Fate/relation   作:パープルハット

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大変お待たせしました。
今回はいよいよ桜も登場です。
誤字等ございましたら連絡お願いします。


神韻縹緲編1『name』

【神韻縹緲編①】

 

「重ね」

 

「束ね」

 

彼の意思は「隣」へ同調する。

 

「契れ」

 

彼の脳に流れてくる、果ての無い白の海。彼は手探りで、その先に佇む何かへコンタクトを図る。

 

「縫合—————開始」

 

彼の指先から放たれた細い光の線が、広大な海を割って進んでいく。

否、垂れている、という表現が正しい。

四次元空間へ放たれた糸は、対象へ結びつくまで四方八方動き回る。

 

「鈴を鳴らせ 線を垂らせ」

 

詠唱を唱える彼の額に汗が滲む。意識はもはや現世には留まっていない。彼は今、領域外を旅している。

 

「器を満たせ」

 

そして彼はようやく対象を捕縛する。彼の記憶の糸が対象を吊り、現世へ引き上げる。彼は眉間にしわを寄せながら、竿のリールを回転させるイメージを練り続けた。

 

「君の形を我が結ぶ(コギト・エルゴ・エス)」

 

あとは、彼の記憶の糸で、その対象に名を与え、存在を形成するのみである。だがこの工程が最も難易度が高い。その想像にブレがあると、忽ち定義が消滅する。

 

「讃歌を…………謳うっ……っあぁ」

 

彼の手が大きく震えた。集中力の途切れか、または外部の干渉。対象は霧散し、彼の糸は行き場所を失った。彼は急ぎ、海からの脱出を図るが、現世の肉体へのゲートが閉ざされ始めている。

 

「まずい…」

 

彼の肉体に外敵損傷があったのか、通常時より門の閉鎖が早い。もし万が一浮上できなければ、彼の意識は永遠に海の中へ閉じ込められる。そうなれば、現世の肉体は最早植物人間となるだろう。

 

「クソ、俺はいま博物館の書庫へ居たはずだ。何があった?」

 

彼は急ぎ空へ向かって泳いでいくが、途中、何者かによって阻まれる。彼の足を取り、深海へと引き摺り込もうとする者。彼はその正体を知らずとも、良く知っていた。

 

「隣人か……っ!」

 

彼が糸を結び付けた対象こそ、彼の言う隣人である。ただ、そこに在り、生きている者。彼の力の本質であり、また彼を喰らおうとする存在でもあった。

 

「牙を向けてくるか…隣人!」

 

彼は隣人の伸ばした触手に意識を絡めとられる。深い海の底へ青年を引き込んでいく。

 

「くそっ…」

 

―あぁ、どうして、間桐の家は危ない橋を渡らせるのか。

 

単純な術式の展開を極めることも出来ず、母の教えに全てを委ねた青年は、誰に気付かれる訳でもなく、自らの力によって殺されていく。

そしてゲートは閉じ、彼は海の底で生きることを諦めた。

 

どれほど時間が経ったのであろうか。彼は海の底で目を覚ました。

肉体を失った思念体は、自らが置かれている状況を正しく分析する。

「隣人」は彼を捕食することなく、その場を去ったようだ。彼の魂は、確かにそこで生き永らえていた。

 

「死んでいないのは、幸か不幸か…」

 

彼は水中で、空を目指そうと立ち上がる。当然、肉体に戻れぬからその行為に意味は無い。しかし、いつだって空を見上げるのが人間の在り方だ。そうやって人類は空の先の宇宙まで開拓してきたのだ。

そして彼は、自らの傍に誰かが浮遊していることに気付いた。同じく思念体であるが、そのビジョンは現実世界の肉体と同化して認知される。

彼はその思念体を、否、その人間を良く知っていた。

 

「さく…ら………?」

 

紫の髪に愛らしいリボンを付けた、白衣の少女が現れる。彼女は青年の元へ歩いて来ると、指先を彼の唇に押し当てた。

 

「桜じゃない!お母さんでしょう?巧一朗。」

「母さん………」

「ふふ、久しぶり、巧一朗。」

 

現れたのは間桐桜、間桐巧一朗の母である。彼女は細い腕で、彼をそっと抱き締めた。

 

「アンタが、生きている筈が無い。」

「それはそうね。貴方が聖杯戦争へ赴いた後には、私は死んでいたから。私たちが暮らした冬木も、今はもう存在しない。」

 

桜は遠い目をしている。彼女の故郷に思いを馳せているのだろうか。

 

「では、アンタは…俺の目の前にいる母さんは、何者なんだ?」

「……その質問に意味が無いことは、何より巧一朗が理解している筈でしょう?」

 

桜の言葉に、巧一朗は頷かざるを得なかった。

 

ここは「虚数海」。彼女の存在を定義づけるには十分すぎる空間だ。巧一朗の生み出した幻像(ヴィジョン)であろうが、桜の生み出した幻像(アバター)であろうが、そこに差異は無かろう。現世での肉体が死を迎えたとしても、魂が遺っていたならば、この膨大な海を彷徨っていても何ら不思議では無いのだ。だが巧一朗はそれでも、こうして彼のもとに姿を現した彼女を、都合がいいと考えてしまった。

 

「で、母さんは今更何をしに来たんだ。」

「あら、愛する息子に会いに来るのがそんなに可笑しなことかしら?」

「別に変なことでは無いが、タイミングだ。何故今になって、俺に会いに来たんだ。」

 

巧一朗は彼女を睨みつける。もし、彼女が本当に自分を愛してくれていたならば、遥か昔には助けてくれていた筈だ、と彼は考える。

 

「そうね。確かに少しばかり遅れてしまったのは否めないわ。…私はいつだって、貴方だけを探していた。それは本当。私は生前、巧一朗に虚数魔術の全てを教え、与え、継がせた。危ない力であることを知ってなお、私はこの虚数海で貴方と再会できると信じていました。」

「……こうして海で溺れるのは今回が初めてじゃない。出口が消えたのは初めてだけど、生死の境を彷徨うのは当たり前だった。いま母さんが来てくれたのは、俺がいよいよ本当に死んでしまったからか?」

 

桜は首を横に振る。

 

「出口は閉じていない。私が一時的に、見えなくしているだけ。話が終われば、貴方は解放され、皆の元へ帰ることが出来るでしょう。そこまでしなければ、貴方はきっと私の前から逃げ出すから。……あの時のように。」

 

彼女は悲しい目をしていた。巧一朗は当然、その顔の理由を知っている。

彼は自らの意思で聖杯戦争に参加した。桜には何も告げず、ただ一人でサハラへ赴いたのだ。

そしてその結果が、その報いが、日本の消失だ。彼の生まれ故郷は跡形もなく沈没した。

 

「……成程、母さんが仕掛け人って訳だ。もしかして臓硯も関わっているのか?」

「お爺様は関係ないし、言うならば間桐の意志も存在しないわ。…もう間桐は死んでしまったから。私が貴方を引き止めたのは、ただの親心、ただのお節介。」

「そうか。ならいい。俺は臓硯や桜のような、正義の味方の人生は御免だからな。」

 

思えばこうして巧一朗が海の中を漂っていられるのも、臓硯が『魂の物質化』を目指した副産物であるのは明白だが、彼にはそれがむず痒く感じられた。間桐の理想の果てが、この虚数の海であるならば、果たして彼らは報われたと言えるのだろうか。

 

「それで、母さんは俺に何を伝えに来たんだ?」

 

「それは……ずばり、巧一朗の戦力強化、です!」

 

「はぁ」

「巧一朗、貴方の行使する魔術『招霊転化』に大規模なアップデートを加えます。…今のままでは、色々と欠陥だらけだから。」

「いや、まぁ、そうだけど、そもそもこの力のルーツは母さんだろう。欠陥だらけと言われましても……」

「貴方は教えられた知識のみで力を使っているわ。それは違う。この力の意味を理解できていなければ、今回のように『隣人』に狩られかねないの。リスクの軽減が出来る訳ではないけれど、リターンを最大にすることは出来る。そうしなければ、貴方は『災害』には永遠に勝てない。」

「……」

 

巧一朗は押し黙る。災害の存在を出されては、反抗しようも無い。彼自身、自らの弱さに気付いているからこそ、素直に、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「まずは、招霊転化の源流から話すべきね。」

 

そう彼女は切り出し、話し始めた。巧一朗はそのことを知り得ていたが、改めてその歴史を学ぶことにする。

衰退する間桐家に変革が訪れたのは、ナチスのダーニックという魔術師が大聖杯を掠め取った後の話だ。冬木の御三家は没落の一途を辿るかに思われたが、ここに一人の異邦者が現れる。彼の名はテスタクバル=インヴェルディア。彼は廃人となった間桐臓硯から『令呪』の知識を奪い取った。恐らく御三家全てがテスタクバルの来訪に対応できなかっただろう。彼は恐らく、ダーニックの目論見が何らかの形で潰えることを知っていた。だからこそ、大聖杯に固執するのではなく、新たな聖杯を生み出すことに執着したのだ。テスタクバルは来日して一週間も経たぬうちにどこかへ消えた。

だがこの事件がきっかけとなり、間桐臓硯は何かに覚醒した。彼は腐敗した筈の魂の限りを尽くして、かつての願いだった人類の救済の為に心血を注いだのだ。数十年の研究と、遠坂家の次女である桜を預かった結果、彼は虚数魔術こそ真理への扉だと結論付けたのだった。

 

「勿論、お爺様は若かりし頃の志を思い出しただけで、腐った魂が元に戻った訳ではありません。……私は、間桐の家に引き取られた後、地獄のような日常を過ごしました。」

 

臓硯の理想は、自らと間桐の人間を犠牲に、全世界を救おうとするものだ。巻き込まれた桜は只の被害者である。それは巧一朗も理解していた。だが、桜は決して折れなかった。精神が弱り果てた彼女を奮い立たせるような、罪深い出来事が起こってしまった所為である。

 

聖杯大戦が勃発する二年前、再びテスタクバルが冬木市に現れたのだ。買い物に出かけていた桜は、道中で偶然にも彼の姿を拝見する。臓硯が親の仇のように憎んでいた男であった為、桜にもすぐにテスタクバル本人だと察せられた。

勿論、それには理由がある。なんと、テスタクバルが以前日本に訪れたときに撮られた写真と、全く同じ容姿であった為だ。考えればおかしな話である。六十年も経っているのに、彼の顔には皺の一つも増えていない。

臓硯のように生き永らえているゾンビのような存在を桜は知っていた為、不思議と疑問には感じなかった。彼女は急ぎ、テスタクバルを尾行する準備に入る。

テスタクバルが向かったのは、まさかの遠坂邸であった。桜は引き取られてから一度もその家に近付くことが無かったため、どこか緊張した面持ちで眺めている。堂々と屋敷の中に入って行ったテスタクバルを、彼女は追いかけることが出来なかった。

彼女は溜息をつき、買い物袋を揺らしながら、帰る決意をする。今更テスタクバルを追った所で、彼女の境遇が変わる訳でもあるまい。むしろ臓硯がそのことを知れば、より復讐の炎を滾らせる恐れもある。桜にとってそれは酷く面倒なことであった。

そして彼女が踵を返した時、事態は急変した。少女の叫びが辺りにこだましたのだ。

桜が振り返ると、屋敷を出たテスタクバルが、少女を抱え、連れ去っていた。近くに停めてある車へ向かって一直線に歩いて行く。

桜はその少女が誰かを知っていた。それは彼女にとって、大切な、かけがえのない、たった一人の「姉」である。

黒髪ツインテールに赤いスカートを履いた可憐な少女、見間違う筈も無い。彼女は桜の実の姉『遠坂 輪廻(とおさか りんね)』だ。

 

「姉さん!」

 

桜は買い物袋を放り投げ、慌てて輪廻の元へ走り出す。輪廻も懐かしい妹の姿をその目で捉え、必死に手を伸ばした。

 

「桜!さくらぁ!」

「姉さん!姉さん!」

「ちっ」

 

テスタクバルは桜の存在を視認すると、急ぎ車へ向かい、後部座席に輪廻を閉じ込めた。エンジンを吹かせると、急発進して、冬木の狭い道路を走り抜けていった。

桜は当然車に追い付ける筈も無い。内心パニックになりながらも、まずは遠坂邸へと足を運んだ。かつての両親がそこにいるならば、まずは安否を確認しなければならない。

だが、遠坂の屋敷の隅々を確認するまでも無く、彼女は現実に絶望することとなる。玄関扉を開けてすぐ、愛すべき二人だった筈のモノがそこに転がっていた。

 

「お…とうさ…ま?」

 

両親は、胸を鋭利な刃物で貫かれ、絶命していた。桜は冷たくなった身体に触れ、死という現実を受け入れる。彼女は何故か酷く冷静であった。自らが無力であることを、子どもながらに理解していたのかもしれない。

最初こそ臓硯にテスタクバルのことを伝えるか悩んでいたものの、死を目の当たりにした桜の目からは迷いが消失していた。テスタクバルが輪廻を誘拐したのは、聖杯戦争のパーツとして何らかの形で利用する為。つまり戦争が実際に行われるまでは、輪廻を助け出すチャンスがあるということだ。彼女は姉を救い出すために、虚数魔術をより深みへと進化させていくこととなる。

 

「ただ、結果として、サハラの戦争は始まった。私は輪廻を救い出すことは出来ませんでした……」

「母さん…………話が若干脱線してないか?」

「そ、そうね。こほんっ!」

 

桜は襟を正して、本題へと移行する。

臓硯が死してなお、虚数空間及びそれを力の源として利用する魔術への研究を進めた桜は、虚数空間に潜む謎の存在へ接触した。

その全容を掴むことは不可能であり、人間の認識ではそれを表現することは出来ない。桜はそれを「竜」と例え、巧一朗はそれを「巨人」と例えた。桜はその存在に「隣人」というコードを与え、観察を繰り返した。

隣人は魔力の塊であるが、魔力そのものでは無い。意思を持たぬが、虚数の海を漂い、食事と睡眠を繰り返している。英霊とは違い、それは虚数空間に存在しながらも、ひとつの生命として留まっている。

そして桜は、隣人の力の一端を、実数界に引き出す方法を開発した。

無論、隣人をそのまま現世に呼び出すことは不可能である。しかし、隣人の一部を魔力に変換し、それを彼女らのいる現実世界へ「召喚」することが可能となったのだ。隣人というコードを変更し、その魔力を英霊に置き換える技術である。

 

「招霊転化とは、隣人の強力な魔力の波動を素材とし、知識のみを媒介に行われる特殊召喚のこと。」

「勿論知っているさ。英霊は、座から呼び出される訳じゃない。あくまで俺の知識を隣人に与え、隣人自らが英霊の模倣を作り出しているに過ぎない。ただまぁ何というか、俺にはどうしてもそう思えなくて、本当に召喚に応じてくれたものだと考えてしまうけどな。俺の妄想と言い張るには無理があるくらい、勇ましいサーヴァントばかりだ。」

「……コギト・エルゴ・エス。巧一朗が名を与えることで初めて、存在が確立される。メリットは触媒を用意する必要が無いこと、巧一朗の知識量によっては、強力な英霊を生み出すことが出来ること。デメリットは……」

「隣人の力を引き出すのが綱渡りなことと、一分しか存在できないこと、だな。」

 

桜はこくりと頷いた。彼女もその弱点を分かっていたようだ。

 

「あとは、一度召喚した英霊の再召喚が出来ないというデメリットもあるけれど、これは隣人側で無く、巧一朗の意識の問題かな。隣人へのアクセスは現状、危険と隣り合わせだけど、これは改善が難しい。」

「虚数魔術自体が謎だからな。解き明かされないことに意味があるなんて、使い勝手が悪いにも程がある。だから母さんはさっきこう言ったんだ。リスクの軽減は出来ないけれど、リターンを最大には出来るって。」

 

招霊転化で呼び出された英霊は、オアシス式召喚の結果、オートマタにその魂を宿す。だが魔力自体が虚数海に存在する隣人のものである

以上、必ず矛盾が孕む。半ば強制的に名前という殻で閉じ込めているに過ぎないのだ。現状、巧一朗が英霊を維持できるのは一分間。それがこの力を行使するうえで、最大のネックとなっている。

 

「で、どうすれば時間を伸ばせるんだ、母さん。」

「…駄目よ、巧一朗。貴方の思考がそこにある時点で、強化は見込めないわ。」

「………どういうことだ?」

「何故隣人は現世にて自己矛盾を起こすのか、それは英霊の名前を与え、私たちが彼を騙しているからに他ならない。」

「いや、そうだけど、招霊転化はそういう魔術だろう。一度英霊というコードに書き換え疑似召喚する魔術で………」

 

巧一朗はハッとさせられる。桜の言おうとしていることは、余りにも馬鹿らしい話だが、もし可能ならば、彼は時間を気にしつつ戦闘する必要が無くなる。

 

「待て、母さん。もしかしてアンタ、隣人のコード変更をしないままに、魔力だけを現世に持ってこようとしているのか?」

 

桜はニヤリと笑みを浮かべた。巧一朗は、それが出来ないから苦労しているんだと言わんばかりの表情だが、彼女は気にせず話し始める。

 

「確かに虚数海の住人である隣人を呼び出すのは不可能、だからこそ私たちは「英霊」という枠に落とし込み、彼の力を行使してきた。でもこの魔術には次のステージがある。自己矛盾を起こさせない為に、どうすれば都合よく力を借りられるのか。重要なのは「役割(ロール)」なの。」

「役割?」

「今まで私たちは隣人に、英霊としての立ち振る舞いを強要してきたけれど、巧一朗はそもそも、英霊という存在の全てを掌握している訳では無い。あるのは結局脳のデータベースに蓄えた情報だけなの。それがどれだけ隣人の人格形成のパーツになろうとも、五感で獲得した感性は宿らない。だからすぐに瓦解するの。言わば子ども騙しの手品ね。」

 

巧一朗は吉岡と戦闘した際のことを思い出した。英霊ランスロットの召喚時、激しい苦痛に見舞われたのは、彼が円卓の騎士としてのランスロットへの理解が乏しかったから。思えばあのとき、円卓の騎士の誰かを呼び出そうとしたが、ランスロットへの明確な定義付けは成されていなかったのだ。

 

「勿論、これからする魔術の行使理念は私たちの住んでいた日本では絶対に不可能なこと。だけど、いま巧一朗が暮らしているオアシスならば、実行できるかもしれない。オアシスの異常性を利用した方法ね。」

「オアシスの異常性……?」

「そう、専属従者サービスによって、国内に溢れかえった英霊たちよ。そもそも人間をサポートする為だけだったら、元のオートマタのままでいいじゃない。敢えて英霊を呼び起こす必要が無いの。」

 

巧一朗は深く頷いた。英霊召喚を誰でも行える技術に落とし込む所までは理解できるが、その力の行く先が軍事利用で無いのは腑に落ちない点であった。人間を支えるある種介護ロボットのような枠組みに閉じ込める必要性がどこにあるのか。

 

「この答えは実は簡単。災害のサーヴァントは民衆からの支持を集めているけれど、皆彼らをサーヴァントとして崇めていないのは分かる?災害様とか、ディザストロ様とか、兎に角、ディザスタークラスであることを彼らは自らの勲章にしている。」

「……つまり、英霊という枠組みを陥れ、新たに『災害』という枠組みを構築している?他のサーヴァントにその地位を脅かされないように、オアシス内で、最上級の知名度補正を獲得しているのか!」

「そう考えるのが妥当ね。つまり、ここから導き出せる、災害に勝利する方法。それは何か分かる?」

「災害という殻を引っぺがす、それは真名看破だ。」

「その通り。災害のこの性質から、オアシスにおいて名前というものは弱点であり、本質であると定義されている。逆に言えば、名前に存在意義が無いにも関わらず、確固たるものとして君臨している生物こそ、このオアシスにおいては無敵であると言えるわ。何故ならばそこが弱点になり得ないんだもの。」

「じゃあ、英霊では無いな。」

「そう、それは『人間』。例えば巧一朗。貴方の名前は、親の私が言うのもなんだけど、改変が容易な名前だと思うわ。別に貴方と言う存在が名前に縛られることは無いの。でも、貴方は間違いなく巧一朗。貴方が変えたいと願わない限りは、死ぬまでずっと巧一朗なの。」

 

彼は割と自分の名前が気に入っているが、敢えてそれは母に言わないことにする。

 

「隣人を呼び起こす際にコード変更をする必要は無い。ただ巧一朗自身が、彼の力を身体の一部だと定義する。もし隣人にこれまで通り名を与えると言うならば、その名はずばり「巧一朗」。オートマタを媒介にするのではなく、貴方そのものを媒介に隣人を召喚する。一分しか保てないのも、再召喚が出来ないのも、結局は何度も手を加えてバランスが乱れた結果なの。人間の記憶も、想像力も、万能では無い。想像ならば何でもできると人は言うけれど、想像は常に知識を前提に行われることなのよ。」

 

巧一朗は顎に手を置き考える。いつの間にか海の底にいることも忘れていたが、今は彼女の方法論について熟考すべきである。

桜の理論は正しい。だが可能かどうかは甚だ怪しい。隣人という得体の知れないものを肉体に宿すのだ。まず間違いなくリスクは倍増する。

 

―否、巧一朗自身より、彼の身体を知り尽くしている桜の提案ならば、そこまでリスキーではないのかもしれない。

 

そもそも実現が可能かどうか。虚数空間にのみ存在する謎の怪生物を、現世に引っ張り上げることは出来る。だが境界線でその糸が剥がれ落ちる可能性は高い。今回も、英霊への書き換えの時点で、糸が千切れてしまったのだ。言葉で軽く言う程、優しいものでは無いだろう。

そして隣人を巧一朗と定義した際に、自己矛盾が起こらないのか。英霊の定義が一分間成立する以上、存在が担保されている巧一朗ならば、たとえ自己矛盾に陥ったとしても、比較的長時間は留まれるはずだ。だがこれも、やってみないことには分からない。

最後の問題として、巧一朗の肉体に呼び出される隣人は、果たして強いのか。英霊という爆発的な火力を持たないただの人間だ。もし長時間宿ったとしても、その力が二分の一、三分の一ならば意味がない。

考えあぐねた結果、結局やってみなくては分からないという結論に至る。はたして隣人をその身に宿し、その権能を借り受ける行為が、英霊の召喚を凌駕出来るのか、巧一朗のポテンシャルによって基礎能力が変化するのは想像に難くない。

 

「巧一朗、怖い……?」

「怖くないさ。元より俺は、サハラの地で死ぬ予定だったんだからな。隣人に肉体を奪われたとしても、俺は構わないと思っている。」

「巧一朗……っ」

「分かっている。分かっているともさ。俺には生きなきゃいけない理由が出来た。簡単に死ぬつもりは無い。利用できる力の全てを使って、俺はセイバーを殺した災害への復讐を果たす。」

 

それは巧一朗にとって、ある種の決別を示す言葉。

間桐が目指した、人間を救う正義の在り方を捨て去ったもの。災害が正義のこのオアシスで、彼は反逆の狼煙を上げる。

 

「新たな戦い方をする際、必要となるのは付随した詠唱です。途中までは招霊転化と同じ。でも貴方はもう讃歌を謳う必要は無い。巧一朗が力を行使するのに最適な言葉を、自ら選びなさい。トリガーとなるのだから、言葉選びは慎重にね。」

「今の俺にどこまで出来るかは分からないから、期待しすぎないでくれよ。」

 

巧一朗は目を伏せ、不敵に笑ってみせた。

 

「私からの話は以上。今回は英霊を好む巧一朗に、英霊を介さない力の存在を伝えに来ただけ。…貴方がまた新しいステージに立った時、私はまたこの海で貴方に会いに来るわ。」

「おい、唐突だな。…もうお別れか?まだ聞きたいことが山ほどあるんだけどな。」

「そうね。私も、巧一朗に言いたいことは沢山。でも、時間だから、もう行きなさい。門はもう貴方の目に映っている筈。」

「母さん……」

 

巧一朗は踵を返した桜の肩に手を置いた。だが、そこには何の感触も無い。彼はそれが意味することを理解していた筈だが、それでも目を丸くするしか無かった。分かっていたくなかった。彼女の前では、あくまで子どものままでいたかった。

 

「…っ」

 

そんな巧一朗を、桜は振り返り、ゆっくりと抱き締めた。彼は確かにその時、桜の熱を感じたのだ。

 

「大丈夫、またきっと会えるよ、巧ちゃん。」

 

―あぁ、どうしてこの人は

 

「俺が…憎くは無いのか?」

「そんな訳ないじゃない。貴方のお母さんなんだから。」

「そうだな。俺も、間桐は嫌いだが、アンタは好きだ、母さん。……いつか、全てが終わった日に、俺のガールフレンドを紹介するよ。こんな俺を好きになってくれた、とてもとても、向日葵が似合う女の子なんだ。」

「そう、それは楽しみね。私もまだまだ、頑張らないとね。」

 

二人は名残惜しくも、互いに手を離した。巧一朗は空へ向かって泳いでいき、桜は暗闇へ歩いて行く。

二人はもう、相手の方へ振り向かない。この虚数海が彼らを結びつける絆なのだから。

 

 

【何者かの深層意識にて】

 

男が吊るされている。

男は老体にも関わらず、労われることもなく、ただ鎖で吊るされている。

疲労困憊といった様子だが、誰かが助けに来るわけでも無い。

彼はいつから吊るされ、傷つけられているのだろう。最近かもしれないし、遠い昔かもしれない。

どうでもいいことだ。生涯この鎖が外れることは無い。

要は、我慢比べだ。圧倒的に不利な意地の張り合い。ただジョーカーは彼の手に握られている。

彼が負ければ世界は破滅。彼が勝てば完全犯罪の成立。やることは無限のシャトルラン。

彼には当然勝算がある。幸い、敵は盲目的な恋する乙女だった。

 

「紙とペンでもあれば時間を潰すには最適なのだが…仕方ない、頭で我慢しようか。」

 

男の減らず口に苛立った者、彼を吊るしている張本人たる女は男の腰を蹴り飛ばした。

 

「アアッ…腰は駄目だからネ!?」

「ごめんね、つい殺したくなった。」

「君、そういってほぼ毎日アラフィフを虐めるのはよしたまえよ。暴力系ヒロインはトレンドじゃないんだから…」

 

男がそう言いかけると、女は身体の内側から、外の映像を確認していた。当然男にもその情報が飛び込んでくる。

場所は博物館内。アクシデントで意識を失っている巧一朗を、美頼が膝枕で看病している。時折彼女は周囲を確認し、巧一朗の頬に自らの唇を押し当てたりしていた。

 

「あ~、凄くお似合いなカップるぅうっ!?!?」

 

男はもはやサンドバックの如し。巧一朗に何かあると、彼女の怒りの炎は限界値を突破する。

 

「ねぇなんで?貴方は天才だから教えてよ。私ちゃんとあの女が死ぬように仕向けた筈よ。どうしてまた恋心があるときに逆戻りしている訳かしら。」

「また恋心が目覚めたのか…それとも以前の倉谷美頼を学習しているのか。オアシス産サーヴァントは成長するから厄介だ。」

「巧一朗、こんなに近いのに貴方に会えないなんて…あぁロミオとジュリエットとは私たちのことね、きっとそうだわ。」

「あれ勘違いで二人とも死ぬ話だから。というか君の場合は美女と野獣じゃないカナー。あ、勿論君が野獣ネ。」

「……ふふふ」

「ちょっと待って剣の柄出すの禁止だからそれ仕舞って早くすまなかったよお似合いのカップルですハイ」

 

男は圧倒的に不利な状況でも余裕の笑みを崩さない。女はそのことがただただ気に喰わなかった。

 

「ねぇ、そろそろ教えてよ、巧一朗に会いたいの。」

「ダメ―!」

「コラプスエゴの主人格にいる謎の探偵、その名前さえ分かれば、私はこの身体を制御できる。」

「だからダメ―」

「何で?貴方は犯罪者でしょう、探偵の敵じゃない。どうして肩を持つの。世界の破滅を願う者同士、私たちは協力し合えるはずよ。」

「うーむ、ホームズ以外の探偵なんて敵ですらないからナー。あと、お嬢さん、君は勘違いをしているよ。」

「なにが?」

「世界を滅ぼしてしまったら、我々犯罪者は善人を弄べないじゃないか。犯罪とは相手がいるからこそ成立するのだよ。」

 

男は笑みを浮かべた。

女は正しく理解している。自らの身体に融合したサーヴァントは、余りにも厄介な「正義の味方」であることを。

 

「ジェームズ・モリアーティ―……最低最悪の男。」

「セイバー、君は最高のシンデレラだ。」

 

巧一朗の傍に立つ、キャスターを名乗る少女の内側で

今日もまた

二人の災厄が火花を散らす。

 

 

【神韻縹緲編① 終わり】

 

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