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幻視急行編5章にて挿絵も追加しております、ぜひそちらも合わせてご覧ください。
【神韻縹緲編④】
「おい、聞いているのか。馬鹿息子。」
「聞いていますよ父上。大丈夫、任せて下さいよ。」
聡明な僕とは違い、生まれた息子は大馬鹿者だった。
頭は悪い癖に、傲慢で、不遜で。
どうしてこんな脳みそ筋肉な若人に育て上げてしまったのか。
「僕の今言った事、絶対に忘れるんじゃないぞ?僕の才能は確かに神をも驚愕させる代物だが、本気で神を怒らせたら、あっという間に殺されるからな?」
「はい、心得ております!」
そして愚息はその一歩を踏み出した。
奴は馬鹿だから、こんな運命に巻き込んだ僕のことをこれっぽっちも恨みはしない。
それどころか、こいつは。
「待て、〇〇〇〇!やっぱり辞めておこう、無謀だ!」
「大丈夫ですよ父上。だって……」
「父上がくれた『翼』ですから!」
聡明な僕とは違い、彼は……
頭は悪い癖に、傲慢で、不遜で……
神をも恐れぬ『勇気』を持っていた。
「僕は父上を信じます。父上は、神様をビックリさせる、世紀の天才、ですから!」
そして彼は、
あの遥かなる空へ。
誰よりも自由に。
「ったく、馬鹿息子め。」
僕はあの愚息が誇らしかった。
でも、結局。
〇〇〇〇は落ちていった。
深い深い海の底へ、只一人、孤独に。
そうさ、僕が最後に犯した罪こそ
我が最愛の息子を殺してしまったことなのだ。
※
「おい、ディザストロキャスター」
「……っ」
オアシス上空に浮かぶ、天空の城塞『ヘヴンズゲート』。
その中心部の巨大広間の円卓に、各地区を統制する災害のサーヴァント達が招集された。
たった今、一人眠りこけていた災害のキャスターが、アーチャーに叩き起こされたのである。
「全員揃うまで時間がかかったな。一番早くに到着していたキャスターが睡魔に襲われるのも無理はない。」
「『英霊』の枠組みを超え、より人間らしくなったように感じるよ。」
談笑するアーチャーとキャスター。彼らは特段仲がいい訳では無い。
否、この場に集まる全員が、聖杯戦争で殺し合いをした同士だ。
互いが互いの腹を探り合い、牽制しあう。どこかギスギスとした空気の漂う議会である。
今回は、災害のアサシンによる緊急招集でありながら、最後に登場したのが当の本人であったのだった。
「すまんな、よりのもよってこの日に、第五区の暴徒たちが結集してしまったのだ。余の臣下たちがこれを鎮静させた。……おや、ライダーの姿が見えんが?」
「奴は忙しいってよ。てめぇのことが嫌いなんじゃねぇか?アサシン。」
「ほう?」
「俺たちはライダーの計画に付き従っている。それはアトランティスを蘇らせる為に必要だからだ。でもてめぇだけは裏でコソコソ好き放題やっているみたいだな。統合英霊ってヤツは、俺たち周知しているぜ。」
アーチャーは円卓を回りながら、アサシンの傍まで近付いた。アサシンは余裕の笑みを崩さない。
「余もライダーの思想には賛同しているぞ。私兵を持つことはそれほどまでに悪しきことか?」
「いや、塵を積もらせても山には成りえねぇよ。ライダーはえらく警戒しているが、俺たち災害に人間如きが叶う訳もない。」
「ならば良いだろう。全ての災害で、こと戦闘面においては貴殿こそが最強だ、アーチャー。その発言は正しいさ。余の『アヘル』は余にとっておままごとに過ぎない。石橋を叩いて渡る必要もあるまいよ。」
「いいから、アーチャーは座ってくれ。僕は忙しいんだ。早く本題に入ってはくれないか、アサシン。」
キャスターの提案に、アーチャーは素直に従う。その長い両足をテーブル上に乗せ、偉そうに腰かけた。
「すまんな、余からの話と言うのは『不穏分子の抹殺』についての提案だ。」
「不穏分子?」
アーチャー、ランサー、バーサーカーはそのワードに反応を示す。
ただ一人、キャスターは第四区博物館を思い出した。
「そう、災害の思想に仇なす存在。余はその完全なる排除を、貴殿らにも願いたい。」
「んなもん、今までだって無数にいただろ。何で今更。」
アーチャーは難色を示す。それはランサー、バーサーカーも同じのようだ。
「これまでとは比べ物にならない規模のものだ。円卓中央を見よ。余の『アヘル』の調査により発覚した、二大巨頭。」
皆が注目する中、クリアブルーのアーカイブから二種類のビジョンが浮かび上がる。それは第二区に構える令呪販売企業のマキリコーポレーションと第四区博物館の画像であった。アーチャーは自らの区内企業が挙げられたことに驚きを露わにした。
「おい、マキリって、魔力源を溜め込んでいるあの企業だよな。」
「あぁ、反災害思想を持った危険な組織だ。貴殿は気付いていなかったのか?アーチャー。」
「興味が無いからな。どうせ雑魚だろう。」
そして第四区博物館の映像に、キャスターは眉を顰める。
彼はこの博物館という存在を他の災害に一度も公言していなかった。
「アヘルの調査によると、マキリは垓令呪システムの申請を出していたものの、裏で魔眼収集を行っていることは秘匿しているようだ。旧日本国の遺産、我々が把握し切れていない特殊な魔眼も保有しているらしい。その効果を知らないままに、革命を起こされたとしたら、アーチャーでも対処に困るやもしれん。」
「あ?俺が負けるってか?」
「そうは言っておらん、落ち着け。」
その長い足でテーブルを蹴るアーチャーを、アサシンは諫める。
「そしてもう一方の、第四区博物館。只の公共施設を謳っているが、内部では我々の与り知らない違法触媒を不法に取得、隠し持っているようだ。この建物の下に巨大な地下施設も存在することが判明している。」
アサシンはそう語りながら、キャスターを一瞥した。アサシンの提示するデータの殆どを、キャスターは既に知り得ていたが、他の災害に今まで共有して来なかったのだ。
「キャスター、貴殿はマメに人間社会にコンタクトを図り、自治していたろうに、この事実に気付いていなかったのか?」
「当然、建築物の構造は把握していたが、その主目的まではさっぱりだ。僕も特別危険視はしていない。我ら災害にとって、些事、であることには変わらない。」
「慎重派な貴殿がそう切り捨てるとは、な。…まさか、貴殿のお気に入りか?」
「馬鹿を言え、僕は人間の全てに興味がない。もしアサシン、お前が博物館を邪魔だと感じるならば、僕が手ずから奴らを殺してやって良い。」
「そうか、ならば殺せ、跡形も残すな。」
アサシンはアーチャーとキャスター、二人の災害に、不穏分子の抹殺を命じる。アーチャーは久々の人殺しに興奮冷めやらぬ様子だが、キャスターは腕を組んだまま静止していた。
「ランサーに、バーサーカー、彼らも余に賛同した。ライダーがいなくとも、これで過半数票は獲得した。…明日には、災害としての威光を示してもらうぞ。」
「マキリの女社長、中々に上玉じゃねぇか。殺す前に抱いてやるのも悪かなぇな!」
そしてアーチャー、バーサーカーは離席する。アサシンも立ち退こうとするが、キャスターはこれを引き止めた。
「各地区の統制は、その場を管理する災害に一任されている。何故、第五区の守護者たるアサシンが僕たちの地区へ意見を飛ばしてくる?」
「同じ繋がった大地で、隣国が兵器を向けてくるとも限らんだろう。余は、余の国を守る決断をしているだけだ。」
「…………」
「貴殿の報告を楽しみにしているぞ、キャスター。」
アサシンは含みのある笑みを浮かべると、天空城塞から姿を消した。
キャスターはなおも席を立とうとしない、腕を組んだまま、天井を眺めている。
そんな彼を、どこか心配そうに見守る人影があった。
この円卓に残った、第六区の災害、ランサーのクラスで現界した『焔毒のブリュンヒルデ』である。
彼女はキャスターの元へ歩いて行き、その隣まで近寄った。
「何だ、ランサー。」
「貴方は……殺したくないのですね。」
「……違う、買い被るな。僕は聖人でも臆病者でも無い。」
「貴方も、ライダーも、優しい人、ですから。」
「違う、僕は災害だ。人間たちの理解者には決してなり得ない。」
「…………そう」
ランサーは寂しそうな表情を見せる。
災害の中で、最も優しく、最も狂っている彼女を、キャスターはそれでも美しいと感じていた。
「アサシンは、ライダーも、キャスターも、嫌っています。だから貴方の望まないことを押し付ける。両者の隙を常に狙っている。アサシンはヘヴンズゲートに背き、別のアプローチでアトランティスを築き上げようとしています。」
「……だとしても、僕に出来ることは何もないのさ。」
キャスターは遂に立ち上がり、ランサーと見つめ合った。
サハラの戦争で相まみえた時、彼女の目は確かに英雄の持つ気迫に満ち溢れていた筈だ。
だが今は、黒く淀んでいるように見える。オアシスが、彼女の全てを変えてしまったのだ。
「ランサー、君も第六区へ戻れ。君の出る幕じゃない。」
キャスターはそう言い残し、天空城塞を後にする。
彼がその足で向かうのは、第四区博物館。
こうして足を運ぶのは、二度目のことである。
※
第四区博物館地下施設にて
紫の髪をたなびかせた白衣の女が、備え付けられた巨大な円形装置を入力していた。
彼女の様子を見守っているのは、この博物館にて鑑識官の役職を与えられた充幸であった。
「あの、館長、急な呼び出しの理由とは?」
「充幸さん、来て頂き有難うございます。……もう少々時間がかかりますので、そちらの椅子でお待ちください。」
第四区博物館館長の間桐 桜は、充幸に背を向けたまま、作業を続けていた。
円形装置の中央部には、エサルハドンの権能の一つ、未来を占う水晶玉がはめ込まれている。この水晶玉は只の硝子に非ず。アッシリアの超巨大幻想種の眼球そのものだ。未来視の力を併せ持ち、ここまでのエサルハドンの戦闘を何度も助けてきた。未来視と言っても、漠然とした先の予測のみで、確実な演算を行える訳では無い。
「私の杖は、役立っていますか?」
「勿論、大いに。我々人間が災害と戦っていくのに、『千里眼』は必須要素ですから。」
桜は取り付けられた六つのデバイスを巧みに同時操作している。充幸には一体彼女が何をしているのか理解できなかった。
「充幸さんは『ラプラスの悪魔』を知っていますか?」
「それって、過去と現在の物質の流動状態の全てを把握できれば、未来の因果を算出できるっていう、ピエール=シモン・ラプラスの考えた概念ですよね。」
「はい、通常そんなことが出来る存在を、ヒトは『神』と呼称しそうなものですが、後世に『悪魔』と名付けられたのは、実に人間らしいですね。ヒトは自らの範疇を超えて存在する生物を、常に『敵』と認識する生き物ですから。」
「その、ラプラスの悪魔がどうしたのですか?」
「その悪魔は、量子力学的には存在が否定されていますが、魔術的に言えば、あり得ると私は考えています。未来視の魔眼に、千里眼、それは神々がまだ世界の支配者だったころから存在が肯定されていたものですから。……今私がやっていることも、ある種、ラプラスの悪魔との邂逅なのです。」
桜は充幸を呼び寄せると、デバイスの閲覧用データを彼女の前で表示した。そこには、これから起こり得る未来の予測が細かく表記されている。
「ラプラスの悪魔のパラドクス、確定した未来を知った者が、現在の時点で、未来が変わるように動いた場合、確定した筈の未来が未確定になる。でも実は、そこに矛盾など生じないというのが私の考えです。確定した未来と、新たに確定した未来、その二つへ分岐する。もし私が明日交通事故で死ぬとして、それを知った私が、明日外出しなければ、私が死ぬ未来と生きる未来が同時に誕生するということです。」
「なるほど?」
「そして今、充幸さんが見ているデータは、これから博物館に起こること、その未来予測です。幾つもの未来をこの水晶に映し出し、現在の私たちがどう動くべきか、逆算して組み立てています。」
「それは、何というか、凄いですね。」
エサルハドンもここまで高度なことはしなかった筈だ。
そもそも彼女が行っていたのは占いという行為。未来予知と言えど、それは虫の知らせ程度のものであった。
ここまで正確なデータを導き出せているのは、桜の作り出したシステムの賜物だろう。
「とりあえず、直近の算出データ十件を確認してみてください。」
充幸は自らのデバイスに送られてきたファイルを閲覧する。だがそこに書かれているのは、どれも同じ結末であった。
「博物館と、第四区そのものが消滅……!?」
「そう、これは一週間以内の未来予測。どんな選択をしようとも、私たちはバッドエンド、全滅です。」
桜は肩をすくめる。欧米的なオーバーリアクションに充幸もぽかんと口を開けたままだった。
「充幸さんは驚かないのですね。」
「館長がどこか余裕そうな感じですので……」
「そうですね。どれだけもがこうと全員死ぬのですから、こういう諦めの感情にもなるのでしょうね。勿論、諦めるつもりは一切ありませんが。手は尽くしておくべきでしょう。その為に、充幸さんを今日ここに呼んだのですから。」
「私を?」
「今日、私たちは災害と相まみえます。申し訳ありませんが、戦闘に出るのは巧一朗、そして充幸さんに託します。無論、貴方達の命は私が保障しますので。そのことを、巧一朗に伝えて下さい。」
「裏の実働部隊は、あと二人、いますが…」
「美頼さんと、鉄心さんですね。彼らは要素に含んでいません。素直に自宅待機させてください。充幸さんにはこちらの親端末と、四機のオートマタをお渡しします。触媒データはインストール済みです。」
充幸は桜からデバイスを預かる。そこにはオートマタに宿されるサーヴァントの詳細が記録されていた。戦闘方法や不測の事態に対する対処法も明確に指示されている。
「災害のキャスターのデータはかなり少なく、予想通りの動きをするとは考えにくいでしょう。ですが、私が今前線に出てしまうと、博物館が積み上げてきたロジックが崩壊する恐れがある。申し訳ありません、この場を何とか耐えきってください、充幸さん。」
桜は深く頭を下げる。充幸には断る理由は無かった。
元より、彼女は桜に協力するつもりでここにいる。災害を倒さなければ、彼女はフランスに帰ることも出来ないのだから。
「(いや、それだけじゃない、か)」
―きっと、本物の充幸なら、桜を見捨てることはしなかった、筈だ。
「畏まりました。私は館長を信じます。」
充幸は端末を片手に、地下施設を後にした。
そしてそれに合わせて、姿を隠していた人物が桜の前に躍り出る。
白銀の髪の少女、コラプスエゴの霊基を以て召喚された『キャスター』である。
「あら、モリアーティさん。いつから忍び込んでいましたか?」
「君が一人で占いとやらに熱中している頃からだ。それにしても、よくこの私が、いつもの探偵では無く、モリアーティだと判ったね。流石は私の『元マスター』って所かな?」
「歩き方です。いつもの方は、貴方より歳を召しての現界ですので、少々足腰を気遣う歩き方をしますから。」
「少女の若い肉体に宿っているとはいえ、生前の癖は抜けないものだ。あの探偵も、そして私も。」
キャスターは端のソファーに腰かけると、紙コップに注がれたインスタントコーヒーを口にする。
桜から見て、これも一つの判断材料だ。あの探偵は、あまり苦い飲み物を嗜まない傾向にある。
「それで、桜は、どこまで把握している?いい加減、君の意思を知りたいと思っている。」
「私の意思ですか?」
「全てが謎だ。そもそも記録を調べても、巧一朗から直接聞いても、『間桐桜』は既に死んでいることになっている。それもサハラの聖杯戦争の前に、だ。オアシスにおいても、カプセルで凍結させられていた巧一朗とは違い、君は千年近く、博物館を存続させている。只の人間が、寿命を超えて生きていられる筈が無い。そしてゾンビの如く生き永らえて、やろうとしているのは災害討伐だ。色々と、不思議なことが多くてね。」
「……探偵ならば、解き明かしてみては?」
「違う違う、私は犯罪者だ。推理するのは得意じゃない。情報を得た上で、それを組み立てるのは上手いだけさ。」
桜もまた、キャスターの隣に腰かけると、インスタントコーヒーで一息入れる。
キャスターは横に添えられた袋菓子のアーモンドを貪り始めた。
「全てが、歪なのです。サハラの戦争も、災害も、そして『桜』も。彼女の行動理由、それを引き継ぐ私の行動理由、それは『後悔』によるものです。それも、千年の時間をかけるには、余りにもちっぽけな、二度と修復できない『言葉の刃』。桜は死んでなお、巧一朗の為にこそ生きている。可笑しいでしょう?死んでいるのに。」
桜はどこか遠い目で語る。キャスターも察していたが、やはり間桐桜は死んでいたようだ。
では目の前にいる、博物館館長とは何者なのか。キャスターはその考察に入る。
「もしかして桜、君は間桐桜の……」
「サーヴァント、ですよ。名前は内緒です。」
「魔力切れを起こさなければ確かに、見た目も変わらないまま生きていられるが、それにしても千年は長すぎるだろう。何故そこまで時間がかかったんだ。災害はそれほどにまで凶悪なのか?」
「そうですね。それも、今は内緒にしておいてください。災害を一人止めるだけでも、難易度はエクストラなのですから。私はオアシスにおいて、いえ、全てにおいて、只の『観測者』に過ぎません。勿論勝つ為のサポートは致しますが、私が前線に立つことは無いでしょう。そうしなければ、私の脳内に在るロジックが崩れてしまうのです。」
桜は舌先を出し、照れ笑いをする。
「とりあえず、災害に対するアプローチ、手札は持っているという認識でいいのかな?」
「えぇ、そうですね。ただ正直に、どこまでが有効打かは分かりかねます。今日はピンチでもあり、チャンスでもあります。災害のキャスターが単身、この博物館に訪れるのです。以前、吉岡さんのときは巧一朗も消耗していましたが、今回は万全の状態、かつこの博物館をステージとして迎え撃つことが出来ます。」
「ちなみに勝てる確率は?」
「限りなくゼロ寄りです♪」
キャスターは呆れ顔だ。今からでも逃げる選択をすべきなのではないかと考える。
だがここは、桜を名乗る胡散臭い館長に全てを委ねてみることにした。モリアーティ、犯罪界のナポレオンの直感が、チップをレイズしろと告げていたのだった。
※
時刻は深夜を回ろうとしている。
博物館のエントランスにて、充幸と巧一朗、キャスターが待機していた。
そしてもう二人。
「おい、何でお前までここにいるんだ、鶯谷。それとアーチャー。」
「仲間外れは無しだぜ、巧一朗。お前が戦うなら俺も一緒だ。」
巧一朗は頭を抱える。今回はいつもの聖遺物強奪任務とは訳が違う、アルバイト代も出ない、ただただ死ぬかもしれない危険なだけのミッションだ。それを再三伝えた筈であるのにも関わらず、鉄心は共に戦う覚悟を決めていた。
「鶯谷さん、これはその、遊びでは無いのです。相手は災害のサーヴァント、もしかしたらこちらも全滅しかねない。アルバイトを称するなら、命まで責任を負う必要はございません。」
珍しく充幸も本気で怒っている。しかし鉄心は聞く耳を持たなかった。
「だったら猶更だ。俺がぐーすか寝ている間に、巧一朗や充幸さんが死んじまったら、俺は行かなかったことを死ぬほど後悔するだろう。いつもそうだけど、別に遊びでやっているつもりはねぇよ。…俺だって博物館の一員なんだ。」
「マスターである鉄心がそう願うのであれば、僕も共に全力で戦います。」
鉄心の後ろでサムズアップしたのはアリ。三兄弟で最も戦闘向きな彼が、今回は表に出てきている。
「どうします?鬼頭教官。」
「私も、巧一朗さんも、自分のことで手一杯になり、貴方達を守れないかもしれない……」
「大丈夫、俺たちの命ぐらい、自分らで守るさ。アーチャーと俺はあくまで後方支援だよ。矢を飛ばし続けるぜ。」
鉄心の手の甲に宿るマキリ製の令呪は、なんと四画。以前こっそりマキリの出張販売所のスタッフを騙して、掠め取ってきた。これで魔力増強を行い、アーチャーをバックアップするつもりだ。
決意を固める鉄心に対し、巧一朗の表情は浮かない。彼の招霊転化が次のステージへ至る前に、災害と戦わなければならない為だ。吉岡の生み出したコラプスエゴとの戦闘から、彼自身成長したとはいえない。彼の母の言う、隣人への直接的なアクセスが叶わなければ、災害のキャスターを超えることは出来ないだろう。
「(そもそも隣人の魔力を以てして、災害を倒すまでに至れるのか?)」
考えれば考える程に、マイナスな方へと流れていく。
彼はこれ以上の妄想は不必要だと、自らに喝を入れた。
作戦の要は巧一朗では無い。充幸が用意した四機のオートマタ、その同時召喚である。
その全てが強力な英霊で構成されている。巧一朗が出来るのは、四機もの英霊を使役することとなった充幸のサポートのみ。
充幸への直接的な攻撃さえ防ぎきれば、勝機は生まれてくるだろう。
「今回用意されたオートマタはアインツベルン製じゃないんですね。」
巧一朗の問いかけに、緊張した面持ちの充幸は気付く素振りが無い。
「鬼頭教官?」
「あ、え、はい?何でしょう、巧一朗さん。」
「大丈夫ですか?当然ではありますが、顔色が悪く見えたもので。」
「……こういった修羅場は何度も乗り越えてきた筈ですが、今回は別格ですね。もし話し合いで解決できるなら、それに越したことは無いのですが……」
充幸の手は少し震えていた。
それも仕方の無いことだ、と巧一朗は思う。この期に及んでも姿を現さない博物館館長への苛立ちのみが募る。
敢えて姿を現さない理由は何なのだろう。考えても彼の中で答えが得られることは無かった。
そして時計の針が十二の数を指した時。
正面ゲートから堂々と、一人の男がやってきた。
いつもの近未来的な服装とは全く異なる。全身を黒のアーマー装甲で包んだ、戦闘のみに特化したフォルムで現れる。
だがその纏うオーラで全員が判断できる。彼こそは『災害のキャスター』。博物館の敵だ。
アーマーの男は、巧一朗たちが待ち構えていたことに驚きを覚えた。この時間に来訪するとは告げていない筈、ならば未来を予測した者がいるのだろう。
それも全員から殺意の波動を感じ取る。彼らはどうやら、逃げずに戦う道を選択したようだ。
「僕が内部監査に来ることを、知っていたのか。……あれから少しは成長したか?間桐巧一朗。」
「あれから?」
口から疑問が漏れ出た鉄心を尻目に、巧一朗は災害のキャスターの目前に躍り出る。
前回から変わった点、もしそれがあるとすれば、災害の圧に耐えられていることだろう。汗の一滴も流れ落ちない。
「別に僕はお前達を殺しに来た訳じゃない。天空城塞で再び取り行われるであろう災害たちの会議に、お前達を放り込もうと思っているだけだ。やましいことが無ければ、そこでハッキリと主張すればいい。」
災害のキャスターは意外にも冷静かつ合理的な判断を下していた。しかし博物館サイドにとって、それは殺される日が少しばかり遅くなるだけだ。むしろ他の災害がいる以上、反撃は絶対に不可能だろう。
ならば、今この場で災害のキャスターだけでも倒してしまう方が賢明だ。
「いや、俺たちは災害と敵対する。お前達が忌み嫌う『違法触媒』によって。」
「隠す気は無いのだな。」
「隠したって意味無いだろう?ここが俺たちの正念場だよ。」
そして充幸はデバイスからオートマタを同時に起動する。
次々と触媒データがインストールされ、四機の人形に生命の息吹が宿り出す。その時間は僅か一秒にも満たない。事前に調整しておいたお陰だ。ここからは四人のサーヴァントのマスターである充幸の戦いである。
〈データローディングは正常でした。『イスカンダル』『土方歳三』『チャールズ・バベッジ』『天草四郎時貞』現界します。〉
現れる四騎のサーヴァント。
ライダー、バーサーカー、キャスター、セイバー、それぞれが別々のクラスで召喚され、災害のキャスターの前に立ち塞がる。
どれも歴史に名を残した強力な英霊ばかりであり、このような状況にも関わらず、巧一朗は興奮を隠し切れなかった。
「ほう、違法触媒を用いた同時召喚か。アインツベルンの制御装置も見当たらない、つまりは廃棄予定の別社人形だな。」
災害は冷静に分析する。
巧一朗とキャスターは充幸の傍に寄り、鉄心とアーチャーは四騎の後ろから、その狙いを定めた。
そして充幸は早速、自らの腕に隠し持っていたマキリ社製令呪を三画使用し、イスカンダルへ宝具の発動を命じた。
「いざ!遥か万里の彼方まで!」
イスカンダル、アレクサンドロス大王の最強宝具『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は彼の切り札であり、彼の志を示す固有結界宝具。心象風景が具現化され、博物館は忽ち大砂漠と化した。そしてイスカンダルの臣下たちがサーヴァントとして連続召喚され、巧一朗たちの前を往く。数万のサーヴァントがいま、博物館の味方として現れ出たのだ。鉄心もそのドラマティックな光景に思わず感嘆の声を漏らした。
これこそが博物館の狙い。固有結界を認めない災害へのカウンターである。イスカンダルに狙いの的が絞られたとしても、残り三騎の英霊がこれを防ぎ、進行を阻む。彼らもまた(土方歳三を除き)固有結界宝具へアクセスできる力を有しており、第二、第三のカードとして切り込むことが出来るのだ。
イスカンダルと、その近衛兵団が先陣を切り、災害のキャスターへと駆けて行く。その様子を、巧一朗らは固唾を飲んで見守った。
黒い装甲の災害は一切それに動じることなく、ただ一人、砂漠の真ん中で立ち尽くしている。その圧倒的なまでの自信が、博物館サイドに緊張をもたらした。
「オラララララララララ」
漢の叫びと共に大砂漠を走り抜けるイスカンダル。その隣には同じく呼び出された新選組副長の土方歳三。災害のキャスターが立つ地点まで、あと数十メートル。
災害は仮面の下で、不敵にも笑っていた。
「巧一朗、聞こえるか。固有結界が災害へのカウンターとでも思ったのだろう?」
災害のキャスターは左手を前に突き出す。
「確かに、このオアシスを包む繭は、僕の固有結界を元に編み出されたものだ。当初は他のサーヴァントの宝具による上書きのような結果を恐れてはいたさ。ただし、それは千年前の話だ。」
「災害のサーヴァントはお前達にとって絶対的な存在だ。だからお前達も攻略法を考えに考え続けたのだろう。だが、その間、僕たちの成長が止まるとでも思っていたのか?僕たちが停滞すると認識していたのか?それは甘すぎる考えだ。災害は全員、千年の時を超えて、神にも等しい力を得ている。」
「千年の重みを受けるがいい、第四区博物館(テロリスト)。お前達の旅はここが終着点だ。」
災害のキャスターは鎧に取り付けられた片翼で宙に浮かんだ。
そして左手を掲げると、青い空は瞬く間に曇り、闇に包まれる。
「何が起こる!?」
巧一朗の目前、マケドニアの近衛騎士団たちの足元から、耳が割れる程の轟音が響き渡る。固有結界は地震が起きたように縦や横に揺れ、誰もが災害の前に跪いた。
大いなる砂漠の世界に、突如、余りにも巨大すぎる壁がせり上がる。様々な方向の壁、壁、壁。災害が見晴らしのいい世界を、暗い石の壁で包囲した。
「これは何だ!?」
アーチャーは急ぎ、巧一朗と充幸を後方へ連れ出した。彼が跳躍した瞬間、空から、その実態が明らかになる。
巧一朗も、充幸も、共に跳んだキャスターも、この瞬間、災害のキャスターの真名を理解した。
壁に巻き込まれた軍勢は皆、光の粒子となって消滅する。残された四騎は、壁の世界に閉じ込められ、外への脱出が不可能となっていた。
巧一朗の目に映るその景色、砂漠の中に現れた死のアトラクション。
然るに、それは
「迷宮(ラビリンス)」
そして充幸もまた、跳躍の瞬間、目撃する。
閉じ込められた四騎のうち、キャスターのチャールズ・バベッジが、その建造物内部で何者かと接触した。
彼の目の前に現れたのは画角に収まらぬ巨大な生物、人の身体ではあるが、何かが決定的に異なっている。そのスケールはパニック映画に出てくる巨大鮫かクロコダイル。牛の仮面で顔を隠した、文字通り『化物』。
「ミノタウロス!?」
化物はその手に持つ斧を振り下ろし、チャールズ・バベッジを一撃のもとに葬り去った。
元のオートマタはもはや原型を留めていない。
残されたのはイスカンダル、土方歳三、天草四郎時貞。だがそれも時間の問題であろう。
災害は別格である。
彼の前では、全てのサーヴァントが蟻。ただ踏み潰されるだけの存在。
キャスターは「なるほど」と一人呟いた。彼女の中で何か合点がいったようだ。
「宝具起動。『万古不易の迷宮牢(ディミョルギア・ラビュリントス)』。生前の僕の最高傑作だ。もうお前達は逃げられない。」
そして逃げ続ける巧一朗たちも、一人、また一人と、抜け出せない大迷宮の中に囚われていく。
これは災害のキャスターの心象の具現化、否、彼の発明の具現化だろう。
壁に飲まれたキャスターは、巧一朗の手を掴む。次々と背の高さを遥かに凌駕する壁の建立を見届けながら、キャスターは空に浮かぶ災害を睨みつけた。
「空を飛ぶ翼、怪物ミノタウロスを閉じ込める大迷宮、それを用意できるのは、君しかいない。ギリシアの工匠、それでいて天才発明家、芸術家って言えばいいかな?」
「キャスター、奴の名は……」
「あぁそうさ。災害のキャスター、君の名は『ダイダロス』!神をも超える名工だ!」
探偵よろしく指差しで真名を看破するキャスター。だがもはやそのことに何の意味も生まれない。
彼は自信満々にこの大迷宮を出してきた。つまり自ら名を明かしたのと変わらない。
既に博物館は彼の手のひらの上、待ち受けるのは『死』のみだ。
そして二人の元に断末魔が轟いた。
また一騎、召喚したサーヴァントがミノタウロスに殺されたのだ。
脱出不可の要塞で、絶望と恐怖の時間が、始まろうとしていた。
【神韻縹緲編④ 終わり】