よりによってFGOはボックスガチャイベ初日と来たもんで、相変わらず間の悪いこと悪いこと。
お暇がありましたら読んで行ってください。感想、誤字等ありましたら、お待ちしております。
【神韻縹緲編③】
二年前。
クリスマスイブのこの日、往来を行き交うのは若い男女のペアのみである。もしこの華やかなイルミネーションに彩られた商店街を、ただ一人俯きながら歩く者がいたとしたら、憐みの目を向けられるに違いない。
事実、普段より抜群に着飾ったこの男、鶯谷鉄心は、溜息をつきながら一人途方に暮れており、周囲は「あぁ、この人はイブに振られたんだな」と身勝手な解釈で彼を哀れんでいた。
鉄心はポケットに忍ばせていた高価なネックレスを手に取った。彼なりに数時間かけて選んだプレゼントだが、不要の産物となってしまった。そう、周囲の人間の解釈は正しかった。鉄心は今日、好んでいた女に振られたのである。
鶯谷本舗としての仕事の最中、出会った依頼人であった。迷い猫を見つける過程で、依頼人の女と中を深めていった。覚悟を以て臨んだこのクリスマスイブ、彼は見事玉砕した。彼女曰く「フラフラしながら人助けで日銭稼ぎをやっている人間との将来は考えられない」とのこと。
「あー、くそ!」
鉄心は路地裏の青バケツを蹴り飛ばした。中から分別されていないプラスチックゴミやら生ごみが転がり落ちる。彼はそれを放置せず、半ば自棄にもなりながら、それらを手掴みで元の位置に戻した。
「こいつも、要らねえか。」
彼は購入したネックレスを数秒間見つめると、少し名残惜しそうに、それを手放した。ゴミ箱の底へゴトンと音を立てて格納される。
そして鉄心はその場に座り込み、胸ポケットに仕舞い込んだ煙草に火を灯した。禁煙生活四か月目にして、久々の煙である。これをお守り代わりに持ってきていた時点で、彼は敗北することを察していたのかもしれない。
彼が咥え煙草で物思いに耽っていると、彼をよく知る男が、この路地裏に迷い込んできた。男は金色の髪をオールバックに、小洒落た服装をしていた。彼も鉄心同様、この場においては独りぼっちである。
「なんだテツ、煙草は身体に悪いから辞めたんじゃなかったか?」
「……俺の悲しみとかそのあたりの色々を、煙に乗せて吐き出しているんだよ。察してくれ。」
「はは、お前また女に振られたのか!」
男は鉄心の高校時代の同級生、薫であった。クラスの隅にいていつも読書ばかりしていた薫は、大学進学と共にデビューを果たす。現在は第二区の歓楽街でホストをしているらしい。鉄心とは大人になった後も、何度か飲み会を開いて、互いの愚痴を聞き合っていた。
「そういう薫も今日は独りか?」
「本当なら店でクリパの予定だったんだが、流行りの風邪にスタッフ何人かイカれちまってよ。蔓延防止の為に中止になったんだ。それで俺はフリーになったって訳。四区で女捕まえようと声かけまくりの最中、お前がここで死んでいるのを見かけて、な。」
「ったく、俺に声かけなきゃ今頃ホテルで熱い夜だっただろうな。お前も失敗したな。」
「まぁな。だが、テツと煙を吹かせる夜も悪くないと思ったんだ。」
「…………なんか若干キモイな。」
鉄心と薫は互いの顔を見つめ、共に噴き出した。高校時代、クラスの隅で漫画片手に笑い合った日のように。
「何故かテツは男にモテるんだよな。遠坂のお坊ちゃまとか、俺とか、クラスの男ども皆がお前のことを信頼していた。鶯谷本舗も、ここらの皆が信頼しているから成り立っているだろう。」
「有難い話だな。女にモテないことを除けば。」
鉄心は寂しそうに笑う。
薫はデバイスを取り出すと、ネットの画像をスクロールし始めた。
「何だ、薫?」
「今日は第二区に繰り出すか?ちょうど今、めちゃホットな嬢がいてさ、俺もサービスを受けたんだが、最高だったんだ。」
薫はデバイスに写った少女の写真を提示する。どこかの風俗店の女性スタッフだ。源氏名は『ミライ』。金の髪をツインテールにしているコスプレ少女で、その身体つきは男どもを虜にするものだった。加工しているとはいえ、恐らくかなりの美少女に違いない。
「ちなみにこの娘、ちょっとした黒い噂もあって、黒い服の女サーヴァントを飼いならしているんだが、ルールを守らない客がいた場合、このサーヴァントが罰を下すとかなんとか。まぁ俺も冒険するつもりで楽しんだが、噂はただの噂だったよ。」
ケラケラと笑う薫に対して、鉄心はバツの悪そうな顔を浮かべる。
「……悪い、そういう気分じゃないんだ。」
鉄心は吸殻をケースへ仕舞い込んだ。地面に直接座り込んでいた所為で、高価なスーツも泥まみれである。
「やっぱりな。テツ、お前が女に振られる理由、俺には分かるよ。」
「んだよ。」
「お前さ、まだあの娘のこと、引き摺っているんだろう?」
二人が思い浮かべたのは同じ顔。同じ高校で同じクラス、鉄心の隣に座っていた寡黙な少女。
「名前は…確か…」
「入谷 雪匣(いりや ゆきばこ)」
「あぁ、そうだ、ユキバコだ。変わった名前だし、友達いないけど、とんでもない美人だったから、皆一目置いていたんだよな。」
カーキ色の髪をした孤独な少女。誰とも群れず、只一人、机に伏して眠っている。男たちが揃ってアプローチをかけるも、見事玉砕した。ただ一人、クラスの中心人物だった鉄心のみ、彼女へ日常的に声をかけ続けていた。
「お早う、入谷。」
「…………」
「いつも寝ているな。今日は朝から小テストだぞ。起きて勉強したらどうだ?」
「…………」
「まぁお前、何気に成績良いから、家で勉強してきているんだな。なら安心だな。」
「…………………してない。」
「してないんかーい。というか起きているんかーい。」
「…………………起きてる。」
「ならそのまま寝たままで、俺が今から範囲のところでテストに出そうな箇所言っていくから、覚えてくれ。赤点は回避できるだろう。」
「………………………」
鉄心が顔をあげない雪匣に声をかけ続けるという奇妙な光景は、クラスの名物にもなっていた。薫から見ても、鉄心は相当物好きな人間であっただろう。
「未だに信じられん。テツがあの頃、ユキバコと付き合っていたなんて……」
「俺にもよくわからん。」
鉄心は二年生から三年生に上がる日の前日に、屋上へ雪匣を呼び出した。そして顔を赤らめつつ、彼女へ想いを告げた。
答えは二つ返事でオーケー。あまりにも無表情であった為、何度も確認した程だ。
そして鉄心は雪匣と一年間付き合った。兎に角、感情を表に出さない少女で、気が付けば眠りこけていた。
付き合った後で変わったことと言えば一つだけ。鉄心の膝で眠るようになったことである。
そして二人は卒業し、離れ離れになり、自然と別れていた。どちらかが拒絶した訳では無く、ただただ疎遠になった。後で鉄心が気付いたことだが、彼は雪匣のアドレスすら知らなかったのだ。
「テツ、ユキバコのことは忘れろ。元々良く分からない奴だったんだ。あれから何年経っている?ユキバコもあのビジュアルなら男も黙っていないだろうし、もしかしたら一児の母になっている可能性もあるだろう?」
「………あぁ、分かっているさ。」
鉄心自ら、彼女への想いを封じ込んできた筈だった。だが忘れようと頑なになればなる程に、その存在の大きさに気付かされる。
雪匣はいま何をしているのだろうか。誰か大切な人と過ごしているのだろうか。そんな想像が、鉄心の胸を冷たくさせた。
「……テツ、今日は二人で居酒屋でも行くか。」
「あぁ、そうしよう。それが良い。」
薫は鉄心の肩に手を回し、夜の街を突き進んでいく。今の鉄心には、薫の強引さと優しさが身に染みるのであった。
そして二人は終電が来る前まで飲み続け、フラフラになりながらも別れた。
薫は帰路に着いたが、鉄心は誰もいない自宅へ帰ることを寂しく思い、既に暗くなった街へ一人繰り出していった。
時刻は深夜一時を回った頃。
夜風に当たり酔いを醒ましていた彼は、商店街の裏からの大きな物音に導かれた。
この通りを真っ直ぐに抜けた先、建設中の鉄筋ビルがある。深夜は作業も休止している筈だが、弾かれるような激しい金属音が轟いている。イブの熱気でおかしくなった若者が暴れているのかもしれない。
鉄心はどこかむしゃくしゃした気持ちで、その場所へ向かう。関係ないストレスを、この場で晴らしてしまいたい、そんな欲に駆られていた。学生の遊びなら、注意して学校へ報告してやろう、そんな気晴らしだ。普段の鉄心ならば「君子危うきに近寄らず」な冷静さがあっただろうが、彼はアルコールに飲まれていたのだ。
立ち入り禁止のテープを潜り、彼は不法侵入する。激しい音は中央から鳴り響いており、ここからは慎重に近付いて行った。
工事中と言えど、既に三分の二は完成している。上階に続く階段も用意されており、今は停止しているが、エレベーターも完備されている。
この場所はオフィスのロビーにあたる。広々とした薄暗い空間で、金属音だけが反響している。
「(何だ?何が起きている?)」
鉄心は恐る恐る音の出所へとにじり寄った。確認できるのは二人の人間。片方がもう片方に馬乗りになっている。そして次の瞬間、金属のぶつかり合いは終わり、男の声で断末魔が響き渡った。
戦っていたのは、どちらもサーヴァントであった。たった今殺害されたのは剣を所持していた、恐らくセイバークラス。そして馬乗りになっていたのは、クナイのような短剣持ち。こちらのクラスは見当がつかない。
鉄心は今まで、サーヴァントとは無縁の人生を送ってきた。オートマタは高いし、専属従者にも甚だ興味が湧いてこない。そもそも戦いとはチンピラどもとの殴り合いの喧嘩が最大で、本物の殺し合いなど、彼には物語にしか感じられなかった。
「(マジかよ、いま、ヒトが死んだ?)」
剣を有していたサーヴァントは消滅し、オートマタだけがポツンと取り残された。馬乗りになっていた影は、デバイスで誰かと連絡を取り合っている。
「あぁ、僕です。たった今対象のサーヴァントの消滅を確認しました。どうやら見立て通り、はぐれだったようです。聖遺物については回収済みです。直ぐに帰還します。」
聞こえてくる声はまるで子どものようだ。背丈も合わせて考えれば、中学生ほどの少年だった。だが馬乗りになっていた時は、もう少し背丈も高かった筈だが、鉄心にそれを気にしている余裕は無い。
「(暗殺部隊の少年兵とか…?漫画で見たことはあるけど……)」
鉄心は少年がいなくなることを待つことにする。幸い、気付かれぬよう隠れられる場所があった。彼は息を殺して、少年の動向を見守る。酔いなどとうの昔に消え去っていた。
少年が入口へ向かってテクテクと歩いて行く。鉄心はその道中の柱に身を潜めており、少年が過ぎ去ったことに安堵の笑みを浮かべた。
だが、少年は突如立ち止まる。彼はひたすらに匂いを嗅いでいた。そして何かに気付くと、鉄心の隠れる柱の方へゆっくりと歩いて来る。
「(なんで!?)」
「ヒトの汗だ、汗の香りだ。僕は視覚に障害があるけれど、鼻と耳だけは抜群に良いんだ。だから暗闇は平気さ、むしろ好都合と言っていい。」
少年は長袖をまくり上げ、右肩に付いたコネクタを露出させる。そして手にしていた注射器をその穴へ突き刺した。
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムアサシン』:『ハサン・サッバーハ』現界します。〉
少年の身体は鉄心と近い背丈まで成長する。白い髑髏の仮面で顔を隠し、肌は薄暗いものへ変貌した。
そして彼の身体が肉体改造された瞬間、周囲に白い煙が立ち込める。それを吸い込んだ鉄心は、激しく咳き込むことになる。
「見つけた。」
鉄心は床へ転がりながら、全身の痺れに身動きが取れなくなっていた。彼が吸い込んだのは少年の放つ毒だ。徐々に肉体が蝕まれてゆく。
「(あぁ、これ、駄目なヤツ……)」
少年は激しく咳き込む鉄心の元へ寄ると、謝罪を口にする。それは、罪なき彼を殺すことへの贖罪であった。見られてしまったならば仕方ないと、少年は顔を近付けていく。
「何を…するつもりだ…おまえ………」
「口づけさ。物語において王子様のキスは目覚めの儀式だったりするけれど、僕のは少し違う。君に最高の瞬間で死んでもらうための、甘い殺戮だ。」
「いや、待て、俺は男、男だ。何かあるだろ!殺すにしても、もっと突き刺すとか、撃つとか!」
「そんなの、痛いだけじゃないか。」
鉄心は全身の痺れに何とか抗いながら、匍匐前進で逃げ続ける。少年は何故か成長して女性的な色気を醸し出しているが、それはそうと、男である。鉄心的に、死ぬのは勿論嫌だが、ファーストキスが男なのもいただけない。
「(どうする、どうする、どうする俺!死にたくねぇよクソ!)」
鉄心は必死に思考するが、生き残る道が思いつかない。このまま放っておいても全身麻痺したままで力尽きることは必至。どこか諦めの境地に至っていた。
そして鉄心は暗闇の中、ソレを見つける。
それは先程この少年に消滅させられたサーヴァントの亡骸、空っぽのオートマタである。
鉄心は無機質なそれに抱き着く様に縋った。無論、先程までそこにいた剣士のサーヴァントはいない。只のガラクタだ。
英霊を知らぬ彼は、サーヴァントの召喚に聖遺物かそれに類するデータが必要だという事を知らない。だから身勝手に、無意味に、祈り続ける。過去の英雄が、見知らぬ彼を救ってくれると信じて。テレビの前でヒーローの登場を待ち続ける子どものように。
だが当然、それは叶わない。少年は手にした凶器で、鉄心の太腿を貫いた。彼は痛みに喘ぎ続ける。
そしてその傷口からも、少年の毒が注入される。痺れを通り越し、全身に想像を絶する痛みが走った。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!あぁあああああああああ!!」
「いいですね。いい声だ。生の声は、やっぱり心地いい。」
少年は舌なめずりしながら、鉄心に覆い被さる。興奮した少年の姿に、鉄心はついに死を覚悟した。
そして彼は走馬灯のように高校時代の青春を回想する。
そう、あれは雪匣と図書館へ出掛けた時のことだ。
彼らは学校課題の提出の為、学校の図書室へ訪れたが、既に他生徒が大勢いて、本棚は空になっていた。
仕方なく第四区図書館へ赴き、小難しい書物を見比べていた。
鉄心は普段本を読まない。好みの漫画は全てデバイスに保存されてある。紙の書物は古臭くて、手に取るのに少々の嫌悪感があった。だからこそ今回の課題もデバイス一台で何とかしようと試みていたが…
「まさか雪匣が本好きだなんてなぁ。」
「うん。温かみがあるから、好き。」
雪匣は間髪入れず答える。それほど本を愛しているという事だろう。
「それで、どうする?研究のテーマはこの辺りの本で十分だと思うけど…」
鉄心は備え付けのテーブルに五冊の本を重ねた。だが雪匣はそれを開こうともしない。
「雪匣?」
「鉄心、これを見て。」
雪匣は鉄心と同じように、所持していた本をどかりと置いた。
それは課題とは百八十度異なる書籍だ。まさかの、童子向けの絵本である。
「お前、これ……」
「全部好き。鉄心は?」
「いや、俺も昔は好きだったけど、今は関係なくね?」
「ふふ、関係ないね。でも読もう。」
雪匣は一冊の絵本を手に取り、鉄心の傍で朗読した。彼の肩に頭を乗せ、母のような優しい声でページを捲ってゆく。
「これ、空飛ぶ絨毯、だっけ。」
「うん、三兄弟の冒険。」
「好きなのか?」
「……一番好き。」
フセイン、アリ、アーメッド、三人の仲良し兄弟の冒険譚。鉄心がかつて読んだ際も、沢山出てくるアイテムに心を踊らせた記憶がある。
雪匣は楽しそうに、鉄心へ読み聞かせた。
そして数冊分絵本を読み終えた後、彼女は鉄心の隣で眠り始めた。すぅすぅと微かな寝息が鉄心の耳元で響き続ける。
「ったく、課題はどうするんだよ。」
彼は彼女のおでこを軽く小突いた。こんなことでは彼女は目を覚まさない。これは彼なりの悪戯だ。
そして幸せそうに眠る彼女を起こすつもりも無い。静かな図書館で、鉄心は課題図書を読み続けたのであった。
そして走馬灯は終わる。
彼自身、何故この瞬間にこのような些細な思い出に浸ったのかは分からない。だが、もしかすると、これこそがこの状況を打破するための切り札なのかもしれない。
「では、君の唇を頂くね。『妄想毒身(ザバーニーヤ)』」
鉄心はガラクタの手を取り、祈る。いま必要なのは物語の主人公。危機的状況にも屈しない先導者。願いを叶えてくれる英雄だ。
彼の脳内で浮かび上がるビジョン。それは空飛ぶ絨毯に登場する三兄弟の弟だ。
「頼む!来てくれ!『アーメッド』!」
無論、魔法陣も聖遺物も、この場には何も存在しない。
だが、罪なき青年は、この瞬間、奇跡を起こした。
眩い光がオートマタを包み込み、馬乗りの少年を後方へ吹き飛ばす。
鉄心が握り締めたその手は、徐々に熱を帯びてゆく。
「な、なんだ?何が?」
慌てる少年を尻目に、奇跡の英霊召喚は成された。
鉄心の元へ舞い降りる、この世のものとは思えない美系の男。鉄心はそれが『アーメッド』だと、心の内で理解した。
「英霊召喚!?馬鹿な!有り得ない!」
吹き飛ばされた少年の身体から毒霧が再噴出する。鉄心は身構えるが、アーメッドは悠々と、所持していた果実の香りを嗅いでいる。
「アーメッド、それは?」
「これは世にも不思議な魔法のリンゴ。さぁ、嗅いでください。」
鉄心はスンスンとその果実の香りを堪能する。至って普通のリンゴの匂いだが、みるみるうちに鉄心の身体を蝕む毒が消えていき、彼はその場で立ち上がることも出来るようになった。
「これはヌーロニハルを救ったリンゴか!やっぱりお前はアーメッド!」
「そんな貴方は、僕のマスターですね。お名前を伺っても?」
「鉄心だ。鶯谷鉄心。マスターかどうかは分からないが、これが運命だと信じて、俺はお前と契約を交わすぜ。」
「承りました。まずはこの場を切り抜けましょうか。」
アーメッドは弓矢を構えると、アサシンの少年へ向け、光弾を放ち続ける。煙の中、少年は気配を消して、彼らから隠れ潜んだ。
「アーメッドの矢は確か、凄い伝承を持っていたよな。」
「そうですね、僕の矢は『決して落ちない』ことに定評があります。ですが、当たるかどうかは別問題でして、その辺りは兄であるアリの方が上手かと。実際にヌーロニハルと結ばれたのはアリですし。」
「マジかよ。」
「マジです。対象を見失ってしまうと、どうにも……」
矢を番えるアーメッドに対し、完全に気配を消した少年がにじり寄る。手にした小型ナイフが、彼の首へと伸びた。
だが突如地面から生えた大きな腕が、少年の手を掴み、投げた。それはアーメッドの影。漆黒の益荒男が呼び出され、雄たけびをあげる。
「僕のスキルでもあり、妻ペリパヌーの力でもある。僕の影にいるのは、僕の守護者『シャイパル』!力持ちのシャイパルだ!」
漆黒の幻はすぐさま霧散したが、時間稼ぎとしては充分だった。アーメッドは再び矢を番える。今度は決して外さない、決めの一手だ。
『見果てぬ恋は空を割る(レルアバドゥ・サハム)』
その矢は少年へ向け、放たれる。
殺すためでは無い。少年の仮面を撃ち抜くための技。
それは狙い通り、寸分違わず、少年が宿した英霊を貫く。ヴェノムアサシンは光の粒子となって消え去り、意識を失った少年だけが取り残された。
「………………やったか?」
「えぇ。初陣としてはこの上の無い勝利でしょう。」
アーメッドは得意げな顔を見せる。鉄心は嬉しさのあまり、思わず彼に抱き着いた。英霊という存在と関わりを持たなかった青年が、この日初めて『運命』と出会ったのである。
そして彼らは共にビルを後にした。深夜二時をまわろうとしている夜の街は、イブにしてはどこか物寂しく感じられたのだった。
そしてその後。
改めて互いの自己紹介を終えたその時、アーメッドに異変が起こる。
同じ顔、同じ声であるにも関わらず、アーメッドでは無い、別の人格が姿を現したのだ。
「こんにちはマスター。僕はフセイン。」
「こんにちはマスター。僕はアリ。」
「待ってくれマスター、何故この僕、アーメッドの身体に兄さんたちが宿っている!?」
「次は僕を戦闘に出してくれよ?マスター。」
「アリは黙っていろ。次は僕だ!」
「待ってくれ兄さんたち。この身体は間違いなく僕のものだ!そうだろ?鉄心!」
「そんなのって、アリ?」
鉄心が起こした奇跡は、ただの一度に非ず。
もしかすると、三つもの願いを叶えてしまったのかもしれない。
※
そして時刻は午前四時をまわる頃。
気絶した少年を、高身長の筋肉質な軍服男が抱きかかえていた。
男は冬の季節にも関わらず、虹色のサングラスをかけている。
そしてその隣にいる女も、季節感の無い、薄着で街中を闊歩していた。
ただ一人、彼らの半歩後ろを歩く女だけが、冬服を着用している。
「なぁショーン。モゴイの奴は誰にやられたと思う?」
「あらシュランツァちゃん。モゴイくんの敵討ちでもするの?」
「ちげぇよ。モゴイは別に死んでねぇし。ザー様みたいに違法触媒を回収している奴らがいるのかなって。」
「さぁねぇ。でもモゴイくんはちゃあんと回収してくれていたから、それは無いんじゃないかしらね。サーヴァントと殺し合った結果、傷を負ったんじゃないかしら。」
「まぁそれもそうだな。」
彼らが路地裏に差し掛かったとき、前を歩いていたシュランツァは足を引っかけて盛大に転んだ。どうやら青いゴミ箱で躓いてしまったようだ。様々な種類のゴミが辺りに散らばる。
「ちょっと、大丈夫!?シュランツァちゃんったら!」
「ってぇ。クソが!こんな場所に置いておくんじゃねぇよタコ!」
シュランツァは青バケツを足で蹴り飛ばした。散らかったゴミは放置し、苛立ちながら向こう側へと歩いて行く。シュランツァとショーンの後ろを歩いていたウラルンは、ふとその場で足を止めた。
「………………」
「あら、どうしたの、ウラルンちゃん。」
「これ」
ウラルンが手にしたのは、女物のネックレスだ。
「何これ、イブだから男が女に渡して、捨てられたんじゃないの?というか、女物なのに装飾が髑髏とか、趣味が悪すぎるわよ。捨てられて当然ね!」
ウラルンはネックレスを暫く眺めると、それを軍服のポケットに仕舞い込んだ。
「え、何?ウラルンちゃん、それ、好きなの?」
「好き」
ウラルンはポケットの中でそれを握り締める。彼女が過去に付き合っていた、大切な男を思い浮かべながら。
【神韻縹緲編③ 終わり】