた時、水晶玉に一人の女が写っていることに気付いた。だがそれは先の未来を占った結果のものではない。彼女が顔を上げると、目の前に写り込んだ少女が立っている。ただガラスに反射していただけであったのだ。

その少女は余りにも異様であった。白銀の髪に赤い眼、白いワンピースを着ている。外の気温は熱いけれども、ここまでの薄着はかなり危険だと言える。モーリタニアの現地人であろうか。砂嵐に動じていない辺り、そう充幸は判断するしかない。

 

「あ…あの…」

 

充幸は恐る恐る口を開いた。だが喋ると砂が口の中に入って来る勢いだ。

白銀の少女は座り込んだ充幸を無表情で見下ろしている。手を差し伸べる訳もなく、ただその血のような赤い目で充幸を捉えていた。

 

「あの、現地の方でしょうか?」

 

充幸は声を振り絞った。少女はふるふると頭を横に振る。

 

「あなた、ひと?それともサーヴァント?」

 

少女はそう問いただす。その時点で充幸は警戒心を露わにした。英霊の概念を少女が知り得ている。間違いなく、サハラの聖杯戦争の関係者だ。充幸は唾をぐっと飲み込み、返答を考えた。

 

「どちらでも、あります。元はサーヴァントで、今は人間です。」

「そう。変なの。」

 

少女はしゃがみ込み、充幸と目線を合わせた。少し動けば肌が当たってしまいそうな距離まで詰めてきて、少女は充幸の顔を覗き込む。

 

「あ、あの……」

「こういちろうに会った?」

「へ?」

「こういちろう。わたしのすきなひと。」

 

少女の赤い目は鋭く尖っているように見える。充幸の返答次第では、何をしでかすか分からない、そのような雰囲気を醸し出す。

 

「知らないです。すみません。」

「そ。」

 

白銀の少女は急に興味を失ったように、そっぽを向いて立ち去ろうとする。

充幸は慌てて彼女を引き止めた。

 

「なに?」

「貴方は、聖杯戦争の参加者なのですか?」

「それは前のわたし。いまは前のわたしが遺したバックアップをさがしている。あと、こういちろうの場所も。この『目』がどこへ繋がっているのか、わたしにはわからない。『目』の先へおくった端末も、なにものかに制御されている。」

「えっと、はぁ。」

 

充幸は少女の言う事が理解できなかった。唯一知り得たのは、彼女が恐らくサーヴァントであることだけだ。

 

「そうだ、いいことを思いついた。」

 

白銀の少女は振り返り、充幸の肩を掴んだ。その目はキラキラと輝いているように見える。

 

「な、何でしょう……?」

「あなたも『目』に落ちて。サーヴァントだから、わたしがその足跡をたどる。もちろん、バックアップを見つけてからだけど、ちゃんとあなたを追いかけるから。」

「は、はい?!」

 

少女は充幸の手を取った。人間のものとは思えない凄まじきパワーで腕を引かれる。否、引きずられるという表現が正しい。

 

「何を、するつもりですか!」

「落ちて。扉の向こう。『目』の向こう。こういちろうを見つけて。」

「やめてください!」

「やだ。わたしがこういちろうに会うためだから、ちょっとだけ我慢してね。」

 

砂嵐を切り分け、少女はずんずんと歩みを進める。充幸は抵抗するも、鎖のように固く絡みついた指を引き剥がすことが出来ない。

 

「(まずい、嫌な予感がする)」

 

充幸の心音はまるでアラートのように警告を促す。彼女を引き離すために、出来うることを模索する。

そして充幸は信じられないものを見せつけられた。引き摺られた先、先程までは確認できなかった筈の、余りにも巨大な穴が存在している。

隕石でも落ちてきたかのような、大きすぎるクレーター。地球の裏側まで落ちて行ってしまいそうな、そんな気配が感じられる。

 

「(モーリタニアの裏側って、もしかして日本?でも日本の裏側はブラジルだって言うし、この穴は何?)」

 

充幸が考えている間にも、少女は穴へ向かって真っすぐに突き進んでいく。

 

「ちょっと、待って、死ぬよ、流石に死ぬって!待ってください!」

「だいじょうぶ。わたしの加護を受けるから、落ちても死なない。しっぱいしたら吊り上げてあげる。」

「いや、そういう問題では!」

 

充幸はこの短時間で走馬灯のように駆け巡った打開策をかなぐり捨て、エサルハドンの権能を何とか呼び起こすことに決めた。

彼女は握り締めていた水晶玉へ魔力を流し込む。そして、内に眠る英雄の残光へアクセスする。

 

『木は長命、金は調和、水ならば勇壮なりて、ホロスコープの導きにより、我が盟友は夙(つと)に在りし』

 

白銀の少女は充幸の身体が熱く燃え滾るのを肌で感じて、彼女を急ぎ突き放した。

少女は悟る。これから英雄の絶技が披露されるのだと。

 

『アシュールの息子達(カタム・クァラーダム)』

 

充幸が水晶を翳すと、サハラの地面から這い出た泥が、人間の形を形成する。エサルハドンを支えた剛勇たちの一人がランダムに選ばれ、現世に蘇る。心臓を持たないただの泥人形である為、この戦士を操作するのは充幸自身だ。もしエサルハドンならば百を超える部下を生み出せたかもしれないが、彼女は只の配下を自らが率先して操作することを嫌っていた。何ならば、汚らわしいとさえ感じていた。彼女は王として命令を下すのみであったのだ。だからエサルハドンはこの宝具を使わない。充幸となりつつある身代わり王だからこそ、使用できた力である。

 

「ごめんなさい。私は貴方の望みを叶えてあげることは出来ません。私は平穏に生きていきます。」

 

充幸が水晶を振り被ると、泥人形は前進し、少女を突き放すように働きかける。無論、充幸に戦闘意思は無い。少女を殺すつもりもなければ、傷つけることもしないだろう。あくまで充幸が少女から逃げる為の技だ。

 

「ふぅん。」

 

覆い被さろうとする泥人形から距離を取り、少女は興味深そうに後退する充幸を見つめた。

 

「やさしいのね。あなた。」

 

少女は宝具を使用したにも関わらず、戦う意思のない充幸へ賞賛の言葉を贈る。

 

「でも、だめ。」

 

少女は微笑みながら、砂の大地から黄金の柄を取り出した。だがその柄には剣身が存在しない。彼女がグリップを天高く翳すと、砂嵐に覆われた世界に小さな光が差し込んだ。

 

「なにを……」

「あなたとおなじ。わたしもみせてあげる。」

 

白銀の少女は目を閉じ、その権能を振るうための言の葉を紡いだ。

 

『マルスへ、接続』

 

突如、少女の掲げる柄から、葉脈のような幾重にも伸びる線が三本、発現する。その線は虹と呼ぶにふさわしい、カラフルなもの。空へ空へと広がっていき、複雑な回路のように宙を彩った。

そしてその三光が、充幸の泥人形を溶かし尽くす。だが少女はまだその絶技を完了していない。光の回路は何処までも、果てしなく広がっていく。

充幸は本能的に全てを察した。

彼女の宝具は、恐らく、サハラ全域へ及び、全ての生命を破壊し尽くす。

 

「(ナリエが、エンゾさんが、死んじゃう)」

 

充幸の握り締めた水晶玉に写り込む、宝具が放たれた後の未来。充幸は忽ち肉塊と化す。

ならばと、充幸はその選択肢を選び取る他無かった。そう、彼女は白銀の少女の前で、自ら穴の中へとダイブした。

 

「やるしかないでしょおぉぉぉおお」

 

充幸の声は果てしなく続くような穴の中でこだまする。

白銀の少女は充幸が望み通り落ちてくれたことを確認すると、発現した力を掻き消し、柄を仕舞い込んだ。

 

「おねがいね、きっと、こういちろうを見つけてね。」

 

 

あれから、どれほどの時間が経過しただろう。

充幸がふと目を覚ますと、青い空が広がっていた。

彼女が倒れているのは何処かの砂浜である。さざなみの音が耳を心地よく突き抜ける。

 

「いたたた」

 

彼女はゆっくりとその身を起こした。そして目を擦り、辺りをしっかりと見回した。

右方向には広大な海が広がり、左方向には見たことも無い巨大な壁が存在している。壁というより、ドーム状の建築物のようだ。乳白色の色をしたそれは、まるで何かの生物の卵のようである。充幸は立ち上がり、その壁まで歩いて行く。

 

「ここは、何なの……私は……」

 

充幸は壁のすぐ傍まで近づき、それに触れた。つるつるとして本当に卵の外殻のようだが、凄まじい強度を誇っている。

左手をぺたぺたと付ける内に、彼女はこれまでのことを思い出していた。

フランスの教会で寝泊まり生活を送っていた時に、テイオスに再び出会い、ナリエとエンゾ二人と共にモーリタニアへ調査へ行った。

 

「あれ……?」

 

―そのあと、どうなったんだっけ。

 

調査を進めていたことは確かに記憶に残っている。だがその後、何か大きな出来事があった筈だが、彼女はそれを思い出せない。彼女が察するに、この場所は恐らく日本である。目の前に聳えるのは、テイオスが言っていた繭そのもの。だが、何故彼女はこの地で倒れていたのだろうか。どれだけ頭を悩ませても、その答えを得ることは出来なかった。

 

「分からないけど、日本が大変なことになっているというのは本当だったのね。」

 

充幸はこれからどうしていいか分からず、茫然と立ち尽くした。パスポートも無しに海を渡ってきたのだ。自然の木々すら存在しない浜辺からどう脱出すればよいのか。彼女の顔は見る見るうちに青ざめていく。

 

「そう言えば、アメリカ軍が繭を攻撃しているって、テイオスが言っていた気がする。誤射で死なないように気を付けながら、何とか助けてもらおう。」

 

そもそも、もし戦闘機による空からの爆撃であったならば、彼女の存在はきっと見つけてもらえないだろう。

浜辺に大きくSOSの文字を書くか、検討し始めた、その時だった。

十数メートル先から、三人組の男女が、談笑しながら充幸のいる方角へ向かって歩いて来る。充幸が目を凝らすと、三人は迷彩柄の軍服を着ているようだ。

 

「もしかして、アメリカ軍の人たち?!」

 

充幸は慌てて彼らの方へ走り出す。浜辺を歩いているという事は、ここから飛び立てる、もしくは海へ出る手段を持っているという事だ。こんなチャンスは二度と無いかもしれない。

 

「あの!あの!」

 

充幸は普段からは考えられない程の大声で彼らを呼んだ。すると三人も充幸の存在に気付いたのか、その歩みを止める。

充幸は彼らに近付いていくことで、ようやくその顔や背格好を確認することが出来た。

一人は、中学生程の身長の少女である。白と黒の混ざった髪、口や耳に大量の装飾品を付けている。上着は腰に巻き、黒いインナーが露わになっていた。

一人はナイスバディと言わざるを得ないプロポーションの女。カーキ色の髪に、ガッツリと開かれた胸元、そして短すぎるスカートから網タイツの艶めかしい足が露出している。

最後の一人は、焦げ茶色の肌をした大男。隊服は上まできっちりとボタンが絞められているが、その圧倒的な筋肉に、今にも服が破れそうである。そして彼がかけているサングラスは虹色に照り輝いていた。

充幸は、アメリカ軍ってこんな感じだっけ、と疑問を抱きつつも、疑うことなく彼らの元へ走っていく。

そして彼らの声が聞こえる距離まで来たときに、身長の低い少女の舌打ちがはっきりと耳に届いた。

 

「何だよ、何でこんなところに『統合英霊』がいるんだよ。」

 

充幸は英霊という単語に反応し、急ブレーキをかける。ただのアメリカ兵が充幸の存在を見抜ける筈も無い。

 

「あら~やだわぁ。本当ね。人間と英霊の統合体はわたくしたちだけだと思っていたわぁ。これも教祖様のお力かしら?」

 

マッスルな大男はくねくねと身体を反らせながら発現する。身長の低い少女は男のオネエな口調に若干引いているようだった。

 

「あら、シュランツァちゃん。どうしたのよ、そんな熱い目でわたくしを見つめちゃって、もう!」

「いや、やっぱり慣れねぇな。お前のその感じ。」

 

シュランツァと呼ばれる少女はまたも舌打ちをしながら、充幸の方へスタスタ歩いて来る。充幸は驚いて数歩あとずさった。

 

「お前、ザー様の作った『統合英霊』か?」

「えっと、どういうことでしょうか…?」

「だから、災害のアサシンが作り上げた、人間と英霊の混成体かって聞いているんだよ。何度も言わせんなボケ。」

「混成体…?分からないです、本当に。」

 

シュランツァは目を尖らせる。かなり苛立っているようで、足で砂を蹴飛ばして、充幸を威嚇した。

 

「こら!もう、シュランツァちゃんったら!もしかしたら教祖様が先日アインツベルンに統合英霊計画の資料を渡していたから、それかもしれないわ。早々にアインツベルンが作り出した試作号かも。」

「それは無い。アサシンはアインツベルンを監視している。こんな被験体は確認されていない。」

「あら、詳しいのね、ウラルンちゃん。」

 

先程まで無口を貫いていたモデル体型の女が早口で発言する。どこかロボットのように冷たい口調であった。

 

「ザー様でも無けりゃ、アインツベルンでも無い、お前は一体何者だ?しかも繭の隠し通路を知っているのは第五区でも僅かだって言うのに、何故お前はここにいる?」

「私は……」

 

充幸は口ごもる。彼女自身、何故いまこの場所に立っているか分からないからだ。亜種聖杯戦争で戦い抜いたサーヴァントであり、人間へと生まれ変わりつつあることを説明しようにも、上手く言葉が出てこない。

 

「話す気は無いってか。そーかそーか、じゃあ拷問だコラ。」

 

シュランツァはズボンのポケットから小型の注射器を取り出した。そしてそれを、大きく突き出した自らの舌へ向かって差し込む。舌にはコネクタのようなパーツが装着されており、そこへ注射器の中に入った液体を注ぎ込んでいく。それは充幸から見て、非常に痛々しい光景だったが、少女は狂ったように笑っていた。

 

「あぁ、入って来る入って来る入って来るぅぅぅうううう。きんもちぃぃぃぃいいいいいいいいい。サーヴァントが流れてくるぅぅぅぅうううううう!」

 

シュランツァの顔や腕に、血管の筋がくっきりと浮かび上がる。彼女は白目を剥きながら、涎を垂れ流していた。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『ヘラクレス』現界します。〉

 

「来い!アタシの身体を犯し尽くせ!ヘラクレス!」

 

シュランツァの肉体が発光する。黒と白のセミロングは腰まで届く長さに変化し、彼女の目は赤い血のように燃え滾っている。黒のインナーは破り捨てられ、上半身は裸である。その慎ましやかな胸の先端にも、そして臍に至るまで、金のピアスが付けられていた。

そして何よりもど派手な、身長を超える巨大な剣を、彼女は軽々しく持ち上げる。

 

「(なに?この人…どう見てもヤバい!)」

 

充幸は逃げる準備に入ったが、見渡す限りの砂浜には、隠れ潜む場所は無い。

 

「死ねやコラァァアアアア!」

 

充幸の目前まで刹那の内に迫ったシュランツァは大剣を振り被り、彼女のいる場所へ叩きつけた。充幸はよろけ、尻餅をついたおかげでぎりぎり剣先の届かぬ場所へ逃げることが出来ていた。シュランツァが地面に突き刺さった剣を引き抜くと、そこは真っ二つに割れ、断層が露わになっていた。

 

「(逃げられない)」

 

シュランツァは拷問と言っていたが、明らかに殺意を持って追いかけてきている。怒りを孕んだ目は、それでいてそこか虚ろであった。精神が英霊の方へ大きく傾いているようだ。彼女の残虐性のみが英霊の力を最大限に引き出している。

 

「(戦うしか、ない。)」

 

充幸は水晶玉を取り出した。そしてそれに微弱ながら魔力を注ぎ込むと、大きな杖の形状に様変わりする。

充幸はエサルハドンと袂を分かった。身代わり王は言わば犠牲者、多くの国民を苦しめた悪逆の王を許すはずもない。

だが、だからこそ、エサルハドンの権能を使用する。これはかの王との共闘では無い。王に利用された分、自らも王をこき使ってやろうという精神だ。

 

「(貴方が真の王ならば、今こそその権威を知らしめるときだろう。違うか、エサルハドン。)」

 

充幸が杖を強く握りしめると、彼女の銀の髪の毛先、淡い桃色が侵食してくる。彼女の両目もまた、エサルハドンと同じ桃色へと変化し、亜種聖杯戦争のときの感覚を取り戻していく。

 

「(いける、今なら、力を振るえる!)」

 

シュランツァの第二撃、高速で接近した彼女は無茶苦茶に剣を振り回した。充幸は杖で悉くをはじき返す。相手が聖杯戦争で召喚されたサーヴァントであるならば、鈍った身体で対応できるほど甘くは無いだろう。だが少女は英霊の力を宿した人間である。ヒトへ変わろうとしている英霊の方がより優れた戦闘センスを持っているのは言うまでもない。

充幸はシュランツァのがら空きになった上半身に、杖の水晶を叩き付ける。そしてすかさず、そこへ渾身の魔力を注ぎ込んだ。

 

『爆ぜろ(イシャータム)』

 

水晶が青い炎に包まれ、シュランツァの肌へ燃え移る。彼女は後方へ転がりながら、なおも燃え続けていた。

 

「何だよコラ、あっつ」

 

シュランツァは大きく息を吸い込み、炎へ向かって吐きかけた。通常人間の肺活量で燃え滾る火をどうにかは出来ないが、流石はサーヴァントを宿している者。一瞬にして煙へと昇華する。

 

「クソッ、何者だ。草食動物な顔の癖に、急に盛りやがった。」

「あらん、シュランツァちゃん大丈夫ぅ?綺麗なお肌が台無しよ?」

「ショーン、お前は黙っていろ。」

 

シュランツァは再び充幸に対し睨みを利かせる。野獣の眼光は、見るものへ恐怖を植え付ける。

だがエサルハドンの権能を振るう彼女にはもはや無意味だ。シュランツァに宿るヘラクレスの逸話を思い出しながら、その対処法を考える。どのみち長期戦になれば、敗北するのは充幸だ。そういつまでもエサルハドンの力を使える訳でもない。それならば今、彼女の全力でシュランツァの進軍を止めるしか策は無いだろう。

 

「行くぞピンクビッチ。アタシの本気はこっからだよ!」

 

シュランツァの蒸気機関が如きパワフルな突進に、充幸は動じることなく杖を構える。

充幸が出来ることは、最初から変わらない。どんな敵に対しても、自らのセカイで立ち向かう。

 

『カサーダム。

其の道は我が選び、我が進む。

ナダーナム。

この生は占卜と共に在り、指し示すは悠久の果てたる神の庭。

これは遥かなる大地に現出する久遠の理なり。』

 

充幸の足元、光り輝く魔法陣が広がり、大地から星屑の粒子が空へと昇っていく。

 

「何だ!?」

 

全速力のシュランツァも流石に動物的本能で立ち止まるしかなかった。だが充幸の固有結界から逃れる術は無い。

 

『連綿たりし我の国(ダーリウム・マートゥム)』

 

先程まで砂浜だった景色は流転する。そして、風が新たな世界を運んで来る。エサルハドンが王として存在したアッシリアの大地が、現代に再構築された。

 

「こ…固有結界かよ……嘘だろ?」

 

目を見開くシュランツァと、その背後で美しい景色に見惚れるショーン。

充幸は容赦なくシュランツァのレンジに到達すると、杖の先を顔に叩きつけた。シュランツァは草原を転げ回り、流れる川へと落ちていく。先程の炎などとは比べ物にならない、圧倒的なまでの破壊力。この結界内に充幸がいる限り、彼女は全ステータスの向上と決してダメージを受けない恩恵を得る。

川へ落ちたシュランツァに対し、充幸は魔術で編み出した炎の爆撃を浴びせかけた。シュランツァは逃げることも出来ず、ただそれを受け、倒れ込むのみである。そしてシュランツァの元まで走っていくと、三度その杖を彼女の生身の部位に叩き込んだ。

 

「かっ…ハッ……」

 

体重の軽いシュランツァを杖で無造作に持ち上げ、城塞の階段の方へ投げ飛ばす。彼女は早々にも戦闘不能に陥っていた。

充幸は温和な性格だと自負しているが、エサルハドンの権能を使用している間は、かつての彼女へ逆戻りする。つまり、いま彼女は敵をこれでもかと痛めつけることに快感を覚えているのだ。

 

「ちょっとちょっとぉ。ウチのシュランツァちゃんを虐めすぎないで!というか杖って本来そういう使い方をするものじゃないでしょぉ!」

 

充幸が声のする方へ振り返ると、ショーンと呼ばれるオネエの大男が、その右手に注射器を握り締めていた。

 

「…っそれは、さっきの…!」

「そうよ。まさかシュランツァちゃんだけだと思ってないわよねぇ?」

 

ショーンは左手首に取り付けられたコネクタに注射針を打ち込んだ。シュランツァのときと同様、彼の額や腕の血管が破裂しそうなほどに膨張する。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムキャスター』:『アスクレピオス』現界します。〉

 

「私も、行く。」

 

そしてその隣のウラルンもまた、注射針を胸部に付いたコネクタに刺し込んだ。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムアーチャー』:『ケイローン』現界します。〉

 

そして二人の人間の体に、二騎の英霊が降霊した。

ショーンは黒いフードにペストマスクの非常に奇妙な姿へ変身し、ウラルンはより露出度があがり、胸や足が強調されるフォルムになった。

ウラルンは手に携えた弓でエネルギー波の矢を連射し、充幸を大きく後退させる。その隙に、ショーンは宝具を起動した。

 

『毒薬・不要なる冥府の失笑(リザレクション・ヴェノムハデス)』

 

ショーンが掌に作り出した紫の球体が、シュランツァに向けて発射される。それを浴びた彼女はゾンビのように身体をあらぬ方へくねらせながら蘇った。

 

「お早う、シュランツァちゃん!大丈夫かしらん?」

「アタシには十二の試練がある。余計なマネするんじゃねぇよ。」

「でもでもでもぉ、それを使ったら、シュランツァちゃん、もう帰ってくれなくなるじゃないの!わたくし、それは寂しいわぁ!」

 

最初こそ紫の波動を浴び、身体の骨がぐちゃぐちゃに搔き乱されていたものの、数分の内に彼女は元通りになる。充幸から受けた傷も、全てが綺麗に消失し、戦う以前のような状態である。

 

「(あのショーンとかいう男の力、どう考えても只者じゃない…っ)」

 

充幸は杖を地に刺したまま、新たな一手を必死に思考する。

彼女がこの固有結界を破られない以上はまず負けることは無いだろう。ならば先にヒーラー役を担うショーンから倒すべきである。だが強力なヘラクレスを宿したシュランツァがそれを阻むことは必至。充幸の魔力が切れた時点で、彼女の死は確定するだろう。

だが充幸はこの時の甘い考えを後悔することになる。この固有結界にいる限り無敵であると、誰が決めた理であろうか。

 

「(そういえばもう一人、ウラルンって女は?!)」

 

彼女がアッシリアの光景を隅々見渡すと、ウラルンは天高く人差し指を掲げていた。

 

「(まずい、何かが来る!)」

 

充幸はシュランツァとショーンに目もくれず、真っ直ぐにウラルンの元へ走り出す。だがウラルンの小さな微笑みに、彼女は敗北を悟るのだった。

 

「私の宝具は対人宝具。この世界で発動しても貴方の無敵の肉体には傷一つ付けられない。でも、この世界の外からの一撃なら話は違う。空に輝く星座が見える?」

 

「(固有結界の外からの射撃!)」

 

「貴方の行動は計算済み。座標位置固定。もう貴方の杖は届かない。」

ウラルンは胸を大きく揺らしながら、天高く指した指をしまい、ぐっと拳を突き出した。

 

『星を蝕む災いこそが、救済の毒となる。―我が矢はもはや、放たれた』

 

固有結界内にまで届く轟音が、宇宙から一筋の光として飛来する。それは充幸を殺すための一射。固有結界の一部を突き破り、充幸の元へ堕ちてくる。

 

『天蠍惨毒一射(アンタレス・ヴェノムスナイプ)』

 

それは毒矢である。

充幸に降り注いだ矢は、固有結界もろとも、彼女を殺し尽くしていく。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

絶叫がこだまする。

その砲撃は一瞬、なれども、充幸にとっては永遠のような時間であった。

全身から黒い煙を放ちながら、充幸はその場に倒れ込む。浜辺の砂山が彼女を優しく受け止めた。

幸い彼女は死に至っていない。だが、その肉体から何か、かけがえのないものが消失したように感じていた。

 

「言ったでしょう。これは拷問。私は貴方の中の英雄のみをこの矢で貫いた。それも毒矢で。暫くしたら魔力は回復するだろうけど、貴方が英雄へと変身するたびに、全身へ毒が運搬される。……使用できてあと二回。だから使わない方が良い。」

 

ウラルンは仕事を終えたと言わんばかりに、後の二人に任せ、その場を立ち去った。

浜辺に残された充幸に対し、シュランツァとショーンは確保すべく近付いていく。第五区へ連れ帰り、彼女が何者であるか隅々まで調べ上げる。その過程で死んだとしても、何ら問題では無い。

 

「ウラルンのヤツに美味しいところ持っていかれたのは癪だが、ザー様への献上品だ。文句は言ってられねぇ。」

「可愛い女の子が酷い目に遭うのはちょっとザンコクだけれど、教祖様の愛を一身に受けられるのであれば、それは凄くステキなことよ。」

 

にじり寄る二人に、充幸は指一本すら動かすことが叶わない。

彼女はそこで諦めるしかなかった。

少しだけ、今回巻き込んだテイオスに対して文句を言いたくなった。それももう叶わないが。

だが、シュランツァが充幸へ手を伸ばしたその時、事態は急変する。

二人にとっては全くの想定外。決して起こり得ぬ事象が発生したのだ。

オリハルコンの繭の一部が無造作に開かれ、中から海魔獣を思わせる巨大な触手が、二人へ襲い掛かったのだ。

 

「なにっ?!」

 

シュランツァは触手に足を捕らえられる。すると彼女の足は徐々に腐敗し始めた。

 

「シュランツァちゃん!」

 

ショーンは光弾を発射してこれに応戦。無事彼女を抱え込み、一度距離を取ることに成功する。

彼は有り得ぬ事態に困惑していた。この壁の管理者は開発都市オアシスの第四の災害、キャスターによるものである。第五の災害、アサシンはこのキャスターに隠れて、こっそり外へと繋がる穴を用意したが、それが出来るのはアサシンだけである筈だった。

 

―もう一つ、誰かが繭に穴を開けている。

 

「これは教祖様へ報告ね。」

 

ショーンは充幸を放って離脱する。シュランツァの両足の腐敗のスピードが尋常では無い。触手の届かぬ範囲まで逃げ、アスクレピオスの力ですぐにでもその進行を止め、治してやらねばならない。

 

「一体誰よ、誰があの触手を……」

 

ショーンは全速力でその場を離れて行った。

取り残された充幸は意識を失っている。触手は彼女を優しく包み込むと、壁の中まで連れ去って行った。

 

 

充幸が再び目を覚ました時、そこは白いベッドの上であった。

未知の機械が山のように点在する部屋で、不釣り合いなベッドが中央を飾っている。彼女は身体の異常を探すも、至って健康体であった。

だがウラルンによって貫かれた事実は消えていない。彼女の中でエサルハドンの権能が著しく弱っていることに気付く。

 

「彼らは…何だったんだろう。サハラの戦争の参加者?」

 

充幸はベッドを降り、狭い部屋の中で伸びをする。身体からぱきぱきと骨の擦れる音が鳴った。

彼女はその後、恐る恐る部屋を出る。罠が仕掛けられていないか、慎重に行動する。

砂浜で倒れていた時、気持ちの悪い触手が彼女を助けてくれたことを思い出した。軍服三人組とはまた違う勢力かもしれない。五体満足で生きている以上、今すぐに何かされるという事は無さそうだと判断する。

部屋を出ると、洋風のカーペットが敷かれた廊下であった。誰が描いたかも分からない絵が等間隔で飾られている。他にも色々と部屋があるようだが、とりあえず真っ直ぐに進んでいくことにした。

その場所は気味の悪い程に静寂だった。人が一人もいないのでは無いかと、彼女は不安に掻き立てられる。自ずと、歩みを進める足も段々と早くなってゆく。

そして廊下の先へ躍り出る。扉の先、とても広い、劇場のホールのような美しい場所であった。

電灯は付いていないものの、その構造の気品さはフランスのルーブル美術館を彷彿とさせる。彼女は少し懐かしい気持ちになって、駆け足でホール中央へ行く。近くの受付場所には紙の資料が点在しており、この場所の正体を掴むには十分すぎる情報であった。一番多く積まれた日本語のパンフレットを手に取る。

 

「第四区…博物館?」

 

彼女の読み通り、芸術的なコミュニティホールであったが、第四区というワードは聞き慣れないものであった。

 

「でも当然か、日本のことは全然知らなかったしね。」

 

その隣には『開発都市オアシスマップ』と書かれた、地図の資料が積まれていた。それに目を通した際に、彼女は衝撃的な事実を目の当たりにする。

日本に酷似した地形であるが、中部地方の西側から中国地方、四国地方までがそこに記載されている。それは既に北海道や九州地方が消失しているとテイオスが発言していた通りだ。だがそこにかつての都道府県名は割り振られていない。六つからなる開発都市に分かたれている。そして日本という名前自体が存在していない。この地はオアシスと呼ばれているようだ。日本国家は既に解体されている。

 

「一週間前に繭が日本を覆い尽くして、そのたった一週間で日本が滅んでいるなんて、どうして、一体何があったの?」

 

充幸は資料を置くと、博物館にいる人間を探した。彼女をここまで運んでくれた人物が恐らくいるはず、ならばその人間に状況を問うのが一番手早いと考えた。右も左も分からないままに歩き回り、博物館の様々なエリアに足を運ぶ。

 

「この博物館、展示している物が全部、聖遺物だ……どういうこと?」

 

ミュージアムとは元来そういうものであるが、説明書きが彼女の知っているものとは違う。英霊の歴史、そしてその英霊がサーヴァントとして召喚された際、どのような影響を及ぼすか、事細かに書かれているのだ。

そもそも英霊召喚は聖杯戦争という秘匿された儀式における通過点だ。一般市民が来訪するであろう博物館で説明していい事案では無い。

充幸の頭はますます混乱する。彼女の中にあった不安が今にも爆発しそうだ。

 

「誰か、誰かいませんか?いたら返事をしてください!」

 

充幸は声をあげるが、反響した自分の声が帰ってくるのみである。彼女は先程の部屋があった廊下へ戻ることにした。スタッフオンリーと書かれた扉を開け、元来た道を進んでいく。

そして途中、エレベーターがあることに気が付いた。彼女は躊躇うことなく乗り込むと、表示されたボタンを押す。

行先階層の選択肢は一つ、地下へ潜るスイッチだけだ。彼女がB2ボタンを押すと、エレベーターは静かに動き出した。

そして扉は自動で開く。先程とは打って変わり、巨大なコンピュータが格納された、サイバネティックな廊下であった。ブルーライトが走る近未来的な道をひたすらに前へ前へと突き進んでいく。

 

「映画で見たような…凄い……」

 

彼女は巨大な扉の前へ現れた。備え付けられたコントロールパネルが、接近してきたものへ身分を問い質す。

 

〈貴方の名を貴方の声帯で入力してください〉

 

「え、えっと、名前を言えばいいの?『鬼頭充幸』です。」

 

〈スキャン完了。充幸様、扉の先へお進みください〉

 

扉が勢いよく開いた。充幸はまた恐る恐る中へ入っていく。ここはどうやら一つの部屋であるようだ。ここが終着点であることが窺い知れる。

そして入って早々、彼女は右側にある水槽のようなカプセルを見て、腰を抜かした。そこには彼女が先程まで求め歩いていた筈の、人間の身体がある。ホースのような装置が取り付けられ、その箱の中で眠っていた。

 

「あ、あのー、すみません。助けて下さったのは貴方でしょうか?」

「それは私の息子です。」

 

充幸は背後からの声に驚き、よろめいた。心臓の鼓動が一段と早くなっている。目を丸くして、声の主の存在を確かめた。

白衣を着た、実に研究者らしい姿である。

 

「ごめんなさいね、驚かせてしまって。そのカプセルにいるのは息子の巧一朗。コールドスリープで千年前から眠り続けています。」

「えっと、コールドスリープ?千年?えーっと……」

「無理もありませんね。一から全てを説明しましょう。私が知る全てを。英雄エサルハドン、いや、鬼頭充幸さん?」

「どうして私の名を…?」

「とりあえずこの椅子にでも座ってください。珈琲でも入れますから。苦いのは大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫、です。」

 

充幸は落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回す。

これから自分はどうなるのか。

ナリエやエンゾは心配しているだろうか。

 

「心配ですよね。なるべく早く元いた所へ帰してあげたいのですが、ごめんなさい、それは出来ないのです。貴方を助けられたのは全てが嚙み合ったうえでの奇跡のようなもの。次、あの壁を開ければ、災害のキャスターに殺されてしまうでしょう。」

「災害……?あの、ごめんなさい。本当に私は何も知らないのです。だから最初から、最初から教えて頂きたいのです。お願いします。」

充幸は深々と頭を下げた。

「勿論、そのつもりですよ。では、まずは自己紹介から始めましょうか。」

 

 

「第四区博物館、館長を務めております、名前は『間桐 桜』と申します。ようこそ充幸さん、千年後の未来へ。」

 

 

【桃源郷寸話:『サハラの放浪者』 完 】

 

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