Fate/relation   作:パープルハット

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神韻縹緲編6『devil』

【神韻縹緲編⑥】

 

揺れる業火。

 

耳を刺す警笛(サイレン)。

 

多数のどよめき、僅かの嘲笑。

 

その全てが現実だと嫌が応にも諭される。

 

「君、ここより先は危険だ!離れなさい!」

「離してください!中にまだ人がいるんです!僕の大切な人が!」

 

高飛車で、傲慢で、嫉妬深くて、でも

責任感が強くて、頑張り屋で、凄く甘えん坊な彼女が。

 

「駄目だ、消防隊ですら安易に近づけない状態なのだ。」

「離せ!エラル様がいるんだ!マキリ・エラルドヴォールが!」

 

僕は静止を振り切り、走る。

何の力も持たない僕でも、譲れないところはある。

 

僕の指を繊細だと言ってくれた彼女が

 

僕のピアノを隣で聴いてくれた彼女が

 

僕を愛してくれた彼女が

 

この地獄に一人でいるなんて、有り得ないのだ。

 

「待て!死ぬぞ!」

 

構わないさ。

ユリウス・ロイプケの居場所なんて元より存在しないのだから。

エラル様がいない世界に、僕が生きる価値なんて無いんだよ。

 

僕は燃え盛るビルのエントランスに飛び込んだ。

瓦礫の山を掻き分け、彼女を探し続ける。

 

燃える、燃える、燃える。

身体の芯から焼かれ続ける。

爪が剥がれる。

手の皮がめくれ上がる。

腕は黒く焦げる。

だが、こんなものは痛みの内にも入らない。

瓦礫を掬うこの手は、赤く塗れる程に洗練され

抉れたこの指は、復讐の鍵盤を叩く。

愛する彼女が奪われた絶望、そして怒り。

 

『復讐の神よ、光を放ちなさい(愛する貴女にこそ安寧を)』

 

僕の眼から溢れ出たものは、涙では無く、真っ赤な血だ。

あぁロイプケは狂っている、それでいい、それがいい!

彼女の為に狂えるならば、それは実に幸福だ!

 

『地を裁く者こそ立ち上がれ、高ぶるものへ報復を(恋するが故に音を奏で、愛謳う故に我が在る)』

 

もしもここにオルガンがあれば

僕は更なる地獄へと往けただろうに。

 

「どうした、死ぬつもりか?」

 

焔の中で、声がした。血みどろの僕を、鼻で笑った。

それは女だ。高貴な女だ。顔が見えなくとも、その歩みで理解できる。

 

「狂戦士のままならば良い、だが、復讐者に成るならば、話は異なる。ユリウス・ロイプケは何を乞う?」

「オルガン、ピアノでも良い。我が指を躍らせるものをここへ。今ならば、良い曲が生み出せる。」

「それは、辞めておけ。『騎士の怒りはその場の怒り、芸術家の怒りは時代の怒り』だ。若き才を腐らせるな。」

「では我が怒りはどこへ向かう?木の根のように地の底へ伸び広がるだけだ。」

 

嗚呼、我はユリウス・ロイプケ!

怒りという感情に、命を燃やし尽くした男。

富は要らぬ、声も要らぬ、愛も要らぬ、我が水分は『怒り』のみ。

注げ、驕れるものの血液を!

注げ、虐げられしものの涙を!

 

「熱く、燃え滾っているぞ。女よ、お前は若き才を腐らせるなと、そう言ったな?そうだ、その通りだ、我がユリウス・ロイプケの可能性を奪い取ったのだ!詩篇九十四篇という極地に至り、そして死んだ!嗚呼死んだ!死んでしまった!」

「そうだ、ロイプケは結核で二十四歳という若さで亡くなった。もし生きていれば、神の領域に踏み込む達人(ヴィルトゥオーゾ)になっていたかもしれない。」

「そうか、結核か。惜しいな、実に惜しい!ロイプケが人間であったから、死ななければならなかった!嗚呼違う、我の所為だ!我がその才能の根を摘み取ってしまったのか!ははは!」

 

嗚呼我の名はユリウス・ロイプケ!

今こそ、全ての愛しき者達を救おう!

神よ、許したまえ!赦したまえ!

遁走(フーガ)による終末(フィナーレ)を!ロイプケの物語を終わらせよう!

 

「狂戦士、復讐者、そのカテゴリーに当てはまる英霊であるかと思っていたが、ふふ、そうか、貴様は『破綻者(コラプスエゴ)』であったか。この事実をマキリ・エラルドヴォールは知る由もあるまい。ユリウス・ロイプケの真実は既に闇の中だ。」

「嗚呼知るまいよ、我もまたユリウス・ロイプケなのだから!我らは一人だ、そして独りだ!……女、我が名を決して呼ぶな、呼んではならない、我を解き放つな、ユリウス・ロイプケは愛されなければならないのだ!」

 

既にかの美青年は消え去った。

残された我は黒き一角獣。

魔法は解かれたのだ、剣先は十二の針を差したまま。

我は殺す、美しいものの為に、全てを殺す。

謳えや謳え!彼女には遠く及ばずとも、お前であれば踊れそうだ!

 

「女、我と踊れ。そして狂い咲け。」

「……断る。勘違いをするなよロイプケ。貴様の過大評価された力など、我には遠く及ばない。」

 

女は手を掲げる、そして世界は塗り潰される。

 

『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』

 

現れ出たるは古の万能鋳造機。ロイプケたる我を殺すための、只一振りの宝剣。

我は走る!荒野を走る!この憎悪が消えぬ限り、神罰は下るのだと。

だが世界は、そう生易しいものではないようだ。

 

「無限鋳造機サンポ、貴様を殺す剣は出来た。そしてその剣は貴様を貫く。貴様の言う『遁走(フーガ)による終末(フィナーレ)』とはこのことか?」

「嗚呼ポポヨラの女王ロウヒよ!あの暗き列車の中で、ユリウス・ロイプケを見抜いていたな!?」

「飛んで火にいる夏の虫だ。…いや、我からすれば、棚から牡丹餅?か。」

 

逃げれども、どこまでも追いかけてくる切っ先。

この世界に出口がない以上、殺される以外の選択は我に残されていないだろう。

 

「エラルに似て、強き女だ!嗚呼美しい女は良いなあ!創作意欲も捗ると言うも…の………」

 

肉が剥がれ落ちる、これが痛みだ!痛みとは生そのものだ!

我は今確かに生きている!ユリウス・ロイプケは確かに生存しているぞ!

オルガンは何処だ!この高揚感こそを描きたいのだ!ははははははは!

 

「嗚呼ロウヒよ!さらば!さらばだ!怒りと共に我は逝く!嗚呼どうか美しき君に神のご加護が在らんことを!ははははは!」

 

「さらばだ。『アムドゥスキアス』。ロイプケに乞われ、契約し、そして逆に彼に魅入られた者。」

 

「名を呼ぶなと言ったろうに!はは、ははははははは!」

 

 

災害のキャスターの襲撃事件から三日後。

閉鎖された第四区博物館にて、裏のスタッフたちが地下施設へと誘われた。

ここへ立ち入るのは、充幸を除き、皆初めてのことである。

鉄心と美頼は、電子的な近未来空間に高ぶる感情を抑えられなかった。

本来ならば博物館自体が倒壊していてもおかしくは無かった。全ての事件が征服王イスカンダルの固有結界内にて起こったが故に、施設は奇跡的にも保存されたのである。

長い渡り廊下を、充幸が先頭になり、一行は歩き続ける。既に怪我は完治済みの巧一朗は、どこか不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「どうしたんだ、巧一朗。魚の骨が喉に刺さったような顔をして。」

「キャスター、これから博物館館長に会う訳だが、何故災害のキャスターとの戦いでは姿を見せなかったのか、不信感が募っていて、な。」

 

彼と鉄心が気を失っている間に、英霊の追加召喚で事なきを得たようだが、その情報もどこか怪しい。巧一朗からして、充幸やキャスターは何かを隠しているように思えた。

 

「鶯谷、アーチャーは、というかアリは大丈夫なのか?」

「あぁ、アーメッド曰く、アリは戦闘のダメージを負ってか、暫くは休養中らしい。回復まではアーメッドとフセインが表に出てくるよ。」

「そうか、まぁ今日もフセインは診療所の手伝いだからな、肉体的には大丈夫そうか。」

 

当然、巧一朗も鉄心も、それどころか充幸でさえ、アリが消滅したことは知り得ない。アーメッドとフセインが結託し、その事実を隠蔽している。博物館の面々に心配をかけないようにと。

 

「そういえば美頼、ロウヒはいないのか?」

「あー、バーサーカーなら用事があるって出掛けて行ったよ?」

「おいおい大丈夫かよ。俺たちは指名手配犯みたいなものだろう?」

「大丈夫ですよ、巧一朗さん。あれから三日、第四区は驚く程に日常通りですから。博物館で起こったことは、市民の皆さん誰一人として知らないようです。ダイダロスは誰にもそのことを言っていないのでしょう。」

「災害が人間を殺し損ねたなんて、言えるわけもないですね。」

「それとは逆に、第二区のマキリコーポレーションの火災については大きく報道されています。恐らく我々同様に彼女も災害による『洗礼』を受けたのでしょう。彼女は……」

 

充幸は口を噤んだ。言わなくても分かる。マキリ・エラルドヴォールの焼死体が発見されたのだ。仲良しという訳でも無いが、充幸とエラルは交流があった。巧一朗たちには理解できない感情が、充幸の中で渦巻いている筈だ。

 

「従者のロイプケも無事では無いだろうな。……ゴシップ雑誌の記事によれば、違法な魔眼が数十点に渡って徴収されたようですね。あと、オリジナルのマキリ社製オートマタ開発資料も。」

「やはり令呪企業はその本体も極秘裏に製造していましたか。実用段階に至る前に、処分された……」

「もしこのオートマタの開発という点が今回の内部監査の理由ならば、えらくアインツベルンにとって都合がいいですね、鬼頭教官。」

「それは私も思います。何故今なのか、そこはもう少し掘り下げてみてもいいかもしれませんね。」

 

二人が会話を続けている内に、一行は巨大な扉の前に辿り着く。充幸は声帯入力を経て、ゲートを開いた。

その内部にはコールドスリープ用の水槽カプセルや、水晶のはめ込まれた巨大円形装置などが、所狭しと配置されている。映画で見た光景に鉄心と美頼ははしゃぎ回っていた。

そして部屋の奥から、ピンクリボンの髪飾りを装着した、白衣の女性が現れる。この場にいる誰もが、彼女を第四区博物館館長だと認めた。

巧一朗は意外にも、彼女の登場に反応を示さなかった。

 

「どうも皆さん、初めまして。こうして無事にお会いできたこと、本当に嬉しく思っています。私はこの第四区博物館で館長を勤めております『間桐 桜』と申します。」

 

桜は丁寧にお辞儀する。美頼と鉄心はその名を聞いたと同時に、巧一朗へ目線を寄越した。

 

「間桐って、コーイチローも。」

「そうです。巧一朗は私の息子です。」

「え!?母親!?巧一朗の?若いな!ですね!」

 

驚く鉄心の敬語が若干怪しくなる。桜はニコニコと巧一朗の方を見つめていた。

 

「辞めろ、お前は俺の母親じゃないだろう。」

「…………」

「え、どういうこと?コーイチロー……」

「アンタがここのトップ張っているんじゃないかって、薄々は勘付いていたよ。桜は、というか母さんはもう死んでいる。この外道は俺の母さんを演じている只の愉快犯だ。……災害を殺すためなら手段を問わないその姿勢、アンタって感じがするよ。」

「……えっと、何かフクザツなんだね。」

 

美頼と鉄心はそれ以上触れるのを止めた。巧一朗の眉間に皺が寄っていることに気付こうとも、桜はその微笑みを崩さない。

 

「えっと、私たちは館長さんを信頼して、いいのかな?」

「まぁ中身は腐っているが、コイツは正義の味方だ。あくまで仕事の範疇なら、信頼していい。」

「コーイチローが言うなら。」

 

笑顔のままの桜に気持ち悪さを覚えながらも、彼らは座り心地の快適なソファーへと腰かける。キャスターを含めた四人に対し、充幸は高価なティーカップに注がれたインスタントコーヒーを配膳した。

美頼と鉄心にはコーヒークリームが一つずつ、巧一朗の前にはボトルに入ったメイプルが用意された。

 

「相変わらず好きなのね、巧一朗ったら。」

「うるせぇよ館長」

 

そして彼らは各々それを飲みながら、桜の次の言葉を待つ。いま博物館に起きていること、そして、これからのこと。

 

「まずは皆さん、先日はお疲れ様でした。災害の突然の強襲にこうして対応できたことは、大いなる一歩とみて間違いないでしょう。ですが災害のキャスター『ダイダロス』は今回の戦闘でほぼ無傷、対して此方は隠し持っていた札全てを晒し、やっと防ぎきれた、という結果です。」

「アンタは前線に出てこなかったがな。」

「そこは申し訳なく感じています。間桐桜の存在が彼らに警戒心を抱かせる可能性がありましたから。」

「というか館長さん!私とバーサーカーは今回戦ってないよ!私そんなことが起きているなんて知らずに家でぐーすかぴーしていたんだから!私は兎も角、バーサーカーは凄く強いと思う!」

「それは巧一朗の優しさと思っていてください♪あと、ロウヒさんは別に動いていましたので、今回は決戦の場に呼びませんでした。」

「(ロウヒを別の場所で動かしていた?)」

 

巧一朗は顎に手を置き、桜の真意を読み取ろうとする。が、まだ情報が足らず、答えには至らない。

その隣で、キャスターはインスタントコーヒーを不味そうに飲んでいた。

 

「今回こちらが使用したカード、違法触媒ですね、それは色々とありますが、その全てがダイダロスの前に敗れ去りました。例えばマケドニアの征服王イスカンダル、彼ほどの強力な英霊も、災害の前には屈してしまった。」

「イスカンダル……か。何故だろうか、俺たちを助けてくれたはずの彼や、土方歳三、チャールズ・バベッジ、天草四郎時貞、みんなの顔にモザイクがかかっているように感じるんだよな。天草さんなんて俺とアーチャーを庇ってくれたんだぜ?なのにその存在が、おぼつかない、と言うんだろうか……」

「鶯谷、それは俺も同じだ。男なのか女なのかも曖昧になっている。」

 

だが、巧一朗を守ってくれた土方歳三の生き様だけは、心に響いて残っている。新選組としての、彼の姿勢を尊敬した。

ダイダロスの迷宮がそうさせたのだろうか?恐らくその答えに、キャスターは辿り着いている。

 

「館長は気付いているのか、その答えに。」

「ええ、それを今から解説しようかと。我々の武器が奪われてしまったのですから、ね。でも、解説するのは私ではありません。ここで皆さんに紹介したい方がいます!」

 

桜はこの部屋のさらに奥の扉へ向かって歩いて行く。恐らくこの場所に来ている人物という事は、新たな博物館スタッフだ。今まで巧一朗たちにすらだんまりを決め込み、機密保持を入念に行ってきた桜が招き入れたのだ。新たな戦力と見て間違いないだろう。

 

「え、誰だろう?転校生みたいでワクワクするね!」

「しないよ俺は。これ以上変な奴が増えたら、それこそブレーメンだ。」

 

楽観的な美頼に、溜息を零す巧一朗。

扉が開かれたのち、二人の異なる表情は、同じものになる。

否、二人だけでは無い。桜を除く、この場にいる者全てが、来訪者の正体に目を丸くした。

 

登場したのは二人。

車椅子に乗り、両眼を包帯で隠した女。

そしてそれを押す、白髪のか弱そうな男。

その顔を見た途端、真っ先に声をあげたのは、充幸だった。

 

「エラル!?それに、ロイプケさん!?」

 

そう、彼ら博物館スタッフの前に満を持して登場したのは、彼らと同時刻に災害のアーチャーの襲撃に見舞われた、マキリコーポレーションCEO、マキリ・エラルドヴォールと、そのサーヴァント『ロイプケ』であったのだ。

 

「エラル!エラル!」

 

充幸は彼女の元へ走っていく。嫌いなタイプだと溜息を零していた筈の過去の充幸はそこにはいない。オアシスという地で孤独にも生きてきた少女を『友』と慕ってくれた、高慢かつ我儘なお嬢様、彼女が生きていたことに、ただ涙する。

 

「その声は充幸、かしら。とりあえず落ち着きなさい?」

「落ち着けるわけがありません!久々にお友達に会えたんですから!良かった……生きていて、良かった!」

「オーバーね。ほら、貴方を見ることが出来ない分、貴方を抱き締めさせて。」

 

エラルと充幸は優しく抱き合った。確かにエラルは生きている。充幸の頬を伝う熱はあとが残る程に何度も線を描いた。

エラルと違いロイプケは外傷もなく、ピンピンしている。

 

「ロイプケ、生きていたのか。」

「巧一朗君、そうですね。黒い服の魔女『ロウヒ』さんが我々を救出して下さいました。」

「ロウヒが!?」

「彼女の力でエラル様そっくりの遺体を作り上げ、本物のエラル様の救出に成功しました。彼女に第四区博物館へ亡命するように命じられ、今の僕らの立場上、この場所が最も安全だと悟り、口車に乗せられてきたという訳です。」

「(成程、館長の指示でロウヒは独自に動いていた訳か。)」

 

桜がポンと手を叩くと、皆が静まり返る。充幸や巧一朗は元いた席へ戻った。

 

「紹介します。彼女はマキリ・エラルドヴォール、そしてその従者、ロイプケ。これからはこの二人も、博物館のスタッフとして共に戦う仲間となります!」

「よろしくね。皆さんのことを見れないのは残念だけれど、バーサーカー……じゃなかった、『ユリウス』が私の目となって動いてくれるわ。」

「これでもマキリ社では執事をやっておりましたので、皆様の身の回りもサポートさせて頂きます。」

 

桜の扇動により、彼らは二人に拍手を送る。そんな中、腕を組み、訝し気な顔を浮かべていたのは、鉄心だった。

 

「あら、鉄心さんは何かご不満が?」

「いや、こんな易々と迎え入れて良いものなのか?この前襲撃に遭ったばかりのエラルドヴォールを匿えば、リスクも倍増するだろうし、何より信用できるのか?でしょうか?」

 

鉄心は龍寿のことを思い出していた。遠坂組はマキリコーポレーションに警戒心を露わにしていた。実際鉄心が独自調査した際も、最終的にはアインツベルンにその怪しさの矛先は向いたが、マキリに対する不信感が拭えたわけでは無かったのだ。

 

「そうね、正しいわ。マキリは色々と裏の事情にも手を出してきた組織。でも安心して、今の私には何にも無い!魔眼は全部取られちゃったし、オートマタの開発資料も燃やされたし、どうやら災害の発令によって、マキリ製令呪の切除も、市民の間で徐々に行われているらしいわ!何もかもを失ったのよ。貴方達を裏切って、なんてこと、出来る余力も残されてないわ。」

「そして館長的な補足も追加しましょう。鉄心さんはリスクとおっしゃいましたが、確かにその通りです。正直言えば、我々陣営に抱き込むには、少々お荷物過ぎる存在です。勿論、今の彼女の説明だけならば、ね。マキリ・エラルドヴォールには、そのリスクを補って余りある、一つの強力な武器が残されています。それこそが博物館の切り札になる。」

「え、何だ、じゃない、何ですか、それは?」

 

ポカンとした顔の鉄心より先に、巧一朗が答えを出した。

 

「垓令呪、だな。」

 

「その通りよ、巧一朗。マキリコーポレーション内とは隔絶された場所にある、純粋な魔力源。エラルは人類でただ一人、その令呪の使用権を持っている。今の博物館にとっては、喉から手が出るほどに欲しいものでしょう。」

「それは……そうですね、確かにそうだ。俺も、垓令呪は必要だと思います。」

 

鉄心も納得せざるを得なかった。巧一朗の思考では、ロイプケにも何か隠されているのではないかと察知していたが、恐らく館長のことだ、何かしらの安全装置(セーフティー)は施してあるだろう、と一先ず置いておくことにした。

 

「それで、エラルが説明してくれるのか?俺たちの身に起きている、英霊の記憶が消失していくバグの原因を。」

「ええ、亡命したのだし、情報は惜しげなく暴露させて頂くわ。私が知っている限りにおいて、ね。」

 

 

一方その頃、鉄心のアーチャーことフセインは、第四区の見晴らしのいい展望台へ向かっていた。

診療所の手伝いがあると嘘をついて出てきたが、それは今の彼ないし彼らの不調を、鉄心に悟らせない為である。

そう、今も彼は、気が抜けると光の泡を空へ放出し始める。それはこのオアシスにおいて『退去』の合図に他ならない。

彼らは三兄弟で一人のサーヴァントだった。その内の次男、アリの死亡は、残り二人の兄妹にも影響の大きいことだった。

彼らのバランスが著しく崩れ去っている。その命はもって一週間あるかないか。無論、これ以上戦闘に望めば、その寿命は数時間にもなる。

だがその事実を、アーチャーは誰にも告げようとはしない。彼らの足を引っ張ることはせず、ただ明るく、最後まで、マスターである鉄心を支えられればと考えている。このような身体では、クリニックの激務にも耐えられる自信が無かったのだ。

フセインは鉄心、そして自らが好意を寄せていた、診療所のナイチンゲールを思い出す。この苦しみから救われるために、いっそ彼女に告白して、恋愛が成就してしまえば、と邪にも思ってしまっていた。それ程までに心身ともに弱り果てていたのだ。

展望台まで歩いてきた彼は、街を見下ろすように、その景色を堪能した。思えば、彼ら三兄弟がヌーロニハルを奪い合った時、弓矢比べを行ったのも、このような空と地の両方を見渡せる高い場所だった。アリもアーメッドも凄腕で、フセインは彼らの才能に嫉妬したこともあった。

 

だが結局嫌いになることはなかった。自分だけが愛する女を迎え入れることが出来なくとも。

 

「あれ、フセイン、ですか?」

 

後方から声が聞こえた。それはフセインにとって、最も会いたくて、最も会いたくない相手だ。

彼がこのオアシスという地で出会い、恋をした女性。

 

「ナイチンゲール」

「やっぱりフセインですね!最近クリニックに来ないから、少し心配していました……あぁ、勿論、フセインにはフセインの事情があるのは分かっています。元気なら、それで良いのです。」

「ああ、はい、すみません。僕はこの通りスーパー健康体ですから!」

 

フセインはその場でくるくると回ってみせた。ナイチンゲールは彼に会えたからか、嬉しそうに笑っている。

 

「本当は行きたいのですが、最近少しばかり忙しくて、すみませんね。康太くんは、どうですか?」

「あ……はい、そうですね、康太くんの病状は、今のところ良好です。あの子も、フセインの話をまた聞きたがっています。」

「そっか、なら男フセイン、それに答えなきゃいけませんね!僕は康太くんのヒーローなもので!」

 

二人してひとしきり笑い合う。だが、暫くして、ナイチンゲールの表情は曇ってしまった。

それはあの時、康太のヘヴンズゲートへの出向が決まった時と同じ表情だと、フセインは気付いた。

 

「この場所、ベンチがあって、結構風も心地良いんです。良かったら、座りませんか、ナイチンゲール。」

 

フセインは彼女を誘い、共にベンチに腰掛ける。酷くベンチが冷たく感じるのは、きっと風の冷たさだけでは無いのだろう。

これからナイチンゲールが口にするだろうこともきっと、この社会の冷たさに他ならないのだ。

 

「フセイン、貴方に嫌われるならばと、隠していたことがあります。でも、言わなければならない。」

「それは康太くんのことですか?」

「先ずは、私という英霊のことです。貴方だけに聞いて欲しい。私の過去、私の過ち。」

 

「私は、ヒトを殺したことがあります。」

 

ナイチンゲールは語り始めた。

それは彼女が、この開発都市オアシスで召喚されたときのことだ。

第五区で真っ当な人生を歩み、地域社会の人々へ還元したい一心で、看護師を目指した少女『櫻庭 咲菜』の物語。

その生まれから、その末路まで、ナイチンゲールは話し続けた。

災害のアサシンは、人間の肉体を媒介に、英霊召喚を行い、統合英霊という存在を作り出す。

適正者として選ばれた咲菜は、憧れの存在、ナイチンゲールを思い浮かべた。

もしナイチンゲールがオアシスに来てくれれば、もっと沢山の命が救われるかもしれない、と。

彼女はその余りにも純粋な想いに応え、召喚に応じた。

だがナイチンゲールがこのオアシスで形を持つ上で、咲菜の肉体は余りにもか弱過ぎた。

そしてその儀式は止まることなく遂行され、結果

ナイチンゲールが誕生し、櫻庭 咲菜は死亡した。

彼女の肉体の全ては、今のナイチンゲールの身体を形成するのに使用された。

もはやこのオアシスにおいて、彼女の存在は欠片も無い。

だが咲菜の記憶だけは、その純然たる祈りだけは、ナイチンゲールの心に残された。

そしてそれから、絶望により虚ろな人形となったナイチンゲールは、災害のアサシンの思うままに動いた。希望の無い彼女は、アサシンの言葉による洗脳を受け続ける。こうして第五区は宗教都市として成り立っているのだと、今ならば理解できるだろう。

 

ナイチンゲールは目に涙を滲ませながら、自らを傷つける言葉を吐き続ける。その余りにも痛々しい姿に、フセインは思わず手を伸ばしていた。

 

「え」

 

ナイチンゲールの背中に手を回した彼は、彼女をしっかりと抱き締める。

そうせずにはいられなかった。でも、そうすることしか、出来なかった。

 

「逃げ出して、きたのですか?」

「はい」

「ならもう大丈夫。僕が貴方の罪を赦します、僕が貴方を守ります。僕が必ず傍にいます。」

 

残り僅かばかりの命、そんなことは重々承知していた。

でも今それを言わなければ、フセインは死んでも死にきれないだろう。

ナイチンゲールは泣いた。

フセインの衣服を、涙と鼻水で汚しながら。

これまで溜め込んできた全てを解き放つように。

この高台いっぱいの声で、泣き続けた。

 

そして彼女が落ち着きを取り戻した時、フセインは康太のことを訊ねた。

絶望的な第二の生を送る彼女が、何故あの時暗い顔をしていたのか、その理由を。

 

「災害のアサシンは言いました。統合英霊など、ヘヴンズゲートの非人道的な行為に比べれば、マシだと。アサシンはヘヴンズゲートを嫌っていたのです。」

「ヘヴンズゲートというか、天還?は選ばれたオアシス市民が理想郷へ迎え入れられるというものですよね。」

「それはあくまで建前です。選ばれた人間の末路は、悲惨なものですよ。」

 

ナイチンゲール、そして、エラルはほぼ同時刻に、その事実を告げた。

 

 

「ヘヴンズゲートで選ばれた人間は、過去の世界へ飛ばされ、『英霊』となります。」

 

 

「え、えーっと、つまり?」

「例えば、私、ナイチンゲールはクリミア戦争の英雄です。でも、ヘヴンズゲート被験者が過去に介入し、私の代わりを務めてしまったら、ナイチンゲールは歴史において不要の存在となるでしょう。彼らは決して自らの名を遺さない形で、英霊の『代役』を果たします。」

「だい、やく?」

「そうです。あるべき歴史を辿りながら、英霊の名だけを消失させる。これにより、災害のサーヴァント達はあることを目指しています。」

「あることって……」

 

 

「英霊の『座』の消滅です。」

 

 

「え、いや、うん、そっか、ごめん、僕には少し難しいかも。康太くんはそこに選ばれたのか。」

「そう、ヒトならば誰しもが英雄を目指すものでしょう。でもそれは、目指した結果なれるものであって、与えられるものでは無い筈です。康太くんは、ただただ過酷な英雄としての人生を、誰にも認められず、その名を呼ばれることもないまま、孤独に生きなければならない。あのフセインをキラキラした目で見つめるあの子が、貴方をヒーローだと言ったあの子が、誰かの意思で、操り人形で、ひとりぼっちで、『正義の味方』にならなくちゃいけない……そんなの、どうしようもないくらい、辛いことですよ。」

 

ナイチンゲールの言葉にハッとさせられる。

誰もが望んで人生を受け入れられる訳では無い。

もし康太が選ばれたとしたら、死にたくても死ねないような、そんな人生を送らなければならないかもしれない。

 

「でも、ナイチンゲール、ヘヴンズゲートに『辞退』の選択は出来ない、そう言われている。それに…」

 

—彼の難病をこのオアシスでどうにかする術もない。

 

フセインはその言葉を押し留めた。

そんなことは彼女も当たり前に分かっている。だからこそ、歯を食いしばり、涙を零しているのだ。

あと一週間、持つか分からぬ命。

その間にフセインが出来ること、彼はそれを探さねばならないと思った。

不意の突風に、彼は思わず目を閉じた。この風はきっと、先程よりも冷たい。

 

                                                  【神韻縹緲編⑥ 終わり】

 

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