vs災害のキャスターです!
感想、誤字等あればご連絡ください!
【神韻縹緲編⑤】
征服王の絶技、その心象世界に、突如現れた異様なる大迷宮。
その場に存在する全てのものを飲み込んで、はや三十分が経とうとしていた。
鉄心とアーチャーは幾多にも分岐する道を左に進みながら、巧一朗や充幸のことを探していた。
だが歩けども合流することは叶わず。何度道を選択しようとも、同じ場所へ帰ってくる。
幸い迷宮の召喚者たる災害のキャスターことダイダロスや、迷宮の番人ミノタウロスに出くわすことは無い。
だがこうしている間にも、仲間たちは災害や怪物の手にかかっているかもしれない。
焦りが、鉄心を苛立たせる。
「くそ!ずっと左に進んでいるのに、何故戻って来る?!」
「この迷宮は生物のように流動しているのかもしれません。我々の視覚情報には捉えられぬ速度で。」
「アリアドネの糸があっても、こんなのは攻略できねぇよ。」
アリの所持する矢の先端で壁をがりがり削りながら歩いてきたが、それも目印としては全く機能していないように見える。
彼の言うように迷宮そのものが生きているのだと仮定すれば、壁は傷つけられても回復する作用を持っていると言えよう。
「これ歩いている意味はあるのか?ここで皆と合流できるのを待った方が……」
「それは辞めた方が良いでしょう。」
「!?」
鉄心の溜息交じりのぼやきに、返答する者が一人、彼らの後方より現れる。
二人が一斉に振り向くと、そこには牧師風の伊達男が、巨大な大砲片手に佇んでいた。
彼こそは、充幸が召喚した英霊の一人『天草四郎時貞』である。
「あまくさ…さんっ!?」
「奇跡にも等しい邂逅ですね。私はどうやら幸運だったようです。」
天草は鉄心の隣、アリの元まで近寄ると、手にしていた灰色の大砲を彼に授ける。
「天草殿、これは?」
「セイバークラスの私には使用できない武器です。これはチャールズ・バベッジ氏の遺品です。」
「遺品?」
「バベッジ氏は迷宮に飲まれて早々に、ミノタウロスと交戦し敗北、彼のオートマタは粉微塵に吹き飛ばされました。が、彼はこのオアシスという国の召喚式を理解し、それを逆手に取るスピードが誰よりも早かった。彼自身の腕を蒸気製の大砲機関に改造、そしてそれを先に切り離し、私に託しました。アーチャーの貴方であれば、これを正しく使用することが可能でしょう。」
「そうか、オートマタを媒介とする召喚だから、独自改造すれば、消滅と同時に消えないように出来る訳か。でもそれってすげぇ高度なことなんじゃないか?」
鉄心は感心する。チャールズ・バベッジ、流石は稀代の天才である。
「ですが、込められた弾丸は一発のみ。使いどころを間違えぬように。」
アリは所有する弓より遥かに重量感のあるそれを背負い、バンドで括り、繋ぎとめた。この重さは単なる鉄の重みでは無いだろう。死した英霊の遺留品、託された想いこそが、彼の肩にのしかかっている。
「それにしても、天草さんに会えてラッキーだ。この調子で他の皆と合流して、出口を突き止めようぜ。」
「そう上手くはいかないでしょう。我々四騎の英霊は、召喚されてから、どうにも奇妙なことが起こっているように感じます。」
「奇妙?」
「まず、これは私の場合ですが、このオアシスという国について、英霊の座から知識をほぼ与えられていないのです。国としてここに成立している以上は、その歴史が存在する筈なのですが……」
天草は神妙な顔つきで物語る。二人は黙って彼の違和感の正体を探るのに付き合っていた。
「そして私、私は天草四郎時貞、で、ある筈なのですが、これがどうにも腑に落ちない。私は天草なのだろうか?その疑問が常に付きまとってくる感覚です。そもそも、天草四郎とは何者であるかさえも……」
「天草四郎と言えば、旧日本国の英雄だ。『島原の乱』で貧しい農民たちを救おうと、抗い続けた男の中の男だぞ。」
不真面目を売りにしているような鉄心でも、彼の名と彼の生き様は学んでいた。古典書物を好む雪匣の影響でもある。
スタンスは異なるが、彼のレジスタンスの人生は、どこか博物館に似ているようにも思われた。
「私はセイバーのクラスで顕現しています。だから剣を振るうことは出来る。だが、今はそれが精一杯なのです。スキルも、宝具も、今の私には使用できない。お役に立てないかもしれませんね。」
「いやいや、そんなことはねぇよ、な、アーチャー。」
「そうです。貴方に会えた時、どれ程僕たちにとって頼もしかったか。」
鉄心は天草の不調の原因を考えてみた。
正解に辿り着ける筈も無いが、もしかすると災害の持つスキルなのかもしれない。宝具を封じてしまえば、固有結界の発現も阻止することが出来るからだ。
「確か、鉄心と、アリ、でしたね。この空間では止まっていても良いことは無い。前に進みましょう。ミノタウロスにさえ見つからなければ、どうにでもなりますから。」
「あぁ、そうだな。」
「承知いたしました。」
鉄心、アリ、天草の三人は再び。左方向の道へ歩みを進めていった。
天草の感じる違和感が、悪いものでないことを信じて。
※
鉄心が天草と合流できたように、巧一朗とキャスターも、一人の男にばったりと遭遇していた。
着物姿の益荒男は、全身から血を噴き出しつつも、ふらふらと前進し続けている。彼の口から吐かれる息は、白く雲のように立ち昇っていた。
巧一朗は彼を一目見た時、安堵の表情を浮かべた。それは充幸の召喚したサーヴァントであった為。
「土方さん!」
バーサーカークラスで顕現した土方歳三。日本国幕末に活躍した新選組副長である。
「あぁ?」
後ろから呼び止められた土方は不機嫌そうな顔で巧一朗とキャスターを捉えた。
「土方歳三、君はどうしてそんなにボロボロなんだい?」
「あぁ、牛の仮面のデカ物に殴り飛ばされた。俺はどうやら、奴に殺されたらしい。」
「殺されたって……」
巧一朗が目を丸くするのに対し、土方は不敵な笑みを浮かべる。
「俺は殺されたって死なねぇよ。」
「そうか、仕切り直しスキル、いや、ここまでくると戦闘続行スキルと言うべきかな。恐るべき執念だ。」
「ただ進み、ただ斬る。道がどれだけ入り組んでようと関係ねぇよ。俺に迷いはねぇ。」
土方は踵を返し、再び前へ歩き始める。
「土方歳三、我武者羅に進み続けてどうなる?」
「ちげぇよ、逆だ。立ち止まって、どうなる?この壁は生きてやがる。そこに佇んでいたって何も得られないし、何も成しえねぇ。」
天草と同様に土方にもオアシスの情報は与えられていない。
彼自身が充幸の声に応えて呼び出されたのかも、定かでは無い。
己の存在定義すらも曖昧だ。だが彼が失っていないものがただ一つある。
それは『誠』の一文字だ。
その意味すらも忘れている彼が、胸に刻みつけ、支柱としている言の葉。
それがある限り、土方歳三は剣を振るい、進み続ける。
「キャスター、行くぞ。」
巧一朗は立ち止まる彼女の手を握り締めた。土方の背を追いかけることに決めた彼は、その手を強く引いた。
「巧一朗。この迷宮にいる限り、ダイダロスの掌の上だ。固まって歩けば、一網打尽にされる恐れもある。」
「俺はまだ次のステージに立ててない。まだ、一分間しか俺たちは戦えないんだ。俺たちは弱い。土方さんに付いて行こう。」
「君がそう言うなら、そうしよう。」
二人は土方を追いかける。こうしている間にも、彼はただ一人、迷いなく突き進んでいた。
「……さっきの断末魔、声質的に土方さんだったのね。タフな人だな。」
巧一朗にとって英霊の存在は憧れの対象である。招霊転化と異なり、目の前にいるのは、本物の新選組副長だ。危機的状況でも、胸の躍るような気持ちに歯止めは効かなかった。
だがキャスターは逆に、土方の存在が何か不幸を呼び込むのでは無いかと感じていた。殆ど虫の知らせのようなものだが、探偵の直感と言うのは得てして馬鹿にならないものである。
そして彼女の予感は余りにも早く的中する。土方の進む道、トラップが仕掛けられていたようだ。壁の側面から狼に似た獣たちが十数匹、群れを成して出現する。土方は動じることなく、その刀で狼たちを切り捨てていく。
「雑魚の群れだ。そこの胸のでけぇ女も戦え。」
「私はっ…戦闘にはっ…向いていない、のだけれど!」
巧一朗は格闘術で何とか応戦。だがキャスターは狼から逃げ回り続けている。
招霊転化を使用するタイミングを見計らうが、そう何度も使える代物では無い為、巧一朗は躊躇った。
「(俺の能力は欠陥だらけだな、本当に。)」
逃げ惑うキャスターはついに壁際に追い詰められた。しかし十分な時間稼ぎが出来ていたのだろう。土方が周りの狼たちを薙ぎ倒し、事なきを得た。
「おい、大丈夫か。」
「あぁ、有難う。」
巧一朗は狼三匹あまりを倒したのち、二人のいる場所へ向かった。掠り傷のみで済んだのは幸いだった。
「お前ら、本当にあの鎧の男と、牛のデカ物、二人とやり合う気か?」
「頼りないって言いたいのか、土方さん。」
「あぁ、頼りないな。だが女のマスター、お前の眼は良い。ただ一つの目標を捉えている眼だ。名前は?」
「俺は、巧一朗。」
「巧一朗。弱さを嘆いている時間はねぇ。お前はただ戦え。決して迷うな。お前だけが出来る仕事をこなせ。良いな?」
「……っはい。」
土方は巧一朗の焦りも、胸の内の淀みにすら気付いていた。それは狂戦士とは思えぬほど繊細な心配りである。
「話している所悪いけど、まだまだ壁から出てくるみたいだ。」
キャスターの指さす方角、狼が再び数匹現れ出る。この場から逃げることが得策のようだ。
だが、巧一朗は敢えて逃げない選択をする。
これが純粋な罠かどうかは不明だが、わざわざこの場所に仕掛けるのは、何か理由があるのだと推察した。
そして当然、土方も撤退はしない。既に狼の群れに飛び込んで暴れている。
「巧一朗。」
「分かっている、でも、まだ招霊転化は使えない。キャスターは隠れていてくれ。俺だって魔術師の端くれだからな、俺が戦う。」
そう言い残し、巧一朗は駆けた。
壁から無限に湧き出る狼に、巧一朗も食らいついていく。葉脈のように光り輝く魔術回路は、拳を振るうたびに、宙に線を描いた。
噛まれても、引っかかれても、殴られても、蹴られても、
彼は純然と立ち向かう。半ば自棄になったかのように。
だがそんな様子に、土方は口角を上げた。
「土方さん、俺はまだ弱いんだ。災害のことが嫌いで、憎くて、でも逃げてばかりでいた!」
「そうか。」
「俺はまだ強くなれると、母さんが言ったんだ。でもそのやり方は分からない。どうすれば俺は次のステージに立てるのかも!」
「あぁ。」
「だから、分からないなりに、俺も進んでみようと思う。これって『迷い』なのか!?」
「ちげぇ。一個大事にしている想いがあるなら、それは迷いじゃねぇよ。」
増殖する狼を、土方はただ切り落とし、ただ進む。
彼の肉体から淡い光が漏れ出し、それが彼の掌に宿り、何かを形成する。
遠くからその姿を眺めていたキャスターには、それが大きな旗印であることが即座に理解できた。
「俺の手に在るコイツを、俺はどう使うのかも知らねぇ。だが、それでもだ!巧一朗!」
巧一朗のもとに三匹の狼が一斉に襲い掛かる。だがその鋭利な爪も牙も、彼に届くことは無かった。
巧一朗の背を守るように現れたのは、一人の剣士。
誠の旗の元に呼び出されたスカイブルーの羽織の少女は、三匹の狼を忽ち切り落とした。
「俺が新選組だ、そうだろ!沖田ァ!」
「えぇ、新選組はここに、在りますとも!」
土方歳三含め、新選組の者達が共有する絶技『誠の旗』。
それは『誠』の精神を持ち、共に時代を駆け抜けた同士を、範囲内に呼び出す宝具。
土方の叫びに答えたのは、新選組一番隊隊長、最強の剣士『沖田総司』。
巧一朗の脳内データベースとは乖離した、可憐な和装の美少女として召喚された。
「(沖田総司って、女の子だったんだ……)」
彼女が呼び出された反動で尻餅をついた巧一朗を尻目に、土方と沖田はバッタバッタと敵を斬り殺していく。
流石は沖田総司。無限に湧き続けるかと思われた狼を、あっと言う間に退かせた。
巧一朗は歓喜に打ち震えている。戦闘の当事者である筈にも関わらず、この瞬間ばかりは、巧一朗も只のオーディエンスだ。
「ふー、終わりましたね、お怪我はありませんか?」
沖田の伸ばした手を取り、立ち上がる巧一朗。彼女はオートマタでは無く、純粋な魔力の塊、聖杯戦争におけるサーヴァントと同じだ。
彼はサハラでセイバーの手を取ったときと同じ感覚を思い出した。
「…にしても、まさか俺の旗印でお前が呼ばれるとはなぁ、沖田。」
血塗られた土方は、もはや自分の血か獣の血か判別できない程に赤く染まっていた。
「……?」
「あ、何だよ、沖田。」
「誰です?貴方。」
「は?土方だよ。土方歳三。」
血みどろの所為で分からなかったのか、土方は布で顔を拭い、改めて沖田と見つめ合う。
だが沖田の頭の上の疑問符は永遠に外れない。
「おい沖田、俺のことを忘れたのか?」
「え、だって、土方さんは私と同じ『女性』ですよ?こんな獣臭い男じゃありませんってば。」
「はぁ?俺が女だぁ?」
「はい。髪の長い、屈強な女性です。確かに土方さんを男性にしたなら、貴方みたいになりそうですけれど……。昔から一緒にお風呂に入って流し合いっこしていたじゃないですか?というか、本当に貴方は誰です?新選組にいましたっけ?」
土方歳三の宝具により呼び出されたかつての仲間は、彼のことを知らなかった。
ポカンとする巧一朗の隣に、キャスターは並び立つ。彼女はぶつぶつと独り言を唱えていた。
「キャスター、どういう状況なんだ?これ。」
「ふふ、成程。もしかすると、思ったよりも最悪な方向性かもしれないな、これは。」
「どういうことだよ?」
「私が以前召喚したジャック・ザ・リッパ―の件も、老紳士と幼女で姿が全く異なっていただろう?あれは雲隠れを続けた切り裂きジャックならではの事象だと認識していたが、どうやらそうでも無いらしい。土方歳三は間違いなく男性だ。ジャックと違い、日本国的には近代の英霊であった筈、その証拠も多く残されている。だがこの瞬間、女性である可能性も示唆された、それも彼に最も近しい人物によって……歴史が、どこかで異質な変貌を遂げているのかもしれない。」
「歴史が、書き換わっている?」
「……」
キャスターは考える。
英霊召喚は、英霊の座に登録された英雄英傑の側面を切り取り、現代に呼び出す高度な術式だ。
だがオアシスではそれが日常的に行われている。魔術の知識のない一般人が、人形と偽の令呪で、いとも容易く。
オアシスだからこそ有り得た『コラプスエゴ』の霊基。
総括すると、英霊の価値が、このオアシスでは余りにも安く、脆い。
災害は自らを英霊の区分から外し、『神』の領域に近付けようとしている?自らの価値を上げるのではなく、周りの価値を貶めることで。
だが性別すらも曖昧になるのは、余りにも……
「まさか」
キャスターはある可能性に行き着く。
それは神を冒涜する所業。災害を名乗る彼らの余りにも大きな罪。
だが突如、キャスターの思考はキャンセルされる。
土方も沖田も巧一朗も、皆がたった数十秒油断した結果、近付いて来る存在に対しての反応が遅れてしまう。
そして迷宮の闇からの来訪者の手が伸び、瞬間、鈍い音が響き渡った。
「え」
巧一朗は大量の血を身体に浴びる。
彼の目の前、先程まで明るく話していた快男児、その胸は巨大な指で貫かれていた。
そして沖田もまた、その血を派手に浴びた。誠を背負った誓いの羽織が、赤黒く染まっていく。
それは、巨大な化物の指だった。土方歳三の心臓を穿ち、おもちゃのように抜き捨てた。
「ひじかた…さ…」
どしゃりと落ちてくる男の亡骸。
血に塗れても立ち上がり続けた男は、音もなく忍び寄った悪意に、簡単に踏みにじられる。
そして刹那、動いたのは沖田総司。彼女は巧一朗とキャスターの手を引き、虎と同じ速度で逃亡する。
「おきた…さんっ!?土方さんが!土方さんが!」
巧一朗は上手く思考も纏まらぬまま、彼の名を叫び続ける。
沖田は何も答えない。彼女に出来ることは、土方を名乗る男が守ろうとしていた二人の若者を生き延びさせること。
彼が死ねば、その宝具で呼び出された沖田総司も消滅する。彼女がまだこうして存在するということは、虫の息ながら、彼が生存していることを表している。
なら、やるべきことは、駆けること。
次、巧一朗たちが前へ進むために、今は後ろへ引き下がる。
迷宮を、右へ、左へ。怪物から遠ざかる為に、ただ走り抜けた。
そして消滅を待つだけの土方は、再び牛の怪物と出会う。
その巨人は沖田を追いかけようと動き出した。土方同様、皆殺しにするつもりだ。
だから土方は、怪物の足に剣を突き立てた。それは蚊に刺される程度も痛みではあれど、数秒間の隙を生むのに成功する。
胸がぽかりと空いた身体で、怪物の足に縋りついた。
「離せ、邪魔だ。」
怪物ミノタウロスは、鬱陶しそうに振り払おうとする。
だが土方は離れない。どこから力が湧いて来るのやら、今の彼自身にもその原理は理解できないだろう。
「それでいい、沖田、立ち止まるな、やれば、出来るじゃねぇか」
土方の肉体は足から徐々に消滅する。
「キャスター、とか言ったな、あの女、良い胸だ、悪くない」
ついにミノタウロスに引き剥がされた土方のオートマタは、手足がバラバラになり迷宮に転がっていく。
そこにはもはや、彼が土方歳三だったものは何も残されていない。壊れた機械人形のパーツのみが、地面に散らばっていた。
※
同時刻、充幸もまた、召喚したサーヴァント『イスカンダル』と再会していた。
だがそれは決して余裕のある状況では無かった。
そう、充幸が襲われている瞬間に、イスカンダルが間に合ったのである。
そして充幸を殺そうとしていた者こそ、漆黒のアーマーに身を包んだ、この迷宮の主。災害のキャスターこと『ダイダロス』本人だった。
彼は迷宮の中に直々に現れ、四騎の英霊をデバイスで管理する充幸に狙いを定めていたのだ。
「奇妙な装備だな、災害とやら。」
「僕の弱点は僕自身の肉体の脆さだ。これは僕の発明でね、無駄を省くことで片翼でも飛べるようにカスタマイズし、胸部リアクターからは常時潤沢な魔力の供給が得られる。無論、他にも優秀な機能は多数存在しているよ。」
「そんな自信満々の貴様が、女一人を追い詰め、殺そうとするとは。余が思うより遥かに、貴様は小物と言う訳か?」
「言っていろ。僕はお前達のようなチープな人形に興味は無い。この女は人間のふりをしたサーヴァントだ。それも、お前のように自分の心象を形に出来る。」
「ほう。お主、只のマスターでは無いのか!」
イスカンダルは感心して充幸を興味深そうに見つめた。充幸はその反応に困っている。
「征服王イスカンダル。貴方と再会できたのは幸運でした。お願いです、私の大切な仲間の為にも、目の前の災害のキャスター『ダイダロス』を倒してください。私も、出来る限りのサポートはします。」
「ほう、お主、余の宝具の為に令呪を全て失ったのでは無かったか?」
「あ、えっと、それはそうなのですが、デバイスで博物館の魔力タンクにアクセスできれば、まだバックアップが可能と思われますので。」
「ふむ、可憐な乙女に乞われたならば、叶えるのが漢というものさな。さて、では余の臣下の全てを地の底に葬った目の前の敵に、本気でぶつかっていくとするかな!」
イスカンダルは己が剣を空へ掲げると、宙を切り裂き、亜空間へ接続する。
そこから大迷宮へ現れ出たのは、彼をライダーたらしめるチャリオット。二匹の神牛が太い雄叫びを上げる。
轟音と共に稲妻が走り、大迷宮の至る箇所へ雷が落ちた。充幸はそのスケールの大きさに、思わず巧一朗たちが心配になるが、今は他の人間のことを案じている余裕は無い。
彼女は桜の指示通り、イスカンダルの英霊としての記録を紐づけ、魔力による補助を開始する。固有結界内とはいえ、充幸の存在がある限り博物館のシステムは順当に稼働した。
イスカンダルは電撃の走る戦車へ乗り込み、手綱を握る。『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』と呼ばれるそれは、ライダーの決戦武器だ。ダイダロスは動く気配もなく、ライダーの切り札を興味深く観察していた。
「(ダイダロスは翼で空に逃げるつもり?)」
充幸は彼の背にカスタマイズされた片翼、通称『イカロスの翼』とも呼ぶべきそれに注視する。だがもし空に逃げたとしても、ライダーの戦車が放つ雷はゼウス神に由来する強大な威力を秘めている。それはイスカンダルも分かっているだろう。
「では、行くぞ、災害。余が引導を渡してやろう。」
「来るがいい。」
イスカンダルは宝具を発動する。それは自らの戦車による圧倒的蹂躙、対軍宝具。
戦車を走らせ、ダイダロスへ向け突進する。稲妻が壁一面を焦がしながら、たった一人の男へ向けて、豪快にも走っていく。
『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』
二匹の神牛は暴力的なまでに、地を、壁を、破壊しながら突き進む。
そして数秒も経たないうちに、ダイダロスの場所に辿り着いた。
充幸の予想は外れ、ダイダロスは空に飛び立つことをしなかった。
それどころか、ライダーの渾身の突撃に真正面からぶつかっていく。
これは、心象世界一つを巻き込んだ『相撲』だ。
ダイダロスは武器を持つまでも無く、その拳一つで二体の神牛、そして戦車の暴力に応戦した。
「嘘でしょ?」
充幸は顔面蒼白である。
博物館の魔力リソースを回した、かの英傑、征服王イスカンダルの全力。
それをダイダロスは拳一つで粉砕した。
走る電撃を諸共せず、ダイダロスは神牛を殴り飛ばす。
その衝撃で戦車は弾け飛び、空中で分解、霧散した。
イスカンダルのみが充幸の元へ落ちてくる。彼女は咄嗟に手を伸ばすが、その手は届かなかった。
砂埃と稲妻が走る密閉空間で、絶望だけが押し寄せてくる。
幸いイスカンダルは軽傷で済んだ。彼の戦車が、結果的に彼の身を守ってくれたからだ。
だが、彼の絶技の全ては使い果たされた。もはや魔力の一滴も残されていない。
「悪いな、嬢ちゃん。今のが余の全力かと笑うなら笑ってくれ。……余が征服王イスカンダルであると、自ら認められたならば、彼奴にも届いたかもしれんなぁ。」
「どういうこと、ですか?」
「余は今なお、この命の灯が消える寸前まで、迷い続けている。余が余であると認められる何かが、今の余には存在せん。」
「迷うって、もしかしてこの大迷宮の能力?!」
「否、もっと根本的な何か……オアシスというのは桃源郷、ならばそれ以外の場所はきっと…………只の砂漠に他ならんのだ。」
そして
イスカンダルは消滅した。
現界出来る筈の魔力はまだギリギリ残されていた筈だ。だが、問答無用で、彼という存在が消されたのだ。
まるでこのオアシスに、イスカンダルは不要とばかりに。
「どう……して……」
充幸は残された空のオートマタを抱き締める。熱の無い、空虚な人形だ。そこにヒトの熱は宿っていない。
「征服王イスカンダル。それが博物館の切り札だったか?」
ダイダロスは問いかける。充幸は答えず、ただ彼を睨んでいた。
「ヒトの存在定義とは曖昧だ。死んでしまえば何も残らない。当人の存在を認めることが出来るのは、他者には不可能、本人にしか難しい。」
「イスカンダルを退去させたのは、貴方の力?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。そもそも、イスカンダルという英霊はこの世に存在しただろうか?」
「何を言っているの、今、貴方が殺し……」
―あれ?
—私は、誰の話をしているの?
充幸は再び抱きかかえたオートマタを見やる。だが、そこに何の魂が宿っていたのか、分からなくなってしまっていた。
「あれ、えっと、え?」
「歴史とは嘘と真実のマリアージュだ。信じるものが正しいとは限らない。嘘も、真実にしてしまえば、正しいことと語られよう。お前が召喚した英霊は、ここで皆忘れ去られる。お前も、巧一朗も、オアシスの住人も、彼らを思い出すことは無いだろう。」
「え…どうして、私は……」
充幸はデバイスを何度も確認する。
召喚した筈の英霊四騎、そのデータが全てロストし、召喚記録すら残されていない。
オアシスから、彼らは完全に退去してしまったのだ。それはヒトの記憶からも。
「終わりだな、博物館。」
ダイダロスはゆっくりとした足取りで充幸の方へ向かって行く。
彼女は成すすべなく、その場で絶望したまま座り込んでいた。
※
そしてその余波は巧一朗たちにも。
彼らは怪物から逃げる道中、沖田総司と別れ、それでもなお走り抜けていった。
だがこの場所はミノタウロスのある種の家である。勝手が分かりきっている怪物から逃げることなど叶いようも無い。
土方や沖田の努力も虚しく、巧一朗は襲い来る巨大な手に全身を掴まれた。
「巧一朗!」
「くそっ!」
牛の仮面を身に着けた、上半身が裸の大男。その身長は三メートルをゆうに超えている。その手は人一人を握り潰せるほどだ。
巧一朗は今こそと、招霊転化の詠唱準備に入るが、全身を圧迫されているせいで、上手く言葉を発することが出来ない。
「捕まえたぞ、人間が。」
ミノタウロスは仮面の下で不気味に笑っていた。だが、それと同時に、少しばかりの違和感も覚えていた。
それは巧一朗も同様である。彼はミノタウロスの手を、彼の声を知っていた。
余りにも過去の記憶であるが、鮮明に覚えている。
「巧一朗!」
キャスターの叫びも今は耳に入ってこない。
巧一朗はミノタウロスの拳の中で、必死にその記憶を掘り出していた。
「お前のことを、俺は知っているぞ。」
ミノタウロスは今にも丸呑みしてやろうとしていたが、不意にその手を止めた。
遠い昔話、だが、忘れてはいけない筈の物語。
「何を言っている、人間。お前が今更どうしようと、災害に逆らうのは不可能……だ……」
『不可能』。その言葉が、彼らの脳に光を走らせた。
彼らが出会った時の言葉。それを巧一朗は一言ずつ思い出していく。
「まだ、俺は、絶対、俺は…」
「死ぬぞ。」
「死なない、俺は、俺は…」
「お前一人では『憩い場』に到達できない。俺が連れて行ってやる。それが俺に出来る最期の贖罪だ。」
それはセイバーが命を落とした時。
焔の中、前も分からず進み続けた巧一朗を、助けてくれた存在。
諦めなかったからこそ、今巧一朗がオアシスで生きている理由。
「貴方は、英雄アステリオスか……?」
巧一朗をオアシスまで導いた存在こそ、この怪物ミノタウロスであったのだ。
「何を…違う、俺はミノタウロス、醜悪な怪物ミノタウロス!」
「貴方は、俺を、助けてくれた。死ぬしか無かった俺に、生きるチャンスをくれた!」
「違う、違う違う違う違う違う違う!」
巧一朗を離したミノタウロスは、頭を抱え暴走する。
充幸に止めを刺そうとするダイダロスも、ミノタウロスの原因不明の暴動を感知した。
ミノタウロスの住処である大迷宮はしなる鞭の様に脈動し、絡まる無数の道も、一本へ集約し始める。残された博物館メンバーはチャンスとばかりにその場を走り抜け、遂に大迷宮の出口へと辿り着いた。
そこはイスカンダルが死してなおも残り続けた心象風景。ダイダロスの迷宮に汚染され、彼のフィールドにされてしまった。だが充幸はこれが誰の固有結界なのかももはや思い出せない。
彼らが合流した瞬間、迷宮は崩落した。次々と壁が地の底へ落ちてゆき、地震と共に土砂崩れを起こす。
出口の崩落に巻き込まれた巧一朗、鉄心はその衝撃で気を失った。彼らのサーヴァントに助けられた際、外傷が少なかったのは不幸中の幸いであった。
そして出口の無い砂漠世界で、ダイダロスがなおも襲い掛かる。彼はミノタウロスの暴走を感知し、彼を含めた大迷宮をわざと消滅させた。所詮は彼の戦術の一つに他ならない。博物館を殺す手立てなど幾らでも存在した。
ダイダロスは空へ飛び立つと、胸のリアクター部位から光弾を何十発も連写する。その一つ一つが地面にクレーターを生むほどの威力だ。いま戦えるのは充幸とアリ、キャスターのみ。もはや敗北は確定したようなものである。
「アーチャー、その背中にある大砲は?!」
「あぁ充幸、これはあの大迷宮で誰かから託された必殺技です。一発しか弾が無いことだけは覚えています。」
「誰かって、誰ですか?!」
「分かりません!でも、使ってみる価値はありそうです!」
アリの所持するスキル、ヌーロニハルと結ばれるために手に入れた、どんな場所でも見渡せる望遠鏡を取り出した。これをチャールズ・バベッジの蒸気機関砲へ装着し、空に浮かぶダイダロスに目標を定める。
「弱点は、あのリアクターか?」
「あれは魔力の供給を常時行えるタンクだと彼自身が発言していました。あれを壊すだけでは、突破は難しいでしょう。」
「ならばそのリアクターの隣、胸部装甲を狙うのはどうだ?ダイダロスも馬鹿じゃない。あんな中央にでかでかと自分の弱点は出さないだろうさ。心理的にも、弱点なる場所は厚い装甲で隠したいものだ。」
キャスターの助言通り、アーチャーはリアクターの装着された隣の部位に狙いを定める。だがダイダロスの光弾による砲撃が、その機会を奪い去った。狙いを定めようにも、襲い来る白色のビームが邪魔をして、攻撃に転ずることが出来ない。逃げることに精一杯である。
キャスターは巧一朗を、充幸が鉄心を背負っている所為で、彼らの動きも鈍くなっている。彼らが消し炭になるのも時間の問題だ。
「くそ、どうする」
焦るアーチャー、そんな彼を見て、充幸はある決心を下す。
それは内なるエサルハドンの魂、その解放である。
この場所を塗り替えることの出来る彼女の宝具があれば、アリの為に隙を作ることも出来るかもしれない。
無論、それは彼女の中に植え付けられた毒を活性化させることに他ならない。
「(ウラルンって女は、あと二回が限界って言っていた。ならこの一回で、私がまだ死ぬことは無い!)」
充幸は覚悟を決め、その手を天高く翳した。
しかし、詠唱を始める瞬間、彼女の脳内にテレパシーで声が伝わる。
それは充幸も聞きなじみのある声、博物館館長、間桐桜のものだった。
「館長!?」
「駄目よ充幸さん。大丈夫。やっと間に合いました。」
「間に合ったって、どういうことですか、館長!?」
「こちらも『切り札』を使います。充幸さんとアーチャーは巧一朗と鉄心さんを連れて、私が今から言う位置まで走ってきてください。私の力で、この固有結界から脱出させます。」
「え、でも、じゃあキャスターは……!?」
「それこそが切り札です。さぁ、博物館最高戦力を解き放ちます!」
充幸は桜の指示通りのことを二人にも伝達する。キャスターを除き、四人はその場を離脱、目標地点へ走り抜けていく。
そしてキャスターだけが空に浮かぶダイダロスと対峙する。彼は博物館の突然の行動に理解が追い付いていなかった。
桜は、今度は、キャスターの脳内へ信号を送る。キャスターは無線でもないのに、耳を抑えて聞いている素振りを見せた。
「おいおい元マスター。この手を使う必要はあるのかい?」
「緊急事態ですので。貴方の、いや、貴女の力を借りますよ。『セイバー』」
桜は博物館の地下から令呪を起動させた。それにより、モリアーティと白銀の探偵が封印していた第三の存在が、一時的に、このオアシスに顕現する。
『令呪を以て、破綻者(コラプスエゴ)の霊基を一分間のみ分割する。さぁ暴れて下さい、サハラのセイバー、オアシスに送り込まれた彼女の端末よ。』
一面の砂世界に、光が走った。
ダイダロスの目前、先程から一人佇んでいた筈のキャスターに、光の柱が降り注ぐ。
それは彼にとって異常事態だ。コラプスエゴの霊基は、セイバーの存在を隠すためのものであったのだ。
オアシスの災害たちが最も恐れた存在が、この瞬間、黄金の柱から顕現する。
「馬鹿な……これまでの全てが、茶番だったか?」
巧一朗のサーヴァント、セイバーが降臨した。その姿は神々しいまでに洗練されており、彼女が絶対的な強者であることを示している。
彼女は刀身の無い、黄金の柄を握り締めていた。
「せっかく加齢臭のする空間から抜け出れたのに、巧一朗ってば寝ちゃっているなんてね。でも起こしてあげるのも可哀想だし。今回は我慢して桜に付き合ってあげるわ。」
空に浮かぶダイダロスを睨むセイバー。サハラの戦争以来の邂逅である。
「久しぶりね、ダイダロス。流石に今の私より強くなっちゃってるか。これは凄く面倒ね。」
「あぁ、懐かしいな、セイバー。やはり生きていたか。」
「私には巧一朗がいるもの。彼が望むなら、貴方達の理想も、全部殺してあげる。でも貴方のミノタウロスが巧一朗のことを救ってくれたのはちゃんと感謝しているわ。優しい使い魔ね。」
「あれは僕の意思とは関係なく動くときがある。手のかかるモンスターさ。」
セイバーは話しながらも、ダイダロスのアーマーを隅々まで見通していた。その材質は特殊金属オリハルコンと予想される。それも百年近く鍛錬されたものだ。まだ端末である彼女の宝具で壊せるかは、かなり不透明だ。
どうせこの霊基であれば一度しか宝具は放てない。ならばこの一分でやれることをやるのみだ。
互いに牽制し合うセイバーとダイダロス。その間に、桜の黒い触手によって世界に穴が開き、充幸たちは救出されていた。
充幸と鉄心、巧一朗が砂漠から抜け出、あとはアーチャーのみとなった。
「早く、アーチャーも、急いでください!」
「……」
「アリ!」
「すみません。僕は残ります。充幸殿、マスターを頼みました。」
アリは踵を返し、セイバーのいる方向へ向かう。
「ちょ…何で?!待ってください、アリ!」
「直感です。只の直感。多分、僕の力と、この大砲が必要になる気がします。大丈夫、僕らは気ままな物語の精霊たち、泥臭く生き延びて、また鉄心の元へ帰ってきます。」
桜の開けた穴は閉じ、アリは砂漠に残された。
彼は急ぎ走り出す。セイバーが戦えるのはたったの一分間だけなのだ。
セイバーはダイダロスとの再会を喜ぶ筈も無く、ただ彼を殺し尽くす為に、その黄金の柄を天に掲げる。
そして絶技の為の詠唱を開始する。
『十三拘束解放(シール・サーティーン)、円卓議決開始(ディシジョン・スタート)』
『是は、生きる為の戦いである〈承認〉』
『是は、己より強大な者との戦いである〈承認〉』
『是は、一対一の戦いである〈承認〉』
『是は、私欲なき戦いである〈承認〉』
『是は、破滅へ導く戦いである〈承認〉』
セイバーの手にする黄金の柄に、黄金の剣が現れ、伸びた。
そして彼女の傍に辿り着いたアリは、ダイダロスに大砲の照準を定める。
「貴方は何のつもり?ここにいたら死ぬわよ?」
「分かっています。でも必要だと思ったから、僕は来ました。」
「うん、流石ね。私の宝具ではまだ足りない。この黄金が彼を飲み込むその瞬間、その大砲を打ち込みなさい。私があの装甲だけなら消し去ってあげるから、そのコンマ六秒の隙に、やってみせなさい。」
「はい。やります!」
ダイダロスは迎撃の準備に入る。
セイバーの宝具は、黄金の刀身は、ダイダロスと、世界そのものを切り裂いた。
『凍結された勝利の剣(ネクスカリバー)』
ダイダロスは大迷宮の堅牢な壁を一時展開し、防衛する。
だがそれはものの一秒足らずで消し去られた。
「くっ、これは……」
ダイダロスの自慢のアーマーすら、セイバーの絶技には耐えられない。
オアシスに流れ着いた端末でこの威力ならば、もし本当の彼女がオアシスに誕生すれば、手の付けられようが無いだろう。
「コラプスエゴ、セイバー、違う、そんな枠に収まる女じゃない、これはヴェル…………ぐうぅう」
そしてアリは蒸気機関砲、渾身の一撃をダイダロスに打ち込んだ。見事それはダイダロスの霊核に届く。だがダイダロスが咄嗟に強化外装を施し、それは掠り傷程度のもので済まされた。
だが、オアシスにおいて初めて、災害に傷を負わせたのである。
そしてセイバーの宝具により砂漠世界は光に飲まれ、消滅する。
ダイダロスは翼の飛行能力で壁の外側へ退避した。
そして
アーチャー『アリ』は最後の力を振り絞り、キャスターの身体を抱え、滅びゆく世界の外側へ脱出する。
彼は何とか、キャスターと、自らの兄フセイン、弟アーメッドの命を守ることに成功した。
だが、彼自身は。
アリという存在そのものが、セイバーの宝具の余波で焼き尽くされた。
—これで良かったのだ。
—後は頼みましたよ、兄弟。
光と共に消失する世界の出口の前。
アリは只一人、孤独に果てた。
【神韻縹緲編⑤ 終わり】